異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第5話「心配しないで!助けに行くだけよ!!」

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浴槽に水を張る。

 

母のライターで触媒となる火を灯す。

 

呪文を唱える。

 

すなわち、ミナは魔法の練習をしていた。

 

今日は生活でも使える魔法が多い精霊術の練習である。

 

「火の子、竜の子サラマンダーよ。火吹きて我が触れたもの、熱く強く温めて。凍えぬように、凍らぬように」

 

精霊術の一つ、加熱の魔法である。

 

十数秒、手のひらに灯った赤い光を水に押し付けると、湯船になみなみと張られた水は温かいお湯へと変化した。

 

「うん、全然問題なし。次は……」

 

今度は湯を氷に変えるため、冷凍庫から持ってきた氷をつまむ。

 

その時であった。

 

ジリリリリリリ。

 

居間から固定電話の着信音が聞こえてきた。

 

「……出るか」

 

足ふきマットで足裏の水をぬぐい、ミナは居間の固定電話をとった。

 

どうせオレオレ詐欺か、勧誘電話の類だろう。

 

知り合いはどうせスマホにかけてくるのだ。

 

田舎の祖父母も最近はスマホにしかかけてこない。

 

いい加減カーチャンも固定解約すればいいのに、と思いながら。

 

「はい、水門です」

 

『……えーと……………今野と申します。三郎さんはいらっしゃいますでしょうか。携帯電話にかけても出ていただけなくて……』

 

「―――! あ、いえ義兄は病気療養のためしばらく家を離れておりまして。どういったご用件でしょうか」

 

わずかに困惑の混じる懐かしい声に叫びそうになった。

 

しかし、そうするわけにはいかない。努めて冷静にそう返す。

 

『兄!?え、妹さん?あいつ、妹なんかいたの!?』

 

「えーと、最近茜さん……義母さんに引き取られた義理の妹というやつでして。水門ミナと申します。今野さんですね?どういったご用件でしょうか」

 

『あ、えーと、三郎さんと久々に会いたい、というお話でしたが、そういう事情であれば大丈夫です。元気で帰ってくるのを待っていると今野空悟が言っていた、とだけお伝えください』

 

礼儀正しい野太い男の声が自分への心配の言葉を投げかけてくる。

 

「……わかりました。必ず伝えておきます」

 

『ありがとうございます。失礼しました』

 

ぴ、と電話が切られる音が聞こえた。

 

しばし受話器を置くのを忘れ、ミナは天を仰ぐ。

 

なぜ忘れていたのか。

 

三郎の記憶を引き継ぎ、完全にあの頃の自分の振りができると思っていたのに。

 

……電話の主は、彼女が彼だったころの古い親友。

 

「なぜ、忘れてたんだろう」

 

声に出るのは、ただそれだけだった。

 

 

 

ミナが何かを忘れるように全力で腕立て伏せするのを、押し入れに作られた簡易ベッドから見つめるダークエルフは、ハ、と短いため息をついた。

 

「魔法の訓練やるんじゃなかったでしたっけ」

 

「そういう気分じゃなくなったのよ!」

 

「そういうトレーニングは余計思考に没入するだけだと思いますけど」

 

「わかってるわよ……それもこれもみんなあのくそ野郎のせいよ」

 

こめかみをきしませ、ミナは立ち上がった。

 

彼女が憎しみを込めてくそ野郎と呼ぶものはただ一つだけだ。

 

支配と凍結の邪神ドミネーター。

 

彼であった彼女を異世界に送り込んだ大元凶である。

 

「……もっとひどい殺し方をしておくんだったわ、あのクソ虫が!!」

 

「先ほどの電話ですか?」

 

怒り心頭のミナに、ルルは押し入れベッドで上体を起こして笑いかけた。

 

「今更じゃあありませんか。あの屑と形容するのももったいないほどの愚神ですからね」

 

それで、今回はいったい何が?とルルは続けた。

 

少女は一つ深く息をして立ち上がる。

 

体を伸ばし、かがむと同時にその息を吐きだすと、金髪のハーフエルフは答えた。

 

「……子供の時に、三郎が子供の時に親友だった男がいたことは言ったわね?」

 

「……ええ、何度も」

 

「あのくそやろう!その記憶まで改ざんしてやがった!そりゃそうだわ!あんだけ仕事でつらい状態なら俺はあいつに相談してたもんなあ!それをさせたくなくて、親友とその嫁さんの記憶を俺から奪ってやがったんだぁぁぁぁ!!」

 

一息にそこまで、よほど脳天に来たのか、完全に男の口調で爆発するように叫んだ。

 

既にルルが遮音の魔法を使っていることにも気づいていないようだった。

 

息が整うと、彼であった彼女は力なく言葉を紡いだ。

 

「……中学までじゃなくてね、大学も偶然同じところに入ったのよ。そこでも仲が良かったし、社会人になってからも親交があったのにね」

 

ギリ、と奥歯を噛んでミナは唇をゆがめる。

 

会社を首になるまでの2年、三郎は今野空悟と名乗った声の主と会った覚えはなかった。

 

忙しいから、と答えたのは二百数十年前か、それとも2年ほど前か。

 

ミナにはわからなかった。

 

「いずれ、あいつらにはちゃんと明かさないとね……」

 

ふー、とベッドに力なく腰を下ろす。

 

ルルの瞳に若干の嫉妬が宿っていると気づいたのは、その時だった。

 

「勘違いしないでよ、ルル。あくまで友達で、あの頃はお互い男だったんだもの。それに彼はもう結婚しているわ」

 

言い訳に聞こえたのであろうか。

 

じとり、と責めるような目で少年が睨みつける。

 

「あー……面倒ごとが増えたぁ……ふざけてからに……」

 

ミナは目を前腕で覆い、力なくつぶやくのが精いっぱいだった。

 

 

 

更に数日後。

 

思えばこれが―――こちらの世界での―――全ての始まりだったのだ、と後にミナは述懐する。

 

その日は金曜。時間は16時頃。

 

ミナは日課の訓練を終えると、少し凝ったものを作ろうと冷蔵庫から玉ねぎ、人参など野菜類を取り出す。

 

異世界はこちらの世界とそう変わらない食材豊富な世界であったが、香辛料や防腐剤の類だけは別であった。

 

保存の魔法が使える魔道士を地位のある人間が確保していることが多いこともあるだろうが、それら腐敗を防ぎ、食材の味わいを増す調味料は全体的に嗜好品であり、その価格は高かった。

 

今日はバッグに保存してあった干したフォレストスライム……ミドリムシが粘液をまとって巨大化したような生物の干物を使った香辛料たっぷりの煮物を作ろうと思っていた。

 

食感と味は歯ごたえがキクラゲのようなオクラのようなものなので、細かく刻んでしまえば母も特に抵抗なく食べられるだろう、というのがミナの考えであった。

 

そうして野菜を大きめに切り、鍋に水を張っていると、手元のスマホに電話がかかってきた。

 

「はい水門です……はい?!なんですって!!」

 

―――電話からの内容はとんでもないものだった。

 

 

 

パトカー、消防車や救急車のサイレンがひっきりなしに唸っている。

 

ルルとともに自転車で辿り着いた場所―――母の務める水道局は火の海だった。

 

野次馬なのか、それとも建物の中にいた人なのか、警察の規制線から炎を見つめるものは十数人は存在している。

 

その中に自分の母はいないか。

 

ミナは周囲を見回す。

 

「カーチャン!?カーチャンいる!?」

 

「ここだよ、大声で叫ぶな」

 

「あいたッ!?」

 

警察がロープで野次馬を制止する中、大音声を上げた少女をペンッと書類束で叩いたのはカーチャンであった。

 

動転していたせいか、彼女が近づいていることに気づかなかったのは、勇者らしくないとルルは後ろで微笑む。

 

それを見ることなく、ミナは茜の首筋に抱きついた。

 

「良かったぁ~!役所の人から水道局燃えてるって電話来てさぁ~~!」

 

涙目で抱きつく元息子現娘の頭をなでながら、茜は笑った。

 

「あんたのくれたハンカチを机に置いておいたからかしら。このとおり、事務所が燃えてるだけで済んでるよ。ただ、ねえ……」

 

彼女は言うべきかどうか、と一瞬逡巡した。

 

「……実は、逃げ遅れた人がいてね。たまたま来てた刑事さん……が一人と課員の女の子が一人。消防が消火やってんだけど、いかんかも知れないんだわ」

 

ミナは瞬間、茜から離れると、涙を拭って踵を返した。

 

「任せて……この程度の炎、私達には涼風も同然だから」

 

ミナの手には、澄んだ青玉の色をした杖がいつの間にか握られていた。

 

ルルに目配せし、二人は駆け出す。

 

「あんた何するつもり?!」

 

「心配しないで!助けに行くだけよ!!自転車よろしく!」

 

野次馬を無視して、二人は走る。

 

「無茶するんじゃないわよ!!」

 

茜の声が背中を押してくれた気がした。

 

実際には引き止めてくれているのだろうけども、ミナにはそう聞こえた。

 

二人は森人であることを示すように、あっという間に街路樹の天辺に駆け上がる。

 

そして呪文を唱えた。

 

「「偉大なるロジックよ、我等の姿を光から隠せ。光よ我等を今は見守るな。インビジブル!」」

 

姿消しの魔法インビジブルにより、二人の姿はすぐに透明となる。

 

そのまま彼女らは街路樹を飛び移り、水道局の2階に手が伸びる位置の樹まであっという間に辿り着いた。

 

そしてミナがロープを投擲し、屋上のポールに巻きつけ、二人は翔ぶ。

 

「世界を調律する我らが祭神よ!その御手を盾として我等を厄災から守り給え!プロテクション!」

 

淡い光が二人を守るように灯ると、透明なまま2階のガラスに突っ込んだ。

 

突っ込んで、ガラスのかけらが室内に降り注ぐ中、二人の姿は魔法の効果切れで顕になる。

 

燃え盛るフロアの中、炎や吹雪、物理打撃の抗堪力を高めるプロテクションの魔法は、二人の持つマジック・アイテムも相まって、完全に炎を彼女らから防いでいた。

 

「よし!探すわよ!」

 

「お任せください」

 

二人は目を見開き集中した。

 

火の精霊ばかりが喜び飛び交う中に、生命の精霊の匂いがかすかにした。

 

二人は顔を見合わせる。

 

ミナは青玉の杖をまっすぐに構える。

 

炎の中でも冷たくあるそれは、氷の精霊力を持つ魔法の杖だ。

 

「よし!厳しき凍てつく蒼き孤狼フェンリルよ!吹き荒れ大地を凍てつかせよ!その牙ですべての熱をひれ伏させよ!」

 

「世界を支配する偉大なるロジックよ、吹き荒れよ、氷雪の嵐となり、眼前を吹き洗え!ブリザード!」

 

第八位階の精霊術アイスストームによって召喚された巨狼の吐く吹雪に合わせ、古代語魔法のブリザードがフロアを凍結させていく。

 

これですべて消火されるわけではないが、少なくとも時間稼ぎにはなる。

 

廊下に出て目に入ったのは、女性を守るように覆いかぶさるダークグリーンのスーツを着た刑事の姿だった。

 

(生命の精霊の気配はまだ消えていない。魂の気配もある。まだ助けられる!)

 

ミナは走り寄り、呪文を唱え始めた。

 

「世界を調律する我等が祭神よ。暖かき御手でこの者らを包み給え。彼らを阻害するすべてを―――」

 

言の葉が止まる。

 

息が詰まる。

 

その顔に、正しく見覚えがあるから。ありすぎるから。

 

「―――癒せ!リフレッシュ!!」

 

神聖魔法の第六位階、毒や火傷による窒息など外因による永続的な良くない状態を癒やす魔法である。

 

「破壊と渇望の王、呑み込み食らう我らが神よ。その牙より哀れで弱きものへ生命を下賜されよ。リトルヒール」

 

次いでルルが傷そのものを治す魔法を唱えた。

 

そして最後に、ブリージング……水中や真空で呼吸をするための魔法を二人にかけると、ミナは唇を噛み締めながら立ち上がった。

 

「……処置は終わったわ。脱出します」

 

「わかりました。その顔からすると、彼は?」

 

ミナが女性を、ルルが大柄な刑事を担ぎ上げると、ルルはそう聞く。

 

「―――そうよ。彼は今野空悟。私の―――俺の親友だ」

 

彼女の瞳が怒りに染まる。

 

「……白昼堂々火付けか?もしそうなら、誰だ?誰がやった……?」

 

つぶやく暇もあらばこそ。

 

「破壊と渇望の王、呑み込み食らう我らが神よ。闘争でなく逃走でなく。その牙で我等を導き給え。エスケープ」

 

ルルが脱出の魔法を唱えると、4人は光となって建物の外に転移した。

 

火災が消し止められたのはそれから1時間後。

 

外で気絶している刑事と女性が発見されたのは、それから30分もしなかったのであった。

 

 

 

「あれ空悟じゃん……更にマッシブになってたけど、空悟じゃん……」

 

要救助者二人を安全な場所に寝かせて、規制線の近くまで戻ってきたミナは額に青筋を立てながら奥歯を噛み締めていた。

 

火は徐々に小さくなっていく。

 

2階の火が氷雪の魔法で消火されたこともあるだろうが、迅速に消防隊は対処していた。

 

「ちょっと!大丈夫だったの!?こっち来なさい!!」

 

晩秋の日は早い。時刻は17時00分……すでにとっぷりと日は暮れていた。

 

炎に照らされた闇の中、茜はミナを見つけ出し駆け寄った。

 

「あ、カーチャン……大丈夫、逃げ遅れてた人は助けて安全な場所に置いてきたよ」

 

力なく笑って、ミナは茜に歩み寄る。

 

「心配かけちゃった。ごめん。体が動いちまうんだ、こういう時」

 

「バカたれ!体が勝手にじゃない!心配させんなつってんのよ!」

 

耳を指でつねり、そのまま木陰で目立たない場所に引っ張っていく。

 

彼女は娘の抗議を無視して歩く。

 

その後ろを新しく彼女の息子になった少年が、てくてくとついてきた。

 

「無傷みたいね。まったく……勇者だかコンジャラーだか知らないけど、親を心配させるんじゃない」

 

「痛いって!わかったっつーのカーチャン!!」

 

懐中電灯でミナとルルの体を照らし、火傷もそれ以外の傷もないことを確認して、もう一度ミナの耳を引っ張った茜に彼女は抗議した。

 

「……僕には何かありますか?」と聞いたルルに、茜は笑って「あんたはこいつの言うこと聞いただけでしょ?」と返すだけだ。

 

「あたたた……エルフの耳は敏感なんだからな!痛いんだぞ!もうやんなよ!」

 

「それはあんたの今後の行動による!それより、何かあったの?元気なかったみたいだけど」

 

ミナの顔が覗き込まれる。

 

その瞳に、ミナはごまかすことはすまい、と見返す。

 

「……逃げ遅れてた刑事さん、空悟だった。中学卒業するとき引っ越した隣の今野さんちの」

 

「えっ……あんたの親友の?あれま、ずいぶんでかくなってて気づかなかったわ」

 

「大学で再会したとき、俺もそう思ったよ……話してくれ、カーチャン。白昼堂々放火なんておかしいだろ。なんか見てないか?」

 

茜も少し驚き、ミナの真剣な瞳に、娘と同じくごまかしはすまいと決意した。

 

「……放火というか、これは……」

 

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