異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第312話「もう200年以上前に受け入れたよ、そんなことは……」

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―――「信濃」、戦闘機格納庫。

 

そこに薺川博士と廻、夕。

 

そしてミナとルルがいた。

 

空悟は休職延長の手続きのため、岬、恋は通学のためにここにはいない。

 

『やはりここが一番安全だからな。研究所の中枢機能にも影響はない』

 

薺川が空虚な眼窩を光らせてそう言うと、「まあそうですよね」と肩をすくめて笑う。

 

その様子に「では、さっさと動かしましょう。長く話したくないですしね」とルルがため息を付いた。

 

当然であろう。

 

まだ自我のはっきりしなかった時代とはいえ、彼は―――その鏡が持つ魂に強姦されかけたのだから。

 

「まあ、そう腐るなルル。頭にきたらまた壊してしまえば良い」と廻がルルの肩を叩く。

 

「情報を聞き出し終わってからにしろよ。くれぐれもな」と夕が続けると、ルルは「もちろんわかってます」といつもの顔で微笑んだ。

 

「さて―――偉大なるロジックよ。封緘を我が意のままに解かん」

 

古代語で唱えたその言葉は、言霊となって地面に置かれた鏡に降り注ぐ。

 

するとその白い鏡に光が宿り、ふわりと宙に浮かぶのだった。

 

『こ、ここは……?』

 

「ここは僕らの拠点ですよ、エストロヴァ。さあ、キリキリ吐いてもらいましょうか。お前やエニヴァの黒筆をこの世界にもたらしたのは邪神ドミネーターの手のものですね?」

 

ルルが意識を取り戻したその鏡に一息にそう質問すると、鏡は『そ、そうだ。おそらくはそうだ。この世界に混沌と混乱を齎せと、私は言われたのだ……』と意外にも素直に言葉を紡ぎ出した。

 

「ふーん……エニヴァの黒筆をあの半グレ共に与えたのは?」

 

ミナが手にオリハルコンのおろし金を持ちつつそう聞くと、鏡は『ヒィ!?』と小さく悲鳴を上げる。

 

『そ、それは、私が操ったあの、なんと言ったか。街の破落戸共の群れに持っていくよう命じたのだ……』

 

怯える声を出しながらエストロヴァがそう答えると、ミナは「……なるほど、ギルティか……」とおろし金で素振りを始めた。

 

『や、やめろ!やめてくれ!私だってあんな存在に命じられれば聞くしかなかったんだ!』

 

「それで許してもらえると思うなら甘いですが……他に知っていることは?」

 

ルルが酷薄な笑みを笑みを浮かべ、ゆっくりとその掌まで黒い手を鏡へと向ける。

 

『あ、あとはわからん……だが、こうは言っていた……私と同じような存在はいくつかいるのだ、と。あのスライムのような女に、だ』

 

エストロヴァは恐怖を耐えていると思われる、カタカタと震えた声でそう続けた。

 

その言葉に、ミナは「―――半グレ集団、崎見さんのお祖母さん、オレの同級生の元いじめられっ子、フリーム、スティンガリウス、そんでばーちゃん……」と指折り数える。

 

「そしてミナさんの体の中のティトゥスの呪い……」

 

ルルが歌うようにそう言うと、廻がコクリと肯いて「得心した。ミナを精神的に追い詰めて、ティトゥスの呪いを発動させるのも一つの目的なのだろう」とミナを見た。

 

「もちろんそれだけではないだろう」

 

夕は信濃の艦載機「台風」に触れ、「本艦をバグダンジョンに変えたこと……それも同じだ。この世界の秩序の究極的な破壊につながるものだ」と渋い顔をする。

 

「―――幸い、艤装委員長が抵抗してくださったおかげで、我らの手中に落ちたわけだが……」

 

そう、この船はどこかのタイトルに宇宙とつきながら海洋冒険ロマンだったアニメに出てくる超空母よりもスペックの高い化け物なのである。

 

『この船が例の記憶の魔王の手に完全に落ちていれば、それは世界の終わりを意味しただろう』と薺川も肯く。

 

更に言うとすれば、繰り返すようだが―――ここにいる4名はそれぞれが本気でやらかす気になれば、国を一つ二つ傾けることくらいは容易であろう。

 

由々しき問題といえば、由々しき問題である。

 

ここに存在していて、自殺などできようはずもなく、更に敵は邪神だけではないのだ。

 

ミナが腕を組んで、うーんと唸り始める。

 

『わ、我はもう良いか……?』

 

「ああ、いいわよ。聞きたいことがあったらまた今度ね。ルル、しまっちゃって」

 

ミナは無慈悲にそう従者へと指示を出した。

 

『や、やめろ!あの空間にいるのは嫌だ!無限のバッグの中など、牢獄と同じではないか!』

 

「僕への強姦未遂とこの街での狼藉だけで十分牢獄に叩き込まれる理由になりますので……僕の独断と偏見で判決は無期禁固とさせていただきます。それではまた」

 

少年もまた無慈悲にそう言って、鏡を無造作に掴むと自分のバッグへと押し入れる。

 

『やめろー!やめてくれー!』

 

「やめません」

 

その一言とともにバッグの口は閉じられ、エストロヴァの鏡の声もまた消えてしまった。

 

「とにかく、邪神たちはまだ動かないと思うから、改の会の行動開始を待って叩き潰すことと―――魔法少女たちとの、できれば休戦が当面の課題ね」

 

ミナがそうしてため息をつく。

 

―――と、その時であった。

 

格納庫に一つの足音がカツカツと響いたのは。

 

「お、やっとるの。尋問は終わったのか?」

 

現れたのはミナの祖母、カレーナ・トワイライトである。

 

「カレーナ殿。そちらは概ね。何も知らなさそうでした」

 

ダークエルフの少年が事務的な声音でそう答えると、古き森人の中でも更に年嵩の女はフッと笑って、「支配の邪神となれば記憶の改竄も余裕じゃろうしな」と諦めたように肩をすくめた。

 

「ばーちゃん……」

 

「お、クウゴはおらんのじゃな。それならちょうどよい。お主の瞳の解呪をそろそろやってしまおうかと訪ってみたんじゃが、ナイスなタイミングであったの」

 

ホホホ、と手の甲を頬にかざして20歳前後にしか見えない9000歳の老婆は笑う。

 

ミナの瞳に集まっている血の呪い……邪王ティトゥスの呪いの解除を今やってしまおうというわけである。

 

「ほれ、とっとと済ませてしまおうぞ。クウゴやアカネにうぬの死体を見せるのは酷じゃし、今が最大の機会であろうよ。我の方の用意はできた」

 

そうしてカレーナはその豊満な胸の間から一つのガラス瓶を取り出した―――

 

そこに浮いているものは、何あろう。

 

「……ルル、あんたいつの間に?」

 

「いえ、ミナさんにご心配をかけたくなかったので、さっさと渡してしまいました。僕の瞳など、回復魔法を使わなくともすぐに生えてくるものですから」

 

ミナに怪訝な表情で聞かれた少年は、ニコリと笑ってそのガラス瓶を見た。

 

「確かに浄化は終わっているようですね、僕の瞳……歪んだ魔力はもう感じません」

 

そう、それはルルのものと思しき眼球であった。

 

「はー……まあ、それはいいわ。確かにちょっと心配しちゃうものね。それにしてもルルの眼球を変なところに入れるなよ、ばーちゃん」

 

ミナは諦めたように額を抑えると、祖母に向き直り呆れた目を向ける。

 

「私もそう思う。不衛生だ。仮にも移植材料なら低温で保存すべきだ」

 

援護射撃をしたのは夕である。

 

「ホホホ、そんなこと我、知らん。死体殿の瞳が腐るのカビるのなどするわけなかろ。浄化が済んでおるとはいえ不死者の王の瞳ぞ」

 

くすりくすりと何を馬鹿を抜かす、と孫とガイノイドを笑う祖母に、ミナが返した言葉は「そうじゃねえんだよなあ。なまものをおっぱいの間に入れとくんじゃねーって言ってんだよババァ」という辛辣な言葉であった。

 

「それに、いくら腐らないと言っても、人肌で温めて良いものじゃありませんよ、それ。相変わらずですね」

 

本来の持ち主であるルルが呆れ返ってそう言うと、9000歳児は「なんじゃぁ!?我が悪いのか!」と少し涙目になってそう返す。

 

「その涙で騙されるやつはここにはいねーってばよ……いいからとっととやっちまおう。廻さんなんかもう会話に参加する気すらねえぞ」

 

見れば廻は艦載機である台風の点検を始めているではないか。

 

「廻……」

 

「我らでは助けにならんだろう。夕、お前も手伝え。今後はこれを使うときもあるだろう」

 

視線で咎めた夕に、廻はそう答えてコクピットの中に入ってしまった。

 

『うむ。私が記録しているから、心配せず廻を手伝ってやれ』

 

骸骨博士がそう言うと、夕は不承不承といった風情で「わかりました」と答えて別の台風の点検へと歩き去って行った。

 

「老人に厳しい連中め……」

 

「誰もあなたを老人と思ってないからですよ」

 

ルルが辛辣さを隠しもせずにジト目でそう言うと、ため息をつく。

 

「ええい、なんて奴らじゃ!まあいい、済ませようぞ。ほれ、うぬの前世の死体を出せ」

 

「わかってるわ。ふう……それじゃ、出すわ」

 

ミナは無限のバッグを開き、そこから―――全裸の男の死体を取り出して、床に寝かせた。

 

「ふーむ、惜しいのう。太ってなくば、我が少しつまんでおったものを」

 

カレーナがミナの前世―――三郎の死体の股間をジロと睨んでそう言うものだから、ミナは「やめろ!気持ち悪い!!」と怖気を奮って一歩下がった。

 

「そんな引かんでもええじゃろ……もったいないものはもったいない。生きていれば生み出せるものはあるものじゃ」

 

カレーナは孫娘の言葉に一瞬不満げにそう言ってガラス瓶をミナに向ける。

 

「よぉく覚えておくが良いぞ、孫よ。汝もいずれ己の子にやるかもしれん呪じゃ」

 

「―――わかった」

 

ミナは瞠目して、右の瞳に力を込める。

 

すると、普段の翠玉のような輝きは消え、くすんだ黄金色の瞳へと変わっていく―――

 

「一つめは心、二つめは空、三つめは神々、四つめは世界―――」

 

カレーナが精霊の言葉で呪を唱え始めると、ガラス瓶の中の眼球―――紫の瞳が徐々に色を変えていく。

 

「色を変え、光となせ。邪悪となりし我らが父祖よ。支配とはこれ即ち、独善である。独善とは即ち邪悪である。善とは即ち悪を自覚するものにしか芽生えぬ―――」

 

ミナの眼球が少しずつせり出してくる。

 

同時に―――

 

『これは―――死体の瞳もか』

 

薺川がそう言うと同時に、死体の眼球が飛び出して宙に浮かんだ。

 

「―――ッ!」

 

ミナの金色の右眼もまた中空へと、一滴の血も流れぬままに持ち主の体を離れた。

 

それでも痛みはあるのだろう、ミナの表情がわずかに歪む。

 

「精霊よ、神々よ、我らの罪を赦し給え―――我等が父祖の邪悪を許し、眠らせたまえ―――贄はここに。我はここに。我が血族もまたここに」

 

ガラス瓶が勝手に真っ二つに割れ、中身の液体が地面にびしゃりとこぼれ落ちていく―――

 

三つの眼球がぐるぐるとめぐり、そして。

 

「―――練り固めよ、邪悪の意志を!生命の冒涜者フェニックスよ!我が父祖の遺志を貶めよ!!」

 

大音声が格納庫に響き渡る。

 

その転生と浄化、生命と輪廻を司る火の鳥への願いは正しく聞き届けられる。

 

ルルの瞳はミナの眼窩に、ミナの瞳は贄たる三郎の眼窩に、そして―――三郎の瞳は砂のように崩れ去っていく。

 

『おお……』

 

「ぐっ……!」

 

ミナがうめき声を上げる。

 

うめき声を上げた、彼女のその瞳を見れば―――

 

ルルの瞳が持つ紫水晶色の虹彩が、徐々にミナの瞳の色―――翠玉へと変わっていく。

 

そうして死体の瞳がゆっくりと閉じられていき―――すべてが終わった。

 

「よし、我ながらうまい塩梅にやれたわい。これをやったのはシリウス以来じゃから……えーと、2000年は前じゃな」

 

カレーナのその言葉に、ミナは「いたた……結構簡単に終わるものね」と右目を手で抑えながらそう言った。

 

「それにしても久々に術を使ったものじゃからの。ちと疲れたわ」

 

カレーナは倒れている三郎の死体を見遣り、格納庫の床にぺたりと座り込む。

 

その様子に『移植手術の常識は君たちの世界では通用しないのだな』と薺川は嘆息した。

 

「あー、それな。こちらの世界の移植手術とやらをマンガとやらでちょっと勉強してみたが、遺伝子が適合とかなんとかめんどくさすぎない?」

 

腕を組んでそう言うと、「そりゃ私達精霊の仲間だし……只人や地球人とは、違うわよ」と肩をすくめる。

 

『ふむ……科学的な解釈するならば、魔法による部位の完全なホモグラフト化と急速な細胞入れ替えとも言えるな』

 

薺川博士は計器をマニピュレーターで操作しつつ、そんな感想を述べて、痛みが収まり目から手を退けたミナの瞳を覗く。

 

『考えてみれば回復魔法も同じく代謝を高速化しているだけではなく、外部からの熱量供給を経ているものもある……原理を解明せねばならんな』

 

「わかっているとは思いますが、神聖魔法や暗黒魔法は神の御業です。神の領分に手を突っ込むと痛い目見ますよ」

 

『もう見ているから安心したまえ』

 

カラカラと骨の体を震わせて博士が笑うと、「そういやそうでした」とルルが笑った。

 

「危険な会話しないでよ、ふたりとも……とりあえずこれでなんとかなったでいいんだな、ばーちゃん」

 

ミナが訝しげに祖母に聞くと、祖母はあっけらかんと「うむ。これでどうにかなろう。うぬの前世の遺体はとっとと供養するが良い。変な霊が入って不死者になるぞ」と答える。

 

「わかってるって……カーチャンには申し訳ねえけど……」

 

ミナはこの世界での父母の顔を思い浮かべながらそう言って、自らの死体に調和神の聖印を切って祈りを捧げた。

 

―――いっそこの場で死体を焼き払ってしまうべきだろうか。

 

そうしてしまえばこの死体が露見することはなく、鬱病で狂った男が一人、療養所から脱走して事故で死んだというカバーストーリーが作られるはずだ。

 

少なくとも母はそう言っていた。

 

しかし、しかし、それでも一瞬だけ、一瞬だけ躊躇する。

 

躊躇して、そして薺川に確認を取る。

 

「格納庫で火葬してもいいですか、博士」

 

『構わんとも』

 

茜も空悟もいないところで自らを葬るのは、どうかと思った。

 

「ミナさん」

 

「わかってる。これはオレがオレだけのためにやらなきゃならないことだ」

 

ミナはルルへうんと一つ頷くと呪を唱えだす。

 

「―――偉大なるロジックよ。寄る辺なく燃える炎を我に……玉となり丸となり弾となし燃やし尽くせ。ファイヤーボール」

 

静かに唱えた火球の魔法は、倒れ伏す己を焼き尽くす―――

 

「うむ、それで良い。孫よ。己と決別するのは辛かろうが」

 

「もう200年以上前に受け入れたよ、そんなことは……」

 

男口調で苦笑する。

 

苦笑を照らす炎は、かつての己を―――

 

その時、そっとルルがミナに寄り添って。

 

ミナは心配するなとばかりに、微笑みを彼に返した。

 

見る間に炎は焼き尽くしていく―――

 

やがて、骨すらも残さずに。

 

―――まだ。

 

まだ彼女らは知らない。

 

これが新たな騒動の火種になることを……

 

 

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