異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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「失敗しました。ですが、ターゲットらは宴会から出る様子もなく。はい。わかりました。侵入を開始します」
―――湯守りの格好をした男が一人、携帯端末へそう言葉を発していた。
場所は7階のミナたちが泊まる3703号室。
松の間(Room of pine)と書かれた部屋を見て、男は憎々し気に「毛唐どもが」と呟いて、手の中の鍵を握りしめる。
そうして、それを挿し入れると扉はゆっくりと開いていった。
「……ふん」
見れば手には薄手の手袋、目にはゴーグル……おそらくは暗視ゴーグルであろうそれを装着している。
普通の物取りではない物々しい出で立ちで、男は客室内へと侵入した。
「よし。情報通りならば―――」
『何が情報通りでしょう』
「!?」
うっすらとした影が、呟いた男に背中から話しかけた。
『念のためとは思いましたが、物取りではなさそうですね。これを用意していたのは正解でした』
それは―――今頃は宴会場で天ぷらを食べているはずのルル・ホーレスの形をした幻影であった。
即ち、ルルが古代語魔法リアリティ・ミラージュで作り出した分身である。
ミナがハルティアたちと冒険していたときに出会った影よりも、ずっとはっきりした像を持つそれはニタリとして男の肩に手を掛けた。
「な、う……!?」
『これ、準備するの大変なんですよ。練習がてらと思っていましたけど、この手合いが出てくるなら本当によかった』
―――無駄にならずに。
瞳を怪しく光らせてルルの分身は微笑む。
『では、お静かに。尋問はミナさんと本体に任せましょう』
そのまま黒い影がまとわりつく。
影は蠱惑的に男の額にキスをして、その体から何かを吸い取っていく。
それが生命力であることは、精霊使いである影の本体とその主人であれば一目で理解しただろう。
「……!……!?……―――」
男は一言すら発することができずにそのまま昏倒する。
『お義母様や岬さんをびっくりさせないようにしなければね』
そうして影は男の足を掴んで引きずっていく。
部屋の外に出て、男の持っていた鍵で部屋の施錠をして。
そしてそのまま薄暗い照明が輝く廊下をひっそりと去っていったのであった。
ルルの耳がピクリと動いたような気がして、ミナは彼を見た。
すると、彼はミナを向いて「どうやら不届き者が部屋に侵入したようです。念のため、廻さんたち、今野夫妻やみはる殿らの部屋を見回らせています」と言ってきたのだ。
「へー、賊は?」
ミナは特に驚きもせずに、椎茸に細切れの松茸と挽いた煮アワビを詰めて揚げた「贅沢キノコのアワビ詰め」と称されている言語道断で文字通り過ぎる贅沢料理を「もったいねー使い方してんな」と感じつつ咀嚼する。
あまりにももったいないので、ミナにしては珍しく箸で四つに切って大事に食べていた。
その様子を見て微笑んだルルは、「とりあえず気絶させて縛り上げ、忘れられたと思われる倉庫に放り込んでありますよ」と返して自分もまたミナと同じものを口に入れた。
「OK、お疲れ。じゃ、宴会終わってお風呂入ったら尋問タイムね」
労いの言葉を掛けられたルルは嬉しそうにしつつも苦笑して、「悠長では?」と一言だけ質問した。
「ん……まあそうかも。でもあなたのアレが見回ってるところに悪さできるやつなんていないでしょ」
ミナは四つ切にした贅沢料理の最後の一切れを愛おし気に口に入れて、後味を日本酒で洗い流す。
そうして従者の顔を見て、「あんたの実力は信頼してるから」と言ってけらけらと笑った。
実際にリアリティ・ミラージュで作られた実体を持つ幻影は、術者の力量にもよるがオリジナルの1割から7割程度の能力を持つ。
そして地球人が重火器と装甲車両を持ち出さずにルルに勝つことは、おそらく実力が1割でも無理があるだろう。
「だから大丈夫よ。オレが信じるお前を信じろ!ってどこかの団長も言ってたのだわ」
「えっと……それは死亡フラグのようですね。その作品、この間見ましたよ」
ポリポリと頬を掻いてルルは笑う。
ミナも笑って、茶碗になみなみと注がれた日本酒をグイと飲み干した。
―――ここまでの会話は全てエルフ語で行われているため、誰も意味は理解できていない。
だが、何か楽しそうだという雰囲気を感じ取ったのかみはるが近づいてくる。
「お楽しみのようですわね、ミナさん」
「うん、愉しんでるわよぉ。アクシデントはあったけどね」
先ほどの予期せぬ飲酒でひどいことになりかけたことを思い出し、みはるは顔を赤くする。
「ダメだぜ、みはるねーちゃん。地下芸人っつっても芸能人なんだから気を付けてくれよ。ぱぱ……」
「パパラッチ?」
「そうそれ!そういうのはどこにでもいるもんだぜ?」
語彙不足で若干可愛らしくなってしまったが、恋もそう言って唇を尖らせる。
「ま、不可抗力ってこともあるだろうし、それはそれで……あはは……」
姉と話していたぬえ子も冷汗を垂らしてそんなことを言う。
「ぬえちゃ~ん、それは~自分で言ったらぁ~だぁ~めなやつぅ~~」
あはは~と間延びした声でつぐみが笑う。
「むぐぐ……ルルさ~ん!」
ルルに懲りずに抱き着こうとしたぬえ子をお膳ごとひらりと躱し、ルルはハァとため息をついた。
「あなたは反省してください。女性が男性にしても立派なセクハラです」
ルルがにべもなく言うが、ミナは「おめーが言うな!」と彼の頭にチョップを食らわせる
「痛いじゃないですか」
その抗議を一瞥すらせずにスルーして、ミナは廻と夕を見て「ねぇ」と聞いた。
「さてな。私からは何とも。それよりも酒の摂取が厳格になっているのが驚きだ。我らの出身地では未成年でも飲むものはいたからな」
グラスのビールを一口飲んで廻は笑った。
無論、出身地とは「かつての大日本帝国」という意味である。
「ま、遠いところではそうもなろう。常識の一つや二つは違うさ。そうだろう、金髪娘」
魚のすり身のそうめん風仕立てをすすりながら夕はそう言った。
「まあそうだろうけどさぁ……郷に入っては郷に従えって言うでしょう?」
「だから二十歳の我々は呑んでいる。未成年のみはるやぬえ子に飲む権利はない。それのなにが問題だろうか?」
夕は宴会場で店長が演台に上がろうとするのを阻止している潤美を胡乱な目で見つめる。
「とりあえず良い酒は水の如きものだという。ジュースに見えるからといってこういう宴席では間違いも起きるだろう。次に生かすといいさ」
そうして彼女は演台でカラオケしてる八佐衛門を見た。
「君の父上は厳しそうだからな。バレていないことを祈れ」
「うぐう……」
みはるの呻きを余所に、彼女の父親は組合長とともに美空ひばりの演歌を歌っている。
「しかし、結構うまいな」
「それはもう。わたくしの父ですもの」
頬に手の甲を当ててみはるが笑う。
それを見てミナも夕も恋も笑って―――はたとミナは気づいた。
「あれ、カーチャンは……ああ、あそこか」
お膳とともに移動していた母は端っこのおっさん店主たち―――それも今回涙を飲むことになった商店街そのまま復興派のおっさんたちと一緒に飲んでいた。
話している内容は他愛なく、その酒の強さと話の調子は確かにミナの母だと思わせるもので―――
そう言えば三郎の記憶を思い出す前、ただのミナであった頃もこちらの世界の母と同じような性格をしていて、お転婆の大喰いとバカにされてたっけな、と魂の遺伝をミナは今度こそ強く感じる。
果たして、血より魂が濃いのかその逆か。
少なくとも女となって以来の自分の性格は、こちらの世界の母から来ているのだと確信してミナは微笑む。
まだメインディッシュは来ていない。
宴会はまだまだ続くのであった。
それからしばらく後。
「あーいい湯だった。内湯も最高だったわね。ミストサウナもあったし」
脱衣場の外で、流れ出てくる汗をタオルで拭きながらミナはコーヒー牛乳を口にした。
「……あ、あれ?サービスシーンはどうしましたの?そういうお時間はありましたわよね?2回めだってあっていいですわよね?あれ?わたくし記憶が飛んでいませんか?」
浴衣のみはるはそうして豊かな胸をわなわなと震わせてミナを睨めつける。
それに対してミナは「何の話よ。てーかあんたにサービスする気はないわ!やっぱあんたレズでしょ!?」と叫んで後ずさった。
「ノーコメントですわ!ひゅーほほほ!!」
そう叫ぶように笑う彼女の後ろから、同じように家族との食事を終えてお風呂に入っていた人が一人近づいてくることに彼女は気づいていない。
「―――お説教が足りなかったようですね?」
「はっ!?あ、あなたはッ!?」
誰何して後ろを振り向こうとしたみはるの後頭部が、がしりとアイアンクローされひきつるような笑い声が聞こえてくる。
「―――先輩。この子、反省させてきます。そちらの方もよろしいですわね?」
冷たい声でそう言った―――当然のように―――文は、男湯から出てきた八左衛門になんでもないように声をかけた。
「お、お父様助け」「いい機会だから絞られてきなさい」
助けを求める声はにべもなく遮られ、八左衛門は頭を振る。
「いつもいつもつぐみさんやぬえ子さんに迷惑をかけているんだ。たまにはひどい目に遭いなさい」
そうして手に持ったバドワイザーのタブをカシュと音を立てて開けてグイと呑んだ。
「お、いい飲みっぷりですね」
後ろから出てきた空悟がそういって笑った。
「あーうちのワイフがすみませんね。ちょっとああなると私でも手がつけられない」
そして怒りに身を震わせた自分の妻を見て、みはるの父に頭を下げる。
「いやいや、いい薬ですよ。高校3年にもなってあの様子では……お恥ずかしい限りです」
丁寧に返す八左衛門を認めて、みはるは叫んだ。
「あー!お父様の裏切り者ォォォォォ!!」
そうして頭を掴まれたまま、またもやみはるは文にずるずると引きずられていったのである。
「雉も鳴かずば撃たれまいに……」
ミナはそうして彼女らを見送り、キョロキョロとあたりを見回した。
「あれ?カーチャンは?」
「茜先輩ならゲーセンが私を呼んでるとか言って、早々にお風呂出ましたよ。今頃2階のゲーセンだと思うのです」
岬がそう言って笑う。
「ルル、ミルアはカーチャンにつけた?」
フルーツ牛乳を飲んでいるルルはそう声をかけられると「いえ、あっちのほうが行っています」と言外に見回りを終えたリアリティ・ミラージュをついていかせたことを告げた。
「なら何も問題はないわね。じゃ、部屋に帰りましょ」
ミナはニコニコと―――アルコールをビールに換算して15リットルは体の中に入れたことを全く思わせない体で―――歩き出した。
「三郎、俺は文が戻ってきたら子供たちと一緒に戻る。時間あったら3人で飲もうぜ。何しろこの旅行は二泊三日で、明日ちょっとくらい二日酔いでも取り戻せるスケジュールだからな」
「奇遇だな。商店街の慰安旅行もそのスケジュールだよ」
親友に声をかけられたミナはそう返し、ニヤリと笑う。
「恋ちゃんの面接は明日起きてからね。私もだいぶ呑んだから」
「はーい!」
元気な恋の声を聞いて、彼女らと共にエレベーターへと向かい客室の階へのボタンを押す。
それは即ち、尋問の開始を意味していた。
―――忘れられた倉庫。
そこには縛り上げられ、恐怖に満ちた表情で黄昏の傭兵団を見つめる湯守の服を着た男がいた。
「はい、猿轡は取ってあげたわよ―――あんた、何者?」
ミナに睨めつけられ、男は身動きできない体で必死に後ずさろうとする。
「ひ、ひぃっ!?ば、化物……?!」
ミナは心外だなあ、と髪をくしゃくしゃと掻いて微笑んだ。
「よく言われるんだけど……カワイイ女の子に向かってそれはなくない?」
「ミナさん。僕やミナさんの実態を知って可愛いなどと吐けるのは、命知らずか肝の座ったパーティーメンバーだけですよ」
ルルが微笑んで言うと、空悟が「そうそう。あ、俺や岬ちゃんはなんとも思わないから安心しろ」とサムズアップをする。
岬も腕を組んでうんうんと頷いて、廻と夕は黙りこくってその様子を見つめていた。
「……ま、いいわ。で、何か用?物取りで警察に突き出しても良いんだけど―――」
「警察ここにいるんだがなあ……」
「おめー非番だろ」
ミナは空悟を小突くと、咳払いをして男に向き直った。
「これ、なに?」
ミナが取り出したそれは、ルルの幻影が押収した彼の所持品だった。
それはカナリアのミルアが見つけた連中が持っていたと同じもの―――つまり、ガイガーカウンターのような形状のなにかの計測器であった。
「―――バグおよび生体熱量の計測器―――だろう?」
沈黙を保っていた廻が口を開く。
誰もそれには驚かない。
事前に聞かされていたのだろう。
「……80年近く経過しているはずだが、未だに大東亜共栄圏の夢が忘れられないのか?」
廻は呆れたように音声を発する。
「……形状が古臭いし、注意書きとか全部旧漢字で書かれているからそうかも知れないとは思ったのですけれども……本当にそうなのですか?」
岬がステッキを男につきつける。
それは確かに―――見た目は日曜朝に放映している女児アニメのおもちゃにしか見えないステッキだったが、その先端に集まる魔力に男は気づいたようであった。
「き、貴様ら……帝国の作り出したもののくせに、このような化物共と……!」
「罵倒はよしてもらおうか。この金髪女ですら、盗人よりは上等な存在だろうさ」
夕にグイと襟を掴まれて立たされ、男はうめき声を挙げた。
「何が目的だ?というより、最早大日本帝国の復活を望むものなどいるはずも―――」
「い、いるのだよ!それがな!米帝とソヴィエトに支配され、ソヴィエト崩壊後は中華に支配されたこの祖国を、傀儡政権から救うために行動している組織がな!!」
男はたまらずにそう言って、無理矢理に笑みを作る。
ミナはその目の狂信的な光にハァと息を吐いた。
「……いい?平穏無事に暮らしてる民衆にそんな下らん理念を説かれても知らねえのよ」
ミナは指を立てて男の顔を見る。
見て、穏やかな笑みで笑った。
「こんな平和で穏やかで、人口に比して悲劇の少ない国なんだから我慢しなさい。そして政府が他国に文句を言わないことに腹を立てているなら、選挙に行きなさい」
ニコニコと浴衣の袖から何かを取り出しつつ。
「岬なら知ってるよね?ナチに解放されたフランスのパリで『善良な市民』がナチ協力者への拷問に使ったもの……」
「―――ミナちゃん?もう少し手心ってものをですね???」
その意味を即座に理解したのであろう、岬は久々に嫌な笑顔をしてミナの顔を見る。
「……栓抜き?栓抜きなんか出してどうするんだ、三郎?昔のプロレスラーでもあるまいし」
空悟が不思議そうに聞いてくる。
「そう思うか?岬ちゃん、こいつに説明してやって頂戴」
「……栓抜きに指を嵌めるです。そのまま曲げちゃいけない方向にボキンなのです。以上なのです」
こめかみを指で揉みながら、岬は真顔になった。
その顔に空悟も真顔になり、「OK、理解した」と真顔になった。
「ねえ、話しちゃくれませんかねえ。俺の親友は、こういう時容赦ねえんだ。指が折れる激痛を100回200回味わいたくはないでしょう?」
流石にそれは可哀想だと、刑事の顔で空悟は男の瞳を睨めつけた。
「な、何を……指など20本しかないではないか……!」
「こんなものを持ってるんだ。あなたもバグだとか魔法だとか……実在しているのは知っているでしょう?私の親友と彼女の長い付き合いの少年はね。治せるんですわ。大概の傷ってやつをですね」
謎の計測器を持ち上げてニヤリと笑い、夕に彼を地面に下ろさせる。
「話しちゃくれませんかねえ?死ぬより辛い地獄の10や20はこの世に作れる、そんな頼れる親友の手を煩わせたくはないんだ」
肩に手を置いて、穏やかな顔のまま力を入れる。
その力は空悟をして、手加減に手加減を重ねたものだ。
「そ、そんな言葉には屈さないぞ……?」
「そうですかねえ―――でも、さっきあなた『組織』があるって言ったのを、覚えてますかね?」
いつもの空悟と思わせぬ、ねっとりした声音で男の耳にささやくように声をかける。
「―――!?」
男は自分の言ったことが曖昧になっていることを感じて、声にならない悲鳴を上げた。
精霊を感じることができるものなら、ミナの腕に緑色の乙女がまとわりついていることを感じ取れたろう。
ドライアードの魅了の術を弱く弱くこの場にはかけてあったのだ。
「もうあんたぁ、俺の親友の術中にハマってんだ。痛い思いをしないうちに吐いたれや」
一転して空悟は怖い顔になって、男の顔を掴んで強制的に上げさせる。
瞳をしっかと睨めつけて―――恐怖にひきつる男の顔を。
「ああ、言っておきますがねえ―――実は自殺しても駄目なんですよ。こいつ、蘇生魔法っていうんですかね?ほら、ザ○リクとかアレ○ズとか……」
舌を噛みちぎろうとした男の顎を掴んで、空悟はニタリとする。
「さ。さっさと吐いちまいな。何、吐いてさっぱりしたら寝かしつけてやるよ。そしたら綺麗サッパリ忘れてらあな」
その言葉に、男は絶望して項垂れた。
そして、徐々に話し出す―――彼の知ることを。
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