異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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「とりあえずここは安全だから、まずはここで一旦休息しましょう」
ミナはかつての記憶どおりに進み、ゴブリンたちのゴミが存在しない素の遺跡のほぼ中央にある回復の泉の前でそう宣言した。
「……何を苛ついているのか知らんが、そろそろ説明してもらえるか、三郎」
泉の脇の長椅子―――元の世界ではゴブリンたちによってボロボロに壊されていたそれに座って空悟はそう言った。
「ああ、まあうん、済まねえ。ちょっとな……ここはオレの記憶から作られたものでほぼ間違いなくてな」
『ほう』
うんざりとして、しかし懐かしさと憧憬を滲ませるその声に、夕は軽い感嘆を口にした。
『随分昔の話らしいな。説明しろ、金髪女』
「うん……そうね。アレはもう200年以上前のことなのだわ」
ミナは遠い目となって、簡単に説明を始める。
この「水の流れる遺跡」は、かつてミナと最初の仲間たちが攻略したダンジョンであるということ。
その際に崩壊し、今は完全に存在していないこと。
そして、その戦いを最後にパーティーが解散されたこと。
更に、ゴブリンや多くの魔物が巣食っていたその遺跡は、壊れていたり汚されていたりした箇所が多く今見えている遺跡は彼女が想像していた「本来はこうであったろう」遺跡の姿であることを説明した。
「そうなると完全にミナちゃんの記憶と想像力を元に作られているというのはまったくもって間違いではないのですね」
岬はキョロキョロと周囲を見回す。
ここまでに出てきた魔物たちも、ミナがかつてその遺跡で戦った「普通の」ゴブリンやその上位種・変異種、レッサーヴァンパイアやゾンビ、レブナントといったアンデッド系、大蝙蝠などの野生動物系ばかりであった。
「ミナちゃんの記憶のままだっていうなら、楽は楽だと想うのですが……なんだかまたいやーんな罠がありそうなのです」
「たしかに。ミナさんの記憶のままというには、魔物たちは強めです―――その頃のミナさんがそこまで強いはずもないでしょうし」
ルルの言うとおりに、現れた敵の強さはほぼかつてのルルのダンジョンで戦ったアンデッドたちと比べても遜色がない。
「記憶の混線というか、本当にミナさんのイメージとして作られているのでしょうね、ここは。記憶や想像力だけではなく、ミナさんの経験が歪に反映している」
ルルの言葉に、ミナは露骨に嫌な顔をした。
「ええぇー……ゴブリンのヤバイのとか色々知ってるし、そんなン出てこられると困るんだけどなぁ……」
くるくると指を回して、泉の縁に座ってミナは溜息を零した。
『そんな事を言っても始まらんだろう。お前が、お前のかつての仲間に敬意を払うというのならここは我々で破壊するべきだろうが』
何を下らないことを考えている、と夕は腕を組んでそっぽを向いた。
「……それもそうよね!さっさと終わらせましょう!」
ルートやイーサ、リージェの顔が浮かんでミナはニッと歯を出して笑う。
―――とはいえ最悪の可能性は浮かんでいたが、もうそれを恐れたり、疎んだりする気持ちはすっ飛んでいた。
『その意気だ。ところで、ここは回復の泉と言ったな?』
廻がそうして泉の水を掬ってミナに聞く。
『……未知の成分が検出された。これは……』
「水の精霊の加護で、飲んだ人間の体力と魔力を回復させてくれる水よ。空腹は紛れないけどね」
―――この先にヴァンパイアとゴブリンパラディンが要塞めいた陣地を築いていたせいで足止めを喰らい、10日ほどこの水を頼りに戦い―――モンスターの肉を食べて生き延びたことは懐かしい記憶であった。
魔物熊が出てこなければ餓死もあり得た展開であり、ルートやイーサは二度と経験したくないとうんざりしていたことを思い出す。
その懐かしい記憶にふと頬がほころびそうになるが、それを我慢して引き締めてミナは前を見た。
そこには―――かつてであれば、要塞陣地が作られていた空間が―――太古には祭祀場であったと思われる場所が広がっているだろう。
その前にとりあえずは休憩を取らなければならない。
「じゃ、バグダンジョンの一部ではあるし、私からこの泉の水を飲んでみるわ」
そうして回復の泉の水を口に含んで、それがかつてと同じ効力を持っていることを確認する。
すっと体の負担が軽くなった感じがして、すぐに抜けていく。
今のミナにとっては少々ではあったが、自然回復によらずに魔力、精神力が回復した証拠だった。
「うん、大丈夫みたい。飲んでいいのだわ」
コップを出して、空悟と岬の分を汲んで手渡すと二人はそれを受け取って口をつける。
「ポーションだの何だの、こんな速攻で効くもんなのはなんだか不思議なもんだ」
空悟がコップをミナに返してそう述べると、ミナは「向こうじゃ誰も細菌やウィルスの仕業で病が起きるなんて思っちゃいない。常識と法則が違うんだ。仕方ないさ」と笑った。
「そこなのですよね。不思議なのは。バグや魔力を起点にしてそういう法則が存在するなら、誰かが発見していてもおかしくはないのです」
岬はんぐんぐとコップの中身と格闘しつつ、そう言ってミナの瞳を見た。
「―――わからないわ。推論はいくらか出来るけども、推論でしかない……」
「やはりどこかにグリッチ・エッグとこの地球の存在する世界には共通点があるのでしょうね。いくらこのダンジョンやミナさんが存在していないと思っていた神がいるとしても、僕らが殆ど元の世界と同じ力を使えているのは大いなる疑問ではありますから」
ルルが懐から冷めたコーヒー缶を取り出して蓋を開ける。
それを一息に飲み干して、「そろそろ先送り出来ない問題になってきましたね。錬金工房を作成するに当たっても」と唇を歪めた。
「それはわかってんのよ。言うてここでグダグダ言っても解決する問題じゃないし……早くエストロヴァの雪片を復元しておきたいわね」
そう言って足を組み、彼女は天井を見た。
その天井にも鍾乳石が無数に生えていて、その滴る水は天井と広間の間を仕切る薄い水晶の膜に遮られて下に落ちてこない。
そうして集められた水が泉から湧き出る水と一つになって水路を流れていく。
その先が、次の部屋。
ミナはすこぶる嫌な予感がしているが、それは想定内のことだ。
恐れるほどのことではない。
「……三郎、何を想定してんだ?」
「わかるか?まあ行けばわかるさ。オレの心身にダメージ与えようとするなら、割と効果的なことだからな。嫌でも思いつく」
ミナはヘラっと笑って空悟の言葉を受け流す。
「まあお約束ってあるからな」
ここがミナの最初の冒険の場所であるなら、そしてそれをミナが大事に思っているのであれば。
「まあお約束だものな」
ミナのその言葉に空悟はほぼ間違いないと確信する。
そして、思い出す。
三郎は不安に思ってる時はもっと派手に取り乱す男だったことを。
たとえ邪神によって歪められて、殺されてしまったのだとしてもそれはそのままのはずだろうと彼の親友は思う。
だからここはこいつに任せておけばいいだろう、と割と能天気に構えていた。
もちろんそれを親友もわかっており「だから心配無用だってわかってるだろ?」と続けて、ケタケタと笑った。
『しかし、ここは温度、湿度共に安定しているな。水の流れる遺跡という名にふさわしくないほどに』
廻が大気の計測をしてそう言うと、ミナは「水の精霊と土の精霊を制御する技術が使われていたんですよ、オリジナルは」と答えた。
その代わりに風の精霊の力は弱く、ほとんど使えない。
住居や岩などの建築物に関わる精霊の力も、建物だと言うのに弱いという古代遺跡であった。
どうにも太古にエルフと戦争していた頃のドワーフの遺跡らしく、至るところに精霊封じの罠の跡があったりもしたのだが、ミナたちが踏み込んだ時にはそれは失われていた。
しかしそれでも高度な精霊の制御技術が使われていたのは確かで、それが前述の建築物なのに建築物に関わる精霊が働かないという仕組みに繋がっている。
―――今の遺跡には精霊封じは存在していない。
ミナのイマジネーションから生まれた遺跡には。
「不安といえば、不安なことだが」
ミナはそう前置きして、顎に手を当てる。
「オレの記憶からこの遺跡を作るのはいい。オレを苛つかせ、キレさせるためなら効果的だからよ。でもよ、冷静に考えたらさ……それって短期的な嫌がらせにしかならなくね?ぶっちゃけ」
邪神がそんな程度の低いことだけでオレの記憶を模すかなあ、と彼女は独り言つように呟いた。
「……まあ確かに神様っちゃあ人間にはあんまり理解できないことを言ってくることも多いから、本当にそれだけが目的でしたって可能性もなくはないんだが、腑に落ちねえのよ」
「僕自身、調和神の神託によって生かされているようなものですからね」
ルルがそう口を挟んでくると、ミナが「そうよね。あんたと初めて会った時、殺すな、って調和神様から言われてるし、その神託が無効になったわけでもない」と渋面をさらす。
『その『不死なるもの』は調和の片鱗―――滅ぼしてはなりません』
確かに調和神ディーヴァーガはミナにそう言ったのだ。
ミナはその言葉通りに、しかし今となっては信頼する仲間として彼を遇している。
一体どういう意味があったのかは―――
「未だにあんたを私の下でほぼ野放しにしてOKな理由はわからないままだし……なんか心当たりとかない?」
ルルは首を振る。
「その問はもう一万二千と七百六十五回めですね」
「そりゃまた聞いたわねえ……まあわからないものは仕方ないのだけども……」
ミナはそう呟くと、空悟に向き直る。
「そんな感じなんだけどな。不安なもんは不安だ」
その顔はひどく真剣で、しかし内心に焦りが見えることに空悟は安心する。
まだこいつは不安に陥りきってはいない。
必ず本当にまずいことになれば、こいつは取り乱して騒ぎ出し、相談してくるはずだ。
彼女が彼でなくなってから何百年も経っていても、空悟にはなぜかそれが確信できる。
そう思った。
「気にすんな。なんとかなるさ」
ポン、と肩を軽く叩いて男は笑った。
「まーどうせその手のクソ野郎はやったとしてもミナちゃんのコピーとか作ってぶつけてくる程度なのです。闇の夢(直訳)みたいな感じで」
岬がそう言って立ち上がると、ミナは「それ、想定の中で一番やめてほしいやつなんだよなぁ……」とジト目で体育座りになってしまう。
『同感だ。金髪女の複製体など量産されてみろ。世界の終わりだぞ』
続けたのは当然のように夕である。
夕の言葉に、流石に心外という顔になったミナが力なく彼女に聞く。
「どういう意味で、かしら……」
『無論、物理的に世界が滅亡する。お前が自分を過小評価する人間ではないことはわかっているのだ。当然、想定しているのだろう?』
その言葉はミナが思っていた不安そのものだった。
「そーなんだよねーそうなのよねえ。勇者の装備とか私の持ち物とかまで複製はできないだろうけどさぁ。私本人を何十人も作られたりしたらマジでヤバイんだよなあ。スーパーマジカルなんとかの何十倍もやべえって……」
膝を抱えてため息をつく森人の勇者に、岬は「でも、前に二人でも大国には勝てないっていってましたですよね……?」と、彼女も不安になったのか恐る恐る聞いてくる。
「そりゃあ質問が悪かったのよ。世界征服なら『出来ない』と私は答える。世界中の軍に勝てと言われたら『負ける』と私は答える……でもさ。後のことなんか何も考えずに崩壊させるつもりなら、各国の要人とか政庁とかを全部まとめて吹き飛ばすって方法を使えばいいから……」
執拗に指揮系統の中枢となる政府、官公庁、軍事司令部、そして要職に就いている人間やその家族が多く住むであろう高級住宅街を徹底してテロする―――それがミナの言っていることであった。
無論、そう言った場所は厳重に警戒されてはいる。
プロの軍人に比べれば素人まがいでしかないテロリストでは、9.11テロのように一度や二度の奇襲が関の山。
「私やルルが何十人もいて……いえ、ルルが爆発系の魔法を使えるアンデッドを何十か呼び出すだけでもいい―――果たして現世界の人々が持つ阻止手段で止められるかしら?」
ミナはつまらなそうに、しかし焦りと不安の色をにじませてそう聞く。
「無理無理無理のかたつむりなのです……なんならあたし程度でも多分阻止できないですよ……何回も何回もそんなコトされたら何回破産しても立ち直ってくる鋼メンタルの某前大統領でも心が折れるのです……」
「刑事の俺としちゃあ考えたくねー話だ……」
現代人の二人が頭を抱えると、廻がそれに続けて冷静に言う。
『まず間違いなく、この世界のありとあらゆる政体が崩壊する。世界大戦すらあり得るだろう。岬、お前程度の力の持ち主が何百名か……大隊規模が存在すればおそらく可能だ』
それはスーパー・マジカルガール・ネットワークが、世界を完全に崩壊させてその後に国家を作るつもりだとしたら、ある程度―――彼女らの理想とは異なる形にはなるだろうが―――叶うということである。
「わー、あたしすんげー考え無しで失礼な煽りしちゃったのです。そうなのですよねえ、あたしたちみたいな人類の範疇外のパワー持ってる人間なんか現代のありとあらゆるセキュリティは想定してないのですし……まあ、多分そういう世紀末作ってから建国とか考えてはいないとは思うのですが」
岬が、この間クロキを煽ったことを頭を抱えて後悔したが、後の祭りである。
その様子にミナはクスリと笑う。
そして、立ち上がって「うーん」と伸びをした。
「話してスッキリしたわ。とりあえず、魔法少女にしろ私の複製体とかの問題はどうしても今後連中と戦うに当たってはついてまわると思う。だから、覚えておいてほしい」
「ああ、わかった」
空悟は短く言って、その話を記憶に刻む。
―――結局の所、空悟には最初からその懸念はあった。
ミナの複製体が作られる可能性ではなく、自分たちのような―――超人的な能力を得たものが他にいるなら、容易にテロが行えるのだ、ということを。
そして、それはスーパー・マジカルガール・ネットワークだけではなく、他にもいるのではないだろうか、と。
「ジャン○ー○ン好きだけど、それはリアルになってほしくないもんだ」
「いや、ほんとにな」
それは親友も同じ思いだったようで、顔を見合わせ、二人はうんざりと、しかし悪童のように微笑んだのであった。
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