異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第50話「うふふふーそうでもないわよーあはははー」

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ミナたちが会場へ戻り、バレないようにそれぞれ倒れたふりをしてからすぐに人々は目覚め始めた。

 

目覚め始めた人々がざわめく中、落ち着いていたのは誰あろうナポリ男爵である。

 

「落ち着き給え諸君……ここで騒ぎ出してしまっては、全てに迷惑がかかってしまう……まずは会館の職員が事態をある程度把握するまでおとなしくしていてほしいッ!」

 

「そうしなければ早く帰ることもできんッ!まずは席に座るのだ……!」

 

ナポリ男爵がマイクパフォーマンスで落ち着くように呼びかけ、それをブランデー男爵がサポートする。

 

そうしてざわめきが収まった後、会館職員によってすぐに警察と救急が呼ばれた。

 

最後に、元議員のおじいさんが「閉会式はまた後日ネットで配信する」と宣言してとりあえずは歌自慢大会は終わりを告げたのである。

 

緊急事態に慣れている自衛官チームが即時対応したのも大きいのだろうが、気絶して間に紛失したものもなく、ただ全員寝ていただけ……という認識だったせいか、観客もだいぶ落ち着いていたのは幸いなことだった。

 

……その後は到着した警察によって空悟も仕事に駆り出され、当然のように文の和風ハンバーグを子供たちと一緒に食べることは叶わなかったのは言うまでもない。

 

会館に1時間以上一切の連絡が届かない状態になったことは、すぐにも惟神テレビや地元の新聞社が報道し、それが全国にまで伝わるにはそう時間を要しなかったが、人々が気絶していた間は会館の内部の機械は大小問わず全て停止していたため、真相が明らかになることはなく―――

 

これもまた神森の怪奇現象としてオカルトマニア垂涎のネタにされたこともまた言うまでもなかった。

 

そうして時間は過ぎ、今は午後21時をすでに超えている。

 

ようやく仕事から解放された空悟は文に謝るためと言って、とっとと帰ってしまい、同じく茜も水道局から緊急招集があったため職場へと向かったのであった。

 

「……一体何が起きたのでしょう。黒い靄が出たと思ったら全員気絶とは……しかも誰も怪我の一つもしなかった……」

 

みはるは会館を出ると、顎に手を当て唸る。

 

「これは……」

 

ミナはその言葉に若干嫌な予感がしたが、とりあえずここまで大事になってしまえばそうなるのも致し方なしと諦めてため息をついた。

 

「これは、我々フライングガールズサーカスのネタが出来たということッ!つぐちゃんがこちらに戻り次第、すぐにも取材ですわぁぁぁぁ!!」

 

ガッツポーズで拳を高々と掲げる彼女を見て、すでにステージ衣装を脱いだミナ、ルル、夕の三人は盛大にため息をつく。

 

廻と岬はその様子を遠巻きに見ながら、クスクスと笑っている。

 

そんな周囲を置いて、一人怪訝な気持ちに陥っていたぬえ子は、自分の体を掴んだルルの冷たさを思い出していた。

 

(あれは幻覚?夢?ルルさんの体、冷たかった……まるであれは……)

 

ブルリとルルの冷たさを思い出して怖気を振るい、ぬえ子はルルを見つめる。

 

(あの人、一体何者なんだろう……ミナさんも……)

 

空はいつの間にか雲に覆われ、静かに雪が降り出している。

 

「やっべ。積もる前に家に帰らないと」

 

「ホーッホッホッホ!一応、父が自家用車で迎えに来てくださるので、もう少々お待ちくださいませ」

 

ミナが空を見てそう言うと、みはるの父が送ってくれることを明らかにする。

 

その様子に、少なくとも今回の事件は解決したのだと、ルルは感じていた。

 

「ところで組合長と店長はもう帰ったんでしたか?」

 

目を雪に向けている間に近づいてきたルルにそう聞かれ、ぬえ子は「えっ、あ、そうだね」と狼狽した声を出す。

 

「多分、そうなんじゃないかな!あ、あはははは……」

 

露骨に慌てるぬえ子を見て、ルルは内心でげんなりとしてしまう。

 

おそらく、これは始まりに過ぎず、ぬえ子やみはるとも―――地球人の感覚で言えば―――長い付き合いになるであろうことをルルは半ば諦めていた。

 

「まあ、それならいいんですけどね」

 

その気持ちをおくびにも出さずにルルは笑う。

 

―――そんな彼の手をぬえ子が握ろうとして、その手はするりと躱される。

 

「……ちぇっ」

 

ぬえ子はすねたように舌打ちをして、宙を切った手のひらを握りしめる。

 

「ま、いっか……生きてれば、また機会はあるんだし」

 

小さく呟いてぬえ子は後ろを向いた。

 

その声は、当然のようにルルには聞こえている。

 

闇の森人の耳は良い。

 

口の中だけで響くような、そんなつぶやきすら聞いてしまうほどに

 

「どーしましょうねえ、ミナさん」

 

「どーにもならないわよ、ルル」

 

なんだかもやもやしたものを抱えた主従は、正しく依頼を完遂して日常へ戻っていく。

 

しらしらと降り積もる雪は、そんなもやついた気分を白く染めていく―――スマホに映る天気予報は、明日も雪だと告げていた。

 

 

 

「というわけでして」

 

「なにがというわけ、なのでしょうか、ミナさん?」

 

「いや、質問に答えただけなんですけど……?」

 

歌自慢大会から1週間ほど、ミナとルルは次のバイトのため、思い出鏡の崎見老人を訪ねていた。

 

「いやまあ、質問をしたのは確かなのですが、木曜午前バイトNGの理由を聞いただけでこんなに長い話になるとは思わなかったよ、私は」

 

モノクルを外して崎見老人は笑う。

 

「いいけどね。その外人連中はどうなったんだい?」

 

「とりあえず廻さんが気絶させた連中は、全員オブリビエイトの術で記憶を消しておきました。後、ルルを刺した外人と組合長人質にとった外人は流石に空悟……えー、警察に突き出しましたよ。流石にルルを刺した凶器はマジモンの魔法のナイフだったんで回収しましたけども……」

 

ミナが微妙に困ったような笑顔でそう答えると、彼は小さく肯んじて話題を変えた。

 

「ところで、例のピックアップトラックの譲渡契約はどうするんだい?」

 

「あー……その、まずは免許を取らないといけないので……来月から自動車教習所に通おうと思うのですけども」

 

ミナは頬を掻いて苦笑する。

 

崎見老人もまた、同じように頬を掻いて笑った。

 

「僕も一応18歳ということになっていますので、やはり自動車免許ぐらいはほしいところですね。チハたん……九七式中戦車改の運転には慣れていますので、操作自体は出来ますが、とかく法律を敵にするのは面倒くさいですからね」

 

ルルは無表情なまま言って、メガネをクイと人差し指で押し上げている。

 

「まあ元気を出しなさい、ルルさん。細かい失敗をしてしまったのは仕方ないことでしょう?」

 

その元気の無さに何かを察したのか、コーヒーを出しながら崎見老人はそう言ってルルを励ました。

 

励まされたルルは憮然としてコーヒーに口をつけ、「わかっていますよ。まあ彼女も地球人だ。僕に触れることはまず出来ないでしょうから、そのうち諦めるでしょう」と諦めた顔をする。

 

「うん、時間は多くのことを解決するとも。私より長く生きている二人だから、わかってはいるだろうけどね」

 

「まあ、そうですね……」

 

ミナもコーヒーに口をつける。

 

程よい苦さのブラックコーヒーが今はありがたかった。

 

「それにしても、十瑚元議員の開いた歌自慢大会で怪事件が起きたというから、もしかして君たちかな、と思っていたら案の定だったねえ」

 

いつもの杏のチーズケーキを出しつつ崎見老人は苦笑する。

 

「まあ、無事なら良かった。新しい知り合いも増えたようだし、そのうち連れてきてくれると私としては嬉しいな」

 

「うーん、まあ。ところで面接の方は……?」

 

「そりゃあ、もちろん一も二もなく採用ですよ」

 

ニコニコと笑みを深くして崎見老人はチーズケーキを二人の前に差し出した。

 

「それらしい衣装は用意するから、できればバイト中は耳を見せてほしいな。何、ここはファンシーでファンタジーな喫茶店だから大丈夫さ」

 

崎見老人の言葉に、「しゃあないですねー」と言ってミナは変装の腕輪を外す。

 

すっと耳のあたりが歪んだような気配を発すると、ミナの耳が人間の丸い耳ではなく、ハイエルフの長く尖った耳へと変貌を遂げる。

 

「まあ、ここでならただの衣装と思ってもらえるでしょうねえ」

 

ルルも同じように腕輪を外し、その少し短めなダークエルフの耳を晒す。

 

「耳は割とエルフの象徴のようなものなので、つけっぱなしだと鏡や水面で自分の顔を見た時にストレスが溜まることは既に立証されています。働いている間、不審に思われずにいられるのはありがたい」

 

「そーよねー全く、なんでこっちの世界には地球人しかいないのかしら。地球エルフとかいればいいのに」

 

ミナはピコピコと耳を動かして笑う。

 

「ところで、こういうふうにピコラピコラ耳を動かすのは駄目ですか?」

 

「うーーーーーん!それは微妙かな!」

 

モノクルをかけて崎見老人は駄目出しをする。

 

当然である。

 

流石に動くエルフ耳など最近の自然に見えるコスプレグッズでも存在しないだろう。

 

大騒ぎになってしまう。

 

「あー、やっぱ駄目ですか。しゃあないですねーまあよっぽどびっくりしたりとかしなきゃ、普段は動かそうと思わないと動かないのでご安心ください」

 

エルフにとって耳はどちらかと言うと腕や足に近い器官だ。

 

ミナの言う通り、動かそうと思わなければ動かないものなのである。

 

―――もちろん、びっくりしたり、何らかの癖で無意識に動いてしまうことはあるが―――

 

「まあ、万が一のこともあるので動かないような工夫はしますか」

 

ルルが肩をすくめてそう言った時、10時を知らせる柱時計のチャイムが鳴った。

 

「おっと、開店時間だ。ま、今日は帰りなさい。書類は渡したものを書いてきてください。バイトは来週の土曜日からで頼むよ」

 

そうして店主は店の外に出て、ドアプレートをOPENに変更して店を開く。

 

「それじゃあ、また今度の土曜日に。これからよろしくお願いします」

 

「こちらこそ、よろしくね」

 

崎見老人はそうして二人を見送る。

 

見送られた二人は外に出て、いつものようにミナが自転車のハンドルを握り、ルルがその後ろに座った。

 

「ま、相羽姉妹とみはるちゃんのことは考えても仕方ない!なるようになる!」

 

「楽観主義で行くしかありませんか……最悪口封じは可能ですし―――あ、もちろん命や意識は奪いませんよ?」

 

ルルは若干物騒なことを言って、ミナの心胆を寒からしめる。

 

しかし、ミナはその内心を押し隠すように「魅了でメロメロにしちゃって明かす気なくさせるのが一番かな!」と華のような笑みを浮かべた。

 

「……ミナさん、怒ってます?それとも、怯えてます?」

 

「うふふふーそうでもないわよーあはははー」

 

「いや、怒ってますよね?完全に」

 

「そーんなことないわよー?」

 

そんなふうに、棒読みで笑う美少女の微笑みがルルの心に突き刺さっていったのであった。

 

 

 

 




ちょっと少なめ。

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