異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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「……なるほど。バレンタインイベント……」
今野夫妻が家路についた後、ミナは廻が差し出したその商店街でやるらしいバレンタインデーのイベントチケットをまじまじと見ていた。
「どうする?ミナ殿に興味があればミナ殿に渡すが」
正座している廻がそう聞くと、ミナはそのチケットを彼に返して「バレンタインとか全く興味ないから私は良いや」と微笑んだ。
「恋愛神の行事とかも行ったことないし、前世でもまっっったくそういうのに縁がなかったしねー」
ミナはふっと遠い目をして、前世で小学生だった頃の大惨事を思い出す。
クラスで女子たちがバレンタインイベントを教師許可のもとに行ったことがあったのだが、よりにもよってチョコ贈呈のときに全員に均等に渡すなどではなく、女子が一人ひとり男子に割り当てられて渡したのだ。
この話題を思い出すと、それだけならまだ良かったのに、と幼馴染の三郎と空悟は決まって苦虫を噛み潰したような顔をしたものだ。
今のミナもそんな顔をしているのは明白である。
―――なんと女子間でいじめられっ子だった子が、クラス一番嫌われていた男子に渡す、ということになったのだ。
嫌われ男子は受け取りを拒否し、いじめられっ子女子は泣き出し、そのまま女子が嫌われ男子の糾弾会を始めてしまいもはや大惨事であった。
あれ以来、ふたりとも全くバレンタインデーに興味をなくしきっているままだ。
無論、バレンタインデーは男子にとっては受動的なイベントである。
ボッチ気質でヲタな三郎に渡すものが居るはずもなく、空悟についてはもらったこともあるが、嬉しそうな顔をしたのを見たことはミナの記憶上では文にもらったときだけだ。
ミナ、そしてミナとなる三郎が恋愛や男女関係というものに一切関わることがなかった一因がバレンタインデーというものである。
ミナはその経験のまま、グリッチ・エッグでも恋愛イベントにはできるだけ関わらないように生きてきた。
もちろん、パーティーの誰かが恋だの惚れたのという時は応援もしたし、相談に乗ったりしたこともある。
だが、贈り物が絡む場合は一切関わらないようにしてきたのがミナ・トワイライトという冒険者であった。
「どうした金髪女」
「なんでもないわ……嫌なことをちょっと思い出しただけよ……」
げんなりした顔で歌舞伎揚を一枚バリッと頬張ると、お茶を飲んでミナは沈黙した。
「……ルル殿はどうか?」
「ミナさんが行きたくないところに僕が行くと思います?」
「思わんなあ……」
廻はそうして突き返されたチケットを手に、「明日は労働は休みだが……」としばし思案する。
「そろそろ私の戸籍とかも出来ないですかねえ……それなら行けるですのに」
岬が冷蔵庫からプリンを出しつつ、そんなことをいう―――と。
茜が「もうちょっとかかると思うから、おとなしくしてるか、誰かと一緒にでかけなさいねー」と台所でカステラを切りながらそう答えた。
「マジですか先輩!良かったです……これで近所くらいならお出かけできる……!」
岬が嬉しそうにプリンを頬張り、茜は「カステラの前にプリン食べるとか喧嘩売ってんの阿南さん?」とそのカステラを机に置きながらそう叱る。
「あ、えーと、その……ごめんです」
素直に謝った岬に、茜はよろしい、と許してカステラを一つ皿に取り分けて岬に渡した。
「あーまさか阿南さんがほぼこんな孫みたいになるとは思わなかったわ……三郎は孫の顔とか見せてくれそうにないし」
「それ今関係あるかカーチャン!?」
突然の孫の催促にミナが突っ込むと、今度はルルがスットボケたことを言い始める。
「100年待っていただければ、僕がどうにかいたしましょう。ああ、寿命のことは気にせず。僕がいれば寿命などあってないようなものです」
「カーチャンをアンデッドにしようとすんな!!第一おめーのペットボトルが私に入るかボケェ!!黙ってろぉ!!」
ミナがルルの言葉に激昂して大騒ぎになったのを見た廻は「さて、どうしたものか」と一つつぶやいて。
夕が「だったら我々で行けばいいだろう」と返す。
「それしかあるまいか。店長殿にいただいたものを無下にしても悪い」
廻の幾分疲れた声に、やれやれ、と夕は肩をすくめて手のひらを天に向けて呆れる。
―――何度も言うが、明日はバレンタインデーである。
翌日。
―――朝六時頃、廻は休眠状態を解除し外に出た。
休眠状態でもわずかに働いているセンサーが何者かを捉えたのだ。
横では既に夕も休眠状態を解除して立ち上がっている。
ほんのわずかな何者かの―――ガラリと居間から庭へ続くガラス戸を開けて外へ出てその何者かの動きを目視で確認しようとする―――と。
「……まさかな。私達に見間違いというものは、基本的に存在しないが―――」
二人の高性能カメラアイに映ったもの、それは―――
岬と同じような格好をした少女が高速で空を飛んでいく姿だった。
「画像解析完了。岬ではないぞ、あの影は」
「ああ、こちらでも確認できた。何者だ……?」
第一、岬の生体反応は2階のミナのベッドから動いていない。
―――いや、ミナの生体反応が動き始めたことを二人は既に察知していて。
その時、二階の窓がガラッと開かれる音が二人の耳に届いた。
ミナも気づいて起き出したようである。
次いで、岬の生体反応も動き出したことから、ほぼ間違いなく岬の―――マジカル・アナンの案件であることは間違いがないであろうことが二人にも伺えた。
確認したそれはまっすぐ商店街の方へ向けて時速200kmほどの速度で飛んでいることが判明すると、廻は眉をひそめて夕に声をかける。
「ほぼ間違いないだろう。岬殿によく似た生体反応と姿。そして人体が単体で飛行する非常識。岬殿の体から離れた虹色の飴玉とやらがもたらした存在であることが推定される」
「だが情報が不足している。断定はできない。金髪女と相談するべきだな」
そうして、降りてきた3人とパジャマ姿で起きてきた茜を見て二人は冷気が吹き込む戸を閉めて鍵をかけ正座をする。
「……今度は何?」
茜が不機嫌にそう聞くと、「岬の件の続きじゃないかなあ」とミナがボサボサの頭をかいて嫌な顔をした。
「よりにもよってバレンタインデーに出現するとは……はぁ、仕方ない」
「間違いありません……あれはマジカル・アナンの欠片です!なにかしようとしてる……商店街へ行きましょうです!」
岬が力強くそう言ってポーズを取る―――そして。
「じゃあ、私と行こうか、岬殿。夕、周囲警戒を頼むぞ」
意外にも廻がそう言って微笑んだ。
夕は即座に理解したようで、コクリと頷く。
そして「金髪女と変態は目立つ。それに昼の商店街で騒ぎを起こすわけにもいかないだろう?」と二人に言った。
「夕は周囲の警戒、廻と岬はチケットを使ってイベントへ、ということね」
ミナもまたそれに頷いて、「今回は任せるわ。バレンタインデーには関わりたくないしね。いつでも駆けつけられるように私達は韋駄天百貨店でブラブラしてるから、なんかあったら電話してね」と微笑んだ。
「三郎、それだけじゃなく、何か起きた気配があったらちゃんとフォローはするんだよ」
「そりゃあもちろん。ルルの使い魔も貸してね」
「承知しました。貸し一つですね」
そうして作戦は決まった。
空悟にも魔法少女らしき影を察知したことをLINFで伝え、ミナは朝食の準備に取り掛かる。
今日は忙しくなりそうであった。
―――どこか。
嘘だ。
嘘だ。
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ―――
嘘だッ!!
こんなことはあろうはずがない。
なぜ俺だけがこんな目に遭うのか。
あの日がケチのつきはじめだった。
まさか、まさか、20年以上も俺に祟ってくるなんて。
だが、俺は力を手に入れた。
手に入れた力で、絶対に……今年はこの街を、来年はもっと大きな……
いつか、この世から!
この世から恋人たちの祭りを称する総てを破壊し尽くすのだ!!
商店街は―――珍しく人でごった返していた。
なぜだと思うくらい人でごった返していて、岬が「嘘みたいです」と呆然とつぶやくほどの人出であった。
「こんなに人が集まるとは……思ってなかったですよ、あたし」
驚く岬と手を握って連れ立つ廻は、「ふむ」と一言つぶやいて、スマホを介してインターネットを検索してみた。
すると、本日はとあるアイドル……が、フライングガールズサーカスと共にライブをやるらしい、ということがわかった。
「スマホを直接使わないで検索できるって、なにげにすごいですね」
「まあテザリング機能を利用させてもらっているだけだがな。それよりもわかったことがある……」
「ほえ?」
真面目な顔でそう言う廻に、岬はどこかで見た魔法少女のような間抜けな質問をしてしまう。
廻はそれを気にすることなく、「やはりイベントには行かねばならんようだ」と言って事情を説明し始めた。
「画像解析が完了した。肉体年齢や特徴となる表情は異なるようだが、本日この商店街に来る芸能人は半々ほどの確率で今朝の魔法少女である」
その言葉に岬は「マジですか……」と深刻な顔になる。
「あの飴玉、どこまで飛んでってるんですか……これヤバイのでは?」
「まだわからないが、その可能性……東京などの大都市圏へ飛んでいっている可能性は低くはあるまい。だが、幸いにしてそれを示す報道、SNSでの書き込みのたぐいは現在存在しない」
廻は岬の手を離し、顎に手を当てて考える―――結論は唯一つであった。
「予定通りイベントで警戒しよう。現状、何か起きるとすれば可能性が最も高いのはそこだ。岬殿、眠りの雲の術はもう覚えたのであったな?」
「はいです。つまり……やるってことですよね……?」
岬が恐る恐る聞くと、廻は肯んじた。
「うむ。魔法のたぐいは少なくとも私や夕でも計測や観測、記録が難しいものだ。即ち現代の機器装置でもそうである可能性が高い。いざとなれば観客を眠らせ、監視カメラのたぐいを沈黙させる」
決断的に廻がそう言うと、岬もまた「仕方ないですね……」といつものにへら、という嫌な笑みを浮かべた。
それを見咎めた廻は「岬殿。整った顔つきをしているのだから、わざわざ貶めるような表情を積極的に作るのはどうかと思う」と注意した。
「う、うーん……難しいこといいますですね……努力はしますです」
岬は素直にそう答えて、その笑みを消して再び廻の手を握る。
廻は「それでいい。今の君は子供なのだから、あの疲れ切った笑みは似合わない」と大真面目に答えた。
廻の顔は絶世というほどではないが、かなり整った造形で製作されている。
潜入に便利そうな顔、どこにでもいそうな一山いくらのイケメンというやつだ。
男性経験があまりない岬には、その大真面目な顔は毒であった。
「廻さん……誤解されるからやめたほうがいいと思いますですよ……?」
岬はぼそりとつぶやいて赤面し、沈黙する。
廻にはその意味は概ねわかってはいたが、あえて沈黙した。
沈黙して、周囲を見回す―――
―――妬ましい。
そんな声が聞こえた「気がした」からだ。
そう、まるで人間の幻聴のように、彼の耳朶、即ち高性能集音装置によって収集された音ではない、思念のごとき何かが彼の認識を侵したのだ。
「岬殿、何か聞こえなかったか?」
「え?えーっと……」
廻の言葉に、岬は耳を澄ます。
否、魔法少女らしく心を澄ませてみる。
―――すると。
―――妬ましい。妬ましい。妬ましい。
絡みつく粘液のような気持ちの悪いねとねとした声が岬の心に響いた。
「ぴぃ!?な、なんですかこの声!?」
「岬殿にも聞こえたか……やはり、なにか起きるぞ、これは」
記録に残らない、認識だけを侵す謎の思念。
それは当然……この世のものではあり得なかったのである。
その頃。
ミナとルルは韋駄天百貨店の最上階にある喫茶店で休憩していた。
いざとなれば屋上に出て、そこからガーゴイルを召喚して商店街へ急行するためである。
「―――ルル、聞こえたよね?」
「無論。ハーピーの呪声かと思いましたが、男の思念でした」
二人もまた廻たちが察知した事象を捉えていた。
「まためんどくさそうなことになりそうね……まあこれも冒険か」
ミナはお冷をすすると、メニューを見始める。
「抹茶ドラゴンパフェ特盛コーラ味……?」
「頼んで後悔しても僕に当たらないでくださいね?」
メニューに書いてある謎のパフェを見て怪訝な声を出すミナにルルはそう言って微笑んだ。
「商店街に思念というか、妄念というか、ほとんどアンデッドに近い負の想念が集まりつつありますね。これほどであれば岬殿も気づいているでしょう」
「そうね……ったく、バレンタインに暴れるとかしっ○団かってえの」
メニュー表の謎パフェのことは一旦頭から離して、ミナは店員にコーラとエッグマフィンを頼む。
そして「ルル、あなたがヤバイと思ったらフォローに行くわよ」と言って腕を組んで黙ってしまった。
(ヤバイ、といえばもうヤバイのですけどね)
ルルは内心でそう考える。
しかし、ミナの言う「ヤバイ」は岬や廻、夕に危険が及び、もって一般人に犠牲が出かねない状況のことだ。
すなわち、それは―――岬はともかくとして、魔王と戦える存在である道野枝兄妹に危険が及ぶということは―――街が壊滅する危険があるということである。
バレンタインデーによほどトラウマがあるんだな、とルルは呆れてため息をつく。
(まあ、その間……商店街が危険になったら動くとしますか)
ルルはお冷を舐めるように飲んで、そう考えるのだった。
―――商店街、10:00。
普段からは考えられないほどの人出のそこで、ついにイベントが始まった。
イベントスペースではなく、商店街の中にあるビルが取り壊されて駐車場になるはずの―――まだ舗装がされておらず、駐車場としては機能していない空き地が会場であった。
大段幕にはどうやら今日来るというアイドルの名前も書いてあった。
「今の所、普通だな」
イベントを遠くから眺め、周辺警戒を行っていた夕はそう言ってカムフラージュのために買ったホットチョコレートを舐めるように飲んでいる。
格好は普段のセーラー服ではなく、少し古臭くは感じるが十分なカジュアルさを持つ茜から借りた女性用のジャケットとスカート、そしてコートであった。
夕は茜に内心で感謝をしつつ、またぞろ非常識なことばかり起きるのだろう、と多少げんなりしつつ監視を続行する。
駐車場に作られた舞台では、つぐみとみはる、そして見慣れない黒髪の女性……いや、女子と言っていい年齢の少女が挨拶をしているのがわかる。
「ま、少女の偶像はいつの時代でも人気がある、か」
見世物小屋やタコ部屋労働、丁稚奉公や娘の身売り、公娼など現代から見れば人権ガン無視の制度や施設、職業が存在した時代から来た夕にとっては、あの程度の子供が見世物になるなど全く当然に近い感覚である。
事実、中村久子という四肢をなくした女性を始め、多くの身体障害者や子供が見世物小屋で身売り同然に働いていたことは歴然とした史実であった。
それらは当然のように現代では否定されている価値観であれども、戦前の常識を根底に持つ廻と夕、そしてグリッチ・エッグというファンタジー世界の常識に染まっているミナもルルも気にするところではなかった。
「好ましいものではないが、な―――と、なんだ貴様は」
そんなつぶやきをした夕に群がる者たちが現れる。
それは―――なんと言えばいいか、当然のことではあったのだが。
「ねーお姉さん俺らと一緒に遊ばない?」
ナンパであった。
―――半グレが暴れていた頃はほとんどいなかったこの手のナンパ野郎は、平和になった途端割と増えていたのである。
「すまないが、少々待ち合わせをしていてね。私には構わないでほしい」
夕はその男の顔を見もせずにそう告げる。
ナンパ男Aは、一瞬鼻白んだが、それで退くような人間でもなかったらしい。
「でももう君、1時間もこうしてるだろ?すっぽかされたんじゃないの?」
そう追いすがるように言うが、夕はけんもほろろに「遅れるという連絡はあったんだ。すまないが、私はここで待つことが忙しい。女性を誘いたいなら、私以外を狙ってほしい」と返して、以降男の方を見ることはなかった。
「はぁ~?」
視界を塞ぐように立ちはだかるナンパ男Bであったが、そもそも彼女は目視以外にもパッシヴの音波探知と電波探知で現在会場を監視しているので、邪魔とも思わない。
「まあ、寒空の下で私とここにいたいというのなら構わない。ここを動く気はないことだけはわかってほしい」
つまらなそうにそう言って伸びをすると、ホットチョコレートを少し飲んでため息をつく。
「……あ、そ」
その様子に本格的に呆れたのか、男たちは踵を返して去っていく。
(ああいうのも時代を問わずいたのだろうな。市井を知らぬ私達には知る由もないが)
かつての大日本帝国がまだ平和であった頃には。
夕はそうして監視を続ける。
今のところ、なにか起きる様子は―――なかった。
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