異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第9話 「その場合でも問題なかったでしょうに」

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ドン、と人の足が地面を叩く音が響いた。

 

くるくると風の翼で回転落下したミナが、木の高さまでたどり着くと術を切ったのだ。

 

完全な自由落下となった少女は着地の反動を体に乗せて、目を見開き驚愕するマスクの男の腹に掌打を食らわす。

 

「げぅ」

 

パァンという破裂音が響くと、カエルが潰れたような音を肺から漏らして、腹の肉が内臓を巻き込んで吹き飛ぶ。

 

今まで内臓が詰まっていた場所は、背骨だけを残して風穴となっていた。

 

「庚申流組打術、腑貫」

 

ボソリと技名をつぶやいて、ミナは少し頬を羞恥のために赤くする。

 

しかしそれも一瞬のこと、驚愕を顔に張り付けたまま絶命した男が持っていたものに顔色を青ざめさせた。

 

「アサルトライフルじゃん……!狙撃銃の次はこんなのまで持ち出すわけ!?私一人に嫌がらせするために!?どこのどいつだ……」

 

それを無限のバッグに放り込み、ついでに男の死体も放り込む。

 

「白昼堂々銃乱射しようとするとは不届き千万。全員この世から退場させてやるッ!」

 

一言宣言すると、太陽の光差し込む林の中をまるで忍者のように幹から幹、枝から枝へと飛び移る。

 

三つ幹を跳ぶたびに、一つ覆面の男たちの首が飛ぶ。

 

彼女の手刀で黒ひげのおもちゃのように首が飛ぶ。

 

制圧するのにわずか1分。

 

アサルトライフルを撃つ暇もなく、不届きな男たちは全員がその命をあの世に転送されてしまっていたのだった。

 

いつも通りに死体と武器、その他所持品をすべて回収する。

 

回収し、そして最後に―――拾った布切れの意匠に覚えがあった。

 

「……槌と鎌?ああ、そういう……」

 

それはとある野党のシンボルマーク、いや、世界中の同じ主義を持つ政治団体のシンボルマークだ。

 

「……なるほど。でもね、だまされないわ。こんなの、ただのカムフラージュでしょうに」

 

……その布切れからは、わずかに、わずかに―――「バグ」の臭いがした。

 

バグとは何か。

 

「異世界グリッチ・エッグに混沌をもたらす世界蟲。法則を乱し壊し崩れさせる世界の敵……」

 

それが、その臭いがするものはこの世界には彼女の従者、リッチーたるルル・ホーレスを除き存在しないはずである。

 

しかし彼が犯人ということはありえない。

 

彼は調和神の契約によって縛られ、ミナの心身に危害を加える策謀を企むことはできないし、さらにこの世界の知識は中途半端だ。

 

このようなことをすることはまずあり得ない。

 

そして何より、二人はこの世界に戻って2時間以上離れた場所にいたことはなかった。

 

―――犯人は、この騒動の犯人は、ありえないことだが、起きてしまっているのだからそう考えよう。

 

「こっちの世界に私の知り合いは少ない。生前もともとボッチで空悟と清水さんとあと何人か大学時代の友人くらいしか付き合いある友人はいない」

 

わざわざ三郎が会社を辞め、そして死に、異世界転生して戻ってきたこのタイミングで事を始められるのであれば、それは。

 

それがルルという自らの下僕でないのであれば。

 

「……まさか、生きてるのか、あのくそ野郎……?」

 

邪神の影を彼女は見たような気がした。

 

 

 

結論から言えば、図書館内の怪しい男は3人いた。

 

いずれもが持っていたバッグにアサルトライフルが入っていることがルルの透視の魔眼で判明したため、事を起こす前にルルのスリープクラウドで昏倒したところを空悟によって捕縛されたのである。

 

……さすがに白昼堂々、大勢の人間がいる中で始末することはできなかった。

 

携帯電話で応援を呼び、パトカーがたどり着いて男らを捕縛している間にルルが一人の司書を連れてきていた。

 

「……空悟さん?なぜここに……」

 

黒髪長髪、痩せてはいるがどこかふっくらとした印象を与える女性。

 

彼女が空悟の妻、文であった。

 

「いや、通報を受けてね……凶器をここに持ち込んだ輩がいたようだ。それで……」

 

「まだるっこしいこと言ってんなよ、空悟」

 

その陰からミナが現れる。

 

「この子たちはいったい……空悟さん……まさか……」

 

文の眉が剣呑な形にねじ曲がったのを見て、空悟は慌てて言い訳をした。

 

「違う違う!こいつらは……おい!説明しろバカ!!」

 

「清水さん、けっこーアレだったもんなー……ルル」

 

空悟に振られたミナは、そのままルルに遮音の魔法を使うよう指示した。

 

魔法がかかったことを確認すると、ミナはにっこり笑う。

 

「清水さん、いや、今は今野夫人でいいのかな?すんげー久しぶりだよな。5年位前だっけ?最後に3人で顔合わせたの」

 

「……?いえ、あなたのような知り合いは……」

 

いたずらっ子のようにニヤニヤ笑うミナに、困惑した様子で文はおろおろとした。

 

「あの、空悟さん?この方は……」

 

「……ま、普通は信じんわな。三郎だよ、三郎」

 

空悟が頭を掻きながら苦笑する。

 

「は?いや、そんな冗談は……」

 

「文、俺は下らない冗談は言わない男だって知ってるだろ?」

 

「いや、そんな……ええっ?えええ?えぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

頭の上にたっぷりのクエスチョンマークが出ているのが見えるようだ。

 

実際に彼女の周りには感情の精霊の一つ、混乱の精霊がぶんぶんと舞っているのがファンタジー的オブジェクト二人にははっきりと感じられた。

 

「いや、マジで普通にすぐ信じるのはうちのカーチャンとこの単細胞くらいだとは思ってたけどさ……」

 

ポリポリと頬を掻く。

 

そうそう、これが当然の反応なのだ、とミナは安堵する。

 

普通、30代のおっさんが金髪美少女になってました、など信じはしないのだ。

 

自分のカーチャンと親友が特別に順応性が高いのだ、とうんうんと納得してうなずく。

 

「……まあ詳しい話は事件が解決したら、ということで。まずはお前らのお子さんを迎えに行かにゃあ。文さんの次はどう考えてもそっちだぜ」

 

「そうだな。まずは今日は仕事を早退してくれ、文。お前や子供たちが狙われてる可能性があるんだ。知ってるだろう、最近の怪事件」

 

空悟が妻の肩を掴んで真剣な目を向ける。

 

確かに嘘をついていないことを、もう10年は夫婦として歩んでいる文には理解できた。

 

こくり、と頷くとミナとルルに「説明……してくださいね」とジロリと睨んで早退の手続きを取るために事務室へと歩み去っていく。

 

「文が戻ってきたら、幼稚園に行って、それからお前の家に戻って車を回収だな……」

 

その時、ようやく空悟は自分が靴を履いていないことに気づいて、苦笑した。

 

 

 

―――結論から言えば、空悟の子供たちは無事であった。

 

姉の晶と弟の隆は、今は茜と文によってあやされ、遊び疲れて眠ってしまっている。

 

今は夜8時。

 

水門家の居間に茜を含めて5人が座っていた。

 

そこで文は事件のあらましやミナの事情、ルルについてを大まかに聞かされていたが、まだ彼女が水門三郎の成れの果てであることには納得がいかない様子だ。

 

「……本当に水門先輩なんですか、この方。あのこう言ってはなんですが、私達以外に友達がいなさそうな水門先輩とは別人にしか見えないのですが。たとえ性転換手術したとしてもここまで変わりようがないですし。第一異世界転生なんてそんなファンタジーやメルヘンじゃあないんですから……」

 

ここに来るまでにガーゴイルに乗ったりしたにもかかわらず、彼女はまだそれが信じられない様子だった。

 

怪訝な目がミナに向けられる。

 

「いやまあ、ファンタジー世界に行ってきたんだけどねえ……信じちゃもらえないかも知れないけど……俺ら3人しか知らないこと、いくらも知ってたでしょ?」

 

ミナは苦笑して立ち上がった。

 

「図書館でも言ったけど、これ以上詳しい話はまた後だ。カーチャン、空悟、俺とルルはこの布切れの出どころに行ってくる」

 

「だから、危険なことをおやめと言ってるだろうに……」

 

こめかみを押さえて、茜は唇を不満げに歪める。

 

「そうは言っても、このままじゃカーチャンや空悟たちだけじゃない。街全体に危険が及ぶ。俺の思い出は……この街そのものだ」

 

だから、守るために行ってくる。

 

そう告げてミナは居間から出ていこうとする。

 

「……いつもどおりさ。あっちの世界じゃあ、こんなの危機のうちにも入らなかった」

 

「黒幕がいるなら、俺も行くと行ったはずだが?」

 

「いや、こりゃあ黒幕なんかじゃねえよ。もう一枚噛まされてるはずだ……詳しいことは帰ってから話す。カーチャン、すまねえが」

 

空悟の抗議に涼しく返して、ミナは茜に4人を泊めてやってくれ、と続けた。

 

「……それはいいけど、本当に大丈夫なんだろうね?」

 

「大丈夫さ。清水さんも安心してくれ、この家は俺が作った結界で守られてるから」

 

そう告げて、玄関のドアを開ける。

 

そこには姿消しの魔法でほぼ透明になった守護像が待っていた。

 

「よっしゃ!ルル、行くわよ!目指すは集成党神森支部!」

 

「了解です」

 

ガーゴイルに飛び乗った二人は、東森の自衛隊駐屯地から南東2kmの地点にある集成党……集成主義なる近代宗教を奉じる団体の居城へと急行するのであった。

 

 

 

―――おおよそ半刻後。

 

姿消しの魔法が付与された黒装束に着替えた二人は忍者の如く集成党神森支部に潜入していた。

 

集成党は古くから暴力革命を謳う旧東系の政治結社である。

 

神森支部の一部敷地は資金に乏しい(とされる)市議会議員の住居や代議士の一時宿泊所としても使用されていた。

 

「……うーん、とりあえず……バグというか、闇の魔力は感じられる?私、そっちの感覚は薄いから任せるわ」

 

ミナは無人の廊下でルルに確かめた。

 

ここまで来るのは特に問題はなかった。

 

すべての鍵は解錠の魔法で開けられたし、守衛たち……服装からして党員なのであろう男たちはこちらに気づく様子もなかった。

 

問題はここから先の区画である。

 

「ええ、かすかですが懐かしい歪んだ森と同じ気配……バグダンジョンの気配を感じますね、これは」

 

ルルが微笑むと、ミナもまたニッと笑った。

 

「よろしい。それではそこを目指していきましょう」

 

そうして廊下を進んでいくと、電子錠でロックされた議員の住居区画に入る。

 

「世界を支配する偉大なるロジックよ、我が声に従い閉ざされたものを開け。アンロック」

 

ルルの青褪めた唇から解錠の術が唱えられると、ピーと電子音を鳴らしてドアは開放された。

 

「電子ロックにも効くのか……物理的に突破するはめにならなくてよかった」

 

「その場合でも問題なかったでしょうに」

 

「まーね」

 

そっと中にはいると、そこから先の意匠はだいぶ違ったものになった。

 

所詮は市議の一時住居だろうと思っていたが、少々殺風景だが壁の素材や廊下の木材を見るに相当豪華なものが使われているようだ。

 

「市議会議員つーても連中にとってはノーメンクラツーラってやつかー……」

 

贅沢してるんだなーとシラけた目でそれを見ながら進む。

 

姿消しの魔法がよく効いているのだろう、警報のたぐいは一切なかった。

 

「ここですね。ここが一番濃い闇の気配がします」

 

ルルの言葉が、目の前の大きな扉を捉えた。

 

エルフやドワーフの暗視は熱を感知する魔眼でもある。

 

その扉の前には、赤外線と思しき光線が幾条も見て取れた。

 

「ルル、その赤線に触れちゃ駄目よ。警報がなるわ」

 

「承知しました。それじゃあ……」

 

ルルが壁に懐から取り出した忍者刀を添えた。

 

「壁切って、物理的に壁抜けしましょう」

 

「そうね」

 

ミナもヒヒイロカネのショートソードを取り出して同じように壁に当てる。

 

遮音の魔法が唱えられ、音が漏れないようにするとすぐに二人は作業に取り掛かった。

 

壁が切り取られて入口になったのは、それから2分もしない間であった。

 

ズン、と壁が地面に倒れて扉となる。

 

後は倒れた壁をもとの位置に戻して、リペアーの魔法を唱えて斬った後を消しておしまいだ。

 

「世界を支配する偉大なるロジックよ。我が触れたるものに元の形を思い出させよ。リペアー」

 

壁を修繕すると、部屋の中をぐるりと見まわす。

 

剥製が壁に飾られ、金を基調にしたロシアの宮殿風に拵えられたやたら広い部屋だった。

 

部屋の中心にある、天蓋付きのベッドからは汚い高音の高いびきが聞こえてくる。

 

見れば太った底意地悪そうな男が金色の刺繍がされた高そうな寝間着を着て大の字になって眠っていた。

 

「うへー……悪趣味かつ集成主義的ィ」

 

「あの男はどうしますか?」

 

「あいつから臭いはする?」

 

「いいえ。あっちの執務机のほうから、ですね。この分だと何かの物品からでしょう」

 

ルルは杖をかざしてそう答える。

 

二人は執務机に近づき、その上に載っているパソコンとスマホを見据えた。

 

「……どっちも違うわね」

 

「ええ、ですがその手前をご覧ください。それですよ」

 

ルルが指さした場所には、歪な形のペンが置いてあった。

 

「確かに。―――エニヴァの黒筆ね」

 

ミナは少しの光も反射しない真っ黒な万年筆のようなものを手に取った。

 

「……なるほどね。エニヴァの黒筆なら、これで少しでも触れていればバグの臭いがするわけだ」

 

エニヴァの黒筆とは、これで触れたものにどんな無茶な命令でも聞かせることのできる洗脳用のアイテムである。

 

―――当然、異世界の物品だ。

 

バグダンジョンの中でごくまれに生成され、持ち出されれば悪魔のような働きをして混沌をもたらす地獄の道具なのだ。

 

その名は、かつて賢王と称えられた男エニヴァを狂わせ、度を過ぎた恐怖政治で国を滅ぼした故事から名づけられた。

 

ミナがあちらの世界で生まれる2000年も前の話である。

 

「グリッチ・エッグの存在でありながら、こちらの世界に干渉できるのは神々だけ……チッ」

 

「生きているのか、残留思念か……やはり奴は?」

 

「わからない。生前の俺に干渉していた事実からしても、私に干渉する前に別の形で干渉していた可能性は十分にあるから」

 

黒筆を無限のバッグに放り込み、ミナはまた一度舌打ちをした。

 

「回収できてよかったわ。左派暴力革命を企んでる公安監視団体にこんなもん預けておいたらそれこそとんでもないことになりかねない……クズどもの上役までたどり着かないのも納得だわ」

 

ミナは胸をなでおろすと、すぐに底意地の悪い顔になった。

 

「ルルはそこのおっさん、多分国会議員かなんかだろうけど、たたき起こして魅了の魔眼使ってパソコンとスマホのパスワード聞き出して。私は書類あさりするから」

 

「めんどくさいなあ……エニヴァの黒筆使っていいですか?」

 

「あんたに渡すのは泥棒に金庫の鍵渡すようなもんだからダメ」

 

「チッ」

 

先ほど手に入れた凶悪アイテムの使用許可は当然出せない。

 

舌打ちをする少年に少女はいつも通り、おでこにチョップを食らわせるのだった。

 




クックックッ......黒マテリア。
なんで悪党政治屋の話って自○党モデルばっかなんでしょうね?HAHAHA!

なんかここらへんアレそうなので、一気に投稿しちゃいますね。

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