異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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そうしているうちに、戦闘は進んでいく。
形勢は徐々にミナたちに向いてきていた。
人造人間らの損傷が妖精たちの疲労を上回り、明らかに戦闘力が落ち始めてきたのだ。
通常、最大の力で動き続けることは機械にも人間にも多大な負荷をかける。
しかし、疲労と負荷を無視できるほどの身体強化をルルから受けているミナは別だ。
後から、恐るべき筋肉痛を被ることを我慢してでも、ここで倒しておくべきだと判断したがゆえの戦術であった。
『ぬ……!』
「よしッ!」
天井を蹴って落ちるミナの鉤爪が、廻の胸甲を削った。
「鷹爪拳をナメたらアカンぜよ!!次は沢村栄治ばりのピッチングが飛ぶぞ!」
疲労からミナはよくわからないことを叫び、手にいつの間にか持っていた石を廻に投げる。
『貴様―――まさか日本人か?!その外見で!』
とっさにのけぞり、石礫が廻の額をかすめる。
沢村栄治―――戦前の幻の野球選手―――という単語に反応したのか、夕が後ろから叫ぶと、ミナは笑って叫んだ。
「あたりきしゃりきこんこんちきだ馬鹿野郎!こちとら前世はずっと日本人よ!今世だってアメリカ人ともイギリス人とも関係ねー森の妖精ってやつさね!!」
鉄脚をかわし、鉄拳を抑え、投げを返してミナは叫ぶ。
「こんなよくわからん研究所を残されてちゃあ、上に生きてる平和な日本人は枕を高くして眠れないの……よぉッ!!」
『!?』
身を低くして突進し、夕の太ももを掴んで押し倒して、そのまま数百kgはあると思われる夕の体を腿を掴んで振り回す。
フォーリングコントロールを重量を増やす方向にかけて突進したのだ。
見た目の何倍もの重さが、一瞬夕を混乱させ、容易に彼女の体を持ち上げさせたのだ。
『四百瓩を有に超える私を!?』
「うわたしぬぉパワーはッ!オークだろうがオーガだろうがぶん投げるほどなのよぉぉぉぉッ!!」
そうして力任せに廻へ向けて夕を投擲した。
ゴウ、と風が流れるほどの勢いで。
廻はそれをなんとか受け止めようとするが、ミナのほうが早かった。
「必殺ッ!モンゴリアン・レッグ・ラリアートッッ!!」
どこかの残虐超人のようなポーズを取ったミナは、夕を受け止めた廻ごと裂帛の気合とともに放たれたレッグラリアートで吹き飛ばした。
「ぐむっ!?」
ぼぎん、と太ももが嫌な音を立ててミナは転倒したが、強烈な爆音を思わせる衝撃音を鳴り渡らせて壁に衝突した彼らのほうが重大な損傷を受けているだろう。
「いってぇえ!マジでなんなのこいつら!下手な魔王よりかったいんだけど!!」
「もう意地はらずに上古の森人の衣を着てくださいよ……」
ミナは回復魔法をかけられながらまた毒づく。
ガラガラと崩れる壁を見れば、背中から叩きつけられて放射状に砕けた壁に磔になっていてる二体の人造人間が垣間見えた。
「よし……勝てた、かな?」
右太ももをパンパンと叩いて、折れた骨が戻ったことを確認したミナは立ち上がってそう言った。
「ほら、また。油断しないでください。書類に書いてあったバグ爆弾がとやらが残っているでしょう。早く着替えて」
「あーもう急かさないでよ。私、あんたみたいに早着替え出来ないのよ」
ぼろぼろになってしまった蒼いローブをバッグにしまい、素早くミナは新緑の衣を纏う。
葉脈を模したような紋様を持つその衣は、ミナの肌に張り付くと動きやすいワンピース・ドレスへと姿を変えた。
身につけるものによって姿を変え、エルフが着ればこのような姿を取り、只人が鎧えば金属のような光沢の鎧と化す。
上古の森人の戦装束、聖銀の鎧、勇者の鎧である。
「あのローブはあっちの世界に帰るまで駄目ね……ドワーフの腕のいい職人さんじゃないと直せないもの……」
ため息をついて、今度は客人碎を拾い上げると、切っ先を彼らに向けた。
「まだ生きてるかしら?」
「生きてる……という表現が適切かはわかりませんが、まだ熱源は感じますね」
「そう……」
ミナは無造作に槍を突き出そうとして―――止めた。
「……?」
その時、目に入ったのは隅に倒れている白衣―――いや、白衣を着た白骨だった。
ルルに目を向けると、彼は首を振った。
つまり、アンデッドではないということだ。
ミナはため息をつく。
ついて、槍をもう一度倒れ伏す人造人間たちに向けた。
「……書類を書いた人かしらね。謝罪とか贖罪とか、お疲れ様―――残念だけどこいつらは壊させて―――」
―――逃げ給え。
その時、脳に直接響いたのは、若い男の声だった。
「……神様じゃないわね。あなたはあそこであの白骨になっている人ですか?」
切っ先を人造人間たちから離して、ミナは虚空を見据える。
すると、部屋の隅に倒れている白骨と同じ白衣を着た男の姿がそこに浮かび上がった。
―――そうだ。私の名前は薺川御行という。今、君たちが倒した人造人間たちの生みの親だ。
沈痛な面持ちの男が、ミナを見据えながらそう言った。
「……書類書いたの、あなたですね?」
―――ああ、そうだ、そのとおりだ。敗れゆく国の常というものだ。非道なことも許容され、私は自らの脳髄に君がバグと呼んだ不定形不規則性流体を流し込み生き残った。そうして手に入れた頭脳と力とによって、彼らを開発したのだ……
訥々と聞いてもいないことを話し続ける虚ろな男がそこにはいた。
ミナはその言葉を反芻し、考える。
帰結は、当然の考えだった。
「……書類を書いた人はあなたみたいですね。バグを上層から集めていたのも、あなた?」
―――そうだ。私がそうしなければ、いつしかバグは地上へあふれていたろう。故にバグを集め、動力としていた。それはこの子たちを変異抑制のための外部電源として利用している高濃度暗黒物質爆弾の抑制装置を駆動させるためでもあった。
そうして男は頭を下げて、沈黙した。
「ミナちゃ~~ん!」
「三郎!お前大丈夫か!」
「おう、勝ったぞ親友。だけど、続きがあるらしい。この人の話を聞いておこうぜ」
通路の奥からこちらへ駆けてきた親友と魔法少女に手を振ってそう答えると、ミナは男の虚ろな眼窩を覗く。
「それで?先ほど逃げろと言ったのは、どういうことでしょうか」
腕を組んで彼に聞く。
―――それは―――
男が口を開こうとした時、ズシン、と何かを踏みしめるような音がした。
「ミナさん。お約束が来ますよ」
「……そーね」
「お約束、ですか……」
「だいたいわかってたぜ……なんかこういうのって、等身大の中ボスの後に巨大ラスボスが待ってるもんだしよ……」
平然としたルル、げんなりとするミナと空悟、そしてジト目で白衣の男を見る岬がそこにはいた。
―――わかっているのなら話は早い。早く逃げたまえ。私が作った最後の兵器……高濃度暗黒物質爆弾が二人への電源供給が途絶したがために未知の変異を起こしつつある。できれば……君たちが打倒した、あの子たちも連れて行ってやってほしい。
白衣の男は、何も見えないその眼窩から涙を流す。
―――彼らは理外の技術では作られてはいない。だから。
「ああ。なるほど。道理であのロボそのものからはバグの気配はしないわけですね。ビイドロの動力としてバグを集めていた……と。バグった頭脳で、あなたは理外ではなく未来を垣間見たわけですか」
ルルの言葉に、彼は肯ずる。
それを……正常な手段で制作されたまともな兵器であることを明かせば、彼らは戦闘に使われるだろう、と白衣の男―――薺川は思ったのだ。
もはや勝ち目などない戦争に、ただより多くの地獄を作るために。
「なるほどねー……でも私はあなたの考えを否定もしないけど、肯定もしない。なぜなら、誇りとともに滅びるのも国の道の一つだからよ」
異世界に転生して、多くのものを見た。
魔物に屈して奴隷となった国も、抵抗して滅びた国も。
魔物という単語を他国に言い換えたケースも。
そういうものを見てきたから、誇りを捨ててもすべてではないにしろ尊厳を保たれた前世の祖国は実に幸運だったのだな、と今は思う。
生きていれば勝ちではあるが、それが幸せとは限らないことを彼女は心得ていた。
だから、ミナは思う。
彼の考えは国を憂う士のものではなく、子を持つ親のものなのだ、と。
そして、それはどちらが正しいかなど、誰にもわかるはずがないことであった。
「だから、私は逃げないわ。彼らの実力もわかったもの。ルル、いいわね?」
ニィ、と笑うとルルに目配せをする。
その妖精の目は、新たな獲物を見つけた野獣のようだった。
「いいですとも。前衛ミナさんだけじゃ心もとないですし」
ルルはそうして捻れた杖を倒れ伏し、バチバチと火花を散らしている人造人間たちに向けた。
―――何をする気かね、君たち……
「そりゃあこうするんですよ。世界を支配する偉大なるロジックよ。我が触れたるものに元の形を思い出させよ。リペアー」
少年が唱えた呪文が光となって、沈黙する二体に降り注ぐと、火花は消え、ミナによって削り取られた装甲はその姿を取り戻し、破壊された武装は蘇る。
―――君たちは、彼らを修復することができるのだね。
「まあ経験豊富なもので」
ルルが少し誇らしげに薄れた男を見ると、光は消えて修復が終わったようであった。
そうして、数秒もしないうちに彼らは起き上がる。
『……こ、これは……?』
『は、博士!?』
自分たちの状態に困惑し、次いで虚空に浮かぶ彼らの生みの親を発見し更に驚愕する。
『げ、現在時間は皇紀二六八×年一月のはず……あのとき、既に博士は四二歳……博士が生存しているはずは!』
『ああ、そうだよ。生存しているわけではない』
驚愕した人造人間たちに、薺川は優しく微笑む。
テレパシーのたぐいではなく、くぐもってはいるがしっかりした声で。
「まさか帝国軍の最終兵器が本当にあったとは……都市伝説も捨てたものではないですね……」
その様子に岬がつぶやいた時、またズシンと踏み潰すような音が聞こえる。
『また君たちに会えた嬉しさはひとしおだが……まずはここから逃げ給え。あの爆弾が変異したものが来る』
「一応聞いておきますけど、それってもしや彼らを私達が起動させたからですか?」
『……わからない。おそらくはそうだが、調査する時間がない……』
ミナの質問に残念そうにうなだれる男に、少女は笑いかけた。
「だったら時間の問題は解決ね。私達がそのバグ爆弾を壊して浄化しちゃえばいいのよ。手伝ってよ、廻と夕、だっけ?」
困惑したままの人造人間二人に、ミナがニッコリと笑いかける。
『侵入者がよく言う……』
夕は憮然としてそう返すが、虚空の男はそんなガイノイドへと声をかけた。
『そういうな夕……』
そして、ミナへ向き直る。
『君は……あの爆弾を破壊するつもりなのかね?バグが溢れて、とんでもないことになるぞ……』
「私は勇者ですから。バグに関しては、倒し方くらいは心得ています。ねえ、ルル?」
ミナの笑みに、ルルも同じように微笑んで「そのとおりです。個人的にはあなたにも、そこの人形たちにも興味が湧いてきました」と答えた。
『……君たちは、そうか……バグが生まれてくる世界で……向こう側の世界で生きてきたものなんだね?』
二人が質問に無言で頷くと、男はうんうんと二つ頷く。
白衣の男はそうして『頼めるかね』としゃがれてくぐもった声でミナに頭を下げた。
そして人造人間二人に、『私からの最後になるかも知れない命令だ……彼女らは侵入者ではない。あの最終兵器を破壊に現れた味方だ。手助けをしてやってくれ……』と言って押し黙る。
『わかりました、薺川博士……よろしく頼む、異国の人よ』
「こちらこそ」
ミナは廻の手を握り、廻もミナの手を握りつぶさないような力で握り返してきた。
『しかし、本当にいいのですか、博士。彼らは盗掘者、いいえ敵国のものなのかも知れませんよ』
じっと心配そうに薺川を見つめる夕に、薺川は首を横に振った。
『いや、いいんだ……わかっているだろう?あれから80年近い月日が外の世界では流れていることを……そして、80年もの長い総力戦に耐えられる国は一つとして存在しないだろう。たとえあの米国であろうとも……』
『……博士は、我が国は負けた、と』
『私はそう思っているよ。そうだろう……?』
視線の先にいるのは、明らかに日本人の容姿をした空悟と、髪の色が魔法少女らしくピンクなだけで顔は普通に日本人な岬だ。
ミナももちろん知っているが、姿かたちまで日本人である彼らからの言葉のほうが真実味があるだろう、と考えて口には出さない。
そう、日本人ならおおよそ、歴史に興味がないごくごく一部以外は知っているであろう歴史的なイベントの一つ……即ち、太平洋戦争の敗戦である。
「……ええ。間違いなく日本は、大日本帝国という国家はアメリカ合衆国を始めとする連合国に無条件降伏しました。昭和20年8月15日……今から80年近く前です」
身を正して空悟がそう答えると、人形たちは信じられない、とばかりに目を見開き。
白衣の幽霊は、そうだろう、とばかりに闇に落ちた眼窩を伏せた。
「それを知らない、ということは、ここが閉鎖されたのはそれより前ってことですか?」
岬がキョロキョロしながらそう聞くと、薺川は首を縦に振って『敗戦の二週間前……八月一日にね』と答える。
男は、闇に隠れて見えないが、生前は眼鏡をかけていたのだろう。
それを正すように指を額に這わせると、ため息をつく。
『そうか……連合国の降伏要求があったという話は聞いていたが、それほどに早かったのだね』
薺川は居住まいを正し、廻と夕の目を見た。
見て、頭を下げた。
『1世紀近く経ったのだ。時代は変わる。新しい時代に、古い時代の産物によって災厄を起こしてはいけない……わかるね、ふたりとも?』
もう一度彼が頭を下げると、二体、否、彼が呼んだ通り二人は敬礼をする。
『了解しました。私は元より我が国に殉じるために生まれた存在。それが今の日本を守るというのであれば』
『博士の仰せとあらば。勝敗は兵家の常ですし……私達を損傷せしめたこの女は気に入りませんが、博士のご命令に従います』
廻は感情を交えず陸軍式の敬礼を、夕はどことなく不満そうに海軍式の敬礼をした。
そしてミナたちに向き直り、同じように敬礼をした。
『ミナ・トワイライト。薺川博士の命令により貴君の指揮下に入る』
『……よろしく頼みます』
「こちらこそよろしく!気に入らないのはわかるけど、とりあえず変異したバグ爆弾を倒すまでは文句とか恨み言とかはいいっこなしでお願いね!」
ミナは微笑んで胸に手を当ててお辞儀をした。
空悟は普段どおり、警察式の敬礼を。ルルはミナと同じように、岬は一般の礼法に沿ってお辞儀をする。
そして、ミナがもう一度握手を求めた時―――
ズシン、という何かを踏み潰す音がした。
それはすぐに振動、いや地震のように部屋を揺らす。
変異したバグ爆弾が遂に動き出したのだ。
「あわわわ!どうしますですか!」
振動にたたらを踏んで、転ばないように空に浮かんだ岬に、ミナは迷いなく言い放つ。
「親交を深めてる時間はないみたいね!薺川博士、このまままっすぐ奥でいいんですね?」
『ああ……大扉はまだ破壊されていないようだ。扉は私が開ける……行ってくれ。あれは我々の過ちだ。きっと、あれで我が国が勝っても私は後悔し続けたに違いない……』
「わかりました!行くぞ、ルル、空悟、岬!廻と夕も!」
そうしてミナは踵を返し、大扉のある奥へと向かう。
ミナはふと、ある理論物理学者が日本への原子爆弾投下が成された時以来、死ぬまでその開発を促す書簡を当時の米大統領に送ったことを後悔していたという話を思い出した。
(まあ少なくとも、その気分を味わわなくて良かっただけマシよね。それにそんなもの爆発させてたら、大戦の勝利なんてどこの国にももたらされなかったでしょう……こっちの世界が第二のグリッチ・エッグになってたはずね……)
ミナは心のなかでだけそうつぶやくと、5人とともに奥へと歩いていく。
1分もしないうちに彼女らは大扉の前に立った。
―――ギシギシと軋みを上げて、70数年間開かれなかった大扉が開いていく。
開いて、その白さが目に飛び込む。
目を凝らして、そこにあったものは。
それは、真っ白な闇と、黒い球体。
例えるなら、白いインクの海に浮かべられた黒いゴム毬だった。
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