異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第36話「すごいな。ほんとに人間にしか見えんぞ、俺には」

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それから一週間は平穏に過ぎた。

 

というよりは、ミナが全く動けなかったためとも言えよう。

 

それはどういうことかと言えば……

 

「うぎぎぎぎぎぎ……う、動けん……」

 

「バフのかけすぎです。まあ、そうでもしなければあの二体には追従できなかったでしょうけどね」

 

湿布をミナの背中に貼りながら、ルルは朗らかに笑っていた。

 

「いやあ、しばらくぶりですね。ミナさんが動けなくなるほど体を酷使するなんて。あの腐れ邪神との戦いでは、女神が回復してくれましたしね」

 

すすす、と背中に指を這わせてニヤニヤと笑う。

 

「おのれ……復活したら見ておれよ……!」

 

「ああ、そんなこと言われると頬ずりとかしたくなってしまいます!ハァハァ……」

 

「興奮するな馬鹿野郎!!」

 

湿布臭い背中をなめるように見るルルにミナは激高するが、まあ動けないのであまり意味はない。

 

現在は解散した翌々日である。

 

しかし、ミナはほとんど身動ぎすることすら出来ないほどの状態にあった。

 

―――要するに、ミナは筋肉痛で寝込んでいたのである。

 

それをいいことに、ルルは彼女の体に湿布を貼り、回復魔法を弱めにかけて痛みを和らげながらミナの体にベタベタと触れていたのであった。

 

因みに、筋肉痛は泥酔や二日酔いと同じく、上位の霊薬かリザレクションの魔法でしか治らない状態異常の一つだ。

 

やはり戦の神が、痛みをもたらさない鍛錬は無意味という、現代常識を持つミナには意味が分からない理由でそうなっているのだ、という神話が残っている。

 

ふざけているのか、と思ってしまうが、いかんともしがたいグリッチ・エッグの法則である。

 

そして、ミナがこのような状態であるため、当然のように簡単な儀式を必要とする魔法であるリザレクションを自分にかけることは出来ないのであった。

 

―――ルルは暗黒魔道士のため、この魔法は使えないことを付記しておく。

 

「はいはい。動けないんですからおとなしくしててくださいねぇ~」

 

今、ルルは暖房の利いた部屋で、その冷たい手を以てミナにマッサージをしている。

 

手付きが微妙にいやらしい上にアンデッドであるルルの手は常に室温以上にならない。

 

だからミナとしては岬にやってほしかったのだが、岬もまたリソースによる影響なのか、体の怠さが取れないらしく茜の部屋に布団を敷いて寝ているところだ。

 

空悟はどうかと言えば、彼もまた翌朝は倦怠感がすごかったらしいのだが、昼には治ってしまったと文が言っていた。

 

ずるいぞ筋肉だるまめ、と心のなかで毒づいたと同時にルルに肩をゴリ、と揉まれて彼女は「んひぃ!?」と変な悲鳴を漏らす。

 

「ちょ、ちょっと手加減して……マジで痛い……」

 

元々が人外の身体能力である上位冒険者が、フィジカルエンチャントの類を掛けすぎるとこうなってしまうのもまた自然の摂理であった。

 

普段は多少動きすぎてもこうなることはまずないし、前の世界での仲間スハイルのような素の筋肉量が多い者もここまできつい筋肉痛は訪れない。

 

ミナはそのパワーに対して、体の筋肉量が絶対的に足りていないのだ。

 

「ああ、もうこれも全部邪神のせいだぁぁぁぁ……」

 

痛みに苦しみながら、ルルの手付きに耐えるミナに、少年は笑って言った。

 

「まあ、魔王級と殴り合える自律人形が仲間に入った代償と思えばいいじゃないですか。しかも彼らはこちらの世界で修繕できるようですし、リペアーも効く」

 

「その代わり、多分魔法にはくっそ弱いんだろうから、装備品見繕わないとね……」

 

ミナはそうして目を瞑った。

 

まだまだルルのマッサージは続き、彼女がなんとか動けるようになったのはその日の夜半のことであった。

 

 

 

それからミナと岬が完全に復調するまで、3日程かかった。

 

その間、特に大きな出来事はなく、今野一家がお見舞いにやってきて、子供たちの相手をルルがしていたことぐらいしか特筆すべきことはなかった。

 

今はミナが朝食を作っている。

 

いつもどおり、卵焼きと漬物、魚肉ソーセージと茄子の炒めものといった普通の食事が並んでいる。

 

「今日からバイトも復帰できるわ……長い戦いだった……」

 

「バイト変えるんだって?」

 

茜に聞かれて、ミナは苦笑しながら答える。

 

「店長……岬への義理で続けてたから……岬、もうコンビニ店長に戻る気ないんでしょう?」

 

「……一度張り詰めていたものがキレてしまえば、それは……それは……もう戻りたくないのです……」

 

醤油味で炒められたソーセージをご飯に載せながら、岬は遠い目をした。

 

「……じゃあもう行方不明ってことにしよか……」

 

「カーチャン、今なんて言った?」

 

「なんでもないわよ?」

 

剣呑なことをさらっと言った母に、やはり普通の母ではないのだろうか?と疑問を抱くが、それも一瞬。

 

どうせなるようにしかならないのであれば、詮索するだけ無駄だとエルフらしい鷹揚さでその言葉を聞かなかったことにして、ミナは卵焼きを一つ食べる。

 

いつもどおりの醤油味だった。

 

朝食を片付け、ミナは部屋に戻って筋トレを始める。

 

いくらハイエルフの体型がなかなか変わらないとは言えど、やはり筋肉を増やさなければと思い、筋トレをする。

 

それで筋肉量が増えることは、まず期待はできないであろうことを自覚しながら。

 

母が仕事に向かい、岬は部屋でルルとともに魔法……精霊術の訓練をしている。

 

そうして時間はゆっくりと過ぎていった。

 

静寂を破ったのは、車の走行音と玄関のチャイムであった。

 

その音の主は誰だったか。

 

それは……

 

玄関の覗き穴から見えた顔は崎見老人であった。

 

すぐにドアを開け、ミナは彼を歓迎する。

 

「あけましておめでとうございます……と言うにはもう遅いですね」

 

「ああ、あけましておめでとう」

 

「どうしたんですか、崎見さん。結構な雪の中わざわざ来ていただいて……」

 

ミナは雪を払った老人を居間に案内する。

 

そしてすぐにお茶を出した。

 

「いや、ミナさんにケーキ以外の報酬を渡していませんでしたからな。丁度いいものを見つけたので、是非にと」

 

茶を一口すすった崎見老人が差し出したのは、書類であった。

 

「譲渡証明書と印鑑証明書?後は委任状?なんですこれ?」

 

「いや、君は戦車を神社に奉納してしまっただろう?すぐには使わないとは思ったのだが、私の所有している自動車を一台譲ろうと思ってね」

 

崎見老人はニッコリ笑って続ける。

 

「それにこちらの世界で仕事をするなら自動車免許を取る、というのもいいのではないかと思ってね」

 

「本当ですか!それはありがたい……近くに駐車場はあるし、収入さえあれば……うん、カーチャンも説得できるな……」

 

ふむふむと書類を眺めつ眇めつしてミナは唸ると、崎見老人に向き直る。

 

「しかし、本当にいいのですか?あの事件は、半ばこちらの……いえ、私の残したもののせいで起きた事件です。あのケーキをいただけただけでも十分ですが……」

 

じっと老人の瞳を見る。

 

「気にすることはないよ。何しろ、私としてももう不要になったものだからね……昔、車道楽をしてた頃の車さ。今乗っている乗用車を除いてほとんどは処分したのだが、どうしても捨てられないものがある。かと言って乗らないまま腐らせておくのも癪だ。そこで君に受け取って欲しいのだよ」

 

眼鏡を机に置いて、老人は笑う。

 

「半分、とミナさんは言うが、もう半分は我が家の問題だった……それを解決してもらった報酬です」

 

老人が笑うと、ミナは「わかりました。謹んでお受け取りします。それじゃあ必要な書類は後でこちらでも書くとして、まずは母が帰ってきたら相談しておきますね」と答えた。

 

「あ、そうだ。お餅が余ってるんですが、食べていきますか?」

 

「ええ、是非に」

 

崎見が頷いたので、ミナはさっさと磯辺焼きを焼いてきて、それを出した。

 

老人はそれを美味しそうに食べ、そしてお礼を言って立ち上がりコートを羽織る。

 

そうして去り際にこう言って、場を辞した。

 

「ああ、そうだ。もしバイト先を探しているのでしたら、いつでもうちにいらしてください。ミナさんもルル君も本当のファンタジー世界の住人ですし、きっと私の店に映えますよ」

 

「あ、そのときはぜひ」

 

そうしてミナが彼を外まで送り、母が帰ってくるのを待って車の譲渡に関する話をして、承諾を得た。

 

車種はピックアップトラック。

 

ジープ・グラディエーターの初代、1970年頃に生産されたものであるようだった。

 

流石にこれは高いんじゃないか?ポンとくれるってどういうことだ?と親子で頭を抱えたが、それも少しのこと。

 

悩むより前に、次回に会った時にもう少し確認しようということになる。

 

それで、その日はおしまいだった。

 

 

 

そして、魔王を倒してから1週間後。

 

再び4人はかつての陸軍測候所の場所へとやってきていた。

 

しかし、そこには最初に見た面影はなく、ボロボロの残骸が多少残っている岬が父から聞いた通りの廃墟となっていた。

 

「どうなってるんですか、これ……」

 

「念の為見に来たけど、やっぱりそうよね……バグダンジョンの活性化で一時的に現れていただけってこと」

 

ミナがその残骸をかき分けると、地下へ向かう螺旋階段の入り口になるハッチが見つかる。

 

「でも、もうあのダンジョンは表層部は攻略され沈静化したけど、深層はそうじゃないからね……入り口だけはある」

 

錆びついたハッチを開けると、そこには1週間前に登ってきた螺旋階段が見えた。

 

それを確認すると、ミナは記憶陣への帰還の術を唱える。

 

瞬間、戻ってきたのは科戸研究所の中枢であった。

 

「やっぱ便利だな、これ……」

 

「リアル世界ではD○2のルー○でも十分実用に耐えうるんだな、ってこの術覚えた頃からずっと思ってるよ」

 

ミナがそう言うと、空悟は軍刀の柄を確認しつつ「じゃあリレ○トはあるのか?」と聞いてきた。

 

「いや、まあ転移魔法はあるにああるけど、一人用だからパーティーで冒険出るときはあんまり役に立たねえな……大地神の高位神官なら帰還の魔法は使えるけど、オレは調和神様の神官だから使えないし。複数人を巻き込める脱出の魔法は短距離しか使えねーしな。お前を水道局から助けたやつだけど、マジで200mくらいまでしか転移距離ないし」

 

「そうか、それは残念」

 

空悟がそう言うと同時に、ガシャンガシャンと金属音を立てて廻がやってきた。

 

「ようこそ。待っていたぞ」

 

その声は、前のときよりも若干クリアで、ほとんど人の肉声と変わらない印象を受ける。

 

それに、装備は元々と同じく重苦しいが、顔などの肌にあたる部位はより人間らしい。

 

「……どうも。どうしたんですか、その格好は?」

 

「博士が作ってくれた偽装用躯体だ。装備を外せばほぼ人間と変わらない、らしい」

 

『電脳の防護だけはしっかりしているがね。迷宮へ挑む際にはこちらで換装させていただくよ』

 

廻の返答を補足するように天井から滲み出るように薺川博士が現れた。

 

「外に連れ出すなら、そのほうがありがたいですね。住居は、私の……母に相談しているところです。しばらくは、私の家にいてもらうことになりますね」

 

しばらくは居間に布団を敷いて寝てもらえばいいだろう、というのが母の話であった。

 

どうせお前の部屋には机とベッドしかないんだから、戸籍取得とアパート決定がうまくいくまでは日中は部屋にいてもらえという母のお達しである。

 

「ふん……」

 

鼻を鳴らして現れたのは、同じくより人間に近づいた夕であった。

 

「すごいな。ほんとに人間にしか見えんぞ、俺には」

 

空悟が驚くと、夕は「ジロジロ見るな。お前たちに見せるための躯体じゃない」と冷たく言い放つ。

 

「まーまーまーまーそうつんつんしないで!空悟も興味本位でそういうこと言っていいのは奥さんだけだぞ!」

 

ミナはそうして彼女に近づくと、その頬に触れる。

 

「すごい……本当に本物の肌みたい……これは最早現代技術を超越している……いや、二人の存在そのものが……」

 

「いつまでなでているんだ!無礼者!」

 

べちん、とミナの手が払われる。

 

その力は確かに前よりは遥かに弱く、おそらく只人のそこそこ強い男性を倒せる程度にまで下がっていた。

 

「あー、ごめんごめん。ほら、ルルも睨まない」

 

「わかっています、それよりも」

 

「この下に何がいるかの話、のほうが先ですよね?廻さんと夕さんのことは、ほぼ話ついてるようなものですし」

 

ルルと岬がミナを促すと、ミナはこほん、と咳払いをして薺川博士を見た。

 

「この地下にあるものの話をさせていただきます。二人を引き取る前に、それだけは話をしておかなければならない。下手をすると、この世界全体にダメージがある話です……」

 

その目は先程までとは違う、真剣な、勇者としてのミナの目をしていた。

 

「詳しくは実際に内部へ突入してみないとわかりませんが、あの爆弾魔王がいたフロアの下には、間違いなくダンジョンが広がっています。再度ここに来て確信が持てました」

 

「バグの気配……歪んだ闇の領域は、この下に広がっています。おそらくは、こちらの世界にとっての異世界、グリッチ・エッグが由来の……」

 

そうしてルルは靴で床を叩いた。

 

乾いた音がして、しん、と静まり返る。

 

「あちらの世界では辺境によく現れる天然のバグダンジョンだと思われます。おそらく、上階にあたるこちらをあなた方がバグダンジョンに仕立て上げてしまったことで、形作られたものと思われます」

 

ミナは説明を続ける。

 

おそらく、上階の研究所が蓋をする形でバグが淀んでいること。

 

バグの発生源と薺川博士ら研究者たちが考えていたバグ爆弾の元になったものは、高濃度のバグ溜まりでしかないこと。

 

バグ溜まりは、非常に強力なバグダンジョンで生成されるバグの塊で、魔王級の魔物の発生源となること。

 

そして、このまま放置し続ければ、おそらくルルの経験上100年ほどでバグが地上に出てしまうであろうことを説明した。

 

「100年後……長いのか、短いのか?」

 

「短いっつーの。只人で4世代、晩婚化が進んでる日本人でも3世代後にはやべーことになるんだぞ。オレらエルフに取っちゃあっという間だ」

 

「それに、100年というのは僕が見てきたバグダンジョンから推定したものです。実際にはそれより短いか長いかもわかりません」

 

空悟の疑問に、ミナとルルが反論すると、彼は「そうだな……俺のひ孫のあたりでヤバイかも知れないもんなあ」と冷や汗を流す。

 

『で、あれば君たちが行くしかないんだろうね』

 

「ええ……ですから、記憶陣はこのままにすることと、このあとすぐに中身を見てみますので、あのフロアの床を破壊する許可をいただきたいと思います」

 

『もちろん、やって構わない。廻、夕。君たちも手伝いなさい』

 

「「はっ」」

 

薺川博士の言葉を受けて二人が敬礼し、そしてミナに向き直った。

 

「この状態でも火器使用には問題ない。殺人光線の使用も可能だ」

 

「私達の手を煩わせるほどではないはずだぞ、あの床の強度はな」

 

二人の言葉に頷くと、ミナは薺川にペコリと頭を下げ、爆弾魔王のいたフロアへと向かった。

 

―――向かった先には。

 

「なんですか、これ……黒い、渦?」

 

「破壊するまでもなかったか……入り口がもうできてやがる」

 

「説明しろ、金髪女」

 

じろりとだいぶひどいあだ名で呼ばれたミナは、その言葉を気にしていない顔で苦笑した。

 

「いや~……どう思う、ルル?」

 

「おそらくダンジョンの主からのご招待ですね、これは……すぐにどうこうってわけじゃあないですが、僕らが行かなきゃ何が起こるかわからない」

 

「……そうよねえ……と、いうわけね、夕ちゃん。近日中にここに飛び込んでみることになる、ってことよ」

 

顎をぽりぽりと人差し指で掻いて、ミナは額に青筋を立てた。

 

「上等よ、マジで上等こいてるわよ、この地下の野郎……ってかどうせあのクソ邪神の手の者なんだろうし、見てなさいよ……ギタギタにしてくれる……!」

 

ぎしりと軋むように笑うミナの怒りの波動に、夕ですらたじろぐが、ミナはそんなことは気にしないでパーティメンバーに向き直った。

 

「準備はしっかりしないといけないから、1ヶ月後、2月の……えーと、バレンタインデー辺りにここに挑みます。空悟、有給残ってるよな?」

 

「ああ、もちろんだ。しかし、こんなもんが街の地下に眠ってたのか……許せないな」

 

空悟はギリ、と奥歯を噛み締めて闇を見る。

 

「オレもおんなじ気持ちだよ。必ずぶちのめしてやろうぜ……」

 

ミナがそう返す。

 

廻と夕もまた頷き合って、岬は虚ろな目で闇を見つめた。

 

「……これが、元凶に続く道……ですか。こんな体にしてくれたお礼をしてあげるです」

 

「博士の運命を捻じ曲げたものがここにあるのならば……」

 

「それを破壊するのは、我々の任務でしょう」

 

3人はそれぞれに決意を口にする。

 

ミナはそれに頷くと、「よし!今日は地上に戻るわよ!」と叫ぶのであった。

 

 

 

 

 

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