異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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そして、宴会の時間がやってきた。
―――余談だが、空悟たちは個人で来ているので、ここではなく館内のレストランで食事を取っている。
何故か青と真緑の目が痛くなりそうな畳が敷き詰められた宴会場にお膳が並び、その前に各店長やミナたちが座った。
それからすぐに組合長の短い挨拶が始まって終わり、即座に乾杯の音頭が取られる。
「それでは商店街の未来を開いてくれたフライング・ガールズ・サーカスのお二人に乾杯をお願いします」
そうして浴衣姿のみはるがマイクを受け取って、盃を掲げる。
―――相変わらず髪の毛はどうセットしているのかわからないが、見事なまでのお嬢様ドリルであった。
つぐみは何も変わらず、髪の毛もお風呂から出たままセットされていないため前髪で目が隠れ、いわゆるメカクレ状態になっている。
二人の盃の中身は、未成年であるため当然のようにジンジャーエールであった。
「それでは皆様、ブロージイット―――つまり、乾杯ですわ!」
みはるの言葉とともにおっさんおばさんばかりの宴会が始まる。
見る限り、子供や若い人間はほとんどいない。
―――気を使われているのだろう、ミナたちの席は上座の固まった配置にされていた。
「ぷぁーっ!やっぱり風呂上がりのビールは最強無敵ね!」
ジョッキに注がれたビールを飲み干して、ミナは快活に笑う。
「おっさん臭いぞ、金髪娘」
同じ勢いでビールを飲み干した夕は、ゲップの一つも出さずにそう言ってしかめっ面を向けた。
「まぁまぁ。私、人生の5%くらいは男やってたんだし勘弁してよ」
ミナはそういって、前菜のふのり―――海藻のふのり―――のサラダに手を付ける。
かかっているドレッシングは醤油ベースのようで、和風の味わいが美しいとミナは思う。
一口分しかないそれは実にミナの口にあっていた。
「あ、美味しい。これなら日本酒のほうが良いわね」
「同感である!」
感嘆して仲居を探そうと顔を上げると、ビール瓶を持ったスナック黒十字の店長がいた。
「同感ではあるが、まーまずはこれを飲み給え。君たちがいなければ成功しなかった大会だ」
そうしてミナの空いた生ビールのジョッキに、浴衣姿で軍帽をかぶった店長がなみなみとビールを注いでいく。
「おっとこりゃどうも」
ミナがそのジョッキをまた軽くグイグイと飲み干して、ぷぁーっ!と息を継ぐ。
「うむ。相変わらず良い飲みっぷりだな!ルルくんは飲めない年齢ッ!君が代わりに飲んでくれたまえ!御母堂もな!」
店長の言葉に、茜は手のひらをひらひらと振って答える。
そうしてしばらくするとミナの飲みっぷりに引き寄せられたのか、店主たちが寄ってきてミナのグラスやジョッキにビールや焼酎、日本酒を注いでいくという状態になっていった。
「飲みねえ飲みねえ。いやあ、すごい飲むねお嬢さん!」
軽くメタボが入ったハゲのおっさんがそうしてビールを注いでくる。
「いやーすみませんねえ」
それをまた一息に飲み干して花が綻ぶように笑うと、おっさんは「いやあ若いっていいねえ!」と言って自分の席へと戻っていく。
こうしたやり取りがしばらく続いていた。
「うーん、冒険者に宴会はつきものというそうだが、本当に飲むな……」
廻が日本酒を舐めるように飲みながら、カンパチの刺身を口にしてそう言った。
「ええ、つきものなんですよ。だからミナさんはすごい飲むんですよ」
ルルがグラスのオレンジジュースを飲み込んで微笑む。
「ま、おっさんたちには飲ませてないから大丈夫でしょう。ミナさん、遠慮なしでいいとなると相手にも飲ませますから」
相手が下戸でない限りは、と続けてルルは前菜の皿から煮凝りを一つ取って口に入れる。
「ま、三郎も嫌がってないからいいでしょう」
茜は茶碗に注がれた日本酒をグイと一飲みに飲んで笑う。
「……どうしたんだい、ルルくん?」
「いえ、魂の部分で母娘だなあ、と」
ルルはミナと茜を交互に見てそう述べた。
「あによ。なんか文句ある?」
流石に一気に飲みすぎたのか、顔を赤くさせてミナはルルの頭にチョップを叩き込む。
殆ど力の入っていないそれを食らったルルはいつも通りに「痛いじゃないですか」と抗議した。
「三郎、意地悪するんじゃないの。ほら、座って飯の方を食べな」
「はぁい」
茜に促されてお膳の前に再び着席して、ミナは刺身のつまをしゃくりと食んだ。
大根の味が口の中に広がり、酒をさっぱりと流していく。
「あーうめえなこれ!ほんとうめえな!」
「ちょっとミナちゃんのペースおかしくないですか?……しかし、本当に美味しいのです。昔と変わってなくて本当に安心しましたですよ」
「へー……ほう、ふーん……?美味いじゃん。これならいくらでもひょーか上がりそうなもんだけど」
恋が刺身を口に入れてそう呟く。
「わかりますですか」
「わかるわかる。グルメ番組にもけっこー出てんだぜ、あたい。ガキ舌だってバカにされたくねーから、プロデューサーと一緒にいろんなとこで食ってっから」
ニカっと歯をむき出して快活に笑い、恋は刺身のつまを醤油に漬けて食べた。
そうして「水にさらしてないのにちゃんとしゃっきりしてるだろ、これ。難しーらしいんだよな、これ。なんて言えばいいんだろ……」と腕を組んで頷く。
腕のいい料理人と良い食材、そこにオーソドックスなメニューで素晴らしいバランスを醸し出していることが恋にはわかる。
が、彼女は小学6年生に過ぎないため、語彙が少なくて恋は悩んでいた。
「まあ今はいいじゃないですか。それより、ちゃんと食べないとミナちゃんが取りに来ますですよ」
「行かないわよ!」
ミナが怒り笑いしながらグラスの中身を飲み干すと、目の前の焼き魚を丁寧にほぐし始める。
「やたらとうまくなってんじゃないわよ」
「だって、もったいないし……骨ごと食べてもいいけどよー」
茜の指摘にミナはケタケタと笑ってそう答え、一口食べては「うまい!」と叫ぶ。
だいぶ酔っ払っているようだが、ブラックリボンの効果でこれ以上はあかんことにはならないことを知っているルルは、「他の人を酔い潰しちゃ駄目ですよ」と嗜めるだけだ。
そこには先程まで風呂で情けなくも水死体のマネをしていた少年の姿は想像できない。
そんなルルの背後から、ぬえ子が「ルルさん、食べてる!?」とにこにこ顔で這い寄ってきていた。
「……食事時に人に触ろうとしないでください。酔っ払ってるんですか?」
にべもなくそう言い放つと、「まさかー!八左衛門さんに怒られるのヤですしぃ」と飲んでいないという言葉を容易には信じがたい態度でルルに迫ってくる。
「テンション高いですね……一体何を飲んだんです?」
「えっと、これですけど」
彼女が出してきたものは、ここのところ神森市で評判の地ワイン―――いわゆるフルーツワインであった。
「どれどれぇ……って度数5%か」
ルルにゆっくり近寄ってきていたミナは、そうしてひったくるようにぬえ子の出したフルーツワインを受け取って飲み干す。
「かーッ!駄目。これジュースにしか思えんやつ。誰だ飲ませたアホは!」
ミナが怒声を上げると―――その視線の向こうには。
「ぽえ?」
同じフルーツワインを優雅に燻らせながら、髪の毛ドリルのお嬢様もどきが赤ら顔で変な声を出していた。
幸いそれに気づいているのはミナとルル、そして彼女の脇にいてオレンジジュースを飲んでいるつぐみだけである。
「やめなさい!最近は厳しいのよ!あんた地下とはいえアイドルでしょ―――ッ仕方ない!」
ミナは―――浴衣であっても常に体から離さない―――無限のバッグから小瓶を取り出して、そこに入っていた錠剤を一粒ずつみはるとぬえ子の口にツッコんだ。
「んぐ!?」「うえっ!?」
すると、見る見るうちに赤らんだ顔が元の色に戻っていく。
「……よし!二日酔いになってなければ対処可能!酒精神のガバガバさに乾杯!」
小声でガッツポーズを取ってミナはみはるのワイングラスをひったくって一気に飲み干した。
「あ、あれ?なんですの?」
「え、ええっとぉ……?」
二人がなんのことかわからないという風に頭を振る。
―――酔い覚ましの効果がある魔法の丸薬―――水の流れる遺跡で回収したモノの一つであった。
「……もしかして、わたくしたちお酒を飲んでいましたか?」
ミナはしゃっくりをして、「そーよ。誰よフルーツワインなんか持ち込んだの。葡萄ジュースと味変わんねーやつじゃん」と口をへの字にした。
「え~それ~お酒だったのぉ~?」
つぐみがそうして首をかしげる。
「あんたか!ラベル見てよもう……」
―――と、そこでミナは気が付いた。
ルルにこくりと首肯すると、ルルもまた首肯する。
「……ラベルが普通の葡萄ジュースだ……?」
先ほどミナが確認したときには、アルコール度数5%のフルーツワインであると書かれていたはずのラベルが―――
ミナの手を離れた途端に、葡萄ジュースのラベルに変化していたのだ。
「……魔力は感じていないわね?」
「無論。これはむしろ廻さん夕さんの領分でしょう」
小声で、しかもエルフ語で二人が話すのを見て、みはるは「なにを内緒話していますの?―――何をしたかわかりませんが、助かりました。これなら飲んでいたとバレません」と話しかけてきた。
手鏡で自分の顔色を確認して、みはるはほっと息を吐く。
「……葡萄ジュースに見せかけてわたくしたちにアルコールを飲ませようとするとは!これは我々フライング・ガールズ・サーカスを貶めようとする陰謀!」
すっくと立ってそう叫ぶみはるをミナは肩を押さえて座らせる。
「はいはい。いいから普通に食べてなさいな。つぐみちゃんもワインだって気づかなかったみたいだし、他の誰もあなた方が飲んでいたことに気づいてないから無問題よ」
未来が開けた喜びからかゲラゲラ笑ったり、商店街の形が変わることに涙したりしているおっさんたちである。
彼女が呑んでいたことに気づくようなことがあろうはずもなく、そして気づいていてもみはるの父である八佐衛門や個人的な付き合いのある店長たちは―――後で説教するかもしれないが―――この場はスルーするだろう、という見込みであった。
「そ、そうですわね。感謝いたしますわ」
二人は座って、土瓶蒸しを一口飲んでため息をつく。
「それにしてもおいしい土瓶蒸しね」とごまかすようにミナが笑い、その間にワインの瓶はこっそりと無限のバッグの中へとしまわれた。
「ルル、わかってるわね」「ええ。誰かが彼女らに泥酔するように仕掛けをしたはず」
阿吽の呼吸というべきか、ミナの思考を読み取ったかのようにルルは微笑む。
二人とも思いは一つである。
(あの量でどちらかが悪酔いをする可能性はある。二人とも未成年でアルコールに慣れていないからだ。しかし……)
二人共となれば話は別である。
ミナには効かないなんらかの薬物が混入されていた可能性がある。
思わず飲み干してしまったミナではあるが、分析には瓶底に残っているわずかな量でもイケるだろうと踏んで、状態を保存する無限のバッグへ放り込んだのだ。
「ま、今はいいわ。宴会楽しんでからでも問題ないでしょう」
ミナはそうして恋のところへ行って、何事かを話し始める。
―――とりあえず、今のところは楽しみますか。
「なんで避けるの!?」
「ですから、食事時にセクハラしないでください」
酔いが覚めても絡んでくるぬえ子を避けながら、ルルは土瓶蒸しの松茸を食んでいた。
その頃。
今野一家は別室―――会食用の小さな和室?が並ぶ館内レストランで食事を楽しんでいた。
「……センスが頭おかしいですけど、悔しいくらいにご飯は美味しいですね」
「中学の修学旅行以来だが、何も変わってなくて安心するほどだ」
筋肉質の数珠を振り回す猫の像が七体床の間でこちらを睨んでいる、畳に荒ぶる鷹の絵がプリントされた部屋で夫妻はため息をついていた。
「この猫なーに?」「きゃははははっ」
幸いにして子供たちには好評なようであったが、猫好きの文にとっては見ているだけで頭が痛くなってきそうな猫だ。
和室のはずなのに照明がシャンデリアで、そのうるさい輝きが猫もどきを照らしていて何とも言い難い。
「食事と温泉は最高級なのに、それ以外のすべてが台無しにしている―――とは本当のことでしたね」
子供用のサイコロステーキを隆に食べさせながら、文はハァとため息をついた。
「まあ視覚のことを忘れてしまえばいいところですね」
「何割くらいアカンってことだい、それは?」
「5割以上は損してますね。お料理はもっと高い、一泊一人5~6万するような旅館で出てきそうなものばかりですもの。お風呂も高級温泉旅館と見まごうばかり。これで4人部屋一人1万5000円なのだから安い方でしょうね」
文は柔らかな笑顔でそう言って、ミナが別の場所で飲み干した銘柄と同じワインを口にする。
「そうだよなあ。土瓶蒸しに入ってる松茸なんて、普通はペラい薄切り1枚入ってるだけなのにペラいのは一緒だけど7枚も入ってるし」
箸で薄く切られた松茸を持ち上げて口に入れ、空悟はニヤリと笑う。
普段松茸など食べることがない空悟も文も気づいてはいなかったが、それは思いっきり国産の松茸である。
お品書きには「国産」とだけ記載があったが、今は土瓶蒸しの下に隠れて見ることができない。
―――そう。国産とだけ。
よくよく見ればほとんどの原材料の産地が都道府県や外国の地域までまで記載されているお品書きなのに、いくつか「国産」としか記載がないものが確かにあった。
―――どことは言わないが国産であることだけは間違いない。
そんなものが。
謎の多い旅館であった。
「ところで、先輩が私たちここに来るの知らなかったみたいですけど、言ってなかったんですか?」
「ん?ああ、三郎には家族と出かけるから冒険NGってだけ伝えてた」
夫が牛肉のステーキを噛み千切りながらそう言うと、文はフッと鼻で笑って「……まあ先輩相手だし、それでいいですか」と呟くように言った。
「まあ、その言い草はどうかとは思うが―――」
どうせあいつはその程度気にもしない、と夫婦が口をそろえて言うと二人ともが笑った。
「パパ、ママ。なにがおもしろいの?」
お箸の使い方を覚えたばかりの晶が、鯛のお刺身に醤油を付けつつ不思議そうに両親を見る。
そして空悟が、「お前も好きな人と同じことを考えてることがわかったら、笑うようになるよ」と、彼自身は十年以上後のことだと思っていることを告げた。
「そうなの……?」
「そういうものよ。さ、冷めちゃわないうちに食べましょうね」
「あーい」
文に促され、鯛の刺身を口に頬張って「おいしぃ~」と晶は笑う。
それを見て、二人はにっこりと笑い―――
床の間へ猫もどきに触ろうと近づいていく隆を、文がそっと後ろから抱き上げて席に戻すのであった。
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