「こんにちは、ボクは貝獣島のバブです。みなさんは冒険者ですか?」
そう言ってきたのは、白くて小さなコロコロした生き物だった。
白い子の他にピンクと緑の個体もいるが、三体とも身長は低く、ルイズ達の膝くらいまでしかない。よく見れば小さな尻尾も。
少なくとも敵意は感じられない……どころか、かなりフレンドリーである。
最初にバブと名乗った白い子がリーダーのようだ。額からは、円錐形の小さな緑色の角を生やしている。左手には盾、背中にはくの字型の武器――ブーメランを背負っていた。
「ボクは貝獣島のクピクピでクピ。い、いじめないでほしいクピ」
バブの背中に隠れるようにしているのはピンクの子だ。手には杖、お腹の周りだけは白いが、特徴的なのはその頭。下段が緑、中段が赤、上段が橙色の大きな貝を、帽子のように被っている。
「ボク、貝獣島のポヨンなんだな。それより、お腹ペコペコなんだなぁ」
ペタンと座り込んだのは緑の子。この子もお腹周りが白く、人間でいう耳の辺りと尻尾の先端に魚のヒレのようなモノがある。身の丈よりも大きな斧を背負っており、見た目とは裏腹にかなりの怪力のようだ。
それを見たシエスタはパタパタと自分の服を叩き始め、
「えっと、こんなモノしかありませんが」
ポケットから小さく折り畳んだ包みを取り出すと、ポヨンの前に歩み寄って中を開く。そこから出てきたのはクッキーだ。
移動の合間に食べようと用意したもので、これは帰途用のである。
それを見た今にも力尽きそうだったポヨンの顔に、みるみる生気がみなぎり始めた。
「お、美味しそうなクッキーなんだな。食べていいのかな?」
「はい、どうぞ」
「あ、こら、ポヨン!」
バブが制止しようとしたが、ポヨンが手と口を動かす方が早い。
「もうダメクピ。食べ始めたポヨンはもう止められないクピ」
諦めたバブは深く嘆息している。
クピクピの言葉通り、ポヨンは脇目も振らず一心不乱に食べ続け、少しだけだったクッキーはあっという間に無くなってしまった。
「とっても美味しかったんだな。お姉さん、ありがとうなんだな」
「どういたしまして」
ポヨンの幸せそうな表情から、彼が心底そう言っているのが分かる。シエスタとしても、作ったものにそんな反応を返されれば、やはり嬉しくもなるというものだ。
「(これがゲームなら、今ので好感度がグッと上がってそうだよなぁ。シエスタの餌付け、ポヨンの好感度がアップって感じで)」
などと才人が考えていた時。
「(な、なんだ!?)」
突如、才人はポケットの中の火の貝が強い熱を発したのを感じていた。
暖かくて激しい熱はすぐに収まり、火傷するようなことにもならなかったが。才人はそこから、複雑な感情を感じた。
才人がそんな思いを抱いていると、バブが申し訳なさそうに頭を下げてくる。
「すみません、ポヨンがご迷惑をおかけして……」
やはり彼がリーダーらしく、真面目で責任感が強いらしい。
逆にクピクピは臆病で人見知り、ポヨンはかなり呑気でマイペースのようだ。
「いえ、良いんですよ」
と、シエスタは笑顔で応じる。
「えっと、それでみなさんは冒険者なのですか?」
改めてそう訊ねてきたバブに、ルイズが代表で前に出た。
「わたしはルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。トリステイン魔法学院の生徒よ」
公爵云々は省くが、トリステインやその周辺国であれば、知っている者は今の名乗りだけでも通じる。
彼女なりに考えた、この地の確認方法であった。
フルネームなのは真面目な彼女らしい。
そして、それを聞いた不思議トリオの反応は、
「む、難しい名前だ」
「まるで魔法みたいクピ」
「美味しそうには聞こえないんだな」
ポヨンはさておき、残る二人もそんな反応である。
ヴァリエールの名に反応しないことから、少なくともここがトリステインでは無さそうだと、ルイズは落胆する。
横に立つ親友の顔をこっそり覗き見るルイズ。
同じことを考えたらしいが、気怠そうな黒衣の少女を抱いた彼女の表情は、逆にキラキラと輝いていた。
何を考えているのかは分かっているが、ムカついたのでその足を踏んづける。
恨めしそうな視線を感じるが、気付かなかったことにした。
バブが困ったように、ルイズ以外のメンバーにも視線を向けてくる。
「あたしは、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーよ」
キュルケもルイズの意図を察して、珍しくそれに合わせてくる。
もっとも、それだけならファーストネームとツェルプストーだけでも良さそうだが。
「もっと長い……」
「クピ……」
どうやら、この可愛らしい生き物達の困る姿が見るのが目的らしかった。
やはり、緑の子については割愛する。
そして、ここはゲルマニアでもないようだ。
もちろん、このトリオが余程そういうのに疎いのでなければ、だが。
ルイズが、再度親友の様子を確認する。
先程よりも強く輝いていたので、さらに強く踏んでおいた。
「ボクはセレスティナ・ド・ラ・シェロティア。この子はローレシア・セイティグだよ」
なぜか涙目のセレス。
ローラは寝てるのか、ピクリとも反応を示さない。
「ちょっと短くなった」と言っているバブ達は、
「俺は平賀才人だ! こいつら風に言うなら、サイト・ヒラガだな」
「タバサ。……と、シルフィード」
「きゅいきゅい」
「シエスタです」
続くメンバーの名前に安堵していた。
「ご主人様であるこのわたしに、コイツってなによ!? このバカ犬ー!」
「ぐはぁっ!?」
回し蹴りによる悲喜こもごもな主従騒動を見ないようにして、だが。
その時、バブとクピクピがそれぞれ小さく、
「あれ?」「クピ?」
と声を上げる。
「トリステイン魔法学院って……聞いたことあるような?」
「クピ。それも、つい最近だクピ」
二人は顔を見合わせてそんな話を始めた。
「トリステイン魔法学院を知ってるの!? それなら、ここは異世界なんかじゃないわね」
「そ、そんな」
ルイズの言葉に、セレスは酷くショックを受けているようだ。
そんな彼女に、意外な所からの助け船がくる。
「大丈夫。まだここが、私達の知る世界だという可能性は低い」
そう言ったのはタバサ。
「どうしてよ? トリステイン魔法学院を知ってたのよ? 世界的に有名な学院だけど、いくらなんでも他の世界にまでは知られてない筈でしょ」
当然、ルイズはタバサに食ってかかる。セレスはもとより、才人までもが表情を輝かせているのが気に入らないだけかもしれないが。
異世界があるということは――身近で二つも体験したため――認めてはいるものの、自身がそんな場所にいるということは認めたくない、そんな心境である。
タバサの説明に、みんなが注目して待つ。
「ローラはさっき、『私の知る世界ではない』と言っていた。それはすなわち、ここがトリステイン――ハルケギニアでは無いということになる」
「うぐぐ……で、でも」
簡潔かつ納得のいくソレに、咄嗟に言葉が出てこないルイズ。
確かに、ローラがそう言ったのはルイズも聞いている。
極度の面倒臭がりで騒動も起こすが、この子が冗談でもそういうことを言うだろうか?
「面倒。そんなこと言うくらいなら、寝るか読む」
イメージの中の少女が即答する。
それでも素直に頷けない彼女は苦し紛れに、
「だ、だいたいこの子は学院から出たことないじゃない! ハルケギニアの、うんと外れの方かもしれないでしょ?」
「それならきっとそう言たはず。それに、根拠もなくそんなことを言うはずがないのは、あなた達の方が詳しいのでは?」
「うぐぅ…………」
当たっているだけに何も言い返せず、今度こそ悔しそうに口を閉ざすルイズ。
ローラに無理を言って魔法を教わろうとした時も、乗り気じゃない彼女はそれを断った。
それでも頼み込むルイズにローラは語る。私が教えられるのは私の知る魔法理論だ、と。ハルケギニアの魔法のことを知らないから、自分は力にはなれないだろうというのは、セレスの意訳だが。
確かにその意味もあったのだろうが、単に面倒臭かっただけというのが彼女をよく知る者の共通認識であった。
それと、ローラが話す時にそれが不確かなことであるなら、必ず彼女はそのことを告げるのだ。
ふと、セレスは思い出すことがあった。
『情報を相手に伝えるのであれば、それは必ず真実でなければならない。その上で予想し憶測を立てるのであれば、相手もその前提を承知であること』とは、彼女の姉妹の言葉らしい。
就寝前のお喋りでローラからそんな話を聞いていたセレスは、『確認するまでは、そこに確定した結果なんか無い』という彼女の言葉もそんなところからきたのかな? と思いを巡らしていた。
もっとも、確実じゃないことは(面倒だから)話さないという穿った見方も出来るが、これについてはローラのみぞ知るである。
「タバサ? あなたそこまでローラと親しかったかしら?」
セレスの部屋で、二人がものも言わずに読書に没頭している光景なら見かけられるが。
余談だが、ごく稀にセレスが加わる時もある。
「なんとなく彼女の考えが分かる」
顎に手を置いて話しかけてきたキュルケに、タバサは言葉短く答えた。
「あのー……いいでしょうか?」
ルイズ達の話が一段落ついたとして、バブが遠慮がちに話しかけてくる。
「ここは、トリステインとかハルケギニアという場所ではありません」
「じゃあ、ここはどこなのよ? そもそも、あなた達はなんなの?」
ルイズの問いに、バブとクピクピは顔を見合せると小さく頷いた。
ボケーっとしているポヨンをよそに、バブが再び口を開く。
「ここはシェルドラド大陸の霧の外にある世界、古都グランガラムです」
「シェルドラドだって!?」
すぐさま返ってきたその反応に、バブとクピクピがビクリと震える。
声を上げたのはセレス。
彼女は顔を紅潮させて興奮を露にしている。
「知ってるの? セレス」
ルイズに向かって頷いた彼女は、まるで詩を朗読するように語り始めた。
「――シェルドラド。空の狭間に浮かぶ世界、黄金郷シェルドラド。不思議な生物、貝獣達が棲むという幻大陸シェルドラド……。古い本だったから文字が欠けてるところもあったけど、概ねこんな感じだったよ」
誰かが小さく息を飲むのを合図に、視線が小さなトリオへと向けられる。
クピクピのソレと、ポヨンとバブの背中にある小さな貝へと。
「シェルドラドで暮らしてるのは、ボクたちだけじゃないクピ。狼族と猫族、鳥族に石族、オーク族やモグール族。もちろん、人間だっているクピ」
視線に怯えたクピクピがますますもってバブの背中に隠れながら、そう補足した。
「他にも色々な種族がいます。ボクたち貝獣も、見た目は違いますが亜人種なんですよ」
「見た目は違っても、みんな仲間なんだな」
続けてバブと、ポヨンはニコニコしながらシエスタを見上げている。才人の予想は、大きく外れてはいないようだ。
「確か、イーヴァルディの勇者が書かれた物語の一つに、幻大陸の名前が出てくるものがあったと思う」
タバサの言う『イーヴァルディの勇者』とは、ハルケギニアに伝わる英雄譚の中でも、最もポピュラーとされる物語である。
始祖ブリミルの加護を受けた平民の勇者イーヴァルディが、剣や槍を用いて怪物や困難を打ち砕くといった内容だ。
主人公が自分達と同じ身分であることから、平民の間で絶大な人気を誇り口伝や伝承・人形劇など、様々な媒体で残っている。
反面、この物語には原典となるものが存在していないため、登場人物や内容にも差違が見受けられた。
これは、多くの内容が伝えられているにも関わらず、イーヴァルディの真偽といった学問的研究がされていないことも関係しているのかもしれない。
何故なら、イーヴァルディの出身が平民であることから大人の貴族達がそれを毛嫌いし、お伽噺だと決め付けているからである。
「それボクも読んだことないな……」
主に旅行記を読むセレスだが、冒険譚も好きなジャンルである。件の勇者の本もいくつか読んだことはあるが、タバサの言っているものには覚えがなかった。
そんな彼女に、「仕方ない」とタバサが言う。
「これだけ、他のとは内容が全く違うから。たぶん、余り出回ってない本だと思う。主人公がテランと名乗ってたり、燃える剣と格闘技を駆使したり、旅の目的は自分のためと言ってたりする」
「へ~……」
「(まただ……いったいなんだってんだ?)」
ドクン! と、ほんの一瞬だけ火の貝が熱を帯びたのを感じた才人。
そんな時、誰かがパンパンと手を叩く。ルイズだ。
「ほらほら、セレスもタバサも! そういった話は後にして!」
「とりあえず、ここがそのシェルドラドって場所なわけね」
「そうですね。こんなに可愛い貝獣さん達、今まで見たことも聞いたこともありませんし」
腕組みしながらキュルケが言うと、その動きで彼女の大きなモノが強調される形となる。
頷いているシエスタもまた、片手を顎に当て、残った腕を胸の下に添えているためソレが強調されていた。
意識したわけではなく自然な動きで。
しかし、その様子にギリギリと眦を吊り上げたピンクブロンドの少女は、
「ふん!」
「ぐぇっ!?」
吸い寄せられるようにある場所を見ていた少年が、武芸者も泣く場所を押さえて踞る。
「ダーリン!?」
「才人さん、どうしたのですか!?」
慌てて駆け寄る二人をそのままに、
「セレス。タバサ、わたし達はずっと友達よね?」
「えっと、ルイズ? いきなり、なに……って、肩痛い、痛い!?」
まだ射程圏射程圏……などと、目に暗い光を宿したルイズに正面から見据えられ、強い力で肩を掴まれているのも相まって恐怖に駆られるセレス。
「それで、あなた達は私達をどうしたいの?」
そんな外野一切を無視して、タバサはバブに話しかけていた。
「え……あ。ボクたちは見廻りしてる途中で、おかしな現象が見えたから様子を確認しに来たんです」
表情を変えずに話しかけてきた少女と、後ろの騒動を見比べながら、タバサに向き直ったバブがそう話し始めた。目線はまだチラチラ騒動に向いているが。
止めた方がいいのか悩んでたらしい。
「最近は魔物の数も増えてきたし、変な人達が来るしで大変クピ」
「ゆっくりご飯を食べる時間がないんだなぁ」
「ポヨンは充分食べてるクピ!」
「それで、えっと皆さんはあの気球……ジョーダンの関係者ですか?」
真面目に問うバブに、タバサは静かに首を横に振った。
「大勢でサーカスを見に行ったら、そのままここに連れて来られた」
「もしかして、ブタにされました?」
「私達は無事だけど、他の人達はたぶん」
バブとクピクピが嘆息する。
「あいつ、全然懲りてないクピ!」
「牢屋から脱走して、まだ続けてるなんて……」
バブ達の話によると、ジョーダンはシェルドラドのあちらこちらで子供を誘拐していたそうだ。
手口は全く一緒だが、その時は一人~数人程度ではあったらしいが。
一ヶ月前、たまたまグランガラム近郊で手配中の気球を見かけたバブ達が、王国にいる兵達と協力。ジョーダンを捕縛した後、投獄したらしい。
「それが、脱走?」
二人は首肯する。
「魔法封じの牢屋に入れてあったんだけど」
「今でもどうやったのかは不明だクピ」
「それで、もし皆さんが捕まえていたら引き渡して貰いたいのですが、難しそうかなぁ」
「他のところでもしていたのなら、どこでも良いかもしれないクピ。捕まえたところで裁くのが一番クピ」
「ごめん。こっちでもさっき逃げられた……かも」
サーカスでジョーダンと名乗る男と、あの変態男が同じであれば、だが。
可愛らしい見た目とは違い、このトリオも強いのだとは思うが、
「そうかぁ」
残念そうに呟くバブの白い体に影が落ちる。
「それで? あなた達がトリステインを知ってた理由は?」
「戻ってきた」
ルイズ達がこちらに意識を取り戻していた。
「えーっと……」
しかし、バブ達は言い難そうに困惑した顔を見合せている。もちろん、ポヨン以外の二人が、であるが。
その様子に、ピンと来たのはタバサ。
「さっき言ってた、変な人達が関係してる?」
「変な人達って……なによそれは?」
自分達をそれに含まないで欲しいわと、鳶色の目を再び吊り上げる。当然、彼女に自覚も数分前の騒動も頭に無い。
その様子に気が付いたバブが、慌ててフォローに入る。
「もちろん、皆さんのことではありません!」
「昨日の夜、王女様の部屋に侵入者がいたクピ」
「王女様がいるんだー」
セレスに、バブの背中から少しだけ顔を出したクピクピが頷く。
「そうクピ。魔法使いでもあるから、率先して魔物退治にも行くクピ」
「そのルミエラ・グランガラム王女様の部屋に、四人忍びこんできたんです。これも、どこから入ってきたのか分からないのですが」
「窓は閉まってたし、ドアの前には見張り、残るはクローゼットくらいしかないクピ。でも、穴みたいなのは無かったクピ」
「それで、その四人がどうしたのかしら? 王女サマになにかしたってわけ?」
キュルケが焦れったそうに訊ねる。
「皆さんくらいの男の子と女の子が二人ずつだったんですが、その男の子の一人が……」
「わたし達くらい……」
「の男……ねぇ」
「それが王女様の部屋か」
「なんだろ? ものすごく誰かの顔が思い浮かんだんだけど、ボク」
「でも、昨日でしたら違うのでは……」
ルイズにキュルケ、才人にセレスにシエスタまでもが、皆一様に同じ人物を想像して嫌な顔をしていた。
「それで、その金髪の少年が?」
タバサの問いに、バブはキッパリと答える。
「目を覚ましたルミエラ様に、薔薇を差し出しながら言い寄りました」
「ギーシューーーッ!?」
「何やってんのよ、あのバカはー!?」
日が傾き始めた草原に、少年少女達の叫び声が響き渡った。