異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第72話「また随分と運が悪く、はたまた翻って運がいい話なのですねえ……」

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深い、深いところから誰かが呼びかけている。

 

眠らされている自分に、誰かが呼びかけている。

 

―――早く起きなさい。

 

優しい声だ。

 

その声にもっと眠っていたいと思ってしまう。

 

でも、駄目だ。

 

起きなければ、起きなければ。

 

体が動かない。

 

動かない体を必死に動かそうとする。

 

足りない。

 

足りない。

 

足りない。足りない。足りない。

 

―――力が必要ですか?

 

ああ、欲しい。

 

―――ならばこの欠片に手を伸ばしなさい。

 

暗闇の中で、小さな虹の光が目を灼く。

 

その光に照らされた、青い髪の女の人も。

 

あたいは、その欠片に必死で手を伸ばして、そして―――

 

「虹の欠片よ、愛と奇跡を起こせ。闇の願いを討ち滅ぼすために」

 

現実の自分の声がはっきりと聞こえた。

 

『なに、何だ貴様!?お、おおッ!?』

 

くぐもった男の声が聴こえる。

 

―――行きなさい。行って、邪悪な願いを滅ぼすのです―――

 

声が遠く、現実は近く。

 

あたいは浮上して、そして―――

 

ベッドの上で寝かされている自分と、それに襲いかかろうとする脂ぎった親父―――のように見える化け物を見た。

 

それがちょうどひと月前のこと。

 

2月に入ったばかりのある日の出来事。

 

ミストレル・レンの最初の戦いだった……

 

 

 

いつもの水門家居間。

 

そこでは伊良湖恋が己の境遇について説明を終えたところであった。

 

撮影が終わった後、岬と友達になったという言い訳で水門家に残った恋は、あの『箱』から見えた女のことを始め、自分のことを説明していたのだ。

 

「……まあそういうのだいぶ見てきたし、あえて個人としての意見は言わないけど……大変だったわね。まだ10歳でしょう?」

 

「ッス。あのクソおふくろに振り回されてきたけども、もうあれで限界ッした」

 

正座してミナにそういう恋の顔色には深い疲労が見て取れた。

 

つまりどういうことかと言えば、アダルティというか、鬼畜の所業というか……恋の母親は彼女に睡眠薬を飲ませて脂ぎったおっさんに差し出したらしい。

 

どういう意味でかは言うまでもない。

 

しかし、「運がいいことに」彼女のもとには虹の欠片が訪い、そして脂ギッシュロリコン親父は怪物に変じたという。

 

それを打倒した恋は、虹の欠片を打ち砕き、そしてそのままの勢いで母親の記憶を消して病院に叩き込んだのであった。

 

しかし、母親は意識を取り戻した後彼女を娘とは認めることはなく、彼女自身は今のところ親戚が手配したアパートに住んでいるのだとか。

 

以前から彼女の母親の所業については親戚の間で悪名高く、彼女は盥回しの憂き目に合うところだったようだが、そこを救ったのはその親戚であったという。

 

おかげで今もアイドルの仕事はできているし、その収入はその親戚―――誰あろうみはるの父親が、すべて彼女が大人になったら渡るように手配したということだ。

 

―――みはるの父親ならまあ最悪の場合自分が張り倒せばいいだろう、とミナも岬も廻も同じことを考えていたが、それは余談である。

 

以来、周囲に虹の欠片で暴走した化け物や人物が現れだし、否応もなく戦いに赴くようになったのだ。

 

その言葉に岬はため息をつき、「また随分と運が悪く、はたまた翻って運がいい話なのですねえ……」と微笑んだ。

 

「そうだよな。幸運の女神様だもんな、あの女神様。あたいがガキなのに働かされて、しかもあんなことさせられるのはキャッカン的に見て不幸だと思うぜ!」

 

ツーサイドアップの髪の毛をぶわっとかきあげながら少女はなぜかドヤ顔をする。

 

―――ドヤ顔でもしなきゃやってられない、という奴である。

 

「いや、あたいもあたいの従姉のねーちゃんってかみはるねーちゃんから、ま〇か☆マ〇カだっけ?あの変なのとか見せられてたから、2週間くらいはなんかの罠かって疑ったんだぜ?」

 

「子供にあんなもん見せんなよ、みはるちゃん……」

 

ダーク系魔法少女ものを一時期流行らせ、未だにソシャゲなどで元気なその作品のことを思い出し、ミナは頭を抱える。

 

そして「安心して、あの神様はおせっかいだけど善い神様だから」と恋の肩を叩いた。

 

幸運の女神ヒトコシノミコトは本当にお節介で幸運を人に運ぶことを生業とする神様である。

 

そのため、変に幸運になってしまった人間が守株の故事に倣うかの如く破滅することも多く、一部では邪神とされる女神である。

 

しかしながらその善意だけは本物であることは、ミナもルルもよくわかっていることであり―――それが故にかの女神はドミネーターに囚われていたのだ。

 

「で、ね。恋ちゃん。貴女、あの箱から見えた顔を抑えた女に見覚えあるみたいだけど……誰?」

 

ミナがそう聞くと、恋は俯いて一言「―――クソおふくろ―――にそっくりな敵のすんげー強いやつ」とボソリと呟いた。

 

「……マジです?本人じゃなくてです?」

 

「マジもマジ。おふくろは病院で半分アッパラパーになってるもん。ちゃんとアリバイも取ったし」

 

そうして恋は自分のバッグから小さいカメラを取り出して、「これで一日中監視してたし」と言った。

 

「戦い始めて2週間位経った後かな……2回位現れたんだよな。あたいの攻撃が全然効かなくて、ケタケタっていや~な笑いをずっとあげてるビキニのねーちゃん。そっくりだけどうちのクソおふくろは30代後半だし、歳も合わねーしぜってー偽もんだよ」

 

「監視カメラをこっそり病室に設置するとは、おっかねー小学生なのです……とはいえ、その毒親がいなくなってれば大騒ぎになるですし、これは……」

 

岬はミナとルルの顔を見る。

 

そして、最初に声を出したのは廻であった。

 

「―――なるほど、精神体の類である可能性があるということであろう。既に崎見老人の件で、そのような存在が神森市に現れたことは知っている」

 

「……どゆこと?」

 

廻の言葉に恋が首を傾げる。

 

岬はその様子に、「言いづらいことですけども、その女性は恋ちゃんの母親の幽霊というか生霊というか……恋ちゃんの母親から抜け出たナニカである可能性が高いと思うのです」と言って彼女の頭をなでた。

 

「なでんなよッ!……でもそれならなんか納得行くわ」

 

一瞬撫でられたことに怒るが、すぐに冷静になってそう言うとミナを見た。

 

「―――ぶっちゃけ言うわよ、恋ちゃん。私やルルの目をかいくぐってあの空間に落としたわけだから、これは恋ちゃんどころか岬でもかなり厳しいわよ」

 

ミナは真剣な面持ちでそう視線に返し、腕を組む。

 

「どっちかってーと、こりゃ糞野郎の仕業の可能性出てきたな……恋ちゃん、今日は私とルル、岬で貴女をみはるちゃんの家まで送っていくわ」

 

「えっ!?」

 

そう言ったら、恋は露骨にビビって後退りしてしまった。

 

「い、いいよ……岬ちゃんとミナねーちゃんだけでいいッスよ……」

 

いやいやと首を横に振る恋だったが―――「それが確実なの。我慢して。この馬鹿には指一本触れさせないから」と本当に彼女を心配しているミナの声に恋は首肯する。

 

――― 一夜の騒動の幕がまたも開こうとしていた。

 

 

 




まあ、区切りのいいところで。

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