異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第41話「……で、彼女のお姉さんはどうだったん?」

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―――その日の夜。

 

食卓を囲みながら、ミナはルルに問いかけていた。

 

「……で、彼女のお姉さんはどうだったん?」

 

「体の傷は完全に治しましたよ。僕とて最高位階の暗黒神官ですからね。しかしながら彼女の姉は精神がダメージを受けすぎている。後は精霊術の領分ですね」

 

すまし汁を吸いながらルルは笑う。

 

「僕は第五、無理をしても第六位階程度までしか精霊術使えませんからねえ。オブリビエイトはクオリアと契約していないと使えませんし」

 

「それってまずいんですか?」

 

岬が聞くと、ルルは指を立てて「僕の専門は古代語魔法と暗黒魔法、そして死霊術です。死霊術は今は封じていますからね。精霊術は……生きていた頃の嗜み、というやつです」と答えた。

 

たくあんをポリポリかじりながらミナは「じゃあ、次は私が行くかぁ。コンビニバイトも明日で辞職だしねえ」と笑った。

 

そんなミナを見て、岬は遠い目をしながら笑う。

 

「……あのコンビニも終わりかぁ……何人かいた真面目な人、ちゃんと次の職場に行けるといいんですけど……」

 

「あー、まあ今切り盛りしてる人も辞めるらしいし、店舗は本部直轄になるらしいし、気にしなくていいんじゃない?後はどうとでもなるわよ。そのうち岬の行方不明の件で炎上確定のチェーンだしねー」

 

そんな投げやりなミナを見て、夕が「それでいいのか、本当に……」と呆れた声を出す。

 

「いいのよ。コンビニチェーンが炎上するなんて私らには関係ないもの……悪評や失言への非難が燎原の火のように国中を駆け巡ることを今はこういうふうに言うんだけどね。ブラック……つまり、過酷すぎる労働環境を放置してたツケってやつよ」

 

「私達の時代にもタコ部屋労働や丁稚奉公というものがあったが、形は違えど奴隷のように働かされる環境はなくならんものだな」

 

夕が身欠きにしんの煮物を咀嚼しながらそう言って瞑目した。

 

「いくら私がいた世界の10倍以上の速度で変わってる世界でも、70年程度で世の中の法則が変わるはずがないわ」

 

「さすが634歳の老婆だな。年季が違う」

 

夕がイヤミのようにそう言うと、「あらそう?ババァに見える?それなら嬉しいわ、本当に……」とミナは遠い目をした。

 

何か、トラウマに引っかかるような言葉だったのだろう。

 

「……何かすまん」

 

「いいのよ。いくら長く生きても、精神が老成するとは限らないのだから」

 

ニヤッと歯を出して笑って、ミナはルルを向いた。

 

「ルル、話したとおり木曜日に漁大くらげ屋の大将と漁に行くことになったから、あなたも準備してね。それと、その前日……水曜日にぬえ子さんのお姉さんのところへ行ってみましょう」

 

そう言って、残った白飯にミナはすまし汁をぶっかける。

 

「ねこまんまとは婦女子がはしたないぞ、ミナ殿」

 

廻がそう窘めてきたが、そういう廻も同じようにすまし汁を飯にかけている。

 

「そっちもやってんじゃない。今は男女同権の時代で、私は元男だからオールオッケーよ」

 

ざふざふと汁掛け飯をかきこんで、ミナはさっと立ち上がって食器を台所へと置いた。

 

明日は水曜日。

 

ルルに言ったとおりにぬえ子の姉のところへと訪問する。

 

ぬえ子への連絡はすでに終わっているため、後は赴くだけだ。

 

記憶消去で治る程度のものであればいいが、とミナは独り言ちる。

 

消去や忘却ではなく、改ざんが必要なレベルとなればそれは暗黒魔法の領分となり、只人とほぼ同じ肉体構造をしている地球人にはおそらく負担が多すぎることはミナにもわかっていた。

 

何事もなく済めばいいが、ともう一度つぶやいたその言葉は聞かれることなく音の波となって拡散していく。

 

―――彼女の従僕だけがそれを耳朶で受け取っていた。

 

 

 

―――翌日、神森市民病院。

 

今回ぬえ子とともに二人がやってきたのは廃墟となっていた旧病院ではなく、水門家の近くに引っ越してきた新病院である。

 

新病院と呼ばれてはいるが、以前にも述べたとおり移転したのは10年以上前のため、多少汚れなどが目立ちつつはあったがそれでもミナには新しいと思える病院だった。

 

「昨日は……来てくれてありがとう。あんたが来てから、だいぶ姉さんの顔色が良くなったんだよ。血圧とか脈拍とかも安定してきたって先生が驚いてた」

 

「いえいえ、僕のおかげなどではありませんよ」

 

ニコニコと話す二人は、まるで姉妹か何かのように見える。

 

ミナは小声かつエルフ語でルルに聞く。

 

「治したって言ったけど、実際どうだったん?」

 

「骨折七か所、頭蓋陥没一か所、恥骨粉砕など、まあ少なくとも自然に任せていたら二度と目は覚めない状態でしたね。まあ周囲が目を離した隙に綺麗に治しましたが。今頃医者が騒いでるんじゃないですかね?」

 

「ああ、そりゃ原因めいた奴がいたら衝動的に刺したくなるわ……まあほぼ私たちの責任だしね……奇跡が起きたと騒ぎになるのもやむなしか」

 

諦めた顔のミナに、今度はぬえ子が声を掛けてきた。

 

場所は待合室。

 

面会の許可が下りるまで待機中というやつである。

 

「……そういえば、自己紹介してなかったよね。私は相羽ぬえ子。あんなことして、その……ごめんなさい」

 

土下座せんばかりに頭を下げる少女に、二人は笑う。

 

「昨日も言ったけど、気にしないで。私たちじゃなかったら大変だったけども……私は水門ミナ。こっちはもう聞いてるかしら」

 

「はい、ルルさんだね。ふたりとも外国の人?知らない外国語話してたみたいだし……」

 

「まあ、そうね。色々あってこっちに移り住んだのよ。どこからかってのは、今は聞かないで」

 

少女の問に彼女はある程度は答えて行く。

 

「相羽さーん、面会の準備ができました。302号室へどうぞー」

 

そうこうしているうちにぬえ子の姉の面会許可が降りたらしい。

 

ナースステーションでぬえ子が手続きし、彼女に促されて病室へ入る。

 

そこには、点滴を始め色々な管や器具に繋がれたぬえ子よりほんの少し年上の少女が包帯まみれで眠っていた。

 

どうやら、まだ彼女の傷が治っていることを知っているものはいないらしい……

 

―――どういうわけか。

 

「……あんた、幻覚の術でも使った?」

 

「ええ。少しだけですけどね」

 

ミナの質問にしれっと答えて、ルルは中に入っていく。

 

それにため息を小さくついて、ミナも続いた。

 

こっそりと出したマメラ教授のルーペで彼女を覗き込めば、確かに外傷はない―――が、症状は昏睡と出ている。

 

ミナは魂の力が何らかの理由で弱っているのだ、と感じた。

 

つまり、辛い記憶などのために生きる気力が消えてしまっているのだ。

 

これをどうにかするには、やはり記憶と生命の精霊クオリアの力に頼る必要がある。

 

忘却術オブリビエイトによってこの3ヶ月の記憶をすっぱりなくしてしまうことが一番である。

 

そうすれば遠からず目を覚ます。

 

「確認するんだけど、お姉さん……ええっと」

 

「つぐみ。私が鵺、姉さんが鶫で、どっちもトラツグミから。つまり同じものを指してるんだ」

 

姉の顔を覗き込み、ぬえ子は笑った。

 

「よりによって鵺なんて恐ろしい名前つけた両親はどうかと思うけど、私には大事な名前。姉さんと同じ名前……」

 

額から髪を撫ぜながらぬえ子はそう言う。

 

「あのね。半グレにひどい目に合わされてから起きたことって、ある?」

 

ミナの問に、ぬえ子は目を伏せて首を横に振った。

 

「……ルル、お願い」

 

その様子に、ミナはこの二人が自分たちのために死に別れるのは「心苦しい」と思った。

 

悲しみより、慈しみよりも先に、心苦しいと思った。

 

「人を助けるなんて、この程度の感情だけで十分ね」

 

他の見知らぬ何百人よりも目の前の一人を救いたくなる。

 

この病院にだって、何十人何百人と死を前にした人が来ているかもしてない。

 

しかし、ミナが今救いたいと思ったのは目の前の姉妹だけだった。

 

それが人間というものだとミナは思う。

 

それがいつか全体につながっていけばいい。

 

勇者と言えど、一人の力は小さく、手は届かないのだ。

 

「心得ました」

 

そうしてルルは指にはめた髑髏の指輪をぬえ子の顔の前に出した。

 

「……なんだい、ルルさん?」

 

「世界を支配する偉大なるロジックよ。大気を眠りの雲とせよ、微睡の空気を作り出せ。スリープクラウド」

 

呟くように紡がれたか細い古代語の響きが白い煙を彼女の顔の前に生み出した。

 

「……?」

 

ぬえ子は不思議なことをしてるな、という顔でそのままつぐみの体の上に覆いかぶさるように眠りについた。

 

「いいですよ、ミナさん」

 

「了解」

 

すよすよと寝息を立てる少女を一瞥して、ミナはバッグから白い杖を取り出した。

 

「たらしめるもの、感覚と記憶を司りし生命のクオリアよ。大きな仕事を頼みます。月の巡りの一回り、二巡り、三回目、間に在りしすべての記憶をこの者から消し去り給え―――」

 

唱えて杖の先から生まれた光。

 

それがつぐみに吸い込まれると、消えて―――マメラ教授のルーペで管や器具に繋がれた少女を覗き込めば、つぐみの頭の上に「睡眠・疲労」とだけ表示されていた。

 

「よし、OK。じゃあ後はどっちかが起きるまでなんかゲームでもしてましょう」

 

「承知」

 

ミナがぬえ子に毛布をかける。

 

それから二人は病室に用意された椅子に座ると、トランプを取り出してページワンを始めた。

 

―――ぬえ子が起きるのは、それから二人の勝負が15回ほど終わったころのことである。

 

 

 

「ごめんなさい、まさか寝てしまうとは……」

 

髪をクシャクシャにして恥ずかしがるぬえ子に、ミナは「疲れてたよね。気にしない気にしない」と笑った。

 

「それでね、お姉さんなんだけど……」

 

「わかってる……多分、もう持たないってお医者さんに言われてるから……それに、多分犯人は死んでるし……」

 

ぬえ子は椅子に座って天井を見た。

 

「なんとなくわかるんだ。例の事件、100人以上行方不明になってんじゃん。誰も見つかってないって、警察の人が言ってた」

 

はぁ、とため息を付き、「敵討ちなんて出来ないし、知らない間に決着付いてるし……連中がターゲットにしてた人に姉さんが似てるから襲った、ってのは姉さんが意識を失う前に書いたメモに書いてあったんだよ」と今度は姉の顔を見た。

 

そして、コートのポケットからメモを取り出して苦笑する。

 

「私自身も記憶失うほどクスリ使われたらしいし、ホント、どうしてこうなるんだよ……」

 

その様子に、ミナは何も言えない。

 

彼女とその家族の3ヶ月の苦労に、何も言えるはずもない。

 

3ヶ月という時間は戻ってこないし、その時間の間に壊れたものは戻ってくるはずもない。

 

だから、心苦しかった。

 

決してミナの責任でも、ルルのせいでもない。

 

そして、奴らには全力の報復を行い、警察によってブタ箱にブチ込まれた三分の一を除けば全員が狂気の中で死ぬか、既に黄泉への宅急便に乗せて発送した。

 

だから、被害が出ていたことが心苦しい。

 

この件について、空悟は何も言っていなかった。

 

個人個人まで把握していなかったのだろうが、それでも後で問いただそうとミナは決意して口を開いた。

 

「……大丈夫。お姉さんは、大丈夫だから」

 

瞑目して、静かにそう言った。

 

「……は?」

 

何を言われたのかわからなかったのか、それとも目の前の光景が信じられなかったのか。

 

ミナの言葉と同時に、動くものがあった。

 

ルルでもなく、ぬえ子でもない。

 

それは―――

 

「……ここ、どこ……?ぬえちゃん……?」

 

それは、目を覚ました―――

 

「姉さんッ!?姉さん!!嘘、えっ!?嘘でしょ!?姉さん!?」

 

「姉さん姉さんうるさいよぉ……ここ、どこなのぉ……?」

 

間延びした声を出しながら起き上がった、ぬえ子の姉、つぐみであった。

 

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