ゼロの使い魔~竜の国からの遭難(?)録   作:ショウマ

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一年前 迷い人来たりて
トラブルは春風と共に


 ベッドに横たわって窓の外に目を向けると、雲ひとつない青空が広がっていた。

 

 

「入学式を終えて、入寮したばかりだというのにな~……」

 

 

 声に出てしまった呟きにため息をつきながら、ベッド脇に置かれた小さな鏡台の上に置かれたコップに手を伸ばす。

 

 

 入学式で行われた、校長先生の飛び降りじさ……度肝を抜く歓迎の挨拶を終え、クラス分けでトリステインの公爵家ヴァリエール様と同じイルのクラスの所属が決まり……その時だっけ? ヴァリエール様と、隣国ゲルマニアでヴァリエール家と犬猿の仲であるミス・ツェルプストーが言い争いを始めて、宥めようとしたボクが二人の間に倒れ込んで意識を失ったのは。

 

 

「あ、空だった」

 

 

 仕方なく身体を起こして、鏡台に一緒に置かれている水差しからコップに水を注ぎ……

 

 

 外から聞こえてきた大歓声に驚いた拍子に、水をこぼしてしまう。幸い、周りの物には被害が出なかった事に一安心。

 

 

「そういえば、この時期は使い魔召喚の儀式だったっけ? 今年は何故かボク達の入学式と重なったそうだけど」

 

 

 ここ『トリステイン魔法学院』では、二年生への進級時に使い魔召喚の儀式が行われる。現れた『使い魔』で今後が決まると同時に、“何かが起きない限り”は一生のパートナーとなる。

 

 

「ボクのパートナーはどうなるのかな。旅に向いた使い魔が来てくれたら良いけど……ケホッ」

 

 

 こぼれた水を軽く拭いて、水を一口飲んだら再びベッドに横になる。

 

 

 外からは、その後も度々歓声や悲鳴が聞こえてくる。

 

 

「家の事は気にしないで良いと言われているし、卒業出来たら色々な所に行ってみたいな……ケホッケホッ。その前に身体を治す方が先だけど……あれ?」

 

 

 天井付近が黒ずんでる? 黒い染みみたいなモノがどんどん広がって……

 

 

「ひぇう!?」

 

 

 広がったそこから黒い何かが落ちてきて、重い音が響いた。

 

 

 慌てて枕の下から小さな杖を引き抜いて、恐る恐る視線を天井から下へとずらしていく。

 

 

 目に入るのは、まずベッドとは逆位置に置かれている赤褐色のクローゼット。実家から持ってきた、そこそこ大形のモノだ。

 

 

 更に下にずらすと、ランプ等が置かれた赤褐色のテーブル……と、同時に椅子に並立するかの様に、こちらに背表紙を向けて開かれた深緑色の巨大な本。

 

 

「な、何あれ……」

 

 

 その巨大な本の両サイド――真ん中よりやや下側に真っ白い……手。

 

 

 

「……手?」

 

 

 視線を本の少し後ろにずらすと、真っ黒い――漆黒? の靴が見える。足(多分)は、同じ様な色の生地で出来たタイツで包まれていた。

 

 

 靴の向きから姿勢を想像すると、落ちてきたときの四つん這いのまま本を読んでいるらしい。

 

 

「だ、誰? それとも、何?」

 

 

 震えていたが声をかけてみる。反応がないが、この魔法学院の人なのだろうか?

 

 

 きっとそうに違いない。トリステイン魔法学院と言えば、その名の通り大勢のメイジが居る、国内外を通して最も守りが厚い場所の一つ。

 

 

 そんな場所に変な人物は入り込まない筈。

 

 

 そう結論付けると、ボクは深呼吸をしてからもう一度話しかけてみる。

 

 

「せ、先輩……? それとも、ボクと同じ今年入学する同級生かな?」

 

 

 声はまだ震えていたけど……。

 

 

 でも、やはり反応は無い。寝ているのかな? と思ったけど、本のページが捲られている。

 

 

 つまり、無視。

 

 

 確かにボクは下級貴族の生まれで、貴族らしさは欠片も無いかもしれないけど、無視は酷い。せめて、返事とか反応はしてほしい。

 

 

 ボクはもう一度大きく息を吸って……

 

 

「ちょっ……ゲーホゲホッガフガフボブワァ!?」

 

 

 思い切り咳き込んでしまう。止まらなくなって、涙が出る。

 

 

 しばらく咳き込んだ後、落ち着いたボクは視線を本に戻し――

 

 

「お……女の子…?」

 

 

 本を少し閉じ、横から少し顔を出してこちらを見つめる少女の視線と、ボクの視線が正面から見つめあった。

 

 

 白い肌と、ツヤツヤとした輝きを放つ漆黒の髪と、同じ様な色の瞳の目。年は、ボクと同じ位かな?

 

 

 ただ、その目と、少女の纏う雰囲気は何か気怠げな感じを受ける。

 

 

 同性のボクから見ても、美少女と言い切れる。ただ、その雰囲気で声はかけにくいかもしれない。

 

 

 ボクはチラリと鏡台を見てみる。寝癖のついた肩を少し越す位の濃紫色の髪と、琥珀色の瞳の目。寝癖が付いている時点で完敗。

 

 

 敗北感と共に視線を戻すと、既に少女の顔は本の陰に。

 

 

「ねえ……あなた? キミ?」

 

 

 声をかけても、やはり反応は無い。……温厚と言われるボクでも、今は体調が悪い事もありだんだん怒りが込み上げてくる。

 

 

「話を聞いてよ!」

 

 

 ……あ、隣の部屋にも聞こえちゃったかな? ヴァリエール様にこれ以上、迷惑をかけないようにしないと。

 

 

 

 何か音……呟き? が聞こえてきた。

 

 

 本がまた少し閉じられ、横から少女が顔を覗かせる。気怠そうな雰囲気と、若干の面倒そうな感じ。

 

 

 面倒なのはボクの方だと言いたい……。

 

 

「さっきから何か言ってた?」

 

 

 ……何だろう? 凛とした声にも聞こえるけど、やはり怠そうな感じに聞こえる。纏う雰囲気と声が、見た目を大きく損なうこの残念さ。

 

 

「何度も呼んだよ!」

 

 

「そう」

 

 

 ……って、それだけ?

 

 

「そう、じゃなくて……、えっと、この学院の関係者?」

 

 

「学院?」

 

 

「トリステイン魔法学院!」

 

 

「トリステイン魔法学院?」

 

 

 え? この子ここを知らないの? 長い歴史を誇り、他国でも名を知られているこの学院を?

 

 

 少女は視線を窓の外に向けている。

 

 

「なるほど」

 

 

 そう呟いて、本を開いて視線を……って。

 

 

「なるほど、じゃないから!?」

 

 

「何?」

 

 

 よし、何とかこっちに引き留められた。

 

 

「何がなるほどなのかとか、キミはナニとか、どうしてボクの部屋にとか、聞きたい事は沢山あるよ」

 

 

「面倒」

 

 

 うわ、一言で言い切ったよこの子! しかも、本当に面倒臭そうに。

 

 

 でも、そっちがその気ならボクにも考えがある。

 

 

「ボクが先生方を呼んだら、もっと面倒な事になるよ? 校長先生を始めとして、凄い先生方が揃っているんだから」

 

 

 ボクがそう言うと、少女はこちらをじっと見つめたまま微動だにしない。

 

 

 ボクも視線を逸らさず見つめる。

 

 

 暫し、見つめあい――

 

 

 ため息をついたのは相手。でも、そのやれやれといった雰囲気は何だろう? さっきも思ったけど、それはボクが言いたい。

 

 

「私が居た場所とは全く違う場所。故に言葉が分からなかった事が分かった。これで良い?」

 

 

 語尾に、『面倒』と付きそうな説明。

 

 

 サラッと流しかけたけど、気になる言葉があったよね?

 

 

「えっと、良いかな?」

 

 

「何?」

 

「今、言葉が分からなかったって言ったよね?」

 

 

「そう」

 

 

 それが何? って言いたそうだ……。

 

 

「今、言葉通じてるよね?」

 

 

「翻訳の魔法。もういい?」

 

 

 え? そんな魔法有ったっけ? でも、旅に出るならその魔法は必須かもしれない。

 

 

 ボクは、心の中の必須魔法リストに加えた。

 

 

「……あれ、キミは杖を使わずに魔法を使えるの?」

 

 

 ボク達は魔法を使う時に杖を必要とする。持たずに使える者は……。

 

 

「ツエ? このⅡーAの魔道書の事?」

 

 

「あれ、言葉が微妙に違うのかな? でも、変わってるな……」

 

 

 でも、同じ新入生の中に薔薇の花が杖という人もいるそうだし、この子のように本が杖という人がいてもおかしくないかもしれない。

 

 

 それにしても、言葉が通じなくてトリステイン魔法学院も知らないって……。

 

 

 どこから来たんだろう、この子。

 

 

 でも、ベッドから動けない今、先程までのイライラは無くなって、探究心を満たせそうな相手にボクの心は躍っている。

 

 

 ちょっと得体が知れなくて怖いけど……。いつか旅に出る時の予行練習には良いかもしれない。

 

 

「ボクは、セレス。セレスティナ・ド・ラ・シェロティア。キミの名前は?」

 

 

「ローレシア・セイティグ」

 

 

 本当に簡潔な答え。と言うより、顔は見せてるけど目は本に向かってる?

 

 

「ここは、トリステイン王国にある、トリステイン魔法学院のボクの部屋。キミはどこから来たのかな?」

 

 

「聖竜王国セイティーグの私の部屋」

 

 

 北東の大国ゲルマニアでも、南の大国ガリアでも、浮遊大陸のアルビオンでも無い。全く聞いたことのない地名。

 

 

「それはどの辺りにある王国?」

 

 

「分からない」

 

 

「それはどうして?」

 

 

「私がこの国を知らないから。それで場所を聞かれても答えられない」

 

 

「じゃあ、ガリア、ゲルマニア、アルビオン、後はロマリア連合皇国。この中で聞き覚えあるものは?」

 

 

「無い」

 

 

 うわ~……。でも、逆にもっと気になってくる。

 

 

「ボクは十五歳。キミは?」

 

 

「興味無いから覚えてない」

 

 

「さっき使ったもの以外の魔法も使える?」

 

 

「使える」

 

 

「じゃあ、キミはメイジ?」

 

 

「メイジが何を指すかが分からない。ただ魔法が使えるという意味なら、さっき答えた」

 

 

「どうしてボクの部屋に?」

 

 

「私が聞きたい」

 

 

 この子何ーー!?

 

 

 でも、好奇心は疼く!

 

 

「終わり?」

 

 

「まだ! えと、ここに来る前に何かしていた?」

 

 

「この本を読みながら、姉様に出された課題の魔法を試していた」

 

 

 次のワードが出てきた! このまま続けるしか!

 

「姉様って?」

 

 

「エリシア・セイティグ」

 

 

「どんな人?」

 

 

「魔法オタク」

 

 

「課題というのは?」

 

 

「遠方の物を取り寄せる魔法。動かなくてすむ」

 

 

 この子が筋金入りの面倒臭がりという残念情報が確定に。

 

 

 それにしても、ずっとあの姿勢というのは辛くないのかな? 床に両肘をついているけど。

 

 

「ねえ、姿勢変えないの? 肘とか腰痛くない?」

 

 

「面倒」

 

 

 本当に残念な子だ。

 

 

「……って、取り寄せ魔法?」

 

 

「そう」

 

 

「今日、この学院では先輩方の使い魔召喚の儀式が行われているんだけど……。関係あるかな?」

 

 

 おや? 今まで即答気味に返していたのに、少女――ローレシアは本から顔を上げて考え始めた。

 

 

「本を読みながらだから、座標を決めずに唱えていて巻き込まれた可能性はある」

 

 

「それ大変なんじゃ……。 帰る手段は?」

 

 

「私には無い。エリシア姉様が気付いてくれるのを待つだけ」

 

 

 どうしてこんなに落ち着いているんだろう? まさか、慌てるのも面倒とか? ……言いそうだ。

 

 

「お姉さんはすぐに気が付いてくれそうかな?」

 

 

「仲の良い他の姉妹に付き纏ったり、研究に夢中になっていなければその内」

 

 

「夢中になっていたら?」

 

 

「満足するまで私の事は思い出さない」

 

 

 酷い姉妹関係を聞いた気分……。でも、話してる本人は気にした様子は見せない。まさか……

 

 

「すぐに帰りたい?」

 

 

「別に。動かずに自分の事が出来るならどこでも」

 

 

 思った通り、この子自身には積極的に帰るつもりは無いらしい。

 

 

 ボクの方が疲れてきた……。本調子じゃないせいか、眠気が押し寄せて来てる。

 

 

 休まないと……明日は入学式だし……。

 

 

 あれ……入学式はおわったんだっけ?

 

 

 ダメだ……眠くて記憶が……

 

 

「話している途中でゴメン。ちょっとだけ休ませて」

 

 

「おやすみ」

 

 

 言うのも面倒で無言で返されると思ったけど、返事が返ってくる。

 

 

 正直、意外だった。

 

 

 これ……起きたら、夢だったとか……?

 

 

 あれ、今は夢……? 現実?

 

 

 目を閉じるにつれ、天井が段々歪んでくる……

 

 

 そして、ボクの視界は闇に閉ざされていった。

 

 

 

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