ゼロの使い魔~竜の国からの遭難(?)録   作:ショウマ

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探りあいは思惑と共に

 

 

『力が欲しい?』

 

 ともすれば聞き逃してしまいそうなほど小さな、それでいてどこか怠そうな少女の声がセレスの耳に響いた。

 

 それは目の前で仁王立ちしている、見るからに“大男”な者が発したもの……ではない。

 

 すっかり耳慣れてしまった、喋るのも面倒だと言わんばかりな無気力ボイス。

 

 聞き間違えようがないそれこそ、今の状況でセレスティナが最も頼りにしている人(?)物のものだ。

 

 その姿を求めて、セレスはグルリと辺りを見渡す。

 

 しかし、視界に入ってくるのは傷付き倒れた友人達のみ。件の少女がいつも手にしているあの目立つ巨大な本も含め、特徴的な黒衣の姿はどこにも見えない。

 

「ろ、ローラ? どこにいるの!? みんなが……みんなを助けて!」

 

「どうした! 恐怖の余りに気でも触れたか?」

 

 いきなり虚空に向かって喋り始めたかと思うと、今度は落ち着きなくキョロキョロし始める。

 

 命を懸けるべき戦場でそんな隙だらけの姿を見せるとはと憤る思いはあるものの、しかし言ってることは無視できないものだった。

 

 近くにまだ仲間がいるらしいと察した大男――メガロキングはセレスを視界に収めたまま、周囲の気配を探り始める。

 

 今はメガロキングに有利な戦況だが、戦は水物。それで油断するほど、彼の戦歴は浅くない。戦局というものはちょっとしたきっかけで容易に崩れるということを、彼は実体験として知っているからだ。

 

 まず注意を向けたのは、彼が粉砕した城門。

 

 そこを中心として、長年外からの侵入を阻んできたであろう石造りの城壁は崩れ、瓦礫と化している。

 

 しかし。

 

(……いない、か。手練れの暗殺者(アサシン)、モグール族でなければ、だがな)

 

 人間や、力の強いタイプの獣人といえどあの瓦礫の量ではまともに動けないだろう。

 モグール族は人間よりも小さな、貝獣達と同じくらいなサイズのモグラだ。その見た目通り土中での生活に長けた種族であるが、戦闘力は高くない。

 

 それでも念のためだと、右手の金棒を握り直した彼はその足で大きく大地を踏み鳴らす。

 

 再びの地響きによって、ひび割れが入っていた残りの城壁も崩れて新たな瓦礫を積み重ねていく。

 

 振動に身体を浮かび上がらせながら、ハッとしたセレスはこちらも杖と顔を相手に向け直した。

 

 優に三メイルはあるだろう、赤い肌に筋骨隆々な大男だ。気球の中に居た腐った肉人形(フレッシュゴーレム)なんかより、(見た目的にも)よほど強そうに思える。

 

 だが、目の前の相手はこれまた人間ではない。

 

 実戦で鍛えたと思しきパンパンに膨れ上がった筋肉は、もはやそれ自体が頑強な鎧といえよう。仲間達から攻撃を受けてなおこの場に立っていることが、それの何よりの証拠だ。

 

 メガロキングはそんな肉の鎧の上に、青く染めた皮の腰巻きと紫の金属製の肩当ても身に付けていた。

 

 側頭部からは、くの字に天へ向けて突き出た角が一本ずつ。手に持ったトゲ付きの金棒も合わさり、まさしく噂に聞いた(オーガ)といった風貌である。

 

 けれど、なにより圧倒されるのはメガロキングが放つ気迫だ。

 

 こうして向かい合っているだけで、軍人じゃないセレスの肌にもビリビリと伝わってくるものがあった。

 

 少女の喉がゴクリと音を鳴らす。

 

 八メイル先からこちらを見下ろすその(いか)つい顔に、濁りも狂気もない鋭い眼光。ひたすらに強者との戦いを求める発言といい、まさに“武人”という名が相応しい。

 

 気圧されて思わず下がりそうになる足を叱咤し、少女はその場に踏み止まるべく声を張り上げる。

 

「そ、そんなことない!」

 

 それは少女にとって、精一杯の勇気を振り絞った決意表明。

 

“怖い……!”

 

“けれど”

 

“逃げるわけには……いかない!”

 

 友人達(みんな)がそうしたように。

 

 だが、そう声を張り上げた時――

 

「ほう」

 

 彼女の周辺にあった空気が変わった。

 

「う、うぅ……」

 

 さらに重苦しく、いや増した威圧感がセレスに纏わり付いてくる。

 

 メガロキングが特別何かをしたわけではない。ただ視線を細め、そこに込める力を()()()()()強めただけだ。

 

 眼力に射抜かれ、知らず知らず青いフクロウの杖を握る少女の手がブルブルと震え始めた。

 

 ブワッと全身が総毛立ち、汗が噴き出す。

 

 息も短く荒いものへと、自らの歯がガチガチと音を鳴らしているのにも気付かず、足を生まれたての小馬のように震わせる姿は今にも倒れてしまいそうだ。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 幼少の頃、力を求めて子供心に安易な自信で禁書へ触れてしまったがために、それに込められていた力に負けた少女は長きに渡ってベッドでの生活を余儀なくされた。

 

 一年前、ローラとの偶然な出会いから始まったあの時以来、症状が快復した今でも実戦はおろか、実技の授業においてもここ一年で数えられる程度の経験しかない。

 

 なぜなら、誰も相手をしたがらないからだ。

 

 友人の多い彼女であるが、臥していた理由については話していない。あの時、居合わせた者を除いて。

 

 禁書は特別な理由がない限り、上級貴族といえど個人で持つことを許されていない品である。

 そもそも魔法の品は、素人目にはどんな危険があるか分かり難いモノが多い。取り扱いを誤ったがために大惨事、などといったことも。街一つが犠牲になったことも過去にはある。

 

 そのため今日(こんにち)において正体不明な品が見つかった場合、国から特別な許可を得ている専門のメイジ達による鑑定が行われていた。

 

 そうして彼らによる鑑定の済んだ危険が無さそうな品に限り、再び外へと出されていく。

 

 物的価値の高いモノは貴族達の手に渡り、家の箔付け(ステータス)としての装飾品や儀礼用に使われ、そうでないものについては研究対象として専門の機関に渡される。研究が進み開発も容易になれば平民達の店に並び、彼らに使われるようになった品も(ごく僅かな例ではあるが)存在していた。

 

 もっとも、稀に所有も研究する価値もないと判断された品が直接平民の店に叩き売られることもあるらしいが。

 

 しかし、禁書(アレ)は違う。

 禁書はそれが当てはまらないモノの一つとして、外へ出されることがない。特別な場所で秘密裏かつ厳重に保管されるからだ。

 

 無断で所持すれば大貴族といえど爵位は剥奪、取り潰されることすらある。平民の場合は言わずもがなであり、それほどに危険な代物として扱われていた。

 

 かといっていつ作動するやも知れぬ、規模も不明な爆弾みたいなもの。戦々恐々な環境により禁書の鑑定は遅々として進んでいないのが現状である。

 

 そんな禁書がどうして家にあったのか? その理由をセレスは知らない。

 

 子供の頃の記憶だ。学院で学んでいなければ、“禁書”ではなくヘンテコな魔導書としか思わなかっただろう。

 

 だが違う。

 

 アレは禁書だ。所持することを禁じられた危険な書物。

 

 実際に触れたセレスだからこそ、確信を持って言える。

 

 何より彼女は、あの本に“呼ばれた”のだから。

 

『――貪欲に求めし娘よ。力が欲しいか?』

 

 あの時、“本”は確かにそう言ったのだ。

 

 そして当時の自分は、恐れを知らず何でも出来ると思い込んでいた馬鹿な子供であった。

 

 そんな品を信頼されて預けられるほどシェロティア家の爵位は高くないし、むしろ下から数えた方が早い方だ。

 付け加えて家族に『スクウェア』メイジもいない。兄と姉はトリステイン屈指の研究施設である王立アカデミーに勤めてはいるものの、知人のツテで入れたようなものと言っていた。

 

 昨年に帰省した際、セレスの快復を喜ぶ両親や兄姉にそれとなく訊ねても答えは得られず。むしろ、「娘を治療してくれた恩人にお礼をしなくては」と、興奮する両親へ説明するのに忙しく、それどころではなかった。

 

 なによりセレスが気にしているのは、あの本が隠されることなく本棚に置かれていたことだ。

 

 先程も説明した通り、禁書は所持しているだけで危うい代物。

 現在トリステイン王国を政治的に支えている宰相マザリーニ枢機卿は規律や規範に厳しい人物であり、禁書の所持が発覚すれば容赦なく断罪するであろう。

 使用人達とも分け隔てなく接するセレスの両親というだけあって、二人とも貴族らしからぬ性格をしている。国に忠誠を誓い、領民達が安心して暮らせるためにと身を粉にして働くような両親が、危険を犯してまで禁書を持つようなマネをするだろうか? 

 

 

 ましてや、子供の手ですぐに触れられるような場所に。

 

 そして帰省した時にそれが姿を消していたことも彼女の疑念に拍車をかけていた。もっとも、それに関してはローレシアの姉が回収したせいであるのだが。その話がされた時、セレスやルイズ達は眠っていたし、唯一聞いていたシエスタは意味を理解出来ていなかったからだ。

 

 結局、全ては謎のままである。

 

 

    ※ ※ ※  

 

 

 話がズレたが禁書とはそういった類いの品だ。

「強い力が欲しかったから禁書に手を出しました」などと気軽に言えるはずもない。

 

 そんな理由は知らなくとも、セレスがほぼ寝たきり生活であったことは同級生の多くが知っている。あの頃は同情や蔑みが多分に含まれていたが、今でも試合を申し込む者がいないのはいくつか理由があった。

 

 一つに、彼女の場合は傍で桃色髪の友人(ルイズ)が目を光らせているということもあるが……。

 一番の理由、それはヘタに誘って自分の時に倒れられでもしたら困るからだ。

 虚弱の二つ名は今なお健在なのである。

 

 そしてそれは生徒達だけではなく、教え導くはずの教師達にもいえることだった。さすがに全員でないとはいえ、万が一の『責任問題』を嫌う彼らの多くは積極的にセレスを授業(あくまでも実戦形式の)に参加させようとしない。

 

 そんな彼女が、ただでさえ大男で強面なメガロキングと相対しているのだ。

 

 気球での騒動からも、まだ二時間と経っていない。

 

 立て続く緊張状態に精神力を摩耗している彼女が、メガロキングの放つ威圧に飲まれるのも無理からぬ話だ。

 

「どうした、身体が震えているぞ?」

 

 そんな少女の様子に、当然メガロキングの方も気が付いていた。

 

「怖いか? 逃げたいのなら、逃がしてやってもいいのだぞ? さっきも言ったが、オレの興味は強者との戦いのみ。怯懦に陥った者を倒したところで、戦士の誉れにはならん」

 

 それはメガロキングの本心であり、少女への最後通牒でもある。

 

 そして彼は、セレスティナがこの場から立ち去ることを望んでいた。

 

 少女への哀れみ……などではない。

 

 彼の評価は常に単純明快な『強いか、弱いか』であり、自らが戦って楽しめるかどうかである。

 

 そしてこれまで彼が培ってきた経験から、セレスティナが“戦士”ではないと察していたのである。

 

 先程は二人がかりで強力な風魔法を使ってきたが、どうやらアレは先に倒れた娘がいないと無理らしい。

 

 背に鳥族のような翼も無しに空を自由自在に飛べることは驚くに値するが、それだけだ。そこから強力な攻撃魔法を叩き込んでくるというなら話は別だが、そんな様子もない。

 

 問題は“しない”のか“出来ない”のかであるが、メガロキングの勘は後者だと判断した。

 

 怯えているのも演技とは思えず、それは目を見れば一目瞭然である。

 

 それまでに歩んできた道を語るもの、それが『目』だ。

 

 そんなメガロキングの『目』が少女を観察して得た結論は、『一人なら恐るるに足らず』。

 

 この少女は誰かと組むことで力を発揮する、おそらくは能力強化に類する魔法の使い手なのだろう。

 

 能力強化魔法。

 ここシェルドラドにおいてはその名の通り身体能力を一時的に高める効果のある魔法のことをいい、補助魔法の中の一つとして扱われているもののことだ。

 

 主婦の平手打ちが横綱の張り手の如く、腕力を増強する〈パワード〉。

 同様に脚力を高めることで速度を上げる〈ダッシュ〉。

 先の二つとは違い、身体を魔力で覆うことによって物理的な衝撃を和らげる〈プロクト〉もここに含まれていた。

 

 いずれもシェルドラドではメジャーな魔法であり、〈パワード〉や〈ダッシュ〉は日常生活に用いられることもしばしば。

 驚く程に大量の買い物袋を並べた可憐な美少女が、〈パワード〉を重ねがけしてお手玉しながら帰る……なんて姿も見られるのだ。

 

 そしてそれらとは逆に、かけた相手の能力を下げる弱体魔法と呼ばれるモノもある。

 

 例えば〈ダッシュ〉と対になる〈ベトロ〉、〈プロクト〉に対する〈ダンブロク〉といった具合に。

 

 子供達の運動会で、魔法の使える生徒や保護者達による〈ダッシュ〉や〈ベトロ〉の応酬は稀によく見られる光景だ。近年、流血沙汰の乱闘騒ぎにまで発展したがためにそれらの魔法が使用禁止になったところもあるらしいが、それもむべからんことだと言えよう。

 

 それと、今のところ〈パワード〉に対応する魔法は報告されていない。

 その理由は明らかにされていないが、他のに比べて危険視されているからだろう。それが使われる目的、場所を考えれば推測は容易だ。

 

 先の〈プロクト〉も含め、これらの魔法が最も輝き使われるのは戦場である。

 

 重装備に身を包んだ戦士が筋力を下げられたらどうなるか? 身を守ってくれるはずの防具は重しへと代わり、外すことも出来ずにその場から動けなくなった者に待っているのは死だ。

 

 もちろん使い方次第で、他の弱体魔法だって充分危険な代物である。

 

 〈ダンブロク〉は鋼鉄の鎧を紙切れのような強度にしてしまうし、〈ベトロ〉でカタツムリとデッドヒート出来るほどに遅くされてしまえば、やはり戦場では命取りとなってしまう。

 

 幾度も“重ねがけ”されれば。

 

 〈パワード〉の例にある通り、能力に関する補助魔法で一回に増える量は微々たるものなのだ。それに重ねがけすれば確かに効果は目に見えて向上するが、その時間はそれぞれに独立している。横並びにして左から点灯したランプがまたその順に消えていくように、徐々に魔法の効果は消えていく。

 

 筋力低下ほどに、ただの一回ではさほど脅威とはならないのだ。加えて、使用すれば必ずしも効果があるというわけでもない。

 

 両者の力量(レベル)に大きく隔たりがあれば、相手に何の効果も及ばさないこともあるのだ。

 

 ――鎧が紙? 当たらなければどうということはない。

 

 ――足が動かない? 腕が動くのなら武器で薙ぎ払えばいいだろう?

 

 ――そもそも戦士ではなく魔法使いなので関係ありませんね。

 

 もちろんそれらはごく一部の例外であり、戦場の大多数を占めるのは鎧兜に身を包んだ兵士=戦士だ。そこに〈筋力低下〉が持ち込まれてしまえば、これまで成り立っていた“戦場のバランス”は一気に崩れてしまいかねない。

 

 メガロキングもそんな戦士の内の一人。

 今は無くとも、いつ、不意に使われてもいいようにと対策は常に考えていた。

 

 防具はそれなりに丈夫でかなり軽い物を、武器である金棒は片手で扱える。重さを感じれば両手で持ち、投げて素手による格闘戦を挑んでも良い。

 

 ルイズやキュルケ達をまとめて昏倒させた一撃も対応策の一つだ。遠くにいる敵の足を止め、その隙に接近する。

 

 ようは弱体化させられる前に倒せばいいのだ。

 

 そんな中、能力補助魔法の中に含まれていないものがあった。

 

 それが魔力。

 

 メガロキングも大多数の戦士よろしく、それほど魔法に詳しいわけではない。その知識の多くは戦場を渡り歩いたことで培われたものである。

 

 しかしそんな彼でさえ、魔力増強魔法に関するものはついぞ聞いたことがなかった。少なくとも、彼が仕える国には居ない。

 

 もし目の前にいる相手がその使い手だというなら、彼の知る限りでは初めての存在ということになる。

 

 国を思うなら今、厄介な者が他に居ないこの場で始末するのがベストだろう。

 

 世界に名を馳せているような、力のある者達と組むと厄介だからである。

 

 しかし、戦士としてのメガロキングは望んでいた。全身全霊を込めてぶつかり合える戦いを! 戦場を! そんな場を、心から渇望していた。

 

 彼は武人。死ぬことは怖くない。むしろ戦で果てれるなら本望だ。

 年月が過ぎ、衰え、動けなくなった身体で戦えぬまま死ぬよりは。

 

 だからこそ、彼にセレスを仲間に引き入れるという選択肢はない。

 

 理由は簡単で、仲間を相手に全力では戦えないからだ。彼の矜持でもある。

 

 競いあう友はいらない。

 欲しいのは()りあえる好敵手だ。

 

「ぼ、ボクだって言ったはずだよ! 絶対ににげ、逃げないって!」

 

 この答えもセレスの中で決まっていたものだ。

 

 確かに怖い。それは否定しようのない事実である。

 しかし、ここには大事な友人達がいる。今、この場で動けるのが自分だけということもあり、逃げるという選択肢は無い。

 

(ボクだってトリステイン貴族の一人だ。敵に後ろは見せたくない! ルイズ、キミの勇気を今だけボクに貸して)

 

 セレスは大きく深呼吸すると、杖を持ったまま震える右手を左手で押さえる。

 

(メガロキングも無敵じゃない。あの体にだっていくつもキズがあるし、背中の凍傷は決して浅くない)

 

 メガロキングもそれなりに消耗しているようだが、体力はまだまだ向こうが有利だ。

 

 彼女の身体など、金棒どころか素手で軽く触れられただけでも終わりだろう。

 

 実戦経験が豊富らしいタバサやルミエラも倒れている。一番の火力を誇るキュルケでも倒せていないのなら、セレスの手持ちの魔法で倒すのは不可能に近い。

 

 それなら――――

 

(小賢しく立ち回って城からの援軍か、みんなが起きるまでの時間を稼ぐ! これしかないよね)

 

 幸い、メガロキングは空を飛べないらしい。得意の飛行(フライ)を使えば、高く飛ぶのを禁止しても機動力では負けないはず。

 

 震える身体を叱咤し、心を奮い立たせる。

 

 城には住人の避難を誘導している兵士達が、それにローレシアもいるのだ。面倒臭がりな彼女が来るかは怪しいところではあるが、しかしセレスは意外と面倒見の良いことがある怠惰な友人を信じていた。

 本当に自分たちのことを気にしていないなら、逃げる気球を追いかけて来るようなことはしないからだ。

 

(……大丈夫。時間さえ稼げれば、きっとなんとかなる! みんなが、きっとなんとかしてくれる!)

 

 身の程をわきまえているがゆえの他力本願。

 だからこそ。

 彼女は自分のベストを尽くせる。

 

 ルイズが指摘した通り、セレスは感情の浮き沈みが激しい。

 嵐の如く波間立っていた心の湖面はいつしか静けさを取り戻していた。

 

「(ほう……? 面持ちが変わったな。目に力が戻っている)――ならば小娘、容赦はせんぞ!」

 

 セレスティナの“変化”を敏感に感じ取り、大男の顔に不敵な笑みが浮かぶ。

 

 惜しいとは思うが、逃げないのであれば倒すのみ。

 

 せめて苦しまぬよう逝かせてやろうと、刺付き金棒を高々と振り上げた。

 

「望むところ!」

 

 ()えて、セレスも()()フクロウの杖を構え―――

 

(……え?)

 

 素早く呪文を唱えようとしたセレスがそれに気付いた次の瞬間、世界からは色が失われた。

 

 土も、空も、草や花も。

 

 城も、倒れた仲間達、メガロキングさえも。

 

 全てが灰色に染まり、同時に活動を止めていた。

 

 風も、揺れていた草花、空を羽ばたいていた鳥までも。

 

 メガロキングの金棒も、空中でピタリと張り付いたかのように動きを止めている。そもそも彼自身、その場で瞬きすらしない。

 

「え? え? でも、これって……まさか」

 

 彼女の知識で、こんなことはあり得なかった。

 あり得ないからこそ、分かる。

 誰がこれをしたのかを。

 

 ただ、気勢を削がれた形となってしまったのが非常にアレではあるが。

 

 残された色と、動くのはセレスティナのみ。

 

 それと―――。

 

「まさか無視されるとは思わなかった」

 

「やっぱり……ローラ!」

 

 喋るのも面倒臭いと言いたげな、それでいて澄んだ耳に心地好い声が頭上から聞こえた。

 

 そちらを見上げれば……いつからそこに居たのか? 目と鼻の先、三十サントもない位置に浮かぶ黒衣の少女。

 気怠げに佇む黒一点――無機質にこちらを見下ろすローレシアと視線が交わる。

 

 相変わらず突拍子の無い行動をされて次に何を言うべきか迷うセレスだが、一つだけ確信出来ることがあった。

 

 これでみんな大丈夫。

 

「それでセレス」

 

「うん?」

 

 ――そう思っていた。

 

「力が欲しい?」

 

 そう訊ねるローレシアの漆黒の瞳には、ゾッとするほどに底知れない冷たさが宿っていた。

 

 

    ――続く――




 
 
※ 前話から間が空きすぎたことを先にお詫びいたします。そのために書きたい衝動が溜まりすぎて、話が増長してしまう悪癖がさらに酷くなっております。



仕事仕事で書きたいのにゆっくり書く時間が無い!

合間にちょこちょこ書き進める。

もうすぐ時間が出来そう。一気に書けるようにプロットを進めておくか。

仕事が某落ちゲー並に連鎖。

書きたいのに時間が(ry

以下、繰り返し。

おかげで話の筋書きだけは遥か先まで出来ております。

そのため時間さえあれば連続で投稿出来る……はず。

途絶えたら、また死んだかと錬金で作成した文字でも投げて下さい。



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