000
始業のチャイムが鳴り、教師が教室に入ってきた。遅刻常習犯の二人の空席に溜息をつきつつも朝の連絡事項を伝える。そしていつものように何人かが夢へと旅立ち、当然のように授業が開始された。
001
ーーバァン!
時刻は十二時ごろ。四時間目の社会科も残り二十分程度で終わるという頃に、突如教室の戸が勢い良く開き、凡そ半数の眠りについていた生徒達が一斉に肩をビクつかせた。教壇に立っていた社会科教師、畑山愛子(二十五歳)は板書していたチョークを置き、毎度授業を遮る不届き者を叱りつけた。
「遅刻ですよっ!
朝からいなかった二人の少女。コケシのように前も後ろもパッツリ切り揃えられた髪型の、目つきの悪い少女。
「悪りぃな先生。目覚ましが遅延して遅刻した。ほら、遅延証明書」
「ごめんね、愛ちゃん。世界から社会を消そうと目論むかも知れない魔王の芽を摘んでたら遅刻しちゃった」
遅延証明書と言いつつ、どこから持ってきたのかも、どこの言語が書かれているのかも分からないノートほどのサイズの石板を渡してくる
もしやこの石板は花々の物語の物なんじゃと邪推を始めている自身を反省し、既に目の前から消えている二人に席へつくように促す。居ないことに気がつき、並んでいる二人の席の方を見ると、カバンからオレンジ色の球のような物をいくつも机に並べる二人の姿が目に映った。
「って何をしてるんですか!? 大人しく授業を受ける準備をしてください!」
聞こえていないのか無視されているのか、花々は球を並べるのをやめず、裂那が焦っているような声音で、早口で返した。
「まってくれ先生。今から《ギャルのパンティ》を召喚しねぇと世界がヤベェんだわ。先生の教える歴史が消滅しかねるぜ」
「あなた達はどこの世界を生きてるんですか! お願いだから大人しくしてください! そのボールも没収です!」
「あぁっと、そうやってこっそり願いを叶えようったってそうはいかねぇぜ。こいつは《緑の蛞蝓語》じゃねーと願いをかなえてくれねーんだ」
「そんな小悪等みたいなことしませんから素直に言うこと聞いてください! 緑の蛞蝓語ってなんですか!? 」
「さぁ準備できたよレナっち! 願いを叫んで! 天を裂くように鋭く! 海を割るような大声で!」
立ち上がり、右手を天に掲げて叫ぶ。
「ギャルのパンティおくれー!!」
日本語であったせいか何も起きず、授業の終わりを告げるチャイムが虚しく鳴り響いた。
002
教室の時計を見て、裂那は昼休みの時間であることに気がついた。既に例の球は愛子に片付けられており(世間一般にこれを没収と言う)、花々共々二人が来るまで行っていた授業の分の補習をしようと愛子が二人と一緒の机に弁当と教科書を広げていた。
「ねぇレナっち、明日あたり沖縄行かない? 人繋ぎの大悲報を探しに」
「やだよ。今絶対クソアチーじゃん。それより北海道行こうぜ。蟹が喰いてえ」
「蟹なら先週も食べたじゃん。ジンベイザメ食べに行こうよー」
「ジンベイザメか……。なぁ先生、美味いの?」
「少なくとも二人が私の授業に興味がないことはわかりましたよーだ」
愛子は補習を諦めたようで、教科書を閉じ、二人と共に昼食を摂り始めた。
「ねぇねぇ愛ちゃん、美味しいの?」
「いえ、そんな食べたことがあるのを前提に訊かれましても」
「なんだと? お前家庭科の先生だろ?」
「社会科の先生です! お前!? 今先生のことを、あろうことか年上をお前って呼びませんでした!?」
「対等に見てやってるんだろうが。それとも上から目線で見下すように、蔑むように、儚むように愛ちゃんとでも呼ばれた方が良かったか?」
「いいわけないでしょう!? 儚むように!?」
「きっと今は亡き恩師を思いながら呼ぶんだろうね。『愛ちゃん……。あぁ、愛ちゃん……。』って」
「やめてください
「あははっ! ごめんごめん。お詫びに海老フライとハンバーグとほうれん草の胡麻和えあげるから」
そう言いつつ、
「お腹いっぱいなだけですよね!? 来るまでに何を食べてきたんですか!」
「えーっとねぇ、ラーメンと、ステーキ食べてからレナと合流して、一緒にケーキ食べに行ったよね」
「行ったな。あのモンブランはマジで神だった」
「なんで学校サボって、そんな、……世界が滅ぶ前日に食べたい物ランキングベスト3フルコンプリートみたいなことしてるんですか!」
不覚にも問題児どもとの会話が楽しく、どう返したらいいかと考えてしまった。
「いいか愛子」
タコさんウィンナーが刺さった箸を愛子に突きつけて裂那は言う。
「いっ、いきなり名前で呼ばないでください!」
「いいか愛子。今日って日は今日しかねぇんだ。今日食べたケーキは今日しか食べられねぇケーキなんだよ」
いつもより一段低く、得体の知れない覇気の籠もった言葉に思わず後退りそうになるが、ここは教室。口に放り込まれたプリンの甘味が愛子を現実に引き戻した。
「それ私のウィンナーです!」
「つっこむ場所間違ってんぞ」
「そんなことありません! 現に床が光ってって、えぇ!?」
「何言ってやがるってオイオイオイオイ!?」
異常事態には直ぐに周りの生徒達も気がついた。全員が金縛りにでもあったかのように輝く紋様――俗に言う魔法陣らしきものを注視する。足元に純白に光り輝く円環と幾何学模様が現れたからだ。
「ハナっ! 愛子!」
「っ! レナっ!」「神刺さん!?」
いち早く動き出せた裂那は直ぐさま立ち、近くにいた花々と愛子を抱き寄せた。
003
裂那はざわざわと騒ぐ無数の気配を感じてゆっくりと目を開いた。そして、周囲を呆然と見渡す。
まず目に飛び込んできたのは巨大な壁画であった。縦横十メートルはありそうなその壁画には、後光を背負い、長い金髪を靡かせうっすらと微笑む中性的な顔立ちの人物が描かれていた。
背景には草原や湖、山々が描かれ、それらを包み込むかのように、その人物は両手を広げている。美しい壁画だ。素晴らしい壁画だ。しかし、だからなのか、裂那は虫の群れでも見たかのように顔を歪めた。
よくよく周囲を見てみると、どうやら自分達は巨大な広間にいるらしい。巨大な柱に支えられ、天井はドーム状になっている。大聖堂という言葉が自然と湧き上がるような荘厳な雰囲気の広間である。
裂那達はその最奥にある台座のような場所の上にいるようだった。周囲より位置が高い。腕の中には裂那と同じように冷静に周囲を見渡す花々と、抱きついて自分の胸に顔を押し当てている愛子がいて、裂那は顔を普段通りの仏頂面に戻した。
状況を理解した花々が、周囲の観察から観測へと移った。石造りの建造物の素材である大理石の模様ひとつすらも見逃さないように目と首がゆっくりと回る。
建物を観測し終えた花々は、台座の前で祈りを捧げるように跪き、両手を胸の前で組んだ格好の三十人近い人々の観測を始めた。
彼等は一様に白地に金の刺繍がなされた法衣のようなものを纏い、傍らに錫杖のような物を置いている。
花々が観測から得られた情報を元にぶつぶつと口から漏らしながら考察しているのを見守っていると、法衣集団の中でも特に豪奢で煌びやかな衣装を纏い、高さ三十センチ位ありそうな細かい意匠の凝らされた烏帽子のような物を被っている七十代くらいの老人が進み出てきた。
「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」
そう言って、イシュタルと名乗った老人は、好々爺然とした微笑を見せた。
004
現在、裂那達は場所を移り、十メートル以上ありそうなテーブルが幾つも並んだ大広間に通されていた。
晩餐会などをする場所なのではないだろうか。上座に近い方に愛子とスクールカースト上位、裂那曰く
ここに案内されるまで、誰も大して騒がなかったのは未だ現実に認識が追いついていないからだろう。脳と五感をフル稼働させている花々をのぞいて。イシュタルが事情を説明すると告げたことや、カリスマレベルMAXの天之川光輝が落ち着かせたことも理由だろうが。
全員が着席すると、絶妙なタイミングでカートを押しながらメイド達が入ってきた。狙いすましたように、男子の夢を具現化したような美女・美少女メイドである。
こんな状況でも思春期男子の飽くなき探究心と欲望は健在でクラス男子の大半がメイドさん達を凝視しているが、考察対象になったがためか、どの男子生徒よりも凝視しているのは花々であった。
全員に飲み物が行き渡るのを確認するとイシュタルが話し始めた。
「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」
そう言って始めたイシュタルの話は実にファンタジーでテンプレで、どうしようもないくらい勝手なものだった。
005
まず、この世界はトータスと呼ばれている。そして、トータスには大きく分けて三つの種族がある。人間族、魔人族、亜人族である。
人間族は北一帯、魔人族は南一帯を支配しており、亜人族は東の巨大な樹海の中でひっそりと生きているらしい。
この内、人間族と魔人族が何百年も戦争を続けている。
魔人族は、数は人間に及ばないものの個人の持つ力が大きいらしく、その力の差に人間族は数で対抗していたそうだ。戦力は拮抗し大規模な戦争はここ数十年起きていないらしいが、最近、異常事態が多発しているという。
それが、魔人族による魔物の使役だ。
魔物とは、通常の野生動物が魔力を取り入れ変質した異形のことだ、と言われている。この世界の人々も正確な魔物の生体は分かっていないらしい。それぞれ強力な種族固有の魔法が使えるらしく強力で凶悪な害獣とのことだ。
今まで本能のままに活動する彼等を使役できる者はほとんど居なかった。使役できても、せいぜい一、二匹程度だという。その常識が覆されたのである。
これの意味するところは、人間族側の《数》というアドバンテージが崩れたということ。つまり、人間族は滅びの危機を迎えているのだ。
「あなた方を召喚したのは《エヒト様》です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という《救い》を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、《エヒト様》の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」
イシュタルによれば人間族の九割以上が創世神エヒトを崇める聖教教会の信徒らしく、度々降りる神託を聞いた者は例外なく聖教教会の高位の地位につくらしい。
花々の顔が歪むが、口と手は止まることなく動き続けている。鍵盤を叩いているかのような動きで、爪がテーブルを叩く音がBGMに流れている。
006
裂那がイシュタルの話を反芻しながら今後の行動について考えていると、隣から猛然と抗議する怒声が鼓膜を劈いた。
「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」
ぷりぷりと怒る愛子。彼女は今年二十五歳になる社会科の教師で非常に人気がある。百五十センチ程の低身長に童顔、ボブカットの髪を跳ねさせながら、生徒のためにとあくせく走り回る姿はなんとも微笑ましく、そのいつでも一生懸命な姿と大抵空回ってしまう残念さのギャップに庇護欲を掻き立てられる生徒は少なくない。
それに彼女は、問題児たちが認めた純粋な教師だ。教師という生き物だ。生徒の教育のためなら人の心を捨てることすら厭わない、教師として完璧な教師だ。
今回も理不尽な召喚理由に怒り、ウガーと立ち上がったのだ。イシュタルの話に顔を歪ませていた花々も、表情に笑みがこぼれる。
「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」
場に静寂が満ちる。重く冷たい空気が全身に押しかかっているようだ。誰もが何を言われたのか分からないという表情でイシュタルを見やる。
「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!? 喚べたのなら帰せるでしょう!?」
「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」
先生が叫ぶ。
「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」
「そ、そんな……」
愛子が脱力したようにストンと椅子に腰を落とす。周りの生徒達も口々に騒ぎ始めた。
「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」
「いやよ! なんでもいいから帰してよ!」
「戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!」
「なんで、なんで、なんで……」
パニックになる生徒達。
裂那も、今にも暴れそうな口を必死に紡ぐが、誰よりも必死なのは間違いなく花々だ。花々は今、状況の整理だけでなくこれからの行動から、元の世界に帰還できた後のことすら考えている最中なはずなのだから。
オレが叫ぶのは今じゃねぇ。
誰もが狼狽える中、イシュタルは特に口を挟むでもなく静かにその様子を眺めていた。
だが、裂那は、その目の奥に潜む侮蔑を見た。今までの言動から考えると「エヒト様に選ばれておいてなぜ喜べないのか」とでも思っているのだろう。喉を今にも掻き毟りたくて仕方がない。
007
未だパニックが収まらない中、光輝が立ち上がりテーブルをバンッと叩いた。その音にビクッとなり注目する生徒達。光輝は全員の注目が集まったのを確認するとおもむろに話し始めた。
「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」
何を、言ってるんだ、この金
「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」
「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」
「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」
「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」
ギュッと握り拳を作りそう宣言する光輝。無駄に歯がキラリと光る。
ふざけるのもいい加減にしろ。演劇がやりたきゃ一人でやっていればいい。オレやハナ、愛子を巻き込むんじゃねぇ。
オレの怒りを察していたのか、ハナのいつの間にか止まっていた左手が親指を立てていた。
008
注目と畏怖を集めるため、目の前のグラスをイシュタルの足下へと投げつけた。
心臓にまで鳴り響くガラスの割れる音。その場の全員の注目がオレに集まった。金
「何が《俺達には》だ。ふざけるのもいい加減にしろ天之川」
愛子が今にも泣き出しそうな顔でこっちを見てくる。お前はオレとハナを抑える最後の砦だろうが。弱々しい愛子にも、鍍金の光に引きつけられてるクラスの奴らにも腹が立つ。
「いきなりどうされましたかな?」
「あぁ? ちったぁ黙ってろ誘拐犯容疑者。テメェのエヒトに選ばれといてなぜって面も気に入らねぇなぁ。狂信者が」
イシュタルの顔が歪む。狂信者という言葉が逆鱗に触れかかったのだろう。だが、イシュタルよりも天之川が出しゃばった。
「待ってくれ神刺さん。話を聞いていなかったのか?」
「聞いてたに決まってんだろうが。テメェこそ聞いてたのかよリーダー気取り。人を救う、世界を救う、大いに結構。一人でとっとと魔人でも亜人でも殺してこい」
「何をいっているんだ! みんなでやるに決まっているだろう!」
「オイオイ、人だろうと動物だろうと、殺しは罪だぜ? 赤信号もみんなで通れば怖くねぇってか?」
「それは君が怖がっているだけだろう。決めつけるのはよくないな」
うんうんと、諭すように言ってくる。
「怖いに決まってんだろうが。こちとら怪我をしらねぇ花の女子高生だぞ。乙女が武器片手に戦えるとか思ってんじゃねぇだろうなぁ?あぁ?」
女子達と一部男子の視線が、悪役を睨む眼から英雄を恐れる目に変わった。
「オタクどもは特に散々言われてきたからだろうが。現実とゲームの区別くらいつけやがれ」
クラスの嫌われ者、南雲ハジメの目に光が宿る。
「オレらテメェらが戦いで戦争を生き残れるとか、世界を救えるとか夢見てんじゃねぇぞ。殺しで救いなんざありえねぇ。たまたま助かるやつがいるだけだ」
クラスの人気者、天之川光輝の顔に不満の表情が浮かぶ。
「相手が人間でなかろうが、殺人鬼だろうが、神だろうが悪魔だろうが、殺しは殺しだ。決して許されない最悪の罪だ。一人殺した時点で日本を生き残れるとか思ってんじゃねえぞ人型兵器志望者。殺した時点で帰りゃぁそいつは殺したことがあるやつだ。存分に世間から叩かれろ」
「しかし、あなた方はエヒト様に選ばれた救世主で」
「そ、そうだ!」
戦争をさせたいイシュタルが口をはさみ、それに戦争をしたくてたまらない天之川が同調する。
「はっ! 神! 言うこと欠いて神ときたか狂信者ども。そもそもそのエヒトってのはあくまでこの世界の神だろうが。実際いるのかはしらねぇが。オレらの世界にゃオレらの神がいんだよ。オタクじゃなくてもイザナミイザナギ、ゼウスにオーディン、バステトにホルス、ヤハウェ。名前くらい聞いたことあんだろ?」
そいつらも実際いるのかなんざしらねぇがな。
「レナ」
オレの服の裾が引っ張られた。上目に、ハナがこっちを見つめてくる。
「リョーカイ了解。喜べテメェら、こっからは
オレは席に座り、入れ替わるようにハナが立った。
「話し合いで解決しようぜ、平和的にな」
オレの説教は一旦終了だ。
009
「そもそも、神が人類絶滅を防ぎたいってのならなんで直接手を下さないのかな。
「あたし等を召喚するなんてことができる時点で、神エヒトは常世にある程度干渉できるはずなんだよ。
「物理的接触ができない霊的な存在だったとしても、苦しめる元凶である魔人族を別の世界に全員送るとかね。
「人間を救うために人間を喚ぶってところもなんか変。
「どうせなら人間が大好きで大好きで、苦しんでると聞いただけで救わなくちゃ気が済まないみたいな、
「そう、天之川くんみたいな、
「ドラゴンでも巨人でも、そういうわかりやすく強くてわかりやすく使いやすい存在を喚べば良かったんだよ。
「あ、褒めてないから。要は奴隷として最適って言ってるの。
「レナみたいな拒否る人間がいるなんて、人間である私が分かるんだから神が分からないなんてありえない。
「選別しようなんて考えがない。
「そんなわけがあるか。
「なら導かれる答えは、そう。
「神エヒトルジュエの目的は戦争の終結でも、ましては人類の救済でもない。
「その目的は、戦争の続行と激化である」
誰も考えもしなかった、考えるのを恐れた神の目的の考察を、ハナは語りきった。
「
「そこまでにしてもらおうか、異教徒め」
クラスメイトたちは凍りついて動けない。信徒達全員が、ハナに杖を向けていた。今にも魔法でも撃って、丸焼きにでもしそうな殺気が無差別に襲う。
愛子が必死に庇うが、下がる気はなさそうである。
「やだなぁ、異教徒なりに考えてみただけじゃん。レナも言ったでしょ? 平和に行こうよ。話し合いで解決しよ?」
「随分と口が回るようだな。忌々しい」
いかにも女騎士といった風貌の女性がハナをキッと睨み付ける。
「残念ながらあたしは剣も魔法も使えないからね。対等に向け合える武器なんて言葉くらいしかないんだよ」
「口を閉じろ。さもなくば、すぐさま斬る」
女騎士は剣を抜いた。
「言葉が通じないのかな? 話し合いで解決しようって言ってるんだけど」
「こっちの台詞だ。私は黙れと言ったぞ」
「やだね。それに、あたしを今斬っちゃダメだよ」
「なんだと?」
「もしかしたら真実かもしれないことを知ってしまった。それだけで殺したりなんてしたら、いつ自分たちも殺されるかわかったものじゃない。大事な勇者達の、大事な大事な積極性や忠誠心が損なわれて、大事な大事な大事な戦力としての価値が大きく損なわれることになる。ほら、殺せないでしょ?」
「くっ……」
女騎士は納得したのか怒りを納め、他の者も下がらせる。
「華々さん!」
「どうどう、落ち着いて愛ちゃん」
愛子は興奮しており、今にも飛びつきそうだった。
「それじゃぁ、もうあんまり怒られたくないしいい加減レナの言った現実的な話をしようか。か弱い女子高生が泣き喚くような超残酷で超現実的な現実のお話を」
話がまだ続くことを察したメイド達が替えの飲み物を運んできた。
010
「現実的な話その一、タイムリミットのお話。
「あたし達のいた世界では行方不明になって七年だか八年だか経過すると、死亡扱いになる。
「これはいいよね?
「人間って生き物はそこまで感傷的ではないからね。行方不明になって十年も経てばほとんどの人間は忘れるよ。
「そんなことないなんて理想論はいらないよ。現実の話をしてるんだからね。
「その八年だの十年だのってのは要するに、社会の歯車に戻れるまでのタイムリミットだよ。
「十年も経てば時代は進む。想像よりもずっと早くね。
「あははっ、浦島太郎大量生産ってわけだ。
「そんな奴らの補償なんて、めんどくさいの極みでしょ。
「めんどくさいってのは結構重要なことだよ。めんどくさくなくすために人間は発達してきてるんだから。
「つまりは迷惑。厄介者に成り下がるわけだ。
「今日中にでも帰れればいいけど、三日四日経てばもう行方不明事件だからね。
「少なくとも警察のお世話にはなるだろうし、きっとネットなんかで晒し者になるだろうね。
「都市伝説、集団神隠しの当事者になるわけだから。
「時間が経てば立つほど、帰った後が面倒くさくなるし、進路にもかなり影響するだろうね。
「年単位で時間が経てば愛ちゃんも例外じゃないよ。当然ながらね。
「長く見積もって五年、早ければ早いほど加速度的に帰還後の待遇はいいだろうね。
「あと、戦争にどれだけ貢献して帰還したところで、その努力は幸せにつながらない。
「あたしたちが戦争に参加すれば幸せになる人間はいるかもしれないし、いないかもしれない。あたしたちの中に、戦争に参加して幸せになる人間はいないだろうし、もしいたらその人は帰るべきではない。
「戦いで幸せを手にした人間は、現代社会に戻ろうと戦い以外の手段を選べなくなる。正義の拳、男女平等パンチ! ……なんてね。
「強盗で幸せを手にするってのならもうあたしは止めないけどね。
「……。
「現実的な話その二、ここに永住する場合のお話。
「これはタイムリミットだの帰還だのハーレム生活だのよりもよっぽど現実的な話でね。
「戦争に参加して殺人鬼集団になる勇者ルート、一か八か世界中を旅して帰還の方法を探すお尋ね者ルート、そしてこの世界で職を得て地に足つけて生活する永住ルート。
「夢を一番見ないルートだからね、小説みたいな話だけど一番現実的なルートだよ。
「ここの世界観なら戸籍も必要ない、もしくは簡単に作れるだろうし、
「力をつければ冒険者にもなれるかもしれない。
「うん。イシュタルさん曰くあたしたち、強いらしいからね。
「結構いい生活できるんじゃないかな。期待いっぱい夢いっぱい。
「代金はあなたの世界です。
「なーんちゃって。
「これじゃああたしが裏ボスみたいだね。
「でもまぁ、こんな生活もありだと思うよ。
「ダメとは言わせないよ。狂信者。
「あたしたちは無理やり強制的に世界なんていう神より偉大で愛しくて大切なものを支払うんだから。
「その上自由まで奪うというのなら、
「そうだね、……。
ハナはポケットから腕時計を取り出した。いつもは何故か右足首につけているが、諸事情により汚さないためにポケットに入れていたものだ。ゼンマイを巻き直し、それを、いつものポジションである右足首に装着した。
未知のアイテムに、イシュタルや女騎士をはじめとするこの世界の住民が警戒を強める。
「殺してみようか。
「神も人も全部ぜーんぶ殺してみよう。
「私はこの世界の大体五割くらいの情報を握っている。
「知らない情報が残り五割程度であることも知っているし、
「内四割は予想がつく。
「これだけわかれば、私は数名との日常会話で国くらいは滅ぼせる。
「手を汚さず、働かず、自覚も無しに滅ぼせる。
流石に格好つけてるだけだろうが、誰かのために殺すくらいなら、そんな人生も悪くない。オレらしくもなく、人らしくもなくそう思ってしまった。
「滅びたくなければ、あたし達に関するあなた達の全権限、ちょーだい?」
両手をイシュタルに向けたハナの可愛らしい笑みに、愛子は歯をガチガチと震わせていた。
第一話、END.
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