異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第6話「まーかせて!永久に逆らわないようにしてやるからさ!」

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―――その日の15時30分ごろだった。

 

水道局の窓口に、ニット帽を目深にかぶった男が現れたのは。

 

男はきょろきょろとあたりを見回し、不審さを隠そうともせずロビーをウロウロする。

 

視界の端で、訪問した神森警察署の刑事が2階に上がっていくのが見えた。

 

…その時、男がこちらに突然飛び掛かるようにダッシュした。

 

「例のガキの母親だな!死ね!!」

 

「!?」

 

受付にいた茜に向けて、男は懐から取り出したガラス瓶の先にライターを押し付けるとそのまま投げつけた!

 

それは窓口の仕切りを飛び越え、中の机にぶつかる。

 

「火炎瓶!?」

 

年配の職員が驚いて飛び退る。

 

しかし、その火炎瓶が着火することはなかった。

 

……ミナのハンカチの加護である。

 

「ちょっとあなた!」

 

窓口を出て茜が男を捕まえようとする。

 

その間に女性職員が防犯ブザーのスイッチを入れた。

 

「くそっ!不発かよ!」

 

男は踵を返すと全力で駆け、そのまま水道局を出て外にいたバイクに乗って去っていった。

 

その時。

 

「火事だ―――!!」

 

裏手から大声が聞こえる。

 

(複数人による犯行!?)

 

茜はそれを察すると、大声で「避難する!みんな!」と叫んで、自分の財布とスマホの入ったバッグをひったくるように持つと、外へ駆け出し、119番通報を行ったのだった。

 

 

 

「―――というわけよ。もしかして例の半グレかしら」

 

はぁ~とため息をついて茜は瞑目した。

 

「どうせデータだの業務内容だのはデータセンターに保存してあるからいいとしても、この後が大変だわ……」

 

神森市の役所は業務をデータセンターへのリモート接続によって一元化しているため、そこは問題にはならない。

 

問題は、目の前で爆発寸前の爆●岩のようなアルカイックスマイルを浮かべた茜の息子だった娘である。

 

「なるほどなるほどなるほど。私はこちらの世界のクズどもを高く見積もりすぎていたらしい。あちらの世界のクズどもは、あの程度で十分腹を見せて二度と近づいてこなくなるものだったが、なるほどなるほど。魔導士、否、熟達した冒険者の恐ろしさを知らぬが故か。なるほどなるほど」

 

「……三郎?ミナ?おーい?」

 

茜がなみなみならぬ雰囲気にミナの目の前で手のひらを振ってみたが、反応はない。

 

「無駄ですよ、お義母様。こうなった時の義姉さんは……止められたことがない。国すら崩しかねませんよ、こうなっては」

 

瞑目してため息をつくルルから漂うあきらめの空気に、茜もまたため息をついた。

 

「……こういっちゃなんだけど、あいつら私たちの街を泣かせるクズどもだから遠慮する必要はないけど、やりすぎないようにね」

 

「まーかせて!永久に逆らわないようにしてやるからさ!」

 

拳を天に掲げて、ミナは宣言した。

 

そう、これが始まりである。

 

後に神森半グレ暴走事件と呼ばれる事件の……

 

そして、ミナとルルのこちらの世界での冒険の始まりであった。

 

 

 

それから数日もしないうちのことである。

 

神森警察署の暴力犯対策班は大忙しどころの話ではなくなっていた。

 

先日の水道局襲撃を皮切りに、県内外から半グレ集団の末端と思われるチンピラや暴走族が神森市に集結しつつあったからである。

 

犯人の内すでに三人は逮捕していたが、いずれも末端と思われるチンピラで、大した情報を持っていないことが判明していた。

 

このままでは警察の威信はおろか、安全な市民生活も破壊されてしまうとの認識で、署は全力で回っていた。

 

ダークグリーンのスーツを着た男、三郎の幼馴染である今野空悟はこの状況で寝ているわけにもいかないと職場に復帰していた。

 

逃げ遅れ、煙に巻かれたはずの彼は無傷で水道局の職員とともに脱出していた。

 

彼自身は全く覚えていなかったが、極限状況での無意識の行動ではないか、というのが医者の話である。

 

九死に一生を得た彼は、その正義心からこの事態にじっとしてはいられなかったのだ。

 

「いったい何が起きてるんだ……」

 

そんな空悟は部下や交通課の警官とともに、公民館を占拠している破落戸どもの排除を行っていた。

 

『解散しなさーい!解散しなければこちらにも考えが……』

 

スピーカーで警告をかけるが、なしのつぶてだ。

 

「爺さんに聞いた戦後の朝鮮人暴動めいてるな……なんなんだこりゃあ」

 

禿げた先輩刑事が苦虫を噛み潰したような顔でそう言った。

 

「最悪、こりゃあ県警から機動隊を回してもらわんといかんな」

 

「っすね……こんなの初めてですよ、警察入ってから」

 

「俺もだよ」

 

公民館から職員を追い出して占拠した30名以上と思われるチンピラ、破落戸は逃げ遅れた職員を人質に身代金と逃走用の車両を要求している。

 

当然、そのようなことが認められるはずもない。

 

相手は銃器を持っていることが予想され、慎重な行動が求められていた。

 

―――その時である。

 

ふわりと、周囲が霞む。霧か、霞か、視界が奪われる。

 

公民館を覆うように、突如として霧が発生した。

 

その霞が去ると同時に、突然バタバタと公民館の入り口で警官とにらみ合っている破落戸どもが倒れだした。

 

警官も、何人か。

 

望遠鏡で中を見れば、同じように中でもチンピラどもが倒れだしているようだった。

 

「……こりゃあ、なんだ?何が起きてやがるんだ?」

 

空悟もハゲの先輩も目を白黒させながら、倒れていく破落戸共を観察する。

 

なにもわかるはずもない。訳がわからなかった。

 

結局このときは、取り調べで半グレ集団と判明する31名の破落戸が麻痺、または熟睡した状態で逮捕されただけで終わる。

 

……彼らがなぜ突然そのような状態になったかは、いくら調べても不明のままだった。

 

 

 

破落戸共が倒れ始めてから遡ること2時間前。

 

ミナとルルのスマホに、半グレ共の犯行予告が届いた。

 

『西之森公民館を占拠した。人質にした職員を殺す。阻止したければ水門ルルの身柄を渡せ』

 

メールに書いてあったのはそれだけであった。

 

「これは私たち『黄昏の傭兵団』への挑戦である。いくわよ、ルル。誰が思い通りにさせるものですか」

 

「承りました」

 

邪神の空洞……ドミネーターの住処へ乗り込んだ4人が名乗ったパーティ名を出し、ミナは拳を握る。

 

二人は頷き合うと、西之森公民館へ向けて自転車を走らさせた。

 

自転車が公民館に到着するころには既に警察が公民館を包囲して大騒ぎになっていたので、見晴らしのいい近くのビルの屋上に上ると、公民館の敷地内すべてを対象に魔法を使ったのである。

 

「世界を支配する偉大なるロジックよ。大気を眠りの雲とせよ、微睡の空気を作り出せ。スリープクラウド!」

 

「世界を支配する偉大なるロジックよ。麻痺の霧を作り出し、有象無象の区別なく、その体を縛るのだ。パラライズミスト!」

 

二人の唱えた古代語魔法の効果が破落戸どもをすべて麻痺させ、眠らせたのである。

 

「さーて、これに抵抗できるやつはいないでしょ。撤収!」

 

「アイアイマム。でもデスクラウドじゃなくてよかったんですか?」

 

「人質も警官もいなきゃそうしてたわ」

 

「ですよね」

 

二人は物騒な会話を交わして家に帰った。

 

この事件は地元のトップニュースとなったが、不思議と県外では大きく報道されることはなかった。

 

当事件を始め、すでにミナたちはこの数日、何回もこの手の半グレ共の暴動事件を片付けている。

 

……もちろん地球上から物理的におさらばした半グレもだいぶいるが割愛しよう。

 

手加減一発岩をも砕くファンタジー世界で長年冒険者をしていたため、ミナは人間の更生というものにそれほど期待をしていないのだ。

 

だから、悪人の命を奪うことに躊躇はない。

 

かつての三郎だった頃ならば躊躇したろうし、実際ミナは躊躇したせいで―――この話はここではこれ以上はしないが―――ひどいことになったことがある。

 

その苦い記憶を思えば、悪辣な魔物や人間には容赦することは良くないことだという認識になっていた。

 

そして、せめてもの慈悲として罪科宣告……正義神の神聖魔法を封じた指環によって判別し、殺害する対象は「殺人を犯したことがあるもの」に限定している。

 

それ以外は以前のチンピラと同じく恐怖の魔法で精神を破壊してリリースしていた。

 

……それでも殺された半グレが二桁を下らなかった以上、この街の半グレたちがいかに社会の害悪であるかが分かろうというものだった。

 

―――死体はルルが回収し、いずれネクロマンシーでゾンビに変えて、真夜中に石でも飲ませてから海の底にでもダッシュさせれば水死体のいっちょ上がりである。

 

後は水底に沈んだことを確認したらゾンビ化を解除すればいずれ魚や甲殻類が食い尽くすだろう。

 

コトがバレるのは何年も後だ。

 

これを許可するミナが勇者とは信じられないだろうが、安心していただきたい。

 

彼女は異世界でも信じられないことをする勇者として名を轟かせていたのだ。

 

悪名とも言うが、それはそれとして話を戻そう。

 

「拠点は分散してるわね……しかも街の外からクズどもが押し寄せてきてるみたいだし、こりゃ長期戦になるわ」

 

「まあそうなりますよね」

 

二人は半グレの多い商店街を避けて行動している。

 

すでに何回か、上役から元が辿れないかとやってみたが、不思議なことに2~3階層上まで聞くと、それ以上は誰も知らない、顔も知らない名前も見たことがない、と口を揃えて言うのでそちらから大本へたどり着くのは諦めていた。

 

魔法まで使ってそれなのだから、相当巧妙なことをしているのだろうか、とミナはため息をつく。

 

今は西之森町の公民館、昨日占拠事件の起きた場所近くの喫茶店にいた。

 

紅茶を一口含むと、「それにしてもここまでルルに執着するなんて、単に惚れた腫れただの、珍しい容姿だから売ってお金だの、そういう目的じゃなさそうね」とつぶやいた。

 

「そうは言われても、僕にはこの世界に知己も伝手もありませんし、理由が思い浮かびませんね」

 

「そうよねえ……謎というか、意味不明ね。まるで操られてるって感じ」

 

ミルフィーユをフォークで切り分け、一切れ口に含む。

 

クリームに混ぜられているイチゴの味が口中に広がった。

 

「まあ謎解きは後にしましょう。まずは事件を一つ一つ丁寧に雑に解決していくのが先よね」

 

そうしてまた一切れ、ミルフィーユを口に入れた。

 

―――後ろの席でこちらをチラチラ見ていた男が、チラチラ見ることもできない哀れな姿になったのはそれからちょうど15分後のことだった。

 

 

 

ボロ雑巾にして身ぐるみ剥いで、恐怖の魔法で精神の平衡を奪ってから路地裏に捨てたチンピラを刹那で忘れた少女は、時計を見る。

 

「今日は夕飯用意してきたし、カーチャンも今は自宅待機だし、家にいれば安全だから次に行きましょう」

 

てってっと小走り気味に歩く。

 

向かう先は廃工場……かつてこの街が車輪とエンジンで栄えていた頃の寄す処を残す場所だ。

 

すでに内部の製造設備は撤去されて10年以上、残るのはガラクタと廃棄物のみ。

 

今や土地の所有者も再利用を諦め、ただ朽ちるがままにされている夢の跡だ。

 

しかしながら、現在でもその門は固く閉ざされ、侵入者を拒んでいるようだ。

 

二人は身のこなしも素早く扉のわずかな取っ掛かりに足をかけ、有刺鉄線を無視して中に入った。

 

空気が淀んでいる。

 

その感想を口にすることはない。

 

負の生命の精霊力、つまり死に関する力が精霊力を感知するまでもなく感じられたからだ。

 

アンデッドを作るそれは、死に近い場所、死体や墓地に強く働く。

 

それが工場内の空気を淀ませていた。

 

「うっへー……やっぱ人殺しとかやってんのかしらね」

 

「そりゃやってるでしょう」

 

ミナはメリケンサック……ではなく、赤色の刀身を持つショートソードを腰に吊っていた。

 

真銀の拳鰐と一緒に買ったヒヒイロカネの剣だ。

 

切れ味は鍛銀の剣と同等だが、より重く、魔法の力を乗せやすいミナの愛用品である。

 

「さて、人の痕跡はあれども人は見当たらない、と……」

 

草むらと化した建物の外には、所々に煙草の吸殻や食べ物、飲み物、酒などの雑多なゴミが見当たった。

 

どれもこれも真新しいもの、少なくとも数日は経っていないようだ。

 

どうやらここに何者かがたむろしていたのは間違いなく、そこに負の生命の精霊力が感じられるということは、ここで何者かが死んだのだろうということだ。

 

「内ゲバかなあ……あーやだやだ。粛清とかもう考えたくもない」

 

僅かな疑心暗鬼から国そのものを滅ぼした愚王が知り合いにいたことを思い出して、うへぇ、と彼女は嫌そうに舌を出した。

 

目以外をマフラーで隠して、二人は工場の裏手へ回る。

 

きっと従業員事務所の出入り口があるはずだ。

 

もし半グレ共がいても、全員眠らせてしまえばよい。

 

もちろん気づかれないのが一番だ。

 

ケータイで仲間を呼ばれては面倒である。

 

結局の所、遠くからスリープクラウド作戦が使えれば良かったのだが、工場が広すぎたのが悪かった。

 

草をかき分け、裏手にたどり着き、鍵のかかっているステンレスの扉の鍵を開ける。

 

アナログの鍵で開きそうだったため、ルルに目配せしてからミナはバッグからヘアピンを一本取り出した。

 

昨日100均で買った安物である。

 

それを針金状に伸ばすと、それを使ってものの数秒で鍵を開ける。

 

本当に誰も管理していないのであろう、警報はなかった。

 

「これでよし。行くわよ、ルル」

 

「はい。トラップは?」

 

「こっちの世界じゃ、工場にトラップなんか仕掛けて誰か大怪我でもしようもんなら、工場の主が官憲に捕まっちゃうのよ。床が腐ってたりするかもしれないから、それだけね」

 

そっと扉を開け、内部に侵入すると、そこはシンと静まり返り、この10年の空虚を感じさせる。

 

床がギシリと軋むが、腐っていたり、穴が空いていたりという場所はないようだ。

 

ただ、回収されなかった物品が乱雑に散らばっているのもわかる。

 

地震か何かで散らばったのであろう。

 

それでも安普請ではなかったのか、建物の損傷はそれほどではないのは助かった。

 

「もしかして震災の頃からずーっとこのまんまなのかなあ。ここらは震度4くらいだったけどさ」

 

「ああ、トーナンカイ大震災でしたっけ?」

 

「東日本大震災よ。そっちで起きてたらこんな平和な国のままじゃいられなかったでしょうよ……」

 

ミナはルルの間違いを正すと、廊下に無造作に置かれていたホコリまみれの机を見る。

 

埃を払ってみれば、そこには「200X年、****株式会社撤退記念」と油性マジックで書かれていた。

 

「兵どもが夢の跡ね……ここが夢の墓場なら、そこに巣食う悪霊は、生きてようが死んでようが”お祓い”しなくちゃね」

 

「一応ミナさん、神官ですしね」

 

「一応は余計!中央大神殿の大神官の資格も持ってるバリバリの女神官なんだからね!自分でもまっっったく似合わないと思うけど!」

 

「知ってます。痛いから叩かないでくださいよ」

 

ルルの額にチョップを食らわすと、ミナは剣を抜いて、その先に照明の魔法で光を灯した。

 

「何が出るかな~半グレ以外が出るといいな~まあ絶対でないけどねぇ~」

 

楽しげなミナの声がかすかに闇に響いた。

 

人間以外のものが出るとすれば、野犬や逃げ出したペット程度だろう。

 

それ以外のものが出るとしたら……

 

「……まあ、魔法が使えることもあるしね。こっちの世界の非常識が出ても不思議はないかも。出てきたら返り討ちにすればいい」

 

少女はニヤリと笑う。

 

ニヤリと笑って、歩き出した。




ぬぽぉ……

2020/7/11
・ちょっと修正。ま、そらそうや。

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