異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第61話「敗北の詩 -昔のお話⑦-」

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―――それはかつてのハルティアたちの仲間そのものであった。

 

見れば、只人の男戦士、小人の女斥候、そして同じく只人の男魔導師のようだった。

 

そうして虚空から声が響く。

 

『来てくれたんだね、麗しい人……彼らは歓待の……歓待のために用意したんだ。楽しんでいってほしい……』

 

感情が殆ど見えない、しかし薄っすらと喜悦の混じった少年の声が響く。

 

『……そうそう安心してほしい。ワタシはあまり生者の魂を扱うのが得意ではないから、彼らの魂は解放してあげたから、たとえ倒したとしてもあなた達に罪ができるわけではないよ』

 

ミナはその言葉に思い出す。

 

アンデッドには二種類ある。

 

即ち、生者が何らかの方法で転化し堕ち果てたもの。

 

そしてバグによって生まれた存在自体が闇から生まれ闇に滅びゆくものだ。

 

「……つまり、この3人はハイブリッドってこと?悪趣味な奴……」

 

その吐き捨てた言葉に、声は嬉しそうに反応する。

 

『そう、ずっと続けてきた研究なんだ。理を覆すものを作りたいんだ。造らなければならないんだ―――だから、早くこっちへおいでよ』

 

それだけで声は消える。

 

残ったのは、三つのリビング・デッドのみ。

 

「ふっ……ふざけおって……!もし、いくら魂が残っておらぬからと言えど、あやつらの死体を辱めるとは……!」

 

ハルティアは槍を握りしめてそう激昂した。

 

カイムは、少し静かに目を瞑ってから「一息にぃ殺してやるでんなぁ」と怒りを押し殺した様子で笑った。

 

ミナはただ無言で「吹雪」を構え、そして精霊へエルフの言葉で呼びかけ始めた。

 

「名もなきアメノホヒの子等よ……」

 

ミナがそこまで詠唱した時、小人の女斥候―――ショウヨがミナへ向かって走り出した。

 

その瞳はガラス玉のように何も映してはいないと言うのに、ミナの足元へ向けて結構な速度で追いすがる。

 

ミナは呪文を中断することなく、「吹雪」を手放してバク転でそれを回避すると、呪文を完成させた。

 

既に男戦士バダムはハルティアにその剣を向けており、男魔導師ストロデもまた古代語魔法の詠唱を始めている。

 

だが、ハルティアとバダムが戟を交える前に、ストロデの魔法が完成する前に、ミナの呪がカタチを得る。

 

「ハルティアさん、下がって!邪悪を討取る炎となれ。輝く破邪の穂となれ!」

 

ハルティアが戟をする力をわざと抜いて、後ろに飛び退る。

 

「一息に殺れ!苦しませるな!!」

 

女騎士の怒りに任せたその叫びと同時に、ゴウ、と炎穂が3人の遺体を覆い尽くす―――が、しかし。

 

「コープスドラゴンをぁぼうぼうに燃やしたぁが、効いてねえってかぇ?どういうものにしたってぇんだわ……!」

 

カイムは仕込み刀をミナを襲ったショウヨだったものに向けつつ、冷や汗を流した。

 

「チッ!これは……バリアチェンジか!」

 

ミナはとあるバグモンスターと戦ったときに見つけた、自らの魔法防御耐性を変換する能力について、某有名RPGのそれを真似て名付けた現象の名を叫んだ。

 

「なにっ!?」

 

「気をつけて!耐性がコロコロ変わる強化を受けています!」

 

転がった「吹雪」を拾い上げて構え、ミナはそう叫んだ。

 

「くっ……!なんと厄介な能力!だが、我が魔槍ならばそんなものは関係ない!」

 

「力でぶった切るしかありませんね!カイムさん、そちらは任せます!まずは、私は―――!」

 

ミナは駆け出す。

 

『偉大なるロジックよ……』

 

「させるかぁッ!!」

 

「吹雪」が一閃し、ストロデだったものの持つ魔法の発動体、つまり杖を破壊する。

 

「……」

 

「これで古代語魔法は使えまい!死ねぇ!」

 

ミナはそうして、ストロデだったものを袈裟に斬りつけ―――その体は、斜めに半分になって地面に転がった。

 

「……やった、か?」

 

ミナはそうして、死体に剣を向ける。

 

まだ、動き出す可能性があったからだ。

 

『―――稲光を矢と成せ。矢は電光となりて我が敵を撃て。サンダーボルト』

 

半身だけの遺体は口を開き、ミナへと雷の矢を放つ。

 

発動体を隠し持っていたのだろう、彼の古代語魔法は止まることなく発動してミナを直撃する。

 

直撃させて、そしてそのまま遺体は沈黙するが―――直撃は直撃であった。

 

「しまっ、ガッ!?」

 

ミナはその衝撃にのけぞり、しかしその威力はミナを倒すほどではなく、そのまま後ろへ転がり、ハルティアと戟を交わすバダムだったものへと短剣を投げた。

 

転んでもただでは起きぬとばかりに放たれたそれは、見事にバダムだったものの脳天に突き刺さり、一瞬の隙を作る。

 

既にマザロンの落とし丸の効果は切れていた。

 

「ぐおおおおおッ!?は、鼻の中がいたぁぁぁぁぁいい!!」

 

「でかした、ミナ!迷うなバダム!」

 

痛みに転がるミナをハルティアは称賛し、そして返す槍でその首を断つ。

 

ゴロリ、と首が転がり、ハルティアは槍を向けたまま―――再生を憂慮して―――しかし、はっきりとした口調で言った。

 

「昔より私が強くなったのか、それとも君が弱くなったのか。わからぬが私の勝ちだな。彼女のナイフは……アンデッドの再生力と膂力の分のハンデだ」

 

そうして、体にも魔槍の一撃を打ち付け―――それは真っ二つになって崩折れる。

 

ミナは痛みに転がりながら、小人の少女だったものと戦うカイムを見た。

 

しかし、カイムもさるもの。

 

素早く小さくちょこまかと動くショウヨだったものを相手に、不動のまま立ち会っている。

 

繰り出される短剣の一撃は仕込み刀によっていなされ、弾かれ、彼の肉に突き刺さることはない。

 

「ま、ワイらぁん言えたこっちゃぁねぁがいね。連携って戦うのがぁお前らぁ3人の強みじゃぁったぇ。個人個人ならこんなもんじゃいやぁ」

 

仕込み刀をリュートに納め、カイムは瞑目する。

 

冷たい死の気配が高速で接近する。

 

シャン、と鈴のような音色とともに刀が引き抜かれ、振り抜かれた。

 

ゴロリ、と少女の首が地面に転がる。

 

もう一撃でその体も、バダムだったものと同じように縦に真っ二つとなった。

 

「……盗賊の術をぁおまぁに教えたァんはワイぞ。体だけぇでワイには敵わんわぇ」

 

寂しげにカイムはそう言って、納刀する。

 

「居合、斬り……」

 

鼻を押さえながらミナがそうつぶやく。

 

カイムはなんとも辛そうに、「さて……」と天を仰いで―――

 

立ち上がったミナに押し倒された。

 

「!?」「まだです!」

 

地面にビタンと叩きつけられた瞬間、真っ二つになったままのショウヨだったものの手から短剣が放たれ、さっきまでカイムが立っていた場所を通過していった。

 

「まさかぁ!?」

 

「まさかのまさかですよ!まだ動きます!ハルティアさん!」

 

ミナが警告する前に、不死者が取り落した剣を拾うよりも早く、ハルティアの刺突が七度バダムだったものの体を突き刺した。

 

「わかっているとも!」

 

残った肉片もまるでミンチにするようにバンバンと何度も槍で叩き潰す。

 

ミナは残ったショウヨだったものの残骸を蹴り飛ばした。

 

「ミナよぉ……」

 

「わかってます。アレはそういうものです。放っておけば再生するだけです……多分、あの分だと装備なんかにも復元の呪詛がかかってる」

 

「いずれぇジリ貧になう、ちゅうぅこっちゃぁなぇ……」

 

カイムの悔しそうな声に、ミナは瞑目して―――答えを出した。

 

「ハルティアさん、カイムさん。元お仲間は―――火葬してもよろしいでしょうか」

 

ミナは刮目し、二人を見る。

 

「あぁ、やっちまったってぇくりゃえ」

 

「無論だ。間違いなく殺ってくれ。一思いにな」

 

二人は微笑んで、そう言った。

 

あんなもの、見ていたくはないのはミナと同じなのだろう。

 

「ふたりとも私の背から離れないでくださいね」

 

ミナはそう言って二人の前に立ち、上古のエルフ語を唱え始める。

 

「不死なるもの、生死を導くもの、輪廻を司るもの、神々と精霊の橋渡しを成すもの、魂の救済者にして冒涜者、炎天を支配する翼―――」

 

ミナが掲げた手に集まるものに、魂なき死体でも恐怖を感じたのか、3体のアンデッドたちはズリズリと近寄り、一つになろうとしていく。

 

「……なるほど、つまり、そういうことかぇ」

 

カイムは納得したように頷く。

 

「ああ、そういうことか……しかし、先程の術も効かなかったのではないか?大丈夫か?」

 

ハルティアが、その獰猛な目に似合わぬ不安そうな目をミナに向けてきたので、ミナは大丈夫であることを示すようにニッと歯をむき出して笑った。

 

そして―――詠唱が完成する。

 

「鋼の秘密を封ずるもの!火の鳥よ!不死鳥なりしフェニックスよ!我が前にある霊を運命の円環へ迎え給え!光は肉に、肉は光に、闇の円環を断ち切らん!!」

 

ミナの言葉とともに掲げられた手を中心に光が爆ぜ、炎と燃え、燃え輝く鳳凰が顕現する。

 

「―――言っとくけど、もう一回は確実に使えるからな、ノーライフキング!首洗って待ってろよ!」

 

ミナは怒りに任せて、日本語でそう叫ぶ。

 

「これは―――焼却ではなく、昇赫!赤く赤く燃えて、天に昇れ迷えるものよ!」

 

炎の翼が奔る。

 

奔り、そして三つの遺体を巻き込んで―――光となって消えていく。

 

「炎耐性だのバリアチェンジだの鬱陶しいものには引っかからない……炎の高位精霊フェニックスの炎は輪廻と再生を司る!連なる精霊は名もなきアメノホヒの子等!このフレイム・オブ・リーインカーネイションの前に、あらゆる不死者は無力よ!」

 

ミナは消滅した三人の遺体がいたところに立ち、そう言って上を指差した。

 

「悪趣味なことした上に、私にここまでやらせたな……?いいか、貴様はただでは済まさんからな!!」

 

ミナはそうして、深く深く息をつく。

 

「……大丈夫か、ミナ?」

 

ハルティアはふらついたミナを抱きとめ、心配そうにそう言ってから「すまんな。かつての仲間のことで煩わせた」と謝罪した。

 

ミナはそれに首を横に振り、「昇天する魂が見えませんでしたから、彼らが魂を持っていなかったことだけは本当だったようです。謝罪はいりませんよ」と微笑む。

 

「とりあえず少し休んでから、上に行きましょう。おそらくはそれが最後です」

 

「あぁ、待っとぅるんでゃろなぁ、あの黒い悪魔は」

 

カイムはドワーフ式の合掌を三人の遺体があったところへして、怒りに表情を燃え上がらせた。

 

「……こだぁらことやらかしたあの悪魔をとっちめてやらぁなにゃあ」

 

カイムは歩き出す。

 

ミナとハルティアもそれに続いた。

 

残すは最上階のみ、という確信がある。

 

残すは―――

 

 

 

終わったか。

 

やはり実験は失敗だ。

 

魂の再臨、再生、再誕―――

 

いつから研究していたのか、どうして研究していたのか、すっかり忘れた脳の中をいくら検索してもそれは出てこない。

 

出てこないから探さないというのは間違いだ、と思う。

 

ワタシはそうして夢見るように、麗しい人を待つ。

 

―――ああ、どうしてこう―――

 

 

 

階段をゆっくりと慎重に昇り、最上階を封じる扉をミナは押し上げる。

 

カイムにもミナにもそれは罠はないとわかる。

 

ないとわかっていても、慎重に扉を押し上げた。

 

開けた視界の前にあったのは、大量のガラスの管―――それも人が入れそうなほど大きなものである。

 

そこに押し込められているのは、様々な人や動物や植物や器物―――それらが色とりどりの、ただのその色だけを見れば美味しそうなカクテルのようにも見える液体に浮かんでいた。

 

あるものは異形となり、あるものはそのままの姿で。

 

あるものは別の生物や器物に絡みつかれ、おそらくは別の物に覆われきったと思われる一部だけが露出したものもあった。

 

それらは既に物であり、フェニックスの術を使ったミナには、魂の抜けきったガランドウにしか感じられない。

 

それでもミナは言わざるを得なかった。

 

「うっわなにこれ……明らかにマッド……」と。

 

「出てこい、黒い悪魔!3年前の復仇、果たさせてもらおうか!!」

 

ハルティアが大音声を上げるが、反応はない。

 

「……壊すっけぇ」

 

カイムが手斧を振り上げて、投擲をしようとした瞬間に緩やかな声が響いた。

 

「―――駄目だよ。それはワタシのもの。魂は解放してあげたのだから、死体くらいはワタシが使ってもいいでしょう?」

 

ふらり、と奥から、まるで影が染み出すかのように首を傾げた少女のような少年が姿を表す。

 

以前のうつろな雰囲気と違って、今は妖気すら感じる不気味で美しい笑みを浮かべた少年が。

 

「ご対面ね……てめえ、あそこまでやってただで済むと思ってねえだろうな?」

 

ミナは眉間にシワを寄せ、男口調で静かな怒りを示して黒い悪魔を睨めつける。

 

睨めつけた先を見れば、手術台らしきものを始め、多くの実験器具や手術道具と思われるものが収納された棚がいくつも見受けられた。

 

「貴様、これだけやるのにどのくらいの人間を!」

 

「いくら……と、言われても。ワタシは……この森への侵入者を殺したほかは……アンデッドを呼び出しているだけだもの。そんなこと、言われても……実験記録では……ほんの60人ばかり……挑んできた……のだから、殺されても……苦情は言わないで……ね?」

 

キョトンとして悪魔はそう宣う。

 

「信じられるかッ!?そこに直れ、討ち果たしてくれん!」

 

ハルティアが槍を向けると、その少年はやはり首を傾げて「えっと、なんで?」と答える。

 

「必要があれば……実験記録も見せてあげるけども……ワタシ、生きてる魂ってニガテで……解放するから……ぐちゃぐちゃしたのもニガテだから……森の外に出しちゃうし……バグ……闇に囚われると……ね?」

 

「だぁら、なんでぇ輸送団の本拠を狙ったぁ?」

 

カイムに聞かれても、少年はやはりキョトンとしていた。

 

「……実験、だけど。ワタシが、森の外に出る、実験」

 

そうして少年は水晶で出来たパネルのようなものを呼び出す。

 

ドシン、と大きな音がしてそれに浮かぶ文字と図―――そこには、エルフの文字で『不死者を用いたリアリティミラージュの永続確定法』と書かれていた。

 

「―――失敗、したけど。あの、ワタシのオリジナルの……いい名前、つけてくれたよね、麗しい人……ダークネイルでは、力が足りなくて、すっと消えちゃった……」

 

朗々と少年は唄う。

 

―――飽いている/厭いている/空いている。

 

胸に空いた虚を埋めるために、森を出て、森の外で、使命を、実験を続けるのだ、と。

 

そして、それは彼自身が言っていた「挑むものを殺す」から「自らが選択して殺す」へと彼の行動が変わることを意味した。

 

それも、世界の平和を乱すものを倒すとか、迷宮に潜む魔物を倒す、などというものではない。

 

人を殺すのだ。

 

平和に生きている人を殺すのだ。

 

魔物らしく、なんの罪もない―――とは言えないだろうが、少なくとも、罪がないと信じているものを。

 

「んなことさせないわよ……ここで死になさい、不死者!数える罪が少ないうちにねッ!!」

 

ミナは「吹雪」を抜いて少年を睨めつける。

 

「同感だ。貴様はここで殺す。そして兄上をもとに戻すのだ」

 

冷たい声でハルティアが魔槍を左前に構え、いつでも薙ぎ切る準備をした。

 

カイムは無言、ギロリと睨み、リュートを携える。

 

―――そして、勇気の呪歌が辺りに響き、それが開戦の合図となった。

 

 

 

しかしながら、開戦の合図は、それは既に敗北の序曲とさえ言える状況であった。

 

薄く嗤う少年は、しかし油断をしているようではなく、シャン、と澄んだ音をそのドレスのそこかしこについた黒い鈴から鳴り響かせる。

 

「堆く積れよ、死。大地に蒼空に穿たんばかりに積もり、多くを覆い、残りしものもまた覆わん。死よ、死よ、死よ、死よ」

 

少年がその妖艶とも言える肢体を踊らせ、神楽がごとくに呪を唱えれば、そこには音もなく彼の眷属……死の王の従者である首なし騎士が四体現れた。

 

その鎧はそれぞれに、黒、赤、白、そして蒼白きを超える真の青褪めし藍青に染まる。

 

「こやぁ……!」

 

「病たる死よ、戦禍い死よ、飢えたる死よ、死にして死なるものよ。吼えよ―――クリエイト・アポカリプス」

 

四騎の「馬に乗りし者」が声にならぬ声を上げる。

 

その声は、紛うことなき死の概念そのものとなって3人を襲ってきた。

 

その波は、こちらの命を冷えさせ、貶しめ、死に引きずり込もうとする強烈なる強制力そのものである。

 

即ち、それを聞いたものには死が、逃れ得ぬ死が訪うのだ。

 

「ぐわぁぁぁぁぁっ!?」

 

「おいぃ……こいつぁぁぁぁ……!?」

 

ハルティアとカイムは苦しげに呻く。

 

ミナは即死攻撃への耐性をある程度持つブルーリボンを装備しているから、まだ影響は出ないがそれも時間の問題であった。

 

「やばい!?桁違いだこれぇ!?」

 

ミナは慌てて負の生命の精霊力を打ち消すため、素早く呪文を唱える。

 

「生命と記憶を司りしクオリアよ!闇の円環より来たりし生命を打ち消し、我等を死より守り給え!代価は我が終わりを近き日に!遠き日に誓いは果たされん!」

 

寿命―――どんなに熟達した精霊使いでも20年は寿命を持っていかれるのと引き換えに死にまつわる呪と負の生命力を打ち消す、精霊術の第七位階にして禁呪の一つ、サプレス・マイナス・ウィータが唱えられた。

 

光が爆ぜ、青白く変色仕掛けていたハルティアとカイムの顔色が一瞬にして元に戻る。

 

そして、ぜぇぜぇと息をつくミナを見て、ハルティアは叫んだ。

 

「ミナ!それは!」

 

「20年かそこらよりここを生き延びるほうが先でしょう!第一ハイエルフの20年なんて、ヒューマンの1ヶ月よ!!どうだあぁぁぁっ!!」

 

ミナの絶叫とともに、声なき声が、生きとし生けるものを死へと誘う恐るべき気配が消えていく。

 

しかし、長く保つものではないことは三人とも承知の上だ。

 

ミナは赤い「馬に乗りし者」に狙いをつけて床を蹴った。

 

そして、その胴体を両断しようとするが、しかし赤いそれはその長槍をもってミナの斬撃を防ぐ。

 

ギリン、と金属音がしてミナはたたらを踏んで後ろへ二歩下がった。

 

「一撃じゃやっぱり無理か!人にぃ!ウルト○ダイナ○イトめいた技使わせやがって!」

 

ペ、と口の中の血を床に吐き捨ててから、「吹雪」に祈りを込めて正眼に構える。

 

「ハルティアさん、右の白と黒を頼みます。私は左の赤と青で。カイムさんは勇気の呪歌を続けてください。近接戦の切り札を切ります」

 

彼女らの両サイドを「馬に乗りし者」が二体ずつ、そして随分と離れて正面には―――不気味に嗤う少年。

 

周囲を囲まれ絶体絶命に近い状況で、ミナはニッと笑った。

 

「承知した。では、征くか。まさか黙示録の四騎士を模した不死者まで使うとはな―――なんとも、前回は手加減されていたということかな?」

 

もはや笑うしかない、とハルティアは微笑む。

 

「ま、死ぬ気はないがな。そうだろう、ふたりとも」

 

カイムは歌を歌いながらうなずき、ミナも同じ思いで叫んだ。

 

「そりゃあもちろんですよ!見てろよ、スケスケエロ装備のボンテージボーイが!目にもの見せてくれるわ!」

 

ミナはそうして「吹雪」を大上段に振り上げる。

 

「降り積れ白き雪よ、深く深く積もりゆき、薄く烟る雲を吹き散らす『吹雪』となれ!」

 

ミナが、古代語をもってそう唱えると、柄に刻まれた雪の結晶が白く輝いた。

 

「ほう、それがその剣の真の姿か」

 

「ええ……ホントは、一緒に持ってたほうが強かったんですけどね……でも、今はこれが精一杯」

 

「よかろう。私もこの魔槍の真の力を見せようではないか―――」

 

たとえ、それが致命に至るとしても、と彼女はつぶやいた。

 

目の前で蠢く黙示録の四騎士のようなものを出された時点で、もはや決死としか言いようがないのだ。

 

こちらの世界の聖書にある黙示録の四騎士は、この世界においては伝説や神話に語られる真実の死そのものであり、目の前のこの「馬に乗りし者たち」はそれを模した死霊術の大奥義である。

 

即ち、この少年のような姿をしたものは、ただのリッチーではなく最高位の怪物そのものであることを示していた。

 

ミナは思う。

 

―――これが成長したら、肉を失い、精神が腐れ堕ち、完全なバグと化した時、世界の調和は完全に失われるのではないか?

 

ガザリ、と一瞬ラジオのノイズのようなものが聞こえた気がした。

 

「世界の敵が相手たあ、丁度いいじゃない!『吹雪』!薙ぎ払うわよ!」

 

その刀身は青く輝き、ミナが持つ柄を除けばそれはほとんど―――測定すれば絶対零度に近いだろう、即ち凍気を超えて停止の領域に至っていると言える正真正銘の魔剣としての力を発揮しつつあった。

 

「トァ―――ッ!!」

 

その剣を振り抜くと、先程は止められた赤の者の槍がものの見事に両断される。

 

だが、折れた槍は即座に修復され、しかしミナの猛攻が止まることはない―――

 

青の者が繰り出した戦鎚もまた、赤の者の長槍と同じように砕け落ちた。

 

「次で落とす―――輝け、冬の嵐よ。煌け、冷たき風よ!」

 

びょうとミナの剣に氷の粒が集まり、それは見る間に雪の結晶になり、剣に吸い込まれていく。

 

一振りするたびに周囲が凍結するそれをミナは明らかに青ざめた手で保持して、ギロリと赤と青のデュラハンのようなものを睨めつける。

 

「『吹雪』が力の最奥をここに!さぁ、我慢比べと行こうか、黙示録の四騎士もどき!」

 

ミナの振るう「吹雪」のそれは確かに最奥と言える力だ。

 

ミナは「凍結剣」と呼んでいるその術技は、文字通り触れるもの総てを凍結させるものだ。

 

ぶっちゃけて言えば―――その対象にはミナ本人すらも入る。

 

どちらが氷の柱と砕け散るか。

 

これはその勝負であった。

 

―――そして一方、ハルティアはと言えば。

 

「ィィィィィェァァァァァァァァァッッッ!!」

 

まるで猿叫の如き絶叫をもって、その槍を振るっていた。

 

目には狂気の光―――それは魔槍に秘められた狂戦士の魔力を解放した証拠である。

 

黒き者の剣と白き者の斧と、女騎士……否、今や狂戦士と化した女の刃が交わる。

 

「ォォォォォォォォォォォォォッ!!」

 

ハルティアの普段の膂力はミナと同程度か劣る程度のものである―――だが、今のハルティアのそれは遥かに凌駕していた。

 

事実、ミナが赤き者に剣閃を止められたのだ。

 

しかし、今は全員がお互いにほとんど同じ力を持つ「馬に乗りし者」どもを圧倒する膂力を振るっている。

 

「ぐぅぅぅぅぅぅぅぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

苦しげにハルティアは呻き、その槍を大上段より魔へ振り下ろす。

 

狂えども、なおその槍から術理の光は消えてない。

 

―――これがハルティアの魔槍、赤水晶の槍の力である。

 

その赤水晶は、森人と恋に落ちた錬金術師が作り上げたという魔石であり、それは見るものを狂気に落とした。

 

それをある山人の匠が槍へと鍛え上げたという伝説を持つ槍である。

 

槍を使いこなせるものは、普段の術理を忘れることなく自在に狂戦士へと変ずることができるようになる―――

 

臓腑を削る激痛と引き換えに。

 

「うぐわはははははははは!ナニスルモノゾォォォォォ!!アアァァァァァァッ!!!」

 

ハルティアは絶叫の如き哄笑を上げて黒と白の「馬に乗りしもの」に躍りかかる。

 

―――二人がともに、切り札を出した。

 

身を削り魂削る切り札を切った。

 

その様子を、薄く笑みを張り付けたままで黒い肌の少年はただ見つめている。

 

見つめて、その様子を美しいと思った。

 

今までにもここまで登ってきたものはいたはずだ。

 

上ってきたものはいたはずなのだ。

 

しかし、このような感動を彼が覚えたことはない。

 

だからこそ。

 

彼は今、愉しんでいた。

 

「馬に乗りしもの」が回復すれば必殺の死の息吹が飛んでくる。

 

それまでに四人ともを切り捨てられなければミナたちの負けだ。

 

『勇者よ、勇者よ、勇者よ……』

 

カイムの呪歌はどれほどの効果を及ぼしているだろうか。

 

身体能力では当然意志ある者たちを上回るが、術理と何より一撃必殺の威力を持った魔剣と魔槍によって魔は徐々に追い詰められていった。

 

五月雨のような槍の突き、雷の如き戦槌の威力がミナを苛み、その体は徐々に傷だらけになっていく。

 

それはハルティアも同じで、すでに顔も体も血まみれだ。

 

「これ以上はまずいか……」

 

「ガァァァァァァァァッ!!」

 

ミナの手はすでに氷のような冷たさで、早急に剣を手放し保温しなければ凍傷によって腐って落ちるだろう。

 

そうなれば、いずれかの神の教会で高位神官に大金を支払うか、同じく高位かつ女性の精霊使いに依頼するか、いずれか以外には治療の術はない。

 

ハルティアはもっと深刻である。

 

彼女の臓腑はもはや激痛で限界だろう―――ショック死してもおかしくはない状態なのだ。

 

―――ミナは震える両手で「吹雪」を再び正眼に構え、数瞬のみ瞑目する。

 

勝負は一瞬。

 

槍や戦槌を紙一重で避けながら、ミナはその翠玉のような瞳で赤と青の不死者を見据える。

 

―――切り札はすでに切ったのだ。そもそもこの苦戦を誰かや準備のせいにすることは、即ちハルティアたちへの信頼を裏切ることだ。

 

「0.7秒の隙を突く、ってか?」

 

ミナはどこかの10号ヒーローの言葉を思い出して苦笑する。

 

頬を槍が掠め、戦鎚の風が体を浮かす。

 

だが、確かに隙はあった。

 

―――分の悪い賭けなんか大嫌いだ。

 

ミナは心のなかでそう吠えてその空隙を押し広げる―――

 

「風の乙女よ!我が足に宿りてカマイタチとなれ!」

 

びょうと風がミナの脚に纏われる―――ミナのオリジナルの術。

 

ほとんど風のない場所でも、空気の流れが悪いバグダンジョンの中でも使える風の術―――

 

ミナの細い足から放たれた蹴りは、しかし青い者の戦鎚にて防がれる―――かに思えた。

 

ミナは内心で(かかった!)と快哉する。

 

その鋭い風の蹴りは、そのまま青い者の戦鎚を切り倒したのだ。

 

そしてそれが再生する間もなく、「吹雪」が赤いものの槍に触れ―――二つに割った。

 

「衝撃ぃ!をぉぉぉぉ!!!」

 

振り抜かれる刃。

 

もはや握力ではなく、根性で保持されていたその刃は全力の横薙ぎが振るわれた瞬間に彼女の手を離れてすっぽ抜ける―――が、すっぽ抜ける前の斬撃は。

 

『………!』『………!?』

 

胴体を両断された色違いのデュラハンたちは、各々がそれぞれに驚愕したような仕草を浮かべて―――そのまま砕けて崩折れ消え去っていく。

 

吹っ飛んだ「吹雪」と言えば、そのまま横へ吹き飛んでいき―――

 

『……!』

 

黒い者の斧にぶつかって、ガランとその場に転げ落ちる。

 

斧は凍結し、砕け、再生までの時間は数瞬―――

 

だが、赤い水晶の槍を持つ狂戦士はその数瞬を見逃さなかった。

 

赤く染まった瞳を震わせて、その紅き黒き人の夢を吸う魔槍を黒き者の胸に突き立て―――捻る。

 

回転は捻れ、その勢いのまま胴体が両断され、なお槍勢失うことなく白き者の剣を砕き―――

 

「ウゥゥゥゥゥルルルルルグォォォァァァァアァァッッ!!」

 

再びの猿吠が空に放たれ、ザグリとその槍は間違いなく白き者の胸部を完全に粉砕した。

 

それが二人の限界であった。

 

黙示録の四騎士を模した不死者たちは致命の打撃を受け、もはや崩れ去るのみ。

 

しかし、それはミナたちもほとんど同じだ。

 

「ひ、火の子、竜の子サラマンダーよ……火吹きて我が触れたもの、熱く強く温めて……凍えぬように、凍らぬように……」

 

息も絶え絶えにミナは火の精霊を呼び出し、ほとんど氷のような自分の手を温める。

 

同時に苦手ではあるが、生命の精霊を呼び出して凍傷の治療に当たるしかない。

 

一方で―――

 

「ハルティアァ!おめぇぇ無茶しよってぇ!!」

 

カッ、と小さく咳き込んでうずくまったハルティアにカイムが駆け寄って介抱していた。

 

「ぶ、無事だよ……カイム殿……ミナも、無事……のようだな……」

 

「え、ええ……大丈夫です……で、でも……!」

 

ミナは凍える体を奮い立たせて立ち上がる。

 

目線の先には―――

 

「驚いた……ワタシの最高の術だったのだけれども……」

 

不思議そうに首をかしげる、しかし顔には薄い愉悦だけを張り付かせた少年の姿があった。

 

「大丈夫?まだ動ける?まだワタシがいるよ?」

 

くっくっ、と含むように笑い、少女のような少年は、こつん、こつん、とその靴を鳴らせて近づいてくる。

 

「こいつが……いるのよね……!ちぃ……!」

 

ミナは舌打ちをして、まだ良く感覚が戻っていない手で鍛銀の剣を杖代わりに握って踏ん張る。

 

しかし、顔色は明らかに青ざめ、もはや死に体といえる状態だった。

 

「ま、て……ミナ……!私も……!」

 

槍を支えに立ち上がろうとするハルティアだが、彼女の受けたダメージはミナよりも遥かに大きい。

 

臓腑を削るその痛みは余人の想像を絶するものであり、その状態でもまだ起き上がれる彼女の体力は素晴らしいものだ。

 

しかし、されど、そこまでである。

 

彼女の口端から流れる血が、決して口内を切ったものではないことをミナは理解していた。

 

呪いの詳細を知らないミナでもわかる。

 

(あれは『吹雪』の最終形態と同じ。切っちゃいけない切り札の類。そして、回復魔法を一切使えない彼女はもう限界だ―――私がやらねば)

 

ミナはどうにか振り返ると、「無理はしないでください」と微笑んで、再び少年を睨めつけた。

 

「ようし、てめえ……オレがフェニックスと契約してんのは見てのとおりだ……後一回しか使えねーからな……てめえのペットには勘弁してやった……今から使うが、覚悟は良いか?」

 

ミナは低音の男口調で脅すように少年に啖呵を切る。

 

しかし、彼はどこ吹く風で微笑みを絶やさない。

 

「―――どうぞ。やってみればいいと思う。失望するのは勝手だから」

 

―――その言葉に、ミナは直感した。

 

(精霊術に対する対抗策を持ってる……?)

 

確かに、精霊力を抑え込む方法はある。

 

サプレス・エレメンタル系の精霊術やそれを模した古代語魔法を用いれば、特定の精霊力を封じることはできる。

 

また、相反する精霊の力を増したり召喚して術を弱めることもアクティベート・エレメンタルやサモン・エレメンタルの術を使うことで可能。

 

同じようにマジック・アイテムにも精霊力を動かすアイテムは数多い。

 

(……だとすると、不味い。フェニックスで倒せなければ、逃げることも叶わなくなる―――)

 

ミナがそこまで考えるのに、おおよそ1秒半ほどの時間を必要とした。

 

そして、ミナは一か八かの賭けは大嫌いなのだ。

 

「……分の悪い賭けなんか大嫌いよ」

 

そのことを口にも出して、ミナは精霊に呼びかける。

 

「家に棲むもの、人々の手伝い手ブラウニーよ!扉が足りなくはございませんか!?触れたる場所にドアノブを、開けたる場所に入り口を!」

 

―――ミナが呼びかけたのは、ブラウニー。

 

建物の中であればどんな場所にでもドアを作ることができるクリエイト・ドアの術が発動した。

 

そうしてミナは光が消える前に駆け出し、呆然とする二人の首根っこを掴んで脱兎のごとく床に作られたドアに飛び込んだ。

 

もはや余力はなく、フレイム・オブ・リーインカーネイションが効かなければ全滅は必至である。

 

僅かな風の精霊の助けでも使えるグライドの術で衝撃を緩和して地面に降り、首根っこを引っ掴んでいた二人を下ろす。

 

「―――いい、判断だ……!」

 

ハルティアが息も絶え絶えにそう述べて、槍を支えに立ち上がる。

 

「あぁ……こぃ以上は無理じゃわぇ!逃げっど!追っかけてくる前に!」

 

『どうして逃げるの……もっとワタシと遊ぼう……』

 

残念そうな感情がこもった声が階上から響いてくる。

 

無気力そうだから追いかけてこないかもと思ったミナの期待は裏切られ、黒い悪魔はすぐにもこちらに襲いかかってくるだろう。

 

ミナは生命の精霊の力を借りてハルティアに最低限の回復を施す―――が、傷は深い。

 

なんとか歩ける程度には持ち直すだろうが、それだけでは逃げ切れるとはとても思えなかった。

 

―――だが、仲間を見捨てることは出来ない。

 

ミナとカイムは頷いて、ハルティアを両脇から支えて移動することにした。

 

『おーい……おーい……』

 

こちらが逃げられないと高をくくっているのか、声が近づいてくる速度は緩慢だ。

 

「す、まない……」

 

「謝んでねぇわいや。ったく、こうなっからぁ、ワイはやめとけぇ言うたんわぇ」

 

カイムは不機嫌にそう言って、「気にすんでねえぞぇ。冒険にゃ失敗が付きもんやぇ」と女騎士を支えている。

 

ミナの魔力はまだ余裕がある。

 

フェニックスの術は使えるかどうかわからないが、それでも10回以上は精霊術を使うことができるだろう。

 

行きよりも遅く、階下へとゆっくり降りていく……

 

「まったく……道中の雑魚どもで油断させる腹づもり……であったか……?前回と同じと侮ったか……ぐっ!」

 

「もう話さないで。ここを切り抜けることだけを考えましょう」

 

ミナにとっても、黙示録の四騎士もどきを召喚されるとは思っても見なかったのだ。

 

死霊術の最奥、これまで何度か相対してきたリッチーでも使ってきたものはいない、死の概念の模倣。

 

単一であっても相当の苦戦を強いられたのは、20年前のエトス都市国家群での戦いのことだ。

 

それを4体出され、なお生き残ったのであるから上々だと言うべきだろう。

 

あれを出された時点で逃げを考えるべきだった。

 

しかし、逃がしてくれるとも思えなかった。

 

後悔は尽きないが、起きてしまったことはもはやどうしようもない。

 

ただただハルティアの見た目よりも軽い体を支えて前に進むのみ。

 

追いつかれるのが時間の問題にしても。

 

それが今にもやってくる未来だとしても。

 

1分1秒を長く生きることが大事なのだから。

 

―――少年に追いつかれたのは、ちょうど巨木の入口のあたりであった。

 

 

 

―――その女性は鮮やかだった。

 

それが彼女に対して覚えている最初のことだった。

 

麗しい人とは違う、決断を持った女性。

 

それはそれで好感が持てるものだと、彼は思った。

 

「……どうして逃げたのかなあ?まだ、おもてなしは終わっていないのだけれども」

 

不思議そうに、本当に不思議そうに首を傾げて可愛らしく唇をすぼめる少年に、ミナが抱いたのは「怒り」だった。

 

ザリ、ザリ、とミナの頭の中でアナログテレビの砂嵐のような雑音が響く。

 

(……早く、逃げなければ……)

 

ミナは焦る……焦るがどうにもならない。

 

トンネルの術を使おうにも、地面は樹木の根で覆われているし、外にはここに入るときに吹き飛ばした不死者たちの生き残りたちがひしめいている。

 

不死者たちの生き残りたちだけならば術である程度消し飛ばして突破することも容易ではあったが、目の前のこの少年がいる限りそれを行うのは既に自殺行為であった。

 

「―――もはややるべきは一つだろう」

 

荒い息を吐きながら、ハルティアはミナとカイムの支えから外れ、槍を構えた。

 

「―――数合は打てようか。その間に、爆発の魔法でも何でも使って逃げよ。次は勝て。私の屍を超えて、兄上を救ってくれ」

 

そんな事を言いだしたハルティアに、カイムは「ん馬鹿こくでねぇぞぇや!」と激昂するが、ハルティアは聞かなかった。

 

「それ以外にここを切り抜ける道はない。わかっていよう、カイム殿」

 

諭すように女は言う。

 

「何、死ぬことよりも兄上を助けられずに終わることのほうが無念だ。その点、お前に任せれば大丈夫そうだ―――勇者ミナ・トワイライト」

 

ハルティアはそう笑い、ミナは沈黙を数瞬続け、口を開いた。

 

「ええ―――約束するわ、ハルティア・アウグスティヌス。この勇者、イファンタは天護の森のミナ・トワイライトが、黄昏の氏族の名に賭けて誓う―――必ず、約束は果たす」

 

静かに、静かにそう返して瞑目する。

 

カイムが―――それになにか抗議していたことは覚えているが、それは勇者も不死の王も耳に入っていなかった。

 

「さあ、付き合ってもらうぞ、不死者の王よ!!」

 

大上段に構えた槍を、残る膂力のすべてを持って黒い悪魔に叩きつけ―――女騎士は笑った。

 

「……なぜ?ここであなたは死ぬ。麗しい人を逃がすために……ワタシと永遠にここにいればいいのに」

 

「決まっているだろう。お前がこのダンジョンの王であり、このダンジョンと貴様が我が輩を殺し、兄上に呪いをかけたからだ」

 

ギリ、と歯を食いしばり、なおもハルティアは笑う。

 

「……じゃあなんで、貴女は―――笑っているの?」

 

そんなものは決まっている。

 

彼女の出身地、魔塔の国の教えだ。

 

「死に際に笑まぬ魂は輪廻に戻れぬのだ。輪廻とは調和の一部である。調和とは循環である。循環とは流転である。流転とは運命である。―――故に、私はここで運命の一部となろう!」

 

全力の刺突が振る舞われ―――ぼうっとした少年の胸に突き立つ―――

 

その瞬間、ミナの頭の中に聞こえていたノイズが―――形を持った。

 

『この廃棄された世界の中で―――その流れを保ちなさい。調律し、和合し、調和するのです。その『不死なるもの』は調和の片鱗―――滅ぼしてはなりません。汝の運命に祝福あれ』

 

優しくも厳しい母のような声が脳裏に響く。

 

それは―――調和神ディーヴァーガの神託であった。

 

「何、これ……神様の、声?」

 

かつての仲間であった女神官の言葉を思い出す。

 

神託は突然降ってくると。

 

(あれが調和の片鱗?神様もよくわかんないことを……でも、これは……いや……)

 

1分1秒でも長く生きることこそ、生物の勝利の一つだ。

 

だから、ミナは覚えたてのそれを試すことにした。

 

「世界を調律する我等が祭神よ!その大いなる流転より一滴の生命を分け与え給え!リトルヒール!!」

 

ポウとミナの手が光り、それは飛んでハルティアに宿る―――瞬間、もう少しの力が彼女の体に湧いてくる。

 

「ミナ!神の声を聞いたか!いいぞ、後は私がなんとかする!お前たちは逃げろ!」

 

「ハルティアぁ!だからよぉ!」

 

「カイムさん!ハルティアさんの覚悟を無駄にしないで!」

 

ハルティアを止めようとするカイムを制止して、ミナは呪文を唱え始める。

 

「ミナよぉ!恨むぞゃ!」

 

「いくらでもどうぞ!ハルティアさん!ごめんなさい!絶対にここに戻ってくるから!!凪の日はいと優しく嵐吹かば厳しき水の娘ウンディーネよ、燃え盛るもの、火の子竜の子サラマンダーよ!!」

 

ミナはスチーム・デトネイターを唱える。

 

一瞬、ミナにはハルティアが振り向いたような気がしたが、それを振り払って、二人は駆け出した。

 

「すまねぇハルティア!イナース!バダム、ストロデ―――ショウヨ!!」

 

無念を抱いて、無念のままに。

 

その無念もまた、明日の冒険の、明日の運命の、いつか世界が調和するときのための篝火の一つであった。

 

駆け出したミナたちを見送ったハルティアは、突き立った槍に力を込める。

 

「さぁ!最期まで付き合ってもらうぞ、黒い悪魔!あわよくばここで殺してしまうぞ!!」

 

ギリと槍を捻ろうとした時、黒い悪魔はキョトンとした表情をやめて、妖艶に微笑んだ。

 

「何を不気味に笑っている!?」

 

「楽しいから……かな。ワタシにはこういう時間はなかったから……あの人を見たときから、ワタシはおかしいんだ―――」

 

少年は胸に突き立っているものがなんであるか忘れたかのようにクスクスと笑う。

 

「あの時とは随分違うなッ!私の兄を奪い、仲間を殺したときに比べてッ!!」

 

激昂するハルティアに、少年はなおも微笑んで答えた。

 

「……それは、そうしないといけないと、決められていたから。追い返したものにはああしろ、と。嘲笑い、二度と来ないように仕向けろ、と」

 

「何!?」

 

「ワタシはそうあれかしと望まれたもの―――でも、あの麗しい人を見てから違うんだ。教えてくれないかい?この―――焼け付くような気持ちがなんなのか―――」

 

彼はそういうものだった。

 

そうあるべきとされたものだった。

 

決めたものがなんなのかは彼も知らない。

 

ただ、彼はそこにそうあったのだ。

 

「哀れだな―――恋も愛も知らないということか?」

 

侮蔑するようなハルティアの声に、少年は再びキョトンとして「恋、愛?」と聞き返す。

 

「……それは、何?」

 

「それはなあ―――ミナにでも聞け!覚えていられるものならばな!」

 

ハルティアは会話を打ち切るように獰猛な笑みを浮かべてそう返す。

 

そしてしばし、少年は熟考して、そして―――答えを出した。

 

「ああ、そうか―――そうだね。貴女がいればあの麗しい人はここに来てくれる―――来てくれれば……」

 

「何をするつもりだ!」

 

「―――死よ、生よ、時よ、空よ。止まれ、留まれ、停まれ―――」

 

ハルティアはその呪文に聞き覚えがあった。

 

彼女の兄を起きぬ眠りへと誘った、今この悪魔に突き立てている槍で、こいつの首を吹き飛ばした後に唱えられたそれは。

 

「停止―――!?」

 

「堆く積もりし時の中でそなたに告げる―――時よ止まれ、汝は美しい―――」

 

突き立てられた槍を伝って、黒い靄がハルティアを襲う。

 

「……いつになるか知らないけども―――あの人が来るまで、【僕】のそばにいてね―――おねえさん?」

 

ガラス玉のようだった瞳には、薄暗い希望が渦巻いていて―――気味が悪かった。

 

それを最後に、ハルティアの思考は永く停止した―――

 

 

 

―――命からがら森を出る。

 

勇者と詩人は森を出る。

 

歪んだ森のその顎で、勇者と詩人は幻を見る。

 

―――捕えし騎士は生きている。

 

お前たちの訪いを待っている。

 

麗しい人、森人の勇者よ。

 

彼女を助ける山人の詩人よ。

 

取り返したくば来るがいい。

 

我はいつもここにいる―――この閉ざされた森で。

 

 ―――山人の詩人の歌。

 

 

 

―――未来の視点で、結論から言ってしまえば。

 

どうしようもなく、寂しかったのだろう。

 

だから、だから、このようなことをしてしまった。

 

だから、だから、あのようなことになってしまった。

 

後悔しても、後悔しきれるものでもなく。

 

かと言って、この性質を改められるわけもなく。

 

あのように虚だったワタシは、このように歪な僕になったのだ。

 

―――目の前で静かに停止する女性を見て思う。

 

この人がここにいれば、いつかあの人は―――ミナ・トワイライトという麗しい人は来てくれるだろう。

 

確信があった。

 

その確信があれば、次にやることは決まっていた。

 

まずは僕は強くなろう。

 

強くなり、次にあの人がやってきた時のために。

 

まずは何をしよう。

 

森を拡大し、生命の秘密を解き明かす研究を続けるという僕を作った誰かの指示はもう無視をする。

 

中身を充実させ、あの人の訪いに備えるのだ。

 

そして、僕自身が強くなるためには―――

 

そうだ。僕を……どういう意味のある行為なのか、今の僕にはわからないが、僕を押し倒して服をはぎ取ろうとしたあの魔術師を殺しに行こうか。

 

まだ覚えているうちに―――

 

そうだ。

 

記憶を書き記してみるのはどうだろう。

 

そうして毎日それを見て、忘れたくない記憶を想起し続けていれば―――

 

僕はいいことを思いついたと、停止した女性を大事に大事にビイドロの棺に寝かせてから、愛用の―――愛用と今はたしかに言える―――万年筆を取ったのだった。

 

 

 

「とまあ、そんな感じです。ミナさんが僕を張り飛ばしてハルティアさんを回収し、契約の魔法で僕を下僕にして彼女の兄イナース殿を解放させたのはそれから20年ほど後のことでした。幸いにして彼女は兄を除けば天涯孤独、友人と言える人もほとんどいなかったので、僕はあまり恨まれずに済みました」

 

ルルはそう言って話を締めると、茶をすすって膝を抱えた。

 

「なっが!そんなにかかったんですか!?」

 

「神聖魔法と古代語魔法を死ぬほど鍛えてから挑んだからね!でないと勝てそうになかったし!」

 

ミナはVサインをして笑う。

 

実際には割と血反吐を吐くような道のりであったことは言うまでもない。

 

「で、ルルくんが危険なことはわかりましたですけど、あたしの最初の疑問には答えてくれてないですよね?結局なんでこうして連れまわしてるんです?」

 

岬は最初の疑問をミナにぶつけてみたが……

 

「え。神託」

 

帰ってきた言葉は一言であった。

 

「こいつを生かして連れ回さないと、ヤバイことが起きるってディーヴァーガ様が言うもんだからねえ……」

 

ミナは補足するかのようにしみじみと昔のことを思い出して眉をひそめる。

 

「ああ、神託……でも、邪悪なリッチーなのでは?人殺しもいっぱいしてたみたいですし」

 

「ま、こいつはエストロヴァ以外は森に入り込んだ奴しか殺してなかったからね。リドル輸送団の本拠地でも死人は出てなかったし、そもそも自分の意思もなかったから許されたようなもんよ」

 

片手でミカンを器用に剥きつつ妖精の勇者はテレビのリモコンを操作してそう言った。

 

「それでも2度目のチャレンジの時―――カイムにとっては三度目の正直の時は正直引いたわ。汚いハ○ー○ッターかおめーは」

 

「あー!あー!聞こえなーい!聞いちゃダメですよ岬さん!」

 

「あたし、興味がありますです!」

 

ぎゃあぎゃあと騒ぐルルを取り押さえるミナを見て、岬は安心してそう聞いてみる。

 

「ほら、ヴァル○リープロ○ァイルってゲームあるじゃない。あれにファンからの愛称が汚いハ○ー○ッターのCV子安のメガネ野郎が出るんだわ。この大馬鹿野郎はおおよそあれと同じことした。後でゲーム機渡すからやってみればわかるわよ。どうせ暇でしょ?」

 

リメイク版も持ってるからまぁまぁやりやすいし、とミナは笑う。

 

「P*Pってもう15年も前のゲーム機じゃないですか。まあやりますけど」

 

「やーめーてー!」

 

ルルは叫ぶが、ミナは万力のような力で羽交い締めにしているその体を離すことはなく、岬はそれから32時間ほどの後、「邪悪な魔術師が主人公の戦乙女を模したホムンクルスを大量生産していた」というシーンを見て察するのであった。

 

 

 

「ルルくんって割と最っ低ですね。素材には何使ったんですか?」

 

「あああああああ……!!」

 

か細い絶叫を上げるルルに、岬は冷たくそう聞く。

 

ミナはニタリと笑って「大丈夫よ。こいつが作ったブラッドドリンカーとかヴァンパイアとか落ちてた私の髪の毛とか使ったらしいから」とルルを羽交い締めにしつつそう答えた。

 

「ミィィィナさぁァァァァァァん!?」

 

悲痛な叫びを上げる従者に、ミナはそのままの笑顔で「知らなかったのか……?過去からは逃げられない……!」と告げる。

 

「おのれええええええええええ!!」

 

「セクハラをした罰よ。甘んじてイジラレなさい」

 

怨嗟に呻くルルをよそに、ミナは彼を離してやり机を拭いて夕ご飯の準備を始める。

 

その時、玄関をくぐり抜けて「ただいま」と言う廻と夕の声が聞こえた。

 

「……お前ら、何をしているんだ?」

 

夕は床に崩折れてしくしくと泣くルルを見て呆れてしまう。

 

廻は廻で気にすることもなく階上へと向かっていってしまった。

 

「気にしない気にしない。それよりふたりとも、泊まり込みでスパイス調合の手伝いなんてだいじょぶだった?」

 

「問題ない。私達は寝る必要がないからな。むしろ寝るふりをするのが面倒だった」

 

夕は財布などが入ったバッグを下ろして、机の定位置に正座してそう答える。

 

「ああ、まあそうよね」

 

ミナはそうしてエプロンを身に着け、鼻歌交じりに料理を始める。

 

廻と夕の二人は、スナック黒十字での月に一度のスパイス調合の手伝いをするため、ここ数日泊まり込みで作業を行っていたのだ。

 

黒魔術めいた儀式だ、と夕はげんなりした顔で述懐したが、それは今とは関係ないため置いておく。

 

夕は出されたお茶を啜り、お茶菓子のせんべいを一枚食んだ。

 

「ところで、明日は日曜だが行くのか?」

 

無論、ダンジョンアタックへ、だ。

 

「あーうん。空悟にはもう声かけてあるから大丈夫。まああの次元の歪みが消えるまではあのロ○の洞窟もどきを探索しつつ岬と空悟の強化するしかないからねー」

 

じゃがいもを短冊に切り、同じく葉玉葱をじゃがいもと同じ長さに切りながらミナはそう答えた。

 

「ならいいが」

 

夕のその言葉を最後に会話は途絶え、ミナは料理に集中する。

 

(過去は過去。どうにもならないのだから、せめてネタにして笑い飛ばすくらいは許されるよね)

 

ミナは冷蔵庫から取り出した普通の豚肉に塩を振りながらそう思うのであった。

 

 




パソコン壊れたので、ちょっと更新ペースが狂います。
そういうわけで、ちょっと、というか3話分いっぺんに流しておきます。

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