異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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さて、その頃ルルが何をしていたかと言えば―――
「ふぅーむ……これはひどい」
「ひどいじゃなくてぇ!真面目にやって!お願い!!」
二人の少女を連れて、地下道をひた走っていた。
(七箇所のうち二つが不明地点だったのはこういうことですか。あとは、海、か)
黒髪おさげの少女と栗色のくせ毛を肩口まで伸ばした少女が言い争うのを尻目にルルはそう考えて嘆息する。
「喧嘩はよろしいのですが、僕から離れないようにしてください。矢避けの範囲から出たり、逸れたりしたら最悪死にますよ」
感情を乗せない声音で彼がそう言うと後ろから、ヒュ、と風切音が鳴った。
「ほら」
その風切音は金属の針のようなもの。
ダンッと小さな音を立てて眼の前の壁に突き刺さったのを見て、二人の少女は怖気を振るう。
「急所に当たってもいいですよ。生き返らせるのや、黄泉返らせるのは得意なので」
目を細めてにこりと二人に笑顔を向けると、二人はもう何も言うことなくルルを追い越す勢いでスピードを上げた。
「それでいいんです」
なんでもないようにそういうと、再び術を唱える。
「世界を司る偉大なるロジックよ。歪ませよ。大気を歪ませ守護の風と成せ。弦より放たれしもの、我らを貫くこと能わじ!ミサイルガード!」
先ほど効果の切れたミサイルガードの魔法をかけ直して、彼女らの後ろを守るがごとくにひた走る。
同じミサイルガードでも、それは古代語による魔法である。
「先程も説明しましたが、ここは異界です。貴方がたは誘い込まれたというわけですね、アレに」
チラ、と後ろを振り向けばそこにはホバー移動する人間に近い大きさの葉巻型の物体があった。
ミサイルにしては形状がおかしい。
まるで第二次世界大戦中の魚雷―――いや、具体的に九三式酸素魚雷そのものに見える物体だ。
僅かな違いと言えば、撃発子部分がボウガンの矢、つまりボルトに見えるという部分くらい。
それがボルトをそれこそ矢継ぎ早に飛ばしてくるのだ。
空を飛ぶことを含めて物理法則が意味をなしていないと言える物体であった。
「あんなの飛ばないよぉ!翼がないと方向転換できないんだよぉ!」
「魔法少女だって翼なくても飛ぶでしょうに。それ」
ルルは右手に携えた歪んだ杖をそれに向ける。
「偉大なるロジックよ、力の矢となれ。砕け……エネルギーボルト」
白い光の矢が一条飛び出し、魚雷に命中するとドォォォンと轟音を上げて爆発を起こす。
しかし壁に傷一つない―――それがここがバグダンジョンと化している証拠であった。
「しかし、どこからこれだけバグを集めたのやら……あ、お二人共決して足は止めないでください。足元の導を見落とさないように」
見れば足元にはロケート・オブジェクトの光があるではないか。
「この首都圏外郭放水路、とやらはダンジョン化している。もはやクリアする以外にここから出る方法はないので、頑張りましょう」
他人事のように言うとお下げ髪の少女が「あなたも真面目にやってよぉ!」と叫ぶ。
導の光は今まで真っすぐ進んでいた通路を脇道にそれるよう誘導していた。
「もちろん、僕は至って真面目です。それはあちらも同じでしょうが」
導の光を遮るが如く、その道の先には再び空飛ぶ魚雷が待ち受けている。
それに再びエネルギーボルトを放ち、ルルたちは横道へそれていく―――
そう、ここは首都圏外郭放水路。
このままでは間に合わないと見たミナが、ルルを先に転移させていたのである。
そして市街地で魚雷に襲われる栗毛の少女と、同じくこの地下空洞の入口近くで戦っていた黒髪の少女を連れてここへ突入したのだ。
(市街地にもバグモンスターが溢れていた。そのまま捨て置くわけにもいかなかったので、両方連れてきましたが……このダンジョン化は一体)
そこまで考えてから、しかし「考えるまでもないか」と呟きを零して思考を断絶した。
ルルは停止した思考を魔力の制御に注力し、一瞬だけ後ろを向いて二口水晶が唱えていた呪文を解放する。
『極光の彼方より永久の氷壁をこれへ。凍結とは停止なり、停止とは静止なり。永劫に汝の生を留め置かん。フローゼン・ウォール』
ルルと同じ声音で、しかし感情も命もこもらない無機質な声が魔法を解き放った。
瞬時、バキバキ、ビシビシ、音を立てて氷の壁が現れ、魚雷たちと少年少女らの空間を隔てていく。
「あ、今のうちに距離を稼ぎましょう」
「はい!逃げます!!」
栗毛の少女の叫びにも似た肯定に誰も答えることはなく、三人は無言で地下へ、地下へと向かっていった……
最後は、茨城港沖東方100km海上である。
「―――なんだよぅもう!追ってくるなってばー!」
箒の穂が座席のないジェットスキーのような形状をした不思議な水上移動体を駆る桃色の髪の少女を、三つの影が追っていた。
海中から見れば、それは魚雷のような水中で使用する兵器の形をしていないとわかるだろう。
それは、奇怪にも第二次大戦期のレシプロ機を無理やり後退翼にしたような……一見するとトビウオを思わせる物体だ。
しかし、それに目も鱗も存在しない。
あるのは無機質なセンサーと、殺意に満ちた銃口だけである。
時折海面から飛び上がると―――
バリバリバリ、と対人用の7.7mmと思われる重機関銃を撃ち込んでくる!
「乙女の柔肌になんてもんブチコもうとしてんのよぉ!訴えてやる!!」
そういいながら、魔力光を三つ水中へと打ち込む少女であったが……
ドォン、と水柱を揚げるも命中ならず。
航跡は減ずることなく三つのままだ。
「いいかげんにしてよバカぁ!」
バカ、と大声で叫んで涙を一筋流した瞬間、光弾が海面を撃った。
光弾は一つ。
ドォン、ドォオン、ドンと、立った水柱は三つ。
それはトビウオ型兵器が三つとも破壊された証であった。
「えっ?何?誰?」
誰何の声も一瞬、ビュウと強い風が彼女を揺らした。
「おっとぉぉ!?」
『そこの少女!そのまま全速で陸を目指せ!振り返らず、疑問を抱かず、津波から逃げるように己のことだけを考え給え!』
バランスを崩しそうになった少女の斜め上空に、空間から染み出すように銀色の光を放って現れる機体あり。
「えっ!?ガン◯ム!!」
『残念ですが異なります。さっさとお逃げになってください』
少女の驚愕の声に、最初の男の声とは違う澄んではいるが無機質な女性の声が響いた。
「わっ、わかった!そんじゃバイビー!!」
だいぶ古い言葉を使って、少女は全速力を出して去っていく。
それを見送った機体のコクピットで、廻は『周辺の敵性体はすべて此方に来ているな』と呟いた。
すでにデータリンクは完了し、廻の躯体へも全戦闘情報は同期済みである。
それゆえ秋遂の返答は簡潔だった。
『肯定』と、ただ一言音声がコクピットに響く。
『よろしい。では始めよう』と廻が呟くと同時に、彼の持つ人工の感覚器官へ、海中2000m地点から浮上する物体があることが知らされた。
『やはり母艦がいるな。海中で対処する』
いちいち声に出す必要もないが、廻はそう言いたかったから言って、それに秋遂は無言で翼を畳むと、足底部のブースターを噴かして海中へと飛び込んでいった。
『夕からの報告を分析しろ。コンテナが気になる……お前の追加装備かもしれん』
『否定。改の会に奪われた装備は変光脈動する性質はありませんでした。よしんば同じものだとしても不可逆の変改が加えられているものと』
音声はなく、電子交信によってその会話は一瞬で終わる。
『肯定する。今は、母艦を叩く』
その思考が終わったと同時に、トビウオ型の兵器と思われる反応が三十以上視界―――感覚に捉えられた。
『舐められたものだ』
『肯定。ですが、足止めの可能性もあります』
ならば、と廻は秋遂を加速させて。
『可及的速やかに対処するのみ』
そう返して、秋遂の返答を待たずに深海を目指すのであった。