ジオウくろすと 掌編集   作:度近亭心恋

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不決断こそ最大の害悪。
ルネ・デカルト(1596~1650)


彼はなぜその街に向かったのか

「帰るんだな」

「ええ」

 

 日寺壮間はラビットハウスの前に立ち、この時間のこの街を去ろうとしていた。

 たった数週間の付き合いだというのに、考えてみれば何とも濃密で楽しい時間だった。壮間も栗夢走大も、はっきりとそう言える。

 結局、ドライブの歴史を継承したのはミカドだった。王になる為にライダーの歴史を集めるということを考えれば、二手目にして失敗したようにも見える。

 しかしこれは、”失敗”ではない。

 

 この物語の中心にいた者が。

 歴史を本来持つべきはずの者が。

 

 

「ミカドさん!!」

「やはり、分からん女だ」

 

 

 ミカドこそ、この歴史を”持つべき者”だと選んだのだから。

 

 その選択が、”失敗”であろうはずもない。

 

「あの」

 

 香風智乃────チノは、つつっと歩み寄り壮間の目を見た。

 

「……智乃さん?」

「ミカドさんは……」

 

 それが問題なのだ。ミカドは壮間から2枚目のルパンのシストの地図をひったくるように受け取ると、挨拶もせずに去っていってしまった。歴史を受け継いだ者の礼儀としてもう少し、とも思うが。

 ミカドがこの街と、そこに生きるチノ達の生き様にどれだけ得るものがあったか。

 

 それは、ミカドのみぞ知ることだ。

 

「……また、会えますよ。きっと」

 

 気休めのつまらない言葉だとも思う。

 しかし壮間には、また彼らはいつか巡り合うだろうと、そんな気がした。

 

「それじゃあ!」

 

 壮間は頭を下げ、その場を後にしようとした。その時────

 

「壮間!」

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 リース=リング・モーゼル・シューベルトは、大学の研究室にいた頃に「軍」にその才を買われてスカウトされた「天才」だった。

 

「興味はあります。少しでも”速く”、『軍』が必要のない平和な世の中を作ることに関しては、ね」

 

 この言葉には直々にスカウトに来た陸軍少将も顔が引きつった、と記録にはある。その後彼は十数年かけ、あるものを開発した。

 

 コア・ドライビア。

 

 有体に言ってしまえば、「究極の”速さ”を得られるエンジン」。

 エンジンとして組み込まれたメカニックの性能を格段に向上させるだけではなく、それを起動することで”重加速”と呼ばれる周囲の物体の相対速度の低減を可能とする。

 

 何よりも有用なのは、重加速が起動すると“範囲内の使用者以外の人間の意識を鈍化させる”という点だ。

 リース=リングは争いもそうだが、血を見るのを好まない。

 この重加速によって敵軍を鈍化させ、その間に武装解除してしまえば敵軍の命を奪うことなく制圧できる。そこが彼の狙いであった。

 

「はっは! やはり貴様の才を囲い込んでおいて正解だったわシューベルト! コア・ドライビアがあれば、一気に”勝利”を手にすることができるぞ!」

「少将殿、”勝つため”ではありません。”終わらせる”ために、私はこの技術を……」

「とにかく、だ! すぐに増産体制に入れ!」

 

 実際のところ、千や万といった物量のコア・ドライビアを増産するのは不可能であった。

 原材料であるレアメタルの希少性、複雑すぎるが故に量産には向かない構造。それらがコア・ドライビアの物量作戦を不可能にしていた。

 

 ならばと軍が提示してきた数は「107台」。

 上層部のありようにはどこか怪しいものもあったが、兎にも角にも彼はそれに従いコア・ドライビアを用立てた。

 この長い開発期間の間に家庭を持っていた彼は、一刻も早く戦争を終わらせたかったのだ。

 

 しかし。

 

「どういう事だ……!?」

 

 軍はその期待を最悪の形で裏切ることになった。

 

 リース=リングは以前別のチームから相談を受け、あるものを草案としてまとめたことがあった。

 人間をコピーすることで諜報、暗殺に向かわせることができ、さらには人間の感情をより強く学習することで、自己進化する人造機械生命体。

 本体はあくまでコアと呼称される人工知能であり、バイラルコアなる肉体の材料となる圧縮金属と融合することで人間大になるという超技術は、大層驚かれた。

 

 とは言っても、これを実用化するのは難しいだろうというのが彼の結論であった。あくまで”アイディア”としてまとめてはいるものの、実用化するとなれば倫理的な問題が大きい。

 自我を持った新種の生命体を形にして兵器にするなど、まともな倫理観ではとうていできないだろう、という話だ。しかし────

 軍の上層部は、思っていた以上にまともの範疇から脇道に逸れた人間の集まりだった。

 彼らは人造機械生命体を実用に移す計画を早い段階から進め、「107体」の製造に成功していた。そしてかれらのコアに、「107台」のコア・ドライビアが使われたのだ。

 

 ここで一つ、読者諸兄に忠告がてら言及したいのは……

 

 

 意志を持った生命を己の思い通りに御することができる、などとは思わない方が良いということだ。

 

 

 “ロイミュード”という種の名前を得た彼らは、人類に反旗を翻した。軍の研究施設は次々と破壊され、後方の司令部も襲撃された。そこでリース=リングも事態に気づき、現場に馳せ参じた。

 惨状だった。

 血と肉が散らばり、それらが焦げる火葬場のような臭いが充満している。血染めのべっとりと赤い手形が、ベタベタといくつも白い壁を彩っていた。

 

「少将殿!」

 

 炎の中に、一人少将が立ち尽くす。

 

「どういう事ですかこれは!!」

 

 普段は理知的で物静かなリース=リングも、流石にこれには激昂していた。ロイミュード、と名付けられた人工生命体達の多くは既にこの研究所を後にし、戦場の最前線や市街地に向かっている。

 これでは、”終わらせる”どころか……今まで以上の惨劇は必至だ。

 

「見ての通りだ」

 

 少将は意外にも冷静に、この事態を見つめていた。

 

「私が人工生命体を秘密裏に製造認可を出し、生産後ラーニングさせたところ────彼らは自らの意志で反旗を翻し、ここを壊滅に追い込んだ」

 

 そこで少将は初めて、リース=リングに顔を合わせた。

 

「大失敗、だなあ」

 

 背後で燃える炎が明かりとなり、その顔は思い切り逆光だ。

 

 だが。

 だが、確かに。

 

 その口元は少しだけ、”笑っていた”。

 

 リース=リングは思わず、胸倉を掴んでいた。

 

「大失敗!? それに今のは……何を無責任な!!」

「ああ、ひとつ捕捉だ」

 

 少将は眉一つ動かさず、リース=リングを突き飛ばす。突き飛ばされた彼は足元で出来ていた血だまりにぬるり、と足を取られ、想定以上の勢いでスッ転んだ。

 床に倒れ込んだ瞬間、彼の視界には────

 

 顔が真っ黒に焼け焦げた、凄まじい死体が飛び込んできた。

 

「ひ、ひっ……!」

 

 凄まじさに息を呑んだその直後、彼はまた息を呑む。

 死体は軍服を纏っていた。そしてその襟章は確かに、この基地にただ一人しかいない少将のものだったのだから。

 

「指示を出したのは”私”じゃない。私にコピーされる程度の存在意義しか無かった、”その男”だったな」

 

 少将はとっくに死んでいた。己の存在証明である貌を奪われ、焼かれ、死んでいた。

 

「お前も、死ね」

 

 そこで少将は身体を揺らめかせ、ロイミュードの本性を現した。

 ロイミュードは草案の際、”強く狡猾な生き物”を三種選び出し、それらが雛形となった。このロイミュードはその一つ、コブラ型。

 胸にはナンバープレートがついている。そこに書かれたナンバーが、きっと107の個体の識別番号なのだろう。ナンバーは……

「006」。

 

 リース=リングは死を覚悟した。これも運命だと思った。

 理由はどうあれ、こんな機械人形(バケモノ)を生みだしてしまった以上、その咎を自分も受けるべきだ。心残りと言えば、家族と、生まれ育ったあの美しい木組みの街の────

 

「おりゃああああああああああああ!!」

「だああああああらっしゃらあああああああああああああ!!」

 

 見上げていたロイミュード006が、横っ飛びに吹っ飛ばされた。006に体当たりした影が、二つあったのだ。リース=リングは困惑したが、

 

「逃げますよ!! 博士!!」

「立って!!」

 

 二人は屈強な男だった。後で知った事だが、この二人は前線から報告に来ていた軍人二人であり、事件に巻き込まれたのだ。二人はリース=リングを連れ、その場からすぐさま駆け出していった。

 男の一人が駆け出す際、焼け焦げた少将の顔を踏んでしまいボゾッ、と崩れたのも……火急の事態ゆえ、仕方のないことだ。誰も気に留める暇など無かった。

 しかし006は焦る様子もなく、

 

「人間は、“遅すぎる”」

 

 重加速を発動した。

 

(何だよ……これ……!?)

(身体が……動かねえ……!)

 

 軍人二人は、この怪現象に困惑する。

 

(まずいぞ……!! 重加そくは、いしきも、どんか、させる。このま、まだと、み、んな、し)

 

 リース=リングは徐々に鈍化していく思考に、焦りを感じていた。だが、その焦りは杞憂に終わる。

 一瞬にして、重加速が解除されたからだ。

 理由は解らない。ただ今は、逃げるしか無かった。

 

「無粋な……」

「そう言うなよ、006。アイツにゃあまだ、死んでもらっちゃ困る理由が出来た」

 

 006を制止し重加速を止めさせたのは、スパイダー型ロイミュード002。

 

「見ねぇな、これを。俺達の”進化”を可能にするプログラムを、あの科学者は作ってた」

 

 そう、リース=リングはこの人工生命体の草案を渡す際、意図的に一部のプログラムを秘匿した。人間の感情を学習し、ロイミュードをさらに一段階上の”進化態”に変化させるプログラムを。

 

「感情による、進化?」

 

 006は辺りを見回す。人間が死に、辺りが燃えている。

 燃えている。

 燃えている。

 燃えている。

 この炎はまさに、”勝利”の証明。

 

「私にとってそれはきっと、”勝利”だろうな」

 

 006は、また薄く笑った。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「それじゃあ」

 

 喫茶店、ラビットハウスのカウンターで、リース=リングはカップを置き立ち上がった。

 戦争が終結し、彼がこの木組みの街に戻って来てから随分と時間が経った。

 終結したと言っても、それは彼が望んだような平和的な形では断じてない。ロイミュードの進出により、人間同士での戦争などやっている余裕が無くなったからだ。

 ロイミュード達の動向は現在のところ大人しいが、それは期を窺っているに過ぎない。このまま野放しになどできるはずもなかった。

 

「東京も良いけど、たまには戻ってきてくださいよ、博士」

「いずれ、な」

 

 コーヒー豆の袋を運んでいる青年が声をかける。彼はかつて、リース=リングを救ったあの軍人だ。青年──タカヒロは、リース=リング同様この街の出身だった。もう一人の軍人、天々座も右目こそ失ったが、この街に戻ると事業を始め、人を集めて立派にやり始めている。

 

「サキさんも、お元気で」

「寂しくなるわ……」

 

 妊娠中のタカヒロの妻、咲は静かな笑みで返した。生まれてくる予定の女の子の顔を見られないのは残念だが、致し方ない。

 この平和を、守る為の出奔だ。

 

「コーヒー飲んで、頑張るんじゃぞ」

「ありがとうございます、マスター。豆までいただいちゃって」

「なんの、なんの」

 

 そして最後に、この喫茶店の主人である白い髭が印象深い老爺のマスター。彼にとっては、マスターは第二の父親のようなものだった。

 

「いずれ必ず、戻ります」

 

 彼は笑って、ラビットハウスを後にした。東京に出てロイミュードの情報を集め、彼らを撲滅する。

 その日までは、決してこの街に戻らないと誓いながら。

 

 

 そしてその願いは────終ぞ果たされることは無かった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 ────2013.6.28

 

『そこで彼は言ったのさ。「今はベーシストよりも、シストだ」とね』

「その話まだ続く? ベルトさん」

 

 栗夢走大は、仮面ライダードライブ専用に設えられた秘密基地、ドライブピットの中で溜息をついた。

 

『……失敬なヤツだなあ君は。人の話にそういう遮り方は無いだろう?』

「初めて聞いた話ならな!! 俺はもうその『ベースが趣味の乾物屋がシストにハマった話』は24.4回聞いたぞ!!」

『……0.4回は何かね』

「あの不倫事件の捜査で話が中断された時のやつ!」

『ああ、三週間前の』

「覚えてんじゃん!!」

『それとも私の先祖の話でも……』

「『アンタの先祖が織田信長に鉄砲を売りつけた』って話はもう8回目だ!」

 

 走大はため息をついた。

 彼が先程まで会話していた視線の先には、中型の機械が置かれていた。

 

 ひねる形のスイッチやディスプレイパネルがついた、見たことのない機械。

 側面に取りつけられた帯の根元らしき部分があることで、それが辛うじて”ベルト”のバックルなのだと認識できるぐらいだ。

 

「それより今回の問題は、骨だよ」

『骨とは?』

「骨は骨だよ。お(こつ)

『走大、口を開いてみたまえ』

「あ?」

 

 走大はんがっ、と”ベルト”に向けて口を開く。

 

『喉には何も刺さっていないようだが』

「……ベルトさん、俺の今日の昼飯は」

『BLTベーグルサンドと魚肉ソーセージ』

「その組み合わせでどうやったら骨が刺さるんだよ」

『さあねえ?』

 

 走大はまたため息をついた。

 ある日、彼に声をかけわけもわからぬうちに“戦士ドライブ”に選び出したこの“ベルト”は、何とも胡散臭くて疑り深い秘密主義者だ。

 いつも大事なことは(けむ)に巻き、時にはこうやってワケのわからない方法でからかってくる。

 

 しかし、相性は悪くない。

 

 靴下は黒。ネクタイは赤。ステーキはミディアム。コンビニのフライドチキンはLチキ。サーティーワンはロッキーロード。『ホーム・アローン』で一番好きなのは『3』だし、『トムとジェリー』はハンナ・バーベラ期よりチャック・ジョーンズ期。

 

 何もかも好みが一致していて怖いぐらいだ。“ベルト”なのにロッキーロード食ったことあンのか、とも思うが。

 

「俺の喉の話じゃねえよ。火葬場から連続して骨が消えたって話」

『しかし火葬場の職員の裏取りはしたんだろう? 火力が強すぎて燃え尽きてしまった、と』

「それが一人ならまあそうだが……。もう四人連続だぞ」

『窯の調子が悪いのかもな』

「いや、俺はもっとやばい可能性を疑ってる」

『というと?』

「例えば……消えた四人の死因に、細工があったとしたら?」

 

 一瞬会話が止まる。

 

『細工というと、あの角のある大きな』

「それは犀」

『金槌持ってトンテンカン』

「大工」

『パンやケーキを焼く』

「ベイクね」

『じゃあ一時間目は国語、二時間目は理科、三時間目はおや、着替えを用意しなくっちゃなあ』

「そ、それは……体育か」

『じゃあヒカシューの曲で、映画「チェンジリング」の主題歌にもなった』

「……何だよそれ」

『「パイク」』

「知るかンなものおおおおおおおおおおおおお」

 

 ぱこ。

 

 走大はブン殴り、そして後悔した。鉄の塊のベルトを殴るのは、殴った側が10:0でダメージを受けるのに決まっているのだから。

 

『突っ込みと言ったって限度があると思うがね』

「俺たちゃ警官とベルトのオモシロエンターテイナーやってるんじゃ無いんだよ!!」

『正直ベルトと話している警察官はかなりシュールだと思うが』

「あんたの責任だろそれは!!」

 

 走大は三度(みたび)溜息をつき、椅子に身体を預けた。

 

「なぁ、俺はいつになったら本当のドライブになれるんだ?」

 

 手にした黒いミニカー型の人工知能、”プロトスピード”を弄びながら、走大は尋ねた。

 彼が変身し戦う”戦士ドライブ”は、まだ本来の姿に覚醒していない。

 彼の言う”本当のドライブ”────赤いドライブにならなければ、ロイミュードのコアを破壊することは叶わないというのに。

 

『君の頭脳、身体、能力は間違いなく超人だ。しかし、“心”が足りなければドライブを使いこなすことはできない』

 

 走大にとって、それは聞き飽きた回答だった。プロトスピードを机に置き、改めてベルトに視線を送る。

 

「心ねぇ……。一体何がダメなんだよ、アンタなら分かるだろ?」

『それは君自身が考え、答えを出すべきだ。君がその答えを見つけ、“真のドライブ”として共に戦える日を、私は心待ちにしているよ』

 

 こういうところだ。

 こういう話をする時だけ、”ベルト”は思慮深く、才のある者の片鱗を覗かせる。

 

『それに、君が”真のドライブ”に覚醒した時の為の武器も考えてある』

「武器!?」

 

 それはありがたい話だった。今のドライブは徒手空拳のみでの戦闘を強いられている。武器が手に入るとなれば、その戦闘は飛躍的に選択肢が増えるはずだ。

 

『見たまえ』

 

 ベルトがそう言うと近くのモニターの電源が入り、剣と銃の姿が映し出される。

 

「良いなこれは! ハンドルのついた剣に……ドアのついた銃か! 名前は!?」

『「ハンドル剣」に、「ドア銃」』

「く そ だ せ え な!! 見たまんまか!?」

『まあ落ち着け、叫んだところで喉も乾いたろう。そこにあるボトルのものでも飲んで』

 

 あ、ああと返し、走大はボトルを掴みグイっと飲んだ後……突然、瞑想状態に入った。

 目は半目で、口元はアルカイックスマイル。まるで仏像だ。

 

『ようやく静かになったね』

 

 栗夢走大は、飲み物で性格の変わる仰天オモシロ特異体質だ。ベルトがボトルに仕込んでいたのは抹茶。

 走大は秘密にしていたつもりだったが、ベルトは彼が抹茶を口にした時、前後の記憶すら消える”無”状態になることをちゃんと知っていた。

 

『おかしなヤツだな、君は』

 

 本人が聞いていないのを良いことに、ベルトは言葉を続ける。

 

『仲間を求めていないにも関わらず、自分を信じ切れず私に頼りすぎている』

 

 それこそが、走大の欠点だった。

 相反する二つの感情を抱えていながらもそれに気づくことが出来ず、矛盾(パラドックス)の中にいる。

 そこに”自分で”気づかない限りは……”真のドライブ”への覚醒は、まだまだ先だろう。

 

『トーヤ……』

 

 “ベルト”はリース=リング・モーゼル・シューベルトであった頃の、最後の悔恨を呟いた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 ────2013.12.24

 

 クリスマス・イブの夜だというのに、雪は降らず冷たい雨が降り続けていた。

 

「全てのロイミュードは倒した! 残るはお前一人だ……!!」

 

 “黒いドライブ”はその雨の中、

 

「002!」

 

 “最後のロイミュード”へと、向かい合った。

 結局走大はベルトの期待に反し、この時まで真のドライブへと覚醒することが出来なかったのだ。

 

「倒したってえのは正確じゃねえだろ? コアはまだ、生きてる」

「……お前をここで倒せば、同じことだ!!」

 

 黒いドライブ────”プロトドライブ”は拳を握り、002へと向かっていった。

 

「来いよ……”仮面ライダー”!!」

 

 002もまた拳を握り、それを迎え撃つ。

 冬の乾いた街に少しだけ与えられた湿り気の中に、互いが互いを殴りつける鈍い音が響き続けた。

 しかし、

 

「もっとだ……もっとぉ!!」

「がっ……!!」

 

 鉄の拳が、ドライブの胸元を捉える。

 

 002の強さは圧倒的だった。

 

 ロイミュードの進化を可能にするプログラムは、今だベルトによって秘匿されている。だと言うのにこの強さ。走大にはわかる。

 

 002は最後に出会ったロイミュードにして、最初に出会った最も進化態に近いロイミュードだと。

 

 011も大概なものだったが、こいつはそれ以上だ。

 

『落ち着け走大! ペースが乱れているぞ!』

「……じゃあどうすりゃいいんだよ!? こいつの強さは圧倒的だ!! 教えてくれよ、ベルトさん!」

 

 二人が言葉を交わす間にシフトカー達が飛び交い、002を攻撃する。しかし002はそれらを全て払いのけ、おまけに一切のダメージを受けていない。

 

「ふざけてんのか?」

 

 002の声に、怒気がこもった。

 

「テメェの決断を……」

 

 002はその怒りのままに、

 

「他人に……」

 

 拳を固く握り、

 

「委ねるなァァ!!」

 

 ベルト目掛けて、その拳を叩きこんだ。

 あまりの勢いに、ドライブの身体は後方に思い切り吹き飛ばされ────後方の廃工場に突っ込んだ。

 

「あっ……」

 

 変身が解除され、走大は痛む身体を何とか動かそうとする。ベルトがどこかに飛んで行ってしまい、このままでは変身もままならない。

 

「ベルトさん! ベルトさん!?」

 

 走大は必死に探し求めた。まるで、親とはぐれた子供のように。

 

『ここだ……走大……』

「ベルトさん!?」

 

 かすかに聞こえた声に、走大は歓喜の声を上げた。

 

「ベルトさん!!」

 

 声のした瓦礫の中を漁った瞬間、走大は絶句した。

 ベルトの中心は、002が殴った場所を中心に大きくひびが入っていた。もはやディスプレイ画面は光を発することもできず、ベルトも辛うじて声を出しいている状態だ。

 

「ベルトさん……!?」

『基幹部をやられた……。私はあと少しで、消える』

「は、はぁ!?」

『だから最後に、全てを伝える』

 

 ベルトは話し始めた。

 ロイミュードの進化態プログラムを隠した”ある街”とは、彼の故郷であり”悪意とは最も遠い場所である”木組みの街であったこと。

 

 木組みの街に、その時に備えてドライブピットを用意していること。

 

 街に着いたらまず、喫茶店”ラビットハウス”を訪ねて欲しいことを。

 

『今までの君は、私がいなければ何も出来なかった。いいか、走大』

 

 走大は泣きじゃくっていて、返事が出来ない。

 

『君は仲間を得ることを恐れていた。だが……』

 

 ベルトのひび割れが、また少し大きくなった。

 

『仲間がいれば迷わない。誰よりも早く、君の道を走り抜けろ』

 

 その瞬間、バチッと電気の弾ける音がベルトから響く。

 

「嫌だ……嫌だよベルトさん!! ベルトさん!!」

『あの街に行けば、君のその心を救う仲間がきっと見つかる』

「あんただって仲間だろうが!! 俺を置いて、いかないでくれよ……! 俺はまだ……!」

『言っただろう? 君は、超人だ。ただ、エンジンのかけ方を忘れているだけだ……』

 

 ベルトの声が、小さくなっていく。

 

『頼んだぞ。この頭脳派気取りの、火の玉小僧が……!』

 

 その言葉を最後に、

 

「……ベルトさん?」

 

 ベルトが答えることは無かった。

 

「ベルトさん? ベルトさん!! ベルトさん!!」

「終わったか?」

 

 002が、”ただの機械”になったベルトを抱く走大を見下ろしていた。

 

「進化態のプログラムが、まさかそんなところにあったとはな。一杯食わされたぜ、リース=リング・モーゼル・シューベルト」

「リース=リング……?」

「……まさかテメェ、知らなかったのか? “ベルト”が人間だった時の名前だ」

 

 初耳だった。

 

 ああ、そうか。

 

 俺はベルトさんに頼りっきりの癖に、ベルトさんのことを何も知らなかったんだ。

 そんな悔恨が、走大を覆いつくす。

 

「お前の判断が遅かったせいで、”ベルト”は死んだ」

 

 002は続ける。

 

「これはテメェが自分で飛び込んだ戦いだ。なのに、テメェはその決断を”ベルト”に委ねた」

 

 こんな相手に仲間であるロイミュードが106体も倒されたのかと、

 

「愚かだな、仮面ライダー」

 

 その声は、侮蔑をはっきりと伝えていた。

 しかし走大は、何も言い返せない。自分が愚かだったのも、決断が遅かったのも。

 全て変えようのない事実だ。

 

「ベルトもそうだ。お前みたいな奴を選んだせいで、犬死にすることになっちまってよぉ。愚かさの極みだ」

「……何だと?」

 

 しかしながら、

 

「聞こえなかったか? お前を選んだベルトの判断は間違いだったって言って……」

「黙れ!!」

 

 走大にも、見過ごせないものがある。

 

「確かに俺の判断は遅かった!! けどなあ!!」

「うるせぇ!! テメェが黙れ!!」

 

 002は鉄の拳で、生身の走大を思い切り殴りつける。おブッ、と血を吐きながら、走大は雨に濡れた地面に転がった。

 

「大好きなベルトさんがバカにされて悔ちいでちゅ~~ってか!? どこまでガキなんだテメェは!!」

「黙れって言ってんだろおおおお!!!」

 

 鉄の塊を殴ることは、自分へのダメージしかない。

 それを痛いほどわかっている筈の走大が、002の頬をまた思い切り殴りつけた。

 

「俺にも絶対引けない戦いがある!」

 

 走大が言っているうちに、また002の鉄の拳。

 

「たとえ……!」

 

 鉄の脚。

 

「とうてい……」

 

 鉄の頭突き。

 

「かち、めのない、あいてだろうと……」

「しつけぇぞ!!」

 

 鳩尾への鉄の一発。ボグッという音と共に、走大は倒れ伏し今度こそ動かなくなった。

 

「最後の最後で、バカみてぇに食らいつきやがっ……」

「俺、には」

「なッ……!?」

「倒れ、られない、戦いがある、それ、は」

 

 何故立っていられるのか、002には全く理解が出来なかった。常人ならばとっくに死んでいる筈だ。

 

「仲間の志を……! 侮辱された時だ!!」

 

 ベルトは確かに自分を信じ、自分に全てを託したのだ。

 そのベルトの判断が間違っていたなど、許しておけるはずもない。

 

 002もまた、自分に初めて向けられる人間の感情に戸惑っていた。これは、そう……

 “怒り”だ。

 

 速さが欲しい、と走大は願った。彼には、自分が”遅すぎた”せいで零れ落ちそうなものを、今すぐに走り出して救い出せるような”速さ”が必要だった。

 そして、それに伴う……”覚悟”が。

 

 その時、

 

「プロトスピード……!?」

 

 今まで黒かったプロトスピードが。

 赤く。紅く。緋く。

 輝いた。

 “シフトスピード”へと生まれ変わったそれは、走大に自分を使えと語り掛けているかのようだった。

 

「俺はもう、迷わない」

 

 走大はただの機械になったベルト────ドライブドライバーを巻くと、シフトスピードを捻り腕のシフトブレスへとセットし……シフトレバーの如きそれを動かし、

 

「Start……my……ENGINE!!」

 

 自らの、”ギア”を入れた。

 

“DRIVE!”

“Type,SPEEEEEEEEED!!”

 

 まるで肉体に血が通うかのように、ドライブの身体もまた赤く、紅く、緋く染まっていく。

 これこそが、ベルトが求めた”真のドライブ”。

 

 “仮面ライダードライブ タイプスピード”だった。

 

 この姿を以てドライブは002を下し、ロイミュード107体を殲滅完了した。

 しかし、生き延びたコアは木組みの街へと向かい……次の戦いが始まることとなる。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

「壮間!」

 走大は声をかけ、そして────

 

 

「走大くん! 一緒にチノちゃんもふもふしよ~~!」

「あのなあ、24歳男性が14歳女子中学生にそういうことするってどうなるか解ってて言ってる?」

 

 

「走大君はやっぱり飲んでくれないのね……。ショック!」

「抹茶だけは! 抹茶だけは勘弁してな千夜!」

 

 

「お互い苦労の絶えない体質よね」

「シャロの場合は駆という負債つきだしな」

「言うな──!!」

 

 

「サボるな走大! ミニカー全部ブロカントに売り出されたいか!?」

「おーっと、警官に鬼軍曹が命令と来ましたか!」

 

 

「ラの人がいれば私らと走大と併せてソラマメ隊だったのになー」

「ねー」

「いいから非番の日ぐらい好きにさせろ!」

 

 

(あんたの言う通りだった、ベルトさん)

(この街で俺は、最高の仲間に出会えた)

 

 

「仲間がいれば迷わない。誰よりも早く、お前の道を走り抜けろ」

 

 その言葉を、贈った。

 

「……はい!」

 

 壮間もまた、その”覚悟”を受け取る。まだ“駆け出しの王様“を……

 

 警察官として最高の敬意の証。

 

 敬礼で、走大は見送った。

 

 

おわり

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