再会は契約と共に
何が起きたのか? それが起きた直後は、誰も理解が出来なかった。
いや、認識はしたが理解が追い付かなかった……と言うべきだろうか?
「ソーンス!」
少しだけ、時間を戻そう。そもそもの始まりは……――
気持ち良く鳥達が飛び交う、抜けるような青空。まるで歌う様な鳴き声が、あちらこちらから聞こえてくる。
いつも生徒達をまどろみへと誘う、春特有の暖かく穏やかな風。
寝転べば、そこもまた夢の世界へと運んでくれるであろう、青々と波立つ草原。
トリステイン国立魔法学院に通う生徒達――とりわけ、二年生への進級を兼ねた神聖にして絶対のもの、《春の使い魔召喚の儀》を行っている者達にとっては絶好の天候であろう。
無事に使い魔を召喚し終えた者達は歓談に華を咲かせ、互いの使い魔を見せ合い、さらに話の輪は拡がっていく。
中には、全ての生徒が契約し終わって引き上げるまでの時間を、使い魔と一緒に寝そべりうららかな春を満喫している者達もいた。
儀式で呼び出した使い魔は、術者の素質等に左右される為に、今後の進路を決めるのにも影響する。さらに、使い魔は何らかのトラブルが無い限りは、生涯を共にする大事なパートナーになるため、生徒達は皆真剣に儀式に取り組むことになる。
特に今年は、例年に無い盛り上がりを見せた。
竜――その一種である風竜の子供や、火トカゲとも呼ばれる幻獣サラマンダー。
人の言葉の様な鳴き声をする直立型の青い生物に、角の生えた紫色のやや大きめのウサギ等、トリステインでは見かけない生物が散見される。
そのような状況を生み出しながら儀式は進み、残る生徒は後二名。
『ゼロ』と『虚弱』。そんな二つ名で他の生徒達から呼ばれている、二人の女生徒。
野次やざわめきの中、先に始めたのは青色のフクロウが細工された杖を持つ少女。
セレスティナ・ルティナベル・ド・ラ・シェロティア。二つ名は『虚弱』
やがてセレスの呪文は完成し、現れる召喚門――。
ここまでのやりとりは、周りの生徒達や今回の儀式を担当していた男性教諭――頭髪がやや寂しい――も、皆はっきりと覚えていた。
問題はそこからであった。
セレスティナの召喚門から現れたモノ。
それは黒い衣装に身を包んだ少女だった。
そして少女は手に持っていた巨大な本――濃緑色の外装を持ち、縦が120サント程で厚みもかなりある――を、中空に浮かんでいた門から落ちてきた時の姿勢のまま、ずっと読み続けていた。
落ちてきた事や、周りの状況にまるで気が付いていないかの様に、少女の注意は本にだけ向けられている。
少女の格好は、黒く膝までのローブ――それも自分達メイジが身に付ける様な、複雑な紋様が描かれた物――に、黒い靴と黒いタイツを身に付けている。
そして、同じ黒でも作り物とは違いどこか艶のある――漆黒とも呼ぶべき色をした髪と、周りを気にせず本だけに向けられている同色の瞳の目。
顔や手など、僅かに見えている肌はそれらとは対称的な純白であり、お互いがお互いを引き立てあっている。
肩までの長さの髪が、サラサラと春風に遊ばれていた。
呼び出された後の、その異様とも呼べる光景を前に、生徒も教師も言葉が出ない。
一部の生徒以外は……。
風竜の子供を呼び出した後、その身体にもたれてずっと本を読んでいた空色の髪の少女は、視線だけを動かし静かに“異常”を観察していた。
一挙手一投足を見逃さない様に。
そんな彼女だからこそ、クラスメイトでそれぞれに目立つ三人の表情が変わったことに気が付いた。
呼び出して使い魔として契約したばかりの風竜の子供が、その“異常”を見て怯えている事にも。
そして、すぐに――。
「えー……きみh」
「「「ローレシア!」」」
意を決し話しかけようとした男性教師――髪がハラハラ散っている――を遮って、三人の生徒が驚きと喜びが入り交じった声を上げた。
呼び出した本人であるセレスティナと、『ゼロ』のルイズに、『微熱』のキュルケの三人である。
三人から大声で叫ばれたせいか、はたまた駆け寄ってきたせいか。はたしてどちらに反応したのかは分からないが……。
初めて、黒い少女が本から顔を動かした。
ただし、端から見ていも分かるくらいに、とても億劫そうな動きで。
「……誰? ん……セレスに……ルイズと……キュルケ? いつの間に聖竜語を? それとも翻訳魔法?」
得体の知れない黒い少女が発した、小さいが――しかし静かに辺りに響き渡る凛とした声が、確かに級友達の名を呼んだことは、周りにいる者達の耳にもはっきりと聞こえた。
「何のことか分からないけど、ローレシア! どうしt」
「『虚弱』が平民の女の子を呼んだ!?」
「いや、あの格好メイジじゃないか!?」
「ソーナス!」
「どっちにしても人間だぞ!?」
「いや、メイジだったらまずいだろ!?」
「危険そうならあっしは逃げさせてもらうでやんすが」
「ーナンス!」
「そいつウルサイぞ!」
セレスティナが話しかけた直後、周りの生徒達が一斉に騒ぎ始めた。
その声量は、セレス達三人が思わず耳を塞ぎ、黒と空色の少女達が僅かでも顔をしかめる程であった。
「う、五月蝿いなぁ。話が出来ないよ」
「まぁ、人間を呼び出した様に見えるんだから、仕方ないんじゃない?」
耳を塞ぎながらぼやくセレスに、大騒ぎする周りを見ながら、キュルケがセレスに諦める様に言う。
「聖竜語を、複数の人間が当たり前の様に喋る? 有り得ない」
ローレシアは周りの人間達が話す声を聞きながら、これには何かあると思考を巡らす。
「でも、ローレシアってメイジでしょ? “普通”の幻獣よりも当たりじゃない?」
「何が言いたいのかしら、ルイズ?」
普通の部分を強調するルイズに、キュルケの目がつり上がる。
傍らに居る使い魔たるサラマンダーの頭を、キュルケは誇らしそうに撫でる。燃え盛る炎の尻尾と、口の端から見える火炎で、四人の周りが熱気に包まれる。
「この子の尻尾を良く見て、ルイズ? あなたにも分かるでしょ? こんなに鮮やかで大きい炎の尻尾。間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ?」
「あんたも去年のあれを覚えてるでしょ? 最高のサラマンダーより、ローレシアの方が良いに決まってるでしょ」
何故かいがみ合いを始めた二人を放置して、セレスは既に本へと視線を戻している、ローレシアの横にしゃがんだ。
「久しぶり、ローレシア。君とは、どうしてももう一度会いたかった」
「何故?」
最初に会った時は満足に会話も出来なかった。
自分の体調と、ローレシアの極度な面倒臭がりのせいで。
それがこうして、一年という時を置いた今でも返事をしてくれる事に、セレスは嬉しくなる。
相変わらず怠そうではあるが……。
「シエスタやルイズ、キュルケから聞いたよ? キミがボクを助けてくれたこと。“あの世界”での出来事は本当だったんだって。キミの暮らしている場所は分からないけど、それでもいつかお礼を言いたくて」
「気にしなくて良い。私も、探していたものが得られたから」
「それでも、ありがとう……って、キミの探していたものって何? 前に来たときは、そんな事言ってなかったよね」
「ヒミツ」
思い出しながらのセレスの質問に、ローレシア――ローラは本で顔を隠しながら、一言で返した。
「あ、教えてよー!」
「面倒。喋るのも」
本で挟み込む様にして、顔を完全に隠してしまう。
「じゃあ、帰ってから何をしていたかとか?」
「ずっとベッドで横になったまま……快適に」
「動きなよ!」
本から少しだけ手を離し、サムズアップして話すローラにたまらずセレスはツッコミを入れ――。
大きな咳払いが二人と、近くでまだ言い合っていたルイズとキュルケの話を断ち切った。
「え~、良いですかな?」
「あ、ごめんなさい。コルベール先生」
完全に蚊帳の外だった教師に、慌てて立ち上がったセレスは頭を下げている。ローレシアは立つのはもちろん、顔を上げもしないが。
「どうやら君たちは顔見知りみたいだが、呼び出した以上は、君はこの子を使い魔にしなくてはならない。人を使い魔にした例は無いが、これは何よりも優先する儀式のルールだ。早く契約を、〈コントラクト・サーヴァント〉を行いなさい」
「あ、はい。いえ、でも……」
コルベールにはそう言われるが、足下にいるローラを見るセレスの視線には、躊躇いの色が強い。
「ねぇ、ローラ……」
その声音から何かを察したのか、ローラが小さく何かを呟くと同時に、周囲から音が消え去った。
「私は……私達は誰にも縛られない。縛られるわけにはいかない。私達には成すべき事があり、誰かの使い魔になるわけにはいかない」
ビクリと、セレスの身体が反応する。
ローラはいつもの、面倒だから嫌という理由では無く、はっきりとした意思で否定をする。
「後、使い魔になったら動かなきゃならない。成すべき事と、自分の意思でする事ならともかく、させられるのは嫌」
後のそれも本音だろうが、最初のそれもローラの偽らざる声なのだと、彼女を知る三人には分かる。
何故ならば、先の言葉を話す際、彼女からは怠そうな雰囲気が消えており、後のはいつもの感じで話しているからである。
先のは“彼女の立場”としての理由で、後のは“彼女個人”の理由。
どちらにしても、拒否という答え。
だが、その答えはある程度予想通りだったのか、そうだよね……と小さくこぼすセレス。しかしその表情にはまだ、色々な感情が混ざっていた。
友達のそんな表情を見て――。
「でも、ローレシア! 使い魔の儀式は――」
「ルイズ。ここのルールと私達のルールは違う。この世界のルールの、同意出来る部分には私も従う。それは構わないし、約束出来る。しかし、公事は私事に勝る。束縛されるモノには従えない」
「う……」
友達の力になろうと勢い込んだルイズだが、下から向けられる黒い宝石にも似た輝きを放つ瞳と、そこからの有無を言わせぬ強い視線を受けて、二の句を告げず口ごもってしまう。
ローラの身体がフワリと浮かび上がり、重そうな本を軽々と片手に持って、地面に立つ。
そして、両者を見た後にルイズ達よりも小柄な彼女はゆっくりと頭を下げる。
「どうか分かって欲しい。もし、今後もこの儀式を続けるなら……あなた達に言っても仕方が無いけど、みんながみんな私みたいに温厚な人ばかりじゃない。
もしも、強大で邪な考えを持つ者や、家族から引き離されて泣く子供。他にも……例えば他国の、ガリア? ゲルマニア? の王様でも何でも、身分のある者を呼んでしまった時にどうするかを考える必要がある。今回の私という例があるから、また有るかもしれない。もしそうなら、この魔法は危険を伴う、不確定要素が大きすぎる」
言いたい事の、一部は彼女達にも分かる。分かるが……それが受け入れられる事は、きっと無いだろう。使い魔召喚は、それだけこの社会に根付いているのだから。
人間(と、言っても彼女は違うが)を呼び出した例も、彼女達は他に聞かない。他の者に言った所で、一笑されて終わりだろう。
確かに、名のある貴族を呼んでしまった場合は困る……どころか大問題になるが、一介の学生に過ぎない彼女達には、ローラが言うようにどうにも出来ない事柄だった。
よって、セリスはこの場にいる立場が上の者に伺いを立てた。
「コルベール先生。どうすれば……」
良いでしょうか? と言いかけて、セリスと他の二人も気が付いた。
コルベールや、賑やかだった周りの生徒達が静かになるどころか、止まっている事に。
「ちょっと、どういうことよこれ!?」
「コルベール先生がずっと咳払いの姿勢から動かないと思ったら……!」
口々に叫びながらも、視線は一人の人(?)物に集まる。
「ローレシア。君がしたの?」
「うん。五月蝿いから、少しだけ空間を切り離した。すぐに元に戻る」
言っている意味は分からなかったが、去年の出来事を知る三人はあれと似たようなことかと思うものの、それを知らない水色の少女――人知れず近寄っていたタバサは静かに目を細めながら、多くの者が使うソレとは違い、自らの背丈よりも大きな杖をしっかりと握り締めて警戒を露にしていた。
「聞いたことが無い魔法。異端らしい考えを持ち杖を持っていない。先住魔法? エルフ?」
「タバサ!」
何故か剣呑な雰囲気で、いつの間にか近くまで来ていた親友にキュルケが慌てて駆け寄る傍ら、ローラはそれらの挙動を一切気にせずに首を傾げている。
「先住魔法……って何?」
「え?」
それが下手な演技であれば――クラスメイトで親友のキュルケでさえ知らない――これまでの経験を活かして見抜けるタバサだが、目の前にいる黒い少女のそれは演技には見えなかった。
それにどちらかといえば、知らないものを聞いて興味を示したという感じを受ける。
そしてそれは、自身にもとても身に覚えのある感覚であった。
誰にも言えない彼女の事情で、先住魔法やエルフについて聞きたいことはあるが、戦い自体はタバサも本意では無い。
そのため、キュルケの手で杖を下ろされることにも抵抗は示さず、タバサの顔も普段通りの無表情を装ってはいたが、内心ではこの不思議な少女に困惑していた。
もちろん、明らかにおかしなこの少女に対して、三人が特に気にしていないことについても。
そんなタバサに、キュルケが後で説明するわと小さく囁いた。ただし、説明するのはセレスだけど、とは語らない心の声。
そんな中、急ににぎやかになる周囲。コルベールの咳払いも。
「解けた」
「ソーナン○!」
騒ぎの声を若干迷惑そうにしながら、ローラは溜め息を吐いた。
「また止める?」
そっと聞いてくるセレスに、ローラは首を横に振る。
「駄目。私が(適当に)使う術はすぐに解けるし、特に今のは負担が大きい(人間には)」
「今、小声で何か言った?」
「何も……喋るの面倒」
去年の、ベッドの上から動かない、喋らないの図を思い浮かべる三人。
キュルケの中では、動くローラはタバサであり、タバサが動くのをやめたらローラになるのかしらと別の考えも浮かんでいたが。
再び忘れられていた男性教諭が咳払いでアピールすると、使い魔契約をセレスに促す。
「はて、いつの間にミスタバサが? それよりも、ミス・シェロティア。まだミス・ヴァリエールの召喚の儀が残っていますので、早く契約を終えて下さい」
「そ、そう言われても」
「出来なければ、またチャンスは与えられるかもしれませんが、最悪の場合は退学になってしまいますぞ?」
色々なものからの板挟み状態になりながら、友人達の心配そうな視線を受けつつ、セレスは我関せずを貫いて読書に戻っているローラに顔を向けた。
ローラの後ろから例の巨大な本を覗き込んで、「読めない」と言っているタバサのことも気にはなるが……。
「ローラ……」
「……仮に、セレスが私と使い魔契約を結んだとしても、多分あなたの望む使い魔というモノに私はなれない。あなたもきっと、苦労することになる。それでも――」
本から顔を少し離してセレスを見上げる。
そこに吸い込まれそうな程に綺麗な漆黒の瞳が、一転して様相を変えた。
あの夢の中で見た、凶悪そうな竜の眼に。
自分だけに向けられている威圧感。心臓は急激に早鐘を打ち、身体には震えが走る。
「――したい」
――それなのに、口からは言葉が漏れた。伝えたい言葉を。
「キミと契約したい、ローレシア。キミと一緒に、ボクは色々なものを見に行きたい。使い魔ではなくても、キミと生きていきたい」
怯まずに相手の目を見ながら、はっきりと伝える。
互いに見つめあい――溜め息と共に先に視線を伏せたのは……ローラ。
「人の一生に付き合う位は良いけど、私には使命がありいつ呼び戻されるかも分からない。それでも……正式な使い魔になれなくてもいいなら、契約してもいい。それが、こちらの精一杯」
「ありがとう、ローラ」
「信友至宝。綺麗な心を見せたあなたのことは、私も嫌いじゃない。信じられる友は、生きる上で何よりも大切な存在。ふふ……確かにその輝きの記憶は、永遠に残るのかもしれない」
そう呟きながら、恐怖を感じさせる瞳から元の少女の瞳に戻った事に、セレスはこっそり安堵していた。
契約の時にもあの眼のままだったら、しばらくは悪夢になりそうだという思いも抱いていたからだ。
「言った通り、私は使い魔にはなれない。代わりに特殊な契約をする。あなたも苦労するかもしれないけど、良い?」
「あれこれ聞きたいけど、時間がないから……ボクの命が無くなるとか、身体に異常が起きたりはしないよね?」
「それはない。むしろ、使い魔契約で命を奪うのはおかしい」
「そうだよね」
安心したのか、安らかな笑みを浮かべた後……大きく深呼吸して、セレスは呪文を唱え始めた。
「我が名は、セレスティナ・ルティナベル・ド・ラ・シェロティア。五つの力を司るペンダゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
契約のためのキスを交わす直前――
「魂の契約。汝が魂をもて、我等に竜の盟約を」
「んんんんーーーーっ!?」
不吉極まりない言葉を聞いて、涙目になったセレスのセレスの叫びが辺りに響き渡った。
近くから爆音がする。
「ちなみに嘘は言っていない。命も身体に異常もない。ただ、真実も言っていないだけ」
「言ってよ! お願いだから!」
寝転がって本を読むローラと、その隣で横になっているセレスの問答。
「時間が無いと言われたし」
「う……」
確かにそう急かしたのは自分であった。返す言葉に窮すセレスだが……。
「話すのも面倒だったけど」
「絶対そっちだよね!?」
言葉通りに、怠そうな空気を纏って話すローラに、たまらずセレスはツッコミを入れる。
そして、相変わらず近くでは何かが爆発していた。
「少なくとも気にしなくて良い。あなたの魂で契約しただけ」
「それが不吉だってば!」
「私の国に行くことになるだけ」
それを聞いて、セレスはキョトンとした表情を浮かべる。
「それが本当なら、ボク的にはとても行ってみたいけど……あ、またどこかにウソが!?」
たった今、引っ掛けられたばかりである。警戒するのも当然だが、ローラは言葉通りとだけ話すのみ。最早、長く喋るつもりがないことは、短い付き合いではあるがセレスにも分かった。
彼女はウソは言っていない。ただ、途中を省いただけ。いつか言えば良いと、面倒臭がりの彼女らしい考え方で。
爆発、爆音。そして、遠巻きにする生徒達から飛ぶ、それをしている者に向けられた野次。
「ねえ、ローラ。君の力でどうにか出来ない?」
「私は常にしているし、それはあなた達も今体感しているはず」
「まあ、体感しているわね。爆発よけ」
「この本、何語?」
ローラの横にはセレスだけではなく、キュルケと何故かタバサも横になっていた。
「いや、とても助かってるけどそっちじゃなくて……ルイズのあの爆発の方だよ」
爆発――現在、使い魔召喚の儀式を行っているルイズが、魔法を唱える度に起きる現象のことである。
ローラから貰った腕輪の効果で、セレスがはめている時に彼女の魔法を――彼女の高いプライドが邪魔をするために、みんなに隠れてこっそり――使う時にはそうでも無いが、ルイズ自身の力で唱えると、確実に原因不明の爆発が起きる。
それは、簡単な灯りや施錠、解錠の魔法を問わず。よって魔法成功率はゼロ。それが、彼女の二つ名の由来。
そんな彼女が起こす爆発の中で、ローラとその狭い周囲だけは無事な姿を保っていた。
それは、ローラが常に張っている個人結界の力であるが。
彼女が認めた相手以外は、多少の力では彼女の身体に触れることさえ出来ない。
邪魔されずにゴロゴロしたいという彼女が、真面目に取り組んだ数少ないものの一つ。
爆風を防いでいた彼女のそれに、真っ先に気が付いたのはタバサだった。セレスはローラの横でずっと喋っていたために、タバサに指摘され初めて気が付いたようだった。
他の生徒達はその事に気が付かず、四人のその行動には首を傾げる中、コルベールだけはそのことに気が付いていた。
ソレを見た彼の、知的好奇心が膨らみかけたが何とか抑えて。今は、真剣に儀式に取り組む生徒の方に、集中する。
幾度目かの爆発が収まったタイミングで、彼は額に玉のような汗を浮かべ肩で息をしているルイズに、声をかける。
「ミス・ヴァリエール。失敗が続いていますが、まだ続けますか?」
「もちろんです! まだ出来ます。続けさせて下さい、コルベール先生!」
そう言われると、コルベールは分かりましたとだけ答え、見守る姿勢に戻る。
周りからは諦めろーという声もちらほら聞こえる。
そして、見学している者達の前で、思いもよらぬ出来事が起きた。
それはルイズ本人にも、セレスやキュルケにタバサ、コルベールやローラにさえ予想外の出来事。
「どこかにいるわたしの使い魔よ!」
段々省略されるルイズの呪文。しかし……
「いい加減、わたしの前に現れなさい!!」
その時、何かが動いた。
「「「え?」」」
大多数があげたその一言と。
「ん?」
一人のそんな声の中で。
高く舞い上がったローラが、ルイズの前に轟音と共に墜ちてきた。
衝撃から守るために効果を発揮した、彼女の持つ結界とぶつかって生まれた小さなクレーターの中。
それまでずっと変わらず本を読んでいたローラだが、さすがにそれは彼女の読書を止めるに値する行為だったようだ。
「え、えーっと……? つまり、ローレシアがわたしの使い魔?」
さすがのルイズも、この結果に戸惑う。
「ちょ、ちょっとルイズ! ローラはボクともう契約しているんだよ!?」
「でも、わたしの儀式で呼ばれたんだから、わたしの使い魔でも良いでしょ!?」
「駄目だってば!」
クレーターの中にいるローラに慌てて駆け寄ると、ローラを抱き抱えて近寄るルイズを威嚇するセレスと、それに真っ向から挑むルイズ。
「いやはや、これはどうしたものでしょうか。人間を呼んだこともですが、二人で同じ使い魔など……」
この光景を見ているコルベールが頭を掻くと、さらに数本の髪の毛が離れていく。
「分かった」
そんな状況にあって、ローラが二人に聞こえる程度の小声で、ポツリと呟いた。
「私があげたその腕輪。セレスのフクロウの杖程じゃないけど、私と少しだけ繋がってる」
「そういえば、シエスタから聞いたわ。ローレシアからだって」
ルイズが、今は両腕にはめている腕輪を撫でる。
「多分、それのせい。いつか私がここの様子を見に来るときに、あなた達にあげたそれらを目印にしようとしていたから。それが反応したと思う」
「そ、そんな……でも、それなら外してもう一度!」
腕輪を外してセレスに渡すと、ルイズはクレーターの上へとよじ登る。
「ルイズ」
そこに、背後のクレーターの下からローラが呼ぶ声。
振り返ったルイズに、下から何かが飛んでくる。
咄嗟に受け取ったそれは――
「赤い……貝殻?」
手のひらサイズで、珍しい炎の様に真っ赤な貝。でも、これがどうしたの? と訝しげな表情を浮かべるルイズ。
その貝を見てキュルケやタバサは興味を示し、コルベールもまた好奇心をそそられた。
そんな二人や、ルイズとセレスの視線を受けて、ローレシアが口を開く。
「お守り。わたしの師にして姉が研究してた物の一つ。何か問題があって姉様が預かってたらしいけど、名前が火の貝で召喚の儀式に使う物という以外、私は知らない。聞こうにも、姉様はずっと帰られないし、それでずっと預かったまま」
「預かり物だけど、少なくとも悪い効果は無いはず」と微妙に不安な要素はあるが、このまま儀式が出来なければ進級出来ず、結果退学になる可能性がある。
それだけは、彼女は絶対に避けたかった。
みんながローレシアから貰った他の物と同様に、これにも凄い力があるに違いない! いえ、きっとある! あると決まった!
そう心の中で叫ぶと、ルイズは瞑目して大きく息を吸う。
そして、静かに集中する。
その姿を見て、遠巻きに見ていた生徒達も野次を止めると、黙って続きを待つ。
春の陽気に包まれていたそこは、今や張り詰めた緊迫感に満ちた空間と化していた。
カッ! と目を見開いた、ルイズ。
左手に乗せた熱を帯びた貝と、右手の杖を高く掲げ呪文を唱え始める。
「宇宙のはてのどこかにいる、わたしの下僕よ!」
朗々と唄う様に。
他の者達とは全く違う呼びかけ。しかし、それ以上に目を引くのは、最初はぼんやりとしたものだったのに、どんどん赤い輝きを強めていく貝であった。
ルイズに渡したローラさえも、慌てたセレスにつつかれ本から顔をあげてその光景を見ると、驚きの余り言葉を失ってしまう。
「まさか……。私……ううん、エリ姉様にさえ反応しなかったのに……」
「強く、美しく! そして、生命力に溢れた使い魔よ!」
目の前で輝いている貝のことはルイズも当然気が付いているが、これがこの貝の効果なのだろうと気にすることは止めた。
背後のクレーターの下で、明らかに普段の怠そうなそれではなく焦りを見せているローラには、もちろん気が付く筈がない。
「わたしは心より求め、訴えて勝つわ! わたしの導きに、応えなさい!!」
そして、呪文は最後まで唱えられる。
貝からは赤い光が吹き上がり、辺りを激しい風が吹き荒れる。
突如吹き荒れる暴風に、本人とクレーターの下の二人以外は身を守るのに手一杯という状況の中で。
嵐の中心にいるルイズと、ローラとその結界に守られたセレスだけが、それを見ることが出来た。
強い光を放ちながらルイズの手を離れ上空高くに昇った貝が、キュルケが得意とする火球の様に変わると、まるで赤い流れ星の様に一瞬で天へと消えていったのを。
吹き荒れていた嵐が収まると、他の者も恐る恐る目を開ける。
自分達の無事を確かめると、遠巻きに見ていた生徒達は、騒ぎの元凶であるルイズに文句を言おうとして――
今まで起きた中でも最大級の爆発に身をすくめて、言葉を失う。
ルイズの足元に出来ている、大きなクレーター。
背後の穴から、ローラを抱き抱えたまま急いでやってきたセレスが、呆然と目の前の穴を見下ろすルイズの横に並んで、クレーターの中を覗き込んだ。
そこには、変わった四角い箱と光を失いつつある赤い貝を持った少年が、意識を失って倒れていた。
火の貝は、分かる人はどれくらい居るんだろう……
(出典)
ソーナンス:ポケットモンスターシリーズより
火の貝:貝獣物語シリーズより