異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第67話「どちら様ですか?お知り合いです?」

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―――それからどうなったか。

 

当然のことながら、会場がめちゃくちゃになったためイベントは中止となった。

 

更には会場に開いた大穴はどうしようもなく、駐車場予定地の下の空洞が長年見過ごされていたのだろうという結論が出されるまでそう時間はかからなかった。

 

そして謎の壁や霧、謎の男たちについても―――全く証拠になる画像も映像も残っておらず、即ち開いた穴から湧き出たガスによる集団幻覚として処理されていったのである。

 

そう、現代は証拠となる画像や映像がなければ、多少おかしなことでもそうやって辻褄合わせがなされていく。

 

超常現象の類でしかない勇者や魔法少女の活躍は、こうして再び闇から闇へと葬られた。

 

―――その証拠を唯一持つ少女・伊良湖恋以外については。

 

そして、時刻はそれから少々巻き戻る。

 

廃工場の床面に転がされた男を見て、ミナと空悟が盛大すぎるため息を付いていた。

 

「ちょっと待て……空悟、おめーこいつに覚えあるよなあ?」

 

「うーん、否定してえ。でも否定できる要素がねえ!困ったことに!」

 

はぁ、ではなく、ぼふーと音がしそうなくらい盛大にため息を付いて二人は肩を落とした。

 

「どちら様ですか?お知り合いです?」

 

岬が変身を解いてそう言うと、ミナは苦々しい顔つきで「私が恋愛イベント苦手な理由の一つの原因の一つ……かな?」と押し殺すように言った。

 

ミナはそうして、目の前の地に転がした男について話し始める。

 

そう、それは以前バレンタインイベントへの出席を拒否したミナが心中で思い浮かべた「クラス1の嫌われ男子」の成長した姿であったのだ。

 

それは、割と聞いている全員に「うわぁ」というドン引きの感情を引き起こしたのであった。

 

「顔立ちはまあ普通より上か……格好に気をつけたらそこそこモテそうだな……」

 

「それがなんでまたこんなことを……」

 

親友二人が顔を見合わせ、また一つ大きなため息をつく。

 

「……どうしてそのような倫理のない行動を許したのか。男女七歳にして席を同じゅうせずと礼記にもある。9歳ともなれば、男女の告白の真似事なぞ授業の一環のような形で行うのはよろしくないだろう。その教諭は何を考え……否、わかった。そういう輩であった可能性はあるな。現代には修身はなく、道徳も我々の時代のようなものではないと把握している。人は二時間もあれば簡単に洗脳できるのだ」

 

そして、珍しく饒舌に幼馴染の親友たちの心にトラウマを残した事件について廻は寸評した。

 

「うーん、まあ多分あってるとは思うけども……」

 

「そんなことより、ミナちゃん!女神様……っていうか、ヒトコシノミコト様に会いましたですよ!」

 

ぼやくミナに岬はそう伝え、「いらない気遣いで迷惑かけたって謝っていたのです」と続けた。

 

「マジで?私が見てない間に岬の精神に干渉したのか……やっぱすごい神様なのね。そう……やっぱり気遣いだったのか、この体……」

 

ミナはまた一つ大きなため息をついて、結果的に役に立ってるししゃあねえわ、とつぶやく。

 

「それで、今それを話すってことは、やっぱりこいつは虹色の飴玉の関係者ってことなのね」

 

「そうなのです!あ!」

 

岬はその時、何かに気づく。

 

「そうなのです!ミナちゃんが持ってる虹色の飴玉、全部出してくださいです!それがあればパワーアップできるのですよ!」

 

岬はそう言って手を出した。

 

「あれは……マジカル・アナンがあたしから抽出したあたしが大人になるために使った可能性を変質させたものだったのです。それをあたしに戻すことであたしは新しい力を得るようなのです」

 

「……なるほど。詳しい話は後で聞かせて。やっぱあれはただの願い魔じゃあなかったってことねぇ」

 

森人の勇者は頭をガシガシと掻いて天井を見上げる。

 

「しっかし、こいつどうしようかしら……」

 

ため息がとめどなく出てくる展開である。

 

なんで今更になって空悟以外の小学生時代の同級生と関わらなければならないのか。

 

それもあのクソみたいな思い出のある元嫌われ男子に。

 

ミナはまたそう考えて嘆息する。

 

660年ほどの時を超えてミナの前に立ちはだかったそれは、なんとも疲労感の強いものであった。

 

そして転がる元覆面レスラーを見下ろして続ける。

 

「とりあえず―――」

 

起こすか、と言いかけてミナはヒヒイロカネの小剣を振るった。

 

「あれ?バレた?」

 

そこには空悟の首にナイフを突き立てようとする小柄な女が一人いたのである。

 

ナイフを払われ、猫のようにバク転で下がる女を、廻は睨めつける。

 

「ミナ殿が剣を振るう瞬間まで、一切の反応がなかった。魔法的な隠蔽か」

 

「あ、あぶねぇ……」

 

首筋を抑え冷や汗を流す空悟を見て、ミナもまた厳しい表情をした。

 

「ここまで近づかれるまで、私もルルも気づかなかった……空悟も岬もゴブリンだの相手なら万に一つも敗れないほどになっているのに」

 

ヒヒイロカネの小剣を金剛石の長剣に持ち替えて、ミナはギロリと女を睨む。

 

暗殺者の気配遮断や魔術によるそれならば当然気付く。

 

単純な姿消しであれば、当然廻たちが捕捉しているだろう。

 

「……短距離転移、それも魔力をほとんど使わない類の……」

 

「いったい何者なのですか!」

 

怒りを滲ませ、岬が女に杖を突きつける。

 

女の顔は―――半分が白い仮面に覆われていて、もう半分は相当な美人としか言いようのない顔をしていたのだが―――

 

「……!」

 

ミナの脳裏に何かが浮かんだような気がした。

 

それは空悟も同じだったようで、なんとも言えない表情になる。

 

「……殺されそうになった俺が言うのもなんだが、あんたどこかで俺たちと会っていないか……?」

 

その言葉が……トリガーとなった。

 

「ひっ!ひひひひひひっ!ああ、そうだろうね!覚えていないだろうね!だけど、あの時助けてくれなかったやつぁ、みんな酷い目によ……」

 

哄笑を上げて、そしてひやりとするほどの声でこちらを睨む。

 

「だから、それは返しなよ……その男は私のものだ……!」

 

ひゅん、とどこから取り出したかわからないナイフをこちらに飛ばしてくる。

 

その嫌な気配に、ミナと岬は同時に言った。

 

「「それに直接触れちゃダメ!」なのです!」

 

ミナが金剛石の剣を振るい、岬がステッキからエネルギーボルトを放つ。

 

それを受けて地面に落ちたナイフは、黒い靄を……そう、ふんどしマスクマンどもが現れたのと同じ闇を放ちながら消えていった。

 

「やはり呪いの類でしたか」

 

ルルが禍々しい杖を女に向けて微笑んだ。

 

「今すぐここで消し飛ばされるのと、降伏するの、どちらがいいですか?」

 

「あたしに浄化されるのも手なのですよ!さあ、選ぶのです!」

 

岬が追加とばかりに杖を向け、瞬間的に変身を完了させる。

 

それを見た女は、チッ、と大きな舌打ちをしてバク転をする。

 

そして、そのまま―――信じられないことに闇に溶けるように消えていき、気配も同じく消え去り、物理的な探知も出来なくなっていったのだ。

 

「―――対象、失認。逃がしたぞ、金髪女」

 

夕の言葉にミナはまたガシガシと頭を掻いて「また……めんどくさくなりそうね!ああ、全く!」とぼやいた。

 

「本当なのです!」

 

岬も同じように怒り、そして目の前の元マスクドジェラシーを見て「でもなんとかしないといけないのです。あんなこと繰り返されてはたまったものではないのです」と使命感を表す。

 

そして、ミナに再び手を出して「あの飴玉を使いますです」と言った。

 

ミナは「しゃーないわね……」と不承不承に無限のバッグからそれを取り出して岬に渡した。

 

「あのお節介な女神様が言うんだから多分大丈夫だろうとは思うけど……岬に何かあったらあの神様、帰った時に絶対しばいちゃる……」

 

ミシミシと空気が砕けるような圧をミナから受けながら、岬は虹色の飴玉を受け取る。

 

それは次々に岬のティアラを虹色に輝かせながら吸い込まれていき、しかし最初にヒトコシノミコトに虹の欠片を与えられた時のような衣装の変化は起きず、岬は「だいぶ強くなった気がしますです!」とだけ言ってガッツポーズを取った。

 

「とくになんともないなら、それでいいだろう。時間はまだ一三〇〇だ。このボロクズをどうするかも含めてなんとかしなければならんぞ」

 

夕が武装を解除してミナに渡し、代わりに元のカジュアルな衣服を受け取りながらそう言って唇を歪める。

 

―――ちなみにインナーは着ているため、特にストリップのようなことにはならなかった。

 

「そうだなあ……空悟は奥さんのところ戻ったほうがいいだろうしなぁ」

 

「ああ、そうだな。こいつ……寺内だったか。寺内のことはよろしく頼むぜ」

 

ミナに文のところへ戻るように促された空悟は、そう言って踵を返した。

 

「よく覚えてんなおめー。オレは顔以外一切覚えてなかったぞ」

 

その言葉に空悟は「たまたまこないだ卒アル見ただけだぞ」と返し、手を振って去っていく。

 

まだあの女が狙っているかもしれないことを鑑み、ミナは夕をチラと見ると、意を得たりとばかりに何も言わずに夕は空悟とともに廃工場を出ていった。

 

4人は黙ってその背中を見送る。

 

残ったのは静寂と、倒れ伏す男のみ。

 

沈黙を破ったのは廻であった。

 

「ふむ……このまま返してしまっては、同じようにあの女に狙われると見ていいだろう。あれはマスクドジェラシー……だったか。アレとほぼ同一の生命反応を持っていた」

 

「つまり、また魔法少女案件ってことですか……」

 

うんざりした顔だが、いつもの嫌な笑みは浮かべずに岬はふわりと浮かんで空中であぐらをかいた。

 

そのまま風に吹かれるように空中をくるくると回っていく。

 

「これはぁ……話が聞けるなら、伊良湖恋ちゃん、でしたっけ。あの子にも話を聞かないと駄目ですよねえ……」

 

困った顔で空中を回り続ける岬を手で抑えて、ミナは笑った。

 

「ま、私達もいるからどうにかしましょ」

 

「ですねー」

 

そこで廻が一つ提案をした。

 

「―――研究所にしばらく監禁すればいいのではないだろうか。博士であれば存在自体が呪いの類のようなもの。あの女に危害を加えられることもないだろうし、我々が護衛することも可能だ」

 

そして研究所に通常の方法でたどり着くには、バグで作られた亡霊もどきや不死身兵士、頭が兵器の謎人間の群れを突破せねばならない。

 

「ナイスアイデアですね、廻さん。転移してくるとしても、ほとんど魔力を感じさせない隠蔽を施してのそれはせいぜいこちらの単位で100m程度の転移しかできないうえ、そもそもバグダンジョンでは転移自体に制限がかかる。いくら上層が偽物のバグダンジョンとはいえ、それらはほぼ同じです」

 

ルルがミナに首肯すると、ミナもまたそうして「地上は空悟と夕ちゃんに任せて、私たちは研究所で待機するということで」と方針を決定した。

 

その間、ずっと寝させておくために岬はスリープクラウドを男に2回重ねて掛ける。

 

「じゃあ、行きますですか」

 

「OK」

 

そしてミナが記憶陣への帰還を詠唱すると、転がされている男を含めて5人はその場から風のようにいなくなっていた。

 

 

 

一方、その頃。

 

空悟と夕は文と合流し、徒歩で水門家を目指していた。

 

「結局、この棒は使いませんでしたけど……救急車や消防車がひっきりなしに行き来してましたよ、あの商店街」

 

交通情報を確認する限りでは、バスや電車も止まっていたからだ。

 

酒も入るかもしれない、と自家用車を置いてきたのが運の尽きである。

 

「三郎が隠蔽不可能っていうんだから、もうどうしようもないだろう。穴もそのままにしてあるし……」

 

空悟はその事実を思い出し、暗澹たる気持ちで天を仰いだ。

 

せめて事後処理には駆り出されませんように、と刑事なのに色々と事件のたびに別の部署の手伝いをさせられている空悟は祈るばかりである。

 

「気にするな。集成党の施設で金髪女がやった所業に比べれば、死者も行方不明者も出ていない。気にすると禿げるぞ、今野さん」

 

周囲をそれとなく警戒する夕がそう言うと、文も「そうですねえ。あんな超自然現象、オカルト番組のいいネタになるだけで終わりますよ、きっと」と夫の肩を叩いで慰める。

 

「そうだといいなあ……まあ、今考えても仕方ねえか。三郎んちであいつら帰ってくるのを待とう」

 

そこまで言った時、ふと路地の影を見れば。

 

電信柱の影に。

 

「……下がってろ、文」

 

低い声で空悟がそう言うと。

 

そこには、先ほどの顔半分を仮面で覆い、冬に似つかわしくない露出度の高いレオタードを着用した女が立っていたのだ。

 

「……なんですこの人」

 

「さっきまで戦ってたやつだよ。何の用だ、どっかで見た人」

 

空悟は人前で―――そう、完全な市中で武器を振り回すことは避けて空手の構えを取る。

 

それは夕も同じで、そちらは柔道の構えである。

 

「……くっくひひひひひ……そりゃあお前らは覚えちゃいなかろうさ。私のような女のことは……!」

 

手で額と目を覆い女は哄笑する。

 

「空悟さん?」

 

「俺が文以外と付き合ったことはない。断言してもいい」

 

文の刺すような言葉に、迷いなくそう答えて女を睨めつけた。

 

「あんたのせいで妻に誤解されたろうが」

 

ず、と一歩前に出て体を半身だけ敵にさらす構えとなり、右の手刀を前に突き出す。

 

「寺内を知ってるってことは、小学か中学の頃のクラスメートか、あんた?」

 

もうすでに18~19年も前のことだ、気づかないのも無理はないと空悟は考えた。

 

寺内という男にしたところで、たまたま卒業アルバムの写真をこの間見たから思い出していただけである。

 

しかし、目の前の女はそんなことは関係がないと笑う。

 

「やられた方はねえ、忘れないのよぉぉぉ!いじめられた方はぁぁ!!」

 

美しい、と言っていい外見とは裏腹のしゃがれた声、そして半分仮面で覆われた顔。

 

その姿とかつての小学生時代に出会った人々が全くつながらない。

 

しかし、いじめられていた、というキーワードが空悟の頭に突き刺さる。

 

それも女子でいじめられていたクラスメイトなど、ほぼ特定されたようなものであった。

 

「あんた……まさか寺内にチョコ渡すようにクラスのバカ女子に強要されてた富永か!?」

 

「ああ、あなたがバレンタインで一番いやな気分になった時のお話、でしたっけ?」

 

文が懐からミナから預かった護身の棒を取り出しつつそう聞くと、空悟はこくりと首肯する。

 

しかし、彼女の面影と目の前の女がつながらない。

 

あの少女は―――控えめに言って、だ。

 

なぜ女子にいじめられていたか、その理由は聞けば誰にでも理解出来て、そしてその理由を聞けば最低最悪以外の感想を持つ人はそう少なくはないだろう。

 

―――そう、彼女はものすごいデブスであったのだ。

 

おどおどした態度のデブス、デブオはいつだってどこだっていじめの対象だ。

 

その容姿と態度から彼女は女子たちにいじめられていたのだ。

 

そんな彼女のかつてと全くつながらない、美しいスレンダーな体形の美女。

 

成長する過程で変わっていったのか、それはわからない。

 

なぜなら悪夢のバレンタインイベントを経て、いじめが誰の眼にもわかるようになり、空悟や三郎が止めに入る前に彼女は転校していなくなってしまったからだ。

 

「なにがあったか知らんが、少なくとも俺には死ねない理由がある。全力で抵抗させてもらうぜ」

 

「死ぬ?殺す?何を勘違いしてるんだろぉねぇ?私は……お前らを不幸にしてやるだけだよぉ!」

 

空悟のタンカに女は―――富永と呼ばれた美女はまた先ほどのナイフを投げる。

 

当たるわけにはいかない。

 

呪いの塊に触れてしまうことは、一般人を超えつつあるものの地球人にしか過ぎない空悟、そして冒険者現象の加護すらない文には致命的だ。

 

「ちぃ!」

 

空悟は舌打ちをして文を抱いて飛ぶ。

 

お姫様抱っこをされた文は、その動きをまるで八艘跳びのように感じた。

 

「危害を加えるなら容赦せん!」

 

機会をうかがっていた夕が突進し、その軽量化されてもなお人より重い拳が女に突き刺さる―――前に女はバク転してその攻撃を躱した。

 

「文、下ろすぞ!そしたらすぐに棒の力を使え!いいな!」

 

そして、文を守るように前に駆け出すと再び構える。

 

「れ、レイドル!」

 

文が地面に棒を叩きつけ、彼女の周りに不可視の壁が出来たのを確認すると、空悟は女に叫んだ。

 

「俺の幸せと言えば家族だ!それに手を出そうなんざ、ふざけるなよ!」

 

「ああ。ふざけている。聞いていれば、こいつはお前たちと同じ歳だろう。行かず後家はこんなことをしている間に見合いでも受けるがいい!」

 

ビシリと人差し指で指して夕は激昂した。

 

「親御さんも泣いているだろう!」

 

「あ、アッハハハハハウフイヒヒヒヒ!親?親ぁ?親が悲しむわきゃねえだろぉがぁあぁ!」

 

夕の言葉は女の怒りの逆鱗に触れたのか、ぎりぎりと歯ぎしりをして夕を般若のような瞳で睨む。

 

そして続けた。

 

「私がデブでブスだってよぉぉぉ!知ってるくせに、知ってるくせに!恋人を作れだのなんだのと!痩せらんねえんだよ!痩せても遺伝子が仕事して箸にも棒にも掛からねえんだよ!あぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

魂の絶叫が周囲に響く―――と、その瞬間、夕の表情が厳しいものにすり替わった。

 

「……まずい。周囲の音が一切知覚できなくなった。空間にバグ及び虹色の飴玉のエネルギー波を検知。これは閉じ込められたぞ」

 

「マジか!?くっ……いったい何をしようっていうんだ、富永!」

 

「だからぁ、さっきから言ってるだろぉがよぉ……!復讐だ、復讐だよ!あの日以来私はもう駄目なんだよ!20年!20年以上私は!ああ、妬ましい!妬ましい!私がドブスだから、デブだから!そんなことで人をいじめる顔が良いスタイルの良い奴らが憎くてたまらないぃぃぃぃ!!」

 

金切るような声で恨み節が飛んでくる。

 

ああ、それは確かに多くの人間が抱く憎しみ。

 

見た目が劣っているからいじめられる、見た目が優れているから優遇される、というのはよくあることだ。

 

それは一種の才能ではあり、当然それだけで嫉妬や憎しみが生まれることもある。

 

だが、おそらくはミナたちの世界の、あるいは魔法少女の件が関わっているとはいえ、このような姿になるほどとは尋常ではない。

 

あの日の出来事がこのように膨れ上がるとは、と空悟は内心であの場で女子の連中をぶん殴るべきだったと一瞬後悔する。

 

しかし、彼は刑事である。

 

そして、あの胸糞の悪い事件は遠いもう遠い過去である。

 

人間は反省しない。

 

彼女がその利己で罪を犯せば、必ず彼女の中に力で何とかしてやろうという考えが残るに違いない。

 

ならば。

 

感情を交えず、ここは倒すべき時だとわかっていた。

 

「どういう人生歩んできたか知らないし、大体の場合全部が全部他人のせいでも自分のせいでもないけどな。でも、そのために理屈に通らないやり方されても困るんだよ!」

 

例えそうでしか救えないもの、解決できないことがあったとしても。

 

ミナの、彼の親友である三郎の現在のようなファンタジー世界から来た存在ではないのだ。

 

どうしようもなくとも、ちまちまとやっていくしかないことを、目の前の元クラスメートに思い知らせなければならない。

 

「閉じ込められたなら好都合!武器も使えるってこった!」

 

背中からするりと精神注入棒を出して、空悟は正眼に構える。

 

「確認しておくが、手を出したのは俺が最初で間違いないだろうな」

 

「ああぁぁぁぁぁ……そうさ、そうだよぉ……!かっこいいふりしてさぁあ、私がいじめられてることに気づいてなかった奴から不幸にしてやるんだ……!」

 

その言葉に、後ろで文がボソッと「もう手遅れではないでしょうか」と呟いたことを空悟は敢えて無視した。

 

錯乱しているのかもしれない。

 

叩きのめして確保してから詳しい話を聞こうと思い、夕に首肯すると夕もまた日の丸のような宝玉のついたハチマキ、即ち殺人光線発射装置を装備する。

 

「はぁははははぁ!!ヒャーッハッハッハッハッハ!」

 

女は狂乱し、仮面で覆われた方の顔を抑えながらナイフを投げる。

 

その姿に彼は見覚えがあった。

 

(半グレどものリーダーに……治田金治に言動や狂いぶりが似ている)

 

ナイフを精神注入棒で弾きながら空悟は、あの狂乱した男を思い出す。

 

顔の半分が光を映さぬ黒に染まり、それが魔物と化したことを。

 

早く気絶でもなんでもさせなければ、あの時と同じことになるのではないか?

 

あのように魔物と化してしまえば、斃すしかないことを空悟はミナから聞かされている。

 

だったらとっとと気絶でもさせてから、三郎に任せるべきだな、と空悟は判断して速攻を決断した。

 

空悟はスゥ、と大きく息を吸いこむ。

 

「夕さん、投げナイフは任せる。俺はまっすぐに突っ込む」

 

その言葉に、夕は首肯し「任せろ」と短く答え、位置を女の右90度に移動した。

 

そこからならばどんな距離であれ、光の速さで敵を焼く殺人光線が間に合わないことはない。

 

「よぉぉぉぉし!うおおおおおおおお!!」

 

裂帛の気迫を込めて刑事は走る。

 

「ひっ!?」

 

その形相に驚いた女は投げナイフを三度投げるが、すべて殺人光線によって撃墜される。

 

撃墜された投げナイフが、一緒に閉じ込められたと思われる壁の上でビビりあがり動けなくなった猫に突き刺さると、それは消え去って猫は昏倒した。

 

それに気づくこともなく、空悟は精神注入棒を女の鳩尾へと「殺すつもりで」刺突する。

 

ドボ、と肉に物体が埋まる嫌な音がして、「ごぁぁ!?」と反吐を吐いて女は吹き飛んで壁に衝突する。

 

そして、ガクリとうなだれて地面に俯せに伸びたのだった。

 

「―――内臓損傷検知されず。骨折なし。生命活動に支障なし。念のため脈でも図っておけ」

 

夕の言葉に、空悟は近づいて女の脈を取った。

 

「よし―――死んじゃいないな。あのなんとかオークみたいになったらやばかった」

 

股を開いてだらしなく伸びた女を仰向けにして、手錠をかける。

 

警察の手錠ではなく、研究所の博士に作ってもらった廻たちの装甲と同じ材質で出来た頑強なものである。

 

同じく両の足首をバッグの中から出したガムテープでぐるぐる巻きにして、空悟はやっと一息をついた。

 

ミナのアイテムが作った結界から出てきた文が、その様子をジト目で見ていたのは言うまでもない。

 

怪しいというか、化け物のたぐいとはいえ美女は美女。

 

それに触れる夫にそう思うのは、まあ仕方のないことと言えた。

 

―――ふとナイフが刺さって地面に落ちた猫は、一滴の血も流していないことに文は気づく。

 

しかし、その猫を見た彼女は露骨に嫌そうな顔をした。

 

否、せざるを得なかった。

 

猫のはず、猫のはずなのに、猫に見えない。

 

猫のような気持ちの悪い何かにしか。

 

「どうした、文?お前猫好きだろ?今まで見たことないような顔してるぞ、お前!?」

 

「い、いえ……どうしたことでしょう?なぜか、なぜかあの猫からすごく嫌悪感を感じるんです……」

 

空悟の心配に、文は自分の感情が理解できないといった涙目で夫の瞳を見つめた。

 

「……これがこの女の仕業とするなら」

 

夕が殺人光線照射装置を外しながらそう言うと、空悟は肯じて「三郎にこの猫を見せよう」と気絶している猫の首根っこを掴んで夕に渡した。

 

「く、空悟さんは平気なんですね、それ……」

 

文が今にも泣きだしそうな瞳で空悟を見るが、彼は手をハンカチで拭いて「なんでだろうな?俺にもわからん」と言って富永と呼ばれた女を肩口に担ぐ。

 

「後は見つかんねーように三郎んち行くだけだなあ……」

 

少々暗澹たる気分で、静寂の中を空悟は歩きだしたのであった。

 




今年はありがとうございました。
また来年もよろしくおねがいします。
みなさん良いお年を。

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