ゼロの使い魔~竜の国からの遭難(?)録   作:ショウマ

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強さは誓約と共に

 

 

 トリステイン魔法学院を構成する六つの塔の内、その一つである火の塔は学院で学ぶ女子生徒達が生活する寮塔として使用されている。

 

「ほんとにもう……! いい加減にして欲しいわね!」

 

 ある日の朝、少女――ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは激しい苛立ちを見せていた。

 

 寮塔の三階にある自室の扉を、他の階にも響き渡る程の勢いで閉ざす。

 

 ――こんなはずじゃ無かったのに!

 

 あの日……一昨日の儀式の日から、何かが変わっていた。

 

 いつもと同じ学園。

 

 いつもと同じ教室。

 

 いつもと同じ部屋。

 

 しかし、何かが違う。

 

 親友とは楽しく語らい、好敵手(ともだち)とは口撃(ことば)を交わして互いを高め合い、お世話になる事が多い友人とは二言三言話をする。

 

 儀式を無事に乗り越え、短い間ではあったが、しかし決して忘れることはない不思議な日々を生み出した知人が、再びこの地に戻ってきた。

 

 それも、数日だった前回と違って長い期間一緒に過ごせる。

 

 そして、ルイズ自身にも使い魔が出来た。

 

 同年代の少年で、同じ状況で現れた知人と比べれば大きく見劣りしてしまうのは否めないが……。

 

 ルイズや親友、好敵手と知人が身に付けている魔法の装飾品。召喚の儀式を行う時には、それらを作った知人が持っていた道具も借りたのだ。

 

 ――ならば、彼にも凄い力があるのかもしれない。

 

 何よりも、知人は韻竜(予想)で色々な知識を持っており(予想)、先述の装飾品をその場で作り出す程の魔法の使い手(友人談)で、実際に病弱だった親友の病の根源を取り除いている(確実)。

 

 ――もしかしたら、自分が魔法を使えない原因を解明し、それどころか解決すらするかもしれない!

 

 ――さらに、親友と同様に身体が弱い姉の病の原因と快復も!

 

 ――わたしが進むこの先には、薔薇色の明日が待っているわ!

 

 ……そう思っていた時期が彼女にもあった。

 

 ――こんなはずじゃ無かったのに!

 

 違和感の片鱗は、あの日の夕方には既に出ていたのだ。

 

 ただ、その事に彼女は思い至らなかった。

 

 体力は、今でも余り無い親友のこと。きっと疲れてるのだろうと判断していたのだ。

 

 覚えていなくても仕方がないこととはいえ、もしルイズが、一年前に親友から聞いたある一言を記憶の引き出しから取り出せていれば、また違う話になっていたのかもしれない。

 

『――周りに気怠くなる力があるけど』

 

「……って、効果ありすぎでしょ!」

 

 ルイズはそう叫びながら、派手な音を立てて隣室の、無用心に鍵もかかっていないドアを開けていた。

 

 そのまま躊躇うこと無く中に入ると、もたれるようにして後ろ手にドアを閉める。

 

 正面にあるテーブルや、東側に鎮座する大きな赤褐色のクローゼットには見向きもせず。

 

 ルイズのキッ! とした眼差しは、西側に置かれたベッド――そこで眠る人物達の方へと。

 

 ご丁寧にも、窓には昨日までは無かった厚手のカーテンがかけられており、緩やかな起床を促すために射し込む筈の光は、完全に遮られている。

 

 それを見た鳶色の目はどんどんつり上がっていき――

 

 爆発する。

 

「セレス!! ついでにローラも! いい加減に起きなさい!!」

 

 怒声で、ベッド脇にある鏡台の上に置かれたコップが小さく震えた。

 

 

 

 

「それで、何か言いたい事は?」

 

 カーテンが開けられ、明るくなった室内。

 

 かなり大きな音を立てた筈のドアの開閉では起きずに、ルイズの怒声で飛び起きたのは部屋の主であるセレスティナ――セレス。

 

 寝起きは自他共に認める程に良い(体調不良時は真逆になる)彼女は、覚醒してすぐにベッド脇で仁王立ちしている親友に気付く。

 

 ピンクブロンドの髪は風も無いのに波打ち、いつもは生き生きとした輝きを放つ目は怒気のためかつり上がり、柔らかな笑みを浮かべているだけの口元が、今はかえって一層の恐怖としてセレスの琥珀色の目に映った。

 

 ――まずい。本気で怒ってる。

 

 子供の頃の僅かな邂逅の時間は別にしても、学園で友人として一年も付き合いがあれば、相手の事も完全にとはいかなくても分かるようにはなる。

 

 まずは、目の前にいる親友の怒りの溜飲を下げる所から。

 

「お……」

 

「お?」

 

「お……おはよう、ルイズ?」

 

「遅いのよ!!」

 

 すぐに身体は動いても、頭はまだ回っていなかった。

 

 火にたっぷりと油を注いだ上に風魔法で煽った結果となり、ひたすらゴメンナサイと繰り返しながら頭を下げるセレスと、我慢も限界とここぞとばかりに説教するルイズ。

 

「――シュヴルーズ先生の授業の時も!」

 

「だ……だって、あの時は――」

 

 

 

 

 使い魔召喚の儀の翌日、つまり昨日の最初の授業は、年輩の女性教諭――土のトライアングルである『赤土』のシュヴルーズによる〈土魔法〉の講義が行われた。

 

 教室は石造りで、前で授業を行う場所を最下段に、後ろの席にいくほど高くなっていく。

 

 春の新学期に、生徒達が呼び出した使い魔を見るのが楽しみと語る彼女は、最後尾の席に座っているセレスの横にそびえ立つ巨大な深緑色の本――それで隠れてしまっているためローレシアには気付いていない――と、ルイズの呼び出した黒髪の少年であるヒラガサイトに目を止める。

 

 二人の使い魔を変わった使い魔と評した後、彼女からの初めての授業が始まった。

 

 授業内容は、火土風水の四つと失われた〈虚無の魔法〉の合わせて五つの系統魔法の中で、土の持つ役割についての講義と、一年生の時にも習った土の魔法の基礎である〈錬金〉のおさらい。

 

 事件は、この時起きた。

 

 講義を行いながら、一年生の復習として誰かに〈錬金〉の魔法を使っともらおうとして、最後尾の目立つ四人――向かって左から本、セレス、ルイズ、ヒラガサイト――に視線が向かった。

 

 その視線は、少年と話すルイズの所で止まる。

 

「ミス・ヴァリエール。あなたに、前で〈錬金〉の魔法をやってもらいましょう」

 

 

 それを聞いた生徒達のほぼ全員が、一斉にギョッ! と驚きの表情を浮かべた。

 

「どうしたのですか?」

 

 生徒達のそんな姿を見て、シュヴルーズは怪訝そうに教室を見渡した。

 

「あの、先生はルイズを教えるのは初めてですよね?」

 

 そんな中、隣国ゲルマニアの女性特有の野性的な魅力を持つ、燃えるような赤い髪の妖艶な少女――キュルケが困ったような声を出した。

 

 彼女の額にあるサークレット、その中央にある赤い宝石がキラリと輝きを放つ。

 

「ええ。でも彼女が大変な努力家ということは聞いています」

 

「危険でやんす!」

 

「先生、再考を!?」

 

「ソーナンス!」

 

「紫角ウサギちゃん、俺もう……疲れたよ……」

 

「ラリホー」

 

「お静かに!」

 

 騒ぐ生徒達と、釣られて騒ぎだした使い魔達をまとめて一喝し、シュヴルーズはルイズを促した。

 

「さあ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。失敗を恐れていては、何も出来ませんよ?」

 

「分かりました。わたし、やります」

 

「え……ルイズ?」

 

 立ち上がったルイズから、彼女が身に付けていた腕輪を渡される。

 

 それは緑色の宝石の付いた一対二個の腕輪であり、身に付けている両者の合意があれば互いの魔法を使えるという、ローレシアから送られた強力な品である。

 

 てっきりこの腕輪の力を使うものと思っていたセレスは、これを外して前に向かうルイズを見て顔色を変えた。

 

 そして、コソコソと横の人物――騒ぎなど聞こえないとばかりに、自分の本を読み続けているローレシアの後ろへ。

 

 不思議そうにルイズとセレスを見ている少年に、手招きしながら声をかける。

 

「ヒラガサイト。キミもこっちへ」

 

「なぁ、一体何なんだ?」

 

「すぐに分かるよ」

 

 セレスの横にやってきたヒラガサイトからの質問にはあえて答えず。

 

 気が付けばキュルケと彼女の使い魔であるサラマンダー、そして同じくクラスメートで寡黙な少女――タバサも二人の後ろにいた。

 

 シュヴルーズが、題材として教壇の上に置いた石ころを前に、深呼吸をしたルイズは手に持っていた杖を振り上げた。

 

 朗々と短い呪文を唱え 、杖を振り下ろした。

 

 石ころには次々と光が集束――やがて小さな光の塊となり……爆発した。

 

 生まれた爆風は、至近距離にいたルイズとシュヴルーズを黒板に叩きつけ、机や椅子、窓を吹き飛ばす。

 

 あちらこちらから悲鳴があがり、教室は阿鼻叫喚の大騒ぎに。

 

「何事か?」

 

 教室の扉が開いて、黒い甲冑を纏った人物が入ってくる。

 

 そして、内側が赤く外が黒いマントをひるがえしながら室内の惨状を見渡して、小さく息を飲む。

 

「何だこれは? 戦場における〈錬金〉の使い方か?」

 

 倒れているのがシュヴルーズだと分かると、甲冑の人物はそう言いながら生徒達の無事を確かめる。

 

「ほう……良い腕だ」

 

 その際、教室の最奥――一番高い席の一角だけが無事なことを知り、そこにある巨大な本と、そこから顔を覗かせている少年少女達を確かめると、低い男の声でそう褒め称えた。

 

 男の近くで倒れていたルイズがむくりと起き上がる。

 

 煤で黒くなっていたり、制服もあちこちが破けたり裂けたりして下着が見えているが、怪我は無いようだ。

 

「大丈夫かね、ミス・ヴァリエール? 何があった?」

 

 男は、自分のマントを外してルイズにかけてやりながら問い、聞かれたルイズは教室に視線を走らせ、淡々とした声で答えた。

 

「ちょっと失敗したようです。コルベーザ先生」

 

 生徒達からの批難を、コルベーザは片手を上げて制す。

 

 それだけで、教室は水を打ったように静まり返る。

 

「ふむ……従兄弟のコルベールの奴の、おかしな実験の失敗のような物か」

 

 痙攣してはいるが、倒れたまま動かないシュヴルーズを、コルベーザは軽々と抱き上げる。

 

「シュヴルーズ先生がこの状態のため、本日の授業は自習とする。昼食の時間までは、各自で勉学に励みたまえ。もし希望者がいるならば、諸君には早いが実戦における魔法の講義を中庭でしてやろう」

 

 生徒達にそう告げると身をひるがえし、コルベーザは重厚そうな鎧の重さを感じさせぬ悠然とした足取りで、出口の方へと足を動かす。

 

 歩く度に甲冑が音を立てるが、出口まで来るとピタリと足を止める。

 

「ミス・ヴァリエール。犯した失敗は自らの力で返上するものだ。教室の片付けを命ず」

 

 言い終えると、コルベーザは教室を出ていった。

 

「ん?」

 

 ようやく何かに気付いたのか、黒い少女が本から目を離した。

 

 

 

 

「――ボクも手伝おうとは言ったよ? でもルイズが一人でやるって……。使い魔は主のために働くのが当たり前って、ヒラガサイトは一緒だったけど」

 

「ソレじゃないわよ!」

 

 昨日の騒ぎを思い出しながら話すセレスに、ルイズは首を横に振る。

 

 違うと言われて首を捻るが、思い当たったらしく小さく「あ……」と呟く。

 

「机や窓の搬入はきちんと手伝ったよ? 片付けと整えるは違うって、苦しい言い訳も考えて……」

 

 運んでくるのはヒラガサイトが、元の位置に置くのは浮遊の魔法を使ってセレスが担当した。

 

 搬入も手伝おうとしたセレスだが、身体が弱いことを聞いていたヒラガサイト曰く。

 

「俺がやる。女の子は重い物を持っちゃいけない」

 

 と言ったため、申し訳無く思いつつも彼に任せることにした。

 

 “片付け”の内、煤で汚れた教室を雑巾で磨いたりといった清掃も、ほとんどを彼がしていたのだが……。

 

 ルイズがしたことは、机を拭くくらいである。

 

「もう、それでもないわよ!」

 

「ええ~……他にあった?」

 

 それも違うと言われ、セレスは小首を傾げる。

 

 思い当たらないらしい親友に、ルイズは癇癪を起こす。

 

「ローラの後ろに隠れていたことよ!」

 

「え、そっち!?」

 

 全く考えに入っていなかったことだった。

 

 セレスの表情からそれを読み取ったのか、ルイズは親友に指を突き付ける。

 

「あ……ああ……あなたもわたしの魔法が失敗するって思ってたってことでしょ!?」

 

「い……いや、あれはでも……ほら、キュルケやタバサだって……」

 

 至近距離まで詰め寄られてしどろもどろになりながらも、セレスはそう言って回避を試みる。

 

「あの二人は良いのよ!」

 

「ええーーっ!?」

 

 しかし、一言で切って捨てられた。

 

「その後の昼食の時だって!」

 

「あ……あの時は――」

 

 

 

 

「諸君! 決闘だ!」

 

 金色の巻き髪に、フリルの付いたシャツを着た、気障な少年メイジが造花の薔薇を掲げてそう宣言した。

 

 場所は学園の西側にある中庭。

 

 女子寮に使われている火塔、主に室内授業が行われる風塔、そして中央の主塔の三つに囲まれた場所にあるヴェストリの広場は、日中でも日が余り差さないため決闘にはうってつけだった。

 

 気障な少年メイジは、名をギーシュ・ド・グラモンといい、その二つ名は『青銅』。

 

 広場には大勢の生徒が詰めかけ、ギーシュの宣言に歓声が巻き起こっていた。

 

「ギーシュ。本当にやるのか? 貴族同士じゃないから見逃されているものの、本来は決闘は禁止されている。コルベーザ先生が介入したらオワルぞ?」

 

「大丈夫だ、我が友ギャブーロ! 僕達貴族を馬鹿にしたあの平民に、思い知らさなくては! コルベーザ先生も分かってくれるさ! それに、相手は僕達の力を理解していない平民だ。ちょっと脅せばすぐに降参するさ」

 

「そうは思えんが」

 

 広場の中央で対戦者を待ちながら、ギーシュは気障な仕草で、隣にいる友人の緑髪の少年と話をしていた。

 

 ギーシュと背も余り変わらない少年――ギャブーロは嘆息を吐くと、ジト目で友人を見つめる。

 

「な、何だいその目は?」

 

「お前が落とした香水の瓶を拾ってくれたのがあの少年。その小瓶はお前が彼女から貰った物。そして、お前はその子とは別の子とも付き合っていた」

 

「人聞きが悪い言い方をしないでくれたまえ、我が友よ。女性を楽しませる薔薇の存在の意味を、君は理解してくれたじゃないか」

 

「オレは理解はしたが、同意はしていないぞ。あの少年の二股という意味の方が、はるかに同意出来る」

 

「ははは。君は冗談も上手いな」

 

「ハハハ。駄目だこりゃ」

 

 大仰に、お手上げと言わんばかりにギャブーロは両手を広げる。

 

「ほう、逃げずに出てきたな」

 

 真っ直ぐにこちらに向かってくる平民の少年を見つけて、ギャブーロはギーシュに背を向けて観客達の方へと足を進める。

 

「帰らずに、僕の勝つ所をきちんと見てくれよ?」

 

 友人に声をかけると、片手を上げて了解が返ってくる。

 

「分かってるよ」

 

「ははは。どこかで君の美人のお姉さんも見ていないかな」

 

「ハハハ。クシュラ姉さんとソニア母さんに手を出すつもりなら、規則を無視してオレがお前と決闘だ」

 

「ふ。心の友とは戦いたくないから、やめておくよ」

 

「そうしてくれ。オレも闘いたくない」

 

 ギャブーロが去り、やって来た平民の少年――ヒラガサイトが、十歩ほど離れた位置でギーシュの前に立つ。

 

「逃げずによく来たな。それは誉めてやろう」

 

「誰が逃げるか、キザ野郎」

 

 売り言葉に買い言葉で、互いに剣呑な雰囲気に包まれる。

 

「君は本当に貴族に対する礼儀を知らないな。名があるなら聞いてあげようじゃないか、ルイズの使い魔君?」

 

「俺の名は平賀 才人! お前達風に言うなら、サイト ヒラガだ。 使い魔君とか言うな!」

 

「良し。では、始めようかサイト!」

 

 ギーシュが薔薇の花を振ると、花びらが一枚宙を舞い――。

 

 地面に着くと同時に、そこから甲冑を着た女戦士然とした、金属製の人形が現れる。

 

「なっ!?」

 

「僕はメイジ。当然、魔法を使わせてもらう。そして、僕――『青銅』のギーシュの剣はこの青銅のゴーレム〈ワルキューレ〉だ。メイジを相手に素手とは、余程腕に自信があるようだ」

 

 人間サイズとはいえ、いきなりそんな物が出てきたことに驚く才人に、ギーシュはワルキューレを撫でながら指示を出す。

 

「いけ、ワルキューレ」

 

 素手での殴り合いを想定し、キザでヒョロヒョロなギーシュになら勝てる! と思っていた才人に、武器などあるわけが無かった。

 

 そもそも、平和な世界からやって来た彼には、そういう発想すら無かったのだから。

 

 ルイズも時々口にするが、貴族だ平民だという言葉に苛立ち、女の子達の心を傷付けているのに、それを理解しようともしないことに腹を立てただけなのだから。

 

 突進してきた青銅製のゴーレムが繰り出した右の拳を、才人は必死に転がって避ける。

 

「上手く避けたな。でも、いつまで避け続けられるかな?」

 

「ギーシュ! ヒラガサイト!」

 

 人込みからルイズが飛び出してきた。

 

「来るな、ルイズ!」

 

 だが、それを才人が止める。

 

 聞いたことも無かったその真剣な声に、ルイズは足を止めた。

 

「これは俺とギーシュとの決闘なんだ!」

 

「平民にしては素晴らしい心構えだが、ここで退いたらどうだね?」

 

 おちゃらけた態度ではなく、その気質を良しと見たギーシュは真面目に、サイトに辞退するように促す。

 

「嫌だ」

 

 しかし、才人はそれも拒否する。

 

「あ、あんたバカでしょ!? 平民は、絶対にメイジには勝てないのよ! いくら何でも分かるでしょ!?」

 

 非現実的で無茶を言う自分の使い魔に、ルイズは声を荒げる。

 

 自分が許可していない決闘への怒りに、これで大怪我をしてしまうのではないかという心配や不安。

 

 それでも頑なに指示を聞こうとしない使い魔に、理解出来ないルイズの心は乱れ、感情が昂ったせいで目は潤んでいる。

 

「大丈夫だ。何とかなるし、してみせる」

 

 振り向いた黒い筈の彼の目が、ルイズには赤く燃えているような錯覚を覚えた。

 

 そんなルイズに向かって、サイトが静かに宣言する。

 

「それに……」

 

 サイトが右手でズボンの中から取り出したのは、ルイズが儀式の時にローレシアから借りたままだった、赤い貝。

 

 あの時ほどでは無いが、貝は赤い光を放っていた。

 

「この貝の『声』が聞こえるんだ。急に喚ばれて、無茶を言われて、辛いこともいっぱいあった。誰かに助けられてばかりだった。最後にはぎりぎり何とかなっただけで、そこにいくまでに助けられなかったこともたくさんあった。それと、そんな想いをさせてしまったことを悔やむ『声』が」

 

 才人はギュッ! と、温かな熱を帯びている貝を握り締める。

 

「そんなことはもうさせない。させたくない。だから――」

 

 ――何とかする力を。

 

 ――あれこれ言われて、させられて、むかつく女の子を……居場所をくれて、心配してくれたルイズを泣かさないようにするために。

 

「泣くこともない。火は、どんな涙も必ず渇かす。だから、ここはやらせてほしい」

 

「この……馬鹿サイト。もう知らない、勝手にしなさい」

 

 いきなり、その手の中の貝のように熱を帯びたことを言い始めたサイトに、戸惑いつつもルイズは少し下がった。

 

「目の前でそういうのを見ると、君と戦う気が大きく削がれてしまったよ。やはり降参はしないのかね?」

 

「そっちこそ、過ちを認めて降参はしないのかよ?」

 

「僕の方が優勢なのにかね? ルイズに配慮して、今なら見逃してあげようと言っているのだよ」

 

「んじゃ、やだね!」

 

 お互いに言い合い、やがて同時にフッ! と笑みを浮かべる。

 

 そして。

 

「いけ、ワルキューレ!」

 

 再び突進してくる戦乙女のゴーレム。

 

 身構えた才人は、落ち着いて振り下ろされる拳をサイドステップで避ける。

 

「避けるだけでは、僕のワルキューレには勝てないぞ?」

 

「分かってるよ!」

 

 髪の手入れを行いながら話すギーシュに怒鳴り返すも、才人は必死に考えていた。

 

 ――青銅なんか殴ったらさすがに手が保たないかな? 何か、ルイズの杖は……駄目だあっさり折れそうだ。

 

「チクショウ。何かないか何か……武器があれば。武器が!!」

 

 突進してきたゴーレムを見据えながら、才人は吼えた。

 

 迫ってきたゴーレムが、空から飛んできた何かにぶつかってギーシュの方へと弾き飛ばされた。

 

「な、ワルキューレが!?」

 

 サイトを守るようにして浮かんでいるのは、深緑色の巨大な本。

 

「そ……それ、ローラの!?」

 

 何故かこの場に居ないセレスと、彼女と一緒にいる筈のローレシアがいつも持っているソレを、見間違えることは無い。

 

 共に食堂で食事をとるため、目立つソレを知っている生徒は非常に多くあちこちからざわめきが広がっていた。

 

「確か、セレスティナの使い魔の子が持っている本だったな。友人の使い魔が友人の使い魔を助けにきたと? しかし、大きくてもそんな本でワルキューレは倒せない」

 

 飛んできたことには驚いたが、ワルキューレが吹き飛ばされたことは偶然に違いない。

 

 そう判断したギーシュは、薔薇を振って合図を送る。

 

 起き上がったワルキューレが、突進しながら拳を振り上げた。

 

 才人は貝を急いでポケットに戻すと、巨本の開く方の角を両手で持つ。

 

 ――何だか、ルイズに付けられた左手のルーンが熱いな。

 

 そんなことを思いながら、本の背側の角をゴーレムに叩き付けた。

 

「ぅおぉおーーーっ!!」

 

 渾身の一撃で、青銅のゴーレムが砕け散った。

 

「そ、そんな馬鹿な!?」

 

「ウソ……」

 

 信じられないとばかりにギーシュとルイズが驚き、思ってもいない光景に見ていた生徒達は大きく沸き立つ。

 

 

「ギーシュ。まだやるのか?」

 

「む、当然だ! 僕も退くわけにはいかない!」

 

 舞う薔薇の花びらが六枚。

 

 全部で七体のワルキューレが武器のギーシュ。

 

 才人を相手にするなら一体で充分と思っていたが、おかしな状況を前に余裕は無くなった。

 

 出し惜しみはせず、全力で決闘に挑んだ――

 

 

 

 

「――近くに居てくれたら……ううん、ローラだってあの本を貸してくれたのに、あなたは何してたのよ!?」

 

「昨日も言ったよ!? ギーシュを相手にしたら多分大怪我するから、シエスタに包帯とか用意してもらって、ボクは治療薬を探しに行ってたって! それに、ローラは部屋で寝てたってば!」

 

 お互いに一歩も引かない。

 

「じゃあどうしてサイトの所にあの本が飛んでくるのよ!? 持ち主でもないのにおかしいでしょ!」

 

「ボクに聞かれても知らないってば! ローラかヒラガサイトに……って、その彼は?」

 

 ハァハァと息を荒げているセレスは、ここでようやく部屋に入ってきてるのはルイズ一人だということに気が付いた。

 

「あの馬鹿なら、あの後謝罪してきたギーシュと話し込んで、「お前案外良い奴だな!」「君もな!」って打ち解けて、ずっと騒いでたみたいよ? 今はゼンシンガキンニクツウ? とか何とかで、唸りながら寝てるわ。もう、うるさいったら」

 

「痛そうだね。大丈夫かな」

 

「あんた達、自分の心配したらどう?」

 

「「え?」」

 

 入ってきたのはキュルケとタバサの二人だった。

 

「朝食、もう終わったわよ?」

 

「ごちそうさま」

 

「「あああああっ!?」」

 

「……ん?」

 

 二人の悲痛な叫び声に、眠りっぱなしだった少女が目を覚ました。

 

 

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