異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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鍾乳洞は―――本当にどこまでも続いているようだった。
何時間歩いてもまだ全く景色が変わらない。
まるでループしているかのようであったが、ミナにもルルにも無限回廊―――つまり空間の歪みによるループを発生させる罠の気配は感じられなかった。
と、同時に―――
「気づいているか、ミナ殿」
「―――ええ。時間が『動いていない』」
みはるとつぐみをブルーシートを敷いて休ませ、周囲の警戒に立つ二人はそう話をした。
「私の体内の原子時計が動いていない。故障の徴候はないにもかかわらず―――周囲の時間が動いていないとしか思えない」
「ええ、廻さんの言うとおりです。ここは時間の精霊が動いていない閉鎖空間ですよ―――敵は私達を餓死させるつもりね」
廻の疑問に答えたミナは杖を上に向ける。
「おそらく、なにかリドルをクリアしないとここから出ることは叶わない。あれから体感時間では3時間は経過しています」
ミナは動かなければ仕方ないといった手前少々気まずい気持ちもあったが、ここまで露骨だとこれ以上動くのは危険だという気持ちに傾いていた。
何より一般人であるフライング・ガールズ・サーカスの二人が持たない。
まずはなにか食事をしてから考えるべきだな、とミナが無限のバッグに手を入れた瞬間にそれは起こった。
ズズ、となにかがズレる音がして―――天井がわずかに開き、そしてすぐに閉まる。
その一瞬、一瞬だけ。
時の精霊が動いた。
ミナは廻を見て首を縦に振ると、廻も「ああ、2.3秒だけだが動いた」と答えてくれた。
「ヒントは得た。あとは考えるだけなので、しばらくここで休みましょう―――出ればすぐに戦闘になる」
「そうですね」
近づいてきたルルがペットボトルを1本渡して笑った。
「さ、ミナさんはみはる殿らを安心させてあげてください。僕はあちらを止めに行くので」
「あー……うん、任す。夕飯のおかず、何がいい?」
「そうですね……ミナさんの作るものならなんでも好きですが―――お鍋とかどうです?」
少年がそう答えると、廻も「賛成だ」と首肯する。
「じゃあ岬と夕ちゃんは最初から多数決負けってことで」
ミナはそう言い残してブルーシートへ近づいていき、ルルはちょっと先で口論している―――二人の魔法少女のところへ向かう。
あの天井が開いた瞬間、これは実は大したことがないのではないか、と廻は考えたが―――
それが正しいかどうかはすぐに分かることであった。
「だーかーらー!変身すんなって言っているのです!ここは多分魔法とか呪いとかそういうので作られたか、作り変えられた場所なのです!下手に『ルール違反』したら死にますですよ!?」
岬の怒声が響く。
怒声を向けられた方は「魔法で防御すりゃ関係ないっつーの!あたいがなんとかする!」と同じく怒声を上げていた。
「おめー……幽☆○☆○書も読んだことねーですか……?あたしは架空戦記クラスタですが、仙○編のアレくらいは知ってますですよ……?」
「知るか!いつの漫画だよ!あたいが最近読んだジャ○プ漫画は鬼○の刃しかねえよ!」
恋がそう叫んで息を切らす。
岬は「どう説明したら良いか―――まずはこれを見るのですよ」と言って、手に持った石を恋に見せる。
「カタチは覚えましたですか?」
「ああ、だからなんだよ?」
「こうするのです」
岬は無造作にその石を空へ向けて投擲した。
すると―――
「いてぇ!?なんだ!?横から飛んできた!?」
岬が投げた石はあらぬ方向から飛んできて、恋の臀部にぶつかって地面に落ちる。
「まず飛んだらどういうことになるかわからないのです。魔法少女になったらうっかり飛んじゃうなんてこともあるでしょう。そのおしりに当たった石をご覧なのです」
岬に言われて、渋々足元に落ちた石を見ると、それは。
―――まるで何かに拗じられたかのように―――
螺旋状に変形していた。
「げっ……」
「なんだか天井が時々揺らぐような気がして、さっき試したらこんなですよ?魔法で防御とか、そういう甘い考えはよすのですよ。ミナちゃんにあたしもよく叱られるのです」
ふう、と岬は口を尖らせて少女を睨めつける。
睨めつけられた方は「やってみなきゃわからねえじゃねえか!」と聞く気がない。
見た目にほとんど同い年―――身長からすれば年下に見える少女に叱られるのは、恋には少し受け入れがたいものなのかもしれない、と岬が気づいたのはその数秒後。
その時には近くまでルルが近づいていた。
「威勢がいいですねえ、お嬢さん?」
ルルが背後からそのヒヤリとした、死体の温度を持つ手で恋の頬をなぜた。
「ひぃっ!?」
「ああ、ルルくん!助かるのです!なんとか説得してほしいのですよ!」
悲鳴を上げた恋と助けを求める岬をそれぞれ一瞥して、ルルはフッと息を吐いて微笑んだ。
「いいですか、お嬢さん……貴女は確かにお強いらしい……ですが、世の中にはルールというものがあるのです。それはいずれ破壊されるべきものですが、一定の手順を踏まねばならない―――」
軋むような、背筋が震えるような妖艶な笑みでルルは指と掌とを使って恋の顎を弄ぶ。
「ひ。ひぇ……」
「おお、僕がどういうものか、どうやら気づいてもらえたようですね―――いい加減に黙れヒューマン。その捻られた石のようにしてやっても良いんだぞ」
ルルはひどく酷薄な笑みで恋を恫喝する。
それは実際にそうされていない岬すらもビビり上がるようなひどく蠱惑的で残酷なものであった。
「岬さん、いいですか?何事も面倒になったら恐怖と暴力で解決するのが近道です。近道以外を選択すべき時もありますが、今は近道で正解の場面ですよ」
「……あの、やっぱりルルくんって割と最低ですよね……?」
若干ドヤ顔で岬に微笑みかけたルルに、岬はそう言って地面を指差す。
「……おや、やりすぎましたね」
「うっぐう……怖かったァァァ……」
岬の指が示す先には小さな水たまりができていて、そしてそれがどこから漏れたものなのかは一目瞭然だった。
泣きじゃくって岬に抱きついた少女の後頭部をその温かい手で撫ぜながら「おーよしよしなのです」と宥め、次いでルルに「怖がらせ過ぎなのです」と唇を尖らせて抗議した。
「……あのですね、ミナさんにはどうか内み」「そう行くと思ったか阿呆」
ルルの頭が後ろから何者か―――言わずともわかるであろう少女に鷲掴みにされ、ミシリと音を立てたのはその瞬間であった。
恋に浄化と乾燥の魔法をかけてやりながら、ミナはルルをその脚でゲシゲシと踏んづけている。
当然、先程のオイタのお仕置きというやつだ。
「あのねえ……?おめー最初の頃とそう言うところまるで変わってないのが駄目だって言ってるでしょうが……手加減しろアホ!」
「ああっ!ご無体な!」
「うるせー!死ね!」
主従のいつものやり取りがなされる中、岬は「最初からですか」と恋の後頭部をなでなでしつつジト目となる。
「何したのです?」
「泣き止まないガキに魅了の魔眼使いやがったのよ。水○良よりひでえとはあのことよ」
「うーわー……さいってい……」
日本TRPG界では実に有名な白粉エルフもかくやといわんばかりの所業に、岬は口を手で抑えてゴミでも見るような目つきでルルを見る。
「ですが効果的ではあったでしょう」
「ドやかましい!あの後のフォロー大変だったんだからな!?」
ドヤったアホの背中をゲシゲシと踏みつけつつミナはその当時のことを思い出す。
ルルにメロメロになった子供……幼女の魅了を解くために冒険をする羽目になったのは実にアホくさくて思い出したくない冒険の一つである。
こちらの世界に来てからはぬえ子の件でやむを得ず使用した時以外、女子供に無体なことをしていなかったため忘れていたが、こういうやつなのだと再認識したミナはグリグリとルルを踏みにじると、脇腹をゲシリと蹴って転がした。
「ああん♪」
―――喜んでるんだから、もうどうしようもないな、とミナはちょっとだけ冷たい気持ちになる。
その様子にため息をついた岬は、ようやく泣き止んだ恋に「もう怖い変態はミナちゃんが退治したから大丈夫なのですよー」と声をかけた。
「ぐすっ……ぐすっ……あたい、あんな怖いの初めてだった……なんなんだよあれ……」
「まあミナちゃんがいる限りは概ね無害と思われるナマモノなのです」
何度も繰り返すようだが、彼の正体はリッチー、不死の王。
生きとし生けるもの、祈りある者すべての敵であった怪物である。
ミナが神の力で縛っている限りはただのセクハラボーイでしかないが、本性の一部を晒しただけであれだ。
岬は本当に大丈夫なのかなあ、と内心不安に思いつつ、恋に「じゃああたしの言うこと、わかったです?」とにこやかに笑いかけていた。
「うん……わかった……」
先程までとは打って変わって、驚くほど素直に恋は言ってもう一度岬にぎゅっとしがみつく。
その様子に安堵した岬は、ミナに「ところでみはるさんたちはどうしてますです?」と聞いた。
「廻さんが相手してるわ。とりあえずはふたりとも落ち着いているから大丈夫よ」
―――闇に遮られて数十メートルは離れているためか、向こうの話もこちらの話もお互いには伝わっていないのだ。
ミナとルルは暗視が出来るため、もちろん向こうの姿ははっきり見えているので危険もないことはわかっている。
そうして、ミナは岬に「岬が見つけたとおり、この空間は歪んでいておそらくは誰かが作った紛い物よ。何かのリドルをクリアしなきゃ脱出はできない」と断言した。
そして翼のついた白杖をバッグから出して、天へと向けた。
「……岬ちゃんさぁ、このおねーちゃんも魔法少女?」
「魔法は使えるけども、魔法少女ではないないのです。勇者様なのですよ」
恋の疑問に岬が答えると、彼女は「えー?でも、杖を使う勇者なんて……」と言いかけた。
言いかけて、そこで止まる。
「……岬ちゃん……この人も、なんなん……?」
杖に集まった魔力を、魔法少女である彼女は見た。
それは彼女が―――魔法少女の力を得てよりのごく短い中で見てきたものの、何十何百倍もの魔力である。
「……異世界の勇者ですよ。信じられないかもしれないのですが」
その魔力を岬は今まで、身近で最初に見た魔力の光として見てきた。
だから言える。
「あたし程度じゃあ10人いてもミナちゃんには敵わないのです」
その言葉と同時にミナの呪文の詠唱が始まる。
「これなら万一歪みで変なところにブッパされても、そこの馬鹿以外は誰もダメージ喰らわないわ。ルル、一応レジストしておきなさい―――世界を調律する我らが祭神よ」
「はぁい……」
「停止と切断を。世界と心に縛られし執着を絶つ力を与え給え。リムーブカース!」
ルルの情けない声を聞きながら発動した解呪の魔法が天井に飛ぶ。
―――歪みは光を邪魔することができず、天井にしっかとぶつかり魔法陣を形成して―――そして消えた。
消えて、場を覆う闇が消えて―――薄暗いながらも地球人の目でも普通に天井が見通せるほどに明るくなる。
それは即ちミナと岬の予想は正解であることを意味していた。
「―――四方、おおよそ500mの箱庭、か」
その間を一本の道が通り、そこから踏み外すことは―――両脇を流れる川のためにできなくなっている。
流石に水中までは薄明かりの中では見通せないが、それでもやはり四方500m、天井までおおよそ100mという箱状の空間であることがわかった。
「こ、これはどういうことですの!?」
向こうで廻に連れられてきたみはるが質問を叫ぶ。
「さーて、どういうことかは……」
鍵を開けてみないとわからない、と勇者は言った。
「創られるまでに膨大な時間を要する鍾乳洞。しかして止まった時間と動いている空間。そして箱庭―――」
みはるが近づいてくる中、ミナはそうして考える。
めんどくさいからぶっ壊したるか。
その想いを思考の隅に追いやりながら。
「後は水の流れ。精霊は正常に働いている……」
相反するもの、一方へ流れるもの、一瞬見えた空、無限回廊……
「いっそ逆走してみるか……」
「……ミナさん?大丈夫ですか?」
神妙な顔で悩むミナに、みはるが静かに声をかける。
「あ、みはるちゃん。大丈夫大丈夫。少なくともこの箱から脱出はできると思うから」
ひらひらと手を振って、なんてことはないとミナは答える。
「閉じた箱を中から開ける方法を考えてただけよ。さて、どうしたものか」
顎に手を当てて、ふぅむ、と悩む素振りを見せるミナに声をかけたのはつぐみだった。
「よく~わかんないんですけどぉ…‥…」
つぐみは指で空中に輪を書きながら「ここって閉じてるんですよねぇ……じゃあ、なんかこう水蒸気とかで~どうにかできないかな~って……」と指を立てて笑った。
「バン、って爆発するみたいに蓋をボーン、って~……でもこんな大きな蓋、飛ばないですよ~ねえ」
そのつぐみの言葉に、ミナははっと気づく。
あまりに力技なので、気が付かなかったとも言う。
―――そう、たしかにあの一瞬、箱の蓋は開いたのだから。
「あーなるほど、そういう。ありがとう、つぐみちゃん!ルル、耐圧耐熱の指輪持ってたっけ?」
「まあ、10個くらいは。そこまでレアなアイテムじゃあないですし」
立ち上がったルルがそう言ってバッグの中から人数分の指輪を出す。
中央に緑の宝石が嵌った銀の指輪だ。
「これつけて、早く」
全員に配りながらミナは続けて呪文の詠唱を始める。
「これは……?」
「まぁまぁ疑わないで身につけて。機材とかスマホとか壊れやすいものはこちらに」
有無を言わさずルルが無限のバッグの口を開けて、壊れやすいものを入れろと催促した。
心を魔法で落ち着かされているみはるたちは、その言葉に従って指輪を身に着けていく。
それが終わったと確信した時、岬と恋に「変身してありったけの熱系の術を川面に叩き込んで」と伝え、詠唱を完成させる。
「凪の日はいと優しく嵐吹かば厳しき水の娘ウンディーネよ。水面の下に生きる者たちのごとく、我らの口に鰓を与えたまえ」
水中呼吸の術がこの場にいる全員に降り注ぎ、そして―――
「廻さん、殺人光線最大出力で川面に叩き込んで―――それじゃあ、行くわよ!!結局力技大作戦!!」
廻に殺人光線発射装置を手渡し、自身は白杖に力を込めて。
「心得た―――殺人光線、最大出力―――」
光が廻の頭に集まり。
「いくですよ……!アナン・ファイヤーッ!!」
岬の翼から炎がほとばしり。
「ああ、もうわけがわからないけどよ!ミストレル・フレアッ!!」
恋の鎌から火炎が放射されて。
「「世界を支配する偉大なるロジックよ。凝縮せよ。増大せよ。威を知らしめんがため。地獄の業火を呼び覚ませ。我が前のものすべてを焼き尽くし原初の姿へ葬送せよ。フレアー・クリメイション」」
威力を最大限に拡大した獄炎の魔法が発動し。
その熱は、川面に落ちて―――
巨大な爆発となった。
水蒸気爆発。そしてそれに伴い発生した膨大な水蒸気による大規模な気圧の変動。
最大限に拡大したミナのフレアー・クリメイションは……一軍をも吹き飛ばすほどの熱。
純粋な熱だけで小規模な戦術核兵器に匹敵する破壊をもたらすそれは、仲間たちの攻撃と合わせてこの箱庭洞窟に急激な気圧の変化を引き起こす。
その巨大な圧力は耐熱・耐圧の魔法が仕込まれた指輪で、爆発の威力は事前に唱えられていた防壁の魔法によって。
そして、大気組成がほとんど水蒸気になってしまったことによる窒息は水中呼吸の術にて防がれ、一般人であるみはるたちにすらなんの痛痒も及ぼすことはできない。
爆発と気圧の変化によって一変した鍾乳洞の環境は―――遂に。
ミナが上を向く。
すると、バゴン、となにかが吹き飛ぶ音がして光が降り注ぎ―――
――― 一瞬、顔面を抑える女が見えて。
ミナたちは瞬時に鍾乳洞の中からいなくなっていたのだった。
ミナたちの目に太陽の光が映る。
まだまだ冷たい3月の陽光が洞窟の入口から入ってきている。
「―――元の場所、か」
廻が呟く。
洞窟の入口に変わりはなく、なんの変化も見受けられなかった。
一瞬見えた女の姿はなんだったのか。
見覚えのない女……だった。
ミナがそう思った時、みはるがハッと気づいたように「あ、あれは一体!なんだったのですか!」とミナに食って掛かった。
「うーん……その、ねぇ」
苦笑して手をかざす―――その手に輝いていた光は、記憶消去の精霊術オブリビエイトである。
「―――たらしめるもの、感覚と記憶を司りし生命のクオリアよ。昼と夜の巡りの七分の一、間に在りしすべての記憶をこの者たちから消し去り給え」
パン、とその光が弾けてみはるとつぐみに降り注ぎ、そして。
「……ん?あら?どうしたのかしら、わたくし達……そうそう、撮影を始めなければ」
「うん、そうねぇ~……あれ?スマホがない~?」
術は見事に効いて、二人は冒険の間の記憶を失う。
真実をこの二人に告げられないのは心苦しいが、しかし告げるわけにも行かないのでこれで良いとミナは思った。
そして、恋を見ると―――もう変身は解いているが―――割と深刻な顔つきでこちらを不安げに見つめている。
―――なるほど、それはつまり。
その言葉を廻、岬、ミナは同時に脳裏に浮かべた。
ルルは―――洞窟の奥をギロリと睨みながらスマホを彼女らに渡している。
これが今回の短い騒動のプロローグであった。
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