正義の敵は王道を拒む   作:那由多 ユラ

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第十話

 

 

000

 

 

 

僕は僕だけど、あの日確かに僕は死んだ。

 

死んだというか、壊れたというか、狂ったというか。

 

綺麗に造り直されたというか。

 

だからこそ僕は今僕で、僕は私だ。

 

僕は私で、私は僕で。どちらも僕でどちらも私だ。

 

 

 

 

001

 

 

 

天之川達勇者一行は、再び《オルクス大迷宮》にやって来ていた。但し、訪れているのは天之川達勇者パーティーと、小悪党組、それに永山重吾という大柄な柔道部の男子生徒が率いる男女五人のパーティーだけ。

 

今日で迷宮攻略六日目。

 

現在の階層は六十層だ。確認されている最高到達階数まで後五層である。

 

しかし、天之川達は現在、立ち往生していた。正確には先へ行けないのではなく、何時かの悪夢を思い出して思わず立ち止まってしまったのだ。

 

 

 

 そう、彼等の目の前には何時かのものとは異なるが同じような断崖絶壁が広がっていたのである。次の階層へ行くには崖にかかった吊り橋を進まなければならない。それ自体は問題ないが、やはり思い出してしまうのだろう。特に、香織は、奈落へと続いているかのような崖下の闇をジッと見つめたまま動かなかった。

 

「香織……」

 

雫の心配そうな呼び掛けに、強い眼差しで眼下を眺めていた香織はゆっくりと頭を振ると、雫に微笑んだ。

 

「大丈夫だよ、雫ちゃん」

 

「そう……無理しないでね? 私に遠慮することなんてないんだから」

 

「えへへ、ありがと、雫ちゃん」

 

雫もまた親友に微笑んだ。香織の瞳は強い輝きを放っている。そこに現実逃避や絶望は見て取れない。

 

洞察力に優れ、人の機微に敏感な雫には、香織が本心で大丈夫だと言っているのだと分かった。

 

ハジメが最後に渡した奇妙なネックレスが香織の唯一の希望だと言いたげに輝いている。

 

しかし空気は読まないのが勇者クオリティー。天之川の目には、眼下を見つめる香織の姿が、ハジメの死を思い出し嘆いているように映った。クラスメイトの死に、優しい香織は今も苦しんでいるのだと結論づけた。故に、思い込みというフィルターがかかり、微笑む香織の姿も無理しているようにしか見えない。

 

そして、香織がハジメを特別に想っていて、生存を確信しているなどと露ほどにも思っていない天之川は、度々、香織にズレた慰めの言葉をかけてしまうのだ。

 

「香織……君の優しいところ俺は好きだ。でも、クラスメイトの死に、何時までも囚われていちゃいけない! 前へ進むんだ。きっと、南雲もそれを望んでる」

 

「ちょっと、光輝……」

 

「いいよ、雫ちゃん。南雲君も頑張ってるんだから、置いていかれないように私もがんばらなきゃ」

 

「香織……」

 

香織は何度もハジメに抱いている思いを天之川に語っている。しかし裂那と比べて遥かに下品で粗末な自己中心世界論は《ハジメがいいやつ》と言う現実を嘘にし、《ハジメは俺の幼なじみを洗脳した最低なやつ》を現実としてしまっているのだ。

 

「香織ちゃん、私、応援しているから、出来ることがあったら言ってね」

 

「そうだよ~、鈴は何時でもカオリンの味方だからね!」

 

光輝との会話を傍で聞いていて、会話に参加したのは中村恵里と谷口鈴だ。

 

「うぅ~、カオリンは健気だねぇ~、南雲君め! 鈴のカオリンをこんなに悲しませて! 生きてなかったら鈴が殺っちゃうんだからね!」

 

「鈴、死んでたら殺せないと思うよ? それに、死んでないと思うし……」

 

「えっと、……エリリン?」

 

恵里の様子がどこかおかしい。誰もどこがどうおかしいのかわからないが、どこかが、おかしい。

 

「そ、そうだ! 死んでたらエリリンの降霊術でカオリンに侍せちゃえばいいんだよ!」

 

妙案閃いたと言わんばかりに鈴は言った。

 

「鈴、デリカシーないよ! 香織ちゃんは、南雲君は生きてるって信じてるんだから! それに、私、降霊術は……」

 

鈴が暴走し恵里が諌める。それがいつものデフォだ。

 

何時も通りの光景を見せる姦しい二人に、楽しげな表情を見せる香織と雫。ちなみに、光輝達は少し離れているので聞こえていない。肝心な話やセリフに限って聞こえなくなる難聴スキルは、当然の如く光輝にも備わっている。

 

「恵里ちゃん、私は気にしてないから平気だよ?」

 

「鈴もそれくらいにしなさい。恵里が困ってるわよ?」

 

香織と雫の苦笑い混じりの言葉に「むぅ~」と頬を膨らませる鈴。恵里は、香織が鈴の言葉を本気で気にしていない様子にホッとしながら、降霊術という言葉に顔を青褪めさせる。

 

「エリリン、やっぱり降霊術苦手? せっかくの天職なのに……」

 

「……うん、ごめんね。ちゃんと使えれば、もっと役に立てるのに……」

 

「恵里。誰にだって得手不得手はあるわ。魔法の適性だって高いんだから気にすることないわよ?」

 

「そうだよ、恵里ちゃん。天職って言っても、その分野の才能があるというだけで好き嫌いとは別なんだから。恵里ちゃんの魔法は的確で正確だから皆助かってるよ?」

 

「うん、でもやっぱり頑張って克服する。もっと、皆の役に立ちたいから」

 

恵里が小さく拳を握って決意を表す。鈴はそんな様子に「その意気だよ、エリリン!」とぴょんぴょん飛び跳ね、香織と雫は友人の頑張りに頬を緩める。

 

恵里の天職は、《降霊術師》である。

 

闇系魔法は精神や意識に作用する系統の魔法で、実戦などでは基本的に対象にバッドステータスを与える魔法と認識されている。

 

降霊術は、その闇系魔法の中でも超高難度魔法で、死者の残留思念に作用する魔法だ。聖教教会の司祭の中にも幾人かの使い手がおり、死者の残留思念を汲み取り遺族等に伝えるという何とも聖職者らしい使用方法がなされている。

 

もっとも、この魔法の真髄はそこではない。この魔法の本当の使い方は、遺体の残留思念を魔法で包み実体化の能力を与えて使役したり、遺体に憑依させて傀儡化するというものだ。つまり、生前の技能や実力を劣化してはいるが発揮できる死人、それを使役できるのである。また、生身の人間に憑依させることでその技術や能力をある程度トレースすることもできる。

 

しかし、ある程度の受け答えは出来るものの、その見た目は青白い顔をした生気のない、まさに幽霊という感じであり、また死者を使役するということに倫理的な嫌悪感を覚えてしまうので、恵里はこの術の才能があってもまるで使えない。

 

 

 

……という、設定だ。

 

すでに中村恵里という少女は華々花々による教育を受けており、降霊術師に関する魔法を一通り修めており、十全に使うことができる。

 

今は華々花々とは親機、子機といった関係で、いざというときは猛威を振るう手筈となっている。

 

花々も恵里も、そのいざというときが来ないことを切に願っている。

 

 

 

 

002

 

 

 

一行は特に問題もなく、遂に歴代最高到達階層である六十五層にたどり着いた。

 

「気を引き締めろ! ここのマップは不完全だ。何が起こるかわからんからな!」

 

付き添いのメルド団長の声が響く。天之川達は表情を引き締め未知の領域に足を踏み入れた。

 

しばらく進んでいると、大きな広間に出た。何となく嫌な予感がする一同。

 

その予感は的中した。広間に侵入すると同時に、部屋の中央に魔法陣が浮かび上がったのだ。赤黒い脈動する直径十メートル程の魔法陣。それは、とても見覚えのある魔法陣だった。

 

「ま、まさか……アイツなのか!?」

 

光輝が額に冷や汗を浮かべながら叫ぶ。他のメンバーの表情にも緊張の色がはっきりと浮かんでいた。

 

「マジかよ!?」

 

龍太郎も驚愕をあらわにして叫ぶ。それに応えたのは、険しい表情をしながらも冷静な声音のメルド団長だ。

 

「迷宮の魔物の発生原因は解明されていない。一度倒した魔物とすら何度も遭遇することも普通にある。気を引き締めろ! 退路の確保を忘れるな!」

 

いざと言う時、確実に逃げられるように、まず退路の確保を優先する指示を出すメルド団長。それに部下が即座に従う。だが、光輝がそれに不満そうに言葉を返した。

 

 

 

「メルドさん。俺達はもうあの時の俺達じゃありません。何倍も強くなったんだ! もう負けはしない! 必ず勝ってみせます!」

 

「へっ、その通りだぜ。何時までも負けっぱなしは性に合わねぇ。ここらでリベンジマッチだ!」

 

 

 

 龍太郎も不敵な笑みを浮かべて呼応する。メルド団長はやれやれと肩を竦め、確かに今の光輝達の実力なら大丈夫だろうと、同じく不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 そして、遂に魔法陣が爆発したように輝き、かつての悪夢が再び光輝達の前に現れた。

 

 

 

「グゥガァアアア!!!」

 

 

 

咆哮を上げ、地を踏み鳴らす異形。ベヒモスが光輝達を壮絶な殺意を宿らせた眼光で睨む。

 

 

 

全員に緊張が走る中、そんなものとは無縁の決然とした表情で真っ直ぐ睨み返す女の子が一人。

 

香織である。香織は誰にも聞こえないくらいの、しかし、確かな意志の力を宿らせた声音で宣言した。

 

「もう誰も奪わせない。あなたを踏み越えて、私は彼のもとへ行く」

 

今、過去を乗り越える戦いが始まった。

 

 

 

 

003

 

 

 

 

「万翔羽ばたき 天へと至れ《天翔閃》!」

 

曲線状の光の斬撃がベヒモスに轟音を響かせながら直撃する。

 

「グゥルガァアア!?」

 

悲鳴を上げ地面を削りながら後退するベヒモスの胸にはくっきりと斜めの剣線が走り、赤黒い血を滴らせていたのだ。

 

「いける! 俺達は確実に強くなってる! 永山達は左側から、檜山達は背後を、メルド団長達は右側から! 後衛は魔法準備! 上級を頼む!」

 

天之川が矢継ぎ早に指示を出す。メルド団長直々の、急ごしらえの指揮官訓練の賜物だ。

 

「聞いたな? 総員、光輝の指揮で行くぞ!」

 

メルド団長が叫び騎士団員を引き連れベヒモスの右サイドに回り込むべく走り出した。それを機に一斉に動き出し、ベヒモスを包囲する。

 

前衛組が暴れるベヒモスを後衛には行かすまいと必死の防衛線を張る。

 

「グルゥアアア!!」

 

ベヒモスが踏み込みで地面を粉砕しながら突進を始める。

 

香織は間髪入れず、回復系呪文を唱える。

 

「天恵よ、光よ、神秘よ、聖母は微笑み、聖浄と癒しを彼の者に《永絶》」

 

香織の詠唱完了と同時に、ベヒモスの傷が癒されていく。

 

ベヒモスは力強く踏み込むが、その勢いは急激に減っていく。

 

 

永絶

習った回復系呪文を複数出鱈目に混ぜ合わせることで、制御のほとんどを放棄した無秩序、無差別な単体回復魔法。傷のない部分すらも癒し、あらゆる細胞を堅硬(健康)にする

思いついたのは当然香織ではなく、裂那だ。上層で実験した時は、周囲で見ていた者たちは魔物を石像のようにした香織に恐れ慄いた。

 

ベヒモスの表皮が硬化し、強引に動こうとしてひび割れ、血が滲み出ている。

 

「ガァアアア!!」

 

全身から血を吹き出しながら咆哮をあげる。

 

天之川が突きの構えを取り、未だ暴れるベヒモスに真っ直ぐ突進した。

 

キンッ!

 

弾かれた。

 

そもそも、永絶を受けて動ける魔物を相手にするのは初めてなのだ。これには天之川も、メルドも驚愕の表情を浮かべる。

 

「光よ、光よ、光よ、光よ、光よ、彼の者に力を《極腕》」

 

香織はさらに追い討ちをかけた。

元は、バフ系の魔法。永絶とは逆に、内から骨や筋肉を堅硬(健康)にしていく。

そこいらの雑魚ならどちらを使っても同じ結果を得られるが、最大の利点は二つを重ねがけできる点だろう。

 

ドラクエファンにわかりやすく伝えるなら、《ルカニ》に《ルカナン》を重ねがけするようなものだ。効果は真逆だが。

 

 

 

「ガ…………」

 

ベヒモスは短い呻きを最後に、出血も止まり完全に固まってしまった。

 

全身ヒビだらけで血濡れの滑稽な像が端に佇む。

 

メルドは「見事なもんだ」と呟きながらベヒモス像を剣でつつく。

 

 

 

多量の魔力消費に香織はふらつき、雫に支えられる。

 

「えへへ、やったよ、雫ちゃん」

 

「無茶しすぎよ、全く」

 

ため息をつきながらも親友として誇らしく、優しく頭を撫でた。

 

 

 

004

 

 

 

「か、勝ったのか?」

「勝ったんだろ……」

「勝っちまったよ……」

「マジか?」

「マジで?」

 

皆が皆、呆然とベヒモスがいた場所を眺め、ポツリポツリと勝利を確認するように呟く。同じく、呆然としていた天之川が、我を取り戻したのかスっと背筋を伸ばし聖剣を頭上へ真っ直ぐに掲げた。

 

「そうだ! 俺達の勝ちだ!」

 

というか、香織の一人勝ちだろう。

数名の女子生徒は苦笑いをしながら雫と香織を優しく見守る。

 

そんな二人の所へ光輝達も集まってきた。

 

「二人共、無事か? 香織、最高の治癒魔法だったよ。香織がいれば何も怖くないな!」

 

爽やかな笑みを浮かべながら香織と雫を労う光輝。

 

「ええ、大丈夫よ。光輝は……まぁ、大丈夫よね」

 

「うん、平気だよ、光輝くん。皆の役に立ててよかったよ」

 

同じく微笑をもって返す二人。しかし、次ぐ光輝の言葉に少し心に影が差した。

 

「これで、南雲も神刺さんも浮かばれるな。自分を突き落とした魔物を自分が守ったクラスメイトが討伐したんだから」

 

「「……」」

 

光輝は感慨にふけった表情で雫と香織の表情には気がついていない。どうやら、光輝の中でハジメと裂那を奈落に落としたのはベヒモスのみということになっているらしい。確かに、あながち間違いではない。しかし、より正確には、撤退中に魔法が撃ち込まれてしまったことだ。

 

今では、暗黙の了解としてその時の話はしないようになっているが、事実は変わらない。

 

しかし、香織も雫も、気にしないようにしていても忘れることはできない。今この場にいない花々のおかげで耐えられているだけで、針が近づいただけでも破裂してしまうくらいには限界寸前だ。

 

雫がため息を吐く。

 

思わず文句を言いたくなったが、光輝に悪気がないのはいつものことだ。むしろ精一杯、ハジメのことも香織のことも思っての発言である。ある意味、だからこそタチが悪いのだが。それに、周りには喜びに沸くクラスメイトがいる。このタイミングで、あの時の話をするほど雫は空気が読めない女ではなかった。

 

若干、微妙な空気が漂う中、クラス一の元気っ子が飛び込んできた。

 

「カッオリ~ン!」

 

そんな奇怪な呼び声とともに鈴が香織にヒシッと抱きつく。

 

「ふわっ!?」

 

「えへへ、カオリン超愛してるよ~! カオリンのおかげではちゃめちゃ楽出来ちゃった〜」

 

「も、もう、鈴ちゃんったら。ってどこ触ってるの!」

 

「げへへ、ここがええのんか? ここがええんやっへぶぅ!?」

 

鈴の言葉に照れていると、鈴が調子に乗り変態オヤジの如く香織の体をまさぐる。それに雫が手刀で対応。些か激しいツッコミが鈴の脳天に炸裂した。

 

「いい加減にしなさい。誰が鈴のものなのよ……。香織は私のよ?」

 

「雫ちゃん!?」

 

「ふっ、そうはさせないよ~、カオリンとピーでピーなことするのは鈴なんだよ!」

 

「鈴ちゃん!? 一体何する気なの!?」

 

雫と鈴の香織を挟んでのジャレ合いに、香織が忙しそうにツッコミを入れる。いつしか微妙な空気は払拭されていた。

 

これより先は完全に未知の領域。天之川達は過去の悪夢を振り払い先へと進むのだった。

 

 

 

 

004

 

 

 

時間を少しばかり進め、ハジメがヒュドラとの死闘を制し倒れた頃、勇者一行は、一時迷宮攻略を中断しハイリヒ王国に戻っていた。

 

道順のわかっている今までの階層と異なり、完全な探索攻略であることから、その攻略速度は一気に落ちたこと、また、魔物の強さも一筋縄では行かなくなって来た為、メンバーの疲労が激しいことから一度中断して休養を取るべきという結論に至ったのだ。

 

もっとも、休養だけなら宿場町ホルアドでもよかった。王宮まで戻る必要があったのは、迎えが来たからである。何でも、ヘルシャー帝国から勇者一行に会いに使者が来るのだという。

 

何故、このタイミングなのか。

 

元々、エヒト神による《神託》がなされてから光輝達が召喚されるまでほとんど間がなかった。そのため、同盟国である帝国に知らせが行く前に勇者召喚が行われてしまい、召喚直後の顔合わせができなかったのだ。

 

今回の《オルクス大迷宮》攻略で、歴史上の最高記録である六十五層が突破されたという事実をもって帝国側も天之川達に興味を持つに至った。帝国側から是非会ってみたいという知らせが来たのだ。王国側も聖教教会も、いい時期だと了承したのである。

 

そんな話を帰りの馬車の中でツラツラと教えられながら、光輝達は王宮に到着した。

 

馬車が王宮に入り、全員が降車すると王宮の方から一人の少年が駆けて来るのが見えた。十歳位の金髪碧眼の美少年である。天之川と似た雰囲気を持つが、ずっとやんちゃそうだ。その正体はハイリヒ王国王子ランデル・S・B・ハイリヒである。

 

ランデル殿下は、思わず犬耳とブンブンと振られた尻尾を幻視してしまいそうな雰囲気で駆け寄ってくると大声で叫んだ。

 

「香織! よく帰った! 待ちわびたぞ!」

 

もちろんこの場には、香織だけでなく他にも帰還を果たした生徒達が勢ぞろいしている。その中で、香織以外見えないという様子のランデル殿下の態度を見ればどういう感情を持っているかは容易に想像つくだろう。

 

実は、召喚された翌日から、ランデル殿下は香織に猛アプローチを掛けていた。と言っても、彼は十歳。香織から見れば小さい子に懐かれている程度の認識であり、その思いが実る気配は微塵もない。生来の面倒見の良さから、弟のようには可愛く思ってはいるようだが。

 

「ランデル殿下。お久しぶりです」

 

パタパタ振られる尻尾を幻視しながら微笑む香織。そんな香織の笑みに一瞬で顔を真っ赤にするランデル殿下は、それでも精一杯男らしい表情を作って香織にアプローチをかける。

 

「ああ、本当に久しぶりだな。お前が迷宮に行ってる間は生きた心地がしなかったぞ。怪我はしてないか? 余がもっと強ければお前にこんなことさせないのに……」

 

「お気づかい下さりありがとうございます。ですが、私なら大丈夫ですよ? 自分で望んでやっていることですから」

 

「いや、香織に戦いは似合わない。そ、その、ほら、もっとこう安全な仕事もあるだろう?」

 

「安全な仕事ですか?」

 

ランデル殿下の言葉に首を傾げる香織。となりで面白そうに成り行きを見ている雫は察しがついて、少年の健気なアプローチに思わず苦笑いする。

 

「う、うむ。例えば、侍女とかどうだ? その、今なら余の専属にしてやってもいいぞ」

 

「侍女ですか? いえ、すみません。私は治癒師ですから……」

 

「な、なら医療院に入ればいい。迷宮なんて危険な場所や前線なんて行く必要ないだろう?」

 

医療院とは、国営の病院のことである。王宮の直ぐ傍にある。要するに、ランデル殿下は香織と離れるのが嫌なのだ。しかし、そんな少年の気持ちは鈍感な香織には届かない。

 

「いえ、前線でなければ直ぐに癒せませんから。心配して下さりありがとうございます」

 

「うぅ」

 

ランデル殿下は、どうあっても香織の気持ちを動かすことができないと悟り小さく唸る。

 

流石に憐れに思ったのか、ただの愉快犯か。中村恵里が参戦した。

 

「大丈夫ですよ、ランデル殿下。香織はとある錬成師の恋人ですから、彼が帰ってくれば前線からは下がりますよ」

 

おそらく後者である。

 

ランデル殿下は目元を潤ませて、踵を返し駆けていってしまった。

 

「ラ、ランデル?」

 

急な逃走に、王女リリアーナは困惑していた。

 

「えっと、香織。弟が失礼しました。代わってお詫びしますわ」

 

リリアーナはそう言って頭を下げた。美しいストレートの金髪がさらりと流れる。

 

「ううん、気にしてないよ、リリィ。ランデル殿下は気を使ってくれただけだよ」

 

香織の言葉を聞いてほくそ笑みながら、恵里は目立たない位置に消えていった。

 

リリアーナは姉として弟の恋心を察しているだけに、意中の香織に全く意識されていないランデル殿下に多少同情してしまう。

 

リリアーナ姫は、現在十四歳の才媛だ。その容姿も非常に優れていて、国民にも大変人気のある金髪碧眼の美少女である。性格は真面目で温和、しかし、硬すぎるということもない。TPOをわきまえつつも使用人達とも気さくに接する人当たりの良さを持っている。

 

光輝達召喚された者にも、王女としての立場だけでなく一個人としても心を砕いてくれている。彼等を関係ない自分達の世界の問題に巻き込んでしまったと罪悪感もあるようだ。 

 

そんな訳で、率先して生徒達と関わるリリアーナと彼等が親しくなるのに時間はかからなかった。特に同年代の香織や雫達との関係は非常に良好で、今では愛称と呼び捨て、タメ口で言葉を交わす仲である。

 

「ランデルのことは気にする必要ありませんわ。あの子が少々暴走気味なだけですから。それよりも……改めて、お帰りなさいませ、皆様。無事のご帰還、心から嬉しく思いますわ」

 

リリアーナはそう言うと、ふわりと微笑んだ。香織や雫といった美少女が身近にいるクラスメイト達だが、その笑顔を見てこぞって頬を染めた。

 

「ありがとう、リリィ。君の笑顔で疲れも吹っ飛んだよ。俺も、また君に会えて嬉しいよ」

 

さらりとキザなセリフを爽やかな笑顔で言ってのける天之川。

 

「えっ、そ、そうですか? え、えっと」

 

王女である以上、国の貴族や各都市、帝国の使者等からお世辞混じりの褒め言葉をもらうのは慣れている。なので、彼の笑顔の仮面の下に隠れた下心を見抜く目も自然と鍛えられている。それ故、光輝が一切下心なく素で言っているのがわかってしまう。そういう経験は家族以外ではほとんどないので、つい頬が赤くなってしまうリリアーナ。どう返すべきかオロオロとしてしまう。こういうギャップも人気の一つだったりする。

 

相変わらず、ニコニコと笑っており自分の言動が及ぼした影響に気がついていない。それに、深々と溜息を吐くのはやはり雫だった。苦労性が板についてきている。本人は断固として認めないだろうが。

 

「えっと、とにかくお疲れ様でした。お食事の準備も、清めの準備もできておりますから、ゆっくりお寛ぎくださいませ。帝国からの使者様が来られるには未だ数日は掛かりますから、お気になさらず」

 

どうにか乱れた精神を立て直したリリアーナは、天之川達を促した。

 

 

 

 

005

 

 

 

それから三日が経過し、ついに帝国の使者が訪れた。

 

現在、天之川達、迷宮攻略に赴いたメンバーと王国の重鎮達、そしてイシュタル率いる司祭数人が謁見の間に勢ぞろいし、レッドカーペットの中央に帝国の使者が五人ほど立ったままエリヒド陛下と向かい合っていた。

 

「使者殿、よく参られた。勇者方の至上の武勇、存分に確かめられるがよかろう」

 

「陛下、この度は急な訪問の願い、聞き入れて下さり誠に感謝いたします。して、どなたが勇者様なのでしょう?」

 

「うむ、まずは紹介させて頂こうか。光輝殿、前へ出てくれるか?」

 

「はい」

 

陛下と使者の定型的な挨拶のあと、早速、光輝達のお披露目となった。陛下に促され前にでる光輝。召喚された頃と違い、まだ二ヶ月程度しか経っていないのに随分と精悍な顔つきになっている。

 

ここにはいない、王宮の侍女や貴族の令嬢、居残り組の光輝ファンが見れば間違いなく熱い吐息を漏らしうっとり見蕩れているに違いない。

 

そして、光輝を筆頭に、次々と迷宮攻略のメンバーが紹介された。

 

「ほぅ、貴方が勇者様ですか。随分とお若いですな。失礼ですが、本当に六十五層を突破したので? 確か、あそこにはベヒモスという化物が出ると記憶しておりますが……」

 

使者は、光輝を観察するように見やる。

 

「えっと、はい! みんなのおかげで、なんとか討伐しました!」

 

天之川は自信満々に言ってのけた。

 

イシュタルの手前露骨な態度は取らないものの、若干疑わしそうな眼差しを向けた。使者の護衛の一人は、値踏みするように上から下までジロジロと眺めている。

 

「なんとかっていうか、まぁ、香織ちゃんの一人勝ちでしたけどね」

 

ぼそっと恵里が呟いた。

 

イシュタルが不快そうに恵里を睨み付ける。

 

一瞬、使者の目に光が宿り、ニヤッと不敵な笑みを浮かべた。

 

「ほう? 香織殿、是非とも私の護衛と模擬戦でもしてもらえませんか? ベヒモスを本当に倒せたか否か、実力を見た方が早いでしょう」

 

「……え、私ですか? 光輝くんじゃなくて?」

 

香織の返事を待たず、イシュタルが頷いた。完全実力主義の帝国を早々に本心から認めさせるには、実際に戦ってもらうのが手っ取り早いと判断したのだ。

 

「構わんよ。香織殿、その実力、存分に示されよ」

 

「決まりですな、では場所の用意をお願いします」

 

こうして急遽、治癒師対帝国使者の護衛という異色の模擬戦の開催が勇者を置いてけぼりにして決定したのだった。

 

 

 

006

 

 

 

「あ〜、やだな〜、めんどくさいな〜」

 

香織は、今まで見たことがないほどに緩み切っていて、気怠げであった。

 

「香織……。なら、ちゃっちゃと終わらせなさい」

 

「……雫ちゃんが言うなら、まぁ」

 

 

 

対戦相手は、なんとも平凡そうな男だった。高すぎず低すぎない身長、特徴という特徴がなく、人ごみに紛れたらすぐ見失ってしまいそうな平凡な顔。一見すると全く強そうに見えない。

 

刃引きした大型の剣をだらんと無造作にぶら下げており。構えらしい構えもとっていなかった。

 

香織は武器らしいものを持っておらず、かといってやはり構えのようなものはとっていない。

 

「守護の光は重なりて、虚より来りて災禍を封ず。守護の光よ、癒しの光よ、……

 

途方もなく長い詠唱。時折香織の訓練相手をしていた女子数名は顔が青ざめる。

 

「…………」

 

対戦相手は律儀に詠唱が終わるのを待つ。

 

「至れ、至れ、至れ、至れ、至れ。彼の者の元へ届かんばかりの奇跡の強制。届け、届け、届け、届け、届け。全てを見渡す高みへ届け」

 

詠唱が終わる。魔法名は言わない。というか、香織はそんなこと考えていない。

 

それは自身を強化する魔法。いま望む自分に近づけるため、詠われる詠唱も内容も毎度違う。

 

「……いきますよ」

 

香織が消える。誰もがうろたえ、辺りを見渡す。

 

「いた! 後ろだ!」

 

誰かが叫ぶ。しかし、時すでに遅し。

 

香織は拳を構え、思いっきり、男を殴り飛ばした。

 

ドシャッ!

 

狙ってか偶然か、最近特に耳障りな天之川に男は衝突した。

 

しかし、吹き飛んだのは天之川だけだった。

 

「あ、ごめん光輝くん」

 

護衛は天之川を足場に、擬似的な二段ジャンプの要領で運動エネルギーをある程度天之川に押し付けたのだ。

 

「いっててて。……ったく、まいった。降参だ。実はあっちが勇者なんじゃねぇのか?」

 

平凡な顔に似合わない乱暴な口調で呆れた視線を送る護衛。その表情には好奇心が隠さず溢れ出ていた。

 

 

護衛と香織の間に光の障壁がそそり立った。

 

 

「それくらいにしましょうか。これ以上は、模擬戦ではなく殺し合い、虐殺になってしまいますのでな。……ガハルド殿もお戯れが過ぎますぞ?」

 

「……チッ、バレていたか。相変わらず食えない爺さんだ」

 

ガハルド殿と呼ばれた護衛が、まるで悪びれず悪態をつく。そして、興が削がれたように肩を竦め剣を納めると、右の耳にしていたイヤリングを取った。

 

すると、まるで霧がかかったように護衛の周囲の空気が白くボヤけ始め、それが晴れる頃には、全くの別人が現れた。

 

四十代位の野性味溢れる男だ。短く切り上げた銀髪に狼を連想させる鋭い碧眼、スマートでありながらその体は極限まで引き絞られたかのように筋肉がミッシリと詰まっているのが服越しでもわかる。

 

その姿を見た瞬間、周囲が一斉に喧騒に包まれた。

 

「ガ、ガハルド殿!?」

「皇帝陛下!?」

 

この男、何を隠そうヘルシャー帝国現皇帝ガハルド・D・ヘルシャーその人である。まさかの事態にエリヒド陛下が眉間を揉みほぐしながら尋ねた。

 

「どういうおつもりですかな、ガハルド殿」

 

「これは、これはエリヒド殿。ろくな挨拶もせず済まなかった。ただな、どうせなら自分で確認した方が早いだろうと一芝居打たせてもらったのよ。今後の戦争に関わる重要なことだ。無礼は許して頂きたい」

 

謝罪すると言いながら、全く反省の色がないガハルド皇帝。それに溜息を吐きながら「もう良い」とかぶりを振るエリヒド陛下。

 

香織は完全に置いてきぼりだ。退屈そうに、殴った際にガハルドが落として剣を拾ってブンブンと音を置き去りにして振り回している。

 

なし崩しで模擬戦も終わってしまい、その後に予定されていた晩餐で帝国からも勇者を認めるとの言質をとることができ、一応、今回の訪問の目的は達成されたようだ。

 

 

 

 

 

その晩、部屋で部下に本音を聞かれた皇帝陛下は面倒くさそうに答えた。

 

「ありゃ、ダメだな。ただの子供だ。理想とか正義とかそういう類のものを何の疑いもなく信じている口だ。なまじ実力とカリスマがありそうだからタチが悪い。自分の理想で周りを殺すタイプだな。神の使徒である以上蔑ろにはできねぇ。取り敢えず合わせて上手くやるしかねぇだろう」

 

語られているのはもちろん香織のことではなく天之川のことだ。

続いて、香織のことを語る。

 

「しかし、あの子はヤバイ。神の使徒、勇者の仲間、なんて言葉がまるで飾りだ。まだまだ底が知れねぇし、聞いたところによりゃぁ転職が治癒師っつーじゃねぇか。治癒師が全員あれなら、俺もそろそろ引退だな」

 

そういって皇帝陛下は豪快に笑った。

 

「魔人族との戦争が本格化したらどうなるか、さっぱりだ。あの子は人類の危機なんざ全くもって気にしてねぇ。都合がよけりゃ神でも馬にしちまうかもな」

 

 

 

そんな評価を下されてるとはいざ知らず、香織は消耗した体力、魔力の回復のため夜食の肉塊にかぶりつき、はしたないと雫に叱られていた。

 

 

 

「こらっ、香織!」

 

「わっふぇ〜」

 

「飲み込んでから喋りなさい!」

 

「ゴクッ……、ごめんね、お母さん」

 

「……やめて。最近恵里までボケる時があるから、ホント……」

 

「だ、大丈夫雫ちゃん? お肉食べる?」

 

「……遠慮しておくわ」

 

 

 

第十話、END.

 






ハナちゃん、レナちゃんが一切登場しない回でした!
楽しみにしてくださっていた方は連続投稿ということでここはひとつ。

転生(善性?)恵里ちゃんや超覚醒香織ちゃんについて、感想よろしくお願いします!!
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