異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第57話「始まりの夜の詩 -昔のお話③-」

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―――夜半。

 

カァカァ、と夜泣き烏の声すらも静まり返った町の如き基地に小さく響く。

 

空には天を司る青い月と魔を司る紅い月、人を見守る黄色い月が丸く丸く、満月の姿を見せている。

 

今日は季節に一度の三満月の夜。

 

地域によっては祭りを行う場所もあるが、少なくともリドル輸送団本拠地ではその催しは行われてはいない。

 

この基地での催し物は、年末棚卸しの祭りただ一つだけだ。

 

既に明日の仕事に備えて殆どの店は店じまいし、上から見渡せば見回りの僅かな灯と、特急扱いの物資の荷造りをしている部隊の灯くらいしか今は見当たらないだろう。

 

―――そこに響く小さな声があった。

 

半ば透け、半ば見える、黒装束の―――少年の声。

 

「……必死にやってもこの程度、か」

 

自身の力の無さに落胆したような、或いは諦めきっているような、小さなつぶやき。

 

手に持つ巨大な鎌を振り上げ、半透明の少年は無表情のまま呪文を唱え始める。

 

「―――死よ。神々とて竜とて逃れられぬ偉大なる死よ。そなたの眼を開け、我が手に死を生とする闇をもたらし給え。闇は肉に、肉は光に、光は闇に。運命の円環を逆しまに回せ。クリエイト・アンデッド・サーヴァンツ」

 

唱えられた言葉は古代語に似た響きのある呪文。

 

その言語を唱えられるということは、それは即ちこの半透明の少年が闇と死の眷属であり、つまるところバグの尖兵であることに他ならないのだ。

 

その呪いは蟠る闇と化して、彼の周囲に侍る。

 

少年がその手をかざすと、影たちは幾百かに分裂してこの基地の各所へと落ちていった。

 

―――面白いものはいるかな。

 

屋根の上に少年は足を組んで座る。

 

―――いなくてもいいか。

 

そして独りごちる。

 

「……ここまで、か。分身すらこの程度しか遠くに飛ばせないわけだ。なんとも不自由極まる……仕方ないか」

 

瞑目していると、その姿は徐々に薄れ―――消える寸前で踏みとどまるかのようにそれ以上薄くなることはなかった。

 

―――ワタシが消えるまでに、ワタシにたどり着けるかな。

 

無感動で無表情で無垢な声で、少年はそう呟いた。

 

 

 

ピクリとミナの耳が動いて、彼女は飛び起きた。

 

愛用の鍛銀の剣と青い革鎧を身に着け、窓を開ける。

 

外を見ると、あちこちに影が闊歩しているのが見て取れた。

 

―――三つの月の助けを借りたエルフの夜目はそれを正確に認識し、影が一昨日の昼に自分たちを襲った黒装束と同じものであることを即座に見抜く。

 

「ちっ!」

 

ミナは隣のベッドで寝ているハルティアを起こそうとして―――既に彼女は起き上がり、槍と鎧を身に着けようとしていたところだった。

 

「無粋なものだ。町中―――あえてそう言うが、町中であのような者共を暴れさせようとは」

 

パチリと金具を止め終わり、女騎士はいつもどおりの姿を取り戻す。

 

酒の影響は残っているようには見えず、それはミナ自身も同じだった。

 

ばたん、とリュートと手斧を持ったカイムが部屋に入ってきたのはその時だった。

 

「準備ぃはぁできてるかいやぁ」

 

「モチのロンよ。行きましょう。騒ぎが起きるのは時間の問題よ」

 

ミナはそうして窓から屋根の上に出る。

 

「二人は地上から。私は屋根伝いに遊撃しましょう。数は上から見ての推定はおおよそ100」

 

「100か……多いな。ミナは弓を使うのか?」

 

ハルティアがそう聞くと、「ま、腐ってもエルフですから」と無限のバッグから木、故郷の霊木で作られた弓と鉄の鏃を持つ店売りの矢束を取り出す。

 

硬い木芽の矢は、この頃のミナに取っては切り札だ。

 

量産は可能なものだが、かと言って低級の魔物相手に使うにはもったいないものには違いない。

 

それに木に頼んで短時間で作られるとは言え、その速度は当然只人や山人が鉄の矢を作るのにかかる時間よりはしっかり時間を食ってしまうのものだ。

 

(某金床さんはどのくらいの速さで作ってもらえたのかしら)

 

そんな今とは明らかに関係のない思考を頭を振って消して、彼女は「ふたりともそれでいい?」と普段どおりの声音で確認した。

 

「私は構わん。カイム殿はどうだ?」

 

「そぉれでよかんべぁ。合流する場所だぁけ決めとかんかいや」

 

カイムはそうして「町の入口に一刻後」と短く言って、二人はそれに肯んずる。

 

「それでは、征こうとしようか!」

 

「了解!」「わぁったぁ」

 

ハルティアの号令とともにパーティーは動き出す。

 

夜明けまではまだ遠い……

 

 

 

「一つ、二つ……」

 

屋根を跳ね跳び、建物の上を音もなく移動しながらミナは矢を放っていく。

 

一射が獲物を貫くのを確認しては次の屋根へ。

 

次の屋根から次の次の屋根へ。

 

跳ね跳びながら射る。

 

十も射殺した頃だろうか。

 

気づいた黒ずくめのアンデッドたちは、アンデッドらしくもなく屋根へと手早く上がり、ミナを殺そうと襲いかかってくる。

 

『シャァ!』

 

鉤爪がミナへ迫る―――バク転でそれを避け、弓をバッグへしまうと鍛銀の剣を抜いて構える。

 

安定するため、今は両手持ちだ。

 

バックラーは出さずに、両手持ちができるように少しだけ柄を伸ばしてもらったバスタード・ソードとも言えないロングソードが横薙ぎに振るわれる。

 

鉤爪がミナの頬をかすめ、しかしミナの剣閃のほうが早く黒装束を横に切り捨てる。

 

「……これで13匹。そろそろ騒ぎが起きてもおかしくはない……」

 

ミナは小さな焦燥を振り切るように、残り2匹の追走してきた黒ずくめに斬りかかる。

 

素早さでもミナのほうが圧倒的に上で、一匹は縦に、一匹は袈裟に断たれて崩れ落ちる―――文字通り砂のように。

 

「こないだのあれか……間違いないな。操ってるのは同じ奴か」

 

ミナは小さなため息をついて、あたりを見回す。

 

既に騒ぎは始まっているようで、見回りの団員が剣で持って黒ずくめと対峙しているのがミナの双眸に捉えられた。

 

少なくともコボルトだのゴブリンだのよりは遥かに強いそれを冒険の経験もないであろう団員に止められるとはミナには思えず、一瞬の躊躇もなく走り出して屋根から飛び降りる。

 

果たして間に合うか。

 

その気持ちは走るよりも早く、黒ずくめと団員へ跳んでいった。

 

 

 

団員たちは軽装だ。

 

刃渡り80cmほどの長剣を1本、小さい円盾を一つ。

 

鎧はソフトレザーアーマーであり、あくまで基地内の警備を行うための装備でしかない。

 

もしこれがミナやハルティアであれば、そんな装備でも黒装束のアンデッドたちを倒すのは容易であったろう。

 

しかし、彼らは魔物を倒して冒険者現象の恩恵を受けたこともなく、荒事と言えど相手するのは破落戸や盗賊の類ばかり。

 

常人の倍は早く動くこの黒装束に敵うはずもない。

 

「う、うわっ!来るんじゃない!ひぃ!」

 

悲鳴を上げる男に、黒装束の鉤爪が迫る。

 

間一髪、なんとか初撃を躱した団員Aだが、しかし二撃目で頬に大きな傷をつけられ血が吹き出した。

 

「がっ!?ひ、ひぃぃ!」

 

尻もちをついてしまい、一緒にいたもうひとりの団員も手出しできない位置にいた団員の死は確実に思われた―――が。

 

妖精の剣が閃き、取り落とされたランタンの灯りを反射して輝く銀の光が黒装束を斬り裂いた。

 

「あ、あんたは……」

 

「通りすがりの冒険者よ!傷は浅いみたいね!逃げて応援呼んで!複数人で一匹囲めば一般兵でもそこそこ殺れる程度よ!」

 

ミナはポーションを1本、頬を斬り裂かれた団員に放ってそう言った。

 

「た、助かる!」

 

そのポーションを受け取った団員は、立ち上がってもうひとりの団員にうなずくと「後は頼む!」と叫んでそのまま駆け出した。

 

駆け出した方に敵がいないのは確認していたので、まず問題はないだろう。

 

目の前にいるアンデッドは4。

 

しかし、それはミナの敵ではなく、あっという間に斬り裂かれて消えたのであった。

 

 

 

そうして戦闘開始から一刻が経過した。

 

そこかしこで団員とアンデッドの戦闘が起こっており、基地に滞在していた冒険者たちの参戦で状況はほぼ基地側の勝利というところとミナたちには見えた。

 

3人は予定通り基地の西側の出口へと集まり、状況を整理することにする。

 

「いくつ殺った?こちらはカイム殿と私とで35というところか」

 

「私は30ですね。後は基地の人に任せても問題ないでしょう……武装団員や冒険者がだいぶ参戦してますから。後は、この騒動を起こしたものです」

 

「そこぉそこ統制取れてぇたかんない。まだこっちを見てるんじゃねえんかぁ、呼び出したやつぁよぉ」

 

「そう、ですねぇ……負の精霊力の方向をたどってみますか……」

 

ミナは目と鼻に力を集中し、センスオーラの術を唱える。

 

視覚にして嗅覚でなく、嗅覚にして視覚ではない感覚を呼び起こすことこそが精霊力を感ずるということだ。

 

精霊に親しいエルフでもその感覚は普段大半が閉じている。

 

それを精霊術で賦活させたミナは、黒装束たちの放つ負の精霊力の源を即座に見分け―――その流れは基地の中心部の尖塔の更に頂点に向かっていることがわかった。

 

「街の中心の塔の上!いっちゃん強いマイナスエネルギーを感じるわ!まだいます!」

 

その言葉に仲間たちは首肯して、ミナとともに走り出す。

 

走り、道を抜け、途中にいたアンデッドを何体か張り倒しながら進む。

 

なんのこともなく、3人を止めるものも、止められるものもなく彼女らは尖塔の麓にまでたどり着いた。

 

「ここぁ……リドル輸送団の本部施設じゃぁいなぁ。こんなところの上にいるなんざぁよ」

 

カイムの疑問に、ミナは「負の精霊力をうまく隠してるんです。センス・オーラ使ったエルフじゃないとあんなの見抜けませんよ」と唇を憮然と歪ませる。

 

その様子にハルティアは少し微笑んで話を続けた。

 

「さてどうする?尖塔に入ろうというのであれば不法侵入になってしまうが」

 

「……そうですねえ……よじ登るには、私はともかくハルティアさんもカイムさんもちょっと辛い高さですし……」

 

ミナはその高さを40オド……約50mと見定める。

 

(だいたいピサの斜塔と同じくらい?多分……)

 

ミナは前世世界のイタリアの古い建物を思い出す。

 

自分だけならば身の軽さと精霊の助けによって登り切ることは可能だろうが、ろくに足場もないような尖塔の上で戦うなど論外だ。

 

これが屋上があるタイプの塔なら良かったのだが、あいにくそうではないことは基地に来た際に確認済みである。

 

「いっそ我々が無限のバッグにはいるなどはどうだ?」

 

「バカこくでなぇ。無限のバッグにぁ命あるものははいらねえかんなぁ?」

 

ハルティアの提案にカイムは呆れて物が言えないといった風情でそう返す。

 

その言葉に、ミナは「ふーむぅー」と顎に手を当てて考え込む。

 

尖塔の中にはいくつか灯りがついているのが見て取れるので、内部侵入はNGだ。

 

本部の中に入るには許可がいるとウサ耳ウェイトレスから聞いているのだが、そんな許可を悠長に待ってはいられない。

 

狙撃をするには高い―――だが、ミナにはあまり問題にならないという自負はあった。

 

しかし、果たしてあれだけのアンデッドを使役するものに銀や鉄、木芽の矢が通用するか。

 

ミナの経験上、それは実に心もとないと考えるしかなかった。

 

―――アダマンタイトとかオリハルコンとかの矢、前のキャンペーンで全部使っちゃったのは不味かったか……

 

しても詮無い後悔を一瞬して、ミナは考えをまとめる。

 

今、パーティーの手元にあるもので解決しようとすれば……

 

「……ハルティアさん、その槍って魔法の槍ですよね……?」

 

ミナは恐る恐る女騎士の立派な槍を見据えてそう問うた。

 

すると、女騎士はいつもの様子とはまるで違って、槍を抱きかかえていやいやと首を振る。

 

「ま、まさか投げる気か!?だ、駄目だぞ!これは大切な槍なんだ!兄様から預かったものだ!誰にもやらんし投槍になどさせんぞ!」

 

瞬時に涙目にすらなったハルティアにミナは「あー……それならいいっス」と答えて、何を投げるかを思案する。

 

投擲は只人の最も得意とするものだが、ミナは冒険者現象による膂力と今までの経験を持ってすれば上空50mに投擲に依る狙撃を届かせることは容易と考えたのだ。

 

しかし、ミナの持つ有力な魔法の武器は長距離の投擲に向くものではない。

 

具体的には滅魔の加護を持つ真銀のグレートソードと故郷の霊木で作られた弓の二つだけである。

 

それ以外は前の長期冒険で失われたか、当時のパーティーメンバーに譲渡したかで今は持っていない。

 

「……装備が万全じゃないのは、いつものことか」

 

ミナは呟いて、どうしたものか、と考える。

 

「ま、待て……この槍はやれん!だが、予備の魔槍はあるのだ!少し小さいがな!」

 

そうして彼女は背嚢から1m半ほどの槍を取り出してミナに渡す。

 

「あるじゃないですか!やだなぁ!」

 

「うるさい!それも貴重なんだ!壊れたりなくしたりしたら弁償してもらうからな!」

 

女騎士はプイとそっぽを向く。

 

無論、それはミナにとっては望むところだ。

 

「ありがとうございます!それじゃあ、塔の上の奴!今から貫くから待ってろ!!」

 

ミナは叫んで、槍を構える。

 

「じゃあ、フィジカルエンチャントお願いしますね」

 

「心得た……世界を司る偉大なるロジックよ。彼女の身に力を。手弱女の如き腕に益荒男の力を―――フィジカル・エンチャント・ストレングス!」

 

ハルティアの唱えた身体賦活の魔法は、ミナの腕に大きな力を与えていく。

 

それを感じたミナは、精霊の言葉をゆっくりと静かに唱えた。

 

「シルフよ、風の乙女よ。我が槍に風を受け取る翼を与えよ」

 

物体や人間に滑空のための翼を与えるグライドの術をかけ、ミナはそれを上空の負の精霊力の持ち主へ目掛けて、一息に投擲した。

 

ブン、と空気が震えるような音がして槍は一直線に、重力に負けずに飛んでいく。

 

塔の先端にいた、姿の見えない何者かにそれが当たったのは数瞬の後。

 

そのまま魔槍は空高く飛んでいき、そしてどこかへと落ちていった。

 

「……ミナ。わかってるな?」

 

「探す!探すから!ロケーションの魔法はかけてるんでしょう!?それより来ますよ!」

 

じっとりとしたハルティアの目線と声にそう答えて、虚空を見据える―――と、目の前が不意に歪んだ気がして、ミナはハルティアとカイムの首根っこを引っ掴んで飛び退った。

 

「ぐぇっ!?なぁにするんじゃぁいな、って言わんでぇもわかるかぇ!」

 

さっきまでミナたちが立っていた場所を見て、カイムは叫ぶ。

 

「―――ああ、懐かしい顔だな」

 

ハルティアは驚くほど冷たい声で、そう言って槍を獣のように構えて微笑んだ。

 

降り来たりしもの、それは―――

 

黒い肌。青くすら見える銀髪。華奢な体―――

 

それらを覆う扇情的な革のドレス。

 

瞳はまるでガラスのような―――少女―――のような何かであった。

 

「……何故、ワタシの邪魔を?ワタシはただ、飽いている/厭いている/空いているだけなのに……」

 

澄んだ声。

 

否、澄みきりすぎてそこになにもない虚無があることをはっきりと宣するような声。

 

そこに降り立ったそれを見たその時が―――

 

「でも、素敵な出会いに感謝しよう。冒険者さんたち」

 

顔を隠す黒いフードに付いたマントを脱ぎ捨てたそれは。

 

華が綻ぶかのように笑った。

 

そう、この時が、ミナ・トワイライトとルル・ホーレスの出会いの夜……始まりの夜であったのだ。

 

 

 

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