「もう、もっと早く来なさいよ! わたしたち、半日近くもここにいたのよ?」
「そう言われてもね。わたしたちが到着したの、ついさっきよ?」
「え、ウソォ!?」
「まあ……これはどうしたことでしょう?」
ルイズの話を聞いた二人の少女が、信じられないとばかりに驚きをあらわにする。
バブ達の案内で訪れたルミエラ・グランガラム王女の私室。そこで中へ招かれた一行は、見知った顔の女性二人と再会することとなった。
一人目の赤いリボンが映える金髪巻き毛に青い瞳が自慢の少女は、才人の親友ギーシュの恋人(らしい)でルイズ達とは同級生のモンモランシー。
もう一人は同じく親友のギャブーロの姉、背中までストレートな緑色の髪とやや垂れ気味な赤い瞳の目を持つ、一年先輩である証の黒いマントを羽織ったクシューラだ。
昨晩にここを訪れたという二人と、ルイズはセレスと共に情報の交換を行いながら、ほんの少し視線を動かす。
トリステインよりも長く古い歴史を持つというグランガラム王城、その王女の部屋。
比較するのは失礼とは思いつつも、ルイズは自分の知るトリステイン王女の部屋を思い出していた。しかし記憶にある彼女の部屋よりも決して広くはないし、彩りや華やかさといったものにも欠けている。
むしろ、同じ塔内ということで学院の方の自分やセレスの部屋に近い。
キュルケのような主張し過ぎるものではなく、部屋に置かれている少な目な調度品からは最低限の女性らしさが伝わってくる。
なるほど、自分達が座っている四人がけのゆったりとした椅子や目の前のテーブルも、かなり上質な物が使われていた。
ベッドもゴテゴテした大きな物ではなく、至ってシンプルなものだ。
つまり、目の前のテーブルを挟んで一人用の椅子に腰掛け、ジッとこちらの話を静聴している女性はそういう人物なのだろう。
王族だからと自らを飾り立てることを嫌い、質実剛健をよしとする気風の持ち主。
椅子の傍らにメイジの証たる長杖を立て掛け、話を聴く間もこちらの様子を窺っているようだ。
慎重ではあるが、バブ達の話の通りなら臆病ではない。さもなければ、国や民のために自ら率先して魔物退治に赴くなんてことはしない。
嘆かわしいことに、トリステインでは数を減らしている貴族たるもののあるべき姿が、目の前の女性には備わっているのだ。
年齢はクシューラと同じか少し上くらいだろうか。背中までの緩くウェーブのかかった青い髪、こちらを見透かすような強い意思を秘めた深緑色の瞳。紅茶の入ったカップを手に取る様からは気品も感じられる。
この国の王が、困ったことがあれば彼女に聞けというのも頷ける話だ。彼女がいるからこそ、王も国の政に集中出来るらしい。
彼女――ルミエラ王女のような人物がもっとトリステインに、自分の幼なじみにして大事な最初の『おともだち』の近くに居てくれていれば、きっと彼女も今ほど大変な思いをしていなかったかもしれない。
その時、“カチャ”という小さな音を聞いたルイズの耳から、脳に意識の覚醒を促す信号が送られる。
どうやら先程のは、ルミエラが手にしていたカップを
もしかしたら、ルイズの意識が飛んでいることに気付いてワザと音を立てたのかもしれない。
「……なるほど、お話は分かりました」
それほど長く考えていなかったはずだが、いつの間にか話は一通り終わっていたようだ。
座っているルイズやキュルケ、モンモランシーとクシューラ。その後ろに立つセレスやタバサ、シエスタ達も、口を開いたルミエラの方に意識を傾けた。
ふと視界の隅に、猿轡を噛まされがんじがらめに縛られた才人が、ミノムシみたいになって呻きながらもがいている姿が映る。
彼の横ではバブとクピクピの小さな貝獣コンビが、その待遇に気の毒そうな視線を注いでいた。
シエスタやセレス、それにキュルケは難色を示したのだが、ルミエラ王女がどうしてもということでこうなった次第だ。多勢に無勢とばかりに反対する彼を、彼女達は実に手際よく縛り上げてしまった。
ルイズとしても、今回は才人に少し悪いことをしたと思っているので、無事に帰れたら少しご飯を融通してあげようかしらと思う。
自分が率先してやったということは、それで無かったことにする。
ブタにされてしまった人達の件もある。その解決のためにも、今はルミエラ王女の話を聴く方が最優先だった。
「私が判断する限りにおいては、皆様が悪意を持ってここを訪れたのではないというのは、確かに真実のようですね」
その言葉に、肩から力が抜けたルイズ達はホッと一息つく。
「理由を聞いても?」
タバサが訊ねると、ルミエラ王女はそうですねと一言置くと、自らの考えを口にする。
「やはり、『異世界から来た』という余りにも荒唐無稽なところでしょうか? 普通はそのようなことは口にしませんし、かといって皆様からはコチラを騙そうという狙いも無さそうでしたから」
「確かに」
ルミエラ王女の説明に深く納得するタバサ。
いきなりそんな話をされても、普通は何をバカなと思うだろう。才人やローレシアのことが無ければ、タバサも聞き流していたに違いない。
それでもルミエラ王女が信じたということは、それに足るナニかがあったのだろう。
「仮に異界云々を別にしても、皆様がグランガラムではないどこかから来たのは間違いないでしょう。地名に衣服も、私の知る限りでは聞いたことも見たこともありませんから。少なくとも遠い異国から来たというのは確かですしね。……それに」
そこで言葉を切ると、ルミエラ王女はバブ達の方に視線を向けた。
「途中でお二人が特に何も言われなかったのであえて確認しませんでしたが、バブさんやクピクピさんも、それらのことは知らないのですよね?」
「はい。ボク達も霧の中の大陸で冒険をしていましたが、トリステインやハルケギニアという名前は聞いたことありません」
「同じく、知らないクピ」
二人からの答えに、ですよねと頷きを返したルミエラ王女は再び一行の方に向き直る。
「シェルドラド両大陸の住人が知らない地名を告げて、なおかつ嘘を言っているというわけでもない。これらのことから、私は皆様が異界から来たということを信じても良いと思った次第です」
今のでよろしいかしらというルミエラに、唖然としていたルイズ達は慌てて頷きを返した。
すごいと、セレスはルミエラへの賞賛をさすがに口に出して言うわけにもいかないため、心の中で呟くに留める。
ルミエラの理路整然とした説明は、思わずなるほどと納得してしまう。普段であれば何かを言いそうなキュルケが、ここに入ってからは最初の状況確認の時くらいしか喋ってない。
「改めまして、私がグランガラム王国の王女ルミエラです。ようこそ、グランガラムへ」
ソーサーをテーブルに置き、立ち上がって右手を差し出すルミエラ。
「あ、る、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールです。お会い出来て光栄に存じます、ルミエラ王女」
横に座るクシューラに促され、立ち上がったルイズが慌ててそれに応じる。
キュルケがそんなルイズをチラッと見たが、面倒なことは任せようと考えたらしく、何も言わずに視線を戻した。
「王女は無しで、ルミエラで構いません。今は国同士の公式な場ではありませんしね」
「ええっ!? い、いえ、そんなわけには……」
思わぬ申し出に、ルイズは目を白黒させている。
それはセレスやシエスタも同様で、無反応なのはタバサくらい。先に来てそれを聞いていたクシューラ達は騒ぎこそしていないが、その表情にはやはり困惑が広がっていた。
キュルケに至っては、いかにも面白そうだと言わんばかりの笑みを浮かべている。
(へー、お堅い生真面目なだけのタイプ……というわけでもなさそうね。ルイズより、よほど柔軟だわ)
事実、興味深そうに面白がっていた。
ちなみにローラだが、彼女は今ルミエラのベッドに寝かされている。セレスに抱かれてグッタリとしている彼女を見て、体調が悪そうだからとルミエラが貸し出してくれたのだ。
ちなみに、そのローラがいつも手にしていた巨大な本は、気が付いた時には影も形もなかった。休む前の本人曰く、『邪魔にならないよう片付けた』らしい。
“邪魔”というのが移動になのか、寝るのになのか、はたまた他の理由なのかは不明だが。
「それで」
「あー」とか「うー」などと、葛藤中のルイズが唸っているのをそのままに、ルミエラはコホンと一つ小さく咳払い。
「クシューラさんやモンモランシーさんにお尋ねしている途中だったのですが、その……」
「はい、え~と、なんでしょう?」
ルイズがそんな状態のため、なんとはなしにセレスが応対するのだが、ルミエラの様子を見て怪訝そうな顔をする。
今のルミエラは、さっきまでのようなきびきびした彼女とは違い、顔を赤らめモジモジと恥ずかしそうにしていたからだ。
何やら言い難そうな雰囲気を醸し出していた彼女だったが、やがて意を決したらしく真面目な顔になり、
「ハルキゲニアやトリステインという場では、男性が夜分に女性の部屋へ押しかけて言い寄るというのは、一般的なことなのでしょうか?」
そう、疑問を投げかけてきた。
※ ※ ※
ルミエラの問いが、ハルキゲニア一行の力強い『違います!』によって解決してすぐ。
「あー……ヒドい目にあった」
絶対に抜け出せないようにと、特にキツく縛られた手首をさすりながら言う才人。赤い痕がクッキリと残っているのを見て、誰だよと呟く。
「申し訳ありません、ヒラガサイトさん」
前を歩くルミエラが、足を止めないまま振り返り、小さく頭を下げる。
あの後、この手の話には詳しい(?)キュルケから説明を受けたルミエラは、少年達を入れている牢に案内すると言ってきた。
部屋にローラと、様子見を買って出たシエスタとクピクピが残して、一行は空き部屋の一室を臨時で使っているという牢を目指している。
「いや、姫さまにも事情があったことですから。それと、自分のことは才人でいいです」
そう、悪いのはルミエラではない。ギーシュだ。
(後で絶対にブン殴る!)
脳裏に浮かぶ、無駄にキラキラした笑顔のギーシュに、固く拳を握り締めた才人は誓う。
「モンモランシーさんがすぐに蹴り倒してましたし、もう一人の少年も罵倒しておりましたので、ちょっとおかしいなとは思ったのですが」
『私自身も慌てていましたし、やはり不審者ですから念のために閉じ込めさせていただきました』と、当時の状況についてルミエラが説明する。
「あのバカのせいで」
モンモランシーが、深く溜息をこぼす。
全くの見知らぬ場所で混乱していたのに加え、事情が事情だけに積極的なフォローも出来ず、かといって死刑にされるのも困る。
モンモランシーは忙しなく百面相をしながら、ギーシュについてルミエラと話をしていたのだ。
(後で覚えてなさいよ!)
脳裏に浮かぶ、薔薇をくわえてキラキラと笑顔を振り撒くギーシュの顔に、固く拳を握り締めてモンモランシーは誓う。
「そういえば、クシューラ先輩?」
「あら、なにかしら、ルイズさん?」
「ギャブーロも一緒に牢の中みたいですが、先輩が全く心配しているように見えなくて……」
どうやらギャブーロはギーシュを止めていたようだが、ここまでの話で牢には彼も入れられていることが分かっている。
ルミエラも気付いていたようだし、彼からしたら災難な出来事だ。
そのルイズの疑問に、クシューラは柔らかな笑みを浮かべて答える。
「一緒に連れていくように言ったのは、他ならぬわたしですから」
「はい?」
想定外な斜め上過ぎる答えに、ルイズの口からは間の抜けた声が上がった。
「弟と一緒ならギーシュ君も寂しくないでしょうし、それにあの子も、結構カッとしやすいところがあるから。ただ、ルミエラ様と話す時に、それで何かあっても困るわ。あと、ここの人に無理矢理放り込まれたら変な感情を持つかもしれないけど、わたしが言ったことだからあの子もそんな考えは持たないしね」
これも必要なことだったのよと、満面の笑みで語ったクシューラ。
そのためなら弟の意志も気にせず、牢に放り込むことも辞さない。
(鬼……)
奇しくも、全員の考えが一致した瞬間だった。
「まあまあ、落ち着いたらどうだね? 我が友ギャブーロ」
「……ギーシュ、お前が言うナ! クソォ。お前といい、姉さんといい、二人に関わるといつもロクなことがない。オレがいったい何をしたと言うんダーッ!」
「ソォーーナンスッ!」
牢の中で、一人の少年とその使い魔の絶叫が響き渡ったという。
――続く――