異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
-336-
秋遂たちは潜水艦の残骸を走査したものの、めぼしいものは特に見つかることはなかった。
残骸の一部をポシェットのような見た目の腰部小型コンテナユニットへと収納した秋遂の状態を確認し、廻は独り言つように言葉を紡ぐ。
『……そろそろ二十分だ。帰投を……』
その時である。
ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!と尋常ではないほどに回収した追加装備が振動を始めたのである。
『―――警告、のようですね。熱量の高まりはなく、爆発等の危険性はありません』
秋遂の言葉に廻は『了解。つまり、そういうことだ』と得心して機体を能動的に加速させた。
と、同時に鈍い接続音が操縦席に響く。
『予定外ですが―――敵機より奪取した雷撃発生装置、再利用型噴進腕強化刃の装着が完了しました』
ほとんど自動的とも言える速度で追加装備が行われたことを秋遂が報告すると、その装備の諸元が廻の電脳に入力されていく。
少なくともバグの影響は見受けられない、正常な状態であることがわかった。
『なるほど……まるで意志があるようだ』
廻はまるでなにか当然のことが起きたかのようにため息を付くと、『―――岬たちの下へ行くぞ』と静かに言って嘆息する。
『おっ、稚児趣味全開ですか?好かれていますし、気に入っていますものね』
嘆息にキレよくそう返した秋遂に、廻はもう一つ深いため息を付いてから『中枢演算回路に珈琲を零されたいらしいな?』と返した。
眉をしかめさせた表情と声音、いやそれ以前に彼の電脳が放つ電気信号に満足したのか、秋遂は『冗談ですよ、冗句。そう、ここは冗句・安部・乳です』とどこぞのお笑いコンビのようなことを抜かして、人と紛うばかりの声音でくつくつと笑う。
その様子に彼は『いいから早く行くぞ』と呆れを通り越して諦念に至った声音を吐いて、廻はスロットルを踏むのだ。
彼女と彼の最大戦速ならば、きっと数分とかからぬ仲間たちの戦場へと向かうために―――
その噴炎も、翼も銀にきらめき―――海と大地と空を貫く光となりて飛び立つのであった。
秋遂と廻が余計なやり取りをしながら海中から浮上しようとしていた頃、空悟が午雷王と対峙している頃。
ルルは十字手裏剣を無限のバッグにしまい終わり、魔法少女たちに振り向いて「行きますか」と微笑んだ。
「わ、わかったけど……ここからどう行けば……」
三つ編みの魔法少女の不安そうな顔に、ルルは笑みを絶やすことなく「もう少しの辛抱ですよ」と返して、そっと部屋を見回した。
「魔力なし、バグの気配変わらず、なら―――」
そろそろだろうか、と彼はイーガックの時計を取り出して、うんうん、と納得したように頷く。
「え、っと……何が起きるのか、わかってる感じ、かな?」と亜麻色の髪の少女が問うと、ルルは「左様です。そろそろ部屋から出ましょう」と返した。
そして彼女らの背中を押して外に出ると―――出た瞬間に。
どうん、と部屋の中で少々間抜けな爆発音がする。
「え?!」
「お待ちしておりました」
魔法少女の驚きなどどこ吹く風で少年が手招きすると、爆発の粉塵の中からすっと美しい少女が一人……いや、二人現れる。
「ミナさん。時間、かかりましたね。お二人とも大事ないようですが……」
ミナの後ろから現れた夕にも損傷らしい損傷がないことを確認し、ルルは少し安心したようにそう言ってミナの手を取り跪いた。
その様子に、古き森人の少女は、少年が少女のこと以外も心配している様子に、わずかに成長したなと思いながら「妨害、よ。妨害。そっちはどうだった?」とつっけんどんに返す。
「滞りなく。道中、いくらかの戦闘があり、彼女らと……秋遂殿のものらしき兵器を拾いました」
かすかに震えている少女たちを見て、そして自分のバッグをポンポンと叩くとルルは困ったように笑った。
『なるほどな。その割には熱量残滓が感じられない―――とするなら、バグで変異させていたか』
煙の中から夕が口を挟むと、ミナは「バグにわざわざ浸して弱体化させて使役するなんて、意味がわからんアホなことを……」と呆れて額に手を当てて瞑目し、そしてすぐに目を開いて少女たちを見る。
「言ってる暇もないか。さ。まずはあなたたちを脱出させないとね。ついてらっしゃい」
ミナが微笑んでそう言うと、少女たちはコクリと頷きあって、「わかりました」と亜麻色の髪の少女が答えた。
「……ふむ。ずいぶんと素直に言うことを聞く」とルルが首を傾げると、ミナは「怪しい変な言い方するからでしょ」と口をへの字に曲げて細目になる。
彼は「心外な」と抗議するが、後ろの少女たちは目を見合わせてミナの言うことを肯定する向きである。
「僕、なにか悪いことしましたっけ……?」
『日頃の行いというやつだ。諦めろ』
ズシャ、と武装をあらわに夕が煙の中から姿を現せば、「ひぇ」と三つ編みのほうが後ずさる。
「なるほど。人は見た目が九割」
『……なるほど?』
そりゃどう見ても特撮かSFに出てくる戦闘ロボな見た目の夕ちゃんを見りゃ女子高生は怖いわな、とミナは少し思って、夕に睨まれているルルの頭をポカと叩いた。
「痛いじゃないですか」
「痛くしてんの!仲間割れするようなこと言ってんじゃないわよ。さ、あんたたちも安心してついていらっしゃい」
「「は、はい!」」
自信たっぷりな仕草に輝く笑顔で手を伸ばす少女に、不安げな少女たちもまた少しはその色を弱めて、ミナの促す方へと歩いていく。
爆発の粉塵は収まり、そこには黒い穴がポッカリと空いている。
その向こうには―――
落ちていくような闇は、それしかないのではないかと一瞬不安に思わせるが、しかし夕が探照灯を点灯させ、ミナがその手から魔法の光を放れば、そこには―――
そこには正座している気色の抜けた白装束の女性がいた。
「「ひぃっ!?」」
魔法少女2名が悲鳴を上げるが、ミナは「ただの置物みたいなものよ。気にしないで」と微笑んだ。
「で、でもこれって死体……」
「魔法か何かで作られた、ね。本物の死体のようで、そうではない魔術的な代物よ」
彼女らにもわかりやすいように、女―――鷹妃の状態を説明する。
道中いくつか見かけたこれは、六芒、五芒、八卦を描くように首都圏外郭放水路の内部に設置されており、儀式魔術と陰陽術の組み合わせであることは間違いない。
だが、魔法、魔術について詳細がわからなかったはずの改の会がこれを組めるとは思えない……というのが疑問点であった。
考えればおかしなものだ、と思いながら、ミナは女をスルーして放水路の出口を目指して歩を進める。
とはいえ、その回答への選択肢は限りなく少ない。
邪神絡みか、あるいは随所に残されているこの世界の過去にグリッチ・エッグから来たものが残したものからか、だ。
だとすれば……それがどうなのか、とミナは後ろを歩く魔法少女たちに気取られぬよう密かに、かすかに笑った。
「舐められたら殺す―――どの世界でも同じってことなのだわ」
カツカツと足音を鳴らして歩いていくミナ―――その足音は楽しげですらある。
カン、カン、とそれより少し軽いルルと魔法少女たちの足音が続く。
その後ろには、ズシリ、ズシャリ、と重い砂袋を落とすような夕の足音。
向かう先は首都圏外郭放水路の中央―――いや、中央と言うべきか、言わざるべきか。
夕が走査した、直上としてみるなら地上へ最も近しい場所への道行であった。
おそらくそこには何かがいるであろう、と二人は、いやルルも含めた3人は思っていた。
思ってはいたが口に出すことはない。
それで如何にかなるわけでもなく、年下の少女たちを怖がらせるだけだから。
だから、ただ歩を進めるだけであった。
ドォォォッン、と轟音とともに午雷王の剣が崖の壁面に突き刺さる―――しかし、対象にした存在に当たってはいない。
崩れる岩肌に刑事の影はなく、すでに彼の背後へ回っていた。
『ぬぅ!ちょこまかと!』
「へっ!当たったらただじゃ済まないからなぁ!」
避けるに決まってるじゃないか、とばかりに手榴弾のピンを引き抜いて投げながら、空悟はそう言って午雷王の裏拳を避ける。
ビュウン、と風切る音が鼻先をかすめるが、怯むことはない。
ドンッ!と破裂音が前方で確認できたが、そのままバク転した彼の目に爆発そのものは見えなかった。
その間にも空中の魔法少女たちは援護射撃を欠かさない。
浄化魔法が効きそうにない午雷王に対しては、空を飛ばさないことが重要だからである。
「闇と恐怖を司る影の剣シェイドさん!あの人の目を闇で塞いで!誰の姿も瞳に入れないでほしいのです!」
岬が呪を唱えれば、ボウ、と闇が午雷王の顔を覆うように灯る―――影の精霊術ブラインドである。
『このようなもので電探が遮れるかぁ!』
吠えて手のひらからせり出した砲によって岬を狙うが―――放たれた弾は見当違いの場所を飛び去った。
『ぬぅ!馬鹿な手応えがない!電探は確かに彼奴を!生体情報の欺瞞!?』
午雷王は吠えるが、岬は笑う。
「視線に頼れなくなるだけでも十分なのですよ!」
科学でしか捉えられないものがあるのなら、魔法でしか捉えられないものもある。
岬はすでに空間に光、ひいては電波を誤認させるダミーのようなものを放っていたのだ。
もうすぐ効果が切れるのか、彼女は呪を重ねていく。
「竜の影、幻の霧、霧に消えしものアガタウマス!光を曲げ、居住まいを隠し、あたしたちを見えぬ霧の中へ!霧の中には誰が何人いるか知ることは出来ないのです!」
それは光と熱が作る影と幻を司る中位精霊アガタウマスの精霊術、ディストードフォグだ。
光を歪めて別の場所にいるように、ダミーを作り出して見せる術―――だが、それを直視すれば歪んだ像が瞳に結ぶこともある。
故に見破られることもある使い所の難しい術……
しかしブラインドによって目視を封じられ、電磁波―――可視光より長い波長の光でだけものを見ている今の午雷王には効果は覿面であった。
『おのれッ!だが効果範囲・時間は狭く短いと見た!』
「あたいを忘れちゃいませんかってんだ!」
午雷王の声に、静かに詠唱していた恋が返す。
その周りには10を超える分身体が侍っている。
「―――水よ爆ぜよ。雫となり、露となり、霧となり、気に紛れ、雲となれ―――ゴースト・ミスト!」
10人の恋が同時に魔法少女の魔法を放つ。
それは周囲に猛烈な霧を放ち、そしてそれは岬の精霊術を助ける地上の雲となる。
『チィ!これを隠すためか!』
瞬時、午雷王の持つレーダーは完全な霧―――気象クラッターによってホワイト・アウトする。
『ぬぅ!?』と唸り、一瞬で彼は探知を音響探知、つまりパッシブソナーへと切り替えるがすでに遅い。
「―――イィィヤァァァァッ!!」
裂帛の大音声が響き―――キン、と金属音。
次いで、ギィン、と金属が切断される音が霧に木霊した。
『が、ぁ……!ぶ、しゅ、秋遂武装を用いても……届かぬとは……!』
ずるり、と午雷王の胴がずれる音とともに霧はゆっくりと晴れていく……
空悟は斬鉄剣を納刀すると、竜の兜のバイザーを上げた。
「ニセモンの身体じゃ、もう俺らはどうしようもないよ」と口をへの字に結ぶ。
『ぬ、うう……!後は頼みますぞ、鷹妃殿!』
悔しげにそう叫ぶと、午雷王はそれ以上何も言わずに―――ドォォォォォォォッ!!と轟音を上げて爆散した。
「……ここはこれで終わりなのです」
晴れた霧を横目に空を見上げ、岬はそう微笑んだ。
空には―――ステルス飛行をする秋遂の姿。
岬の瞳にはそれがはっきりと映っている。
しかし、午雷王は撤退したとはいえ戦いはまだ終わってはいない。
まだまだ今日の日は終わりそうになかった。