その日、トリステイン魔法学院では『ジョーダンサーカス』なるものの話題で持ちきりだった。
今日が授業の無い虚無の曜日ということもあり、学院のあちらこちらで友人達と行く行かないを語らう生徒達の姿を見ることが出来た。
興味を示しているのは生徒達だけではない。
一部の教師も、これに強い興味を示していた。
「さあ、コルベーザ! 君も一緒に行かないか?」
「一人で行け、コルベール。私はそのような物には興味は無い」
朝から変なチラシを持って自室に押し入ってきた従兄弟に、室内でも重厚な鎧を着込んでいた人物は辟易していた。
読んでいた軍学書を閉じるとマントを大きくひるがえし、従兄弟をそのまま残して部屋を出ようとする。
本は持ったままであるため、どうやら外で読むつもりらしい。
「あ、待つんだ! 君はジョーダンサーカスなるものを知っていて、興味が無いと言うのかい?」
「知らぬ」
ドアノブに手をかけた状態で、肩越しにコルベールを見てキッパリと言い切った。
「それなら未知のモノを調べてみようとか、そういうのは君にもあるだろう?」
「無論だ。だが」
コルベーザは手に持った本で、コルベールのチラシを指す。
「道化という存在が関わるものに、私は興味が無い」
そう言い放つと、コルベーザは今度こそ部屋(自室)を出ていった。
唖然としていたコルベールだが、手に持ったチラシを見てハッとすると慌てて部屋を出ていく。
「待ってくれ、コルベーザ! 道化というものについて……!」
「さあ、共に行こうじゃないか! 我が友、ギャブーロ」
「断る。ギーシュ、お前の目的は分かってるゾ」
校舎の入口でも、似たようなやりとりが行われていた。
こちらは従兄弟ではなく、友人同士だが。
寮から出てきた緑髪の少年ギャブーロを、金髪の少年ギーシュが優美な仕草と共に待ち構えていた。
薔薇をかざしながら喋る友人に、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「だいたい、オレでさえついさっき言われたばかりなのに、どうしてお前が知ってるんだ?」
「ふふ。友人の君のことなら、何でも知ってるのさ」
さも当然とばかりに、髪をかき上げるギーシュ。
「気持ち悪い言い方は止めろ。オレのことなんかよりも、ミス・モンモランシーのことを理解してあげたらどうだ? そういえば、彼女はどうしたんだ?」
彼とよく一緒にいる金髪に赤いリボン、縦ロールという目立つ容姿の少女の姿が見えない。
「うぐ……モンモランシーなら、友人と行くと言ってね……」
痛いところを突かれたとばかりに、胸を押さえて、ヨロヨロと後退するギーシュ。
「ギーシュ……そんなことでは、彼女に見放されてしまうゾ?」
明後日の方向を向いている友人を思って、ギャブーロは溜息を吐く。
「だ……大丈夫さ、我が友ギャブーロ。きちんとあっちで合流するつもりだからね」
「そうカ。まあ、ガンバレ友よ。じゃあ、オレはこれで」
片手を上げて、その場を去ろうとしたギャブーロ。
「まあ、待ちたまえ我が友よ」
その服の裾をしっかりと掴んで、彼の前へと回り込むギーシュ。
「君も目的地は一緒のはずだろう? 一緒に行こうじゃないか!」
「断る。だいたい、オレは行く気は無かったというのに……」
「ソーナンス!」
いつの間にか、先程まで居なかったギャブーロの使い魔であるミズイロがやって来ていた。
「まあ、そうだったの? 迷惑でしたか?」
「ね、姉さん!?」
弟と同じ色で髪質の、豊かな長髪の少し大人びた少女と共に。
美少女というよりは、美人という言葉の方が似合いそうな雰囲気であった。
キュルケと同じくらいの背丈であり、あちらが火の情熱であるならば、こちらは水の清楚……楚々とした感じを醸し出していた。
三年生らしく紫色のマントをしており、穏やかな笑みを浮かべて弟を見つめている。
ギャブーロの姉、浮遊大陸アルビオンからの留学生であるクシューラ・ド・ファー。
「おお! ミス・クシューラ! お会いできて光栄です」
前に出てギャブーロの隣に並んだギーシュが、輝かんばかりの笑顔で優雅に一礼している。
「あら。おはよう、グラモンくん。いつも弟と遊んでくれてありがとう」
「いえ、とんでもありません。彼は僕にとっても大事な友人……いえ、親友ですから!」
隣にいる『親友』は苦々しい表情を浮かべているのだが、笑みを向けられているギーシュは気が付かないようだ。
「あなたも街に行くのかしら?」
「はい! 是非、このギーシュも共に」
「だ、ダメだ姉さん!」
対極的なギーシュとギャブーロ、二人の表情を見たクシューラは顎に手を当てて小首を傾げる。
「わたしは構わないと思うけど、一緒に行く約束をしている子に聞いてみないといけないわ」
「おお!」
「ということだけど、あなたはどうかしら? モンモランシー」
「う……」
思わず呻くギーシュ。
背の高いクシューラの背後から出てきた、金髪縦ロールに頭部の赤いリボンが映える少女。
モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシが、怒りに身を震わせながら青くなったギーシュを睨み付ける。
「あの一年生だけじゃなくて、先輩にも手を出そうとしていたのね?」
心は熱く、言葉は冷ややかに。
それを聞いたギーシュが震え上がる。
「い……いや。モンモランシー、誤解だよ!?」
「もう知らないわよ! 先輩、こんなの放っておいて行きましょう!」
「ま、待ってくれ!? 可愛いモンモランシー、話を聞いてくれ!」
「ついてこないで!」
憤然と歩き始めたモンモランシーを、ギーシュが慌てて追いかける。
競歩のようにして門の方へと去っていく二人を見ながら、ギャブーロは呆れた風で姉を見た。
「さては狙ってたナ、姉さん?」
「なんのことかしら? わたしは弟や後輩と行こうとしただけよ? 彼が居たことは、不幸な偶然にすぎないわ」
「ソーナンス!」
「ね、姉さん……」
悪びれもせずしれっと言う姉に、ギャブーロは恐怖する。
「さ、わたし達も行きましょう?」
そんな弟に、彼女はニッコリと微笑んだ。
「早くして、セレス! 急がないと馬がみんな貸し出されちゃう!」
女子寮の一室でも騒ぎは起きていた。
早朝。
ルイズの身の回りの雑用をしている才人が洗濯に赴いた際、同じくそこにいたシエスタからチラシを見せられた。
目を通した才人はいてもたってもいられなくなり、洗濯もせず部屋に戻るや否や眠っているルイズを叩き起こした。
普段朝が弱い彼女ではあるが、気持ち良く眠っていたところを叩き起こされると、さすがに一気に覚醒し……激怒する。
怒りの形相で杖を向ける彼女に、必死にチラシを見せながら説得する才人。
サーカスという言葉を知らなかった彼女に、自分の世界でのそれを説明し、身ぶり手振りを交えながら興奮気味に捲し立てた。
その熱演が功を奏したのか、興味を示したルイズは杖を納めると早速着替えを始める。
その後、部屋を出た二人は迷うことなく隣の部屋へと。
主人とその使い魔は顔を見合わせると、大きく頷き合う。
相変わらず鍵をかけ忘れている扉を開けて、虚無の曜日を眠りという形で満喫しようとする二人組を、主従は協力して起こしにかかった。
「酷いよ、ルイズ。ボクは病み上がりだっていうのにさ」
すぐに目を覚ましたセレスは、ルイズに向かって起こされたことよりは起こし方の方で文句を口にしていた。
カフン……花粉を洗い落とした彼女。さっぱりとした状態で授業をこなして、元通り綺麗になった部屋――隅のガラクタはそのままだが――で就寝。
夢から引っ張られるような感覚と共に衝撃が襲い……ベッドの下で目覚めた。
「昨日のあれは、サイトの話だと病気ではないみたいよ?」
才人と二人で、掛け布団を持っているルイズがそう教える。
セレスはベッドに立て掛けていた自身の杖――青いフクロウの彫刻が施されたそれを振ると、〈念力〉でカーテンを開けた。
外の様子から、今がまだ早い時間だということを知る。
「どうしたのさ、こんな時間に」
床からベッドへと座り直し、怪訝そうな彼女に才人が持っていたチラシを見せる。
「セレス達も、サーカス見に行こうぜ!」
「サー・カス? どこの国の人?」
「誰だよ……サー・カスじゃなくてサーカスだ、サーカス! 色々なものを見せてくれるんだぜ!」
「へー」
もともと好奇心が豊富なセレス。
才人の話を聞いた彼女はすぐに興味を示した。
「でも、やっぱりそっちの方はダメだな」
「予想通りといえば予想通りだけどね」
呆れた感じの才人とルイズの視線の先、布団を剥ぎ取られても全く気が付かずにうつ伏せに眠り続ける、黒い少女の姿があった。
セレスが着替えるのを待って寮塔を出ると、街まで行く馬を借りに厩舎へと向かう。
その途中で。
「ミス・シェロティア、ミス・ヴァリエール。それに、サイトさんも。皆さんも街に行かれるのですね」
「シエスタ! も、ということは君達も?」
普通の衣服に着替えているシエスタと、同じくメイドとして学院で見かける子を見付けた。
見れば、彼女達も例のチラシを手にしていた。
二人に向かって手を振るセレスに、シエスタ達は一礼する。
「はい、私たちも今日はお休みですから。これには身分に関係なく誰でも入れると書いてあるので、ちょっと行ってみようかと」
シエスタが、公演場所の下に書かれている一文を指した。
それは、『当サーカスには誰でも入場出来ます。貴族の皆様も、それ以外の皆様も是非お楽しみ下さい』といった内容だった。
入場は無料という訳ではないが、平民であっても決して高くはない良心的な金額が表示されている。
才人の分はルイズが、そして……
「あ、あの。その、ローレシアさんは……?」
シエスタはチラチラとそちらを見ながら、セレスに躊躇いがちに訊ねた。
そのセレスも、そちらを見ながら困ったように頬を掻いている。
「いや、起きる気配が全く無くて……」
掻いているのとは別の手が持つ、一本の紐。
それは空中へと伸びており、辿っていった先には濃緑色の巨大な本。
それと、腰に紐を軽く巻き付けた状態でスヤスヤと眠っている、ローレシア。
タバサとそう変わらない背丈の彼女は、丸くなった姿勢であれば本の上で寝かせられるため、それを〈浮遊〉の魔法で浮かせていたのである。
「いや、さすがに途中で起きるだろうと思って言ったんだけどな……」
発案者だけに、ばつが悪そうに言う才人。
「抱え上げる時も、妙に慣れているというか、体重のかけかたが上手いんだよ。軽くて、長時間抱えていても疲れないし」
普段自分が抱える時の姿勢を示しながら、その感想を言うセレス。
「まさかこの子、普段からこうなんじゃないでしょうね」
「お部屋でのご様子を見る限りでは、あながち間違ってはいないかと」
本日、朝から二度目となる呆れた視線をローラに向けるルイズと、弟妹を見るような目になっているシエスタ。
五人が厩舎から借りた馬は三頭。
ルイズと幼少時代の関係で馬の経験が少ないセレス(+浮かせたままのローラ)が乗り、シエスタは乗馬が得意という友人メイドの後ろに。
才人は一人だが、乗馬の経験は皆無のため大きく遅れを取っていた。
途中で見覚えのある風竜に追い抜かされながらも、五人はチラシに書かれた郊外に辿り着いた。
大きな変わった建物――才人曰くドーム球場みたいな気球――の周りには大勢の人が集まっていた。
集まっている者の多くは暇を持て余した貴族のようだが、まばらではあるがそれ以外の姿も見える。
気球の近くには馬を預かる場所もあったため、一行もそこに馬を置くことにした。
気球を前に、やたらと「うおー!」とか「すげー!」を連発する才人をルイズが〈静寂〉(物理)で黙らせながら、人山が出来ている入り口に向かう。
そこでは、何人かのサーカスのスタッフらしき見慣れぬ衣装を来たもの達が、列の整理を行っている最中であった。
貴族の中には並ばされることに不満を示す者がいるが、そのようなことも慣れているらしく、係員達は上手く対応していっていた。
五人もキュルケや目を輝かせたタバサと合流しつつ、列に並ぶ。
他の人の邪魔にならないようにセレスはローラを抱き抱えているが、やはり負担は無いらしい。
それからしばらく……
『レーディース……エーンド、ジェントルメン! ジョーダンサーカス、オープンね!』
時間よりも早く、開場を告げる男の声が響き渡った。