異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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あけましておめでとうございます。
旧年は大変お世話になりました。
ありがとうございます。
本年もどうかご愛顧の程をよろしくお願いいたします。


第68話「了解なのです!そこの人!気持ちをしっかり持ってくださいね!」

-68-

 

人気がないことを確認した夕は、富永を担いだ空悟とその後ろを歩く文を促して歩き出した。

 

水門家まではあと数百メートルというところだ。

 

もう200mも近づいていれば、メイズウッドの魔力によって富永は彼らに近づくこともできなかったはずだ。

 

双方にとってそれは運がいいのか、悪いのか。

 

幸いにして周囲の民家からこの光景が見とがめられることはなかったらしく、3人と荷物は無事水門家へと到着する。

 

すると、空から翼の音がして―――現れたガーゴイルの背に乗っていたのは確かにミナであった。

 

「大丈夫かー……って、その様子だと、大丈夫だったらしいな」

 

「大丈夫っつーか、なんつーか……こいつ富永だぞ」

 

どさりと縁側に女を寝かせて、空悟ははーとため息をついた。

 

「通りで見おぼえがあるわけだ……あのいじめられっ子のデブスがこれじゃあ一致するはずもない。名前なんだっけ?」

 

ミナは彼女の白い仮面に指で触れながら、そう親友に聞く。

 

「確か……とんびじゃなかったか?」

 

「いや流石にそれはねー……とは言えないか。ぬえ子ちゃんって前例がある」

 

とはいえ彼女は21世紀の生まれである。

 

ミナたちと同じく20世紀の生まれと仮定すれば、DQNネームに属する名前だろうとミナは頭を抱えた。

 

「この仮面は多分、岬たちと同じく魔法少女の力のようだな。体をこうしているのはバグだ。清水さんが夕ちゃんの抱えてる猫に嫌悪感を抱くのもそれが原因で間違いないだろう」

 

ミナはそうして寝かせた女を更に縛るためにロープを一本取りだした。

 

「優しく麗しく淫らなる森の乙女ドライアードよ。その腕で我が敵を覆え。その愛で我が敵を縛れ」

 

そうして縄にアイヴィーロックの緑の光が宿り、それは富永を縛り上げる。

 

アイヴィーロックは木々が多くない場所でも、こうして使用できる使い勝手の良い術である。

 

「これでよし。しかし、好悪反転とはマイナーな術を使う……」

 

ミナはパンパンと手のほこりを払いつつ、そう言って嘆息した。

 

「好悪反転……つまり、私がいまこの猫?らしきもの?に嫌悪を抱いているのは……?」

 

「そう。他人が被害者に本来抱くはずの好意を反転させて嫌悪に変えるのがこの術だ。オレにも空悟にも効いてないのはオレらがこの術に抵抗できるだけの精神力を持っているからだよ、清水さん。もし、これを空悟が受けていたら……」

 

「好き嫌いが反転して、私は空悟さんを拒絶してしまう……?」

 

文の深刻そうな言葉に、ミナは「大正解」と答えて女を見た。

 

「通常持続しない呪いだけど、目の前の好きな人が突然嫌悪や憎悪を示してくる……それだけでも恐ろしいことだ。幸せを壊すって言葉に嘘はなかったらしい」

 

ミナはもうクソデカため息としか言いようのない大きなため息をついて、「怨恨でこんなもんばらまかれちゃあ困るなんてもんじゃないわい」と呟いて、完全にぐるぐる巻きになった女を担ぎ上げた。

 

「清水さん、すまねえけど空悟や夕ちゃんと一緒にうちで留守番しててくんねーか?オレたちはこいつを博士んとこの営倉にたたっこんでくるわ」

 

「あ、はい。それはいいですけど……どうするつもりですか?」

 

気を取り直した文に振り返ったミナは嫌そうな笑みを浮かべて答える。

 

「もちろんこれ以上被害出さないための方法の模索」

 

そう言って、簡単な説明を始める。

 

「このままじゃあこのかつてのオレや空悟のクラスメートは魔物になっちまう。それを防いでるのがこの仮面のようだけど、これは虹色の飴玉の欠片だと思う。岬に見てもらわないとわからないが」

 

だから、リムーブカースやパーフェクト・ディスペルなど、バグを消す方策を実行したのちに仮面を取り除くしかない、と。

 

「ここまで歪んじまったら、多分後遺症は残ると思うけどさ……」

 

暗澹たる気分でミナは目頭を押さえる。

 

20年や30年前の因縁が襲い掛かってくるのはエルフの世界では日常茶飯事だ。

 

だが、この世界は地球人しかいない世界である。

 

そこで小学校の因縁に悩まされるのは何とも度し難い。

 

とはいえ、忘れられぬ恨みつらみというものは只人であれ小人であれ山人であれ抱くものだ。

 

「まあ、少なくとも本人以外に塁を及ぼすこの手の術は気に食わないので、お仕置きするだけだわ、オレとしちゃ」

 

「無茶すんなよ」

 

「わかってるよ。んじゃ、よろしくな」

 

そう言って、女を連れてミナは研究所へと帰還する。

 

空悟は「やれやれだ」と目を細めて、本日何度目かわからないため息をつくのであった。

 

 

 

「ふー……」

 

ミナは研究所の奥の区画にあった営倉、つまり軍で兵隊がやらかした時のための牢屋に女を放り込んで一息ついた。

 

無論、別に罰のために放り込んでいるわけではないので、きちんとベッドに寝かせ、そのベッドには清潔なシーツと毛布が敷かれている。

 

少し離れた一室には同じように拘束された元マスクドジェラシー、寺内が寝かされているはずである。

 

「こいつも虹の欠片の被害者だった、ってわけではなさそうですね」

 

岬が変身を解かないまま、そう言って仮面にステッキを伸ばした。

 

バリ、と黒い雷のようなものが走り、仮面はステッキを拒絶する。

 

『バグと混ざっているのだな、これは』

 

廻が言うと、ルルが肯んじる。

 

「ええ、これはバグに完全に侵されていますね。リムーブ・カースもパーフェクト・ディスペルもこうなってしまっては効果がなく、普通は殺す以外に方策がない……僕がいなければ、ですが」

 

ルルは杖を取り出して、素早く女にその先端を向けた。

 

「いいですね、ミナさん」

 

「致し方ないわ……許可。私の前世のクラスメートだからね。今回だけは見逃すわ」

 

ミナはそう言ってルルの額に手を当てて、「森人の勇者が死の王へと、我らが偉大なる調律者ディーヴァーガの名と契約において命を下す」と神聖語で唱えた。

 

すると額に複雑な模様―――ディーヴァーガの白い聖印が輝き、次いでルルの目が妖しく輝く。

 

それはルル本人が自らの意思で封じている死の王リッチーの権能を一時的に呼び覚ました。

 

「死よ、死を生み出す歪みよ、我が前に在りし歪みを依り代へと成就させたまえ。死は至高の歪みたれば、死の前に征く歪みを見放すなかれ―――スタチュー・オブ・ディストーション」

 

瞬間、牢の外に富永を模しながらも、奇妙に曲がりくねった石像が現れる。

 

その像の目が怪しく紫色に光ると、その光に吸い寄せられるように富永の体から黒い靄のようなものが現れ、徐々に像に吸い込まれていく。

 

「一時しのぎでしかないかもしれないのですが、これでどうにかなるかな、と」

 

ルルの瞳の妖しい輝きが消え失せると、ルルは額の汗を拭いて微笑んだ。

 

周囲のバグを吸い取り無機物からアンデッドを作り出す術がスタチュー・オブ・ディストーションである。

 

歪んだ像はそのうちにアンデッドとなり動き出すだろう。

 

それを倒してしまえばおしまいであるのだが、それには問題がある。

 

「問題、ですか?」

 

「バグというのはあらゆる間違い、歪み、闇です。基本的にどこにでも潜み、どのようなものにもなり、あらゆるものを間違わせ、歪ませます。不定形不規則性流体と薺川殿が言っていましたが、一面正しいのです、それは。ありとあらゆるものになる―――つまり」

 

ルルは聞いた岬の胸に直接は触れぬよう指を当てる。

 

「あなたの心から生まれたバグであれば、あなたの心の歪みを、怒り、憎しみ、懊悩を象ったものになるでしょう」

 

その言葉に、岬は首をひねり、ピンと何かを思いついたように目を見開いた。

 

「ああー……じゃあもし、この嫌な石像から生まれたアンデッドを下手に殺すと……」

 

「そ。この富永さんの心が壊されてしまうかもしれないのよ。あー面倒くさい……」

 

岬の言葉を継いで、ミナが額に手を当てて深いため息をつく。

 

『つまり、最終手段としてそれは取っておくしかないということだな。ルル殿、そのアンデッドは君は制御できるのではないのかね?』

 

ルルはその言葉に首を横に振った。

 

「リッチーの権能をずっと使っていていいなら出来ますけどね、僕はやりたくないし、ミナさんも認めないでしょう」

 

ミナはその言葉に小さく頷き、廻を見た。

 

「ルルの力は、本当に危険だから……ごめんなさい」

 

頭を下げたエルフの少女に、機械人形の男は『気にする必要はない。ならば』と硬質のワイヤーらしきものを持ち出してくる。

 

『これは私や夕の装甲と同じ素材、かつ不定形不規則性流体への侵食耐性を与えられている鋼索だ。これで今のうちに捕縛しておこう』

 

「よし、じゃあ私はこれを強化するから、ルルはアンデッド生成まで監視してて。岬は万一のときのために変身は解除しないこと」

 

「承知しました」「了解なのです!」

 

二人の返事に首肯して、ミナはワイヤーを手に呪文を唱え始める。

 

「世界を調律する我らが祭神よ。この剣を矢を調律し、相対する力としたまえ。ホーリーウェポン」

 

白い光が鋼索に宿り、ミナはそれを引っ張ってみる。

 

「よし、付与成功。元の耐性を落としてるということもないはず。じゃあ縛っちゃいましょうねえ」

 

ミナはニタリと笑って、黒い靄がまとわりつく歪んだ像に手早くワイヤーを巻き付けていき、そしてワイヤーの端を牢の格子にぎっちりと縛り付ける。

 

「これでいいかしら」

 

『上出来だ。後は、岬。あの仮面に触れられるようになったら頼む』

 

「了解なのです。ん~……しかし、なんでしょうね。なんでこの人はあっちにいるしっ〇〇スクもどきを『自分のもの』だなんていったのでしょうかなのです」

 

岬は廻に頭を撫でられながら疑問を呈する。

 

しかし、それを答えるべきものは未だに昏倒したままであり、帰ってくる答えはない。

 

「復讐の相手、って風でもなかったし一体何なのかしらね。でも、きっとろくでもないことでしょう」

 

ミナがそう言うと、営倉の廊下にシートを引いてどっかと胡坐をかく。

 

「まあ、あの致命傷級のバグを吸い尽くすにはまだ時間がかかるから、座って待ってましょう」

 

『賛成だ。敵を前にしてだが、休憩をして備えよう』

 

廻は躯体も含めて完全武装のその状態で、直立不動となる。

 

『私には休息は必要ないが、君たちには必要だ。特に岬は変身をほとんど解いていない』

 

優しく岬を見つめながら廻は笑う。

 

そしてしばしの時間がすぎる。

 

座って飲み物などを飲みつつ、その瞬間を待ち構える。

 

その時間は十数分にしか過ぎなかったが、体感としては1時間にも岬には思えた。

 

目を瞑って深呼吸する。

 

深く、深く息を吸い、深く、大きく息を吐く。

 

目の前の像が動き出す瞬間を待って、深く息をする。

 

「邪神、か……」

 

「邪神、ですか……」

 

ミナの呟きに岬も呟く。

 

「あのドミネーターのくそ野郎に封印されてたヒトコシノミコト様が言うんだったら、多分その可能性が高いんだろうね……エストロヴァの雪片を砕いたのもヤツ、なのかしら。まだわかんないわね」

 

ミナは頭を振る。

 

「どちらにせよ、あいつの狙いはあっちの世界の崩壊。そのために私やルルを利用しようとしていたのだもの。魔法少女の岬、私の親友である空悟、それに魔王と戦えるほどの力を持つ廻さんと夕ちゃん。みんなを利用しようとしても不思議はないの」

 

妖精の勇者はそうして剣を取り出す。

 

それは黄昏の剣と呼ばれる、破邪滅神の力を持つ勇者の剣だ。

 

「それを使ってドミネーターを倒したのですね?」

 

「そうよ。あれで生きているとは思えない……だけど、可能性が高いならこれを使う必要も出てくる」

 

ミナはすぐに剣をしまって、像を見た。

 

見れば、もう大分と富永から出ている靄の量が減っている。

 

もうすぐ無機物からアンデッドが生成されるはずである。

 

ミナは立ち上がり、岬に手を伸ばす。

 

「さ、そろそろみたいね」

 

「なのですね……」

 

ミナの手を握って岬は立ち上がり、歪んだ像を睨めつける。

 

靄が抜けきりつつある富永という名前の女性の体は、今まで褐色に染まっていた部分が肌色に戻ってはいるが、仮面はまだ取れていないし体型や容姿にも変化は見られない。

 

時折苦しそうなうめき声を上げているが、目覚める様子もない。

 

―――そうして更に1分が経過して。

 

歪んだ像が形を取り始める。

 

無機物から有機物が生成され、ぶじゅぶじゅと嫌な音を立てて像は膨らんでいく―――そうしてワイヤーがその肉に食い込んでいった。

 

「これはモンスターとしてはなんというのですか?」

 

「これは術の名と同じ、『歪みの像』と名付けたモンスターです。僕の研究成果の一つでした。つまり、バグから生まれるものではない、生命が歪んだものでもないアンデッドの作成についての研究の一つの成果ですね」

 

ルルは瞑目して解説する。

 

そしてこれはアンデッド、それも人食いの食屍鬼のようなものとなる。

 

そして吸い込んだバグの性質を取り込み、より強大になるのだと。

 

「さあ、生まれますよ。あの女の性質を取り込んだものが」

 

―――そして、生まれた。

 

『ハァハハハァァハァァァァ……!』

 

牢の中で寝ている女性とほとんど同じ容姿。

 

しかし、全身が漆黒に染まり―――仮面で覆われていた顔の半分は老婆の醜い顔が浮かんでいる。

 

『うっ!動けぬ!こ、これは!』

 

「これは、じゃなくて普通にエンチャントしたワイヤーで縛り上げただけだけど?」

 

ミナがしれっとそう言うと、女のような何かは激しく怒りを叫んだ。

 

『ギィィィィィィィィィィィィィッ!よくも私をォォォォォォ!!』

 

ワイヤーで完全に拘束されながら、その女は妖しく身じろぎをして拘束に抵抗する。

 

その顕になった老婆の半顔がなければ、それは恐ろしくも扇情的な光景に見えたはずだ。

 

『よくも!私の復讐を邪魔したな!私をこんなふうにしたものたちを!不幸にする邪魔をぉぉぉぉぉぉぉ!!!』

 

金切り声が周囲に響く。

 

―――その声に、牢の中の女が目を覚ました。

 

「こ、ここは……私、なんで……あれ……なんで、痩せ……えぇ……?」

 

目を覚ました女は、バグを吸い取られる前と全く異なる穏やかな表情で歪んだ黒い女を見つめた。

 

そして、自分の腹に肉がないこと、そして自分の顔に何かが張り付いていることに困惑し、恐怖の表情を浮かべた。

 

「よしそこの人!絶対そこからこっちに近づいちゃ駄目よ!」

 

ミナが叫び、叫ばれた女はビクリと肩を震わせて「は、はいぃ……」とおどおどした態度で牢の隅へと下がっていく。

 

『なるほど。やはりバグで性格を歪まされていたということか』

 

廻が戦闘態勢に入り、黒い女を睨めつける。

 

『ぎひひひひひっ!お前らだァ!お前らだァァァ!』

 

憎しみの目でそれは岬とミナを見つめる。

 

『あの時、めんどくさいと思っただろォ!お前ぇ!助けようとなんか思ってなかっただろォがぁぁぁ!!』

 

「……」

 

それに対して、ミナはしばし沈黙する。

 

沈黙して、そしてやがてため息を付いた。

 

「あのね。教師公認で行われてる糾弾会、それも傍目には寺内くんが悪いようにしか見えないやり方でやられたらこっちもどうにも出来なかったわよ……って、オレが水門三郎だってことに気づいてんのか、あんた?」

 

ミナは黒い女がそうと気づいたことに驚き、男口調で睨めつける。

 

その魔すら射抜く勇者の眼光に、怯むことなく女は金切り声を更にうるさく、不快に、空間に撒き散らした。

 

『ああ、そうさ!そうだぁ!半分女になってる気持ち悪い奴め!クラスでの立ち位置は私とそう変わらなかったのに、なんでお前はいじめられてなかったんだ!』

 

「あー、ぶっちゃけオレの場合空悟が防波堤になってたから。あいつガキの頃からガタイも性格もいいからな。あっちもこっちに迷惑色々かけてくれたけど、こっちも気を使わせてたんだよなぁ……で、それがどうしたってんだよ。空悟はお前さんがすぐに転校してなきゃ、女子共に男女平等パンチ食らわすつもりだったんだぜ」

 

しらっとした顔でミナは女に答える。

 

ミナは思い出す。

 

バレンタインの糾弾会の後、空悟が富永と同じくあまり容姿が良くない女子に富永がいじめられていたことを聞いて、女子のリーダーになっていた少女を必ず殴り倒すと決意したときのことを。

 

バレンタインの翌日に、突然富永が転校し、振り上げられた拳はついに降ろされることはなかったことを。

 

遠い遠い、もう600年以上前の出来事だがハイエルフの精神とかつての自分の死体から読み取った記憶は、そのことを鮮明に思い出させてくれていた。

 

不意に、気分が悪くなる。

 

それは―――その記憶が邪神に消されていた記憶の一つであったことを意味していた。

 

「岬、マスクドジェラシーとやらにやった技をあいつにぶちかまして。あれはバグの塊だけど、あなたのあの魔法ならなんとかできるかもしれない。アレを倒しても、多分……」

 

ミナは女を睨めつける。

 

女の口から言わせるために、黒い女を睨めつけた。

 

『ハッ?!私を倒す!?そんなことをしてみろぉ!そこで震えてる私の本体は死ぬ!億が一に死ななくてもぉ!廃人になるぅ!私はヤツの心の一部だからだぁ!!』

 

その言葉に、ミナはニタリと笑って、岬に「よし、言質は取った。倒さなければいいというわけ!存分に"浄化"しなさい!」と叫んだ。

 

「了解なのです!そこの人!気持ちをしっかり持ってくださいね!」

 

「あ、はい……何が何だか分からないのですけども……」

 

状況が飲み込めていない富永を見て、岬は「少なくともじっとしててくださいですよ!」と笑う。

 

「光よ―――夢と希望は悪しき心に歪められた―――その心、支配するものから解き放ち給え」

 

掲げられたステッキには虹色の輝き。

 

虹色の輝きは華と萌え、光と燃ゆる。

 

「悪しきを、凶つを、魔に落つ前の姿へ。天の道を思い出させるのです―――!」

 

瞳はまっすぐに黒い女を穿つ。

 

『くそ、くそおおおおぉぉぉぉぉ!わけもわからぬままに!滅ぼされるのかァァァァ!!ちくしょおおおおおおお!!!』

 

「やかましいのです!いい加減にお眠りなさい!アナン・レインボー・フラワー!チャージアップなのです!!」

 

虹色のひまわりはワイヤーでがんじがらめにされた女を包み、そして一層の輝きを放った。

 

『ひ、ひぃぃぃぃぃ!?!?き、消える!消えるぅ!全部消えるぅ!?!?』

 

女の叫びに、岬はステッキを振って踵を返す。

 

「おやすみなさい!また明日!ぐっすり眠って、また明日!」

 

虹色の爆光が爆ぜて、ガラン、と小さな音を立てて元の歪んだ石像へ戻った名もなきものは地面に落ちた。

 

そして、同時に彼女の。

 

富永の顔半分を覆う白い仮面もまたカランと落っこちた。

 

そして、その顕になった部分は―――もう半分の美女の顔とは似ても似つかない、傷だらけの顔だ。

 

彼女の本来の顔とも違うのだろう、痛々しい傷だらけの顔が見えたのだ。

 

ほとんど原型をとどめていないと言っても良い、殴られ蹴られてぼろぼろになったものだ。

 

それはなまじもう半分が美女であるため、余計に痛々しく映る。

 

「あの、事情が飲み込めないのですけども……なぜ、私はこんな―――う、っ」

 

「おっと、しっかりしたまえ」

 

よろめいた富永を牢の中に入って廻が支える。

 

そして、「気をしっかり持ってほしい」と言った。

 

その言葉を聞くやいなや、富永はその意識を手放して廻にそのまましなだれかかる。

 

気を失った彼女を持ち上げると、そっと廻は彼女をベッドに寝かせた。

 

「……あの半分の顔はともかく、浄化してももとに戻らなかったのなら、もうあの体はどうしようもないわね……」

 

「どうすればいいですかね……彼女はバグに操られていた感じですし……」

 

彼女も岬と同じ、戸籍を失う可能性すらある状態だということが、目の前でぐったりする女の姿を見れば一目瞭然だ。

 

しかし、それをどうにかする術が思いつかない状況である。

 

岬の時と違って、彼女はもうほとんど無関係とすら言える人間である。

 

このままにするわけにも行かないだろうが、今すぐどうこうしようという気持ちは起きなかった。

 

「うーーーん……じゃあ、せめて顔半分だけでもどうにかしてあげましょうなのです」

 

「普通の傷じゃないっぽいし、どうにかできるとは……ああ、なるほど」

 

うんうんと唸る岬を見て、ミナは何かを思いついたように白い仮面を手にとって、岬に渡した。

 

「女神様は邪悪な願いじゃないなら、持たせたままでもいいって言ってたのよね?じゃあ、今こそ使うべきじゃないかしら」

 

渡された岬は「でもですね……確実に邪悪な願いじゃないですか、バグによって多分歪められていたんでしょうけども」と逡巡する。

 

富永に毛布をかけた廻はそんな岬に「難しく考える必要はない。君の願いとして使うのだ。この女性の顔を治す、という願いとして」と言って笑った。

 

「ああ、そういうことは……できるんでしょうか。やっては見ますけども」

 

岬はそうして、額に白い仮面から変化した虹の欠片を当てようとする―――と、その時であった。

 

『まさかここまで躊躇なくやるとはな……恐れを知らぬか、森人の勇者とその一党』

 

ズズ、と歪んだ石像から何かが染み出してくる。

 

黒い、黒いシミだ。

 

「なるほど。貴様が彼女とあの覆面の中身を歪ませた張本人か」

 

ルルが冷たい声で禍々しい杖をシミに向ける。

 

それは、ただ静かに『そうだ』とくぐもった声で答えた。

 

『あの女は奥底で復讐を果たしたかった。そしてあの男を自分のものにしたかった。あの男は異性に好かれたかったが叶わぬことを他にぶつけたいと願った。私は手に入れたそれを使って二人を歪ませたに過ぎない』

 

シミは自らを矢印に変えて、富永を指し、次いで寺内が眠っている牢を示す。

 

「ん……?ちょっと待て、そりゃどういうこと?富永さんは寺内くんのこと好きだったの?マジで?」

 

ミナがその言葉に困惑してそう聞くと、黒いシミは『然り』と答える。

 

『私はその古い願いを、20年の懊悩とともに歪ませたのみ。さあ、森人の勇者よ。私をどうする?』

 

その黒いシミはシミを笑みの形に歪ませて続ける。

 

『消すもよかろう。が、悲しむべきかな。私を滅ぼしても既に災厄は汝の大事なもののいる場所へと撒かれている』

 

その言葉を黒いシミが言い終える前に、ミナはルルに「私と岬は空悟たちのところへ行く!あんたはこれを捕獲するか出来ない時は消して!それから寺内くんと富永さんを監視してて!廻さんもお願い!」

 

「承知しました」「心得た」

 

二人の首肯を見て、ミナと岬は駆け出す。

 

研究所のエレベーターに飛び乗り、外に出たらすぐにガーゴイルを召喚して家へとんぼ返りするのだ。

 

「ああ、もう!空悟、無事でいろよ!」

 

「早く、早くしてくださいです博士!早く開けて!スピードアップして!」

 

二人は焦燥を感じながら、自宅へと急行する―――メイズウッドの弱点を突かれたのだ。

 

敵意を持つものを寄せ付けないメイズウッドの術。

 

しかし、それは敵意を持たないものが豹変することまでは対応の外だ。

 

―――即ち。

 

 

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