異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第89話 「記憶のままなのに事実のままでも、本当の意味での記憶通りでもなく私の想像の部分が混じっている……」

-89-

 

『点検終了。此方も準備完了だ』

 

廻がそう言って、駆動音を響かせて再起動した。

 

それは同時に休憩の終了を意味している。

 

目の前の扉は、高さは4mほど。

 

派手な装飾と文字が記載されていて―――

 

「今は意味のない文字列になってるけど、オレと最初の仲間がここを攻略に来た時はドワーフの文字で『王の間へ向かい誠実を示せ。岩の民に鉄の加護あれ』って書かれてたんだよなあ」

 

ボリボリと頭を掻いてミナはあえて男言葉でそう言った。

 

「忠誠じゃなくて誠実ってあたりがドワーフらしいけど、もう何千年も前の遺跡……だったんだよな」

 

ミナは瞳を閉じて、当時を思う。

 

この扉には長き年月を経てもなお魔法の鍵がかかっており、ハーフエルフのリージェが解錠したことを昨日のことのように覚えている。

 

「世界を支配する偉大なるロジックよ、我が声に従い閉ざされたものを開け。アンロック」

 

ミナが杖を扉にかざしてそう呪を唱えた。

 

ゴゴン、と重苦しい音がして扉は開いていく。

 

「よし。行きましょう―――気をつけて。敵がいるかも知れないわ」

 

先頭で扉を開けながら、ミナはそう注意した。

 

そして、その目線の先には―――当然のように多数のゴブリンやゾンビ、そしてかつてと同じように―――

 

醜悪なほどに膨らんだ頭部と腹部。

 

ホブゴブリンの2~3倍はある体格。

 

邪悪な瞳は爛々と燃えて。

 

ゴブリンチャンピオンがそこにいたのだった。

 

「……よしっ!やっぱり要塞陣地になってたな!私はまっすぐ行ってチャンピオンを叩き潰すから、みんなは援護して!あん時と同じ構成で私に勝てると思ってるなら、目にもの見せてくれるわ!」

 

ミナはありったけのバフ魔法を唱えながら、バリケードや銃眼のついた板、いわゆるベトコンボールめいた簡易的な罠などで形成された要塞陣地を見る。

 

10年頑張ったとは言え今に比べれば駆け出しも同然の頃、せいぜい第5位階の術が使えるようになったばかりの頃の自分たちは、確かに火力も防御力も不足していて、こんなものでも突破するには地道に一匹ずつ倒していかなければならなかった。

 

それもゴブリンはすぐに増えるし、ゾンビやレブナントも遺跡の仕掛けのせいでどんどん生まれるため、下手に時間を掛けるわけにも行かない。

 

結果として10日もの時間をかけ、別パーティの支援を受けてようやく突破できたほどの場所であった。

 

だが、今は違う。

 

空悟や岬は自分たちの指導であの頃のイーサやルートと比べても遜色ない、いや装備を考えればあのときの彼ら以上である。

 

ミナ自身は言うに及ばず、暗黒魔道士として最高位にいるルルや魔王とも殴り合える廻と夕もいる。

 

勝てないはずがないのである。

 

そして、ミナは一歩踏み出した。

 

『ギー!グヒャヒャヒャ!!』

 

ゴブリンらしくたった6人でこの場にやってきたことに笑い出した連中に、まず仕掛けたのは廻と夕であった。

 

『殺人光線』『照射開始』

 

額の日の丸を模した照射装置から熱線が陣地へと降り注ぐ。

 

所詮は木の板や棒、そこらへんで拾った廃材で構成されている陣地である。

 

当然のように焼き払われ、焼き切られ、崩壊していく以外に彼らに出来ることはない。

 

すぐに矢がヒュンヒュンと飛んでくるが、そんなものはミナとルルが展開したプロテクションによって全て弾かれてしまう。

 

後はまっすぐ行って殴り飛ばすだけである。

 

『ギーッ!!』

 

叫びホブゴブリンが殴りかかってくるが、その棍棒はミナの素手で受け止められ、圧倒的な握力によって握り砕かれる。

 

『ぎ、ギィ……!?』

 

「あら、バグモンスターのくせに恐怖なんて感じるように作られているのね?良く出来てるわ」

 

ミナは一つ感心すると、もう片方の手に持った金剛石の長剣を無造作に振ってホブの首を飛ばす。

 

ゴロン、と首が転がるのを見たゴブリンたちは―――

 

『ギィ!?ギィィィ……!?』

 

怒気を放ちながら前進するミナに怖気づき気圧され、或いはその後ろで不機嫌な顔をしているルルに圧倒されて後ずさっていく。

 

そしてその脇では、空悟と岬が奮闘していた。

 

「オォォラァ!」

 

ガゴンッと一匹のゴブリンシャーマンの頭に精神注入棒を叩き込みながら、ボディアーマー……薺川博士が造ったそれを着込んだ空悟が叫ぶ。

 

「岬ちゃん!こいつら、八本脚ゴブリンより硬いぞ!気をつけろ!」

 

やはりミナの予想通りに、ある程度パワーアップしているゴブリンたちだが、既に陣地を廻たちの砲撃・銃撃で散々に崩されているため数の有利が活かせないでいる。

 

しかも―――

 

「はいなのです!ミナちゃんが言ってたゴブリンパラディンとかいうのがいないように思うのですが!」

 

そう、ここにはかつてミナたちが来た時と異なり、指揮官であるはずのゴブリンパラディンもヴァンパイアも存在していなかったのである。

 

指揮官が存在しない軍隊など、強さは半減以下である。

 

ゾンビ、レブナントがゴブリンの後ろから湧いて出てくるが―――

 

「アナン・ファイヤーなのです!」

 

岬の翼から放射された火炎によって飲まれて焼き尽くされていく。

 

すでにこの程度では二人に一矢報いることさえ出来ないほど、二人は強くなっていた。

 

『ガァァァァァァァ!!』

 

次いで出てきたのは、魔物熊―――ダンジョンベアーである。

 

「いないものはいないんだ!気にしないで行こう!」

 

「はいなのです!強敵はいないほうがベネなのは確かなのです!」

 

現れたダンジョンベアーの前にショットガンの弾をスラッグ弾に変更して空悟は立つ。

 

岬はその後ろ上空で魔法の詠唱を始め……

 

そして、それから数分後。

 

数体のダンジョンベアー、50体以上のゴブリンと同じく50を越すアンデッドたちは全滅し、チャンピオンもまたミナの一刀で地に倒れ臥す。

 

「……流石に230年も前だしね。そりゃ進歩してないほうがおかしいか」

 

かつては死ぬほど苦戦し、餓死の危険すら犯して突破した要塞陣地はいともあっさりと30分もかからずに崩壊していた。

 

「まあそうですね。多分、この程度なら僕のダンジョンにミナさんが来た時には、一人で1時間もかからず全滅できてたんじゃないですか?」

 

「時の流れは残酷だわ……」

 

百数十年の付き合いの少年に声をかけられ、ミナは独り言ちて天井を仰ぎ見た。

 

そこには230年前に見た本物と同じく、ドワーフ達による神話の時代の光景が描かれている。

 

曰く、原初神ライカ・ティアントによって世界の創造を任された創造神ヴィ・ダーエンは白き空より様々な神々を生み出したのだと言う。

 

そして調和神ディーヴァーガを始めとする善神たちが世界を作る中、創造に反する神々もまた自然の摂理として生まれ、やがてそのせめぎあいの中から「バグ」が生まれたのだと。

 

それを一枚の宗教画に仕上げて天井に彫り抜いていた。

 

思えば、あの遺跡が崩壊してしまったのは人類の損失なのではないかとミナは思うが、今や2世紀以上前のこと。

 

言っても仕方ないなと口をつぐむ。

 

「何事もなく終わったな」

 

「ああ、何事もなく、な」

 

駆け寄ってきた空悟にそう返して、ミナはもう一度天井を見た。

 

そして、すぐに要塞陣地の奥。

 

遠い昔のドワーフ王の玉座へと続く螺旋階段へと目を向けた。

 

『その向こうに目的地があるのか?』

 

「私の記憶どおりならね」

 

夕の言葉にそう返して、螺旋階段へ近づいていく。

 

―――そこには、弓が一つ落ちていた。

 

「……なるほどね」

 

ミナにはその弓に見覚えがあった。

 

その弓は、かつてゴブリンたちに奪われて失われたものと同じ形をしていた。

 

「律儀に返してくれるってか?バカにしてるな……」

 

ミナはその弓に呪いや罠がないことを確認して手に取った。

 

「それは?」

 

「オレが初めて冒険に行った時になくしたやつ。結構自信作だったんだけどさ、今見るとみすぼらしいな。そう言うもんだけどさ」

 

空悟にそう答え、ミナはバッグに弓をしまう。

 

「……さ、行くか。オレの考え通りなら、オレがヤンなきゃいけない相手がいるはずだからな」

 

そうしてミナは階段に足をかける。

 

階段は鋳鉄で出来ていて、かつてはここにルルのダンジョンと同じ精霊封じが仕掛けられていたことがわかる。

 

しかしそれはミナの記憶によるものか、或いはそれ以外のものによるかは不明だが現在は存在しない。

 

「しかし、すごい壁の絵なのですね。神話です?」

 

「そうよ。あの広間の天井には世界の創造とバグの発生まで、ここからは善神と邪神の戦争の神話。まあそのうち話してあげるから今は先に行くことに集中しましょう」

 

岬の言葉を聞き流すかのようにそうしてイーガックの懐中時計を見る。

 

時間はもう完全に進んでいない。

 

1秒たりとも。

 

即ち、ここにいる間は外では一切の時間が流れていないということだ。

 

「急ぎましょう。結構まずいと思う」

 

「同感です。このままだと僕とミナさんはともかく、空悟さんと岬さんに影響があります」

 

外と時間の齟齬が出来てしまうことを二人は危惧する。

 

螺旋階段は長く、壁画を見ながら岬は「へぇ、ほう」と感嘆の声を出していた。

 

魔物たちは殆どいない。

 

時折、目玉の怪物―――本物の遺跡にもいた、監視用のフローティングアイが現れては、岬に撃墜されていた。

 

「監視用、か?誰が見てるんだ?」

 

「さぁなぁ。そもそもフローティングアイは使い魔としても需要があるから、ドワーフの連中も使ってたんじゃねえかな」

 

カン、カン、と金属音が響く中6人は降りていく。

 

ミナが照明の魔法で、廻と夕が額からライトを使って照らしているため視界は良好である。

 

そしてしばらく―――10分ほど螺旋階段を降りた後、そこには黄金で出来た王の間が存在した。

 

「ハイエルフの全盛時代を終わらせてしまった虹の帝ティトゥスと同じ時代にいた、やはりドワーフの王統を途切れさせた愚王の城だったらしいわ。その忘れられた王の墓所でもある……」

 

国を滅ぼし民を無くした名も伝えられなかった山人の王は、この黄金に囲まれながら誰もいない玉座で、魔物たちを道連れに地中深くへと沈んでいったという。

 

看取るものは誰もなかった――― 十六代続いた森人の王朝を潰えさせた虹の帝ティトゥスとは対照的に―――と多くの山人の国には伝わっている。

 

果たして多くの敵に看取られて死んだ男と、誰一人として看取るものがなかった男、どちらが不幸であったかは森人と山人が宗教的な議論をする際にはよく話される話題である。

 

この遺跡はその縁をあの時代に残したものだったが、しかし―――

 

『鉄の秘密、黄金の秘密、全ては儂とともに滅びるのだ!』

 

ミナとルート、イーサ、そしてリージェの4人の前で王の亡霊は言い放った。

 

死闘の末、ルートが生涯愛剣とした炎の魔剣プルガトリオに貫かれた王は、その言葉とともに崩れ落ち―――同時に遺跡も崩壊した。

 

這う這うの体で逃げ出し、地下水脈に通じる場所で今度は自分の力で唱えたトンネルと水中呼吸の術で全員が生き延び、そしてパーティーは解散したのだった。

 

ミナはそれ以前から別の国に行きたかったというのもあったが、その時すでにイーサはルートの子を身籠っていたのだ。

 

剣術道場という収入源もあり、更には武勲も十分積んでいたルートは国へ留まり、イーサは戦神の神殿で子を産んだ後に還俗して彼の妻となった。

 

そしてリージェは学院に戻り、ミナは彼女とともにラゴンエスへと旅立つ。

 

それが最初のパーティーの終わりだった。

 

ラゴンエスへの道中にあった冒険のことと合わせて懐かしい記憶だ。

 

黄金の間にはその思い出を汚す存在が鎮座している。

 

それが本物ではないことはまず最初に分かった。

 

ザリザリとアナログテレビの砂嵐のような音を立て、輪郭は不確かに消えては現れ薄れては濃くなる。

 

幻影であることは間違いはなかった。

 

その幻影は――― 一人は鎧兜の青年。

 

一人はポニーテールの豊満な女性。

 

そして青い髪をツーサイドアップにした半森人の少女。

 

最後に―――それは太陽の髪と翠玉の瞳を持つ森人の少女であった。

 

いずれも見覚えのある顔。

 

ルート、イーサ、リージェ、そして若い頃の自分。

 

忘れようもない面子である。

 

「三郎、あれは?」

 

「……再演者、っていう幻影の魔物だ。厄介な魔物だから、空悟もみんなも手を出さないでくれ。オレ一人でやる」

 

ミナは有無を言わせぬ様子で、バッグから大振りの斧を取り出した。

 

そして、説明を始める。

 

「再演者は場所や人物に刻まれた記憶を元に幻影を作り出すんだ。厄介なのは、これは『過去を蝕む』呪いってこと……」

 

ミナは瞳を落としてため息をつく。

 

「どういうことなのです?」

 

「そのまま文字通りよ。正しい倒し方をしないで倒すと、幻影の元になった記憶を記憶の持ち主が忘れちゃうの。私は対策を持ってるけど、みんなは持ってないし、アンデッドのルルにはちょっときついから」

 

そうして斧を振りかぶった。

 

「怒れる山人の戦斧よ、吹き荒べ!」

 

シンプルな意匠のその斧は、持つだけで怒りの熱風が吹く。

 

「あいつらの変身を安全に解く方法は二つ!1つ目はその場からその記憶のもととなるものがいなくなるための動作を再演してやること!でも、それをやると私の腹に穴が開くから、もう一つの方法を取るわ!」

 

かつての自分たちと同じ姿をしたものへ、そう言い放つ。

 

「荒れ狂う怒りの風よ!目の前の者たちを拘束せよ!!」

 

熱風は形を持った風の渦となって、四人をぐるぐる巻に絡め取る。

 

「……どうするんだ?」

 

「身も蓋もないけど、これバフの類なんでぇ……○てつく波動使うんだよッ!!」

 

ミナはそうして斧を地面に落とすと、杖を取り出して呪文を詠唱し始める。

 

「世界を支配する偉大なるロジックよ。真なる世界を取り戻させよ。魔なるものにて生まれたものを、元の形へと崩壊せしめよ。パーフェクト・ディスペル!」

 

『……』

 

そうして彼らは無表情のまま、ミナの心に今も刻まれる姿は崩壊していった。

 

その一瞬、ミナの周りで何かが弾けたように見えた。

 

「……ったく。自壊して少しでも記憶を奪おうだなんて、私に通用するはずないでしょうが!」

 

ミナはその頭の大きな黒いリボンを翻らせて後ろを向いた。

 

そう、再演者の最後っ屁は失敗したのである。

 

ミナはほぼすべての状態異常を防ぐ装備、ブラックリボンを常に装備しているのだから。

 

「ミナさん、それがあるなら普通に倒しても良かったんじゃないですか?」

 

ルルがジト目でミナを見る。

 

しかし、ミナは「厄介な魔物だし、倒し方を教えただけでしょぉ……」と同じくジト目でルルから顔をそらした。

 

「あー三郎?わかってるわかってる。昔の知り合いか友達だろ?」

 

「でしょうね。それを自分でぶった切りたくなかっただけでしょう?」

 

親友と長年の付き合いの不死者はニマニマと笑う。

 

「う、うっせー!ここは最初の冒険の場所で、さっきのはオレの最初の仲間なんだよ!嫌だろ!同じ形なだけの魔物でも直接ぶっ殺すのは!!」

 

ミナは杖をぶんぶんと振って恥ずかしがる。

 

それは見た目通りの少女にしか見えない仕草であった。

 

「まぁまぁわかってますから」

 

「なにをわかってんだおめー!?」

 

顔を真っ赤にしたミナが杖を振りかぶり、ルルの顔面に叩き落す。

 

それは確実に先ほど斧を振っていた時よりも力が入っていて、ルルの顔面は見事に陥没したのだった。

 

「前が見えないのですが」

 

「ごめんなさいね!ミディアムヒール!!」

 

ミナの唱えた回復魔法でみるみる崩壊した顔面を元に戻しながら、ルルは「しかしおかしいですねえ」と訝しむ。

 

『何がだ女男』

 

「先ほどのミナさんの戦法は再演者への対抗策としては唯一にして無二のもの。それでも記憶を奪う攻撃をしてきたのです。これはおかしなことです」

 

夕に問われたルルの砕けた顔面がほぼ元通りになると同時に、「ただのバグモンスターではないと思います」とミナの目を見て述べた。

 

「邪神にいじられた特別製なんだとは思うけど、確かに不可解ね」

 

ルルが真面目モードになると、ミナも先ほどまでの怒りや羞恥などどこ吹く風で訝しがる。

 

「……記憶を奪ったり消したりするのが目的じゃなくて、ミナちゃんの思考ルーチンを学ぶため、とかではないです?ただコピーしただけじゃパワーはそのままでも、技量がダメで勝てないなんてのはコピー作戦のお約束じゃないですか。慣熟訓練のためのデータ取りの可能性はないのですか?」

 

岬がそう首をかしげながら聞くと、ミナは「まあ、十中八九それよね……考えたくないことだけど、考えなきゃいけないかぁ……このダンジョンがオレや空悟の記憶をコピーしたようなダンジョンになってるのはそのせいかもしれねえなぁ……」と心底うんざりした様子で言葉をつないだ。

 

「再演者ならより詳しい記憶を探れるから、ですね。ここであいつらを出してきたのは。最後っ屁はワンチャン狙ったんでしょうね」

 

ルルはそう唇を尖らせると、捩れた杖を無限のバッグへとしまった。

 

黄金の間はミナの記憶通りにきらびやかに存在していて、その光に勇者は目がくらみそうになる。

 

「記憶のままなのに事実のままでも、本当の意味での記憶通りでもなく私の想像の部分が混じっている……」

 

やはり不気味だ、このダンジョンは。

 

ミナはそう思い仲間たちを見る。

 

『どうした金髪女。何か不安なことでもあるのか?』

 

「いいえ、このダンジョンで確かなものはあなた達仲間だけだなあ、って思っただけよ。不安じゃなくて、安心」

 

そうしてニコリと笑って、宝物たちを睥睨するかのようにそびえる黄金の玉座を振り返った。

 

「……とりあえず呪いとかはねえから、ここの黄金細工できるだけ持ってくべ。金なら溶かしてインゴットにすりゃあ現金にする方法もあるし、装飾品としてならそのまんま売ってみるのもありだわな」

 

またカーチャンに協力を仰がないといけないな、とミナは思う。

 

そして最初からカーチャンに協力を仰いでいれば、金貨のマネロンも出来たかなあ、とため息をついた。

 

どうにもエルフらしく思考が悠長になることがあって困るな、と自分の現在の肉体について不満を抱いてしまう。

 

それでもかつての水門三郎に比べたら遥かに健康で強靭なのだから、これ以上を望むべくもない。

 

もう少し筋肉と上背が欲しいものだが、それはきっとこれから―――ハイエルフの成長期が訪れるもう500年ばかり後に考えるべきことであった。

 

「押収品ってことはできんな……」

 

「おいやめろ警官。それ以上いけない」

 

思い立ったかのように装飾品をバッグに詰め始めたミナに、刑事がそう言って親友にツッコまれる。

 

「それはいいとしてもです。ここからどうすればあのヤシの木?の先っちょにいけるんです?」

 

「うーん……まあお宝バッグに詰め終わったらそこらへん見て回ろうか。『私の記憶にないもの』があったらそれが確実に怪しいから、私と……うん、夕ちゃんで探しましょう」

 

岬の質問にそう答えて、ミナは夕を見る。

 

彼女が不承不承といった風情で首肯すると、ミナは「よし」と一言言って立ち上がった。

 

「ルル、とりあえずここの財宝はできるだけバッグに詰めておいて。マジックアイテムは選り分けてね」

 

「承知しました」

 

ルルが肯んずるのを見て、ミナは黄金の玉座に登っていく。

 

玉座の後ろには急勾配の階段がついていて、そこから登るようになっていた。

 

どうしてこんな階段を作ってまで周りを見下ろしたかったのかはさっぱりわからない。

 

―――自分の先祖である虹の帝ティトゥスの残した遺跡でも同じようなことを思ったことを思い出し、ミナは駄目王はみんなそんなもんなのかね、と諦めたように嘆息する。

 

そして夕と共に玉座にたどり着くと、その頑丈そうな手すり付きの玉座を見て「ここから飛び降りてきたんだよなあ、あの怪人みたいな王様の亡霊……」と独り言ちた。

 

『そんなことはどうでもいい。早く探せ。こちらでも走査してみるからな』

 

夕はそうして周囲の探索に入る。

 

ミナもまた、かつての自分の記憶と見比べてどうかという点を探してみた。

 

……とは言え、それは既に200年以上前の記憶だ。

 

リーディングの魔法でかつての記憶を読み出しているが、それでもはっきりしない部分が多い。

 

特に、玉座についてはあの時の戦いでちらりと見ただけの場所である。

 

それを完全に覚えているのはかなり難しいことではあった。

 

想像くらいはしたことがあるが、こんなしっかりしたものを想像した覚えはない。

 

……というよりも、古い時代のドワーフの意匠がふんだんに使われており、こんなものを想像や記憶だけで再現することは出来ないだろう。

 

何しろ、ミナでも殆ど初めて見るものだ。

 

「違和感ありまくりね……私の記憶と想像を素にしているなら、もっとこの玉座は曖昧でもいいはずなのに、ディテールがしっかりしすぎている……」

 

ならばやはりこの玉座そのものが鍵なんだろう、とミナは思った。

 

「夕ちゃん、なにかわかった?」

 

『そうだな……強いて言えば、この玉座のみ周りの物質と組成が若干異なる。それ以外の場所はそうではないが、これは分子構造体がバグによって影響された物質によく似た変化を起こしている』

 

夕がバイザーをあげてそう答える。

 

ミナはその答えに一つ首肯すると、「ありがとう、夕ちゃん。ならこうしてやるまで!」と笑った。

 

バグとは世界の歪みである。

 

遠い遠い昔、創造神ヴィ・ダーエンが作り出した世界で生まれた歪み。

 

法則を乱し、理を破壊し、混沌をもたらす世界蟲。

 

いずれ致命的な何かをもたらすと言われながら、対処できるのはいつの時代も一握りの強者のみ……

 

そんな世界蟲に対抗する手段を、ミナは持っているのだ。

 

ミナはバッグから大槍を一振り取り出して構えた。

 

それは対魔王用の武具の一つである客人碎だ。

 

ミナは即座にその力を開放するための呪文を唱える。

 

「碎くものよ。異界よりの悪意ある客人を微塵と返すものよ。この戦いは世界を蝕むもの、邪悪なる世界蟲との戦いなり!その力を解放し、我に勇者としての任を果たさせ給え!」

 

青く輝く槍を持ち、森人の勇者は更に自らが奉ずる神への呼びかけのための言葉を唱える。

 

「世界を調律する我らが祭神よ。世を蝕むもの。真なる邪悪。生まれ落つる世界蟲を正しき姿へと調律し給え。塵は塵に、灰は灰に。歪みと過ちは正しき姿へ。我らの持つ原罪を許し給え。どうか我らを聖なる地へ導き給え。ホーリー・フィックス!」

 

客人碎が光を増し、そして青い球体として吐き出され、それは玉座に命中すると白い光と化して消えていく―――

 

跡には玉座はなく、そのまま天井を貫いてそれこそ天にまで届きそうな長さの梯子が残されていた。

 

第十位階神聖魔法ホーリー・フィックス。

 

バグを消し去り、状態を固定化し、聖なる領域を作り出す調和神ディーヴァーガの固有魔法である。

 

バグを消し去る魔法としては最上位であり、かつ神聖魔法の中には一つしかない奥義中の奥義の一つである。

 

―――ラゴンエスの調和神神殿が勇者ミナ・トワイライトを最高位の神官として認めている理由の一つである。

 

その魔法を勇者の装備であり、バグの塊と言える魔王を滅ぼすための兵装である客人碎を発動体として使用すれば効果は更に上る。

 

事実上、今の術を耐えられるバグによる構造体は殆どない。

 

魔王、そして破壊不能オブジェクトを除けば。

 

魔力の消費が激しく、そうした世界に完全に固定化されたバグには効き目が薄いのが欠点であるが、些細なものだろう。

 

こうしたバグによって隠されたものを暴くには丁度いい魔法であり、本来的には聖なる領域を半永久的に作り出す魔法である。

 

バグはバグ故に、解法そのものが存在しないリドルも存在するのだから。

 

―――因みにバグに侵された生命体に使うと、元の姿に戻す代わりに昇天させる―――つまり、殺してしまうため使用は厳禁である。

 

よって、半グレ暴走事件の際の治田金児や、バレンタイン事件の時の富永ふのりのような相手には使用できない魔法であった。

 

『なるほど。バグによって本来のものが変化させられていたというわけか』

 

夕が腕を組んで納得した、とばかりにミナを睨んだ。

 

ミナはこくりとうなずき天井を見る。

 

見れば、そこには神話の時代の終焉を示す竜の勇者と呼ばれる最初の勇者とすべての歪みの祖、初めてバグから生まれたとされる強大な魔王の戦いが描かれている。

 

その中心には確かにポッカリと闇が口を開け、その向こう側にか細い光が見て取れた。

 

「多分この梯子を登っていけば、あのヤシの木らしきもののところにたどり着くのでしょうね。ルルたちの作業が終わったら行きましょうか」

 

ミナは夕に笑いかける。

 

その笑みは―――夕には何故か寂しさが込められているように思えた。

 

『なにか悪いものでも食べたか、金髪女』

 

夕は彼女の瞳を睨めつけてそう聞いた。

 

ミナは―――

 

「感傷くらいはお願い、許して」

 

そう答えて押し黙った。

 

―――ミナは思い出す。

 

やはり、自分はもう少しあの3人と冒険をしたかったのだ、と気づいて寂しさが湧いて出てきたのだろう。

 

「……夕ちゃんも多分長生きすると思うから言うけどね。やりたいことは、やったもん勝ちなのよ」

 

思いついたかのようにミナは呟いた。

 

『そうか。私はやりたいことをやっているつもりだ』

 

「そう思えるならいいのよ」

 

ミナは夕の言葉にそっけなく答え、いつまでも梯子の奥の闇を見続ける。

 

それはルルたちが財宝をあらかたバッグに詰め終わるまでしばらくの間続いたのであった。

 

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