異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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仕事辞めたい。


第310話「―――始まりの日、そこには論理も何もない無秩序の残骸たちがあった」

 

-310-

 

―――始まりの日、そこには論理も何もない無秩序の残骸たちがあった。

 

法則、物質、精神、ありとあらゆる―――廃棄物。

 

宇宙がそのバランスを保つために排除した不確定なるものたちがそこにはあった。

 

ゆらゆらと漂い、ふらふらと揺れて、さらさらと消えていく……

 

生まれては消え、消えては生まれ、形を成し、姿を失くす―――

 

遠く、近く。

 

虚に、現に。

 

それは使うことも、たとえ使えたとしても使い切ることのできない、世界の裏側の資源である。

 

そこに、何者かがいた。

 

『―――な、たっての頼みやねんな。うちのためにこれちょっとなんとかしてくれへんか』

 

女の声だ。

 

女の声が、その無秩序の空間に響いた。

 

『……無理を言わはりますな、先生』

 

厳かな男の声が、静かに女の声に抗議する。

 

女の声は男の声の抗議に、『ええやん。野暮言うなら仕事回さへんで』と不機嫌に返して、退くつもりも断らせるつもりもないことを伝えてきた。

 

『……どうなっても知らへんよ、ワシは』

 

男の声が無秩序を揺らす。

 

―――瞬時、世界は秩序を取り戻して、白く皓く、どこまでも続く空へと変わっていった。

 

『なんや。やれば出来るやんか。じゃあなぁ、次はなあ』

 

『ええ加減にしときや、姐さん……』

 

軽い声に、深い疲労を滲ませた男の声。

 

『そうや。やっぱり胸躍る冒険がええな!魔法とか魔物とかありありの!あっちはもうそういうのおらんから!』

 

パン、と手を打つ音が聞こえる。

 

『……外宇宙にでも行きなさいよ、姐さん』

 

きっと仏頂面をしているだろう男の声が響くが、女の声はそんなモノ聞こえないとばかりに何やら色々と構想を語っている……

 

男はため息を付き、その声をなにかに記録しているようだった。

 

それがいつだったのかは誰も知らない。

 

誰も知らない、遠い昔の。

 

どこか遠くの空での出来事……

 

 

 

目を覚ます。

 

目を覚まして、周りを見渡せばいつもの部屋で。

 

隣ではボサボサ髪の少女が小さな寝息を立て、そして自分の机で日誌を書いている少女のような少年がいた。

 

黒い肌の―――異質な、体温を持たない少年の瞳がこちらを見ている……

 

その視線に見つめ返しながら、小さく、小さく呟いた。

 

「……なんだっけ、こういうの?欠けた夢?」

 

「おはようございます、ミナさん。夢がどうかしましたか?」

 

少年は心配そうに声の主を覗き込む。

 

「おはよう、ルル。まあなんというかこう、夢を見たのよ。よく覚えていないけども……」

 

長い耳をピコピコとうさぎか何かのように動かしながら、少女は伸びをする。

 

その耳は上古の森人の証。

 

瞳は翠玉、髪は透けるような黄金。

 

それもまた上古の森人であることを示すものである。

 

ハイエルフの勇者ミナ・トワイライトはそうして起き上がり、隣の少女を起こさないようにベッドから降りる。

 

そうして彼女は首を傾げ、ハイエルフが見ることのないはずの、本人の記憶ではない夢を思う。

 

「……事件のような気がしますね。いや、望むところですが」

 

日誌を閉じて、未だ明けぬ空を見てルルは微笑んだ。

 

向こうから来てくれるのなら好都合、とばかりにミナもニヤリと笑う。

 

「……ところで、この間の続きは」

 

「雰囲気ってものがあるのだわ……少なくともあの腐れロボ使ってる改の会とかいうバラガキどもを殲滅してからね……」

 

その言葉に、ルルは少しだけ残念そうにクスリと笑う。

 

結局のところ、お互いの告白は改の会のせいでお流れになってしまった。

 

しかしながら、二人共が気持ちが通じ合っていることを確認するには十分だったようで。

 

「それじゃ、今日はバイトもないし……街に出てみますか」

 

「賛成です。僕も新しい触媒が欲しかったところでして」

 

前ならここで、何をするつもりなのかを問い詰める段だったろう―――が、今は……

 

「はいはい。危険そうなら止めるからね」と柔らかに微笑んで、ルルの頭を優しくなでる。

 

「……ミナさん」

 

ルルも余計なことは言わずに、少し顔を赤く―――死体のくせに―――して微笑んだ。

 

「はいはい、ごちそうさまなのです」

 

そんな二人に声をかけたのは、のそりと起き出した少女である。

 

「あ、岬。おはよう。珍しいわね、まだ4時よ?」

 

眼鏡を掛けながら起き上がり、ベッドにちょこんと座った岬に挨拶をして、ミナは彼女を見た。

 

「おはようなのですよ……ってほんとに4時なのです。はて、なぜこんなに早く起きてしまったのでしょうです」

 

魔法のステッキを虚空から出して、シャンと振ると、彼女の右手にカラフルな意匠の腕時計が出現する。

 

どうやら新しい魔法を開発したのだろう、と主従は思うがそれも一瞬。

 

腕時計を見て岬はまた首を傾げる。

 

「……私も夢を見たし、なにか起きるのかもしれないわ」

 

しばし思考してミナはそう答えて、冷房の温度を2度下げる。

 

「せっかく早起きしたんだし、今日は一緒にご飯作りましょうか?」

 

ふわりと笑う妖精に、魔法の杖持つ少女は肯んずる。

 

「わかったのです。水門先輩を起こさないように、ですね」

 

何もかも心得た、とばかりに岬は床に足を降ろした。

 

「んじゃ、ルル。9時半になったら出ましょう」

 

「承知しました」

 

朝ごはんを食べない少年はそう返して、また日誌を開いて記憶を記録として書き込んでいく。

 

その姿を背に、ミナは階下へと降りていくのであった。

 

 

 

 

「朝からやたら豪華なもん作るわね、あんた……」

 

起きてきた茜から開口一番に出てきた言葉はそれであった。

 

食卓にあったのは、鰹の刺身とあさりの味噌汁だ。

 

それ自体は手が込んでいるとはいえないが、たしかに豪華そのもの……

 

他にも煮物や細々したできたてのおかずがそこにはあった。

 

ただし、どちらかと言えば……

 

「おはよう、カーチャン。なんか冷蔵庫の中身掃除も兼ねて色々作ってたらこんなんなってた……」

 

「おはようなのです、先輩。カツオもあさりも今日食べないとダメですし、牛すじ肉も冷凍したままでそろそろ不味くなっちゃうのです」

 

岬が皿に盛っているのは牛すじ煮込みであった。

 

「おはよう……朝から宴会でもするつもりか、お前ら」

 

頭をかいてぼやく母に、ミナは「今日カーチャンも休みっしょ。いいじゃん、たまには朝からごちそうでも」と賞味期限間近の焼き鳥缶で作った鳥肉野菜炒めを食卓へ置く。

 

「えーと……あとは、ほうれん草も食べちゃわないと」

 

「三郎……あんたのバッグにしまっておいたら良いじゃない」

 

母にそう言われると、ミナは「つっても、生のほうれん草とかダンジョンで食べるにはちょっと手間がかかるしなあ」と眉間にシワを寄せた。

 

アクの強い野菜は貴重な水を浪費するため、冒険者にはあまり好まれないのだ。

 

「それもそうか……調理してバッグに入れておくのは駄目なの?保存できるんでしょう?」

 

「まあそれでもいいんだけど、ねえ……」

 

ミナはほうれん草を冷蔵庫に戻して、「やっぱりほうれん草のおひたしは家でゆっくり食べたいよ、カーチャン」と微笑んだ。

 

その笑顔はどう見てもかつての自分の息子を思わせるもので、顔貌が違っていても本人なのだと母に伝えてきた。

 

「……で、何しれっと日本酒出してんだおめーわ」

 

「え?飲まないの、カーチャン!?」

 

「いや、飲むけど。そういうつもりとしか思えないラインナップでしょ、これ」

 

そうして食卓を見回せば、先程述べた鰹の刺身や牛すじ煮込みだけではない。

 

スパムを焼いてスライスゆで卵を載せたものや、じゃがいもとコンビーフと青菜の炒め煮など味が濃くて酒や米に合いそうなものばかりである。

 

「岬……?」

 

「あ、あたしは悪くないのです!あたしはご飯しか食べないのですよ!」

 

茜に睨めつけられると、岬は首をブンブン振って否定する―――が。

 

「牛すじ煮込み食べたいって言ったの岬じゃん?」とミナが逃げ道を塞ぐようなことを言う。

 

「それはぁ、そうですけどぉ……ご飯に合いますですしぃ……」

 

そっぽを向いて口笛を吹き始めた岬に、茜は「はぁ、もういいわ……」と頭を振った。

 

「まだ6時じゃない……朝の……」

 

はー、と茜は時計を見てテレビをつける。

 

「もういいわ……夕ちゃんと廻くんも起こしてきなさい。怒られるだろうけどね」

 

諦めて上座についた茜に、ミナは「そう来なくっちゃ」と微笑んだ。

 

ルルとの約束はあるが、お酒も飲みたいという気分だったから。

 

―――もちろん、今日は運転をするつもりは一切なかった。

 

このときは。

 

 

 

「……なるほど。急に呼ばれたかと思えば……」

 

湯呑の酒を突き出されながら、旧大日本帝国の決戦兵器であるアンドロイド……廻は苦笑していた。

 

「金髪女。告白を邪魔されてイライラしているからって、朝から酒はやめたらどうだ……茜さんも飲んでいるから、強くは言わんが……」

 

ため息を付いて湯呑を受け取るのを拒否した妹機の夕は、ジト目でミナを睨めつける。

 

「やぁだ、イライラはしてないわよぉ。今日だってルルとデートだしぃ」

 

泥酔とは言わないが、それなりに出来上がっているミナは上機嫌にそう言って彼女へ突き出した湯呑を下げるとそれの中身を飲み干した。

 

「……おい、男女。私たちは普通に仕事なんだ。止めろ」

 

夕に言われたルルは、湯呑の中のオレンジジュースをちびちびと舐めながら「拒否しますよ。ミナさん楽しそうですし、義母さまのペースも普通ですしね」と朗らかに返した。

 

「ふっ……まあいいだろう、夕。我々は酒精で酩酊せんのだからな」と廻は夕の肩を叩いて、立ち上がった。

 

「我々はもう行くぞ、ミナ。今日は仕込みが早い」

 

そうして荷物を手に取ると、道野枝兄妹は外へと出ていく。

 

「では行ってくる」「羽目を外すんじゃないぞ、馬鹿者」と残して。

 

「いってらっしゃーい」と機嫌よく見送ったミナは、茜へと振り向いた。

 

「どったのカーチャン」

 

「……わかってるとは思うけど、そろそろよ」

 

湯呑の中の透明な液体をズズと啜って母は言う。

 

「……義母さま。わかっておりますとも。いつ始まってもおかしくないと」

 

朝は固形物を食べない不死者が、主人の―――義姉の代わりにそう返した。

 

ミナもまた表情を正して、「ルルの言う通り、わかっちゃいるよ。カーチャン。改の会も、多分SMNも動き出すだろう。魔法少女はまだ説得できると思うけど」と言って、鰹の刺身ににんにくの醤油漬けを乗せてボリと屠る。

 

「わかっているなら、いいわ。あの信濃とかいうのは、いざという時の避難場所にするつもり、でいいわね?」

 

「うん。正直言えば、あれを切り札にしなきゃいけねえってのは業腹なんだけどな。そうするしかないべ」

 

こちらの世界で邪神がどれほどの力を振るえるのか。

 

改の会の戦力はどの程度のものなのか。

 

そして、SMNと話し合いなど本当に出来るのだろうか。

 

不安要素はいくつもあって、確証が持てることは少ない。

 

だからこそ―――今日は遊ぶつもりだった。

 

「ま、やるだけやってみるさ」

 

ミナは湯呑の中の液体を飲み干すと、そうして花のように微笑んだ。

 

その顔に、茜は何も言わなかった。

 

―――言うことは、出来なかった。

 

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