ゼロの使い魔~竜の国からの遭難(?)録   作:ショウマ

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急転直下は轟音と共に

 

 

 頭上を覆うは木々が織り成す深緑の天蓋(てんがい)

 

 普通なら暗くなりがちな場所であるが、鬱蒼(うっそう)と茂る枝葉の隙間から射し込むいくつもの細く長い木漏れ日のおかげで、奥深くであっても十分な視界が保てる程の明るさがあった。

 

 グランガラム城が南に位置するこの森には、狩りを生業とする猟師達すら滅多に足を踏み入れることはない。それは森そのものの面積もさることながら、はるか古の時代に旅の賢者がかけたという〈迷いの森(マジックメイズ)〉の魔法が、永き時を経た今でも健在であるためだ。

 

 それゆえ、この森は国を守る要衝の一つでもある。

 

 もちろん、王族を初めとした一部の者には、この森を安全に抜ける方法が伝わっていた。

 

 だがそれを知っていたとしても、それだけでこの森を抜けるのは容易なことではない。

 

 理を知り、森を()ることが肝要なのだ。

 

 頭上から照らすいくつもの光の中、地面に届くか届かないかというところで消える唯一のソレによって示された道を行くためには。

 

 よくある獣道を装い、その実足腰の弱い者でも歩きやすいよう手が加えられており、このような抜け道が森の中(ここ)にはいくつか存在している。

 

 いつもは鳥と獣の声以外は聞かれない静謐(せいひつ)な森の中。そんな天光の示す道の一つを無言で進む、二人の人物の姿があった。

 

 奇妙なことに、二人ともが顔までスッポリと覆い隠せるフード付きローブを纏っており、その様は遠目にも怪しい。

 

 前を行く一人は体重を感じさせない軽やかな足取りで、そして迷う素振りもなく進んでいる。

 

 問題はその後ろ。決して小さくはない前を行く人物の二倍近い背丈と、それに見合う肩幅と厚みという体格の人物だろう。

 

 ローブや外套といった類いは身を隠したり夜露を防ぐのに用いられることもあり、サイズ以上に大きくゆとりのある物が多い。しかし、後者の人物のそれは隠しきれるどころか、内側から今にもはち切れんばかりに膨れ上がっている。

 

 せかせかと足早に進む前の人物の数歩分をたったの一歩で追い付き、草葉ごと土を踏みしめては靴を履いていないその大きな足跡を刻んでいく。

 

 そんな二人による無言の行進の果て、やがて森の切れ目が見えてくる。前を行く人物はそこで初めて足を止め、森から出ないようにして出口近くの木々の一本に身を隠した。

 

 後ろの人物もそれに(なら)うが、生憎とその体型から完全に隠れられているとは言い難い。

 

 しかし二人がそれを気にした風はなく、ただその先に見えているモノへと意識を向けていた。

 

「あの()か? お前の言う“厄介な案件”とやらが出来たのは」

 

「はい。我が主人からの話によりますれば、『このまま放置すれば、今後の計画に支障が出るやも知れぬ』と。是非、あなた様のお力をお貸しいただきたく存じます」

 

 そう言って、相対的に小さく見えてしまう人物――声からすると若い女性のようだ――は振り返ると、地に片膝を突き頭を垂れる。

 

 女のその答えに、視線を上げて森と山に護られたそこを見やると、体をスッポリと覆い隠すローブの上からでも分かる程の『大男』は、ホウと面白そうに鼻を鳴らした。

 

「オレはお前の主人に大きな借りがある。……良いだろう、立場を抜きに手を貸してやろうではないか」

 

「ありがとうございます」

 

 男の快諾に、女はますます深く頭を下げる。そこに男は「それにな」と声をかけ、

 

「お前の主人への借り云々も確かにあるが……そこに強き者が居ると聞けば、オレの戦士の血が騒ぐというものよ」

 

「流石はきっての、“一の武人”でございます。全ては――」

 

 女も立ち上がり、背後の城へと頭を向けながら呟いた。

 

「全ては脚本(シナリオ)のままに」

 

 

     ※ ※ ※

 

 

「う、ぐ……さ、再会してそうそうにこれは……ヒドくない……かね?」

 

 そんな呻き声を発したのは、うつ伏せで冷たい石床の上に倒れている一人の少年だった。

 

 普段であれば、それなり以上に身嗜みには気を遣う彼であるが、ボロ雑巾のような有様である今はそれすらも精彩を欠いてしまっている。

 

 ここまで自ら案内してくれたルミエラ王女により、一時的な牢として使われた客室から解放された、二人の少年とその使い魔一匹。

 

 その一人である金髪の少年――ギーシュが、いつも通りの煌めく笑顔を振り撒いた途端、再会を待ちわびた者達が一斉に飛びかかったのだ。

 

 皆も溢れんばかりの笑顔で、それぞれに歓迎と称した拳と蹴りを放ちながら。

 

「「「「自業自得」」」」

 

 パンパンとそれぞれの手や衣服の埃を払う音に混じって、そこに居たほぼ全員の声が唱和する。

 

「よっ、ギャブーロ。今回は災難だったな」

 

「みんなも来たんだナ。おかげで助かったよ、ありがとう。姉さん以外は」

 

 才人と拳を打ち合わせながらそう言ったのは、よんどころなき事情(・・・・・・・・・)でギーシュと共に牢へ入れられていた、もう一人の少年だ。姉と同じ緑髪は短くカットし、赤くつり上がった切れ長の目が特徴である。

 

 そんな弟にジトッと視線を向けられている姉クシューラといえば、顔をそらすことなくニコニコ笑顔で見つめ返していた。

 

 姉弟間の睨み合いは暫し続き、ややあってギャブーロが視線を外したことで終了となる。

 

 余談ではあるが、彼がこういった状況で姉に勝てたことは一度もない。

 

「ああ……たった一人の姉さんに、そんな態度を取るなんて」

 

「たった一人の弟に毎回してることを考えたら、至極当然だロ」

 

 芝居がかった口調でよよよと目頭を押さえるクシューラを、ギャブーロは一言で切って捨てる。

 

「それで、今の状況はどうなってるんだい?」

 

 キョロキョロとこの場にいる一同の顔を見渡しながら、ギーシュはそう才人に尋ねた。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 結局のところ、擬音や独特の表現が入り交じった才人の説明では上手く伝わらず。見かねたタバサが補足したことで、ようやく二人に一定の理解を得ることが出来た。

 

「なるほどナ」

 

「その“イセカイ”とやらはともかくとして、ここがトリステインではないということだけは分かったよ。何より、父上やグラモンの名を出しても通じなかったしね」

 

 ギーシュ・ド・グラモンの家はトリステインでも有名な軍人の家柄であり、彼の父親は現在“元帥”の地位に就いている。ここが王宮で、かつトリステインであるなら知らない筈が無い。

 

 ギャブーロの方は頷きつつも、特にそれ以上の反応を示さなかった。かといって、すんなり受け入れたわけでもない。

 

 トリステイン魔法学院に他国からの留学生として通っている彼は、実のところ周辺の地理に疎かったりする。そのため、ここがどこであるかは、彼の中では余り重要でないのだ。

 

「それで、ちゃんとトリスティンに戻れるんだろうね?」

 

「オレもそれだけは気になるナ。母さんの所に戻れないのは困ル。とても心配性なんだ」

 

 ギーシュの問いに、ギャブーロも頷く。

 

 他の生徒達がいるときは気にして抑えている、姉のクシューラとは違って独特なイントネーションの口調で話す彼に、先程とは違って彼女も余計な茶々を入れずに首肯していた。

 

 トリステインに戻れるのかという問いには、モンモランシーもルイズやセレス達の方に不安げな眼差しを向ける。

 

「まだハッキリとは言えないんだけど」

 

 セレスはそう前置きすると、ややこしくなりそうな例の男については伏せて、ジョーダンサーカスが裏でしていた悪事のことをまずは話して聞かせる。

 

 魔法の力を使って大勢の人々を(さら)うという手口に、ギーシュとモンモランシーは「貴族の貴族たる力をそんなことに!」や「みんなをあんなに楽しませることが出来るくせに」などと、すぐさま怒りを口にした。

 

 クシューラとギャブーロの姉弟も不快そうに顔をしかめては、「最低な奴らだナ」「最低ね」と言葉を交わしている。

 

「それでトリステインに戻る手段なんだけど、ルイズ達とも話した結果、可能性としては二つあるんだ。一つは、あの“キキュウ”を何とかして動かすこと」

 

 人差し指を立てて話すセレスに、皆も小さく頷く。

 

 ハルケギニアで空を飛ぶ乗り物といえば船が一般的であるが、あの空を行く乗り物(気球)はソレとは全く違うものらしい。そもそも普通の船の動かし方もセレスは知らないわけだが、それはまた別問題だ。

 

 続けて、セレスは「二つ目」と中指も立てる。……が、その表情は芳しくない。

 

「ただ、こっちは推測というか憶測にすぎないんだけど……」

 

「いいから! 早く言いなさいよ、セレスティナ」

 

「えっと、ローラに頼めば何とかならないかなって思ってる」

 

「ローラ……って、確かセレスティナの使い魔の子よね?」

 

 普段は余りルイズやセレス達と交流がないモンモランシーは、思い出そうと額に眉を寄せる。

 

 そして使い魔を召喚した際、才人と共に話題となった黒い少女のことに思い至った。すぐに思い出せなかった理由は簡単で、単にローラが才人と違って滅多に部屋の外へ出ないせいだ。

 

 他に面識がないのはクシューラだけで、残るギーシュとギャブーロは才人と一緒にいることが多いため、必然的にルイズやセレスとも接触の機会があり、ローラのことも知っている。

 

 もっとも、本を読んでるか寝てるかがほとんどで、喋ったことはないのだが。

 

「いっつも怠そうにしてた感じだけど、あの子は魔法使えるの?」

 

 一瞬だけ才人の方を見やり、モンモランシーは疑わしげな様子でセレスに尋ねる。

 

 才人が『魔法を使えない平民』だということは例の決闘騒ぎで知れ渡っているが、ローラについてはほとんど情報がない。

 

 ただ、凄いメイジらしいという噂だけがある。

 

 曰く、『ジッとしてるのは力を溜めているからで、一度杖を振るえば学院が吹き飛ぶ』

 

 曰く、『ルイズが使い魔を()べたのは、実は彼女が力を貸していたからだ』→魔法の使えない才人が来たのも、自分のカモフラージュのため。

 

 曰く、『見た目は王族もかくやという美少女だが、実は恐ろしい怪物が姿を変えていて、夜な夜な人間を食べているらしい』→既にオールドオスマンも食べられていて、中身は別人だ。

 

 ……などといった尾ヒレも付いて。

 

 時折ルイズ達が走り回っていることはあるが、ローラが何かしている姿を見た者はごくごく稀であるがために生まれたのだろう。

 

「うん」

 

 躊躇いもなく頷いたのはセレスとルイズ。

 

「まあ、普通でないのは確かよね」

 

「普通じゃない」

 

 燃えるような赤い宝石の付いたサークレットに触れながら言うキュルケに、タバサも同意を示す。

 

 並の錬金の腕では、コレやルイズ達が身に付けているような品は作れない。それに一年前の件もある。普通なはずがなかった。

 

 話したところで信じてはもらえないないだろうが。

 

 学年で屈指の腕前を誇るトライアングルのキュルケやタバサの二人に言われれば、モンモランシーとしても納得せざるを得なかった。

 

「まあ、オレもあの子は只者ではないとは思ってた。なんというか、気配が違うんダ。人を寄せつけない雰囲気というか」

 

「そうだね、僕もそれは思っていたよ。それに、知識も豊富のようだ。休憩中にたまたまルイズへの講義を耳にしたことがあるけど、凄くしっかりした内容だったよ」

 

 ギーシュはどこからか一輪の赤バラを取り出すと、顔の前で左右に振りながら得意気に語る。

 

「それで、その内容は?」

 

 そこへ投げかけられるタバサからの問い。温かみのない冷たい声に、左右に揺れていたバラの動きが止まり、次いで彼の頬を一筋の汗が伝う。

 

 話題の提供とばかりに何の気なしに口にしただけだというのに、今やギーシュは周りからの視線が全身に突き刺さっているかのような錯覚を覚えていた。

 

「と、ところどころ聞こえただけで、残念なことに全部ではないのだよ」

 

「つかえない」

 

「グハッ!?」

 

 正直なところを打ち明けた彼の心臓を、雪風の少女の言葉が氷柱となって容赦なく抉っていく。

 

 本当なら、「まあ、体を休めることに集中していたから、実はほとんど聞こえなかったんだけどね」と笑って冗句のようにすませる筈だったのに。

 

『それがどうしてこうなったんだ!?』と自問している彼の身に、更なる不幸が襲いかかる。

 

「ちょっと、ギーシュ!」

 

「な、なにかね、モンモランシー?」

 

 何故か剣呑な目をして詰め寄ってくるモンモランシーを見て、反射的に腰が引けてしまうギーシュ。

 

「あんた、もしかして休憩とかこつけて、そのローラって子を口説きに行ったんじゃないでしょうね?」

 

「え、ええっ!?」

 

「「「「ハアッ?」」」」

 

 完全に予想外な問いにギーシュは慌てふためき、才人やルイズ達からは間の抜けた声が上がる。

 

 呆れ顔の一同の前で、カップル(?)のやりとりはますます加熱していった。

 

「やっぱり図星ね!?」

 

「な、ないない! それだけは絶対に! ないであります!」

 

 やがて襟首を掴んで締め上げようとするモンモランシーを前に、ギーシュの口からは悲鳴に等しい絶叫が飛び出す。

 

「あー……日頃のアレやコレのせいで疑わしく思うのは仕方ないだろうけど、今回ばかりは大丈夫だと思うな、俺は」

 

 才人がそうギーシュに助け船を出した。

 

「何よ!? いい加減なことを言うと」

 

「モンモランシー。ギーシュを助けるわけじゃないけど、わたしも大丈夫と思うわ」

 

「ボクもそう思うな」

 

「なっ」

 

「少なくとも、あの子に限ってそんな話にはならないよ」

 

「それも絶対、ね」

 

 次に才人へ口撃の矛先を向けようとした矢先、ルイズとセレスにそう言われたモンモランシーはようやく落ち着いた。

 

 仮にこの場に当人が居れば、「面倒臭い」の一言があっただろう。

 

 それはそれで一人の少年の心を傷付けていただろうから、その点だけは良かったかもしれない。

 

「えーと……それでどこまで話したんだっけ?」

 

「ローラさんの力で元の場所に戻れるかも、というところですわね」

 

「あ、そうそ……う?」

 

 おかしなことで明後日の方向に逸れてしまった話を元に戻そうと、記憶を辿るセレスにかけられたのは落ち着いた女性の声。

 

 一同がその声の持ち主に思い当たり、ギギギッと壊れかけたゴーレムのように顔を向けた先には予想通りの人物が居た。今までのやりとりを足元にいる白い貝獣のバブと共に、本人は近くの椅子に腰掛けて聞いていたグランガラム王女のルミエラだ。

 

 ここが牢屋の前だと、ここまでルミエラに案内されてきたことを今の今まで忘れていたルイズ達だった。

 

 それともう一つ。後から合流した四人にはこの後に伝えるつもりであった、ブタにされてしまった人々を助ける鍵を持つのも彼女だということを。

 

 恥ずかしさにカアッと顔中を赤くするモンモランシーを始め、これまでの珍騒動に気まずそうな雰囲気のルイズ達には気付かぬように装い、ルミエラは立て掛けていた杖を手にしながら椅子から立ち上がる。

 

「同じ時に事件に巻き込まれたであろう皆さんの現れた時間が異なる点は気になりますが、大体のところは分かりました。それに、皆さんが本当に知り合いだということも」

 

「申し訳ありませんが、口裏を合わしている可能性も考慮し、念には念を入れさせていただきました」と、ルミエラは一同に向かって深く頭を下げた。

 

「あ、バブさん達は責めないで下さいね。これは私だけの判断ですから」

 

 そう言って、バブにも頭を下げるルミエラ。

 

「バブさんは大丈夫と言って下さったのに、裏切るような形になってしまって」

 

「いえ、そんな……立場もあるでしょうし、ボクは気にしてませんから」

 

「でも、どうしてなんですか?」

 

 セレスの質問に、ルミエラはグランガラムの事情を話し始めた。

 

「かつての大国とはいっても、今のグランガラムにそれほどの力はありません。それゆえ、ここを狙う国もあります。だから私は、この地に住む民の平和と安全を守るために、手の込んだ間諜の類いと疑わねばならないのです」

 

 それが王族として生まれた者の義務であり、成すべき使命なのだと語るルミエラ。

 

 うつ向くルミエラに、大丈夫です! とルイズが声を張り上げる。

 

「いえ、ルミエラ王女が取った行動に問題はありません! どこかの馬鹿(ギーシュ)の件もありますし、いきなり現れたわたし達を怪しく思われるのは当然のことです」

 

「夜中に王女様の部屋にやってきて、あまつさえ言い寄ってきた奴の仲間なんて言われたらねー」

 

「怪しすぎる。ルミエラ王女の方法は正しい」

 

 キュルケとタバサの二人もそれなら仕方ないと頷いていた。

 

 ただ一人、自らの行いが怒涛の勢いで跳ね返ってきて落ち込む、某少年を除いては。

 

 そんな少年の両肩にそれぞれに置かれる、二人分の手。

 

 顔を上げたギーシュの目に入ってきたのは、温かな笑みを浮かべる友人二人(才人とギャブーロ)の姿。

 

「ふ、二人共……!」

 

 自分へ手を差し伸べてくれる友人達にギーシュは感動を覚え――

 

「自業自得だな」

 

「少しは懲りロ」

 

 二人並んで、ニヤニヤ笑いながらサムズアップ――才人が教えた親指を立て合う姿に、ギーシュの感動は一瞬で砕け散っていった。

 

 そんなやりとりが行われているのを尻目に、コホンと一つ咳払いをしたルミエラが再び口を開く。

 

「それで、皆さんにはお詫びの印として――」

 

 その時だった。

 

“ドオン!”という大きな音が轟き、城が揺れた。

 

 パラパラと、古い石造りの天井から床へと埃などが降り注ぐ。

 

「キャーッ!?」

 

「うわああっ!?」

 

「な、なんだ!?」

 

 地下で一同が口々に悲鳴を上げる中、階上でも城内の人々がパニックを起こしているのが聞こえてくる。

 

「今のは……」

 

 ルミエラと、トリステイン組で唯一平静を保っていたタバサがマントで頭上を庇いながら、様子を窺う。

 

「……――様! ルミエラ王女様ー!?」

 

「私はここです!」

 

 上で自分を探す声を聞きつけ、ルミエラは急ぎ階段を駆け上っていく。

 

 その後をすぐさまタバサが追い、ギャブーロ、キュルケ達が続いた。

 

「ああっ!? み、みんな待ってー!」

 

「待ってるから、早く唱えなさい、セレス!」

 

「ご、ごめん、ルイズ! フル・ソル・ウインデ……〈浮遊(レビテーション)〉!」

 

 一年前よりも多少は改善されたものの、体力的な問題を依然抱えているセレスは、浮遊の魔法で床から僅かな高さで浮かび上がる。

 

 慣れた様子でそのセレスの手を取ったルイズも上へと向かう。

 

 最後のルイズ達が辿り着いた時、一階の広間には兵士達を始め、場内で働く者達が集まっていた。

 

「それで、何があったのですか?」

 

「ハッ! 城の南側に現れた怪物が、そのまま南門や壁を破壊し始めました」

 

 毅然としたルミエラの問いに、兵士の一人が敬礼しながら答える。

 

「か、怪物……? 相手の戦力は?」

 

「ハッ、確認出来たのはその一体だけです!」

 

 その報告に形の良いルミエラの眉がしかめられる。

 

「一体のみ? それにしても南とは……まさか、その怪物とやらは守護森を越えてきたというのですか!? いえ、その詮索は後回しですね」

 

 どう動くべきか考え始めたルミエラからの指示を、みんな固唾を飲んで待つ。

 

「……(城の補修作業のため、迷いの森が広がる南側の兵士を動かしたのが裏目に出ましたか。いえ、それでも早期に発見出来たのは僥幸と取るべきですね)一隊はお父様の元へ、一隊は念のために宝物庫の守りを固めるのです! 外のは誘導かもしれません、油断はしないよう。一隊は非戦闘員の方を守り、避難場所へ! 街にも注意するよう、呼び掛けを!」

 

『ハッ!』

 

 ルミエラの指示に、皆が一斉に動き始める。

 

 慌ただしくはあるが、大きなトラブルとなっていない。日頃の訓練が行き届いているようだ。

 

 この場に残っているのはルイズ達とルミエラ、バブと、いつの間にかやってきていた緑色の貝獣ポヨン。それと、王女直属らしき少数の兵士達だった。

 

「申し訳ありませんが、バブさんとポヨンさんは私と一緒に南門に来てもらえませんか?」

 

「分かりました!」

 

「分かったんだな」

 

 バブはブーメランと盾を手に、腰には剣も下げている。ポヨンの方は、相変わらず身長に似合わぬ巨大な長柄の戦斧(バトルアックス)を手にしていた。

 

「では――」

 

「お待ち下さい、ルミエラ王女!」

 

 ルイズの声に、駆け出そうとしたルミエラの足が止まる。

 

「ごめんなさい。案内させますので、ルイズさん達も急ぎ避難――」

 

「わたしも王女と一緒に行きます!」

 

「――場所の方に向かって下さいって……え?」

 

 小さな杖を手に、自分の方に強い眼差しを向けているルイズをマジマジと見つめるルミエラ。

 

 その鳶色の眼から何を感じ取ったのか、すぐさま困惑した表情を浮かべる彼女に、ルイズに手を掴まれたままのセレスも諦めたように苦笑する。

 

「ルミエラ王女様。ルイズは意志が強いから、言い出したら聞かないんです」

 

「本当に頑固よねー、ルイズってば」

 

 やれやれと肩を竦めるキュルケも、髪をかきあげながらルミエラ達の方へ一歩踏み出す。自分も付き合うつもりのようだ。

 

「ん、加勢する」

 

「俺も俺も!」

 

「こ、怖いが、軍人たるグラモン家の僕が逃げるわけにいかない。華麗に汚名返上といこうじゃないか」

 

「声、震えてるゾ?」

 

 タバサ、才人、ギーシュにギャブーロ。それぞれの愛杖や愛剣を手に、ルミエラの方へと歩み寄る。

 

 モンモランシーは恐怖に震えながら不安げな眼差しを友人達に向けており、クシューラはそんな彼女と弟に困ったような視線を送っていた。

 

 彼女達が得意とするのは治療を主とする水系統の魔法。攻撃用の魔法もあるにはあるが、火や風系統と比べると力不足は否めない。それでもタバサのように、他系統との組合せによって補うことは可能だ。

 

 そしてモンモランシーは攻撃の術を余り好んでおらず、クシューラは可能であるが、どちらも放っておけないという心情である。

 

「モンモランシーは安全な所へ避難しておくれ」

 

「姉さんは彼女と一緒にいてくれないカ? 知った顔は一人でも多い方が良いだろ」

 

「わ、分かったわ」

 

「ええ」

 

 南門からは、今も断続的に震動と大きな物音が伝わってきていた。チラリとそちらの方向を見やり、余りここで時間をかけて問答をするのは得策ではないと判断を下す。

 

 ルイズ達の方に向き直ったルミエラは、それでも旅人達の安全の確保を優先するため説得を試みる。

 

「危険です。相手が何かも分かりませんし、皆さんを守れるという保証もありません」

 

「それでも構いません。それに、困っている人を助けるのは当然のことです」

 

 真剣な表情でそうキッパリと言い放ったルイズの姿は、才人の目にも凛々しく美しく映った。

 

「……意思を曲げるのは容易ではなさそうですわね」

 

 その答えにため息を一つ吐き、ルミエラも説得を諦めた。もとより、説得は一回だけのつもりだったからだ。

 

 相手の目を見れば、その真剣さも伝わってくるというもの。ルイズの眼から感じたのは、レインボーダイヤ並に強固な意思だった。

 

「分かりました。皆さんのお力をお借し下さい。ただし、危険と判断したら指示は聞いてもらいます」

 

 異国の学生メイジの少年少女達は、真顔になって直立すると「杖にかけて!」と一斉に唱和する。

 

 それに頷きを返したルミエラは、今度は避難を決めた二人の方へ顔を向けた。

 

「お二人は私の部屋へ。あそこには護りの魔法がかかっていますし、ご友人もいらっしゃいます」

 

「それでクピクピにも声をかけて、南門に来るように伝えて下さい」

 

「は、はい」

 

 時折大きく響き渡る震動にビクリとしつつ、モンモランシーは頷いた。

 

「さ、行きましょう?」

 

「私達も急ぎましょう!」

 

 クシューラに促されて急ぎ上へと向かい始めた二人の背中へ、王女達と共に駆け出したルイズに手を引かれながら、セレスが声をかける。

 

「ローラにも、体調が治ってたら来てほしいって伝えてー!」

 

「ちょっと、セレス。あの子に頼ってばかりじゃ駄目でしょ! 自分達の力で困難を解決していくのが貴族よ!」

 

「で、でも、手段は一つでも多い方が! って、腕が抜けちゃうーっ!?」

 最後に二方向へと散った者達を見て、兵士の一人がニヤリと笑む。

 

「せいぜいお気をつけ下さいませ、王女様?」

 

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 一部が崩れてしまっている南門。そこに立っていたのは、金棒を振り回す“赤い鬼”だった。

 

「ガハハハハ! さあ、どいつが強者だ。勇者足らんとする者は、このメガロキングが相手をしてやる!」

 

 倒れた兵士達には目もくれず、メガロキングは新たにやって来た者達を睨めつけた。

 

 

    ――続く――

 

 

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