才人がギーシュと決闘をした日。
トリステイン魔法学院の中央にある本塔の最上階。
そこにある学院長室の中には現在三人の人物がおり、中から外に声が漏れないようにあちらこちらに〈サイレント〉の魔法がかけられた中で、その内の一人が熱弁を振るっていた。
「――というわけでありまして、あの少年の左手に浮かんだルーンは伝説の使い魔! かの偉大なる始祖ブリミルが従えたという『ガンダールヴ』のものであります!」
一冊の本を片手に、手振りを交えて話しているのはコルベールという名の男性教師。
ルイズやセレス達の使い魔の儀式を受け取った人物で、その二つ名は『炎蛇』。
火系統の術を得意とし、ときどき他の者には理解されにくい発明を行う男だった。
気になったことは徹底的に調べないと気がすまない質の彼は、儀式の日にルイズが呼び出した少年――才人の左手に現れた珍しいルーンのことを調べ続けていた。
始祖ブリミルがハルケギニアに新天地を築いて以来の歴史が、全て詰め込まれているという学院の図書室にこもり、見当たらないと教師以外は入れない奥の『フェニアのライブラリー』をも利用して。
その甲斐あって、彼は一冊の本とその記述に辿り着く。
唾を飛ばしながら熱く語るコルベールを、重厚なつくりのテーブルに両肘をついて話を聞いていた人物――白い口髭に白髪で年齢不詳の老人こと、オールド・オスマンが片手を上げてそれを制した。
「君の言い分は分かった。君のメモしたルーンと、この本のそれは全く同じものじゃ。しかし、それだけで決めるのも早計。そうは思わんか?」
そう言ってオスマンは、この部屋にいる三人目の人物に視線を移した。
「この件、君はどう思う? ミスタ・コルベーザ」
季節を問わず黒い甲冑を纏う人物は、問われて小さくフムと声を漏らした。
「私が見た限りでは、あの少年はどこにでもいる『普通の少年』と思います。……コルベール」
親戚……従兄弟に当たる人物へ。
「『ガンダールヴ』は確か始祖ブリミルを守る武人だったそうだな?」
「そうです! あらゆる『武器』を使いこなし、千人もの軍隊を一人で壊滅させるほどの力を持ち、あまつさえ並のメイジではまったく歯が立たないと言わしめた伝説があります!」
「始祖ブリミルが唱える強力な魔法はその詠唱が長く、その間の無力で無防備な身をガンダールヴが守っていたそうじゃ」
コルベールと、その後を継いだオスマンの話を聞いて、コルベーザはもう一度小さくフムと呟く。
「ならば、なおさらあの少年は『ガンダールヴ』とは思えません。手はおろか、体つきそのものが武人のものではありません」
「そんな!」
「まあ、待つのじゃ」
コルベーザにコルベールが食って掛かるも、それを再びオスマンが止める。
オスマンが口を開こうとしたその時、ドアがノックされた。
「誰じゃ?」
「私です。オールド・オスマン」
コルベール達との話をする間、外に出てもらっていたオスマンの秘書のミス・ロングビルだった。
オスマンは杖を振って、サイレントを解除する。
「なんじゃ?」
「生徒達が決闘をしており、それを止めるために秘宝『眠りの鐘』の使用を求めています」
「アホか。子供の喧嘩に秘宝を使うじゃと?」
呆れるオールドオスマンに、コルベーザが背を向ける。
「私が行って、馬鹿共を制圧してきましょう」
「君がやると大穴が空きそうじゃな。聞き忘れたが、決闘をしてるのは誰かね?」
「ギーシュ・ド・グラモンと、ミス・ヴァリエールの使い魔の少年です」
「あの少年、勝ってしまいました……」
部屋に置かれた『遠見の鏡』で一部始終を見終えた三人。
「妙な動きですな。最初の逃げている姿は素人のそれ。しかし、武器……本を持ってからの動きはそれまでとは全く違う」
訝しげに呟くコルベーザとは違い、コルベールは満面の笑みを浮かべていた。
「ギーシュは一番レベルの低い『ドット』のメイジではありますが、普通の少年に後れをとるとは思えません。やはり『ガンダールヴ』では!」
「ふむう……」
考え込んでいるオスマンに、コルベールが促す。
「王室に連絡して、指示を仰ぎましょう!」
「いや、それには及ばんし、危険じゃ。喚ばれた時までは普通の少年だったのに、何故『ガンダールヴ』になったのか。それに、魔法の成功率が『ゼロ』と呼ばれるメイジとの関連が謎じゃし、理由が見えん」
重々しく語るオスマンに、コルベーザが頷いた。
「王室で暇をもて余している者達に生徒達を渡すわけにはいかないと、オールド・オスマンはお考えなのだコルベール。戦をやりたがっている連中もいるからな」
「な……なるほど。さすがは学院長、その深謀には恐れ入ります」
「良いな、二人とも? この件はしばらく預かる。他言無用じゃ」
「は、はい! かしこまりました!」
「御意」
二人の返答を聞いて首肯するオスマンは、そういえばと顎髭を撫でながらコルベールに問いかけた。
「もう一人の子はどうなのかね? ほれ、『ガンダールヴ』が使った本の持ち主らしい女の子。ミス・シェロティアの使い魔じゃったか?」
「は……あの子ですか」
聞かれて、答えるコルベールは歯切れが悪い。
「私も興味があるな。あの者は相当強力なメイジと思うが」
コルベーザも甲冑越しに従兄弟へと視線を向ける。
「それが――」
『すみませんが、完了したのならルーンを確認したのですが』
『ルーンはあるけど見せない』
『な、何故です?』
『セクハラは重罪』
『せ、せくはら……とは何ですか? チラッとでも良いですので確認を』
『第一の竜罰アインス・ゲバウト〈ヘヴィグラビティ〉』
『黒い玉が……ぐふっ』
「――というわけでありまして、黒い玉に触れると物凄い力で地面に押さえ付けられました」
「よく分からんが、何やら不吉な話じゃなあ。寒気がするわい」
※ ※ ※
「ただいま~、ローラ……って、何この部屋のありさま!?」
授業を終えて部屋に戻ってきたセレスは、何やら部屋に散らかっているアレコレを見て驚愕する。
「おかえり」
それを、ベッドに寝転がって本を読んでいるローレシアがいつも通りの気怠そうな声で迎える。
「おかえり、じゃないよ!? 足の踏み場も無いじゃないか! 何やってるのさ!?」
「魔法の練習。上手くいかない」
浮かんで床の上の物を避けながら、無事なベッドの上へと移動したセレス。
床を指しながら話すも、ローレシアは本の方を向いたまま首を傾げている。
注意しようとしたセレスを、扉からのノックが遮る。
「セレス~。入るわよ……って何よこれは!?」
「ひでぇな、こりゃ」
返事を聞く前に扉を開けたルイズが、先のセレス同様に部屋の有り様を見て驚きの声を上げる。
彼女の後ろから顔を覗かせた才人も、部屋の中を見て「うへぇ~」と声を漏らしていた。
「ルイズと違って、セレスは真面目だと思ってたんだけどな……」
「やったのはボクじゃないよ!?」
「わたしと違ってって何よ!?」
少女二人からは抗議の声、ルイズからはついでに拳も飛んだ。
鳩尾に拳を受けて床に沈む才人には目もくれず、ルイズは腕輪の魔力でセレスの魔法を使ってベッドに移動する。
「この部屋は相変わらず賑やかね。あら、ダーリン。またヴァリエールにいじめられてるの?」
三度扉が開き、キュルケとタバサが入ってくる。
キュルケは足元で才人がうずくまっていることに気が付くと、妖艶な目で才人を見つめた。
「キュルケ、誰がダーリンよ! ツェルプストー、わたしの使い魔に手を出さないで!」
「決闘の時の彼、格好よかったわ。身を焦がすツェルプストーの宿命である、恋の業火が燃えるくらいに」
「勝手に燃やさないでよ!」
「ボクの部屋で喧嘩しなくても」
火花を散らす二人を無視して、タバサはベッドの端に移動して座ると持参している本を読み始める。
時折、ローレシアの持つ巨大な本に視線を向けているが。
「コール」
それらを無視して、ローレシアが何かを唱える。
「あ、こら……!」
ローレシアの前に現れたのは球形の寸胴な胴体に、弧を描いて突き出た細い口と上部に持ち手が付いた黄銅色の物体だった。
「違う」
そのまま横に放る。
「よっ……と」
身を起こした才人が飛んできたソレを受け止める。
「ん? これ、ヤカンか? こっちにも同じ形のがあるんだな」
彼の声はギャーギャーとやりあっている二人にかき消された。
才人が受け取ったことに胸を撫で下ろしたセレスは、キッ! とローレシアを見つめる。
「ローラ。物を投げちゃダメだよ! 他の部屋の人に迷惑になるじゃないか!」
「大丈夫」
いつも通りの声であっさり答える。
「何が大丈夫!?」
「床に魔法をかけてある。投げても音はしない」
「え……?」
それを聞いて呆けた声をあげるセレスとは逆に、タバサはすぐに動いた。
靴を脱いで、床に落とす。
靴は床につく前に止まり、ゆっくりと着地する。
「不思議」
タバサは少し考え、靴をもう一つ落として確かめる。
同じ結果になると、今度は自分が飛び降りる。
やはり着地前に止まり、ゆっくりと下りていく。
「不思議」
もう一度呟く。
「だから、セレス」
「なに、ローラ?」
タバサの行為を見て完全に気が削がれたセレスに、ローレシアは本から目を離さず告げた。
「あの二人の方が近所迷惑」
「ああっ!?」
「それで、いい加減にローラから話を聞きたいかなって思ったのよ」
セレスに仲裁されたルイズはそう言って、ローレシアの方に視線を移す。
その表情には必死さが見てとれる。
「お願いローラ! わたしも魔法が使えるようになりたいのよ!」
「もう使ってる」
ルイズに、ローレシアは簡潔に答えた。
「……へ?」
ややあってルイズは間の抜けた声をあげた。
そのルイズの視線を受けたセレスは慌てて首を横に振る。
「ど、どういう意味?」
「召喚と契約。この二種は魔法では? 私の国でも魔法に分類されてる」
初めて顔を動かして、その漆黒の目が真っ直ぐにルイズを見つめる。
「少なくとも、ゼロじゃない。私が貸した火の貝は儀式を助けただけで、貝そのものが魔法を使ったわけじゃない。自信を持ったらいい」
「そ……それじゃ他の魔法が使えない理由は?」
「私はここの魔法体系を知らないから、説明出来ない。私が言えるのは、私が知る魔法の理論だけ」
「そ、それでも良いから!」
「ボクもそれは興味があるな」
「あたしも」
「私も」
ルイズだけじゃなく、セレスにキュルケ、タバサも興味を示した。
「キュルケ達からは話を聞いた。あなたの使う魔法には興味がある。翻訳とか」
「あれ良いよね。本を読むのに最適だし」
淡々と話すタバサにセレスも同意する。
「面倒。今いそがしい」
しかし、そんな四人にローレシアはいつもの言葉で返す。
そして、本の方に顔を戻す。
「俺はこの貝のことがききたいんだけど。後、いろいろ作れるらしいけど何か武器とか出来ないかなって」
「それも面倒。武器ならその辺に落ちてる」
「面倒って言われてもな……他に聞けるやつなんていないし。とりあえず、武器武器」
ガラクタを掻き分ける。瓶に指輪に花、切り株みたいなものまで転がっていた。
しかし、面倒の一言では止まらない少女が一人。
「ローラ、お願い。教えて!」
確かに使い魔に関する二つは成功(?)している。
しかし、それだけでは普通のメイジにはなれない。
腕輪の力でセレスの魔法を使えても、それでは意味がないのだ。
自分の力で魔法を使って、「これが私の魔法よ!」と胸を張って言いたいのだから。
「私が言うのは私の知る魔法の理論。魔法を使えなくても、私は責任を取れない」
ローレシアはもう一度そう告げる。
「それでも良いから……恨んだりしない! だから、お願い」
「ローラ、ボクからもお願い。ルイズの助けになってあげて」
ルイズとセレスからの再三の要望に、ローレシアは呪文を詠唱することで応えた。
「
魔法を唱えると、ベッドの上に立った状態でローレシアが二人現れた。
雰囲気も服装も同一に見える。
「
「そちらの魔法が分からないから何とも言えない。私の分身」
「効果は一緒。後は、細かい部分を」
「ちょっとタバサ、後にして! 先に私の方を!」
根掘り葉掘り聴こうとするタバサを止めるルイズ。
頷いたタバサはあっさり引き下がる。
「じゃ、どちらかルイズに説明。もう一人は才人に」
寝転がっているローレシアがそう言うと、立っていた二人は互いに顔を見合わせて、頷き合う。
そして、その二人も寝転がる。
「あなた達が行って。私は読む」
「そう言うあなたも行って。これは私」
「何を言ってるの? あなた達が行くの」
あろうことか、三人のローレシアは互いに言い合いを始めてしまった。
言い分はただ一つで『あなたが行け』。
「ボク、こんな喧嘩初めて見たよ」
「み、みにくい争いね。いつになったら話が聴けるのよ」
「自分同士で喧嘩するなんて。しかも動きたくないからって」
「偏在もそれぞれに思考がある。後は効果の距離だけど」
「剣どこだよ」
やがて、三人の口論は段々熱を帯びてきて――立ち上がった一人の目つきが変わる。
セレスとルイズ、キュルケには見覚えのある竜の眼へと。
それを見てギョッ!? とする三人。
残る二人も立ち上がり、その眼もまた変わっていく。
「いい加減にあなた達は仕事して」
「そもそもあなた達が面倒がらなかったら解決してる」
「そう言うあなた達がまずお手本を示して」
三人は互いに剣呑な雰囲気を纏わせている。
そして、ついに……
「「「やるき?」」」
一斉に――彼女の本気らしい――文庫サイズの黒い本を取り出す。
「「「やめなさい!!」」」
怒鳴った後に、三人はそれぞれにローレシア達を抱き上げる。
「キミは動くまでが遅いのに、キレるのだけは早すぎるよ!」
「こんなところで竜になったら部屋どころか学院が壊れるでしょう!」
「ダーリンが潰れたらどうするのよ!」
三人がそれぞれに抱き上げたローレシアに説教を行い、はたと気が付いた。
「このまま連れていけばいいんじゃ?」
「「「え?」」」
思わず聞き返した拍子に眼は戻り、黒い本も消え去る。
「才人行くわよ?」
「あなたじゃ抱えられないでしょうし。タバサ、行きましょう」
「レビテーションで浮かせる」
「ローラ。図書室のほんで読めないのがあってさ、訳してほしいんだ」
「この鞘付きの剣で良いかな。ルイズー、外で素振りしてていいか?」
こうして学院の静かな危機は少女達に防がれた。
「プハァー。ようやく喋れるぜ! え、何、終わり?」
「ローラ?」
「ん?」
「あれだけやって、結局何が必要だったのさ?」
「机の上のコップ。水」
「動きなよ!!」