異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第54話「そりゃ苦いわよ」

 

翌日、バイトをしながらミナは悶々としていた。

 

(あれからルルとろくに話してないし、あいつどこへ連れていくつもりなんだか……聞いても秘密としか答えやがらないし……)

 

問題はそれだけではない。

 

クレーラの瞳について、次にみはるか相羽姉妹に会ったら、詳しいことを聞かないといけないのだ。

 

如何に冒険者業が厳密な意味では休止中の出戻りエルフといえど、問題が起きれば対処していかざるを得ない。

 

まして邪神の企みかも知れないものを放置しておくことも出来ないのだ。

 

「ミナさん、ミナさん。ちょっと、ちょっと!」

 

黒を基調にしたフリフリのファンタジー風メイド服を着たルルがミナの背中を突付く。

 

「え、何?」

 

「耳!耳動いてます!」

 

「……あ」

 

ひそひそとルルに耳打ちされ、ミナはほとんど無意識に耳を上下に動かしていたことを今更になって気づいた。

 

それを見ていたのは……幸いにして誰もいない。

 

「今日のお出かけのことが気になるのはわかりますが、気をもみすぎですよ。せっかくイヤーコルセットつけてても意味がない」

 

だったら行き先教えろよ、と声に出しかけるが、それは今回のルルの「お願いを聞く」に反してしまう。

 

そのお願いとは、即ちミナが行き先について聞かないというものであった。

 

イヤーコルセット、つまり耳の位置を固定するエルフ用の身だしなみ道具をつけ直してミナがぐぎぎと臍を噛む。

 

(マジでどこにつれてくつもりなんだ……?エロいことはNGだから、そういうところじゃないとは思うんだけども……)

 

不思議の国のアリス風ウェイトレス服を身に着けたミナは、床をモップで拭きながらそんな事を考える。

 

その時、カランカランとベルが鳴ってお客さんが1人入店してくる。

 

―――もう醜態は晒すまい。

 

ミナはそうして頬を両手でピシャリと叩いて、「いらっしゃいませ」とまるで本物のアリスであるかのようにスカートをふわりと掲げてお辞儀をしたのであった。

 

 

 

―――ルルは、昔のことを思い返していた。

 

深く、暗く、歪み、死に満ちた、異形の森。

 

同朋であったはずの闇の森人たちも既に去ってしまったその森で、少年はずっと何かに取り憑かれたように研究を続けていた。

 

それが元々なんの目的であったか、なんの意味があったか、何をすべきだったか。

 

何も思い出せないまま、冷たく死に満ちた己の体を駆動させていた。

 

―――たまに人間たちがやってくる。

 

それは只人であったことも、森人であったことも、山人や小人であったこともある。

 

それらをからかい、嘲笑い、追い返し、或いは殺して。

 

それでも少年の心には空虚しか残らなかった。

 

誰が残したのかもわからない、黒光りする着ればほとんど裸のようにすら見えるその服を好んで身につけるようになったのはいつだったか。

 

少なくとも、季節が百巡るよりも昔であったのは確実だった。

 

その森でずっと誰かが来るのを待っていたはずだ。

 

彼は不死者の王、リッチーだ。

 

それもバグの中から生まれ、バグへ還るものとして生まれたのではない。

 

闇の森人として生まれ、変質し、いつしかこうなっていた―――はずだ。

 

少なくとも、あの森には意味のある書物が大量に残されていたし、バグダンジョンから生まれる文章には意味など決して生まれないのだから、彼が誰かの胎から生まれたことだけは確実である。

 

ここで少なくとも300年は人として生きていたはずだ。

 

朧気な記憶と森に残されたものから判断すれば。

 

―――彼は飽いていた、厭いていた―――何よりも空いていた。

 

空虚を埋めるものは、この森にはないと思ったが、彼はその森から出ることは叶わなかった。

 

彼は迷宮の王。バグの中心なのだから。

 

いつしか、彼は迷宮に訪うものたちを殺した時、その死体を収集し研究するようになった。

 

リッチーであることを示すように死霊術に長けるようになり、やがて破壊神の神託が降りて暗黒の魔道士ともなった。

 

しかし、どうあがいても、いや、だからこそ……どうしようもなく彼は孤独であった。

 

その精神がおぞましく変質しきった時、生前の姿を保つこの姿も腐り落ち、知識の中にあるノーライフキングと同じ姿になるのだろう、と彼は半ば諦めていた。

 

―――そこに現れたものは―――そこに光を照らしたものは―――

 

あの時、いつもと同じように森を訪った者たちがいることに気づいても、彼の心はなにも動くことはなかった。

 

あの麗しい人が来たことを除けば―――だが。

 

そこまで考えて思考が過去から今へと浮上していく。

 

彼の主人がやってきたのだ。

 

「お待たせ。着替え終わったわよ……ってなんで黄昏てんの、ルル?」

 

「あ、ミナさん。お疲れさまでした」

 

座っていた石から立ち上がったルルは、なんとも曖昧で寂しげな笑みを浮かべていた。

 

「はー、また昔のことでも思い返してたのね」

 

長年の付き合いからか、ミナには手にとるように彼が今何に黄昏ているのかがわかった。

 

ミナは肩に担いだ無限のバッグから、飲み物を一本ルルに放る。

 

それは以前に空悟からもらったブラックコーヒーで、もうすでに冷え切っていた。

 

「ああ、やっぱりバレてしまいましたか」

 

バツが悪いといった風に、彼は舌を出す。

 

「てへぺろってか?まあ、いいけど、あの頃のことはあんたにとっても辛いことなんだろうから、無理に思い返そうとするんじゃないって何度も言ったわよね?」

 

ミナは気を使っているのか、或いは無神経なのかわからない言葉をルルに投げかけてニッと笑った。

 

その笑みにルルはどこか元気を与えられたような気がして、もらったブラックコーヒーを開けて口をつける。

 

「……苦いですね」

 

「そりゃ苦いわよ」

 

そんなやり取りをして、ミナは思い出したように「で、これからどこ行くの?」と聞く。

 

ルルは「いえ、それがですね……」とまた、曖昧に笑った。

 

 

 

韋駄天百貨店の中の多くの店は22時には閉店となる。

 

飲み屋であってもおおよそ0時まで。

 

時計を見れば時間は2100……ルルとミナはそんな閉店間際のデパートでウィンドウショッピングをしていた。

 

「……これがしたいこと、でいいの?」

 

「ええ、まるでデートしているみたいでしょう?こういうのこっちに来て色々調べて、ちょっとやってみたいな、って思っていたのです」

 

ルルは恥ずかしげもなくそう答える。

 

ミナはその様子に、もやついた気分が蘇ってくる。

 

この少女のような姿をした少年の本当の性根を知るのは、彼女とグリッチ・エッグでの仲間たちくらいなものだ。

 

彼がその空虚を埋めるために何をしたかをミナは知っている。

 

いずれ彼は今の仲間たちにも話すだろう。

 

その時、この平和な日本の友らは彼を許すだろうか。

 

もし、その時、自分がこの少年を好きになってしまっていたら……?

 

(いや、ないな)

 

ミナは頭を振ってその思考を打ち消す。

 

なるようになれ、と思うしかない。

 

(ま、いいか……こっちの世界に来てからやらかしてないし、ちょっとくらい優しくしてやっても……)

 

ミナがそう思ったことを後悔するのは、それから5時間後のことである。

 

―――それはともかく。

 

ウィンドウショッピングを続け、めぼしいものをスナック黒十字近くのアクセサリーショップで見つけたルルは、それがバイト代で購入できる額ではないことに少し残念がり、そうしている間に時間は過ぎて蛍の光を百貨店が流し始める。

 

どうやら今日はこれでしまいのようだ……

 

とミナが思ったのもつかの間、「じゃあ例のミゾロギとかいう居酒屋に行きましょう。ふふふ……」と意味ありげに笑い出す。

 

こんな時間から飲みとは、と思わないことはない。

 

しかし、付き合うと決めたのはミナだ。

 

「仕方ないわね。あんたの『ストレス解消』に付き合ってあげるわ」

 

「ええ、よろしく付き合ってください」

 

ここでようやくミナはルルが何を考えているか、わかったような気がした。

 

歌自慢の件以来、確かに自分たちの関係が少し壊れたような、そんなもやついた気分が消えてくれない。

 

ルルもまたそんな状況にストレスを感じているのだろう、と判断する。

 

そして、それは大きくは間違っていなかったのだ。

 

それがわかるのは―――そして優しくしようとしたことに後悔するのは、繰り返すようだが後4時間半ほど後のことなのである。

 

 

 

しこたま飲んで食べてミゾロギを出たのは夜も2時を過ぎた頃であった。

 

黒い飾帯の加護でほろ酔いしかしないミナだが、それでもなかなかに足元がふらつくほど飲んだ。

 

もちろん戸籍上未成年のルルは一滴も飲んでいない。

 

そんなルルとともに家路へつく……いつもの自転車は、今は押して乗っていた。

 

「……ミナさん」

 

「何?」

 

「こちらの世界には危険も少ない。きっとあのダンジョンを攻略して、邪神の企みを阻止すれば平穏はやってくるでしょう……そうしたら、大学などを目指されてはいかがですか?」

 

ルルは冗談とも本気とも取れない曖昧模糊とした表情で主人に語りかけた。

 

ミナは空を―――今は雲に覆われ、今にも雪が降ってきそうな空を見上げる。

 

「大学ねえ……学校なんてそういえば向こうでは一回も行ったことないなあ」

 

ミナの学問や修行は、基本的には独学か師に付いて修めたものばかりだ。

 

彼女の古代語魔法はかつて魔法学院に勤めていたという変わり者の魔導師から教わったものが基礎だし、精霊術や野伏の術は森で習ったものである。

 

剣術は我流に加えてかつての仲間たちからの指導で培い、格闘術は東方の小さな道場で術許しを得たもの。

 

陰陽術も似たようなもので、彼女がその熟達のために公的機関への出仕を行ったのは、調和神の神聖魔法へ目覚め、その修行のための冒険をしていた頃だけである。

 

そしてその神聖魔法は……

 

「あんたを張り倒すために覚えたのよね。調和神様も、こんな不良神官に未だによく力を貸してくれるなあ、と思うわ」

 

そう、その神聖魔法は。

 

神聖魔法の裏側にある暗黒魔法はルルを倒すために習得したかったものだ。

 

―――結局、それをミナが習得したのはそれから何十年も後のことだったが。

 

「そういえばそうでしたね……どうして頑なに学校へ行くことを拒んでいたのです?別にいいではありませんか、周りの有象無象など気にするミナさんではないでしょう」

 

「ルル……どうせ想像ついてるんでしょ?」

 

ミナは従者に呆れたように笑いかけると、その従者は片目を瞑って「そうですね」と思案した。

 

「空悟さんやフミ殿……かつての学生生活の思い出が閉ざされてしまうかも知れない、と思ったから、ですか?」

 

「それは半分ね……後は、高校時代完全ボッチだったから、そのことを思い出したくないってのもあるわ」

 

ミナはくるくると指を回す。

 

その指を目で追いながら、少年は笑う。

 

「それで6割ってところですか?」

 

「まーね。後は……お前を放っておいたら何するかわかんねーッて理由だぞ?」

 

ミナは赤ら顔でルルにチョップを食らわして笑う。

 

「痛いじゃないですか」

 

「痛くしてるのよ」

 

二人はニコニコと笑いながらそんなやり取りをしつつ家路につく。

 

ミナが就寝したのは深夜3時頃であった。

 

 

 

翌朝午前5時。

 

起床した岬が発見したのは逆さ吊りにされているルルの姿であった。

 

「……おはようございますです、ミナちゃん。これなんです?」

 

「おはよう。岬がよく寝てたから、床に布団敷いて寝てたのがよくなかったわね。一昨日OZAWAで言ったとおりよ」

 

服に袖を通しながら、不機嫌にミナは岬へ挨拶をする。

 

その様子に岬は何が起きたかを素早く察して、ため息をついた。

 

「ああ……流石に好きだと言っても、肉体関係ない女の子にセクハラするのはNGですよ……」

 

そう、この不死者の王のようなみのむしぶらりんしゃんは、あの後ミナが寝付いて10分後にミナのパジャマを脱がしてミナのツルンでペタンなおっぱいを揉んでいたのである。

 

酒が入って眠りが少しだけ浅くなっていたミナはそれから10分後に起床。

 

音もなくルルをボコボコにすると、逆さ吊りにしていたのであった。

 

「HAHAHA!知ってますか岬さん!ミナさんは乳房を揉んでも起きないんですが、少しでも乳首に触れると飛び起きるんですよ!」

 

「死ねィ!!このクソバカタレが!!」

 

ろくでもないことをいい出したバカ眼鏡の顔面に、すかさずミナの跳び膝蹴りが炸裂する。

 

メゴシャアとなにかが潰れる音がして、ルルの顔面がひしゃげていくのを目撃した岬は顔を手のひらで覆って、「モザイク必須ですねえ……」と呆れてしまう。

 

「前が見えない……」

 

「一生その目を閉じてろアホ!!」

 

プリプリと怒るミナはそのままドスドスと母親を思わせる様子で階下へと去っていく。

 

「あー……ルルくん、反省しててくださいね。それじゃまた」

 

岬も流石にこれは弁護不能とミナの後をついていって、そこにはみのむしぶらりんしゃん状態のルルがひとり残される。

 

「ククク……反応するまでに今までは5分だったものが10分になった……!確実に僕は前に進んでいる……!」

 

そんなことを言って、戻ってきたミナにまた膝蹴りを食らわされるルルであった。

 

 

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