そこには、息詰まるような重苦しい空気が充満していた。
だだっ広いが、物がほとんど置かれていない部屋。
窓は塞がれて明かりもなく、あるのは乱雑に物が散らかっている大きな黒檀の机と、王族が座るような豪奢な造りの椅子だけ。
この部屋の中には二人の人物が居た。
一人は、長い足を机の上に投げ出し、組んだ状態で椅子に腰かけている人物。
もう一人は、その前で畏まってひざまずいていた。
「……やれやれ」
嘆息混じりの座った人物が漏らした声に、ひざまずいている人物の身体がビクッと震える。
椅子に座っている人物――声からすると男――が、腹の上で組んでいた手をほどき、どこからか現れた小さな水晶玉を弄び始めた。
それを見て、ひざまずいていた人物はさらに低姿勢になって、その身体は小刻みに震え始める。
「全く困ったものです。舞台の上に、台本に無い役者が土足で上がりこむとは」
右に左に、手のひらの上で転がすように水晶玉を弄びながら、淡々と言う男。
男の位置からではひざまずく人物の姿は見えないはずだが、射抜くような視線が注がれているのを感じて、身体の震えは一層大きくなる。
心の奥底から湧き水のようにこみ上げてくる、恐怖。
「それにしても……あの世界の者が、彼らの活動範囲とは全く異なる場所にいるとは。おまけに、何人かは厄介な物を持たされている様子。……もしや、こちらの思惑に感付いて?」
男は、一人ブツブツと呟き続ける。
不意に、水晶玉の動きがピタリと止まった。
「確か、
「は、はい……」
こちらは若い女性のようだ。ひざまずき、震えながら答える。
「じゃあ、どうして、乗ってるんです?」
手のひらから、水晶玉がフワリと空中に浮かび上がり……音もなく旋回し始めた。
少しずつ、その速さを増しながら。
「す、すみま――ぁうっ」
旋回していた水晶玉が女に、下から掬い上げるようにして襲いかかる。
胸辺りに受けた衝撃によって、その身体が大きく後ろに突き飛ばされた。
「私が聴きたいのは理由であって、謝罪ではありませんよ」
勢いよく床に叩きつけられた女に向かって、男は淡々と述べる。
そこには労りや、気にかけるといった感情は一切無い。
むしろその声音は、物や人形に話しかけているのに近いだろう。
「あの者達が、どうしてまだ、乗ってるんです?」
仰向けに倒れたまま痛みに呻く女に、再び頭上で水晶玉を旋回させた男が、冷たい声で訊ねる。
女は痛みを堪えながら身を起こし始める。
急いで“報告の姿勢”をとらないと、また水晶玉が飛んでくるのを身をもって知っているからだ。
「あたしがし、失敗したから、です――あうっ!」
二撃目。
先ほどよりも強く、吹っ飛んだ女は床に叩きつけられた後も何度もバウンドして、止まる。
「最初からそう言えばいいんです。……さて、どうしましょうかね」
倒れた女には注意を払わず、男は顎に手をやって考え始める。
声が出ているのは男の癖であり、そしてそれを自身でも理解していた。
もっとも、それを気にする輩も無く、注意する者もいない。
「当初の予定通り、舞台と関係が無い役者にはご退場していただくか。はたまたシナリオを書き換えて、新たな物語に仕上げるか」
男がぶつぶつと呟きながら考えをまとめている一方、苦悶の声を上げていた女はまた身を起こそうとしていた。
痛くないはずがない。
しかし倒れていては、男は容赦無く攻撃を仕掛けてくるのだ。
『なにそんな所で倒れてるんです? 目障りなんですが』
自分がやったことであっても、いつも通りの涼やかな顔でそう言い放つだろう。
息も絶え絶えにひざまずいた女に、男はその状態に全く関心を示さなかった。
それどころか――
「……さて。宝物庫の中からアレを持ってくることも出来ず、今回のこれにも失敗。挽回のチャンスは欲しいですよね?」
あくまでも傲慢な態度を崩さないままでの物言い。
訊ねてはいるが、女からの答えを聞くつもりは最初から無い。
答えなど聞かずとも分かっているし、この女が自分には絶対に逆らわないことを知っているからだ。
それでも男が訊いているのは、ただの余興に過ぎない。
そして彼女は、彼の思った通りの返事を返す。
すなわち。
「……はい」
という一言を。
それを聞いた男の手のひらに、空中の水晶玉がポトリと墜ちてくる。
「はっきりこちらに気が付いているのかどうかで変わりますが、さてはてどんな舞台にしましょうかね? それを考えるだけで、興奮してきます。……ハハ、フハハハハハハ――」
※ ※ ※
「
頭上に現れた光の玉が辺りを照らした。
シルフィードで強行突入した際、粉砕されたはずの扉が瞬時に元の形に戻っていく。
「転移が始まってる」
気球を取り巻く変化を感じ取り、ローレシアがポツリと呟く。
「ここは……さーかすが行われた舞台ですね」
シエスタが、辺りを不安そうに見渡した。
熱狂したステージも、今では薄気味悪い静けさに包まれていた。
「進む」
黒衣の少女の足が床から離れて、十センチ程の高さで浮かび上がる。
いつもの巨大な本を片手に、もう片方の手にはデルフリンガーを持っている。
いや、持っているというよりは引きずっていると言った方が良いだろう。
黒衣の少女が浮かんだまま移動するので、その度に床と擦れて剣自身が悲鳴を上げている。
「イテッ! ちょっ、ダダダダッ!? 止まって!? 削れる、俺の魅惑のスリムボディが削れちゃうから!?」
「…………魅惑?」
舞台に続く階段を前にして、ローラが足(?)を止めた。
「し、死ぬかと思った。なあ、黒い嬢ちゃん。もっと丁寧に扱いやが……って下さいませんか?」
強気に出たいが、彼女のことは才人を通じてルイズやセレスから聞いている。
今までは、自分には直接関係がないと思って話し半分で聞いていたが、つい先程その片鱗を味わったばかりの身としては同意せざるを得なかった。
『ローラを怒らせない、怒らせるな、怒らせようとするな』
才人曰く、ローレシア三原則らしい。
「デルフ。途中の文法がちょっとおか――」
「キュルキュル!(怖いねえ様。あそこに何かあるのね)」
器用にローラの近くの座席――奇しくも、主人の少女達が座った場所――で翼を休めるシルフィードが、そう彼女に知らせる。
「何か?」
「キュル(そこそこ)」
シルフィードが翼を向けているのは舞台の方。
その時、天井から舞台中央へと一斉にスポットライトが注ぐ。
「お、お人形……?」
目が眩むほどの光が注ぐ舞台の上で、どこにでも売っていそうな人形が恭しく一礼していた。
「ハジメマ――」
「うるさい。第一の竜罰アインス・ゲバウト〈ヘヴィグラビティ〉」
ローレシアの眼前に浮かんだ黒球。
舞台へと飛んでいったソレは、何やら口上を述べようとしていた人形を呑み込むとそのまま奥へ。
固く閉ざされていた厚い扉を、轟音と共に粉砕すると同時に弾けた。
まさに問答無用の一撃によって、スポットライトは所在無さげに誰もいない舞台を照らし続けていた。
「え………………?」
「きゅる?」
流れについていけず、シエスタとシルフィードが呆けた声を漏らす。
「デルフ。それで、さっきは何?」
「な、ナンデモナイッス」
「ん? ……まぁ、何でもないならいい。気になることがあれば言って。それなりに善処する」
「ハイ」
ガクガクと震えるようなデルフリンガーに首を傾げつつも、ローレシアはフヨフヨと浮いたまま奥に向かい始める。
「(なあ、相棒。最初からキレている場合はどうしたら良いんだ?)」
この場に才人はいないため、デルフリンガーの問いはその心の内にそっと仕舞われた。
「でも、ローラさん。みんなの場所は……」
強引についてきた身であるため心苦しさはあるが、この気球の中を闇雲に探して回るのはやはり薄気味悪い。
「大丈夫。幻刀演舞」
突入時に使ったのと同じ力ある言葉によって、デルフリンガーが少女の手から離れて空中に舞い上がる。
「
続けて刀身が黒い光に包まれると、徐々に染まっていく。
「俺の身体がーーっ!?」
「それは一時的なもの。ちょっと色が変わっただけだから、我慢して」
「あ、ハイ」
また飛んだ! と言葉にせずに思っていれば、今度は光り出した自分の身体。
しかも、間近の少女と同じような黒。
やっぱりさっきの聴こえていて壊す気か!? という恐怖と、その色の不吉さから思わず口から飛び出した声。
しかし、少女の説明を受けてあっさり引っ込む。
「ルイズとキュルケ、才人の場所はこれで分かる」
「え、セレスさんやタバサさん、ウロウは……?」
足りない名前を上げるシエスタに、ローラは静かに首を横に振ると天井を睨むように見上げた。
「この気球の中には、特殊で強力な魔法がかけられている。だから、私が探せるのは自分と縁が深いものだけ。タバサと、ウロウという人にはそれが無い」
「縁が深い……」
シエスタが、身に付けているネックレスを撫でる。
ローラ自身が作り、手渡したアクセサリー。
「タバサはきっとキュルケの近くにいるとして、ウロウという人も誰かと一緒であることを祈るしかない」
「ウロウ……」
「それと、セレスについては問題ない。彼女にも杖は渡しているし、何よりも」
「何よりも?」
「私とセレスは魂で繋がっている。彼女だけはどこに行っても、どんな姿になっても分かる」
ハッキリと言い切るローラ。
使い魔召喚の時に、彼女が結んだ“契約”。
ここにいるのがセレスだけであるなら、そもそもローラはここに来る必要は無かった。
取り寄せ魔法の要領で彼女を喚び出せば良いのだから。
しかし、複数であるならそれは出来ない。
彼女がいることで、誰かを護っている可能性があるからだ。
「急ぐ」
デルフリンガーに先導させて、フヨフヨと奥の粉砕された扉を潜り抜けるローラを、シエスタは慌てて追いかける。
「きゅ……きゅるっ!(怖いねえ様、ちょっと待ってほしいのね!?)」
「なに?」
二人が振り返ると、ドアの無くなった部屋の中から首を伸ばして、こちらをつぶらな瞳で見つめる風竜の姿。
言葉が分からないシエスタも、その仕草と表情から、シルフィードが言いたいことが理解出来た。
「そこで待っ――」
「キュルキュル!(ここは怖いのね! 連れて行ってほしいのね!?)」
その必死な様子に、ローラは嘆息する。
「あなたも、子供とはいっても竜なのだからもっとしっかり――」
「キュル? キュルキュル(怖いねえ様は? 子供じゃないのね?)」
「成竜ではないけど、怖くはない。むしろ、眠い」
「キュル?(もっと小さい頃は?)」
「……………………」
「……………………」
何故か、黙りこむ。
「きゅ、きゅる(急に静かになると怖いのね)」
静寂に堪えかねてシルフィードが呟くが、ローラは無言。
口を閉ざしたまま、ローラは空いた手をシルフィードに向けた。
慌てて首を引っ込めようとしたが、それよりも早く――。
「〈小さきことは良い〉」
「キューーッ!?」
彼女の手のひらから迸った闇光が、風竜を撃ち抜いた。
「ええええっ!? ローラさん、何を!?」
人形の時と同じ、唐突過ぎる行動にシエスタは慌てるしかない。
しかも、今度はこちらのメンバーに対してである。
「急いでるから、手短に願いを叶えただけ」
用は済んだとばかりに踵を返すローラ。
「きゅるきゅる(怖いねえ様、待ってー)」
片腕ほどの大きさになったシルフィードが、後を追って空中を駆ける。
普段ゴロゴロしている反動なのか、それとも一度激怒したせいか?
とにかく、今の彼女はとにかく荒っぽい手段をとりやすいようだ。
「また知らない魔法か……あー、おでれーた。黒い嬢ちゃんも、何だかんだで助けるよな。俺はてっきり消すのかと――」
「な に か?」
「ナンデモナイッス」
臆病で怖がりだった少女は、立派に成長していた。
※ ※ ※
「うわあぁぁああっ!?」
もうどれくらい走っただろうか?
ひたすら真っ直ぐ走り続けているのに、終わりは全く見えない。
大きな気球とは思っていたものの、セレスが走り続けている間、途中に扉や曲がり角の一つも無かった。
「も……も、もう……む……り」
もともと多くない体力が尽きて、セレスはガクリと床にへたりこんだ。
“ずる……べしゃ……ずる……べしゃ”
得体の知れない音はずっと……そして、間近にまで迫っていた。
「こ……んな、訳の……分からない所で……終わり……なのかな?」
いつでも暖かく見守ってくれた両親。彼女の病をどうにかしようと奔走し、治った時には心の底から喜んでくれた兄姉。
ルイズやシエスタ、キュルケ。才人やタバサといった学園の友人達。
次々と脳裏に浮かぶ顔。
そして――。
自分が手にしているフクロウの杖を見つめる。
そして、いつも気怠そうな黒衣の少女を。
「ボクはまだ……世界を見ていない」
起き上がり、音のする方に魔除けという水色のフクロウを向ける。
「出来れば、そこで止まって下さい。ボクはみんなとはぐれただけで、合流したらすぐに出ていきます。もし、場所を知っているなら教えて下さいませんか?」
静かに訊ねた彼女の耳には、止まることない足音。
近付いてくる――儚くも朧気な紫の炎が、ソレを照らし出す。
崩れかけた泥みたいな物で作られた、天井すれすれである三メイルほどの
「ギーシュのワルキューレが、ものすごく芸術的に思えてくるね」
口元を押さえながら、セレスがボヤく。
腕を振り上げながら迫ってくるソレに、攻撃しても良いのかとセレスが躊躇する隙を突いて……伸びた手が迫ってくる。
「エッ!? 〈エア・シー――〉」
咄嗟に、セレスは風の盾を張ろうと魔法を唱える。
しかし、彼女が詠唱を終えるより早く。
「――ギィヤアアァァアアアッ!?」
自分の真横を凄い勢いで通り過ぎていった何かが、ソレを一刀両断した。
「〈――ル……ド〉?」
発動した風の盾に守られながら、セレスがその光景に唖然とする。
「俺っちの、魅惑的で美しく格好いい身体が……」
「あれは……確かサイトの剣だっけ?」
嘆きの声を漏らし続けている、見覚えのある剣。
「……セレス」
背後からかけられる声。
「ローラ!」
術を解除して振り向いたセレスの前には、外にいるはずのシエスタと……竜眼の少女。
「って、どうしてもうキレてるのさ!?」
「色々と」
凜とした声音こそそのままだが、いつもよりも低く言葉少なに答える。
「腐乱した
ポツリと呟く。
「ローラ! ルイズ達がまだ、ここのどこかにいるはずなんだ。キミの力で探せないかな?」
「大丈夫。場所はもう分かってる」
力強い言葉に、セレスは胸を撫で下ろす。
「良かった……。他にも大勢の人がいるはずなのに、一人もいないんだ。これも分かる?」
「思い当たることはある」
簡潔にそう答えると、ローラは天井を竜眼のまま睨んだ。
※ ※ ※
それなりの広さがあるその部屋の中には、四人の男女が倒れ伏していた。
「――ウ、ウロウ。……あなた、どういう……つもりよ……?」
うつ伏せで倒れているルイズは顔を上げると、自分達の近くに立っている顔見知りの少女を睨み付けた。
「…………ごめんなさい」
しかし、少女はその言葉を口にするのみ。
他に並んでいた多くの者達と同じく、サーカスの団長であるジョーダンに招かれ移動していた四人。
しかし、その先で行われたあることを目にした四人は、危うい所で難を逃れていた。
その後は気球の中をさ迷い続けていたのだが、出口を見つけたというウロウに案内され……突然の不意打ちを受けた。
ウロウ自身から。
「強い……」
咳き込みながら、タバサは相手の強さを修正する。
このメンバーの中では一番実戦経験が豊富な彼女でさえ、ウロウの動きに対応仕切れなかったのだ。
これまで普通のメイドとして、武術的な動きも全く見せなかった相手。
もしくは、見せていても自然過ぎて分からなかったのかもしれない。
それくらい、目の前の相手は強かった。
杖も奪われており、彼女の足下に落ちている。
「ウロウ? あんたも、あれに加担してるわけ?」
咄嗟にタバサに庇われたため、四人の中ではダメージが少ないキュルケ。
「…………ごめんなさい」
キュルケからぶつけられた疑問にも、少女はその言葉だけを口にする。
「謝罪を言うからには、関係してるわけね」
「人間を……ブタにして連れ出そうなんて! トリステイン貴族として、見過ごすわけにはいかないわ!」
三人が身を起こそうとするのを見て、ウロウは微かに身体を動かした。
その行動に、三人の表情が変わる。
「ウロウッ!? あなた!」
「見損なった」
「へー。そこまでするからには、後が酷いわよ?」
一斉に非難の声を上げる三人を前にしても、ウロウは才人の首にかけた足を退けようとはしない。
「…………ごめんなさい」
ただそれだけを口にする少女だが、その双桙から止めどなく涙が流れ始めた。
「あたしは……止めるわけにはいかないんです」
涙を流しながらも、強い意思を込めた眼差しで三人を見つめ返す。
「どういう意味よ!?」
「……お願いします。降参して下さい」
ルイズの激高には答えずに、ウロウは代わりに才人の首にかけている右足に力を籠める。
「うっ……うう」
「サイト!」
「ダーリン!」
才人の上げる苦痛を滲ませた呻き声が、家具が無い広いだけの部屋に響き渡る。
「お願いします。どうか降参して、その魔法具をこちらに渡して下さい。命までは奪いません」
「代わりにブタにするってわけね」
ルイズの皮肉に、ウロウは答えなかった。
スカート下の足にさらに力を入れ――。
「分かったわよ! 降参すればいいんでしょ!? だから、その足をすぐにどけなさい!」
強く奥歯を噛み締めながら、ルイズが叫んだ。
「愛しのダーリンのためだもんね」
「仕方ない」
ルイズの決断を聞き、キュルケとタバサも抵抗を止める。
「(まだ、こっちにはセレスがいるわ。チャンスはまだあるはずよ)」
「(あの子が居ても、ダーリンが人質にとられていたらどうにもならないでしょう?)」
「(まだローラがいる。彼女なら、もしかしたら奇策があるかも)」
後ろに下がりながら、三人が小声で言葉を交わす。
「では、こちらに魔法具を渡し――!?」
部屋が……気球そのものが揺れた。
振動を感じた時、ウロウは才人を素早く抱き上げるとバックステップで跳び退る。
二人がたった今までいた場所が陥没して、その穴から片手で大きな本を持った黒衣の少女が現れた。
「き、奇策?」
「確かに奇策だった」
呆れた様子のキュルケとは逆に、どこか感心している風のタバサ。
「ちょっと、ローラ! サイトが巻き込まれてたらど――!?」
「 な に ?」
いつもなら間があるはずなのに、いきなりの竜眼モード。
さらに低く唸るような声を前に、抗議の声はすぐに止む。
「みんな大丈夫!?」
シエスタを抱えて穴から飛びだしてきたセレスが、三人の所に降りてくる。
彼女達の手にはルイズ達の杖があった。
床を崩した時に、落ちてきたそれらを回収したらしい。
「セレス! 遅いわよ……というか、どこに行ってたのよ!」
「それより、ローラのあれはどういうこと?」
「ごめん! ちょっと遅くなったよ。……キュルケ、むしろそれはボクも知りたいよ」
「シルフィードがどうして小さくなってここに?」
「キュルキュル(おねえさま、ようやく会えたのね! 怖かったのね!)」
「おい、相棒! 早く起きろ! それで、俺っちを助けてくれ!!」
周りが、一気に賑やかになる中――その三人の間だけは静かであった。
中央に開いた穴の上に浮かんだままのローラ、その穴を挟んで立つ同僚で友人の二人。
「ウロウ……どうして?」
「シエスタ……」
友人と視線を合わせないように瞑目するウロウであったが、意を決し才人を床に下ろしたウロウは、再び彼の首に足をかける。
「シエスタ……ごめん。あたしには、この道しか無いの」
「ウロウ!? 何を!?」
「相棒! やべぇぞ、起きろーっ!?」
彼女とやりとりをしていた三人が一斉に杖を構え、その双方の動きを信じられないとばかりにセレスが見つめていた。
一度は止まった涙を再び流しながら、ウロウは友人や知人達に視線を向けた。
「これが最後です。彼の命を助けたかったら、降参して下さい」
誰も何も言わない、耳が痛くなるほどの静寂。
それを破ったのは――。
「一つだけ」
とても静かな声で、ローラが口を開いた。
「後悔は無い?」
その表情を知るのは正面に立つウロウだけで、背後のセレス達は窺い知ることが出来ない。
「……ありません。あたしはこの道をいきます。どんな手を使ってでも、あたしはまだ死ぬわけにもいかないんです」
ウロウはハッキリと言い切った。
杖も無くその手に炎を生み出した彼女に、ルイズ達は目を見開く。
「そう……」
そのローラの声には、何の感情も込められていなかった。
「大を生かすために、小を諦めることも時には必要」
「――っ! ローラ! ダメーー!?」
何かを察したセレスが駆け出すが、それよりも早く二人が動いた。
「〈バンガ〉!」
「
ウロウが投げ付けた人の頭ほどの火球は、ローラの結界に阻まれ吹き散らされる。
そして彼女の身体は、空中に持ち上がったかと思うと雷で出来た縄が締め上げていく。
「ああぁぁぁああっ!?」
「ウロウーーッ!! ローラさん、止めて下さい!」
雷撃に蝕まれる友人の悲鳴に、シエスタがローラに頼むが彼女が止める気配は無い。
「翔」
ウロウの足下で倒れたままの才人の身体が、シエスタと飛行しようとしたセレスにぶつけられる。
「サイト!」
「ダーリン!」
駆け寄るルイズとキュルケとは違い、タバサはジッとローラを見上げていた。
「同時に三つ」
「――第一の竜罰」
静かな宣言。
ローラの手に、黒球が現れる。
「四つの魔法」
「それは、いくらなんでもやり過ぎなんじゃ」
才人を介抱しながら見上げたルイズが、思わずこぼした。
彼女に殴打された場所はまだ痛みが残っている。
そして彼女の行動には腹も立てたし、雷撃を受けた時には自業自得という感もあった。
しかし、雷撃の上にあれはやり過ぎという想いが強い。
「ローラ! それ以上やっちゃダメェーーー!」
改めて唱えた飛行で、ローラを止めようと彼女に抱き付いた。
その様子をルイズと共に才人を介抱しながら、キュルケだけは静かに見上げていた。
「アインス・ゲバウト・ツイン」
「ローラ! どうしてそこま――!?」
必死で止めようと抱き締めていたセレスが、思わず言葉を呑み込んだ。
彼女の目は既に竜眼では無く、その表情には感情は浮かんでいない。
しかし、余程強く噛み締めたらしい口の端からは、一筋の赤いものが流れていた。
「〈ハイ・へヴィグラビティ〉」
二重に重なった黒球がローラの手を離れ、ウロウへと向かっていく。
雷撃に縛られたままの彼女に、避ける術は無い。
黒球は彼女を難なく呑み込……まずに、その左後方へと逸れた。
「え……?」
何人かのそんな声。
黒球は、そのまま何もない中空で静止していた。
「――ハハハハハ! これは愉快です! あなたはどこまでも、こちらの予想に無い行動をしてきますね」
男の愉しげな哄笑が響き渡り、空間が揺らぐ。
現れたのは、城の玉座のように豪奢な椅子。
執事服に身を包み、偉そうに足を組んで腰掛けているその男は、顔の前で黒球を受け止めていた。
「いやはや、舞台裏の
「な、何よあんたは!」
輝かんばかりの白銀の髪に青い瞳、貴公子然とした容姿。
ルイズの誰何に、男は笑みを浮かべる。
しかしそこには、親しみやすさの欠片も湧かない。
「私は、只の台本書きにして演出家です。本来の予定では、ここで諸君と会うつもりは無かったのですが。イレギュラーの役者らしい動きですね。良ければ、今後のためにもどうして分かったのかお訊きしても宜しいですか?」
黒球を受け止めた姿勢のまま、男は慇懃かつ横柄な態度でローラに問うた。
「簡単。自己主張の激しい悪趣味を持つあなたが最高に楽しめる場所。それは現場に他ならない」
セレスを抱き付かせたまま、ローラが静かに答えていく。
「こちらが傷付けあうたびに、恨みを、反発を抱けば抱くほどに。あなたは興奮し、どんどん感情を昂らせていった」
「ハハハハハ! 素晴らしい叡智です! そしてその狙い通り、私は位置を悟られてしまったわけですか。しかし、困りましたね」
男は喋りながら、大仰に身ぶり手振りを交える。
「これは私の趣味ですからね、やめられそうにありません」
「この悪趣味クズ」
「それは最高の誉め言葉ですよ? ハハハハハ!」
吐き捨てるようなローラの言葉に、狂笑する男は黒球を握り潰した――
※
ちょっとシリアスが続いている気球編ですが、次回で終わりとなります。
長々と続き申し訳ありません。