異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第58話「出会いの詩 -昔のお話④-」

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「それで!?それで!?」

 

岬が足をバタバタさせて続きをせがむ。

 

ミナはふーと一息つくと、時計を見る。

 

見れば時計は11時を回っていた。

 

「んー……続きはルルをみのむしぶらりんしゃんから解放して、ご飯食べてからね。こっからはルルがいたほうがわかりやすいし」

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇl?」

 

「ちょっとくらい待ってよ、あなた39歳でしょう?」

 

本気で子供にしか見えない仕草でわがままを言う岬に、ミナはピシャリとそう言って2階へ上る階段へ向かう。

 

向かった先、自室でみのむしぶらりんしゃんしてる―――ミナがさせてる―――ルルを見れば、ほんのり耳が赤くなっていた。

 

ミナは部屋の入口から見て後ろを向いている少年の顔を見るために、ミノムシをくるりと回転させる。

 

その顔はなんとも情けない涙目になっていて、ミナはわずかながら困惑した。

 

「どうしたのよ。この程度で音を上げるわけないでしょ、あんた―――あ、わかった。下で私があん時の話してるの聞こえてたな?」

 

「ミナさぁぁぁぁぁん……恥ずかしいからあの頃の格好のこと、誰かに話す時詳しく言わないでって言いましたよねぇぇぇ!?」

 

ルルが涙すらにじませてそんな抗議をするが、彼の主人は「やかましい」と切って捨て、このセクハラショタダークエルフリッチーを床面に下ろす。

 

そして一息に言った。

 

「扇情的な、で済ましてやったことをありがたく思うことね―――実際にどうだったかを私は事細かに覚えているのよ?それを詳しーーーく岬に語っても良いんだけど?」

 

そう、冷たくも優しい声で。

 

「や、やめてぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

布団から解放された少年は、人目もはばからずにミナに駆け寄って叫ぶ。

 

仕返しとしちゃ十分だったわね、とそんなルルの突進をひらりと躱してミナは微笑んだ。

 

「アホやってないで来なさい。あんたがひっさびさに人のおっぱい揉んだことについての罰ゲームよ」

 

ミナはニヤッと笑ってルルの首根っこをひっつかむ。

 

―――邪神の空洞で3ヶ月位潜ってて、こっち来てから4ヶ月以上。半年以上もセクハラを我慢したのは新記録ね。

 

実際には、崎見老人の件でうなされるミナを介抱しようとしたのもセクハラではあるのだが、それは緊急避難としてミナの中ではノーカンになっていた。

 

それもまた、昔ではあり得なかったな、とルルと初めて出会ったあの夜を思い返す。

 

―――思い返して、ご飯作ったらまた話そうと普段絶対に涙目など見せないルルを引きずって階下へ向かうのであった。

 

 

 

―――空いている。

 

―――厭いている。

 

―――飽いている。

 

彼女が初めに見た少女のような姿の少年の印象は、ただ虚ろな、なにもない、存在すらも希薄だ、というものだった。

 

女騎士の峻烈な殺気を受けても、その半透明の体は身じろぎもしない。

 

ただ、彼は静かにそこに―――底にあった。

 

「ワタシを見つけられたんだね。ちょっとアトラクションが残ってたのに、あっという間だったね」

 

そこに感動も感情も感慨もなく、淡々と、ただただ事務的な声音が響く。

 

「―――貴様、覚えているか、私を!」

 

獰猛な笑みを浮かべて槍を向けるハルティアの声は、怒りに塗れたものであった。

 

しかし、額には薄っすらと冷や汗をかき、しかしその向けた槍の穂先にブレは一つもなかった。

 

そこに動揺が走ったのは、少年の声が次に口を開いたときであった。

 

「……ごめん。覚えてない」

 

「……何……!?」

 

「正確には、覚えていられない―――説明は省くよ。そちらの―――麗しい人ならきっと知っているだろう」

 

少年を指先をミナに向けて、薄っすらと微笑む。

 

「なんだか―――楽しくなりそうだ。でもね―――」

 

最初から半透明だった少年は、足の先から消え始めていた。

 

声もくぐもったはっきりとしないものになっていく。

 

『ほら―――ね。今日はここまで―――麗しい人、もしよかったらここから一月ほど北に歩くとワタシの家があるんだ―――遊びに来てよ―――』

 

クスクス、クスクス、と含み笑いが聞こえる。

 

「貴様ッ!」

 

ハルティアが槍を一閃させるが、既にその体はほとんどが闇に溶けて消えていた。

 

「……実体を持つ幻影、リアリティミラージュ……高位の古代語魔法使い。そのうえでこの負の精霊力とクリエイト・アンデッド系の魔法ではない不死者を操る……」

 

ミナの淡々とした分析を聞いたその少年はケラケラと笑って彼女を称賛する。

 

『ふふふ……ああ、そこまでわかるのであれば―――もうわかるはず―――では、楽しみに待っているよ―――』

 

そうしてその少女のような少年は、含み笑いを周囲に響かせながら消えていった。

 

後には何も残らない。

 

「逃がしたぁあな……」

 

「アレが森の主、ということですか?もしかして」

 

仕込み刀をリュートに戻したカイムはため息を付き、おっとり刀で出てきた尖塔の職員たちを見た。

 

カイムはミナの質問に答えようとしたが、場に留まれば厄介だと思い、「質問は後にすんべぇや」と答えて背を向けて歩き出す。

 

その方向はミナが投擲した魔槍の飛んでいった方向だ。

 

「……そうだな、私もそれに賛成だ」

 

「そうですね。槍を回収したら、宿に戻りますか」

 

二人はその提案に肯んじて、夜に紛れて消えていく。

 

職員たちの喧騒を余所に、槍の飛んでいった方角へ。

 

因みに、槍は泊まっている宿の部屋の窓に突き刺さっており、主人にめちゃくちゃ怒られたことは言うまでもない。

 

 

 

「はぇー、今と全然違う様子だったのですね、ルルくん」

 

「まあ、あの頃はほとんど自意識がないようなものでしたから」

 

食後の緑茶を飲みながらルルはそう答えて微笑んだ。

 

「例の服も、あったから着ていたと言うか、それしかなかったというか……とりあえず追求は勘弁してください」

 

珍しく、というか、滅多にしない赤面でルルはそう弁解する。

 

「あの頃はルルもだけど、私も古代語魔法は知識しかなかったし、陰陽術は存在そのものを知らなかったし、素手の格闘術は全然だったなぁ。もちろん、まだ神様の声も聞こえなかったしね」

 

ミナは「あの頃の自分はまだまだ弱かった」と腕を組んで瞑目する。

 

「まだ魔王倒したの1回しかなかったしね。それも、こないだ倒した戦略兵器の魔王みたいな生まれたての魔王」

 

「普通はそれでも勇者として祭り上げられるに相応しい活躍なんですけどねぇ……」

 

二人がしみじみと語るのを見た岬は、砂糖入りのホットミルクを一口飲んで微笑んだ。

 

「じゃー続きをお願いしますですよ」

 

「そうねぇ……まあルルを取り逃がして、宿に戻ったんだけどね……」

 

 

 

アンデッドが掃討され静寂が戻った夜更け―――宿に戻った3人は、窓に突き刺さった槍の件で一通り宿の主人に怒られた後、部屋に戻ってアンデッドを操っていた謎の少年についての話を聞いていた。

 

「3年前……私と兄上、カイム殿は他の3人の冒険者とともにあの森へ挑んだ……そのダンジョンの主が奴だったのだ」

 

「こいつのぉ兄貴ぃ、イナースもこいつとぉ同じ槍使いでのぁ。良いやつだったんだいなあ……」

 

それは最初に聞いた二人が再びあの森へ挑む理由に、ハルティアの兄の話が加わったものであった。

 

曰く、イナースはあの森で呪いを受け、未だに目が覚めないという。

 

「呪いを解く方法を探していたのだがな……結局、森の主、あの者を打ち倒さねばならないことがわかったのだ」

 

「ワイは止めてんだどもなぇ。ミナよぉ、おめえさんが森に行くなんちぇ無理言うからなぇ。ワイは諦めさせうためにここまで来たんじゃいな」

 

カイムはそうしてスキットルの中の火酒をグビリと飲み干す。

 

「で、あの得体ん知れねぇ奴見てぇ諦めてくれるんかいね、お二人さんよぉ」

 

「いえ、ますます闘志が湧いてきました。冒険ですから、困難と危険がないはずもありません」

 

ミナははっきりきっぱりとそう告げて、ベッドに腰を下ろす。

 

「私が兄上のことを諦めるはずがなかろう。あの時に比べて私もカイム殿も強くなった。ミナを含めれば兄上やかつての……バダム、ショウヨ、ストロデたちと冒険をしていた頃よりも、やれる」

 

ぐ、と拳を握りしめて女騎士は笑う。

 

「死は大したことではない。手段に過ぎん。その手段を私は兄上を起こすために使うとあの敗北のときに決めた。だから、諦めないぞ」

 

白んできた夜空を見上げて、夜明けは近いのだ、と彼女は笑う。

 

しかし、それが遠かったことは―――運命を司る神だけが知っていた。

 

「あの化け物……黒い悪魔は何者なんだ?お前に聞けばわかるようなことをアレは言っていたが」

 

ハルティアが装備を解きながらそう聞くと、ミナは瞑目して「はっきりとは言えないですけど、見た目通りのダークエルフじゃなくて、古代語魔法や死霊術を操ったことから少なくとも高位のアンデッド……おそらくはノーライフキング、リッチーの変種ではないかと思います」と答えた。

 

「リッチー……それなら呪いをかけることも、死霊術で見たことのないようなモンスターを作り上げることも可能か」

 

ハルティアは拳を握りしめて、「だが怯めぬ。ここまで来てはな」と言ってベッドに腰を下ろした。

 

「全く、とんでもねぁ奴だったぁわけだわなぃ。ま、ええやわ。少なくともぉ前回も戦いにならねぇかったぁわけじゃぁねぇしな」

 

前回挑んだときよりも、ミナがいる分―――かつての仲間がいなくとも―――有利だとカイムは考えた。

 

―――考えて、それでも勝てるかどうかは五分だ、と思ったのだった。

 

「アレがハルティアさんたちを覚えていないのも当然です。アンデッド、殊にあの手の人のカタチを完全なまま保ったものは、記憶が揮発しやすい。我々生ける者に比べて、魂が忘却の精霊に囚われやすいんです」

 

吸血鬼はそれを防ぐために、魂の記憶を保持する血液を求める。

 

より高位のアンデッド、特にリッチーともなれば記憶を保持するために必要な魂の量は莫大になる。

 

それを保持できずに、多くの高位アンデッドは人のカタチを失い、完全に「そういうもの」になっていく。

 

「そこまで歪んでしまえば、記憶は負の精霊力や邪神の力によって保持されますが、あの存在はまだ人の魂を保っているように思えます」

 

「なるほどな……だが、交渉の余地はないだろう」

 

ミナは遠い目で外を見やる。

 

「―――そうですね。多分、難しいでしょうね」

 

夜明けは遠い。

 

きっと、遠い気がする。

 

ミナは曙光を瞳に映しながら、そう思った。

 

 

 

そうしてまた北へ一月の道程を歩む。

 

道中では何度かあの黒装束のアンデッド……鉤爪で戦うことからミナがダークネイルと名付けたモンスターと遭遇した。

 

当然、危なげなく倒して進み、道のりがほぼ9割が消化された頃―――

 

明日にはおそらく森にたどり着くと思われた頃。

 

「……急ぎの旅じゃないんですよね?本当に」

 

ミナは堅パンをシチューに浸して口に入れて飲み込んでから、そのように聞いてみた。

 

「ああ、そうだ。急ぎじゃない。最終目標地点が決まっているのだ、急いでも仕方がない。万端にして挑むべきなだけだ」

 

野営の時、ハルティアはワインを飲みながらそう答えた。

 

「何、兄上のことなら気にするな。少なくともすぐに死ぬわけではない―――というか、だ。死ねない呪いなのだ、アレが齎したものは」

 

そうして無言でカイムがリュートを弾き始める。

 

その中で、ハルティアはその呪いがなんだったのかを話し始めた。

 

「兄上を眠らせている呪いは、停止の呪いだ。正確には、生きてはいないが死んでもいない状態なのだ……停止の呪いは術者に解かせるか、術者を殺すか、高位の神官のリムーブ・カースに頼るかしか解呪の方法はない。極めて危険な呪いなんだ。息もせず、鼓動もなく、しかし生きているんだ……年も取らないしな」

 

「ははぁ、なるほど。それはまた厄介な呪いをかけられましたね」

 

ミナは同じ呪いで停止したパーティーメンバーを救うために半年ほどの冒険をしたことがある。

 

だからわかるというものだが、それをあの少年がかけたのなら、それを解呪するのは相当の難事となるだろうことは明白だった。

 

「高位の神官に頼ってはみたが、残念ながら神聖魔法は失敗してしまってな。もはや奴を殺すか、解呪させる以外には方策というものが存在しないんだ」

 

「なるほど……」

 

―――この時代のミナはまだ神の声を聞くことは出来ず、修めている術は精霊術と剣術、そして野伏の技術だけである。

 

故に、対処方法は現在のところ存在しなかった。

 

「……それよりいい加減に明かしてはくれまいか。君は―――やはり勇者ミナ・トワイライトなのであろう?」

 

ハルティアはフッと笑って、なんでもないようにそう聞いてきた。

 

ミナはしばし逡巡した後、「んー…………ノーコメントで!」と答えて皿のシチューを口にする。

 

「はっはっは!ごまかすな、ごまかすな!なあ、カイム殿もそう思わんか?」

 

磊落にそう笑い、カイムにワインの瓶を渡してハルティアははちみつのかかった堅パンを食べた。

 

「ワイは知らんぇ。ミナが本物だろぉと騙ってるだけだろぉと、三人力の実力十分な冒険者つーんはぁわかってらぁな」

 

カイムはリュートを木に立てかけて、渡されたワインをグビリと飲み干してから串に刺さって焼けた六脚豚のベーコンを選び、それを噛みちぎる。

 

そうしてからスキットルを取り出して中身の火酒を飲んで空を見た。

 

「ワイは諦めてほしいんじゃぁが、諦める気ぃねぇなら仕方ぬぇ。ワイも覚悟を決めたんわ」

 

この訛りのひどいドワーフの詩人兼盗賊の目が光る。

 

「どうにもならぁんだら、そんときゃまぁた逃げればええわいな」

 

その声音には、確かに諦めの色以外の覚悟があった。

 

瞳を見て、ミナは「どうして心配だからって理由でパーティー組んでくれたんです?見捨てるって手もカイムさんにはあったように思えるんですけど」と聞いてみる。

 

その答えは変わらず―――

 

「心配なぁもんは心配だぁんなあ。理由なんかあるかいやぁ」

 

それだけ答えて、火酒を飲む。

 

「いやあ、心配ってだけでついてきてくれるのはすごいなあ、って」

 

「後ぉは、ハルティアがおまぁさんが森に向かったてぇ聞けば、必ず追っかけてくだろぉってぇ思ったわぁな。あの黒い悪魔にもぉ一泡吹かせるちゃうってなぁ嘘でもねぁしよぉ」

 

これまでも少年の森へ行こうとしたものがあれば、ハルティアはその噂をどこからか聞いて追っていったと言う。

 

どうせそうなるなら、今度は自分から話してしまえと思ったのだ。

 

ミナの感嘆にそう返して、ハルティアの頭を小突く。

 

「全く、いつまでも子供扱いしてくれてからに。そんなことよりミナ。今日で終わりだろう、あの話は」

 

ハルティアが言うと、ミナはバッグから小さなハープを取り出して、星の守り人の物語の最後の話を語り始めた。

 

「―――遂に終わりの時が来た。遠い星海の彼方より、何千何万の季節の巡りを経て、尚も人々を侵そうと見遣り続けた者たちが―――」

 

物語がミナの声を通して世界に響く。

 

人々の平和は人々自身が勝ち取るべきとして終わる、星の巨人の物語が。

 

 

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