異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第62話「そう言うな。時代が違うのだ」

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そして、再び研究所地下のチュートリアルダンジョンへと6人は赴いていた。

 

―――のだが。

 

帰還の指輪を用いて転移した目の前に広がっていたのは、前の時とは全く異なる岩壁のダンジョンであった。

 

「構造完全に変わってるし……」

 

「不○議のダン○ョン式とは恐れ入ったぜ!」

 

出現した目玉状の光る浮遊物、おそらくは狂ったウィル・オ・ウィスプかなにかと思われるものや、目がいくつもある動く岩、そして頭から腕が生えたゴブリンなどを精神注入棒で殴り殺しつつ空悟は笑った。

 

「出てくる敵の傾向からすると、今度はF*3の祭○の洞窟みたいね。全くもって意味不明にすぎる……」

 

ミナは空悟にフィジカル・エンチャントをかけて、岩の上に腰を下ろした。

 

「ミナさんや空悟さんの記憶から読み取っているのであれば、今後も一筋縄では行かないでしょうねえ……」

 

ルルはその隣に腰を下ろし、概ね空悟と岬の二人だけでも対処できる状態であることを確認して、ため息をついた。

 

『貴様ら、電子遊戯でどれだけ遊んできた?傾向から対策を練るためにも情報が必要だ。全部言え』

 

「やめてください夕さん……ミナさんがプレイしてきたゲームの話となれば、僕の過去の所業にふれる可能性がありますので……」

 

夕の提案とも強要ともつかないミナへの言葉を、手で自らの目を覆ってルルが静止する。

 

ミナがプレイしてきたゲームの話となれば、たしかにそのゲームの話も出ることだろう。

 

それはルルにとっては避けたいことだ。

 

あの後、割と岬に冷たい目で見られ、ミナにも散々イジラレたルルはそのことを思い出したくもなかったのである。

 

『だが、もう150年も前のことなのだろう?気にすることではないのではないか?君自身の罪は、彼女とともに多くの人々を救っていることで精算されているのではないかい?』

 

時折空悟たちが危なそうな時、腕部機関砲を単発モードにして狙撃しつつ廻は莞爾と笑った。

 

「……そりゃあ地球人や只人ならそうでしょうよ。5世代くらい経つ時間ですよ。でも僕にとっては10年かそこらという感覚なんですよ……」

 

遠い目でルルがそう言うと、ミナは「やかましいわ!スキあらば私にセクハラするあんたが悪いのよ!」とルルの頭を掴む。

 

「ああ、やめてください……痛いじゃないですか」

 

「痛くしてるのよ。そんなことより、このダンジョンはやっぱりちょっとあっちの世界のとは、違うわね。上層の研究所部とも違う……」

 

ミナはそうして、ルルの顔を見る。

 

「気づいてるわよね?」

 

ミナの真面目な瞳に、ルルはコクリと頷いて即座に回答を出した。

 

「無論。このダンジョンには正しい精霊力とバグで歪んだ精霊力が同居している。ぶつかり合うこともなく」

 

ルルは顎に拳を当て、「確かにこれは前代未聞です」と表情を不機嫌に歪める。

 

『それが何かおかしいのか?精霊力などというものは我々には検知できないからよくは理解できんのだが』

 

襲いかかってきたモンスターがほぼ全滅したことを確認して戦闘態勢を解除しつつ夕はそう聞いた。

 

その答えが帰ってきたのは……

 

「まぁまぁ、みなまで言うな」

 

なんと空悟からであった。

 

「わかりますか、空悟さん」

 

「ああ。察するに、バグダンジョンの中では精霊術って自分で持ち込んだ触媒で使うものなんだろ?ただ、三郎くらい熟練だとそういうのを無視して精霊に言うことを聞かせられる」

 

その刑事は指を立てて、自分の推理を口にする。

 

「ところが、このダンジョンにはそれがなく、素直に精霊がいうことを聞いてくれる……魔王のいた場所のように、正常な精霊を召喚する必要もない」

 

その推理にミナは一瞬キョトンとするが、刑事が推理くらい出来ないでどうするんだ?と思い直して口を開いた。

 

「ああ、そういうこった。言うことを聞かせるにも、それすら魔王がいる場所やルルの森の風の精霊みたいに停止させられてる場所だと使えやしない……が、ここは全くそう言うのが当てはまんねえみてえなんだわ」

 

空悟の言葉を継いでミナが最後まで言う。

 

「それがどういう風に問題なんです?魔法が簡単に使えるのは良いことじゃないんですか?」

 

岬がふわりと地面に降りてそう聞く。

 

聞くが、ミナはうーん、と唸ってしまう。

 

「要するに、本当にこれは前代未聞だということなのだな?何が起きているかすら今はわからない、と」

 

廻がそう質問すると、ミナは頷く。

 

「ありえないのよね、こういうのは……少なくともあちらの世界では」

 

ミナは髪を指でくるくると絡め取って複雑な顔をした。

 

「精霊とは自然だけではなく、精神や現象にすら関わる高位の存在よ。故にバグで歪んだ精霊とそうでない精霊は決して相容れない。同じなのに異なる法則が同居するようなものだからね。だけど、それがここでは起こっている……」

 

「理由は不明ですし、それですぐにどうにかなるわけではないと思いますが、少なくとも異常なことです。気をつけていきましょう」

 

魔法が存在する世界で生きてきた主従の言葉に、4人はそれぞれに首肯して了解を示す。

 

ミナはそれを見て座っていた岩から立ち上がると、その岩に魔力を込めた手で触れる。

 

すると、目の前の壁がズズズと音を立てて開いていき、通路となった。

 

「やっぱりゲームと同じかあ」

 

「流石にやり込んだもんな、F*3はなあ」

 

親友同士がそうして頷きあい、通路に入っていく。

 

通っていった先には、階段が存在したが……これだけは前と同じく、次元の歪みによって閉鎖されていることだけがわかった。

 

「うーん……この階段を抜けたら、でっかい亀の化け物が出てくるんだろうけども……出なくていいかな!どうせまたキモいディフォルメされてんだろうし!」

 

ミナは階段の前で、独り言ちる。

 

「ミナさん、ミナさん。そんなこと言ってるとなにか出ますよ?」

 

「やなこと言わないでよ……とりあえず一通りモンスターは始末したんだし、休憩しましょ」

 

「さっきまで座ってたじゃねーか。サボってんじゃねえぞ」

 

ジト目で空悟にそう言われたミナは、「えー警戒してたんだぜ?地図も書いてたしよ」と不満そうな声を上げる。

 

しかしながら、この広い空洞にはそれ以上はなにもないように思えたので、これ以上働くこともない。

 

故に、ミナは親友の言葉に反発するかのようにドッカと地面に腰を下ろして、書いていた地図を見た。

 

「うーん。やっぱりこうしてみても完全にあの洞窟にしか見えない。ゴブリンもどきが多めだったのもだいたいあの洞窟ね」

 

6人が横に並んで歩いても十分な広さの通路であったが、ほとんど一本道で、途中にいくつか宝箱があっただけ。

 

そして最後に岩をスイッチにした隠し通路がある。

 

これは完全に某有名RPGの3作目のチュートリアルダンジョンそのものであった。

 

地図をくるくると丸めてバッグにしまって立ち上がると、「空悟たちもあの程度なら無双できるようになってきたし、そろそろ今日は帰ろうか」とちょっと低めの声を出すと、空悟が「賛成だ」と答えた。

 

「しかし、どんどん人間やめてる気がするですけど、ねえ……」

 

「人間やめたくらいで楽になる冒険なら良かったんですけどねえ」

 

ルルは使い魔の鳩や雀を飛ばして周囲を警戒しながら岬へ笑いかける。

 

実際に人間どころか邪悪な存在である彼の言には含蓄が感じられた。

 

「無理無茶無謀は冒険の華ね。だけどそればかりでは―――いけないわ」

 

ミナはルルの使い魔が飛んでいった高い高い洞窟の天井を見つめる。

 

暗さもあってその天井は見えないほどだが―――やがて、音もなく使い魔が力を失い落ちてきた。

 

落ちてきた使い魔は地面に激突し、元の土塊へと還っていく……

 

「ルル、あんたがあんなこと言うからよ?」

 

「ミナさん、それはこちらのセリフです―――来ますよ」

 

ルルの言葉とともに、首が四つに脚が七本、甲羅が二つある大きな亀が落ちてくる。

 

『キシャァァァァァァァァァ!!』

 

「亀ぇぇぇぇぇぇぇ―――ッ!!」

 

「空悟、それは5だろ」

 

空悟の絶叫とミナの面白げなつぶやきが響く中、けたたましい怪鳥音をあげながら落下したそれこそが、本日の締めであった。

 

 

 

「死ぬかと思ったぜ……」

 

空悟は少々ひしゃげた一〇〇式機関短銃を手にそう言って、目の前の死んだ亀のような何かを見つめる。

 

「これがラン○○ートルとか思いたくねえなあ……」

 

「オレも思いたくねえなあ。まあいいさ。素材引っ剥がしてくるわ。錬金工房作るためには少しでも必要だからな」

 

ミナはグルングルンと腕を回して、まだ岬が放ったアナン・ファイヤーでプスプスと燻っている亀もどきへ近づいていった。

 

その背を見送り、空悟は一〇〇式機関短銃にリペアーの魔法をかけていたルルに話しかける。

 

「なあ、ルルくんよ。あいつのこと、実際どう思ってるんだい?」

 

不躾に、無遠慮に。

 

まるで昔からの友人のように。

 

「そりゃあ好きですよ。大好きと言っても良い……まあ振り向いてくれないのですが!」

 

ルルはそう言って笑う。

 

「何、僕らの寿命は長い、というより寿命という概念がほぼ存在しない。いつか振り向いてくれるのを待ちますよ」

 

そんな笑う少年に「だったらセクハラやめたらどうだい?」と空悟は笑いかける。

 

「それは……僕の人生の否定みたいなものですから……」

 

彫刻のように美しい笑みで馬鹿げたことを抜かす阿呆に、岬と夕が冷たい目を向けないはずもなく、その様子に空悟は「はー……」と長い溜息をついた。

 

「ま、長年一緒にいるならわかってるだろうが、あいつ割とちょろいからな。ガキの頃は俺の無茶に延々付き合ってくれるようなやつだったしよ」

 

「知ってますよ。だからです」

 

ルルは意味深に遠くを見るが、その真意は空悟にはわからない。

 

しかし、間違いなく彼はミナと一緒にいたいのだということだけはわかる。

 

わかるからこそ。

 

「でもセクハラは最低だからやめておいたほうがいいと思うぞ。あいつ、割と性的なことに潔癖な所あるからな」

 

そういうところはまるで変わってねえな、と空悟は言う。

 

「ま、ともかく好きでいてやってくれ。前世のアイツもそうだったが、放っておいたら自分の趣味以外しようとしねえやつなのは変わってないみたいだからな」

 

「はい、知ってます。だから好ましいのですよ」

 

ミナの良い耳の探知範囲外で男たちはそんな事を言っている。

 

時間はもうすでに夕方5時を過ぎていて、おそらく今頃は水門家に文たち空悟の家族が来ているはずだ。

 

ミナは亀のようななにかの甲羅を剥ぎ取りつつ、今日のご飯は何にしようか?などと考えていたのであった。

 

 

 

廻は今野家の面々が水門家を出たのを見送った後、ふと外に留まって考えを巡らせていた。

 

今は2月の半ばである。

 

「紀元節も過ぎ、世は並べて事もなし、か」

 

シュボ、とライターで煙草に火をつけ、男は紫煙をくゆらせた。

 

彼の優れた感覚機械はその煙を人間のように楽しんだ。

 

無論、彼は人間ではない。

 

故に、その煙は彼にとって有害とはなり得なかった。

 

「我思う、故に我あり、と。なんとも難しいことだ」

 

吸い終えた煙草の火をギュウと雪に押し付けて消し、踵を返して家に入る。

 

(―――そういえば紀元節の後になにか行事があったな。……そうだ。潤美殿が言っていた。明日はバレンタインデー、か。珍奇な行事が流行るものだ。欧米の習慣を換骨奪胎して日本のものにするのは、我々らしいとも言えるが……)

 

そう、明日はバレンタインデーである。

 

恋人たちの祭りではあるが……中身の半分はボッチ気質のおっさんである三郎であったミナにも、戦前生まれの廻と夕にも、生粋のグリッチ・エッグっ子のルルにも全く関係ない行事であった。

 

パーティーで唯一の既婚者である空悟には関係があるだろうが、それにしたところで嫁様以外からチョコを貰える宛はないだろう。

 

「まあ、いい。私には半ば関係のないことだ」

 

そう独り言ちて居間に布団を敷く。

 

夕は既に休眠状態に入っており、廻もすぐにそうしようと思う。

 

「では、茜殿。おやすみなさいませ」

 

廻は正座して茜に頭を下げ、布団へと入る。

 

先程の自分の言葉が間違っていたことを確信するのは、それからもう少々後のことであった。

 

 

 

数日前のこと。

 

スパイス調合を手伝いながら、夕と廻は紀元節……つまり現代の建国記念の日を特に祝わない現代日本人について話していた。

 

「自分の国の建国記念日を祝わないとは、我が国の人間も堕落したものだな」

 

「そう言うな。時代が違うのだ。そもそも我が国は未だに『国としての連帯』というものを取り戻せてはおらん。集成党の如き極左暴力組織を公党として認めているのがその証左だ―――まあ、かの政党は、ミナ殿の活躍で既に死に体。いずれ消滅するのは明白であるがな」

 

尊厳や連帯を簡単に取り戻せるとは廻には思えないし、事実一度そのように精神的なものを占領された国がもとに戻ったことはない。

 

何もかもが移ろうならそれもいいだろう、と廻は思うが、彼の妹にあたる目の前のガイノイドはそれを認めることはできないようだ。

 

「嘆かわしい……詔勅すら廃止されているとは陛下をなんだと思っているのか」

 

「とはいえ、あの頃の詔勅や大陸令、大海令の乱発はあらゆる意味で陛下に危険を及ぼす行為だったことは否めまい。陛下を守るためにはなかったほうが良かったのだろうさ。夕、何度も言うが時代が違うのだ。飲み込めとは言わんが、理解しろ」

 

国民の不甲斐なさため息をつく夕に、廻は「自分も納得はしていない」という顔でそう答えた。

 

「不承不承だが、了解した。しかし、これはいつまで続くんだろうな……」

 

手元にある手引書通りに夕はスパイスを混ぜては磨り潰していく。

 

それを20リットルほどのビニール袋に小分けにして、冷凍庫に放り込んでいくのが夕と廻が泊まり込みで行っている作業であった。

 

「……これほど大量にスパイスを作る必要はあるのだろうか……」

 

夕は自分が解析したスナック黒十字のカレーの成分と、実際に1ヶ月で捌けるカレーの枚数を計算してみたが、どう考えても今製作しているスパイスミックスのほうが数が多かったので訝しげに思いながら作業を行っていた。

 

「お疲れさまです……そろそろお昼にしましょう……」

 

その時、潤美が目の下の隈を更に濃くしてフラフラと作業場へと入ってきた。

 

今の服装は、廻たちと同じく動きやすく汚れても良い青いジャージである。

 

潤美はドサリと各種スパイスが入った袋を作業机の上に置くと、大きな大きなため息をついた。

 

「重かった……」

 

「潤美さん……明らかに一月で使う分より多いんですが、これはどれだけ作るんですか……?」

 

夕がそう聞くと、潤美は二パッと笑う。

 

「よくぞ聞いてくれました……!実はこれは……隣県にある支店……3店舗あるのですが……そこで使うのです!」

 

潤美は椅子にドッカと座って、どちゃっと机に突っ伏してニタリと笑う。

 

「支店にスパイスのぉ……水増しを契約不備でされちゃったことがあってぇ……以降、こうしてスパイスミックスを作って送ってるんですよねえ……もち、契約もちゃんとして、券売機買って……全部私がやったんですよぉ……」

 

フランチャイズやチェーン店ではよくある話で、勝手に食材などを安いものに変えられて評判が悪くなるということがある。

 

それがこの店でも起きたということだが、何より驚きだったのは―――

 

「支店があるんですか!?」

 

夕はあの第三帝国マニアとしか思えない店長が経営するこの店に支店があるという衝撃の事実にロボらしくもなく大声を上げてしまう。

 

廻はその間にスマホを介して接続したインターネットから情報を得ていた。

 

(確かにあるが……総て普通の独逸風料理店にしか見えんな。本店だけ異常なだけであるか。店名すら違う)

 

廻の検索した情報では、支店の名称は総て「カレーショップ竹山」となっていた。

 

「いやあ、カレーショップ竹山って名前でしてね……支店には流石にこの店と同じ意匠だの店名なんか強要できない……というよりはですね……多分、よほど味に鋭い人じゃないとこっちが本店、あっちが支店だなんて気づきませんよ……」

 

味は雰囲気にもかなり左右される!と叫んで、潤美はコップにウォーターサーバーから水を汲む。

 

ごくごくと水を飲んでは徹夜に伴うハイテンションで普段と異なるそんなことをいう潤美に、廻は休息用に用意されていた毛布を一枚かけてやった。

 

「潤美殿、根を詰め過ぎなのでは?そろそろ作業も終わる。休んではいかがです?」

 

「あーありがとうございますぅ……あの腐れ店長……ふざけやがってぇ……」

 

限界も限界だったのか、そのまま目をとろんと歪ませて、そのまま彼女は寝てしまった。

 

「力仕事を我々がやっている本年と異なり、前年までは店長殿と潤美殿だけで行っていたはず……どれだけ重労働をこのような女性に行わせているのか……」

 

廻は目頭を人差し指と親指で抑えて、はぁ、とため息をついた。

 

「ともあれ、このスパイスミックスを手引どおりに処理すれば終わりだ。そうしたら、二人を布団に寝かせようじゃないか、夕」

 

「承知。それにしても、潤美さんもあの店長によく付き合うものだ」

 

再び作業机に座って、ゴリゴリとスパイスミックスを作成し始めた夕はそう言って呆れる。

 

「まあ、良い。それにしても、如何に『わざとばらつきを作るため』とはいえ、何回にも分けて作る必要あるのだろうか……」

 

夕はそう言ってまたため息をつき、廻はその何度目とも知れない行為に人間らしく苦笑するのであった。

 

 

 

店長と潤美が仮眠から起きてきたのは、夕方頃のことであった。

 

「うむ!実に助かった!こんなに早くこの作業が終わったのは初めてであるッ!!」

 

いつものハイテンションで店長はそう叫ぶ。

 

ちなみに本日は建国記念の日、つまりかつての紀元節であり、店はお休みであるため昼間の作業が出来たというわけである。

 

「そろそろ自動化しませんか、店長……」

 

どうやらいつもの調子に戻った潤美が、呆れ顔でそんな事を言うが「それではあの味が出せん。かつてのようにスパイス調合用のバイトを雇えればいいが、如何せんスパイも混じっている可能性があるッ!実際、それで調合を変える羽目になったこともあるからなッ!!」と叫んでおしまいであった。

 

「店長殿、一つ質問があるのですがよろしいですか?」

 

手を上げて廻がそう聞くと、「何かね?」とフレンドリーに店長は肯んずる。

 

廻は「言いにくいことなのですが」と前置きをした上で、「独国料理店を目指して作った店であるとミナ殿より聞き及んでいるのでありますが、それでそこまでカレーにこだわっている理由とはなんでしょうか」と、まさに言いにくく聞きづらいことを店長の顔を見据えて言い放ったのであった。

 

「……えーとだな……ふむ……やるからには全力投球、と昔の人も言っているからだッッ!!」

 

完全にそんなこと忘れていたと言わんばかりの力説だったが、廻は「なるほど。了解いたしました」と直立不動のままで返事をした。

 

「まあ、それに好評なのは嬉しいことでもあるし、そこそこサイドメニューとしてドイツ料理も売れてるしな。例の君たちの親戚の少女もたくさん食べていってくれるし」

 

急にテンションが下がってふつうのコトを言い出す店長に、潤美がプッと吹き出し「似合わないこと言わないでください」と笑う。

 

「むむむ……!まあいい、とりあえずバイト代は予定通り弾もう。深夜割増もつける。ともかくご苦労だった!ありがとうッ!」

 

店長はそう言って、封筒を二人に渡す。

 

中にはそれぞれ3日分のバイト代―――スパイスミックス作成補助の給与が入っていた。

 

「こういう苦労しすぎなバイトの場合、銀行振込よりこちらのほうが嬉しいだろう?後、おまけをいくつか入れておいたので見てくれたまえ」

 

そう言って店長は踵を返す。

 

「それでは私はッ!明日の営業のための準備を始める!潤美くん、廻くん、夕くん!3人ともお疲れ様だ!帰って休み給えッ!」

 

そうして、彼は出ていく―――出ていく時、ちょっと扉に頭をぶつけてかっこ悪い事になっていたことを見て見ぬ振りする情けくらいはウェイトレスにもロボにもあったのであった。

 

 

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