異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第34話「ルル!支えて!」

 

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白いインクのような闇に浮かぶ黒いゴム毬は、モゴモゴとなにかが内部にいてうごめいているかのように震えると、黒い何かを波動のように飛ばす。

 

それが白いインクに染まった壁に触れて、ズシン、という何かを踏み潰す音をさせた。

 

その黒い何かは、ミナたちの方にも向かってきたが、事前に発動していたグレート・ウォールによって霧散する。

 

それはモゴモゴと、またうごめく。

 

それは、純然たるバグの塊。

 

歪みの方向性を持たない、周囲すべてを侵食する闇の存在であった。

 

「やっべー……これ放置だけは絶対にできないわ……つーか、よくこれを作ろうと思ったわね、大日本帝国。まあ末期戦の茹だった頭じゃ判断は無理か……」

 

追い詰められた人間は極端から極端へ走る。

 

それは只人も、地球人も、森人や山人、小人であろうと心を持つものならば逃れられない宿痾だ。

 

「どうすんだ、これ……」

 

「白いインクみたいなもの、白い闇は僕が消します。そうしたらバグの波動で雑魚が大量生産されると思いますんで、僕とユウ殿、ミサキ殿、それにコンノ殿はそっちの掃討に注力します」

 

「その間に、格闘が得意な私と廻さんがアレをぶん殴る!バグの波動以外は使ってこないから、とにかく徹底的にぶん殴る!そしたらバグが形を持つだろうから、後は全力でぶっ飛ばすのみ!」

 

顎の冷や汗を手の甲で拭った空悟に、ルルとミナは自信たっぷりでそう答えた。

 

何しろ共に百数十年の冒険をしてきた二人である。

 

純然たるバグ……とある魔王が苦し紛れに出した世界蟲相手にも戦ったことがあるのだ。

 

その時は、湧き出した白い闇のために、バグを滅ぼすまでに魔王の城の周囲の多くが消滅するという事になったが、既に対策はできているのだ。

 

「廻さんはこれ。バグに抵抗力のあるオリハルコンの手甲とレッグガードをつけて。伸縮自在の魔法付与されてるから、人型ならだいたい装備できるから」

 

『心得た』

 

廻はミナから手甲とレッグガードを受け取ると、それを手足に無理やり装着する。

 

少女の言ったとおり、それは彼の手足にピッタリと収まった。

 

「夕ちゃん、二人を頼むわね」

 

『言われなくとも……』

 

不満げにミナを睨むガイノイドに、ミナは微笑んで、バグへ向き直る。

 

「準備はいいか、空悟」

 

「準備ができなくても行くに決まってんだろ!!」

 

頭に鉢巻めいた布を撒いて、サブマシンガンと軍刀を構えた警察官にミナは苦笑した。

 

「その意気だ!岬はどう?イケる?」

 

「いつでもどうぞです!」

 

宙に浮いて杖を構えた岬もまた臨戦態勢に問題はないようだ。

 

「戦闘開始!」

 

ミナの合図に、5人が応と肯んずる。

 

「まずは僕ですね……破壊と渇望の王、呑み込み食らう我らが神よ―――我が願いを聞き届けたまえ。時と空に陥穽を。世の帳に閑静を。遍く影をお与えください。永劫の地獄の扉を開けたまえ。ディメンションイーター!!」

 

暗黒魔法の奥義、次元追放の魔法が発動し、周囲の白い闇を消滅させていく。

 

白い闇が消え去ると、そこは破壊されかけた隔壁に包まれた防護室のような風景の部屋だった。

 

「今です」

 

「ようし!行くわよ!」

 

『応!』

 

宙に浮かぶバグの塊へ向けて二人が飛ぶと同時に、地面からゾンビや兵器男たちがズルズルとアイスが溶けていく動画の逆回しのように『発生』する。

 

「じゃあ、こっちも行くかぁ!」

 

空悟が叫んでショットガンを撃つと、岬と夕もまた魔力弾と音波砲で迎撃を始める。

 

バグが形を持てば、彼らはもう増えないことがミナとルルにはわかっていた。

 

既に敵は30体を超えているが、ルルにかかれば物の数ではなく、リソースの影響で異様に強くなっている今の空悟や岬、そしてミナと格闘戦をやってのけた夕にとってもそれは同じだ。

 

またたく間に10体が沈黙し、敵の攻撃はルルが唱えたデスウォールによって完全に無効化されていた。

 

「まあこんなものですか。上階の敵と同じとは芸がない」

 

ルルがそう言うと、「いや、そんなこと言ってもどんどん増えてるんですけどぉ!」と岬が悲鳴を上げる。

 

壁を背にして、後ろを囲まれないようにしているが、10体破壊するたびに、20体増えるような有様である。

 

「ひるむな店長!すぐに終わるだろ!」

 

空悟が手榴弾を投げ、夕は無言で音波砲を放ち続ける。

 

音波砲は主に兵器男へと向けられ、彼らは指向性超音波によって次々と破壊されていった。

 

その間に、ミナと廻は……

 

「でりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

『トウ!!』

 

ミナの客人碎が、廻の鉄拳がバグの塊をボコボコにぶん殴っていた。

 

バグは時折波動を放つが、それはグレート・ウォールによって霧散する。

 

とにかく、前言通りに二人は全力でバグの塊を叩いていた。

 

4mほど宙に浮いているが、廻はその脚と背中からジェット噴射を行い飛行……ミナはグライドとフォーリングコントロールによってジャンプと滑空を繰り返しながら叩きのめしている。

 

今の所何度殴っても球体に戻るが、球体に戻る時間が徐々に長くなっているのを廻のセンサーは正確に感じ取っていた。

 

『今度は2.43秒―――後、如何程を想定している?』

 

「前にやったときは、20秒球体に戻れなきゃ形を持ったわ!もう10分は殴り続けるわよ!」

 

『承知』

 

ごめす、と右腕から腕から噴射炎を上げて、大回転しながらの回し蹴りがバグの塊に突き刺さる。

 

ぶるり、と震えて塊は元に戻る。

 

『―――2.74秒』

 

「まだまだぁ!そらそらそらそらぁ!!」

 

ミナの槍の柄が塊を殴り抜け、また少し再生が遅くなる。

 

「まったく!こんなところでこいつに出くわすなんて、本当にふざけてるわね、あのくそやろう!」

 

ミナは毒づいて天井に着地すると、また球体へと飛びかかった。

 

 

 

それから20分後。

 

広い防護室の中を、大量の魔物たちが埋め尽くしていた。

 

ルルが時折大きな魔法を使って一掃しているが、しかし生成される数が多すぎる。

 

今や30秒あれば100以上は生まれているのだ。

 

ルルと夕はともかく、空悟は弾が切れ軍刀を用いた肉弾戦に、岬もまた宙に浮く余裕はなくなっていた。

 

「多いわ!三郎!そっちはどうなんだ!!」

 

「うるせー!もう少しだよ!廻さん、今何秒!?」

 

『19.87秒。君の経験に基づくなら、もう少しということになる』

 

叫ぶ空悟にミナが返し、ミナの質問に廻が返答する。

 

事実、既に球体は蠢き再生しようとしている時間のほうが長くなっていた。

 

「了解!後一撃ってところね!全力で行きましょう!」

 

『承知。背面噴進器、全開。出力1.18―――!』

 

「世界を司る偉大なるロジックよ。我が身に力を。腕に、足に、目に、指に。強く、速く、正しく、巧みに―――フィジカル・エンチャント・オールボディ!」

 

先に飛び出し、突き刺さったのは廻の全力の噴射による飛拳だった。

 

彼が殴り抜け、1秒もしないうちにミナの槍が球体を両断する。

 

―――そうして、宙に浮いていたバグの塊は、ポトリ、と無造作に地面へ落下した。

 

落下して、ごぶり、と蠢いた。

 

蠢動し、変形し、形成し、巨躯を成す。

 

周りの魔物たちを取り込み、巨大化していく―――

 

「ようし成功!後は普通にぶん殴れるわよ!空悟、岬と一緒に雑魚と戦っててくれ!多分、こっからはオレも本気でやらないとならねえしな!」

 

ミナが叫ぶ。

 

ぐちゃぐちゃと魔物たちを吸収し、咀嚼し、破壊しながら巨大になっていくものを見て空悟と岬はゴクリとツバを飲む。

 

室内を埋め尽くしていた魔物たちの7割方を喰らい終わった元球体は、ギシリとその暗黒の顔を歪ませて笑った。

 

「わかった……よろしく頼むぜ!」

 

九四式拳銃でゾンビの頭を撃って、空悟も叫んだ。

 

幸いにして、ルルがなにかしていたようで、岬の魔力が切れる様子はない。

 

それなら今の空悟たちなら、この程度の魔物には倒されないはずである。

 

「ルル!夕!備えて!」

 

「わかってます、わかっていますよ」

 

『……了解』

 

二人の承知の声が聴こえると同時に、ミナは客人碎を高く掲げた。

 

「碎くものよ。異界よりの悪意ある客人を微塵と返すものよ。この戦いは世界を蝕むもの、邪悪なる世界蟲との戦いなり!その力を解放し、我に勇者としての任を果たさせ給え!」

 

掲げられた槍は、森人の勇者の声を聞いて青く輝く。

 

客人碎。

 

それは遠い昔に、ある勇者が別の世界より訪った魔王を倒すために振るったと言われるかつて無銘であった聖槍である。

 

嬉しがる鬼人と呼ばれたドワーフの王によって鍛え上げられ、精霊の祝福を受けたその槍は存分にその力を発揮し、魔王を見事打倒したという。

 

その戦いの後に、勇者によって銘が刻まれた。

 

異界よりの客人を微塵に砕き、世界を守った―――故に客人碎。

 

魔を滅する、黄昏の剣と同じミナの切り札の一つである。

 

封印を解かなくても振るうだけで魔力をバカ食いする黄昏の剣と比べると、封印していればただのアダマンタイトの槍として使えるため取り回しがいいのが特徴だ。

 

「よし!行くわよ!―――新しい魔王!!」

 

ミナが叫ぶ。

 

『―――フハハハハハハハハ!ハッハハハハハハハ!!』

 

闇の巨体から哄笑が弾ける。

 

『新たな魔王……?』

 

「説明なら後でするわ。つまり、こいつは人間が作り出した、人間を滅ぼすための魔王ってことよ。戦略兵器の人造魔王、ってところかしら?」

 

槍を15mほど離れたところからミナはその魔王と呼ばれた物体に向ける。

 

その闇は、数秒ほどその哄笑を続けると、その闇を振り払い―――姿を表す。

 

それは近代兵器のグロテスクな融合というべきか。

 

鉄の管と砲と銃口とエンジンと装甲が生物的に入り組んで形成された、機械の魔物―――いや、機械の魔王だった。

 

『我は―――魔王。この世界よりあらゆる戦を根絶させ、永遠の支配のもとに屈服させるために生まれたもの……まずは貴様らより屈服させ、根絶する―――』

 

それは銃口から言葉を放ち、バサリと電光を放つマントを翻して、そのレイジメーターで形成された眼球を冒険者たちに向ける。

 

『根絶せよ、平和を乱すものどもよ』

 

ドン、と全身が弾け、砲弾と銃弾とロケット弾が無数に4人を襲う。

 

轟音とともに放たれたそれらは、轟音とともに着弾する。

 

しかし、砲弾と銃弾はルルがとっさに唱えたデスウォールによってほとんどが弾かれ、ロケット弾はミナの槍と廻・夕の音波砲で破壊された。

 

爆風が彼女らを襲うが、それに怯む彼らではない。

 

ミナと廻が先程ゴム毬を殴っていたときと同じく地面を蹴り、今度は地上の魔王に襲いかかった。

 

『フハハハ……何故抗う……我は世界から争いを止めるために顕現したもの……すべての人間を根絶し、永遠の静寂をもたらさん……』

 

鉄の筋肉で鎧われた砲のような腕が振るわれる。

 

廻はとっさにそれを腕を斜め十字に組んで防いだが、勢いに弾かれ、体が天井までふっとばされた。

 

そのスキにミナが槍で足払いをかけると、魔王は巨体に似合わない軽快な動きでジャンプして飛び越え、ミナの頭部へ砲拳を落とす。

 

拳を槍で受け止め、膂力で以て押し返すと、ミナは数歩後ろへ下がった。

 

瞬間、ミナの背後で砲弾が炸裂し、ミナはたたらを踏む。

 

「流石に魔王……生まれたばかりでもそこそこ手強いか!」

 

一瞬遅れていれば、顔面に砲弾をぶつけられていたとわかり、ミナはニタリと笑った。

 

その間にも銃砲弾は降り注ぎ、魔法によって弾かれ、音波砲や機関銃で落され、魔法によって吹き飛ばされる。

 

火力はこちらを試すかのように徐々に増しており、いずれはデスウォールやプロテクションでも防げなくなる規模となるのは間違いなかった。

 

しかし、今魔王が行っているのは、砲撃、つまり単純な物理攻撃だけだ。

 

即ち魔法も魔力が乗った攻撃もしてこない。

 

そこに付け入る隙があるはずである。

 

「廻さん!ちょっと抑えてて!魔法を唱えるわ!」

 

ミナの右手薬指を見れば、そこには星を象った指輪がはめられている。

 

それはミナの持つ古代語魔法の発動体の中でも最も取り回しのいいスターライトリングである。

 

『心得た』

 

廻が再び吶喊したことを確認して、ミナはルルに作戦を伝えた。

 

「また、無茶な……しかし、いいでしょう。デスウォールとプロテクションの掛け直しはお任せください」

 

ルルが肯んじて、二口水晶を用いて魔法を唱え始めたのを見て、ミナも呪文を唱え始める。

 

「廻さん!横っ飛びして!!」

 

『応!』

 

ズザザ、と砂埃を上げて、フックで魔王の右砲腕を殴り抜けると、廻はその勢いのまま転げるように横へと飛び15mは離れた。

 

「よし、いい位置!世界を支配する偉大なるロジックよ。真なる世界を取り戻させよ。魔なるものにて生まれたものを、元の形へと崩壊せしめよ。パーフェクト・ディスペル!」

 

それは対象にかかる魔法の影響を完全に破壊する魔法である。

 

より下位のディスペルと異なり、バグですらもある程度の影響を受けるが、魔法の影響が全くなければ当然無意味だし、魔法に依らない呪いのたぐいにも効かない術である。

 

使い所は、普通の戦闘で敵のバフを解除したり、古代語魔法や暗黒魔法で召喚された存在を消すときなどが主である。

 

範囲を絞ればほとんど問題がないが、しかし自分たちの魔法も影響範囲であればその効果も消してしまうため、ミナはルルに防御魔法の追加展開をお願いしていたのだ。

 

廻を横っ飛びさせたのも同じ。

 

バグで作られたものではないとは言え、現代科学を超える人造人間だ。

 

どこに魔法で作られた部分があるかわかったものではなかったからだ。

 

『む、ぬっ……』

 

それを食らった魔王は、まばゆい光とともに一瞬だけ動きを止める。

 

バグの塊であり、それだけの存在である魔王にはこれが効く。

 

チハたん事件のときには使えなかった術である。

 

「今!曙光よ閃け!」

 

ルルが防御魔法の再展開を終えたと同時に、ミナは呪文を唱えて輝き出した客人碎を構えて飛ぶ。

 

空中から、魔王の心臓に当たるであろう左胸部の煤煙を吹き出すエンジンへ向けて、一文字に聖槍が突き出された。

 

ギン、と音がして、一瞬間に合った腕によってそらされた槍の狙いはわずかに外れて肩を吹き飛ばす。

 

そして右胸部が開き、そこからロケット弾が発射され、同時に左腕砲もミナに放たれた。

 

轟音とともに吹き飛ぶミナだが、床に着地して唇の血を拭い、平然としてまた槍を構えた。

 

上古の森人の戦装束とブラックリボンの防御を、それはほとんど抜くことが出来なかったのだ。

 

「廻さんのパンチはプロテクションなしだと、顔面腫れてたと思うから―――まだまだ全然ね」

 

鼻血を少し垂らしてはいるが、ほとんどダメージがないことは足取りを見れば明らかだ。

 

「廻さん。さっきと同じ。ぶん殴り続けましょう!」

 

『それで大丈夫か?私にはあの機械の塊の攻撃は殆ど効かないようだが、君は違いそうだ』

 

「鼻血と唇切ったくらいだから大丈夫!ルル!支援頼むわよ!」

 

槍を手に走り出したミナに、廻も走り出す。

 

「生まれて10年もしてたら、私でも深手を負ってたかもね!でも、今のあんたじゃあ、私どころか廻さんや夕ちゃんにもろくにダメージ与えられないまま負けるわね!」

 

槍を回転させ、弾幕を弾きながら近づくと、その後ろから廻が飛び上がり腕砲を殴り飛ばす。

 

十字に組んだガードも抜かれ、胴体が無防備になるが、しかし敵もさるもの。

 

全身の銃砲が砲火をあげて、追撃を阻止した。

 

『……目標再設定』

 

足に生えた無限軌道で後ろへ下がる魔王に、苛立つように廻はそう言って構え直す。

 

断続的にロケット弾や銃砲は後方に放たれており、それがより後ろで闘う空悟らに届かないよう、ルルと夕は奮闘していた。

 

ミナは廻を守るように、再び槍を回転させて砲火をしのぎつつ、彼に話しかける。

 

「とはいえ、このままだと飽和攻撃で空悟たちが危ないわ。廻さん、夕ちゃんと一緒にあの術放てますか?」

 

『殺人光線のことか?お安い御用だ。夕、出番だぞ』

 

廻は二つ返事で承諾すると、夕を呼び出す。

 

砲火の轟音で肉声が聞こえるはずもないが、おそらくは通信を行ったのであろう。

 

音波砲を放ちながら、夕はこちらに走り出していた。

 

二人の目の前まで来ると、夕は憮然とした顔で『……廻に話は聞いた。倒せるんだろうな?』とミナに聞く。

 

ミナは笑って「あたりきしゃりきのこんこんちきよ。この勇者様にお任せなさいって!」と返した。

 

『……まだ、お前の人となりがわからない。廻を信用することにする』

 

ミナから視線を外し、廻を見る。

 

廻の目には迷いがないようにミナには思えた。

 

機械人形である彼に迷いとはおかしなことだが、それでもそう思えた。

 

それは同じ機械人形の夕にも感じられたようで、ため息を音声化して首を縦に振る。

 

「じゃあ、いい?ここは風の精霊があんまりいないから、矢避けの魔法……ミサイルガードが使えないの。だから夕ちゃんには、魚雷で爆風を作って欲しいのよ」

 

『ちゃん付けで呼ぶんじゃない……それになんの意味がある?それで吹く風なら、奴がずっと起こし続けているだろう?』

 

ミナの説明に、夕はわけがわからないと彼女を睨む。

 

「バグの混じった風じゃない、普通の爆発物が起こす爆風であれば風の精霊を呼ぶ精霊術が使えるわ。そうすればミサイルガードが使える……銃撃も砲撃も威力は強くなってきてるけど、流石にデスウォール、プロテクション、そしてミサイルガードの三重の加護を打ち破るほどの威力じゃない……デカイ攻撃は私が防ぐ!お願い!」

 

ミナの言葉に、夕は首を縦に振る。

 

『噴進魚雷、発射』

 

肯んじて、魚雷を夕は天井へ向けて発射した。

 

そうして、爆風がミナのところまで届き、ミナの声が響き渡る。

 

「今のうちに殺人光線を溜めて!二つ目の術が発動したら、躊躇わず左胸のエンジン狙って!暁の子、西に吹く希望王ゼビュロスよ!あなた様の御子、風の巫女らを風吹かぬ場所へと呼ばわせたまえ!」

 

風の上位精霊の一柱、西のゼビュロスの力を借りた風精召喚の術……サモン・シルフィードが発動すると、ただ一度勇者たちを舐めて消えるはずの爆風はまるで草原に吹く突風のように吹き続ける。

 

「シルフよ、風の乙女よ!我らに風を!弦より放たれしものを遠く逸らせ給え!」

 

次いでミサイルガードの術が発動し、砲弾も銃弾も噴進弾も三つの壁に遮られるか、弾けるか、あるいは逸れていく。

 

『最大出力、目標魔王。左胸部発動機部』『―――殺人光線、発射』

 

ミナの後ろで光が爆ぜた。

 

『ぬううううううううう!!』

 

魔王は絶叫してとっさにロケット弾銃砲弾を放つが、光線はそれらを溶かし、爆散させつつグロテスクな機械へと向かっていく。

 

光速の何十パーセントあるのかはミナにはわからないが、そんなものをとっさに防御し切ることなど不可能。

 

光線は正確に魔王の左胸を貫き、その瞬間砲撃が完全に停止する。

 

ミナは客人碎を高く掲げる。

 

「ルル!支えて!」

 

ミナの言葉に、いつのまにか彼女の後ろにピタリとついていたルルが主の体を抱きしめ、足を後ろに支えになるように構えていた。

 

「いつでもどうぞ」

 

「OK!行くわよ、客人碎!」

 

叫んで、切っ先を魔王へと向ける。

 

70年以上前の、滅びたものが残してしまった妄執へ向けて。

 

魔王は最後の力で、口から巨大な砲を―――まるで戦艦の主砲のようなものを生えさせて、断末魔の如き砲撃を企んでいたが、既に遅い。

 

ミナは青く輝いた槍に祈りを込める。

 

「最大の喝采を持って、我が家を訪いしものを見送らん。客人はお帰りの時間となった。私は見送らん。弔いの鐘ではなく、祝福の声を持って―――吠え碎け!客人碎!!」

 

裂帛が大気を裂く。

 

光の断層が振り下ろされた槍から放たれる。

 

ミナの体重ではそのまま吹き飛ばされてしまう風が吹いて、それは背中から抱きとめる体温無き従者が支えてくれたから耐えられた。

 

その光は、人造人間たちが殺人光線で開けた穴を広げるように左胸部に炸裂する。

 

炸裂して、爆ぜ、そして消えた。

 

「……やったのか?」

 

雑魚をほとんど掃討した空悟が、その光を見てそうつぶやいた。

 

「やめてくださいですよ、フラグじゃないですか……あっ!」

 

岬の目線の先には、まだ魔王は立っていた。

 

『我が……戦を……止める……止めるのだ……』

 

「作った……薺川博士の思いなんだ……ろうけど、それはバグに歪められたもので……しかも……戦争の根絶なんて難しい問題は……遠い時の果てに叶うようなものは……叶えようとするものじゃないのだから……」

 

ミナはルルと一緒に地面へへたり込み、ゼェゼェと喉を鳴らして息をしながらそういった。

 

魔王、邪神、彼らはバグそのものの存在だ。

 

ただの武具では倒しきれない。

 

よしんば倒せたとしても、いずれ復活してしまう。

 

ミナが以前相対した魔王の一人のように、バグを撒き散らして消えるパターンも存在し、今回は元が爆弾であるので、ほぼ間違いなくそれが起きただろう。

 

そんな厄介な魔王を倒すには、破邪滅神の力を持つ古い時代の武具を必要とする。

 

竜の勇者の魂の欠片を持つもの、即ち勇者はこの武具を―――それ以外のものに比べてという程度だが―――たやすく扱える。

 

どういった理由かは解明されていないが、それが人類にとっての福音であったことは間違いない。

 

黄昏の剣と客人碎はミナが持つ勇者の剣と勇者の槍だ。

 

その一つの力が解き放たれ、魔王は崩折れた。

 

『バカな、バカなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………』

 

グズグズと腐食し、剥げ落ちて、砕けていくそれにミナは荒い息を整えることが出来ないままで言った。

 

「さようなら……ゲホッ……はぁ、はぁ……次は、もっとまともな兵器に生まれてきなさい……」

 

魔王が砕け散るのと、ミナが意識を失うのはほとんど同時であった。

 

「三郎!?」

 

「……魔力切れです。精霊力のない場所に精霊を呼び出すサモン・スピリット系の精霊術は、恐ろしく魔力を食うのですよ。そこに勇者の槍の力を解放したのですから、こうもなります」

 

駆け寄ってきて慌てる空悟に、ルルは力が抜けた彼女を抱きとめながら微笑んだ。

 

「全く。魔王なら混沌の空間くらい作れ、というのです。あの場所なら精霊も呼びたい放題なのに」

 

ルルが言及した混沌の空間―――魔王や邪神が自らの力を最大に発揮するための空間を作ることも出来ずに、生まれたての魔王は……その力を発揮し切ることなく消滅した。

 

そして、ミナは力を使い果たして今は眠っている。

 

それが全てだった。

 

「何、一晩眠れば治りますよ。マジックポーションを使ってもいいのですが、補給の宛もないですし……」

 

「それならいいが……」

 

ミナを床に寝かせてルルは砕けて散った魔王を見据える。

 

それは残骸となり、ただの砂となり、そして消えていった。

 

「……これがこのダンジョンの主だとすれば、このあとはこれを中心にダンジョンの崩壊がゆっくりと始まるはずなので、脱出しなければならないのですが―――」

 

しかし、何も起きない。

 

うんともすんとも言わない沈黙状態が数分間続いた。

 

そして、ルルは苦笑する。

 

「……予感が的中してしまいましたか……」

 

「……ええと、どういうことですか?」

 

『推測するに、これでこの迷宮……薺川博士以下、科戸研究所の研究者や軍人たちを飲み込んだ奈落はまだ滅ばない、ということだろう。違うだろうか?』

 

岬の不安そうな声に、廻が答え、答え合わせをルルに求める。

 

ルルはそれに無言の首肯で肯定を示した。

 

『……つまり、どういうこと?』

 

「まだこのダンジョンは死んでいない。そもそもここは所詮あなた方を作った者たちが、真のダンジョンの上に作った建て増し部分でしかなかった、ということです」

 

夕の言葉に、そう返して少年はため息をついた。

 

「ミナさん、起きたらまた怒るだろうなぁ……ハァ……」

 

決して彼女が、面白くなってきた、と今回は言わないだろうことはルルには確信が持てていた。

 

自由気ままな冒険にならないのだから。

 

 

 

 




今回は長め。

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