ミス・ロングビルは優秀な女性である。
トリステイン魔法学院の学院長であるオールドオスマンから日々セクハラまがい……セクハラそのものを受けながらも、それをいなして蹴倒しながら、まともに仕事をしない彼の秘書を勤めあげていた。
雇われて二ヶ月ほどだが毎日を気楽に過ごしている老人の代わりに仕事をこなし、ストレスを大量に溜め込みつつも、今日も彼女はテキパキと精力的に活動する。
彼女特製の紅茶を飲んで、気持ちよく起きそうに無い居眠りをしている上司の代わりに、彼女は『仕事』に取り組むのだ。
「あ、ミス・ロングビル」
「あら、ミス・シェロティア。今日は調べものですか?」
彼女が赴いた先は学院内にある図書館。そこには司書兼管理人と、机の上に数冊の本を広げた二人の人物が居た。
図書館に入ってきたミス・ロングビルに対して司書の女性は軽く頭だけ下げて、本と格闘していた二人の片割れ――セレスティナは顔を上げて嬉しそうに軽く片手を振っている。
もともと本が好きなセレスティナ。一年前のあの出来事以来、暇な時間があれば足繁くここに通っており、やはり公私でここを訪れることが多いミス・ロングビルとは顔見知りである。
厳格な者が多いトリステイン貴族の中では珍しく、偏見や人見知り、物怖じしないセレスティナ――幼少期の挨拶に赴いた際の記憶があったルイズに対しては別だったが――は訪れたミス・ロングビルにも積極的に話しかけていた。
セレスティナにとっては、質問すれば分かりやすい例えと共に答えが返ってくる聡明な彼女は憧れの存在だった。
余談だが、本の虫であるタバサもこの図書館によく通っている。だが、他人を寄せ付けない『雪風』の少女とまともに話が出来たのは、あの使い魔の儀式の時が初めてだったりする。
一言二言の単語のやりとり程度ならあるが、それだけである。
タバサの静かに本に没頭したいという、どこか『迷い人』と同じ雰囲気を感じたセレスティナは邪魔をしない方向にシフトしたためである。
訪ねられた少女は頷きながら、そうです! と小声で答える。その弾みで濃紫色の髪が揺れた。
ミス・ロングビルが、セレスティナの横にいる見慣れない黒い少女に視線を移す。
視線を向けても何か反応があるわけでもなく、黒い少女はただ怠そうにぐてーと机に突っ伏していた。
「あ、この子はボクの使い……友達のローレシアです」
「話には聞いていますわ。ミス・ヴァリエールと二人、変わった人間の使い魔を呼び出したと。仲が良いとは聞いていたけど、そこまで一緒にならなくても」
「うう……確かに二人……四人とも少し変わっているかもしれませんが」
少しばかり自覚はしていたが、憧れの人物に呆れたように言われると気にはなってしまう。
「それで……あら、また旅行記? あなたは本当に好きなのですね。でも、その古書はあなたにはまだ難しいんじゃないかしら?」
セレスティナが机の上に広げているのはシリーズものの本で、簡易ではあるがイラストもあり他の国はもちろん、遥かな東方の地についても書かれたものだった。
『フェニアのライブラリー』に納められるほどでは無いが、生徒が読むにはやや難しい。
セレスティナも何度か挑戦していたが、一冊目の序盤からつまずいて唸っていた姿を彼女は見ていた。
「はい。ですから今日は読める子を連れてきました」
そう言って、笑顔で隣の黒い少女を示す。やはりピクリとも動かないが。
「その子は読めるのですか?」
「たぶんですが、ほとんどの文字や言葉が分かるみたいです」
「それはそれは。ミスタ・グラモンを決闘で破ったあの少年といい、やはりかなり変わっていますね」
「うう、ミス・ロングビル。変わったと言われると何故かボクの心に刺さります」
彼女の目が一瞬鋭くなったことに、うつむきルイズよりは有る胸を押さえたセレスティナは気が付かなかった。
少女が顔を上げた時には、既にそこには少女が好きな『いつもの』優しそうな彼女の顔があったから。
「ミス・ロングビルは今日もお仕事ですか?」
「ええ。最近、トリステインを騒がしている盗賊がいるでしょう?」
「あ、知ってます! 『土くれ』のフーケですよね? 狙った宝物は必ず盗む大怪盗!」
土くれのフーケ。
時に静かに、時に激しく、昼夜を問わず大胆不敵な手法で神出鬼没に盗みを働くフーケに、治安を預かる魔法衛士達も振り回されるばかりだった。
被害総額もかなりのもので、それで分かったことがフーケが強力な土メイジだということ。
主な手口は〈錬金〉の魔法で、それで扉や壁に穴を空けて内部に潜入する。
被害にあったのは、強力な魔法が付与されたマジックアイテムを所有する貴族ばかりだが、当然のように屋敷には〈錬金〉対策で強力な〈固定化〉の魔法がかけられていた。
にも関わらず、土くれに変えられてしまうことが多々あった。
それと合わせて、身の丈三十メイルほどの巨大なゴーレムもフーケは扱う。
屋敷を破壊し、追手の衛士達をものともせずに蹴散らして逃げ去る。
それらから推測されるのは、フーケはトライアングルクラス以上……一口にトライアングルクラスと言ってもピンキリで相性もあるが、その中でも強力な土メイジであることだけだった。
犯行現場には、必ず自身が盗んだことを知らせるサインを残す性別すらも分からない怪盗に、衛士達は辛酸を舐めさせられっぱなしだった。
話題の怪盗のことはセレスティナはもちろん、学院の生徒たちの多くが知っていた。
「そのフーケが学院に来ないとも限らないから、宝物庫の対策が万全かどうかを調べて、ついでに目録も作ろうかと思って」
本塔の五階、学院長室の下の階には宝物庫があり、その中には古来から伝わるガラクタや珍宝、至高の一品といった物が所狭しと並べられていた。
「そういえばここの宝物庫には色々な物がありますし、マジックアイテムを狙うフーケが興味を示すかもしれないんだ……。でも、ミス・ロングビルが仕事熱心なのはいつものことですが、目録作りは別にしてもここは大丈夫じゃないでしょうか?」
「あらどうして?」
「オールドオスマンを始めとして、先生方――多くのメイジが居るからです。特に、コルベーザ先生!」
「……そうね」
自信満々に告げるセレスティナに、ミス・ロングビルも反射的に頷いてしまう。拍子で素に近い口調も出てしまったが、少女は特に気にしていないようだ。
実際に、僅かな人数しかメイジが居ないことも多い貴族の屋敷と違い、この魔法学院には多くのメイジがいる。
生徒も含めれば、一番ランクの低いドットから、スクウェアのオールドオスマンまで。
その中でも実戦的な魔術講師であるコルベーザは群を抜いており、『伝説』とまで言われつつも普段の態度で減点されるオスマンよりも、実力が上と目されることがしばしば。
いかつい重厚な甲冑を纏いつつも阻害なく動く彼の姿がその評判に拍車をかけ、生徒からの信頼も厚く人気も高い。
先のセレスティナ同様に、多くのメイジがいるここを襲うものはいないとばかりに寝ずの当直をサボりがちな他の先生と違い、彼と従兄弟のコルベールは真面目にこなしているようだ。
「確かに、ミスタ・コルベーザが居る限りどうにも……フーケが手を出してもすぐに捕まりそうですわね」
「はい!」
何やら考えながら話す女性に、少女は自信満々に迷いなく頷く。
幼少期……身体を壊すほどに努力に努力を重ねたセレスティナも風二つに土を重ねた――キュルケやタバサ同様の――トライアングルではあるが、話に聞くフーケやコルベーザには敵わない。
自分の実力を正確に把握して、貴族にありがちな相手の過小評価もせず、無理はしない。
ただ最近、“無理はしない”が旅以外に関しては代わりに諦めやすくなってしまったが。
高い実力を誇るフーケだからこそ、念入りな下調べの段階でコルベーザがいることを知り、学院を襲うことはないとセレスティナは考えていた。
「それでも、『万が一』があるかもしれませんからきちんと調べておかないと。目録作りも、私がやらないといつまで経っても終わりそうにありませんしね」
ハァ……と深く嘆息するミス・ロングビル。
「本当にミス・ロングビルは真面目ですね。もしボクでもお手伝い出来ることがあれば言ってくださいね!」
「ありがとうございます、ミス・シェロティア。それではわたくしはこれで失礼しますわ。借りていた本を返しにきただけですので」
彼女が、持っていた本を軽く見せると、少女もそれの表紙を見つめる。
が。
「よ、読めない……」
古い書物で使われている文字も今使われているものとは違っていた。
どうやら、奥の『フェニアのライブラリー』の資料らしかった。
そこでセレスティナは、死んだように動かない黒い少女の細い腰回りに手を回して持ち上げると、ミス・ロングビルの本に向ける。
「ローラ、これは?」
「学院の建設。その成り立ちについて」
初めて少女が静かに声を発した。神秘的な美少女といった外見とは逆に、物凄く面倒臭そうに。
「本当に読めるのですね。かなり古い資料のはずですが」
「それを読むミス・ロングビルもかなり凄いと思います! ボクももっと勉強かなぁ。旅先でも必要に……」
ブツブツと何かを言い始めた少女を放置して、ミス・ロングビルは秘書の女性に本を返却した。
退室する彼女の目は、一瞬だけローレシアに向けられた。
「ちなみにセレス」
「え? 何、ローラ?」
「これ後何冊?」
「全六十六巻で、今二冊目」
「「………………」」
「もうやだ。面倒。寝たい」
「あああ……一日で全部じゃないから!? お願い頑張って。どこかにある、伝説のシェルドラドの所まで!?」
「はい、図書館では静かにしやがって下さいね?」
※ ※ ※
続いてミス・ロングビルが訪れたのは目的地である宝物庫……ではなく中庭であった。
夕に近い授業の無い時間だけあって、中庭では生徒達が思い思いに羽を伸ばしていた。
そんな中庭を本塔の壁に沿って歩きながら、時に壁に手を添えてミス・ロングビルは『調査』する。
時折塔の上へと視線を這わせながら。
「――くっ、やるじゃないかサイト!」
不意にそんな声が聞こえた。
聞いたことのある声と、余り聞き覚えのない名前を耳にして、ミス・ロングビルは何とはなしにそれを探してしまう。
それは先日決闘騒ぎを起こした二人だった。
「ギーシュ・ド・グラモンと、ヴァリエールの娘の使い魔の少年。飽きもせず、また決闘ごっこかい」
周りに生徒がいないこともあり、その様子を見たミス・ロングビルは素の言葉遣いで呆れたように言った。
しかし、その目はすぐに真剣なモノに変わる。
使い魔の少年が剣を振るう度に、戦乙女を模した青銅のゴーレム――ワルキューレがやすやすと切り裂かれていく。
先日の決闘では、巨大な本でワルキューレを粉砕したという眉唾物の話を聴いたが、今目の前で起きているのは現実のことだった。
平民の少年が、絶対に倒せないはずの貴族の呼び出したゴーレムを倒す姿。
「まさか、あの少年はメイジ
「うおおおおっ、経験値ゲットォ! くらえっ、《ダブルスラッシュ》!」
ミス・ロングビルの声をかき消しながら、雄叫びを上げた少年――サイト……才人が最後の二体を同時に斬り倒した。
「ば、馬鹿な七体のワルキューレが全滅!? 三分保たずに!?」
負けたギーシュがガックリと膝をつく。
「へへっ、俺の勝ちだな? デザートいただき!」
剣を鞘に納めると、才人がギーシュに近寄りその肩を叩いている。
「ハハハ、あの時のあれは偶然とは思ったが、数日でギーシュが手も足も出なくなるなんてな。その実力は本物だったわけだ」
その二人にもう一人、近くにいたらしい似たような背丈の緑髪の少年が、ミス・ロングビルからは死角になる位置から歩み寄る。
「もう一人、あれはギャブーロ・ド・ファー。確か、姉と共にアルビオンから来ている留学生」
全員ではないが、目立つ生徒や興味を持った生徒の名を彼女は覚えていた。
「おお我が友、ギャブーロ! 手も足も出ないとは失礼じゃないか」
「実際に、口以外勝ってないじゃないか。ワルキューレは弱くはないが、お前自身がもっとレベルアップしないと強くなれないし、今のままだと差が広がってしまうゾ? ワルキューレを合体させてクイーンワルキューレを作るとか」
「うぐっ……」
真顔で言い返され、得意の口も出ないようだ。
「なあ、ギャブーロ。今度はお前が模擬戦してくれないか?」
「良いゾ。お前はギーシュのデザートを賭けて、オレはオレのデザートを賭けて。ただし、オレはゴーレムは使わないからな、お前も剣は鞘に入れてままでだ」
才人の申し出にギャブーロは首肯する。
「よっしゃ!」
落ち込んでいるギーシュをそのままにして、少し離れた二人は向かい合わせに立つ。
才人が剣が抜けないように紐で縛り、抜けないことを確認する。
「よし! いざ尋常に勝負といこうぜ!」
「良いだろう。しかし、オレはメイジだから魔法を使わせてもらうが」
「お前もかよ!?」
ツッコム才人に、ギャブーロはニヤリと笑みを浮かべる。
「心配するな……と言ってもあれか。オレが使うのは魔法拳だ。しかし、ちょっと痛いゾ?」
「おもしれえ。やろうぜ!」
「調子に乗ると危険ということを教えてやるよ」
一人は剣を、もう一人は拳を構える。
「「いざ!」」
三人が爆発した。
「五月蝿いのよ、そこの三馬鹿! 静かに魔法の練習が出来ないじゃない!」
いきなり三人(離れていたはずのギーシュ含む)が爆発して倒れる光景に、何事が起きたのかと思うミス・ロングビルだったが、怒声と共に現れたピンクブロンドの髪の少女を見て理解した。
『ゼロ』と呼ばれる少女ルイズ。
右手に杖を持っていることから、唱えた魔法が爆発するという彼女の仕業らしかった。
「ちょ……ルイ……おま……」
「横から不意打ちとは……卑怯だ……ゾ」
「何で……僕まで……」
倒れている少年達が身を震わせながら顔を上げて抗議をするが、ルイズはそれをフンと鼻で笑う。
「理由は言った通りで、ギーシュはついでよ! 後、勝者はわたしだからデザートはわたしのものね!」
「「「ひ、ひでぇ……」」」
不意打ちとはいえ、自身の爆発で三人を倒したルイズは意気揚々と宣言し、それを聞いた三人は一言つぶやくと力尽きた。
「魔法が使えないって落ち込んでいたわりには元気だね」
四人に気付かれない位置で離れて見ていたミス・ロングビルはルイズにそう呟くと、中断していた作業を再開しようとして――慌ててルイズを凝視する。
正確には、ルイズが左腕に抱えていた黒い少女を。
「(な、何であの小娘があそこに? セレスティナと図書館に居たんじゃ!?)」
驚きの余り大声を上げそうになるのを抑えて、代わりに脳内で叫ぶ。
見間違いではない。あの特徴的な容姿と、その気怠げな雰囲気は間違えようもなかった。
「それで、ローラ。続きをお願い」
「ん。爆発については魔法という器にそれ以上の魔力を注ぎこんだ場合に――」
「(名前も一緒ということは本人。いや、風のスクウェア魔法の偏在かい? ということは、スクウェアメイジ!? い、いや先入観は良くない。もしかしたら、私より先に飛行で先回りしたのかもしれないしね。あの爺のせいで、思ったより疲れが溜まってるのかもしれないね。こうも次々と障害が起きるわけが)」
ミス・ロングビルは頭を手で押さえながら、ヨロヨロとこの場を後にする。
※ ※ ※
本塔内に戻ってきたミス・ロングビルは食堂へとやってきた。
「すみません。ちょっと冷たい飲み物を――」
「まあ、ミス・ロングビル。かなりお疲れのご様子ですが、どうされたのですか!?」
ヨロヨロと現れた彼女を見て、誰かと話をしていた黒髪のメイド――シエスタが慌てて駆け寄ってきた。
「ええ、ちょっと……」
食堂を見渡せば、メイドの娘と話をしていたらしい三人の少女と視線が合う。
東に位置する隣国ゲルマニアからの留学生であるキュルケと、南の大国ガリアからの留学生タバサ、そして……。
「うっ……」
新たな頭痛の種である気怠そうな黒い少女。
図書館の時と同様、こちらには注意を向けていないが間違えようは無かった。
「こんなはずでは……計画が……」と言いながら、来たばかりの食堂を辞す。
「ミス・ロングビル? どちらへ、ミス・ロングビルー!?」
シエスタが呼び掛けるも、彼女は答えないまま ヨロヨロと歩き去ってしまった。
「ミス・ロングビル、どうかしたのかしらね?」
その様子を見ていたキュルケが怪訝そうに、隣のタバサとテーブルの向かい側に座っているローレシアを見る。
「彼女は多忙だから、きっと疲れ。それより話の続き」
「一人に戻ったら、私はきっと口を開きたくなくなる。もう疲れた」
「あれ、ミス・ロングビル? おかえりなさい、忘れ物ですか……ってどうしたのですか!? しっかり! ボクはどうすれば……ローラ、まずは水を」