ジオウくろすと 掌編集   作:度近亭心恋

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旅は人間を謙虚にします。
世の中で人間の占める立場がいかにささやかなものであるかを、つくづく悟らされるからです。
ギュスターヴ・フローベール(1821~1880)


インタールード2018

 その部屋は臭かった。

 安タバコと、汗と、古いエアコンの詰まりかけのドレンから登ってくる水アカの匂いだ。

 

「キミさあ」

 

 部屋の真ん中のソファに居丈高に座るその男は、目の前に座る少年を訝しげに見る。

 

「依頼はいいけど、『コッチ』の方は大丈夫なの」

 

 (しい)()牛人(ぎゅうと)は探偵だ。

 

 素行調査、浮気調査、調べ物は何でもござれ。牧場の息子として生まれた彼は、(ベコ)に好かれる人になれとこんな変わった名前をつけられた。しかし牧畜よりも子供の頃に見た『古畑任三郎』シリーズに憧れ、彼は探偵になった。殺人事件に遭遇したことは一回も無いが。

 

 そもそも、古畑任三郎は探偵じゃなくて刑事だ。

 

 それでも探偵の仕事は始めてみると意外と楽しく、やりがいがある。探偵の仕事とは突き詰めてみれば、依頼人の求める”真実”を追求する仕事。真実に向かって情報をかき集め、そこに辿り着き、それを依頼人に提供する。彼らは真実の存在に喜び、ありがとうと去っていく。

 それはなかなかに理想的な仕事であり、関係であると牛人は思っていた。

 

 しかし、それは対価あっての話だ。

 

 真実に辿り着く為には、労力が要る。時間が要る。カネが要る。その為には、依頼人からの報酬はそれなりのものでないと困るのだ。さりとて彼のような何とか探偵やってますって程度の男には、簡単な労力で済む、つまりは対価が安いのとイコールな依頼しか回ってこないのだけれども。

 それだけに、今回の依頼は別格だ。

 

 人探し。

 

 目の前の高校生ぐらいの少年(ガキ)は、探偵の苦労を本当にわかってるのかと言いたくなるぐらいにむずかしい依頼を持ってきていた。

 

「報酬の方は、用意はあります」

 

 少年──書いてもらった依頼書によると名は日寺壮間──は、こっちの態度を意に介さず真面目くさった表情でそう返す。

 

「んー、そう。じゃあもっかい君の依頼を復唱しようか」

「はい」

「人を探してほしいと」

「ええ」

 

「名前は」

「以前は『アリオス』さんと言ったんですが……今はどんな名前になっているのか」

「外人? 日本に帰化したとか?」

「それもちょっと違うというか」

「どの辺に住んでたの」

「以前は静岡の内浦に」

「遠いな」

「正直、今どの辺りにいるのかも……」

「世界中周って探せって?」

「いや、その」

 

 ここで牛人は、タバコを取り出すと火をつけた。ポウポウとしばしやった後、彼はまた壮間を見る。

 

「顔とかわかる」

「あ、それはこれを」

 

 壮間は懐から写真を取り出す。それは幾人もの少女たちを映した集合写真だった。

 

「どれよ」

「この人です」

 

 壮間が指さした先には、一人の女性が映っていた。綺麗だが、どことなく中性的な印象を与える女性だ。

 

「他には」

「これだけです。申し訳ないですけど……」

 

 一応念の為、と壮間はアリオスの映っているところだけを引き伸ばした写真を別に取り出した。最近のデジカメは画質が良いとはいえ、引き伸ばされると流石にジャギっていて厳しいものがある。この内容に牛人は、またタバコに口をつけた後ふうっと煙を吐き出す。

 

「要点整理ね。名前はアリオス……だったかもしれない。今は違うかも」

「はい」

「以前は内浦に住んでた。今はどこかわからない。手がかりなし」

「はい」

「手掛かりは顔写真一枚だけ。しかも集合写真引き伸ばした画質がアレなやつ」

「はい」

 

 牛人はンンン、と喉を唸らせる。

 

「で?」

「で、とは……」

「いくら出せるの? この依頼に」

「これを」

 

 壮間は封筒を取り出し、テーブルに置いた。

 

「五万あります。人探しの相場の基本と聞いて。追加であと数万円程度は……」

「ンンン~~~~……」

 

 牛人は苦い顔になり、

 

「やめとこうか」

 

 そう切り捨てた。壮間はええっ、と頓狂な声を上げる。

 

「割に合わなすぎる。その少なすぎる手掛かりのうえで内浦に行ったりするから出張費もかかったりするのに五万? 無理だね」

「でも……!」

「大体五万ってそれ、ネットで『依頼料 相場』とかで検索したよーなヤツだろ? そーゆーのは人材や資産が十分にある大手の事務所の基準。うちは社長経理管理人事総務全部俺一人でやってるから、大きなヤマならそれに合わせてそれなりに貰ってないとやってけないわ」

「事務所の広告には『報酬応相談』って!」

「だから相談に乗ったうえでやめとこうつってんだろ! はっきり言う! 割に合わねえしめんどくせえ! 以上!」

 

 牛人は話を切り上げると壮間に帰るよう、出口の方を顎でしゃくる。

 

「待ってください、お願いします!」

 

 意外や意外、それでも諦めず壮間は食らいついてくる。

 

「待たない。帰って」

「俺にはここしかないんです!」

「五万あるんならまず大手の事務所行けよ!」

「どこでも断られちゃったんですよ!」

「ああ!? じゃあうちは仕方なくってか!? ますますムカつくなァ──ッテメェ──ッ!!」

 

 壮間は一瞬押し黙るが、

 

「……彼女との関係を話してくれって言われて、友人と言ったんですが」

 

 ゆっくりと、

 

「情報が少なすぎる場合は、ストーカーがストーキング対象探してる事例もあるから怪しいと言われちゃって」

 

 ここを頼るしかない事情を語った。

 

「はっきり言えないんなら受けられないって?」

「ええ」

「どこでも断られた、と」

「はい」

「で、ウチみたいな貧乏所帯の切羽詰まって逼迫してそーなところだったら金さえ出せば受けてくれるだろーと、君はそーやって俺をナメてかかったわけだ」

「それは!」

「……どういう事情なの」

「え?」

「だから! どーゆー事情でその女性(ひと)探すことになってるのかって話」

 

 ああ、と壮間は得心し、

 

「お世話になったんです。彼女に」

「あー……それはシモの方で?」

「え?」

「ヤッたの? ムスコがお世話されちゃったの?」

「は、はあ!? やめてくださいよそういう冗談!!」

 

 ここで壮間は初めてまともに怒った。

 

「はいはい、で?」

「……俺が自分の道に迷っていた時に、背中を押してくれました」

 

 壮間にとって、

 

 

「私はお前が思うような立派な人間ではない。私以外だってそうだ。お前が見てきた先人たちも、それぞれ悩んで生きて育つうえで、数えきれない過ちを犯し、取返しのつかないものを何度も捨ててきたはずだ」

 

「未来を今知る事はできない。だったら、理屈じゃなくて心で選べ」

 

「心の声に従うんだ。お前の心の叫びを、私は絶対的に肯定しよう」

 

 彼女から貰った言葉は、本当に重い。

 過去で出会ったレジェンド達は幾人といたが、歴史を継承し改変されたこの時間でも出会ってもう一度言葉を交わしたいと思ったのは初めてだった。

 

 

 羽沢天介は、記憶を失う過程が無くなった以上もう羽沢天介ではない。それにもしもう一度会えるとするならば、それは自分ではなくつぐみに機会が与えられるべきだ。誰よりも、何よりも先に。

 

 

 栗夢走大とは、あの木組みの街で交わすべき言葉は全て交わしたと言っていい。歴史を託した相手こそミカドだったが、走大は自分に己の物語と覚悟の全てを乗せた言葉を贈ってくれた。

 

 

 ヒビキに接触するのは気持ち的に忍ばれるという以前に、先祖返りである彼が今現在幾つなのかもわからない。あのまま歳を重ねたのか、それともまた生まれたのか。

 何よりきっと────この時間でも、彼はきっと九十九との時間を過ごしているに違いない。それを思うと下手に壮間が割り込むのも、といったところだ。

 

 

 朝陽は論外だ。ウィルの言葉が正しければ、彼は第二次世界大戦中に死んでいる。この時間では、手厚く葬られているのを祈るばかりだ。

 

 

 アラシと永斗も論外。いつにも増して激しかったあの戦いでしっかりと受け継いだのもあるが……探偵を探すのに探偵を使うだなんて馬鹿な話も無い。この時間でも探偵に近いことはやっているのではと色々と探してみたが、ホームページもSNSも手掛かりなしでお手上げだ。

 

 

 何より、傲慢じゃないか。

 例え世界を救う為でも、歴史を奪って、あるべき出会いと人生を歪めた自分が────彼らの今を見届けようなんて。

 

 

 ならば何故、アリオスには出会おうとするのか。それも傲慢な我儘だ。

 長いようで短い時間、たった二人で仲間を救うために駆けずり回ったニューヨークと秋葉原の想い出。それはこれまでのレジェンドとの出会いの中で、殊更に記憶に残り、彼を成長させた。

 あの時間があったからこそ────壮間は”主人公”として、一段上へと上れたのだ。

 

 だからこそ、一目見ておきたい。

 

 彼女はこの時間でも、笑っていられるのか知りたい。

 あの芯の強さのある言葉に、もう一度触れたい。

 まだまだ“駆け出しの王様”は、そんなすぐには強くはなれない。今一度彼女の言葉を胸にして、さらに先へと進みたかった。

 

 壮間がそんな想いを抱いているとは露知らず、牛人ははあ、といった表情で彼を見る。

 

「まあ、事情はわかるけどさ」

「……じゃあ!」

「でもダメだ。割に合わねえってのは変わらないんだから」

 

 そこで、

 

「お願いします!!」

 

 壮間はぐっと、牛人の手を握った。

 

「いややめろよそーゆーの! ンなことやったってなあ……」

 

 牛人が手を振り払おうとしたその時────

 

「……あ?」

 

 壮間と、目が合った。

 彼はその瞬間からしばらく、狐につままれたかのような表情で壮間を見ていた。そして長い沈黙の後、

 

「わかったよ」

 

 面倒くさいといった表情を隠そうともしなかったが、手を振り払ってから彼はそう答えた。

「ほ……本当ですか!」

「やるよ。やりゃいいんだろ」

「ありがとうございます!!」

「じゃあ、早速五万を……」

「成功報酬でいい」

 

 壮間は牛人に何度も礼を言うと、改めて資料の写真を渡し事務所を後にしていった。

 そして相変わらず臭い事務所の中で、牛人はほう、とため息をついた。

 

「なんて目ェしてんだよ、あのガキ」

 

 牛人は確かにあの瞬間見た。

 

 控えめで童貞臭いガキの筈なのに────壮間の目には、世界全体を威圧するかのようなスゴ味があった。

 

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 その目に魅入られた瞬間、彼は抗う気力を無くしていたのだ。面倒くさいことに変わりはないが、受けるしかないと。

 

「さーて……どっから探すかな」

 

 画質がアレなアリオスの写真を手に取りながら、牛人は頭を掻いた。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 椎尾牛人への依頼から数日経ち、夏休みに入った。

 

 そして壮間は、

 

「来ちゃったよ……!」

 

 山間(やまあい)の合宿所に来ていた。

 

 修学旅行から帰ってから夏休み前の期間で、壮間は普通二輪の免許合宿を申し込んだのだ。

 出来ることは多い方がいい。ライドストライカーというバイクを持っているのだから、それを使えた方がいい。

 出会ってきたレジェンド達も、それぞれにマシンを駆使し戦うことが多かった。仮面を被ったライダーで”仮面ライダー”だ。むしろバイクに乗れなくてどうすると言わんがばかりだ。

 

「よし!」

 

 とりあえず、意気込みから。誰に聞かせるでもなく、壮間は気合を入れた。

 

 合宿は順調だった。

 8泊9日のみっちりとした技能、学科講習が詰まっており、ひたすらバイクのことだけを考えていられる。講習の合間にある事故に遭遇した時のための応急救護講習も、いざという時に役に立つだろうと思われた。

 

 そして五日目ともなる頃には、だいぶバイクを転がすことができるようになってきていた。学科講習も元々地頭は悪くない為、こつさえ掴めばすっと入ってくる。これなら卒検もいけるだろうと思うと、嬉しくなってくるというものだ。

 王として、主人公として、己を高めようと思った。

 そんな中で何か成功のワンステップを踏めたというのは、非常に気持ちが良い。

 

「ねえ」

「はい?」

「七味、かけすぎじゃないの」

「……ああっ!?」

 

 合宿仲間の女性に声をかけられ、壮間は我に返った。

 

 今は五日目昼休み昼食時間。合宿所の食堂は簡素ではあったが、毎日メニューが凝っていた。今日の昼は肉ごぼう天うどん。九州の味だ。

 

「考え事してたら、つい」

 

 そう言いつつ、うわうわうわ、といった困惑の目で壮間は自分のうどんを見る。考え事をしながら上の空で振った七味が、肉もごぼう天もツユも朱色に染め上げていた。

 

「あたしのと代えてあげよっか」

「ええ!? い、いや何言って……!」

「いいから」

 

 女性は素早く自分のトレーを置いて壮間の側まで押し出すと逆に壮間のトレーを引き寄せ、目にも止まらぬ早さでテーブルの割り箸を割り、その朱色のうどん────らしきものを啜った。

 

「あ」

「……はい! もう口つけたからこれあたしのね! 君はそっち」

「何だか、その。すいません」

「すいませんじゃなくてありがとう、でしょーよーそこは。テンアンツ! 蟻が十匹! 蟻が十!」

 

 こう言ってはなんだが、何だか非常に絡みづらい人だと思った。

 

 切り揃えたおかっぱの黒髪。背が高く肩幅が広い、女性にしては大柄な体格。

 年齢は30代前後だろうか。

 

 いつも講習の時は言葉少なに見えた為、何というか……ここまでクセがすごい人物だとは予想だにしなかった。

 

「日寺君、だよね」

「え? ええ。覚えててくれてたんですね」

「そりゃ覚えるでしょ! 高3のこの時期に夏期講習ならぬ免許合宿来るとかチャレンジャ~~! 逃げない負けない泣かない燃えろアドベンチャー! チャレンジャー三年生! あっここ『ゼミ』でやったところだ! チャレンジャー号は悲劇に見舞われたわけですが……君の受験はどうなの? 大丈夫?」

「ええ、まあ」

「うっわ余裕のよっちゃん!? いいわねェ~~強者の余裕! あたしもそのぐらい悠々自適な高3ライフ送りたかったわ!」

「はあ」

 

 なんだろう。疲れる。そんな壮間の反応をよそに、目の前の女性は七味だらけの朱染めのうどんをずるずると啜り、いや(から)(つら)いわ、ってか辛いと辛いって同じ字だわ、などとごちゃごちゃ言いながらそれを胃の腑へと収めていく。壮間もそれを見ながら、さっさと手元のうどんを同じように口にしていく。

 

 ごぼうが美味い。

 

「で?」

 

 彼女はひと息つくと、水をぐっと一気に飲み干し壮間に尋ねた。

 

「で、とは」

「いやわかんない!? わかんないか主語がないもんなあ! 守護が無いのは頼朝より前だよなあ! ……いやだからね、高3のこの時期に免許取る理由ってなにって話よ。お姉さんに聞かせてみ?」

 

 壮間は考えあぐねる。冷静に考えれば何で一瞬でこんなウザ絡みされたうえに身の上話までしなけりゃいけないんだという話だ。

 

 だがその一方で、ここで答えず取り乱すように去ってしまうのもまた──どこか弱々しく情けない態度だと壮間は思った。それはきっと、”王”のすることではない。

 目の前の些事にビクついて振り回されるのは、そう────”主人公”らしからぬ振る舞いだ。

 ウザ絡みの七味うどん女が何だ。別にうどんを交換してくれって頼んだわけじゃない。感謝しないわけではないが、それよりも無理矢理自分のペースに巻き込もうとするその態度が気に入らない。

 

 口を慎めよ脇役(モブ)

 これは俺の物語だ。

 

「……やりたいことが、あるんです」

 

 心中のザワつきを抑えながら、壮間はいたって平坦な口調でそう返した。

 

「やりたいこと」

「ええ」

「それは、どんな?」

 

 壮間の心は揺るがない。ざわめかない。

 その問いにも、

 

「王様になろうかと思ってます」

 

 はっきりとそう返した。

 

「王様?」

「ええ」

「あのねえ、あたしは真面目に」

「大真面目、ですよ」

 

 瞬間、空気が震えた。

 

 壮間の眼が、はっきりと女性の眼を視線で捉える。表情こそ柔和だが、眼は笑っていない。

 女性は継ごうとした二の句を口から吐き出すことのできぬまま、ごくりと肉の塊でも飲み込むかの勢いで飲み下し胸中に収めた。

 

「それじゃあ。午後も頑張りましょうね」

 

 壮間は平静を保ったまま、トレーを持ちカウンターにそれを片づけに立ち上がる。少しずつ遠くなっていく彼の背中を見ながら、女性はまた水を一杯注ぎ、一気に飲み干した。

 

「あー辛、辛」

 

 彼女はしばし呆然とその場に座ったままだったが、やがて同じようにトレーを持って立ち上がるとそれを片づけていった。

 

 そして彼女は廊下に出ると、

 

「あれがこっちの『ジオウ』? まあまあね」

 

 知る筈のない、壮間の正体を口にした。

 

「あっちの『ジオウ』に比べたら素の性格も、王への自信も、レジェンドの力の扱い方もまだまだ中途半端。眼だけはいっちょ前に『俺が主人公だ』って感じであたしのこと見ちゃってたけどさァ」

 

 彼女は品定めするかのように、壮間を見た限りでの所見を述べていく。そしてまた何か言おうとした瞬間、

 

「……あーら」

 

 彼女の首に、がっしりとしたマフラーが巻きついていた。

 

「我が王にちょっかいをかけるとは……。随分と調子づいたものだね」

「一瞬で絞め殺せるって? キャーコワーイ」

 

 無言の返答として、マフラーの締まりがキツくなる。

 預言者ウィルは、目の前の“異物”を始末せんが勢いだ。彼女はこの物語において、絶対的に不要な存在なのだから。

 

「ゲッほ! ちょっとさァ、マジにやる気? あたしは構わないわよ、こんなしょーもねーつまんない二次創作みてーな物語ぶっ壊れてうグぐぐぐぐ」

 

 マフラーの締まりは今や完全に殺す勢いだ。もう呼吸の猶予も与えんと言わんがばかりに締まっている。

 

「しょうもない? 二次創作? ……違うな」

 

 未だ壮間も信用のおけない預言者ウィルではあるが、ただひとつ信じてもよさそうな点がある。

 

「これはもう、”彼”の物語なんだ。誰にも邪魔はさせない」

 

 彼は恐らく、誰よりも────この”物語”を愛しているだろうと。

 女は青い顔をしていたが、

 

「……だァらァァ!!」

 

 巻きついていたマフラーを手刀で完全に両断すると、咳き込みながらも思い切り酸素を脳に回していった。

 

「調子乗ってんじゃあねーわよもどきヤローがよォォォ!! ボケ! ションベンチビリ! 旧世代社長秘書ヒューマギアと名前被り! 死ねカス!!」

 

 一瞬でとりあえずとばかりに出した語彙で軽く悪罵すると、彼女はダダダッと『悪魔の手毬唄』の葡萄畑を走り抜ける老婆かと言わんがばかりの勢いで飛び出し、廊下の曲がり角の先へヒョイと消えた。

 ウィルは急いでそっちの方向に走ったが、そのまま彼女は煙のように消えてしまっていたのである。

 

 曲がり角の先は照明がなく、昼でも薄暗い廊下になっていて、どこか薄気味が悪かった。ウィルは一瞬ゾオッと背筋が総毛立つ感覚を覚えたが、なんのと改めて思い直した。

 

 あの女は、”異物”だ。

 

 この物語に相応しくなく、似つかわしくなく、全くもってそぐわない……パステルカラーの乙女ちっくな文芸誌に、鈍色に毒々しく血文字が描かれた栞を挟むが如き存在だ。

 

「月に叢雲、花に風……。よく言ったものだ」

 

 物事は邪魔が多く、予定通りにならないと古人は言った。全くその通りだ。

 こんなにも思い通りにならない物語は、他に無いだろう。

 あの、何者かもわからない悪役(ヒール)といい。

 

「だが、それがいい」

 

 思い通りにならない。上等じゃないか。

 むしろ、それでこそ物語。

 

「さて、君はどう切り抜ける? 我が王、日寺壮間」

 

 ウィルはそう呟くと、彼もまたふっとその場から姿を消した。

 午後の講習で、壮間は教官からあの女性が急用で合宿所を去ったと聞かされた。

 

「名前……なんていいましたっけ。あの人」

大門(だいもん)桐子(きりこ)。まあ急用じゃな、仕方ないな」

 

 壮間は桐子の表情を一瞬思い出すが、すぐにそれを頭の隅に追いやり、目の前の講習と向き合うことにした。

 今やるべきことは、それだけのはずだ。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 日寺壮間は昔から思っていた。

 

 免許証の写真というのは、どうしてあんなにもブ細工に写るのだろうかと。

 

 彼の両親も当然免許証は持っており見せてもらったことはあるが、どうにもこうにも普段と違ったかしこまった表情、独特の青い背景のせいかブ細工に見えた。別段、両親の顔の造作が不味いというわけではなく。

 

 だから彼は密かに決意していたのだ。

 自分が免許を取った暁には、絶対にブ細工どころか好男子に写ってみせるぞと。

 

 しかし、

 

「ブ細工……!」

 

 試験に合格し、完成した免許の入った共同ケースからヒョイとつまんでそれを見た時、壮間は愕然とした。

 

 なんだろう。どうあってもブ細工に写る運命なのかと絶望するほどに、壮間の初めての免許の写真もまた、随分と普段に比べてブ細工に写っていた。小さな目標が打ち砕かれたその感覚は、地味に切ない。

 

「香奈には笑われること確定だな、これ」

 

 そんなことを思い、幼馴染の哄笑を想像すると苦笑いが出たが、兎にも角にも────

 

「免許取得……成功!」

 

 貴重な高校三年生の夏休みを二週間近く消費しただけの価値はあった。

 これでバイクに乗れる。ライドストライカーを自由に扱える。

 ジオウとしての戦いに、幅が出るというものだ。

 

 何より、定めた目標をひとつ達成するというのは気持ちが良い。

 免許の写真写りという小目標は逃したが、中目標としての免許取得は成し遂げた。これをバネに、王になり世界を救うという大目標を成し遂げたいものだと。

 

「おめでとう、我が王よ」

「……ウィル」

 

 預言者ウィルはいつの間にか傍らに立っていた。もう驚くほどの事でもないが、こちらの事情などお構いなしだなと壮間は苦々しげに彼を見る。

 

「さて」

 

 ウィルはうやうやしく礼をすると、少し上目遣いで壮間を見る。

 

「君はまず、どこに行きたい?」

「どこに、って」

「折角免許を取ったんだ。君が手にしたライドストライカーは、決して足場として使うためだけにあるわけではないと考えるが……」

「とりあえず、どっか転がしてみろって?」

 

 壮間は苦笑しつつ、ライドストライカーのウォッチを取り出す。

 

「まあ、行きたい場所が無いってわけじゃないんだけどね」

 

 どこに行きたいか。ひとまずの答えは決まっていた。

 まずは────

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「ごゆっくりどうぞ!」

 

 ごゆっくりさせる気があるのか無いのかといった元気の良い挨拶と共に、壮間の前にアイスコーヒーが差し出された。

 

「どうも」

 

 この子アイドルの若宮イヴだよな?と困惑したものの、ガールズバンドの縁でアルバイトしているのだと聞くと成程と得心した。羽沢珈琲店は、そう……つぐみのガールズバンドを起点にして、縁が出来、人が集まる場所であり、そして────

 

「お久しぶりです」

 

 二度三度と来た程度ではあったが、つぐみは壮間のことを何だかんだ顔まで覚えていた。香奈の幼馴染という点もあったと考えれば、やはり彼女にも感謝しなくてはならない。

 

「日寺さん、結構焼けてません?」

「あ、やっぱり?」

 

 教習で暑い山の中を陽射しに晒されまくれば、嫌でもそうなる。だろうな、と壮間は苦笑した。

 

「いやね、合宿でバイクの免許取ってきたから……そのせいかな」

「免許!?」

 

 間に頓狂な声を挟み驚いたのは、今井リサ。やはりつぐみとはガールズバンドで縁があり、今日はここに涼みに来ているのだ。

 ギャルっとした見た目に最初は引け腰になったものの、話して見ると気立てがよく、わりかしに純朴である彼女は壮間にとっても話しやすい。

 

「え、でも日寺君ってアタシらと同学年(タメ)じゃなかったっけ」

「ええ」

「……なのに、免許!? 受験は?」

「そっちもまあ、なんとか」

「……!!」

 

 壮間のふんわり答えながらも余裕を感じられる態度にリサは目を見開いた後で、

 

「友希那……。彼に勉強教わった方がいいんじゃない……?」

 

 真向かいに座る自身のバンド、Roseliaのボーカルにして幼馴染、湊友希那へと目を向けた。

 

「必要ないわ」

 

 友希那は淡々と返しながら、アイスで出されたはちみつティーを口にした。

 一同はあっはは、と笑い、壮間もつられて軽く笑った。

 

 羽沢珈琲店。

 

 つぐみのガールズバンドを起点にして、縁が出来、人が集まる場所であり、そして────

 羽沢天介が何よりも守りたかった、”いつも通り”の場所。

 

 この想いを、未来へつなごう。

 天介が戦った、過去をいたわろう。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「来たのはいいけど……」

 

 日寺壮間は、高くそびえるそれを見上げていた。

 

「入れるわけでもなし、だよなあ」

 

 メゾン・ド・章樫(あやかし)、通称”妖館(あやかしかん)”。

 

 祖先が妖怪と交わり、何度も同じ姿で生まれてくるという半人半妖、“先祖返り”たちが住まうマンション。

 

 純然たる妖怪に狙われやすい先祖返り達を護るために作られたコミュニティの礎ということもあり、元より鉄壁のセキュリティを誇る場所だ。

 今現在は”部外者”となってしまった壮間には、入れる余地もない。

 

「でも、まあ────」

 

 そこに変わらずあってくれるだけだよい。言葉の続きを、壮間はあえて飲み込んだ。

 

 2005年。

 

 消えたその物語では鉄壁のセキュリティに加え、ここを護る”鬼”たちがいた。

 何度も生まれ、何度も死に、400年間以上運命を変えようとし続けた男がいた。

 

「……ありがとうございます」

 

 誰よりも愚かだが、誰よりも強かったその男に拳を届かせた時と、同じ言葉を口にする。

 忘れない、という自戒を込めて。

 

 壮間はライドストライカーに跨ると、次の行き先へと向かった。

 それと同時に、妖館の戸が開き────

 

「もう信じられない! 折角出かけるって言ってたのにSSが寝坊するってある!?」

「オマエが夜遅くから『この子の七つのお祝いに』観たいって言ったからだろーが! 一人じゃ見られないって言うから!」

 

 喧嘩しながらも、互いに憎からずといった様子のマスク姿の少女と、スーツ姿の少年。4号室の住人だ。

 彼らの未来は、始まったばかり。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 神田明神に吹く夏の風は、ぬるく生暖かかった。

 

 ここに連なる石段では、幾人かの女子高生が昇り降りしてトレーニングをしている。かつてこの場所で伝説を作った”女神”達にあやかろうというのだ。

 ここに来る途中で秋葉原のスクールアイドルショップにも寄ったが、10年近い時が経とうというのにμ'sの人気は健在だ。

 今でもグッズが並び、買い求めるファンは多い。

 

「伝説を、作ったんだよな……」

 

 誰も知らない。知るはずも無い。

 

 本当なら彼女達の伝説の傍に、二人組の探偵がいたことを。

 

 伝説と言っても、彼らは何か特別な事をしたわけではない。

 ただ、ありのままにそこにあった。

 自分を信じ、自分のやりたいことを貫いた。

 

 だが、きっとそれが────

 

「────ハードボイルド、ですよね」

 

 壮間は神田明神を後にする。

 次のステージへ、風が連れていく。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「いい香りです」

「どうも」

 

 壮間に褒められ、香風智乃は軽く笑み頭を下げた。

 

 ラビットハウスのコーヒーは、変わらず芳しい香りで鼻孔をくすぐる。

 木組みの街までは流石に高速経由で飛ばさなければ厳しい道程だった。もう夕方であるがそれは流石に想定内のこと、今日は木組みの街の町はずれにある“兎の湯”なるひなびた温泉宿に一泊する予定だ。

 

「ところで」

「はい?」

「近頃は、この街で事件なんか起きたりは……?」

 

 壮間はそれとなく尋ねるが、

 

「何言ってるんですか、この街で事件なんて……。平和そのものですよ、ずっと」

「そう、ですか」

 

 今度は壮間が笑む番だ。

 

 栗夢走大が守ろうとしたこの街は、この街の心は、正義は……変わらず、そこにあるとわかったから。

 ここに来る前に真っ先に立ち寄った街にただ一つの交番に、その男はいないのだけれども。

 

「……今の俺には、仲間がいます。誰よりも早く、俺だけの道を走り抜けていきます」

 

 この喫茶店の喧騒の中に、走大はいた。駆もいた。それを想えば心が痛い。

 だが────この痛みも連れて行く。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「まさかまた来るとは……」

 

 しかもこんなに早くとは。

 修学旅行の時には思いもしなかったなと、壮間は浜辺から海を見た。

 

 木組みの街で一泊してチェックアウトし、高速を乗り継ぎ内浦方面に辿り着いた時にはもう昼を過ぎていた。

 

 夏の太陽の強い陽射しが海面を照らし、きらきらと輝いている。刺激が強すぎて、眼を細めてしまうほどに。輝きはいつだって、日常と共にある。

 

 彼女達はここで、そのもっともっと先の輝きを追い求めたのだ。

 

 人は死ぬ。必ず死ぬ。いつか仲間も、自分も必ず死ぬ。

 

 けれどその”輝きに向かう意志”は……次の時代を生きる者達に受け継がれる。

 

 既に死んだはずの心優しい青年は、今を生きる少女達が輝く為に、ちょっとだけ手助けをしていった。“この時間”ではその事実そのものが消えてはいるが……

 きっと、彼がどこかから見守り続けているのは変わらないだろうと。

 

「さて、と」

 

 感傷にふけるのもそろそろだと壮間は立ち上がり、浜に連なる道に停めていたライドストライカーのところに戻っていった。そして浜から階段で上がった時────

 

「あ」

「え?」

 

 歩いてきた、一人の女性を目の当たりにした。

 

「高海、千歌さん……」

 

 先日の戦いで見た時よりも背が伸び、化粧がうまくなり、私服には年相応の分別がある。

 かつて輝きを追い求めた“主人公”は、過去の物語を完遂させ、今を生きていた。

 

「そうだけど……あ! Aqoursのファン!?」

「え、ええ、まあ。幼馴染が皆さんのファンで」

「そっかあ、ありがとう! たまに来てくれるんだよねえ、嬉しいな」

 

 千歌は優しい笑顔で返す。成長してはいるが、芯の部分は変わらぬままだと壮間はまた嬉しくなった。

 

「あの」

「うん?」

「『アリオス』さんって……ご存知ないですか?」

「え? アリ……なに? だれ?」

 

 千歌の反応に、壮間は馬鹿なことを聞いたと頭を振る。

 彼女達の時間を継承し、ある意味で奪ったのはお前じゃないかと。

 それでも探偵に依頼するだけのこと、やはり尋ねたくなってしまったというのが正直なところだ。そっちの方は、あの探偵に任せることにしよう。

 

「すいません、忘れてください」

「はあ」

「……お元気で!」

 

 壮間はライドストライカーに跨り、ヘルメットを照れ隠しの如くさっと被るとその場から去っていった。

 もう、振り返らない。新しい歴史に、漕ぎ出していこう。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 静岡から東京までは高速で1時間半ほどだが、壮間はあえてそっちに入らずしばらく海岸線を走り続けてみることにした。

 

 潮風が、陽射しが────とても心地良い。

 

 神奈川を目前にして、夏の夕陽がこうこうと輝き、オレンジの光で彼を包む。

 長かった今までの戦いを巡る旅も、いよいよ終わろうとしている。

 寂寞感というか、大いなる感傷というか。

 旅の終わりという事実と、夕暮れの陽射しが生み出すそういった巨大な感情が彼を包み、自然と目元から涙が溢れていた。

 

 

 愛と平和を胸に、ガールズバンドの居場所を守った仮面ライダービルド。

 

 

 正義の意味を問い続けながらも、木組みの街という人の善意を信じられる場所に在り続けた仮面ライダードライブ。

 

 

 先祖返りを守り、先祖返りの運命に抗いながら生きてきた仮面ライダー響鬼。

 

 

 輝きを追い求めた少女達と共に、自分の命を、生きている意味を探し求めた仮面ライダーゴースト。

 

 

 伝説を作った”女神”達と共に、己の信念を貫き戦った探偵達、仮面ライダーW。

 

 

 彼らの物語があって、自分は今ここにある。

 

 “主人公”になると決め、主人公であると確信したのだ。彼らの物語が掌中にあるというのなら、彼らの物語を全て統べる主人公になってやる。

 免許を取っただけのことかもしれないが……彼は今、ひとつの成長と共に、自身の在り方にひとつの区切りをつけていた。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 溢れる感情が、思わず叫びとなる。

 やってやろうじゃないか。なってやろうじゃないか。王に。

 何故なら────

 

 

 日寺壮間は、主人公なのだから。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「今日こそ来てるかな、ミカド」

 

 日寺壮間は暇人だ。

 住所不明のミカドに免許を取ったことを報告するために、夏休みの学校に毎日来ているのだから。

 

「あれ、ソウマ?」

「香奈じゃん」

「じゃん、って何かなあじゃん、って。そりゃ部活あるからさ、いるよ」

「そりゃどうも」

「でも、ちょうど良いところで会った!」

「え、何」

「……宿題写させて!」

「あのなあ」

 

 早めに動けるなら自分でやりなよ、と言いかけたところで、壮間は教室の戸に手をかけ、開く。そして……

 

「うぉっ!? 本当にミカドいた!?」

 

「えーまたまたー……わっ、本当にいる! しかも泣いてる!!!????」

 

 教室にいた、光ヶ崎ミカドを目の当たりにした。

 

 

To be continue “KAMEN RIDER ZI-O ~Crossover Stories~”……

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