怪奇怪盗メーヘレン   作:気力♪

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03 ”怪奇怪盗”メーヘレン

 草木も眠る丑三つ時、それは魔の者が最も力を増す時間帯。

 

 現在神奈は、怪盗用にと支給されたステルススーツにマスクを着けている姿だ。この装備は視認性を魔法による幻術で落としながら所々に仕込んでいる銀の加護により霊的防御を高めている優れモノだ。当然バックアップの静流との霊的通信の術式も刻まれている。

 

 しかし、自身よりおそらく強いだろう怨念に対して勝てるようになるといった変身ヒーローのスーツのような力はない。ただの防御スーツだ。

 

 だから、このスーツを着ているのは神奈自身のスイッチを入れるためだ。

 

 自身が、怪盗であるというスイッチを。

 

「静流、もう行くよ」

『ああ、封印の陣はもう出来上がっている。任せたぞ、怪盗』

「うん。じゃあ()()()()()()

『……無線ジャックは、通報というのか?』

「さぁ?」

 

 そうして、神奈は下見の際に描いていた文字”姿”に魔力を送る。

 それは、裏口から怪盗メーヘレンが侵入するという幻を皆に見せた。

 

「裏口に怪盗発見との連絡が! 警備を回避して侵入を果たしていたようです!」

「裏口からとはいえ、正面突破だと!? 舐めるのも大概にしろ! 進行予想ルートはB! 絶対に歴史遺産には近づけるな!」

「了解!」

 

「正面突破は当然囮だけど、ここまで釣られて大丈夫なのこの国の警察」

 

 そんな神奈がいるのは美術館の屋根の上。先ほど動かした幻が警備の目を引き付けているうちにしれっと屋根上まで登って見せたのである。

 

 今回の幻を使った作戦の肝は2つ。幻は人の目に映っているだけなので監視カメラには映らない。それを誤認させるには監視カメラのない囮の走るルートをあらかじめセットしておき、静流による無線でそこを走っていると人の目のみに認識させること。それが一つ。

 

 もう一つは、これから始まる怨念との戦いに警備員や警察を巻き込まないために戦場から遠ざけることだ。

 

 弱点はわからない今では、怨念との戦いは激戦になることは明らかだ。

 だからこそ協力者のいる警察をこの戦場に巻き込むために予告状なんてものを出したのだ。

 もっともその協力者とは”オカルト事件に対しての”上の協力者であり、怪盗の協力者ではないので敵に回すと厄介極まりないという負の面もあるのだが。

 

「……よし、侵入成功。静流、監視の式神の様子は?」

『ああ、ほとんどの警備員は幻を捕らえに動いている。残りは掛け軸がしまわれている保管所の前に2人いるだけだ』

「なら、いつもどうり眠らせて盗むのが一番楽かな?」

『電子ロックは偽造カードキーで突破できる。問題はないだろうな』

「了解」

 

 そうして神奈は監視カメラから身を隠し、彼女の最速で保管所へと向かっていく。

 

 保管所は、3階にある館長室のすぐ近く。当然そこまでには警備員が詰めていたが、皆神奈の術により気づかれることなく眠りに落ちていった。

 

 そして、扉の前の2人。その一人はそこそこベテランに思える警備員だったが、もう一人が厄介だ。

 

 ”オカルトに対しての上の協力者”のハーフの男性がその手にテーザー銃を構えて隙なく佇んでいた。

 

「自縄自縛ってやつじゃない? これ」

『……最悪俺の名前を出せば説得はできるはずだ。カミノキは人を守るために法の味方をしている男だからな』

「大丈夫、道は見えてるから」

 

 その言葉を終えると、神奈は足に”着”の文字を描き、壁から天井へと足をくっつけながら走り出す。

 

 そして、それと同時に煙玉を投げつけ、”姿”の文字を描いたただ立っているだけの虚像を二人に見せる。

 

 それは一瞬ではあるが警備の二人の判断を惑わせ、天井を姿勢を低くして駆け抜けている神奈本体に気付くことなくその背後を突かれ、そしてするりと偽造カードキーを滑らせ、部屋の中に侵入する。

 背後の扉はすぐに閉まり、外部からの侵入をシャットアウトする防壁に早変わりした。これで警備は全員かいくぐれた。

 

 そう思い倉庫の中を見ると、そこには一人の老人がいた。

 

「……やぁ、怪盗気取りのお嬢さん」

「……こんにちはお爺さん。さっそくで悪いけど”伊賀の里の掛け軸”、貰っていくわね」

 

 その老人から感じる狂気の波動に、神奈は思わず魔法筆を強く握る。尋常の者ではないと、気配だけで分かるのだ。

 

「この肉にはまだなじみ切っていないんだ。本体からあまり離れたくない」

「……尊厳を踏みにじったのね、妖怪」

「望んで差し出してきたのだよ、この男がな」

「なら、遠慮はいらないわね。あんたをぶっ飛ばして呪物を封印する」

「できるのか? 国にすら見捨てられた、はぐれ術師風情が!」

 

 その言葉と共に老人の体には怨念がとりつき、人より一回り大きい美しい女性の姿を形どった。

 

 そして、肉吸いが腕を振る。

 それは怪盗としての訓練を積んだ神奈には何とか躱せる程度のモノだったが、その一撃は重かった。

 

 神奈が回避する前にいた壁が、その一撃で崩壊するほどにだ。

 

「ふむ、()()()()()()()

「……馬鹿力め!」

「ははは、異なことを言う。この程度手遊びのようなものじゃろうに!」

『神奈! 式神に印を! 弱点を解析する!』

「そんな暇があったら掛け軸もって逃げたほうが早いわ、よ!」

 

 通信中にも待ったをかけない肉吸いの両腕による掴みをバク宙で回避し、魔力を込めた蹴りを当てるが効果はない。呆れた硬さだった。

 

 そうして距離を取った神奈に対して始まるのは猛攻。技もなくただ力を振るっているだけのモノであったが、それだけで神奈は防戦一方だった。

 

 だが、神奈にはこれ以上引くことは許されない。

 なぜなら、神奈には見えているからだ。先の壁をぶち抜いた一撃により警備員の方が頭に傷を負い、カミノキにより運び出されていることが。

 

 ここで、何が何でも止める。そう覚悟して神奈が霊刀を形成しようとした時に、銃声が響いた。

 

 撃ったのは、先ほど傷を負った警備員の男。

 

「やってやったぜ……ッ! 化け物程度に怖がってて警備員ができるかよぉ!」

 

 そして、その銃弾は肉吸いの頭部に命中し、弾かれた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 それを認識した神奈は神奈の持てる最速で弾丸を回収。するとそれには、ルーン文字で知性や希望といった意味を表す”ケナーズ”のルーンが刻まれていた。

 

 悪霊に対しては銃弾に対して意味のある文字を刻む。そんな迷信だ。

 そんな迷信に対して、神奈の学んできた現代魔法の知識が、それを意味のあるものに変えた。

 

 現在空間に存在する魔力量は肉吸いの存在によって現世からかけ離れたものになっている。そんな中ならば、意味のある文字が起動してもおかしくないと。

 

 そして、この”ケナーズ”には、それが象徴する最も大きな意味がある。

 

 それは、”火”。

 

 それだけ分かれば、命を懸けるに足る武器になるだろう。

 

「貴様!」

「馬鹿が! そんな傷で銃なんて撃ったら傷が開くに決まってるだろ!」

「あー、すんません。けど──バケモンと女の子なら、女の子の味方しますよ俺」

「……まずは逃げるぞイーサン。この場に居座る意味はない。戦いの邪魔だ」

「りょーかい」

 

 そんな会話が、神奈の耳に聞こえる。

 

 これだから嫌になる。

 神奈は、皇国が憎い。神奈は、帝国が憎い。

 

 しかし、神奈はそこに生きる人たちのことまでを憎むことができないでいる。

 それは、神奈の甘さであるが、それを捨てるには優しい人と関わり合いすぎている。

 

 だからこそ、神奈は戦うのだ。ルールを破ってでも命を守る怪盗として。

 

 

「死ね!」と肉吸いがカミノキ達に向かって走る。それを神奈はワイヤーで足を引っかけて転ばせて動きを封じる。

 

 それに激怒した肉吸いは神奈を探すが、神奈の姿を捉えることはできない。

 そして神奈を発見した時には、もう自身の体はワイヤーで雁字搦めにされていた。

 

「すばしっこい小蠅風情が!」

「あいにくと、怪盗ってのはすばしっこいの。知らなかった?」

 

 肉吸いがワイヤーを力ずくで引きちぎろうと力を入れるが、その前にワイヤーには神奈の魔法が刻まれて起動していた。

 

 刻まれた文字は、”炎”ワイヤーはその繊維のすべてを炎へと変換し、肉吸いの体を熱と痛みで拘束した。

 

 それを見届けた神奈は、慇懃無礼にこういい放つ。

 

「あなたの呪い、これから頂戴いたします」

 

「おのれ怪盗!」という言葉を背後に聞きながら、神奈は呪物である”伊賀の里の掛け軸”に簡易封印の札を張り、そのまま窓を開けて中空に体を投げ出す。

 

 そして、”飛”の文字を描いて、その力で静流の待つビルの屋上へと向かうのだった。

 

 

 ────────────

 

 それからの事。

 

 肉吸いに憑依されていた老人は館長であり、独自に歴史遺産を守ろうとしたが怪盗によって軽度の火傷を負わされたという結末になっていた。

 かつての皇国なら、危険呪物を使って魔道に堕ちようとしたことを糾弾されることになったろうが、今の皇国にそんな法律は存在しない。戦後のごたごたで憲法からすらその条文は削除されてしまったのだ。

 

 そんな邪悪が、裁かれない悪を生んだと思い内心舌打ちをする神奈であったが、それを表に出すことはしない。

 

 なぜなら、今神奈はカフェ”アルセーヌ”にてメアリーに勉強を教えているからである。

 

「……カンナちゃん、本気で勉強のコツ教えてくれない?」

「じゃあ毎日ノルマ達成できなかったら飯抜きとかのルールを課したら?」

「え、なにそのスパルタ」

「そのくらいしないと真面目に勉強しないじゃない、メアリーって」

「……否定できない!」

「否定しなさいっての」

「まぁいいや。それより怪盗なんだけどさー」

「……どうしたの?」

「怪盗の出たところをまとめると、だいたいそこには怪奇現象が存在したんだって。けど、怪盗が出た後だとすっぱりなくなっちゃったんだとか」

「怪盗が盗んでいったのは幽霊だったりとかって話?」

「そう! それ! まさに怪奇! 怪盗メーヘレンだよ!」

「……”怪奇怪盗”メーヘレンじゃないんだ」

「文字で打つとどっちも一緒だよ。怪奇怪盗メーヘレン」

「あ、本当だ」

 

 そんな温かい日常の中であったが、それは一方的に終わりを告げた。

 

 携帯のバイブレーションと共にするりと帰り支度をする神奈。

 

「じゃあ、仕事の時間だから」

「本当に不定期だよねー。もっとちゃんと時間があれば一緒に服見たりとかできるのに」

「私はこれでご飯食べてるの。悪かったわね」

「悪くはないけど、ちょっと寂しいかな」

「そう。じゃあ、また今度ね」

「はーい。お仕事、頑張ってねー!」

 

 そうして、神奈は歩みを進める。

 向かう先はいつものアジト。神奈の携帯に着信があるという事は、それは次のターゲットの所在が確認できたという事。

 

 呪物に封じられた魔物たちはだんだんと力を付けていっている。

 それを盗み、再封印できるのはただ一人。神奈だけだ。

 

 だからこそ、神奈・リュミエールは”怪奇怪盗メーヘレン”として生き続けるのであった。

 

 


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