異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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森に入ると、まず道があった。
整備された―――黒色の街道。
色が反転した、灰色の森。
まるで平和な森のようなのに、一歩足を踏み入れただけで世界の色は裏返り、不気味なものへと移り変わる。
「これも前と同じで?」
カイムを向いてそう聞くと、彼は無言で肯んじた。
「前と同じなら、すぐに来るぞ―――狂った森の精霊がな」
ハルティアがそう言うと、すぐにカイムはリュートを奏で始める。
その奏を聞いたミナは、自分に勇気が満ちていくのを感じた。
士気を上げる呪歌、モラルアップだ。
それと同時に、灰色の木から歪んだ女性の姿見―――狂ったドライアードが姿を表す。
『オォォォォォォォォオオォォォ……』
普段ミナの目に見えているドライアードたちとは似ても似つかない歪んだ顔のそれらは、まっすぐにミナたちを目指して飛んでくる。
ミナは鍛銀の剣を一旦鞘に収めると、手をかざして精霊の言葉を唱え始めた。
「―――よし、まとめて吹っ飛ばす!!凪の日はいと優しく嵐吹かば厳しき水の娘ウンディーネよ、燃え盛るもの、火の子竜の子サラマンダーよ。その相反する二つを我が手に与え給え。溶け合い爆ぜて眼前に破壊の嵐をもたらさん!」
ドライアードたちがこちらに近づく前に、ミナのスチーム・デトネイターが発動して水蒸気の爆発が数体のドライアードを吹き飛ばす。
轟音が響き、熱が去るとハルティアは駆け出した。
「よし、よくやった!死ねぇ!」
女騎士は横薙ぎの一閃で残る2体を砕き切る。
狂って実体化した森の妖精は、そうしてあっという間に蹴散らされた。
「初手で狂ったドライアードか……まだ常識的ですね、バグダンジョンにしては」
ミナが吹き飛んだ木々を見遣りつつそう言うと、「おまぁさんほんとにエルフらしくねぇのぉ。いっくらバグダンジョンてぇ躊躇なく木ぃぶっ飛ばす森人なんざぁ初めて見たぁなぃ」とカイムが息をついた。
「ま、私はある意味特別製なもので」
ミナはそうして笑い、道の先を見る。
なんだか歪んで見えるのは気のせいだろうか、と思いハルティアを振り向くと、「あそこにそのまま行くとひどい目に合うんだ」と言って懐から地図を取り出した。
「それは?」
「亡き仲間が作ってくれたマップよ。全く同じではなかろうが、ある程度役には立つはず―――あの歪みはな、テレポートの罠だ。前回は分断されてひどい目にあった」
そうして、マップに×が書かれた部分を指差す。
「ここに地下に潜る穴がある。ここを通らないといかんのだ」
「なるほど……」
ミナはその地図を見て、まるで長老の森だな、と前世の有名RPGのことを思い出す。
実際に天護の森の奥には、長老の木と呼ばれる古い樹木の根が地下に遺跡めいた空洞を形成していると言うがそれ自体は部族の聖地でもあるため、ミナ自身は見たことがない。
しかし、同じようになっているなら厄介だな、と思った。
「木に潜る感じです?」
「ああ、ここからは空間の歪みで見えないが結構な巨木が存在するはずだ。その根本に空いた洞穴に入る」
「了解です」
―――ますますあのゲームみたいだな、とミナは考えて、いつでも弓が使えるように霊木の弓を背負う。
そうして三人は歩き出した。
ダンジョンは未だ入り口である。
―――来た。
あの麗しい人が。
どうしてだろう。
どうしようもなく飽いている/厭いている/空いているのに。
彼女の瞳の輝きが脳裏に焼き付いているのは。
―――ゾクゾクと背筋が歓喜に震えるのがわかる。
その理由はわからない。
わかるはずもない。
この姿に成り果ててより一度たりとも抱いたことのない感情だったからだ。
「―――これが楽しみというものだろうか」
これまで知識として使っていた言葉が、自らの言葉になっていくのを感じる。
感じて―――ため息をついた。
その少年がその感情が何かを知るのは―――まだもっと後のことである。
探索は順調に進んだ。
ハルティアのかつての仲間が遺した地図は殆どが狂いなくバグダンジョンの内部を現していたのだ。
森の範囲こそ拡大はしていたが、内部はほとんど同じ……これは通常のバグダンジョンでは考えにくいことであった。
「……バグダンジョンにしちゃおかしいわね、これ」
ミナは地図を見せてもらいながら、独り言のようにそう言った。
「うむ。我ら以外にも挑んだ者たちに聞き込みをしてみたが、やはり最初はドライアードに襲われ、そして転移罠でひどい目にあったと言う。おそらくミナの感想は間違っていないな」
ハルティアは地図を巻いて背嚢にしまうと、そう言って森の中心部へ目を向けた。
そこには森の入り口からではわからない巨木が存在し、そのとこどころに開いた洞からは紫色の不気味な光が漏れている。
「普通、長く存在するバグダンジョンって構造を思いっきり変えていくものなんですけどね……これは結構只人の基準だと長く冒険している私でも見たことないですよ」
ミナは地面に触れて、その精霊力を感じてみる。
しかし、バグダンジョンらしく精霊は精霊語を吹きかけない限り駆動することはなかった。
「火や木や土はともかく、このままだと風の術が使えないか……」
バグの影響が強く、風の精霊が最も闇に飲まれていることをミナは感じてため息をついた。
後年、戦略兵器の魔王と戦ったときと同じく、風の精霊がほとんど働いていないのだ。
「矢避けが使えるか使えないかはだいぶ違うんですよねえ……」
「うーむ。私も古代語魔法での矢避けは使えんな。フィジカル・エンチャントとエネルギーボルト、後はファイアウェポンだけだ。ま、補助だな」
そんな話をしながらツカツカと先へ進んでいく。
ミナは斥候として罠に注意しつつ進んでいたが、ほとんど罠のたぐいは存在しなかった―――というよりは、破壊されていた場所が多かった。
「前は罠があった場所が壊されているな……我々以外にも誰か侵入者がいたと見るべきか」
「ま、関係はなかんべぇ。楽に進めるんならぁそれに越したぁこたぇねえわいやぇ」
途中で出会ったのは、通り一遍のゾンビ、スケルトン、そして少年が作り出したと思われるダークネイル。
また、レイスなどの亡霊たちも多く襲いかかってきた。
されども、強力な魔物はここまで一匹も見当たらず、拍子抜けをしていたのだが―――
ふと、ミナが立ち止まる。
次いで、同じ気配を感じたハルティアも。
「―――どうやら前回とは違う場所みたいだな」
「大物が出るって言ってた場所、ここじゃなかったんですか?」
「ああ、もう少し先の洞にいたはずなのだが―――」
ゴゴゴゴ、と今までなんの気配も感じなかった地面が揺れ動く。
揺れ動き、地割れて、そこから何かが姿を表した―――それは。
―――全身が腐り、肉はドロドロに溶け落ちつつあり、ところどころ骨が見える竜―――
目玉は四つ、腕は六本とバグダンジョンらしき異形を持ってその存在は現れた。
「腐り竜!」
それはコープスドラゴンと呼ばれる、アンデッドの竜だ。
ミナはとっさに鍛銀の剣を抜き、一歩下がった。
「ふたりとも牽制をお願いします!」
そうして剣を構えたまま精霊への呼びかけを始める。
「心得た。さあ、汚らしい竜よ、かつてと同じく我が槍のサビと為れ!」
そうして女騎士は槍を大上段に構え、疾駆した。
それを認識したのか、ドラゴンはその腐った腕を振るい、同時に腐食性を持つ腐汁が飛んでくる。
女騎士は腐汁を戦闘前にかぶった兜と鎧で受けた。
それもまた魔法の鎧なのか、腐食する気配は見えない。
『ボワァァァァァァァァァァァ!!』
次は雄叫びを上げ、その巨体を―――崩れ落ちながら再生する醜悪な肉の巨塊を持ち上げ、その六つ腕を同時に振るう。
ガン、と一つの爪がハルティアを捉えるが、それは槍によって防がれ、その衝撃は地面へと流されて彼女は大地に踏ん張った。
「ぬぅ!やるな!だが、まだだ!」
『グワァァァァァァ!』
手足の痺れも一瞬、その一瞬を狙ってハルティアを捕食しようとする腐り竜だが、しかしその鼻っ面にカイムの手斧が突き刺さった。
コープスドラゴンの感覚器官は、やはりそれは腐っている。
遠くまで認識ができないのか、近接戦闘を挑むハルティア以外は見えていないのか、悲鳴を上げながら手斧を投げたものを探し回る―――
『ギャァァァァァァァァァl!?』
それは恐ろしく大きな隙だった。
「いまぞやぇ!」
「言われずとも!」
彼女は痺れが消えるやいなや、大地を疾駆し、その魔槍を横薙ぎに一閃する。
するとドラゴンの右足が見事に切断され、そのままバランスを崩してどうと倒れ込む。
『ゴワァァァァァァァ!』
著しい腐臭を上げながら、ドラゴンの脚はじゅうじゅうと音を立てて再生を図るが―――その時、ミナの術が完成した。
「ハルティアさん!下がって!」
「承知!」
ハルティアは振り抜いた槍の衝撃を利用して、まるで棒高跳びのように地面に突き立てて飛び退り―――
「陽の火より来たりしもの、名もなきアメノホヒの子等よ。邪悪を討取る炎となれ。輝く破邪の穂となれ!」
そこにミナの術、破邪炎の精霊術セイントファイアが降り注いだ。
『グワァァァガアァァァァァァァ!!』
邪悪を焼き尽くす陽光の精霊が巻き起こす炎は、コープスドラゴンの全身を覆い尽くし―――しかしそれでも滅びることなく立ち上がろうともがき続ける。
ミナは鍛銀の剣を振りかざし、地面を跳ね跳んでもがくドラゴンの頭蓋に叩きおろした。
「よいしょぉっ!」
『ガッ!?ウグォカァ!?』
ガギン、と音がして、一撃目はドラゴンの頭蓋に亀裂を一筋与えただけ―――だが、それはハルティアにとっては十分なものだ。
「よくやった勇者殿!せいやぁぁぁぁっ!!」
ハルティアは先程と同じく棒高跳びの要領で跳ね跳び、もはや動くこともままならなくなったドラゴンの頭蓋にその槍を振り下ろす―――
『グァ!!』「なにっ!?」
が、その時、腕がまた振るわれ、紙一重で彼女はそれを躱して地面へと転がった。
「まだ抵抗するかッ!ドラゴンの生命力を持つ不死者とは厄介だなッ!」
ハルティアはどうにか態勢を整えると、ドラゴンを睨めつけた。
骨のみはつながったのか、ゆっくりと燃え盛るドラゴンは立ち上がり、そして。
そうしてコープスドラゴンはハルティアへ向けて突進を始めた。
『ガァァァァァァァァァァッ!』
「ハルティアさんッ!!」
ミナの声に、ハルティアは―――不敵な笑みを浮かべた。
「兄上から預かった魔槍だ―――舐めるんじゃぁないぃッ!!」
ハルティアは思いっきり振りかぶると、その槍を腐り竜へ向けて投擲する構えとなった。
『!?』
それを避けようとしたドラゴンだが、しかし―――
「せいりゃぁッ!」
カイムがなにかを投げた。
ドワーフはその短い手足から、投擲に向く種族ではない。
そのドワーフが投げたものであるなら、それはただの石礫などではあり得なかった。
投げたもの、それは―――
「くっくっく……飲めねぇ酒っちゃあるもんだでやなぁ!」
「飲めない酒ってまさか!」
その投げたものは……栓の抜かれた小さな瓶。
それは突進してくるドラゴンに当たると、パリンと砕けて中の液体が降りかかる。
―――燃え盛るその腐った体に。
途端にそれは気化し炎に引火して―――ドガン、と音を立てて爆発してドラゴンの肩口を吹き飛ばした。
『オガァァァァァァァァァァッ!!??』
コープスドラゴンは―――痛みがあるのかはわからないが―――痛みに叫び、その突進の速度は弱まる。
「メタノールですか!」
ミナが思わずそう口にした。
そう、それは木酢液を蒸留することで手に入るメチルアルコール―――木精である。
引火性が極めて高く人体への毒性を持つ有機溶媒であり、その味はエタノール、つまり酒によく似ているため偽酒によく使われ事故を起こすものだ。
火酒、即ち蒸留酒を好む山人らしい爆発物だ、とミナは思った。
「でかしたカイム殿ォォォォッ!!」
称賛の叫びがハルティアの口から響き渡り―――そして魔槍は彼女の手から放たれ、狙い違わずドラゴンの首に命中し、バガン、と先程の爆発にも負けぬ轟音を上げた。
それで終わりである。
腐った竜の首はそのままゴロリと胴体から離れ、地面にグシャリと潰れる音を響かせる。
そしてドジャア、と燃え残った腐汁を撒き散らしながら、胴体も地面に崩れ落ちて―――そのままブジュブジュと気色の悪い音を立てながら地面に溶け消えていった。
「いやあ、前より遥かに楽に勝てたな!あの時は―――1人死んだからな」
そう言ってハルティアは腐汁に塗れた槍を拾い上げ、布で拭く。
「そうでしたか……前回は神官の方はいらっしゃらなかったんですか?」
「ああ、いたとも。兄上は豊穣神の神官でもあったのだ。祈祷を怠っているはずもない。だから、これはきっとあの黒い悪魔に再度作られたものなんだろうな」
だから、祈祷をしていてもここにいたのだろう、とハルティアは言う。
「では先へ行こうか。もし、前回と完全に一緒なら、こやつが巨木へたどり着くまでの最後の関門だ」
「そう急くでねぇわ―――と言いたいけんどもぉ賛成だぇ。臭くてかなわんわいや」
カイムが鼻をつまんでそう言うと、ミナは「あはは」と笑って歩き出した。
「それにしてもメタノールなんて持ってるんですねえ」
「そいじゃぁ、冒険してっとぉ火薬だぁ油だぁが必要な時あっぺしたぃ。そう言う時、ワイの火酒を代用にされんのぁたまんねぇんでぁ。飲んちまぁねぇように別の瓶に入れてぇもってんさぇ」
カイムは憮然としてそう答える。
「結構危険なやつですけど、大丈夫なんですか……?」
メタノールはエタノールに比べて発火点も引火点も低い。
ぶっちゃけて言えば爆発しやすい危険物である。
「量はもってねぇえしぃ、小分けにしてっからまぁそんでぇねぇよ」
そうしてズカズカと歩き出す。
(ドワーフすげぇな……)
内心ミナは感嘆してその後を歩く。
ミナ自身はこの時は知らなかったが、メタノールを製造する前段階物質である木酢液は木材をよく扱うマガサロンの山人たちの中ではポピュラーなものであると言う。
木材乾留、つまり炭焼によって得られるその液体はマガサロンから隣国に輸出されているのだとも。
ミナがそれを知るのはこの森を出てからのことである。
そうしてたどり着いた巨木の麓からその頭上を見上げる。
既に太陽は落ちて、夜の夜中。
―――不死者たちの世界だ。
洞の中を暗視で見れば、ダークネイルにゾンビ、スケルトン―――そして今まで姿を見せていなかったものでは首なし騎士のデュラハンやレブナント……帰参者と呼ばれる下級吸血鬼が総勢20匹ほどが待機し、こちらを睨んでいた。
「ミナやぁ、あれぁさっきん術で焼き尽くすこたぁできんのかいや」
「んー……名もなきアメノホヒの子等の術は、神聖魔法の破邪の炎と違ってぶっちゃけ物理的にも燃えるんで、木ごと燃しちゃいかねないんですよね……」
ミナは鍛銀の剣を抜いてそう答える。
「―――ただ燃やすのであれば、いっそジンかフェニックスでも呼び出して燃やし尽くすってのも出来ます」
「いきなり放火はな……あのものをそれで取り逃がしてはコトだ」
炎の高位精霊たちを呼び出すことができることをさらっとミナは言うが、ハルティアは驚かない。
「驚かないんですね……?」
ミナがそう聞けば、女騎士は「いまさら驚かぬさ、勇者殿」と笑って肩を叩く。
「いや、ノーコメントで」
「フェニックスと契約できたものなど、近年では勇者ミナ・トワイライトくらいなもの。寡聞にしてそれ以外の使い手は知らんなぁ……」
じわじわと森の方面からもアンデッドが近づいてくる気配を感じながら、ミナは曖昧な笑みを浮かべて一筋汗を流す。
「まあ、追求はここを抜けてから行おう。聞こえているか、黒い悪魔!お前が望むミナ・トワイライトを連れてきてやったぞ!今からこの木を伝い、汝の下へ向かわん!震えて待っているがいい!!」
女騎士は大音声を上げ、黒い悪魔……少年へと宣戦布告する。
その声とともに、アンデッドたちは襲いかかってきた―――
『聞こえているか、黒い悪魔!お前が望むミナ・トワイライトを連れてきてやったぞ!今からこの木を伝い、汝の下へ向かわん!震えて待っているがいい!!』
少年は微睡みの中でその言葉を聞いた。
手には万年筆を持ち、何事かを書き記し続けている。
―――目の前にあるのは何だったか。
だいぶ忘れてしまっているが、それは人だったはずだ、と思う。
首をひねって考えるが、思い出せない。
―――まあいい。
少年はそう思考した。
あの麗しい人が来たのだと。
上古の森人の魂の輝きを持ちながら、どうしようもなく平凡で善悪を飲み込むよくわからない魂を内包したもの。
それは少年にとって、初めて見るものであった。
―――もうすぐ、来るんだね。
生身―――とは言えないが、実体で対面することができる。
そのことに少年の心は打ち震える。
打ち震え、笑う。
―――ガラスのようだった瞳に、薄暗い喜悦の色が浮かんでいる。
三日月のように赤い唇が弧を描く。
例えその喜悦が幻でも今は良かった。
―――目の前にあるものを、あの麗しい人のために造ろう―――
そう考えて、目の前にあるものに触れた。
―――それは、人のカタチをしていた。
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