意味のない旅〜シンオウ地方のチャンピオン〜 作:nothing
今、目の前には大きな扉がある。高さは見上げるくらいで、機械的な意匠であるが無機質ではなく、むしろ威圧感を放っている。この奥にいる人物の存在感がそうさせるのだろうか。
「はぁ……」
扉を前にしてため息を吐く。それは気疲れと解放感、それと徒労感をない混ぜにした、なんとも言えぬ感情を込めたものだ。
この場に至る者は多くない。毎年幾人もの挑戦者が夢を抱えて故郷を旅立ち、そしてその殆どが夢半ばで諦めていく。逆境に、敗北に打ち克った稀有な者だけが進むことができる旅路の一つの到達点。そこに今立っている。
それ故に疲労を感じているし、ある種の解放感も感じている。だが、胸中を大きく占めているのは徒労感だ。
扉の先の大壁、そしてその先の栄光を目指して旅に出たことに後悔は無いが『この旅に意味はあったのだろうか』という疑問がグルグルと頭の中を廻り止まらない。
「はぁ……」
もう一度ため息。幸せが逃げるなどと言われているが、もしそれが本当ならもうこの先の人生には幸福は訪れないだろう。それだけため息を吐いてきた。
カタカタ───
腰に巻いたベルト、そこに填められたボールたちが揺れる。その中にいる『彼ら』に気遣わせてしまったらしい。
「……行こうか」
今まで幾度となく考えたことだ。そう突然に答えが出るものでもないだろう。どの道、この旅は一度ここで終わる。その後どう感じるかで先を考えるのも悪くない。
腰のボールたちを一つずつ撫で、扉に触れる。
ピピッ、と機械音が鳴りゆっくりと開いていく。
扉の先に見えたのは殺風景な部屋。これまでの部屋では電飾や照明で個性を出していたものだが、ここは違うらしい。
それ以外にも、天井が異様に高く奥にはリフトのようなものが見える。どうやらこの部屋の出口はあのリフトの上にあるみたいだ。
そして、中央に一つだけある黒く大きなソファ。そこに足を組んで座る一人の男がいた。高級そうなスーツで身を包み、整った顔立ちも相俟って真面目そうな雰囲気を醸し出している。
「よぉ、お前が挑戦者か」
見た目にそぐわぬ尊大な態度だ。まあ彼の立場からすればおかしなことではない。
「はい、お手合わせ願います。
彼こそがこの厳寒の大地、シンオウ地方のチャンピオン。名前はキンカという。『雪冷の帝王』の二つ名を持ち、幾人もの挑戦者を撥ね退けてきた強者だ。
「なんだよ堅えなあ、もっと『お前を倒してやる!』くらい言ってみろよ?」
「いえ、そんなことは」
「ノリ悪いなあオイ! まぁいいや、んじゃまぁ始めるか……!」
そう言ってソファから立ち上がるチャンピオン。荒い口調とは裏腹に案外柔和な雰囲気だったが、一気に空気が変わる。
そこにいるのは正に『帝王』。威風堂々と眼前に立つその姿は、チャンピオンに相応しいものだろう。
「チャンピオン、キンカ。お前を阻む最後の壁だ。気合入れろよ?」
栄光をかけた戦いが始まった。
「はぁ……」
何度となく吐いたため息がまた口から出ていく。自問自答は終わらず、職務にも身が入らない。
ここは