異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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街に流れる音は、何百年かぶりにこの街へ戻った頃に比べれば実に賑やかなものである。
喧騒と言って良いだろう。
街を騒がせていた半グレや不法滞在外国人は姿を消し、一般的な普通の暮らしが戻ってきていることを実感する。
「随分きれいになったこと」
「流石にあそこまでやられておいて、街に近づく不逞の輩はそうはいないでしょう」
以前、夕がアメジストの指輪を手に入れた「ジレンマ」という宝石店で、並ぶ品々を見つめながらルルはなんでもないことのようにそう言った。
「ほう、これも良い品ですね」
魔法効果を付与するのにちょうどいいと、ルルは一つのネックレスを手にとって笑う。
小さめのルビーが3つほどあしらわれているそれの値段は、32000円と記載されていた。
「どうする?買っていく?」
「はい。義母様の魔除けにしようと思います」
少年はそれをレジへ持っていく……その手に、別のものが握られていたのをミナは見逃さない。
「それは?」
「ああ、この指輪ですか。これは……ミナさんに」
それはショールとも呼ばれるブラック・トルマリンの指輪だ。
「あー、電気石かあ……雷の魔法を付与するには……って、くれるの?」
少しだけ驚いたようにルルの顔を見れば、「はい。僕からのプレゼントです。サイズ直しと付与はお任せあれ」と優雅に礼をする。
その様子に、「あ、うー……あ、ありがとう」とミナは少し顔を赤くした。
「どういたしまして。それじゃあ、会計を済ませてきますね」
ルルはそのフリルの付いたスカートを翻らせて、レジへと向かっていく。
―――その様子に、ミナはふとみはるのことを思い出し、「人のことは言えないわね……」と男の娘へと視線を向けた。
そうしてショッピングデートは続き、3時間もした頃。
韋駄天百貨店に入っているファミレス―――安いイタリアンとワインを売りにしている―――でミナはチョリソーを喰んでいた。
「結構な収穫だったわね」
「ええ。特にあのジレンマという店はなかなかの穴場ですね。なぜ売れていないのかわかりませんが」
ルルはオレンジジュースを炭酸水で割ったジュースのグラスに口をつけながらそう言って傍らの荷物を見る。
無限のバッグに収める前に、先程まで少し品定めをしていたのだった。
「そうなのよね。まあ、宣伝ちゃんとしていないからなのでしょうけど」
「もう一つは店の雰囲気。あとは1階にもジュエリーショップがあるから、というあたりでしょうか」
実際に、百貨店の1階にはそこそこ有名なブランドを扱う店があり、ノーブランドものが中心のジレンマとは棲み分けできてはいるのだが……
「ま、しょうがないわね」
ミナはロゼワインをぐっと飲み干して、しかる後にたらこスパゲッティに取り掛かる。
「……平和ね」
「嵐の前の静けさのごとく」
主従は顔を見合わせて、そうして微笑んだ。
「エストロヴァの雪片の修復もそろそろ終わりますし、そうしたら事情をエストロヴァに確認しつつ、次は森の喫茶店ね」
ミナは聞き咎められぬように精霊語で話す。
「ええ。口を割らぬのなら、エニヴァの黒筆を使えばいいでしょう」と少女にしか聞こえない声音がミナの耳朶に届いた。
その言葉に若干眉をひそめ、しかし手段を選んでいる暇はないかもしれないと、小さなため息を漏らした彼の主人は「いいわ。やりましょう」と言って、またたらこスパゲッティをフォークで絡め取って口へ放り込む。
「―――次の冒険を始めましょう」
「危険を冒すことこそ、冒険なのですから」
二人はニヤリと笑って、グラスをぶつけ合う。
―――プラスチックのグラスは乾いた音を立てることはなく、ポコンと小さく柔らかく鳴るのだった。
短いですが……
すべて仕事が悪いのです。