異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第314話「うん、じゃあまあいいか」

 

 

-314-

 

―――同日、夜。

 

ミナと岬は、夕に伴われて再び信濃へやってきていた。

 

現在の位置は―――居住区である。

 

さて、大型艦の艦内は迷宮である。

 

信濃程の巨艦ともなれば、バグダンジョン化していないとしても5000人以上が住む街と同等の入り組みようを呈する。

 

例として……信濃より一回りほど小さい米軍のスーパーキャリア、ジェラルド・R・フォード級の場合、かなり自動化された同級でも艦艇そのものの運用に2180名、航空機運用に2480名もの乗組員を必要とするのだ。

 

そして、信濃は夕一人……七式特殊戦闘艇1機でも操作できるように造られているが、第二次大戦の戦艦や空母と同じように数千人の人員が居住可能となっていた。

 

「……これは素晴らしい秘密基地なのです」

 

「同感ね……強いて言えば、戦前の人間、それも男しか乗るの考慮してないから、女子トイレもなければ洋式便器も少ないってことかしら……半分くらいは洋式便器みたいだけど、うーん」

 

岬とミナは、いざというとき信濃を避難先として使えないか、艦内居住区の視察を行っていたのであった。

 

魔法少女たちは―――おそらくは全国で頻発しているのではないかと思われる虹の欠片が齎す怪物たちの所業が全くニュースにならないことから、人目くらいは気にしている様子だが……

 

改の会はそうではない。

 

間違いなく事を起こす際はこの世界の表側に現れることだろう。

 

その時、最悪の場合は茜やぬえ子たち、あるいは岬の友人たちや祖母などの親戚たちを避難させねばならない事態も起きるだろう。

 

その時のセーフハウスとして、この超空母はうってつけだろうと見てのことである。

 

「まあ、とはいえ野宿に比べりゃ万倍マシなのは言うまでもないのだわ」

 

太平洋戦争末期に作られたせいか、可燃物がほとんど見当たらない……つまり、生活をそのままするには大変不便であることは否めず、また烹炊所……つまり調理室でしか炊事は行えないためそれも不便なところである。

 

とはいえ、最悪の場合、避難させる人間は100名にも満たない。

 

数日程度なら問題はないだろうし、なんとなれば薺川博士に居住区の改装をお願いしてもよいだろう。

 

「んー……ほんとに居住区ってだけでなんにもないのですねえ」

 

水兵用と見られる部屋にはベッドもなく、その代わりにハンモックがロッカーの中にたくさん入っている。

 

上を見ればハンモックを吊りかけるフックは5つほど存在していた。

 

「この狭くて何もない部屋が5人部屋ですか……」と岬は末期日本軍の事情に思いを馳せて嘆息した。

 

「まあ負けるとなればなりふりも構わなくなるわよ」

 

ミナが兵員用の風呂を確認しようと扉を開ける。

 

そしておもむろに「海水」と記載された蛇口を捻った。

 

「……うん、博士の言う通り海水を汲んでお風呂をわかせるみたいね、この船」

 

ミナは蛇口から海水が出てきたことを確認して、「うん、じゃあまあいいか」と首肯した。

 

これなら真水を作ることはミナの魔法を持ってすれば容易いことである。

 

どうせここに避難する事態となれば、自分たちの正体もバラすことになるであろうことからそこは問題ないと認識していた。

 

「後は部屋をいくつか潰して簡易的な調理場を作ってもらうか……それと洋式トイレは和式便器に被せるタイプの便器があるから、ウォッシュレットの電源確保だけ必要で……」

 

ミナが必要なものを列挙し始める。

 

100名程度が数日から数週間住むに足る生活空間を作らねば。

 

ここに乗る予定だった海軍軍人の皆さんには悪いが、とミナは思って、しかし自分たちにとっても死活問題になりかねないことだから、と嘆息する。

 

「対策は二重三重に取って不足はない、なのだわ」

 

ミナはそうして、食料の確保についても勘案を始める。

 

やっぱり茜を通じて、所持している貴金属や金貨銀貨の売却は考えなければならないだろう、と母に苦労をかけることを僅かに申し訳なく思った。

 

「実際、どのくらい資産あるです?」

 

「現金は他の冒険者に比べれば持ってないほうだけど、金貨10万枚かそこらはあるんじゃないかな……いつからか数えるの億劫で記録しなくなったけど」

 

その言葉に、岬はコンピュータRPG最後の街で必要なものを買い尽くした後のパーティのようなことを言うなあ、と内心で苦笑して床に座った。

 

「しかし椅子も机もないとはすごいのです……艦長室や艦橋にはありましたけど、あそこは艦の中枢ですからね」

 

「改装が面倒そうだから士官室の方も見てみようか。秘密基地感はすごいけど、ねえ」

 

そうして廊下に出て二人はカツカツと夕がスマホに入れてくれた館内案内図アプリをトレースして士官の居住区へと向かっていく。

 

……士官室にはかろうじてベッドと執務用の机、椅子はあったもののやっぱりそれ以外は何もなかったのであった。

 

 

 

―――艦橋へ向かう通路。

 

「夕ちゃん、ここ真面目に殺風景ね……人が住む空間とは思えないのだわ」

 

『当然だろう。この艦はそれこそ決戦兵器なのだ。当時の軍上層部が何を考えてこれを作らせたのかは最早わからぬことだが、しかし最悪連合国全てを道連れにするための艦なのだ』

 

アプリを通じて夕の声が聴こえてくる。

 

その言葉には僅かな哀愁が籠もっていた。

 

もしかすると、この艦で倒したあの変異吸血鬼兵のことを思い出しているのかもしれない。

 

それを察したミナは、特にフォローなどはせずに「殺風景すぎてちょっと博士に改修してもらったほうがいいかなって思うの」と返す。

 

すると夕は『ああ、そうだな。最近流行りの全館空調などいいかもしれんな』と僅かに面白さを含んだ声を投げかけてきた。

 

「あー……あのCMね」

 

『どう考えてもお前が見ていた映画の登場人物そのものだった。思い切ったやり方だと私は思考するな』

 

ミナも吟遊歌にした光の巨人のリメイク作品の登場人物そのままの演技で、マイホームの全館空調を宣伝するCMのことを二人は話し、プッと吹き出した。

 

今までにない夕の反応ではあったが、それはミナにとっては嬉しいことの一つである。

 

「それじゃあ一旦通信切るわ。艦橋に戻る前に烹炊所を見てくるね」

 

『承知した。私は引き続き艦の制御を続ける』

 

ミナの声に夕はそう答えて、そして声が途切れる。

 

「5000人を超える乗組員の飯作るところだから、ぶっちゃけ100人程度分の食事なら一気に作れたりするんだろうけど……」

 

―――スペック上では6200人まで収容可能であると薺川博士が言っていたことを思い出し、ミナは少しくらりとした。

 

6000人以上の炊き出しなど、あちらの世界ではほぼありえないことだ。

 

「主計科の人も大和は100人ほどだったそうですけど、200人くらいいないと回せなさそうなのです」

 

岬は、食事の運搬も含めればより広大なこの船はもっと人が要るかもしれない、と零した。

 

そうして烹炊所への通路へと入り込み、てくてくとそちらへ向かっていく。

 

戦艦大和の烹炊所は3合炊き炊飯器の数百台分の白米を調理できたと言うが、おそらく信濃のそれは大和を超えるものであろう。

 

「ぶっちゃけ過剰能力すぎるわよね」

 

「なのです。この艦を自衛隊に渡すつもりもないのですし……」

 

ガチャリと大扉を開けて中に入ると、巨大な炊飯器や鍋、コンロなどがあり、ミナは目を覆う。

 

「むーりー。これは扱いきれないわ」

 

「士官用の方も見てみましょうです。おそらくこちらは兵員用なのですよ」と岬がどこかキラキラした目線で烹炊所の中を見てホウとため息をついた。

 

「そーねー……なんだっけ?平時の海軍って士官がコック雇ってたんだっけ?」とミナが額に指を当てて記憶を引っ張り出す。

 

「そーなのです……って嫌な予感しかしないのですけど」と岬はこめかみに人差し指と中指をあてて考え出す。

 

「……いや、杞憂だと思うのです。マップアプリによればちゃんと士官用の烹炊所はあることになっているのですよ」

 

岬がそう言うが、しかし……

 

「でも、左舷側にあるだけよ。扉もなくて同一区画じゃん……船の真ん中で分かれてるから別部屋ってことになってるだけなのだわ」

 

ミナがそうしてジト目になると、「うーん、じゃあもう一個烹炊所あるみたいですし行ってみますです?設備はこっちと同じみたいですけど」と困った顔で岬はあたりを見回した。

 

「あー、もう。やっぱり別に調理室作ってもらわないとだめそうなのだわ」

 

ミナがポリポリと鼻を掻く。

 

やはり士官室の近くにある兵員室をいくつか潰して調理室やトイレなどの生活区域を作ってもらうことをミナは決意していた―――と、その時のことである。

 

「あれ?これはなんなのです?」

 

岬が床に落ちている何かを見つけて、それを―――魔力も呪いの気配もないことを確認してから―――慎重に拾う。

 

「これは……包丁?」

 

なぜこんなところに、とは思わない。

 

以前はバグダンジョンであり、魔物たちが徘徊していたのだから少しくらいは散らかっても仕方ないだろう。

 

不思議に思ったのは、これ一つが落ちていることだ。

 

「……なんでしょなのです」

 

「わかんないわね。見たところ普通の包丁のようだけど……気になるならもらっていけば?」

 

ミナがそういうと、岬はその包丁をマジマジと見つめた。

 

―――本当にただの包丁だ。

 

しかし、戦前の作であるもの。

 

貴重品とは言い難いが、作りはしっかりしていて、今のステンレス包丁よりも握り心地が岬には良かった。

 

「もしかすると、この艦を隠す際にここに残った人がいたのかもしれないのですね。何となく、そんな気がしますですよ」

 

岬は包丁を照明にさらして、「よし、お前の名前は虎徹なのです。なんとなくですけど、虎徹っぽいからそう呼ぶのです」と微笑んで、自分のポシェットから布を取り出すと慎重に刃を包んでポシェットへとしまった。

 

―――本当に虎徹じゃあないわよね……

 

ミナは内心で、その無銘の包丁を見て思うのであった。

 

 

 

―――そして艦橋にて。

 

「で、どうだった?」

 

「そのままじゃ無理ねー。秘密基地感あって私や岬は気に入ったけど」

 

艦長席に座っていつもの偽装用躯体のこめかみのところにジャックを差し込んだ夕に、ミナはそう答えて嘆息した。

 

「まあそうだろうな。帝国軍人でもきついと私も思う」

 

そうして持ち込まれたタブレットをミナへと手渡した。

 

「……あ、やっぱり薺川博士もあそこに現代人住まわせるのは無理って思ってたんだ」

 

ミナがタブレットに表示された情報―――自分が考えたのとほぼ同じ改修案を確認して首肯した。

 

「んー……あれ?もしかして改修終わってから見に行くべきだったか……?」と数秒も待たずに首を傾げた。

 

「意味はあるさ。貴様の意見を聞いてから改修するかどうかを決めると薺川博士は仰っていたぞ。頭目の意見が最優先だ」

 

ふいと視線をそらして人造人間は言った。

 

恥ずかしがっているのか、別のことを考えているのか、それはわからない。

 

彼女は機械なのだから、隠すことなど容易なはずだが、しかしミナには喜びの精霊が踊っていることが感じ取れた。

 

(まあ、いいか)

 

藪をつついて蛇を出すようなことをしても仕方ない。

 

彼女もまた自分と同じように長く生きる可能性の高い存在―――いや、生き物だ。

 

その在り方を変えて自分への態度が変わるまで待つなど、上古の森人であるミナには全く問題にもならない時間である。

 

―――ミナにとって時間で焦らなければならないことは、ルル―――ひいては家族のことだけだ。

 

ミナは小さく嘆息して、そして今はこの場にいない従者の顔を思い浮かべ、どうするかなあ、と思案する。

 

―――結局のところ、究極的には、あのペットボトルを股に突っ込まねばならない日が来た時に、どう苦痛を回避すれば良いのだろうか、というシモい思考へたどり着いてわずかに赤面するミナであった。

 

 

 

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