ゼロの使い魔~竜の国からの遭難(?)録   作:ショウマ

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目覚めは怒声と共に

 暗い。恐い。怖い。

 

 

 どこまでも続いている……闇。

 

 

 見渡す限りの闇。

 

 

 闇の中で、自分の身体すら見えない。

 

 

 ……もっと幼かった頃、魔法の魅力に夢中になったボクは、家族に教えてもらいながらその道にのめり込んでいった。

 

 

 寝ても覚めても、友達も作らずに、魔法魔法……の日々。

 

 

 家にあった、様々な国を描いた旅物語。何度も読み返す内にどんどん引き込まれていく――広大な世界。

 

 

 いつか、自分の足と目でそれらを旅して見るために、魔法の腕を磨いていき……ある時、身体を壊した。

 

 

 無理を続けた身体は衰弱し、一時は動くこともままならなかった。

 

 

 今でこそ、ある程度快復はしたけど、まだまだ健康とは程遠いボクの身体。ちょっとしたことですぐに体調を崩してしまう。

 

 

 いつからだろうか? 眠りにつくと、自分が暗闇の世界に居るようになったのは。

 

 

 助けを求めても、魔法を唱えても、何も起きずにただその中で佇んでいるしか出来ない。

 

 

 自分が自分じゃなくなっていくような、そんな感覚を闇から感じて恐怖に震えるだけの日々。

 

 

 でも……

 

 

 今回は違った。

 

 

 そんな闇の世界に、どこからか細い光が射し込んできた。

 

 

 闇を祓い退けながら、寄せ付けず、ボクの所へと光が伸びてくる。

 

 

 そして光がボクに触れるや否や、拡がり……包まれて、引っ張り上げられていく――

 

 

 その光は、とても暖かかった……

 

 

「……コール」

 

 

 引っ張り上げられて光の道を進む中、薄れていく意識にもはっきりと、凛とした……けどどこか怠そうな声が聞こえた気がした――

 

 

      ・

      ・

      ・

 

 

「どうしてあんたがここにくるのよ、ツェルプストー!」

 

 

「あら、倒れた人を心配するのは当然ではなくて? ヴァリエール」

 

 

「あ、あの……ミス・ヴァリエール、ミス・ツェルプストー。ミス・シェロティアが休まれておりますので……」

 

 

 目を覚ました時に聞こえてきたのは三人の声。

 

 

「――ん……?」

 

 

 目を開けると、橙色に染まった壁。

 

 

 窓から照らす夕陽が、部屋を染め上げている。

 

 

 顔を壁の方に向けてうつ伏せで寝ていたらしく、枕の上の頭を反対側に向ける。

 

 

 視界に入ってきたのは三人。その内の二人が着ている服は、ボクと同じ制服。白いブラウスにグレーのプリーツスカート、そして一年生を示す茶色のマント。

 

 

 

 

 一人は、こちらに背中を向けて立ち、先程までの強気な発言とは正反対の、心配そうな表情を浮かべた顔をボクの方に向けている、桃色がかったブロンドの髪の女の子。

 

 

 ここ、トリステイン王国の公爵、ヴァリエール家の三女であるルイズ様。

 

 

 一人は、ドアの前に立ってルイズ様をからかっていた態度と表情そのままにこちらを見ている、溢れる色気と燃えるように赤い髪の女の子。

 

 

 トリステインの北東にある大国ゲルマニアの貴族ツェルプストー家の娘キュルケ。

 

 

 ブラウスの上二つのボタンを外して、突き出たバストの胸元が見えてるけど……

 

 

 ボクだって小さくはないけど、この差は……!

 

 

 ……ハッ、危ない見てはダメだ!

 

 

 それに、ボクはまだ成長途中なのだから!

 

 

 気を取り直して……三人目はその二人の間でオロオロしながら立っていた。このトリステイン魔法学院で、ボク達の世話をしてくれているメイドの服を着た黒髪の女の子。

 

 

 ちなみに、ヴァリエール家の領地はゲルマニアとの国境沿いにあり、その国境向こうのゲルマニアの地名がツェルプストー。

 

 

 つまり、戦争になるとこの両家が真っ先にぶつかり合ってきた結果、この両者は非常に仲が悪いわけで……

 

 

 その関係で、入学式の時もこのお二方は口論していた。

 

 

 その時、若干意識が朦朧としつつも先生が睨んでいたことに気が付いたボクは、止めようとして口論中の二人の間に倒れてしまった……らしい。

 

 

 らしいというのは、その後一瞬目を覚ましたボクが、丁度ベッドに入れてくれようとしていたメイドの女の子から聞いた話だから。

 

 

 そのメイドの女の子が、今ここにいる……シ……エスタ? だ。

 

 

 ゴメン。その時も朦朧としていてはっきり覚えてないんだけど、それでも大きく間違えていない筈。

 

 

 〈街の人の話をしっかり聞いて、忘れずにいる技術を磨け〉……旅物語に書かれていた大事なこと。

 

 

 朦朧としている時は無理だけどね。

 

 

「気が付いた? えっと……セレスティナ……だったわよね?」

 

 

 ルイズ様が気遣う様に、ボクに声をかけてくる。

 

 

 って、ルイズ様が下級貴族のボクなんかを心配する必要は……!?

 

 

 口論中のルイズ様達の前で倒れたせいで、自分の責任と思われているのだろうか? そんな事はないんだけど……。ルイズ様は悪くないんだし。

 

 

 

 

 そもそもは、入学式後に先生方がクラス分けについて説明されている最中に、何故か突然キュルケが笑いだし、見かねたルイズ様が咎め、お互いの正体を知って始まった舌戦。

 

 

 放っておいても、怒り心頭の先生に怒られていただろうけど、その前にボクが倒れたからその後の事は分からない。

 

 

 それとも、階段の途中で力尽きていたボクを見つけて介抱してくれた時のことだろうか? あれも、何とか起き上がったボクが大丈夫だからとルイズ様に先に行くように促したんだし、気にするようなことは無い筈。

 

 

 身体を壊した後は、いつも歩く速さと変わらず僅かに身体を浮かせる程度に調整した『レビテーション』……浮遊魔法を使っているんだけど、学校生活に舞い上がったボクが地に足を付けて歩いた結果、学校に到着した数十分で見事に行き倒れるという快挙を達成した。

 

 

 まさか、家族でヴァリエール家にご挨拶に行ったときに、大きな池を見てはしゃいでそのまま落ちた事は覚えていないと思うし。元気だった頃の一回だけで、その後はずっと衰弱して寝込んでいたからね。

 

 

「ちょっと……ねぇ、本当に大丈夫なの?」

 

 

 ボクが返事をしないせいか、さらに不安を募らせたような感じのルイズ様。

 

 

 本当に気にしなくていいことなのに……。ボクにとっては、最近は減ってきていたとはいえよくあることで、倒れたのもはしゃいで階段で体力を消耗したことが影響したのだろうし……。

 

 

 自分のことながら、情けなさすぎて恥ずかしいんけどな……。

 

 

「はい、ルイズ様。ご心配おかけして申し訳ありません」

 

 

 ボクは少し身体を起こして、深く頭を下げる。

 

 

 うん……これ以上、ルイズ様にボク程度のことで心配させたくはないし、どこかのタイミングで伝えよう。

 

 

 今はまだ……。

 

 

 それに、ここにはキュルケもいる。入学式の騒動の件もあるからね。下手に知られない方が良いかもしれない。

 

 

 学院生活はまだ始まったばかりなんだし、伝える機会はいくらでもある筈だよ。

 

 

 頭を上げると、ルイズ様が安心したように……していないね?

 

 

 むしろ、不機嫌? 目が吊り上がって、正直怖いんだけど……!? どうして!?

 

 

「あのね、セレスティ……」

 

 

「ルイズ……『様』……ねぇ」

 

 両腰に手を当てて何かを言いかけたルイズ様を遮る様に、キュルケが口を開いた。

 

 

 即座にキュルケの方を、キッ! と睨み付け……ていると思われるルイズ様。

 

 

 再び、こちらには背中を向けているから表情は見えないんだけどね。

 

 

「何かしら、ツェルプストー?」

 

 

 ルイズ様のそんな視線(予想)を受けても、キュルケはその余裕の態度を崩さない。さすがは、炎を得意とする『微熱』のキュルケ。あの視線(予想)を受けても、彼女の炎は揺らぎもしないらしい。

 

 

「うふふ、別に? ただ、あの噂通りならいつまで『様』付けで呼ばれるかしらね、って思っただけだから」

 

 

 炎のような赤髪をかきあげながら、挑戦的な目でルイズ様を見ている。

 

「……っ!」

 

 

 あの噂というのは、ボクも聞いたことがあるけど、すぐには信じられなかった。

 

 

 でも、その通りだとしたら……ルイズ様の狙いは……ボクと同じ……なのかもしれない。

 

 

 この学院には、校長先生の偉大なるオールド・オスマンを始めとしてメイジの先生方が大勢いらっしゃる。

 

 

 さらに、ここの図書館には旧き時代からの様々な書物が納められている、秘密の部屋があるという。

 

 

 『フェニアのライブラリー』と呼ばれるそこは、学院に通っていた兄さまと姉さまから話を聞いた時からいつか行ってみたいと思っていた場所だった。

 

 

 そこに、ボクが知りたいと思っていることがあるかもしれないのだから。もしかしたら、ルイズ様の解決法も。

 

 

「……か、いらないわよ」

 

 

「あら、何かしら?」

 

 

 ボクが考えごとをしている間にルイズ様が何かを呟き、キュルケが余裕の笑みを浮かべたまま聞き返していた。

 

 

「もともと様なんかいらないって言ってんのよ!」

 

 

「ええええ……!?」

 

 

 って、驚きの声を上げてしまったのはボクなんだけどね……!

 

 

 ルイズ様は、いったい何故そんなことを……?

 

 

 キュルケも驚きの表情。すぐに、あの余裕綽々の態度と表情に戻ったのはさすが。

 

 

「あら、あの噂認めるの?」

 

 

「違うわ。まぁ、理由はあなたには分からないかもしれないけれどね、ツェルプストー?」

 

 

「へぇ……」

 

 

 って、今度はルイズ様が鼻で笑って、キュルケから余裕の表情が消えた!?

 

 

 戦場を焼き尽くすというツェルプストーの炎、それを今キュルケから感じるんだけど……。

 

 ルイズ様の言う理由は、ボクにも分からないんだけど、そんなことより帰りたい……。

 

 

 

 可哀想に、二人の間に立っていたシエスタは震えながら……震えていないね。むしろ、唖然とした表情でボクの方を見ている。

 

 

「ま、今日のところはいいわ。元々暇をもて余して来ただけだしね」

 

 

 内からの炎を抑え、髪をかきあげながら話すキュルケに、「あんたやっぱり心配していないじゃない!」とルイズ様が声を荒げる。

 

 

 もちろん、キュルケが気にすることはなく……チラリとシエスタと同じようにこちらに視線を……違う。ベッドの上のボクの足がある方?

 

 

 そちらに視線を向ければ……こちらに表紙を向けて開かれている、深緑色の巨大な本。

 

 

 それを見て、ボクは日中の出来事……やりとりを思い出した。

 

 

 見えない筈のその本の向こう側の光景が、ハッキリと目に浮かぶ。

 

 

 ここまでの騒動を、一切気にすることなく本を読み続けている、どこか残念な少女の姿が。

 

 

「それで、この部屋に入った時から気にはなっていたけど、その子はなに?」

 

 

「この部屋は、ミス・シェロティアだけの筈ですが……」

 

 

 キュルケの問いに、シエスタがメイドとしての情報で答えているけど……その内容は当然だと思う。同室になる相手、つまり一生のパートナーとなる使い魔を得るのは、来年なのだから。

 

 

 もちろん、使い魔の大きさによっては部屋の外……どころか屋外だけどね。

 

 

 今までの会話中も一言も発していない事から分かる通り、本人からの発言は当然期待出来ないし……。

 

 

 ページは捲っているみたいだから、寝ている筈もない。

 

 

 ちなみに、キュルケだけではなくルイズ様もかなり容姿に恵まれているんだけど、結構怒りっぽい所があるんだよね。

 

 

 つまり、反応が無いと二人が爆発するかもしれないわけで……

 

 

「えーと……この子は……」

 

 

 多分が付くけど、魔法の事故でここに来たと正直に言っても問題はない。

 

 

 むしろ、この子の先生らしいお姉さんが迎えに来る前に送り返す事が出来るかもしれない。

 

 

 この子が、積極的に帰るつもりが全く無いように見せかけて、実は早く帰りたいと思っているのかもしれない。

 

 

 でも……

 

 

 でも、ボクは……

 

 

「この子の名前は、ローレシア・セイティグと言って、事情があって……少しの間預かることになったんだ。それで、出来ればみんなに知られずにしばらくここで一緒に暮らしたいんだけど……」

 

 こことは違う国のことを聞きたいという気持ちは確かにあるけど……

 

 

 でも……そんなことよりも、ボクは彼女ともう少しだけ一緒に居たい。

 

 

 好奇心などとは違う、ボク自身がそれを望んでいる気がした。

 

 

「ちょ、ちょっとセレスティナ。そんなこと出来るわけないでしょう?」

 

 

「そ……そうですよ、ミス・シェロティア。それに、ここでは大勢の方が働いていますし、見つからないようにというのは無理かと……」

 

 

 ルイズ様とシエスタが当然のように反対する。

 

 

 意外なことにキュルケは何も言わないけど……ただ、その表情からは何も読み取れないけど。

 

 

「それに間もなく夕食のお時間です」

 

 

「あ、それでボクの様子を見に来てくれたんだ?」

 

 

「はい」

 

 

「忙しいのにごめん」

 

 

「そ、そんな……お礼なんて結構ですよ!? 私が勝手にしていることですから」

 

 

 あ……思わずお礼を言っちゃったけど、普通は貴族がいわゆる平民に感謝などはしないんだっけ?

 

 

 キュルケや、ルイズ様も少し驚いてるし……。

 

 

 ボクは、この身体の関係でずっと家族や仕えてくれているメイドのみんなに迷惑をかけてきたから、謝意を伝えることに相手の身分は関係無いと思っている。

 

 

 外では気を付ける様にと言われていたんだけど……

 

 

 次、言ってしまったら説明しよう……。変わった人扱いされちゃうしね。

 

 

 まだ、手遅れじゃないよね?

 

 

「じゃ、じゃあ……え、ええと……ローレシア」

 

 

 話をそらしていると、バレバレなのは承知の上で呼びかける。

 

 

「食事、まだ決めていなかったね。どうしようか?」

 

 

 もちろん、ボクが途中で力尽きたこともあって、食事の話はおろか滞在云々の話もしていなかったけど。

 

 

 返事は無いけど聞こえてはいるはず……って、翻訳の魔法の効果が切れて言葉が分からないとか? 肩でも叩いたら分かるかな? と考えていたボクだけど……

 

 

「いらない」

 

 

 実行する前に、凛とした、でもどこか怠そうな声が聞こえた。

 

 

「いらないって……」

 

 

「部屋に置かせてもらって、水があるだけで充分」

 

 

「水だけって……」

 

 

「私にはそれで充分、あなたはしっかり食べるべき。セレス」

 

 

 いくら何でも水だけなんて……。迎えがいつになるか分からないし、ここに何日隠し通せるかも分からないのに。

 

 

 うん、食事の件は何とかしてみよう。

 

 

「ふふ……セレスティナ?」

 

 

「な、何でしょう、ミス・ツェルプストー?」

 

 

 何故か妖艶に? いや、面白そうに? キュルケが笑ってボクを見ている。

 

 

 ルイズ様も不審そうにキュルケを見ているし……。

 

 

「貸し一つよ」

 

 

「貸し?」

 

 

「そうよ。少なくとも、しばらくの間はあたしからその子のことは言わないであげる」

 

 

 髪をなびかせながら、優雅な動作で扉の方に体を向ける、キュルケ。

 

 

「その勉強熱心な態度は気に入らないけど」

 

 

 チラリと一瞬だけ視線をローレシアに向けるも、すぐにドアノブに手をかける。

 

 

「あたしの暇潰しにはなりそうだしね、あなた達」

 

 

「ツェルプストー!」

 

 

「またね、ヴァリエール」

 

 

 ルイズ様に構わず、そのまま部屋を出ていってしまう。

 

 

「私もそろそろ皆様の食事の準備がありますので……本当にもう大丈夫ですか、ミス・シェロティア?」

 

 

「あ、うん。今日は本当にありがとうシエスタ」

 

 

 シエスタは困った様に笑いながら、ローレシアの方を見つめる。

 

 

「出来るだけ、このお部屋のお掃除は私が担当するようにしてみますね」

 

 

「これはボクの我儘だから、無理はしないでねシエスタ」

 

 

「はい」

 

 

 失礼します、と一礼しながらシエスタも退室していく。

 

 

 扉が閉じられ、部屋の中にはボクとルイズ様、そしてローレシア。

 

 

「セレスティナ」

 

 

「何でしょうか、ルイズ様」

 

 

 静かに呼ばれて、見られると緊張するんだけど……

 

 

「その子に脅迫とかされて、一緒にいるとかではないのね?」

 

 

「それはありません」

 

 

 これだけは、きっぱりと言い切れる。

 

 

「そう……じゃあ、わたしからも言わないであげるわ」

 

 

「ルイズ様……」

 

 

「ただし!」

 

 

 こちらに凄い勢いで、右手の人指し指を突き付けながら。

 

 

「様と敬語を止めたらね!」

 

 

「そ、それは!?」

 

 

 いきなり何を言い出すの、ルイズ様!?

 

 

 そんなこと、ボクに出来るわけが……

 

 

「さっきツェルプストーにも言ったでしょう? その、クラスメートなんだし、そういうのはいらないわ」

 

 

「し、しかし……」

 

 

 キュルケに言っていた理由ってそういうこと……いや、そうではなく。

 

 

「ボクには、とても……」

 

 

「ほら、食事に行くわよ。わたしもその子のこと考えてあげるから」

 

 

「ま、待ってルイズ様!?」

 

 

 ルイズ様に手を引かれ、慌てて枕の下から杖を引き抜いて自身に浮遊の魔法を唱える。

 

 

 このまま手を引かれるなら、浮いていれば気付かれるだろうけど、倒れるよりは……

 

 

 目の前を漂う様に飛んで来た茶色のマントを手早く纏いながら、ルイズ様に手を引かれるままに部屋を出る。

 

 

 扉を閉める際に西側に置かれたベッドを見ると、変わらず寝転がった姿勢であの大きな本を読み続けているローレシア。

 

 

 あれ、ローレシアって最初床の上に居なかったっけ? 動くのも面倒って言っていたような……

 

 

「セレスティナ、早く食堂に行くわよ?」

 

 

「はい、ルイズ……さ……ま」

 

 

 やっぱり急には無理だよ。

 

 

 扉を閉めながら、ボクとルイズ様は食堂に向かう。

 

 

 そういえば、マントもさっき飛んで来たような?

 

 

       ・

       ・

       ・

 

 

「ただいま~」

 

 

 食事を終え部屋に戻ったボクは、持っていたものをテーブルの上に載せるとベッドの反対側に置かれたクローゼットの所へ。

 

 

 マントを外し、スカート、ブラウスと脱いでいく。

 

 

 キュルケの圧倒的なボリュームには敵わないけど、それでもそこそこの大きさを持つそこに手を当てて、いつかの勝利を願う!

 

 

 寝巻きに着替えたら、先程テーブルに載せたモノを回収しつつゆっくり部屋を横断してベッドへ。浮遊魔法は使っていないからね? 部屋に戻ると同時に切っているから。

 

 

 変わらずベッドに寝転がって読み続けているローレシアの近くに腰かける。

 

 

「おかえり」

 

 

 こちらに顔も向けない少女に苦笑しながら、ボクは持っていたものを少女の顔の近くに差し出した。

 

 

 ローレシアは顔をそれ……ボクが持ち帰ったパンに向けた後に、不思議そうにボクを見上げた。

 

「夜食用のパンをシエスタ……と言っても分かるかな? が持ってきてくれたんだ。キミに、って」

 

 

 ボクも持って来ようとはしたんだけど、シエスタがごく自然に持ってきてくれたから。

 

 

 キュルケの言う貸し……ボクにとっての借りが今日だけでいくつも出来てしまった。この後も増えていくだろうけど、いつか返せるだろうか?

 

 

「あなたは?」

 

 

 ジッと、何かを見透かすように漆黒の瞳の目で見つめられる。

 

 

「ボクはもうたくさん食べてきたから」

 

 

 微笑みながらそう返す。

 

 

 実際、食堂で出てきたものは質・量共に予想を上回るものだった。

 

 

 ボクにはちょっと多すぎる位に……

 

 

「嘘ではなさそう。ありがとう」

 

 

 そう言うと、持っていたパンが宙に浮かび、小さく一口大に分断されていく。

 

 

 そのまま、一つずつ少女の口元に飛んではゆっくりと食べられて……って手で千切るのも食べるのも面倒なの!?

 

 

 両手は本を持ったままだし、顔もそちらに向いたまま。

 

 

「ごちそうさま?」

 

 

 やがて、呆れて見ているボクの前で、小さく呟くような一言と共に食事を終える。

 

 

「借り」

 

 

 続けて言われたことに驚くも、すぐにボクは笑みを浮かべる。

 

 

 彼女でも借りと思うんだ。

 

 

「ボクもキミも、借りを作っちゃったね」

 

 

 ローレシアは返さずに帰ることになるかもだけど、その分ボクが返せば良いだろうしね。

 

 

「ボクはもう休むけど、キミはどうする? 読書を続けるなら灯りは点けておくけど?」

 

 

「消していい」

 

 

「そう?」

 

 

 灯りの魔法でも使うのかな? まさかそのまま読むわけではないだろうし。

 

 

 ベッドに横になったボクは、テーブルに置かれたランプに向けて指を弾く。

 

 

 澄んだ音が部屋に響くと同時に灯りが消え、暗い夜の帳が訪れる。

 

 

 暗い、闇に包まれて……

 

 

 天井を向いていた視線を、僅かばかりの月の光が射し込む窓の方に向ける。

 

 

「闇は……イ……ヤ」

 

 

 闇に中を射し込む月光を見ながら、ボクは意識を手放した――

 

 

     ※ ※ ※

 

「闇は……イ……ヤ」

 

 

 そんな眠る前の小さな呟き。気にしなければ聞こえもしなかったであろう、一言。

 

 

 暗闇を気にせず、本を読み続けていた少女――闇の中に在って、なおツヤツヤとした輝きを放つ髪と瞳、それに似た輝きを持つ黒衣を纏い、それとは対称的な白い肌は闇の中で浮かび上がっている。

 

 

 気怠そうな雰囲気はそのままだが、本と共に少女はフワリと浮かび上がる。

 

 

 セレスティナの目尻にある涙の跡を見つめると、小さく言葉を呟く。

 

 

 掛け布団が捲られ、上を向いて眠っている少女が、起こさないようにゆっくりとした動きで反転しうつ伏せに。

 

 

 その横に位置取ってローレシアが降りると、セレスティナの背中に左手を伸ばし、本にかからないように掛け布団がかけられる。

 

 

 淡い月明かりが射し込む室内で、布団の隙間からボウッとした光が溢れた。

 

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