異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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トントン、とまな板に軽快な音を響かせて岬は一人包丁で人参を短冊に刻んでいる。
野菜炒めの下ごしらえである。
―――基本24時間スーパーの見切り弁当と缶詰で生きてきた岬であるが、一応料理はできる。
当然、この程度の包丁さばきは簡単なことだ。
中身は39歳……そろそろ40歳になるおばちゃんなのだ。
見た目に比例して精神も幼くなっている彼女だが、その培ったものまで失われたわけではない。
今日は恋が来るということで、珍しくウキウキとした岬が自分が料理をしたいということで台所をミナは任せていた。
先日の帰る途中で、恋は10歳にもかかわらずかなり野菜が好きだと聞いたので、今作っているのはタンメンの上に乗せるための野菜炒めだ。
「タンメンは上に乗っている野菜炒めの出来による」とミナも岬も思っている。
空悟は上に乗っている野菜炒めを最初に食べてしまう派なので、「そうでもない」と思っているようだが、それは食べ方が悪いと文ですら思っていることである―――これは余談だ。
ニラ、きくらげ、空芯菜、もやし、玉ねぎ、豚肉を丁寧に処理してボウルに入れていく。
炒め物には相応の筋力が必要であるが、それは彼女は既に冒険者現象の恩恵によって普段でも大人の男性よりも力があるため問題ない。
そして中華鍋に牛脂を入れて油を出し、ボウルの野菜を入れて炒め始める。
その姿は割と堂に入っていた。
「結構いい感じで鍋振れてるわね。前からできたん?」
「いやあやりたかったんですけどね、こうなる前はできませんでしたです。―――いつも腱鞘炎気味でしたですし」
少し照れつつ遠い目でそんな少々悲しいことを言って岬は微笑む。
先日に廻に指摘されて以来、彼女は意識して嫌な笑みを浮かべないように頑張っている。
その努力のせいか、確かに造形は美少女と言っても良くなっている顔が色々と魅力的に見えることも……ミナにはあった。
魔法少女にされてしまう前から、あんな仕事してなければ本当にとっとと結婚していてもおかしくなかったんだろうな、と言う程度には顔は整っていた彼女である。
きっとこのまま成長できれば、ちゃんと今度こそ幸せをつかめるのではないか、とミナは思った。
「そのためにもあの糞野郎を見つけ出して、何もかも精算してやる……今度こそ」
ミナはニッと笑って、中華鍋を一心不乱に振る彼女の背中を見る。
その隣で麺を茹でるための鍋はグツグツと煮えたぎっていた。
そろそろ来る時間だ、とミナが思った時、まさにそのタイミングでピンポンと玄関のチャイムが鳴るのであった。
一方その頃。
空悟は全国各地で怪事件が頻発していることを、警察内の資料から看破していた。
そしてそれらの事件は通報後に警察がたどり着く前に解決していることも。
……それはバレンタインの時の事件も含まれる。
全国で17件。
空悟が怪しいな、と思った事件はそれだけあった。
「東京、大阪、名古屋で3件ずつ。うちの市で1件。後は全国でバラバラ、か……」
「なに調べてんだ、今野!」
「ぶっ!?なにすんですか、目加田さん」
ドン、と背中を上司に叩かれ、空悟は小さくせき込んだ。
「なにを真剣に調べてるのか、と思ってだな。例のバレンタインの事件もそうだが、この半年間でやたら事件が多すぎる。お前もそこが気になってるんだろう?」
半ば正解、残りは外れたその回答に空悟は口をへの字に引き結ぶ。
「ええ。それでバレンタインの事件を調べていたんですが……」
そうしてキーボードから手を放して目加田の方を向いて続けた。
「同じような……と言ってもあそこまで白昼堂々なケースは1件もありませんでしたが、市民の通報後警察が到着するまでに事件がさっぱり解決……というか犯人と思しきものが消え去っていて、映像、音声などの証拠が残っていない集団幻覚としか思えないケースが少なくとも17件発生していました」
空悟が腕を組むと、上司はパソコン上のまとめられたデータを覗き込む。
「……17件ね。多いな。しかも発覚しているケースだけということはもっと多い可能性は高いな」
目加田はくわえたタバコを空悟の灰皿に押し付けて、ふん、と鼻を鳴らした。
「ここって喫煙OKだったか、今野ぉ」
「ホントはダメですけど、ここはお目こぼしされる場所なんで。目加田さんも人のこと言えないじゃあないですか」
違いない、と笑ってバーコードハゲの刑事は新しいタバコをポケットから出して火をつけた。
「……秋からだなぁ、この異常事態が続いている。いい加減新しく起きた事件の処理でパンクするよ、うちも」
「まだ俺も目加田さんも代休は取れてるじゃないスか」
その有給や休日も子供や嫁の相手、そして最近では冒険でつぶれているのだがよしとしている。
それもこれも街と親友のためであった。
その親友は、今頃はこの間の事件で知った少女へ自分たちの履歴について話しているはずだ。
「まあそれはそうだが、半グレどもが居た時より忙しいってのは、一体全体どういうことなんだろうな?」
カタカタとキーボードを叩いて、次々資料を見ながら目加田は軽口をたたく。
「さぁ……?災禍の中心でもあるんじゃないですか?」
「コンピュータゲームじゃないんだから、そんなもん居るはずないだろ」
至極もっともなことだ。
もっとも―――それはミナ・トワイライトという元水門三郎が存在しなければ、の話だが。
(まあほぼ100%三郎案件なんだろうなあ、この17の事件も―――或いは、岬ちゃんの件か。むしろそっちだな。まあどちらにせよ火元は同じ、と)
温くなってしまったコーヒーを飲み干し、空悟はまた新しいタバコの火をつける。
やめられない、止まらない……と、どこかのスナック菓子のキャッチフレーズのような文言が頭に降りかかるが、すぐに思考からもみ消す。
「秋の半グレ大量行方不明・発狂事件、クリスマスの戦車大爆走事件、正月には幽霊が出たって大騒ぎ。議員先生の引退式で気絶騒ぎに、そんでもって今度はバレンタインだ。時節事にやらかされちゃあたまんねえよ」
「そっスね……俺も嫁さんに迷惑かけてますよ……」
それも盛大に。その事件どもの絡みで、である。
とはいえ解決できるのは自分を含む「黄昏の傭兵団」だけなので、痛しかゆしであった。
「どれもこれもおかしなことに、テレビの魔法少女ものみたいな格好の少女が目撃されてるようだな……」
「ええ。うちのバレンタイン事件の時には目撃されてはいませんが―――」
恋が記憶操作の魔法を使ったためである、ということは空悟にもわかっていた。
自分にもさっぱり効いていなかったことを考えて、自分も強くなったな、と内心苦笑する。
その時である。
「よし、そんなもんを調べているということは今ぁ暇だろうが?道場で汗でも流してこようじゃねえの」
ニヤリと笑ったハゲの上司は、空悟にそう言って運動をしようと誘ってくる。
ハゲのおっさんはこれでなかなか柔道も空手もやるほうだ。
手加減の練習をするためにも、やっておきたいと思った空悟はノートパソコンの蓋を閉じて立ち上がる。
「いいッスよ。前と同じだと思ったらいけませんぜ」
「お、言ったな?」
そうして二人は今は使われていない小さな取調室を出ていく。
パソコンにセキュリティワイヤーはきちんと繋がれていた。
「うーまーいーぞー!!」
「ふっるいリアクションなのです!」
恋は岬の作ったタンメンをひとくち食べて叫び、岬はそれに少しびっくりして恋を思わず見てしまう。
「いや、みはるねーちゃんがな。マジでうまい時はそう言えって」
「やっぱりあの子、30代なんじゃないの???」
恋がつるりと麺をすすりながら答えた、その某有名料理漫画のリアクション爺の決め台詞を恋に教えた犯人が誰であるかということに、ミナは頬杖をついて呆れ顔になる。
「ぎょーぎわりぃぞミナねーちゃん」
「あー……ごめんなさいね。それじゃ私も食べましょうか……小難しい話は食べた後で」
「「はーい」」
ガチ小学生と偽小学生の元気な声を聞きながら、ミナは上に乗った野菜炒めを食べた。
オイスターソースで溶いた味噌を使って味付けされた野菜炒めは実に濃厚で美味しかった。
キャベツがあまり入っていないのは岬の好みなのだろうと思って、空芯菜やきくらげの歯ごたえを楽しんでは麺をすする。
ルルは静かに味わいながら食べ、恋は元気に、岬は「ちょっと失敗したかもです」とうなりながら食べていた。
そんな光景を眺めつつ、スープを啜る。
そうしているうちにみんな昼ご飯を食べ終わったのだった。
一通り、ミナたちは自分たちの事情を話し終える。
今はいない刑事の空悟、旧大日本帝国の最終兵器である廻と夕のことも含めて。
「まあ、私達の事情はこんなもんよ」
ミナが話を締めくくると、恋は素直に驚いた顔で「……すっげぇことが世の中にはあるんだなあ……」と言う。
うんうん、と芸能界なんかにこんな年齢で入ったこともあってか、分別のつく様子で恋は頷いた。
流石にまだまだ一月とは言え、非日常に身を置いた事もあってか彼女は落ち着いている。
……とはいえ、岬もまだ冒険を初めて2ヶ月ほど。
期間の長さはこの場合関係ないのだろう、とミナは最初……一番最初の冒険を思い出していた。
あの時は酷かった、と思いつつもだいぶ落ち着いていたことを思うと内心笑いがこみ上げてくるが、それは押し殺して恋に目を向ける。
「それじゃそっちの話もしてもらおうかしら……『オリジナル』と言っていたわよね」
「話の流れからすると、あたし……つまりマジカル・アナンこそがそれだと思って良いのですね?」
ミナの言葉を続けた岬を、恋はまっすぐに見て答える。
「そうだ。あたいが聞いていることだけどな。虹の欠片は正しくない願いで使えば世界を変えうるものなんだって女神様は言ってた。だから、虹の欠片は潰すか、正しい心の持ち主が持つか、『オリジナル』に返さないといけない……ってさ」
その言葉に、岬はなるほど、と返す。
「虹の欠片は自由に取り出せると言いましたよね、『オリジナル』……つまり、あたし以外は」
「そうなんだ。虹の欠片はこういうふうにいつでも取り出せる」
彼女が胸に手を当て、そしてその手を離すと欠片……虹色の飴玉が彼女の手に握られていた。
それはすぐに彼女の中に溶け込むように消えていく。
「そしてあたしは虹の欠片を強制排出させる浄化魔法を使えるようになった……つまり、他人の虹の欠片を無理やり取り出せるのって……」
岬は自分の杖を見て、まるで独り言のようにそう呟いた。
「そう、あたいも今まではとにかくたこなぐりにして瀕死にしてから、死にたくなきゃあ出せ、って脅して取ってた……」
「それでよく死人出しませんでしたね……」
「運が良かっただけかな……」
恋が「お前と会えて良かったよ、岬ちゃん。これで変なことに悩まないで済むわ」と微笑むが……
岬は食べ終わったラーメンのどんぶりを見つめながら、はたと気づいたことがあった。
「んん……?ん?んんんん……?これ、もしかしてまずいのではないのです?」
深刻な表情で顔を上げた岬に声をかけたのはルルだ。
「気づきましたか、岬さん」
「私も気づいたわ……」
岬はこの世の終わりが来たような青ざめた顔で、ミナはげんなりと肩を落としてあることに気がついたのだ。
それは……
「……恋ちゃん、もし今その力を取り上げられたら、って考えてほしいのです。すぐに承服できますか?」
岬は唐突にそう聞いた。
面食らった恋は一瞬押し黙るが、しかしすぐに「いや、普通にヤダっていうよ。便利だってのもあるけど、あんな覆面マスクマンみたいなのとかほっとけないじゃん」と答える。
それは即ち岬の懸念をそのまま形にするものであった。
「……どゆこと?」
首をかしげる少女に、メガネを掛けた少年が声をかけた。
「僕から説明しますよ、恋殿。つまりですね……力を取り上げる力を持っている岬さんを、力を取り上げられないように狙う輩がいてもおかしくはないということです」
「ああ!なるほど!確かに岬ちゃんに取り上げられて、頭の中に入れられちゃったらもう返してもらえないもんな!―――ってあれ?それじゃあ……」
ルルの説明に恋も気づいたようだ。
「じゃあ、岬ちゃんがいるって知ってるのがいたら、殺しに来る……?のもいるかも知れない……?」
「そういうことなのです!あたしがこの世からいなくなっても虹の欠片が存在できるかどうかは知りませんですが、ルルくんが言ったようにそう短絡的に考えてしまう輩がいても不思議なし!オーッ!ノーッ!ってやつなのです!」
そう、即ちこれは阿南岬という人間が危険にさらされるのと同義……
「魔法少女同士の殺し愛とかそういうのはやめてほしいのですよ!」
それだけではない。
当然、寺内や富永ふのりのように歪んだ願いで力を得てしまった者たちもそうして岬を殺しにくるだろう。
むしろそちらのほうが厄介である。
何しろ、欲望が歪んでいるものほど邪であるものほど……邪神の誘いに乗りやすいのだ。
「おのれ……間違いなくそういう考えを持ってるやつをあの糞野郎はそそのかす……!厄介事がまた増えた!」
ミナは怒りに震え、大気がパリパリと音がするような殺気を放つ。
「……ヤバイ」
「大丈夫ですよ。向いているのは邪神とやらなのです……とはいえ、もう迎え撃つしかないのでしょうねえ」
岬は口をへの字に結んで、大きなため息をつく。
「……こうなれば仕方ない……修行あるのみ、なのです」
今でも岬は恋よりも遥かに強い。
それでも足りないかもしれない。
ならばダンジョンで魔物を倒して強くなり、魔法少女も欠片の怪物もすべて叩きのめすしかない。
もちろん、説得に応じるものはいるだろう。
だが、邪神にそそのかされているものが襲い来るものたちのうち何名いるだろうか?
それは誰にもわからないことだ。
……しかし、これはある意味チャンスでもあった。
「糞野郎の尻尾を掴む機会が増えることだけが……良いことと思うしかないわね。恋ちゃん、岬をよろしく頼むわよ」
邪神は姿を表しつつある。
早くエストロヴァの鏡を再生し、完全な居所を掴まねばならない。
だが、もしも魔法少女や欠片の怪物を通じて、そちらからやってくるのであればそれは願ったり叶ったりである。
殺気を解いて、恋の頭をミナは撫でた。
「だから撫でんなって……わかったよ。あたいも岬ちゃんに死なれたら……困るし」
恋が照れながらそう言ったことにニッコリした森人の勇者は食器の片付けに入る。
「岬、あなたも恋ちゃんを守ってあげなさいね。お互いに助け合うのがパーティの仲間ってやつよ」
「了解なのです!」
海軍式の敬礼をする彼女の肩を叩いて、ミナは庭を見た。
―――ぽたりぽたり、と雨樋から雫が垂れている。
春の訪れはもうすでにやってきていた。
―――どこか。
暗い部屋に幾人かの男女の気配があった。
若いものもいれば、年をとったものもいる。
その姿は……誰もが、そう、旧大日本帝国の軍服らしきものを着ていた。
海軍もあれば陸軍もあり、略装も礼装もバラバラで、しかも誰もが階級章も勲章も飾ってはいない。
皆が対等という証だろうか。
一様にその表情には深刻な焦燥と疲労が刻まれている。
その中で布団に寝かされている、今にも死んでしまいそうな高齢の老人が口を開いた。
「由々しき事態だ」
続けて周囲の人間たちが次々に口を開いていく。
「然り」
「研究所が起動している」
「制御は?」
「完全に独立している。そもそもあそこは完全に失われたはずの場所だ。ここ数日でようやく場所を確定できた」
「まさか」
「―――まさかはあの流体に通用しないと我々はよく知っているはずだ」
「………調査を続けよう。そうするべきだ」
「よろしい。……今回は散会とする」
最高齢と思われる老人がそうして議論を打ち切った。
三々五々に彼らは場を後にする。
最後に残ったのは寝たきりの老人が一人。
その老人がため息を一つついて、部屋は闇に包まれた。
―――また別のどこか―――
「満願成就の日は近い」
鋭い目をした背の高い少女が一人、傅く数名の少女たちに告げた。
「欠片の力、崇高なる異界の力……正しく使えるものは我らのみ」
カツン、カツンと背の高い少女の足音が空間に響く。
「我らは我らの正しき国を作る」
少女は嗤う。
「―――では」
ショートボブの髪型をした少女が顔を上げ、背の高い少女を見つめる。
「―――我々が世界を制するためには、まずは邪魔な『オリジナル』を排除し、その仲間たちをも叩き潰さねばならぬ」
冷たく言って、「―――しかし」と口端を歪めて背の高い少女は―――告げる。
「しかし、あの浄化の力―――『オリジナル』だけが持つあの力。その秘密を生きたまま徹底的に解体し、我らが手中に収めたい」
底冷えのするような妖艶な笑みを少女は浮かべて、ショートボブの少女の顎を撫ぜる。
「そう、この手で―――だから、捕まえてきておくれ。『オリジナル』を―――」
「仰せのままに……」
狂信者の瞳を持つ少女がそう答えると、この場を支配する少女が満足気に首肯した。
闇が満ちて、そして閉じる。
暗闇の中に、少女たちは溶けていった……
―――暗闇。
うごめくものがある。
うぞうぞと蠢き、吐き気を催す肉の桃色が世界を侵している。
暗闇の中で。
顔に大きなやけどを作った女が、そこに佇んでいた。
『―――炎。光。闇。氷』
とりとめもなく言葉が紡がれている。
どろり、と闇の肉が溶け落ちる。
溶け落ちて、女に降り掛かった。
『愛・憎・怨・怒』
鎌だ。
鎌を持っている。
女は巨大な鎌を持ち、表情のない顔で歓喜に打ち震えていた。
―――行け、と言うかのように桃色の闇がずるりとざわめく。
女はふらふらと鎌を掲げ、そのままもっと濃い闇へ向かって歩き出す。
肉の大地が怪しく震え、桃色の闇は真の闇へと堕ちていった―――
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