異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第31話「寝癖、出来てますよ。今のうちに直してください」

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螺旋階段の出口にたどり着いたのは、それからおおよそ6時間も後のことであった。

 

何故ならば、階段を下れば下るほど不気味な機械怪人の数は増え、それに伴って進行の速度も遅れていったからだ。

 

数が増えたことで、空悟や岬が負傷する回数も増え、その治療でも時間を取られる。

 

階段をジリジリと進み、もはや数百は機械怪人を倒したところで、ようやく出口が見えた、というところだった。

 

時間はすでに20時を過ぎている。

 

底には吹き抜けに落とされた魔物たちの残骸が積み重なっており、オイルと金属の臭いでむせ返るようだった。

 

回復魔法のおかげで負傷は治っており、同時に体力は空悟も岬も冒険者現象のため有り余っているだろうが、そろそろ夜も深くなっていく時間帯。

 

張り込みや犯人確保で深夜まで仕事してる空悟はともかく、岬にはきつい時間帯となっている。

 

ミナはむう、と唸ってから「……このまま突入はNGね。ルル、こいつら全部分解して。ここでテント広げましょう」と言って、無限のバッグから寝袋と簡易組み立てテントを取り出した。

 

これらはすべてこちらの世界で購入したものである。

 

向こうで使っていたテントは準備するのに時間がかかるうえ、こうした硬質性の床への固定が難しいものだったためだ。

 

寝袋は単純に、長年の酷使でだいぶボロボロになってしまっていて変え時だった、という身もふたもない理由で買い替えた。

 

ミナの言葉にルルが首肯すると、ミナは空悟たちにも「それでいい?」と聞いた。

 

「ああ、一回眠ったほうがいいだろうな……もうあの不気味らしいモノが出てくる様子もないし」

 

「そうしましょう、そうしましょう……あたしもう限界です……」

 

「おっと、大丈夫か」

 

眠気に耐えられなくなってきたのか、岬はふらふらと地面に降りて変身を解く。

 

その様子に子供の扱いに慣れた空悟が、彼女が倒れてしまわないように軽く支えた。

 

ルルが分解した機械の成れの果てである粉をミナと空悟が箒で掃いて、フロアの周囲にある側溝に流していく。

 

テントの準備ができたのは、それから十数分後であった。

 

流石にお弁当は夜の分までは用意していない上、火を炊ける場所でもないため、ミナはバッグからレトルトのカレーとご飯を取り出した。

 

それを鍋に入れ、最低限の水を入れるとミナは加熱の魔法を唱える。

 

サラマンダーの吐息で熱を与えられたレトルト食品は、十数分後には十分食べられる状態となっていた。

 

それを手早く皿に開けて、そしてお茶の入ったペットボトルを取り出した。

 

「じゃあ、食べたらすぐおやすみする、ということで。幸いにして、ダイエットだの逆流性食道炎を気にするような年齢や体形の人はここにはいないしね」

 

「ふむ……そういや、おめーって地球人だと何歳くらいなんだ?」

 

スプーンを出したミナに空悟はふと、そんなことを聞いた。

 

「失礼ですよ、コンノ殿。いくら粗忽者とは言え、ミナさんは女性なんですが?」

 

「あ、すまんすまん」

 

軽くそんなことをいう男二人に、ミナはジト目で「あ?うちの森じゃ中学生くらいの扱いだが?見た目もそんな感じだろうがよ」と返す。

 

酒が飲みたいから無理をして二十歳ということにしてもらっているのだ。

 

岬は「うーわーそういうこと聞いちゃうんですかー」と呆れ顔である。

 

「バカを言うな。こんなこと純正の女性には聞かないさ。こいつだから聞くんだよ」

 

「こいつだからじゃねえよ。あーもー早く食っちまえ」

 

ミナが岬と空悟にスプーンを差し出す。

 

「あ、すまね」「ありがとうございますです」

 

二人が受け取り、ルルが同じようにミナからスプーンを受け取ると、彼女は「いただきます」と言い、それに3人も追従した。

 

「うん。○ンカレーはどう作ってもうまいのだ」

 

ミナはスプーンで掬ったカレーを食べ、どこかの黒い医師のようなことを言う。

 

「ああ、○ンカレーはうめーからな」

 

ミナの意見に肯んじて、空悟はもりもりとカレーを食べる。

 

その様子には、リソースによって得た力を制御できていない様子はない。

 

それは岬も同じのようだ。

 

(リソースによってのパワーアップは祝福だからか、こういうところ都合がいいのよね)

 

そう、リソースによってパワーアップしたとしても日常生活に影響が出るような膂力や魔力の暴走という事態はほとんど起きない。

 

改造人間の描写でよくあるような、気づかずに壊れにくいものを破壊してしまう、ということはないのだ。

 

しかし、だからこそ自覚が不十分になることが多い。

 

故に、力を「誰かを倒すために」使おう、と決意した場面で事故が起きることが非常に多いのだ。

 

ダンジョン帰りの初心者冒険者が、軽い調子で人を殴ってしまって怪我をさせてしまう、というのがミナが知る最も多い事故だ。

 

わずかと言えど強くなっていることが自覚できないままのためにこうした事故は起きる。

 

幸いにして、ここにはミナもルルもいるので、そうした事故が起きても対処は可能だ。

 

地球人だからリソースの影響の速さはともかく内容が異なる、ということは今のところはないようにミナは感じた。

 

そこに安堵と警戒をそれぞれ同じくらいに感じて、3口目を口に放り入れる。

 

ふと見れば、岬がこちらの会話に入り込んできていた。

 

「あっ○ょんぶりけ、ですかぁ。ああいう畸形嚢腫が意思を持つ、っていうの実際いるんですかねえ」

 

「3人共、僕にわからない話をしないでくださいよ」

 

黒い医師の話題にノレないルルがブーを垂れる。

 

「帰ったら漫画見せてあげるから我慢しなさいねー」

 

ミナはそう言って笑った。

 

 

 

夜の見張りはルルの出番だ。

 

ルルはアンデッド故に睡眠を取らない。

 

故に見張りにはもってこいなのだが、いつしかミナが睡眠短縮のチョーカーを使うようになったため、この役目は最初の一時間強だけをルルが一人で務め、後は二人でこなすことになっている。

 

仲がいいね、と白い軍服を着た只人の少女に言われたのはもう半世紀以上前のはずだ。

 

彼女も良い年齢となり、今はとある国の王太后として幸せな老後を送っているはずである。

 

短気に任せてアンデッドにしなくてよかった、といつも考える思い出の一つだ。

 

思いを馳せながら、いつかにミナが造った卓袱台といつも書いている日誌を無限のバッグから取り出すと、魔法の万年筆を呼び出して記述を始める。

 

本来人間性など闇黒とバグの向こうに置いてくるのがノーライフキング、リッチーというものだ。

 

生者であったときの記憶など、イモータルである彼には朧気な幻だ。

 

生き物ならば皆、その時々のことなど虚に忘れゆくもの。

 

そして彼は死者だ。死者の王だ。

 

本来は天に昇り次へと生まれ変わるべき死者なれば、当然のように忘却の精霊は生者以上に死者の記憶を蝕んでいく。

 

故に日誌を書き、読む。

 

それは、忘却を防ぐための儀式だ。

 

リーディングの魔法と併用することで、自らの記憶を強固にし、徐々に失われゆく人間性を回復させる行為だ。

 

今日の出来事を書き終えたルルは、いつもどおりに数ヶ月前の記憶を「読む」。

 

日誌と自分から、読み出していく。

 

ふと天を見れば、果ての見えぬ闇。

 

螺旋が示す向こうは、闇、闇、闇だ。

 

こんな構造物がまともな状態で地下にあれば、この世界のものならすぐにでも見透かし、調査を始めるだろう、と少年は思う。

 

しかし、機械的なものでも、生半な魔術的なものでもこのダンジョンの存在を看破することは難しいだろう。

 

バグに触れ、魔物を倒し続けてきた屈強のものだけが存在を感じ取れるもの。

 

地の底に埋もれた入り口無きバグダンジョンとはそう言うものだ。

 

それがバグダンジョンの理不尽な仕組みというものなのだ。

 

この世界に来た頃の記憶を読み終わり、ルルは周囲を見る。

 

今はバグの気配はほとんどない。

 

バグを吸収している何者かがいるとすれば間違いなくこの螺旋階段の底の更に向こうにいるはずだ。

 

ルルの目線の向こうの壁には見た処なにもない。

 

だが、何かがあることだけはわかる。

 

―――力技でどうにかなればよいが。

 

ルルは内心でそう独り言ちて日誌をしまった。

 

テントを振り向けば、寝息が三つ聞こえてくる。

 

一つは彼の主人の吐息だ。

 

「……やれやれ。眠っている時は可愛いのですが」

 

水晶の眼鏡を外して卓袱台の上に置き、肌冷たき闇妖精の少年は笑った。

 

女神の提案に乗って、自分を半年も放置しようなどとは結構な勢いで正気を疑ったが、彼は従った。

 

契約の魔法によって縛られているから、ではない。

 

その方がなんとなく面白くなりそうだったからだ。

 

それでも離れることは不安だったのだが、取り越し苦労となったことは僥倖だと彼は思う。

 

だが、彼の主人の前世の姿を見せてくれたことは彼にとってなかなか認めがたい事実ではあったので、いつかヒトコシノミコト神へのお礼参りは何らかの形でしようと思う少年である。

 

それがミナが自分とともに帰る数十年後なのか、それとももっと早いのか、あるいはもっと遅れてしまうのか。

 

それは不死者の王としての権能の大半を自ら封じている彼には予測の外にある出来事であった。

 

そして時間を見る。

 

グリッチ・エッグでは懐中時計を愛用していた彼だが、今はスマホの時計で時間を見た。

 

時間は22時半頃。

 

ミナが眠りに落ちてから1時間ほどが経過している。

 

ならそろそろかな、と彼が思った時、ちょうど寝息が一つ消えた。

 

のそのそと寝袋から、テントから這い出てきた主人に「おはようございます」と返す少年であった。

 

 

 

「おはよう、ルル。何も起きてないみたいね」

 

肩をくるくると回して卓袱台の向こう側に座ったミナに、ルルは柔らかい笑いを向けた。

 

「もう少し横になっていればどうですか?割と魔法を大盤振る舞いしていましたし」

 

「だいじょーぶだいじょーぶ。私が起きるってことは、精神力は回復したってことよ」

 

寝癖になった頭をポリポリと掻いてミナは言う。

 

「知ってます。でも万一ってことがありますからね」

 

その様子に苦笑して、ルルは櫛を渡した。

 

「寝癖、出来てますよ。今のうちに直してください」

 

「ありがと。しかし、何故私の髪は1時間程度寝たくらいで寝癖ができるのか……」

 

手鏡を出してその髪を整えながら、ミナはぷうと頬を膨らませる。

 

その間にルルは湯のみに注いだ水に加熱の魔法をかけて白湯としたものを卓袱台に置いた。

 

「目覚ましに飲んでください。お茶ではないですが」

 

それを受け取って、ミナは「あれ?ティーバッグ買ってなかったっけ?」とこめかみに人差し指を当てた。

 

「買ってますけど、どうも紙の味が移るような気がして」

 

「あー、なんかわかるわそれ。セラミックの急須でも今度買おうか」

 

「そうしましょう」

 

他愛ない会話とともに白湯を楽しんだミナは、一見壁にしか見えない螺旋の底の壁を見る。

 

ルルと同じく、ここに何かがあると彼女は確信していた。

 

いつバグに飲まれるかわからない地の底のため、記憶陣を敷くことはしないが、それを敷くことができそうなほどにバグの気配が薄い。

 

壁の向こうか、床の下か。

 

直感的にはここは底の底である、とミナは感じる。

 

故に、親友と元店長の二人が起きるまでに壁の調査を行い、最悪の場合は壁を破壊してみようと思った。

 

「オートマッピング機能とかあるアプリないかな……3Dモデリングとか慣性センサーとかそういうので」

 

「バグダンジョンの中の自動マッピングなんて流石にこちらの世界でもできないのでは?」

 

「やってみなきゃわからないけど、私のプログラミング技術が足りてない……既存でそんなんあったら新宿ダンジョンや梅田ダンジョンで迷うやつは出ない、ってね」

 

白湯を飲み終わり、ミナは「二人のテントにサイレンスかけてあげて。私は壁を調べる」と言って立ち上がって、壁の方へ歩き出す。

 

「わかりました」

 

一言そう返して、彼は呪文を唱え始める。

 

答えが出たのは、それから数時間ほど後のことだった。

 

 

 

翌朝、6時。

 

8時間ほど寝て疲労も回復した空悟と岬が起き出してきた。

 

その目に映る壁には、寝る前には存在していなかった大きな扉が現れていた。

 

しかし、ものの十数秒も立たないうちに、それはかき消えて元の壁に戻る。

 

顔を見合わせてこしこしと目元をこすり、見間違いではないことを確認した二人はミナに近づいていった。

 

「おはようございますです……これって一体……」

 

岬が扉の前で作業中のミナに声をかける。

 

「おはよう、岬。いやあ、念入りに不可視と透視阻害に接触不可、後は解錠拒否の呪いがかけられていてね。解呪しても解呪してもまたかかる仕様っぽいから、物理的に破壊する準備中ってところかな?」

 

禍々しい陣を白い砂を出す杖で描きながら、ミナはクックック、と含み笑いをしてそう答えた。

 

「おはよう……っておめー何を呼び出す気だ?魔王でも呼び出すつもりか?」

 

「おはよう親友。ひどい言いぐさだな。ストーンドラゴンを呼び出して、解呪した瞬間に扉ごと壁ぇぶっ壊して突入するんだが?」

 

なんでもないようにミナは言う。

 

暗黒魔法の第九位階魔法「石龍召喚」に陰陽術の第三位階魔法「増魔陣」を組み合わせたものだ。

 

石龍召喚は文字通り石の恐竜、ストーンレックスを呼び出す魔法であり、増魔陣はその中で使用した魔法の威力を高める術だ。

 

増魔陣は暗黒魔法用、神聖魔法用、陰陽術用の三つがあり、これは完全に暗黒魔法増幅用のものであった。

 

「いや、それは……どうなんだ?」

 

「まあね。壊した途端に魔物とかが出てくる可能性も無きにしもあらずだ。でえじょぶでえじょぶ。ルルとは相談済みだし」

 

杖の先から出ている砂を止めてミナは笑う。

 

空悟は心配そうな顔で「もう少し穏便な方法は取れないのか?」と返した。

 

「まあ取れるっちゃ取れるけどもよ、ぶっちゃけこれ以外だと明日までに帰れねーかもよ?」

 

少女の言葉に、刑事は「なるほどな……」と諦め気味に肯んじた。

 

「まあまだ準備中だし、おめーらがどうしても嫌だってんなら別の方法を考えるさ。飯の準備はしてあるから、食っちまってくれ。オレはもう食った」

 

パン、と軽く空悟の背中を叩いて彼女は陣の構築を再開する。

 

第三位階ともあり、構築自体は難しくないが増幅する魔法の規模と威力によって書く陣の範囲が広がってしまうのが増魔陣の欠点である。

 

もう一つの欠点は古代語魔法用や精霊術とは原理的に相性が悪いため、そちらを増幅することは出来ないということだ。

 

直径約10mほどの陣をミナが書き終わると、朝食の菓子パンと牛乳を食べている二人のほうへ赴く。

 

見れば、ルルは二人が這い出してきたテントの片付けを始めていた。

 

準備が終わったのは、それから30分後のことだった。

 

 

 

結局、冒険者初心者であり、バグダンジョンの作法がわからない二人に有効な手段があるはずもなく、ミナが準備していたとおり扉を物理破壊することとなった。

 

まずはルルがリムーブカースを唱える。

 

「リムーブカース!今ですよ、ミナさん」

 

扉が出現するのは解呪して約2分。

 

解呪しても解錠拒否だけはよほど強固な呪いなのか、解呪することが出来ていないのは確認済みだ。

 

ミナはまず増魔陣を発動した。

 

「ミナ・トワイライトが陣に問う!汝、なんと生まれしものか!」

 

『我は闇。闇を育て増やし広げるものなり』

 

「然り!汝の名は『増魔』なり!」

 

呪文が終わると、白い砂で描かれた陣は黒く燃え上がってミナにまとわりついた。

 

「!? ……大丈夫なのか、あれ?」

 

「まあ、見ていてください」

 

一瞬炎に巻かれたように見えた少女は、何事もなく立っている。

 

それを見た空悟が心配してルルに声をかけるが、ルルはニコニコと笑ってミナを見た。

 

「世界を停滞へ導く我らが厄神よ!太古より恐るべきものを蘇らせたもう!石塊と化したその巨体を!かつて支配の王錫を恣にした龍を!サモン・ストーンレックス!!」

 

詠唱が発動すると、ミナの体にまとわりついていた黒い炎は白い杖に吸い込まれて術を発動させた。

 

ズズズズ……と石畳が不気味な流動を始め、砂が降り、それは固まり、骨格となって顕現する。

 

骨格は10mを有に超え、まさにティラノサウルスの化石標本そのままの如き姿となったのだった。

 

「完全にTレックスですよこれ!すごい!上野の博物館で見たやつ!」

 

岬がはしゃぐのに、少しだけドヤ顔をしたミナはその白い杖で扉を差して、恐竜へと命令を発した。

 

「よしいけレっちゃん!あの扉に全力頭突き!!」

 

「ヲォォォ―――ン!」

 

恐竜と言うよりは、岩に雷が響くような大音声を上げて石の恐竜は扉に突貫した。

 

ドゴォ、ドゴォ、と2回、3回と頭突きが扉に食らわされ、扉はそれに耐えきれずに徐々に歪んでいく。

 

5回目の吶喊が行われた時、扉はその強固な閂を破壊されてバキリと嫌な音を上げて地面に倒れ込んだ。

 

「よし!突入!」

 

ミナの合図とともに、全員が扉に飛び込む。

 

扉の向こうには何があるかはわからなかったが、それでも飛び込んでいく。

 

ミナたちの後ろで倒れたはずの扉が閉まる音が聞こえ、そして4人は扉の中へ無事侵入することが出来たのであった。

 

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