正義の敵は王道を拒む   作:那由多 ユラ

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第十一話

000

 

 

 

オレの嘘は世界の嘘だ。

 

嘘があったら、それは世界が間違っている。

 

……なんて、それも嘘かもしれないが。

 

 

 

 

001

 

 

七大迷宮の一つにして、深部に亜人族の国フェアベルゲンを抱える《ハルツィナ樹海》を前方に見据えて、ハジメが魔力駆動四輪で牽引する大型馬車二台と数十頭の馬が、それなりに早いペースで平原を進んでいた。

 

四輪にはライセン大峡谷の時と同様、ハジメが運転して助手席には青子、後部座席にはユエ、シア、裂那、その上にリサが乗っている。当初、シアには馬車に乗るように言ったのだが、シアとしては、初めて出会った同類である二人、ハジメ、ユエと、もっと色々話がしたいようだった。

 

上機嫌なシアとリサによってまともに身動きがとれない裂那は、窓の外をのんびり眺めていた。

 

そんな裂那に、ユエが声を掛ける。

 

「裂那。……どうして、一人で戦ったの?」

 

「んー?」

 

ユエが言っているのは帝国兵との戦いのことだ。

 

裂那は半ば上の空のままで答える。

 

「……平和の対極たる戦争を招くのは、いつでも口が発端だ。ちょっとした言い争いは際限無く広がる。悪口、暴力、殺戮、殲滅、絶滅。いつだって、そこに秘められる思いは平和な暮らしへの渇望だ。絶滅を防ぐために殲滅する。殲滅を避けるために殺戮する。殺戮をさせないために暴力を振りかざす。暴力を消すために口で言い伏せる。……結局のところ、言葉が通じないなら戦争しかない。平和なんてのは安全な暮らしを言うのでは無く、互いが互いのために減らしあえる状況を言うのさ。そう言う意味じゃ、テメェら亜人族の在り方は平和の理想像であるとともに対極でもあるな」

 

「のわりにあんた、よく、話し合いで解決しようって言ってるよな」

 

ハジメが運転の片手間に尋ねる。

 

「理想を宣って何が悪い。テメェら野蛮人と違ってオレは死を忌避していないってだけ。死にたくなきゃ話を聞けってんだ」

 

 

 

車内が沈黙に包まれた。裂那の並から外れた価値観にそれぞれなんとも言いづらい感情を抱いているようだ。

 

 

「あの、あの! もっと皆さんのこと、教えてくれませんか?」

 

「俺達のことは話したろ?」

 

沈黙に耐え切らなかったシアが提案するが、ハジメの返しは冷たい。

 

「いえ、能力とかそういうことではなくて、皆さんの旅の目的だとか、今まで何をしていたのかとか、もっと知りたいです。どうするというわけではなく、ただ知りたいだけです。……私、この体質のせいで家族には沢山迷惑をかけました。小さい時はそれがすごく嫌で、……もちろん、皆はそんな事ないって言ってくれましたし、今は、自分を嫌ってはいませんが、……それでも、やっぱり、この世界のはみだし者のような気がして、……だから私、嬉しかったんです。私みたいな存在は他にもいるのだと知って、一人じゃない、はみだし者なんかじゃないって思えて、……勝手ながら、そ、その、な、仲間みたいに思えて、……だから、その……」

 

シアは話の途中で恥ずかしくなってきたのか、次第に小声になって隠れるように身を縮こまらせた。

 

出会ってすぐハウリア達を襲う魔物と戦闘になったので、谷底でも魔法が使える理由など簡単なことしか話していなかった。きっと、シアは、ずっと気になっていたのだろう。

確かに、この世界で、魔物と同じ体質を持った人など受け入れがたい存在だろう。仲間意識を感じてしまうのも無理はない。シアに対して直ちに仲間意識を持つわけではない。が……樹海に到着するまで、まだ少し時間がかかる。特段隠すことでもないので、暇つぶしにいいだろうと、それぞれ語り出した。

 

 

 

002

 

 

まずは、一行のリーダー格であるハジメが、己の人生を語った。

 

出身地に始まり、家族構成や、他にも日本にいた頃の趣味なんかを存分に語り、それからこの世界に来てから、奈落でのことや、裂那に出会ったときのことなんかを、主にシアやリサに向けて語り聞かせた。

 

 

続いてユエ。封印される前の王族時代を大雑把に説明し、数百年封印されたことや、裂那が降ってきたことなんかを語った。

 

 

「うぇ、ぐすっ……ひどい、ひどすぎまずぅ~、ハジメさんもユエさんもがわいぞうですぅ~。そ、それ比べたら、私はなんでめぐまれて……うぅ~、自分がなざけないですぅ~」

 

 

 

まだ二人目なのに、もう号泣した。滂沱の涙を流しながら「私は、甘ちゃんですぅ」とか「もう、弱音は吐かないですぅ」と呟いている。そして、さりげなくリサを抱きしめている。本人も嬉しそうだから裂那も放置しているが……。

 

 

シアの涙をリサは袖で拭ってやり、自分の生い立ちを語り出した。

 

「リサはねぇ、ママが幸せにしてくれるって言ったから、ママをママに選んだの。目の前の人を殺せーって言ってくる人を静かにしてくれてね? カッコよかったなー」

 

リサのファンタジーな話に、シアだけでなくハジメまでもが微笑ましく思った。

 

 

続いて、裂那。裂那は、長々と語った。

 

「あー、そのまま語ったらバカみてぇに長くなるからかいつまんで、切り落として語るぞ。

 

「家族構成は両親に姉と妹が一人ずつ。

 

「姉は父親と海外に行って、そん時に父親が死んで姉は行方不明に。こんときはまだ俺が生まれたかどうかってときだな。

 

「母親は田舎で年寄り相手に現人神やってて、妹は母親のとこの引きこもり巫女。

 

「まぁ今日は大して語んねえからこの辺は気にすんな。

 

「語るべきは、そうだな。やっぱハナとの出逢いが最優先か。

 

「一応前置きしておくが、今から語るのは紛れもなくノンフィクションだ。クモは信じられねぇかもしれねぇが、今や同類だと思って聞け。

 

「オレの人生が劇的になったのは中学一年生、十三歳の頃からだ。

 

「デスタウンっつってな、死者と生者が住んでる町があるんだ。

 

「入る方法は基本的に二つ、例外が二件だ。

 

「入るには、臨死体験するかインターネットからアクセスするかだ。インターネットは、まぁ、世界中どこからでも入れる超デカイ図書館だと思っとけ。

 

「そして、例外二件のうち一件がオレだ。学校帰り、何があったのか偶然迷い込んだんだ。

 

「デスタウンなんて、物騒な名前が付けられてるけど別に危険な街ではない。インターネットからだと魂抜かれて死んだりもするらしいが、その抜かれたやつも幸せとまでは言わないが結構楽しそうに暮らしてた。

 

「そんでまぁ、迷い込んだオレも歓迎された。

 

「誰も彼も優しかったし、二年間その街で暮らしたけど不自由することは無かった。

 

「ま、当然だよな。居るのはもうすぐにでも死ぬ人間と、すでに死んだ人間が大半なんだから。いちいち悪行なんて犯す奴なんて居ない。

 

「そんな街で、オレはハナと出逢った。

 

「華々花々。父親はデスタウンで生まれた死者、母親はインターネットからアクセスした魂。

 

「魂っつっても、ちゃっかり受肉してるすごい人でな、誰も生きてるのか死んでるのか分からない。

 

「とまぁ、変な人たちの間に生まれたのがオレの親友華々花々で、オレもその人達に結構お世話になった。

 

「ハナとの出逢いは、オレもハナも逢うべくして出逢ったと今でも確信してる。

 

「オレはハナに逢うためにデスタウンに行ったし、ハナはデスタウンにオレがくるのを待っていた。

 

「二年間、オレとハナは霧に包まれてて全貌の見えないデスタウンを冒険した。

 

「いろんな人に話を聞いたし、中には歴史上の人物までいた。安倍晴明とか卑弥呼とかな。

 

「あー、簡単に言えば超凄え魔法使いと占い師だ。

 

「そんな人たちの話を聞いたりして過ごしてたら、二人目の例外がやってきた。

 

「別に侵略者とかじゃねぇよ。

 

「やってきたのは世界中散歩してて偶然日本に来てた神刺刹那。オレの姉貴で、その日初めてオレは姉貴と顔を合わせた。

 

「どうやらオレの母親と先に逢ってたらしくて、オレを探してたらしい。

 

「そんで、ハナの両親の説得にオレもハナも屈し、姉貴に連れられて、ハナを連れて、オレは現世に帰った。

 

「当然行方不明者だったわけだから色々手続きがあって、そんときに警察と繋がりができた。

 

「その伝手を使って、十五年間行方不明で死亡扱いだった姉貴と、デスタウン生まれのハナの戸籍を作ったりしたんだ。

 

「その後はまぁ、五億年ボタン十六連打とか、学校の七百七十七不思議と聖書の六百六十六の獣の量対質怪獣大決戦とか、エンジェルさま対こっくりさんの占い勝負とか……

 

「色々社会の影で起きてた事件に巻きこまれながら学生やってて、この世界に召喚された。

 

「そっから先はクモとかユエが語った通りだ。

 

 

 

 

003

 

 

数時間して、遂に一行は《ハルツィナ樹海》と平原の境界に到着した。樹海の外から見る限り、ただの鬱蒼とした森にしか見えないのだが、一度中に入ると直ぐさま霧に覆われるらしい。

 

「中に入ったら決して我らから離れないで下さい。皆さんを中心にして進みますが、万一はぐれると厄介ですからな。それと、行き先は森の深部、大樹の下で宜しいのですな?」

 

「ああ、聞いた限りじゃあ、そこが本当の迷宮と関係してそうだからな」

 

カムが、ハジメに対して樹海での注意と行き先の確認をする。カムが言った《大樹》とは、《ハルツィナ樹海》の最深部にある巨大な一本樹木で、亜人達には《大樹ウーア・アルト》と呼ばれており、神聖な場所として滅多に近づくものはいないらしい。峡谷脱出時にカムから聞いた話だ。

 

「それでは、できる限り気配は消してもらえますかな。大樹は、神聖な場所とされておりますから、あまり近づくものはおりませんが、特別禁止されているわけでもないので、フェアベルゲンや、他の集落の者達と遭遇してしまうかもしれません。我々は、お尋ね者なので見つかると厄介です」

 

「ああ、承知している」

 

ハジメは、そう言うと《気配遮断》を使う。ユエも、奈落で培った方法で気配を薄くした。裂那、リサはその類の技術は一切身に付けておらずそのままだ。

 

いつからか青子は気がついたら姿が消えていた。車内での話にも参加していなかったし、全員が今の今まで青子の存在を忘れていたほどだ。

 

「ッ!? これは、また……。ハジメ殿、できればユエ殿くらいにしてもらえますかな?」

 

「ん? ……こんなもんか?」

 

「はい、結構です。さっきのレベルで気配を殺されては、我々でも見失いかねませんからな。いや全く、流石ですな!」

 

元々、兎人族は全体的にスペックが低い分、聴覚による索敵や気配を断つ隠密行動に秀でている。地上にいながら、奈落で鍛えたユエと同レベルと言えば、その優秀さが分かるだろうか。達人級といえる。

 

カムは、人間族でありながら自分達の唯一の強みを凌駕され、もはや苦笑いだ。隣では、何故かユエが自慢げに胸を張っている。

 

「それでは、行きましょうか」

 

カムの号令と共に準備を整えた一行は、カムとシアを先頭に樹海へと踏み込んだ。

 

 

しばらく、道ならぬ道を突き進む。直ぐに濃い霧が発生し視界を塞いでくる。しかし、カムの足取りに迷いは全くなかった。現在位置も方角も完全に把握しているようだ。理由は分かっていないが、亜人族は、亜人族であるというだけで、樹海の中でも正確に現在地も方角も把握できるらしい。

 

樹海に入って数時間が過ぎた頃、無数の気配に囲まれ、ハジメ達は歩みを止める。数も殺気も、連携の練度も、今までの魔物とは比べ物にならない。カム達は忙しなくウサミミを動かし索敵をしている。

 

そして、何かを掴んだのか苦虫を噛み潰したような表情を見せた。シアに至っては、その顔を青ざめさせている。

 

ハジメとユエも相手の正体に気がつき、面倒そうな表情になった。

 

その相手の正体は……

 

 

 

「お前達……何故人間といる! 種族と族名を名乗れ!」

 

 

 

虎模様の耳と尻尾を付けた、筋骨隆々の亜人だった。

 

 

 

 

004

 

 

 

樹海の中で人間族と亜人族が共に歩いている。

 

その有り得ない光景に、目の前の虎の亜人と思しき人物はカム達に裏切り者を見るような眼差しを向けた。その手には両刃の剣が抜身の状態で握られている。周囲にも数十人の亜人が殺気を滾らせながら包囲網を敷いているようだ。

 

「あ、あの私達は……」

 

カムが何とか誤魔化そうと額に冷汗を流しながら弁明を試みるが、その前に虎の亜人の視線がシアを捉え、その眼が大きく見開かれる。

 

「白い髪の兎人族だと? ……貴様ら、報告のあったハウリア族か! 亜人族の面汚し共め! 長年、同胞を騙し続け、忌み子を匿うだけでなく、今度は人間族を招き入れるとは! 反逆罪だ! もはや弁明など聞く必要もない! 全員この場で処刑する! 総員かッ!?」

 

 

 

ドパンッ!!

 

 

 

虎の亜人が問答無用で攻撃命令を下そうとしたその瞬間、ハジメの腕が跳ね上がり、銃声と共に一条の閃光が彼の頬を掠めて背後の樹を抉り飛ばし樹海の奥へと消えていった。

 

理解不能な攻撃に凍りつく虎の亜人の頬に擦過傷が出来る。もし人間のように耳が横についていれば、確実に弾け飛んでいただろう。聞いたこともない炸裂音と反応を許さない超速の攻撃に誰もが硬直している。

 

そこに、気負った様子もないのに途轍もない圧力を伴ったハジメの声が響いた。《威圧》という魔力を直接放出することで相手に物理的な圧力を加える固有魔法である。

 

「今の攻撃は、刹那の間に数十発単位で連射出来る。周囲を囲んでいるヤツらも全て把握している。お前等がいる場所は、既に俺のキルゾーンだ」

 

「な、なっ……詠唱がっ……」

 

詠唱もなく、見たこともない強烈な攻撃を連射出来る上、味方の場所も把握していると告げられ思わず吃る虎の亜人。それを証明するように、ハジメは自然な動作でシュラークを抜きピタリと、とある方向へ銃口を向けた。その先には、奇しくも虎の亜人の腹心の部下がいる場所だった。霧の向こう側で動揺している気配がする。

 

「まぁ、落ち着けよクモも、虎もよ。オレらは戦争をしに来たわけじゃねぇだろ?」

 

裂那がそう言って、ハジメに銃を下させた。

 

両手をポケットに入れ、不適な笑みを浮かべながら言葉を続ける。

 

「オレらの目的は樹海の深部、大樹だ。別にテメェら亜人族に用はない」

 

「大樹の下へ……だと? 何のために?」

 

てっきり亜人を奴隷にするため等という自分達を害する目的なのかと思っていたら、神聖視はされているものの大して重要視はされていない大樹が目的と言われ若干困惑する虎の亜人。

 

「オレらは七つの本当の迷宮を廻り、攻略する旅をしてるんだ。ハウリアはその案内」

 

「本当の迷宮? 何を言っている? 七大迷宮とは、この樹海そのものだ。一度踏み込んだが最後、亜人以外には決して進むことも帰る事も叶わない天然の迷宮だ」

 

「それは違う。んなんはテメェらの勘違い、無知ってだけのことだ。って、んなこたどうでもいいんだ。ゴールが大樹で試練は亜人族を仲間にすることだろうと、もっとその先だろうと」

 

虎の亜人は数分考え、提案した。

 

「……お前が、国や同胞に危害を加えないというなら、大樹の下へ行くくらいは構わないと、俺は判断する。部下の命を無意味に散らすわけには行かないからな」

 

その言葉に、周囲の亜人達が動揺する気配が広がった。樹海の中で、侵入して来た人間族を見逃すということが異例だからだろう。

 

「だが、一警備隊長の私ごときが独断で下していい判断ではない。本当に含むところがないというのなら、伝令を見逃し、私達とこの場で待機しろ」

 

冷や汗を流しながら、それでも強い意志を瞳に宿して睨み付けてくる虎の亜人。

 

「ま、その辺が打倒か。お互い命のやり取りは望むところじゃねぇんだ。話し合いで解決しようぜ」

 

「無論だ。ザム! 聞こえていたな! 長老方に余さず伝えろ!」

 

「了解!」

 

虎の亜人の言葉と共に、気配が一つ遠ざかっていった。裂那はハジメを制していた手を下ろし、ハジメも銃をホルスターに収めた。

 

空気が一気に弛緩する。それに、ホッとすると共に、あっさり警戒を解いたハジメに訝しそうな眼差しを向ける虎の亜人。中には、〝今なら!〟と臨戦態勢に入っている亜人もいるようだ。その視線の意味に気が付いたのかハジメが不敵に笑った。

 

「お前等が攻撃するより、俺の抜き撃ちの方が早い……試してみるか?」

 

「……いや。だが、下手な動きはするなよ。我らも動かざるを得ない」

 

「わかってるさ。オレも神刺に殺されたくはない」

 

「はっ、んなことで殺しはしねぇさ。せいぜい亜人族で世界征服するくらいだ」

 

「それ、多分オレとユエ死んでるよな?」

 

「いらないことはしなきゃいいのさ」

 

ようやく一段落着いたと分かり、カム達にもホッと安堵の吐息が漏れた。だが、彼等に向けられる視線は、ハジメに向けられるものより厳しいものがあり居心地は相当悪そうである。

 

 

 

 

005

 

 

 

時間にして一時間と言ったところか。

 

いらないことをしたシアが、ユエに関節を極められて「ギブッ! ギブッですぅ!」と必死にタップし、それを周囲の亜人達が呆れを半分含ませた生暖かな視線で見つめていると、急速に近づいてくる気配を感じた。

 

 

場に再び緊張が走る。シアの関節には痛みが走る。

 

霧の奥からは、数人の新たな亜人達が現れた。彼等の中央にいる初老の男が特に目を引く。流れる美しい金髪に深い知性を備える碧眼、その身は細く、吹けば飛んで行きそうな軽さを感じさせる。威厳に満ちた容貌は、幾分シワが刻まれているものの、逆にそれがアクセントとなって美しさを引き上げていた。。何より特徴的なのが、その尖った長耳だ。彼は、森人族。いわゆるエルフなのだろう。

 

「ふむ、お前さんが問題の人間族かね? 名は何という?」

 

「神刺裂那。この白髪が南雲ハジメだ。お前は?」

 

裂那の言葉遣いに、周囲の亜人が長老に何て態度を! と憤りを見せる。それを、片手で制すると、森人族の男性も名乗り返した。

 

「私は、アルフレリック・ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている。さて、お前さんの要求は聞いているのだが……その前に聞かせてもらいたい。《解放者》を知っているな?」

 

「あれだろ? 神に逆らって、人類を神の支配、信仰から解放しようとした、勇敢な愚者達。オレらはオルクス大迷宮の奈落の底の底、オスカーの隠れ家に一度行っている」

 

「ふむ、奈落の底か……。聞いたことがないがな……証明できるか?」

 

「必要か?」

 

「あぁ、必要だ」

 

「ふーん。……クモ、なんか遺品とか持ってきて無かったか?」

 

裂那が尋ねると、ハジメは指輪を取り出し見せた。

 

「これ一応、オルクスが付けていた指輪なんだが……」

 

そう言って、見せたのはオルクスの指輪だ。アルフレリックは、その指輪に刻まれた紋章を見て目を見開いた。そして、気持ちを落ち付かせるようにゆっくり息を吐く。

 

「なるほど……確かに、お前さんはオスカー・オルクスの隠れ家にたどり着いたようだ。他にも色々気になるところはあるが……よかろう。取り敢えずフェアベルゲンに来るがいい。私の名で滞在を許そう。ああ、もちろんハウリアも一緒にな」

 

アルフレリックの言葉に、周囲の亜人族達だけでなく、カム達ハウリアも驚愕の表情を浮かべた。虎の亜人を筆頭に、猛烈に抗議の声があがる。それも当然だろう。かつて、フェアベルゲンに人間族が招かれたことなど無かったのだから。

 

「オイオイ、そいつは個人的にありがたいが、いいのか? オレらの要求はあくまでも迷宮までの不可侵。破格が過ぎるぞ」

 

「いや、お前さん。それは無理だ」

 

「なんだと?」

 

あくまで邪魔する気か? と身構えるハジメに、むしろアルフレリックの方が困惑したように返した。

 

「大樹の周囲は特に霧が濃くてな、亜人族でも方角を見失う。一定周期で、霧が弱まるから、大樹の下へ行くにはその時でなければならん。次に行けるようになるのは十日後だ。……亜人族なら誰でも知っているはずだが……」

 

アルフレリックは、「今すぐ行ってどうする気だ?」とハジメを見たあと、案内役のカムを見た。ハジメは、聞かされた事実にポカンとした後、アルフレリックと同じようにカムを見た。そのカムはと言えば……

 

 

 

「あっ」

 

 

まさに、今思い出したという表情をしていた。裂那から大きなため息が無遠慮に吐き出される。

 

「オイ?」

 

「あっ、いや、その何といいますか……ほら、色々ありましたから、つい忘れていたといいますか……私も小さい時に行ったことがあるだけで、周期のことは意識してなかったといいますか……」

 

しどろもどろになって必死に言い訳するカムだったが、リサとユエのジト目に耐えられるわけもなく逆ギレしだした。

 

「ええい、シア、それにお前達も! なぜ、途中で教えてくれなかったのだ! お前達も周期のことは知っているだろ!」

 

「なっ、父様、逆ギレですかっ! 私は、父様が自信たっぷりに請け負うから、てっきりちょうど周期だったのかと思って……つまり、父様が悪いですぅ!」

 

「そうですよ、僕たちも、あれ? おかしいな? とは思ったけど、族長があまりに自信たっぷりだったから、僕たちの勘違いかなって……」

 

「族長、何かやたら張り切ってたから……」

 

逆ギレするカムに、シアが更に逆ギレし、他の兎人族達も目を逸らしながら、さり気なく責任を擦り付ける。

 

ハジメが憐むような目で見ている。ハジメ自身、二人の冷たい目には勝てる気がしないからだ。

 

「お、お前達! それでも家族か! これは、あれだ、そう! 連帯責任だ! 連帯責任! ハジメ殿、罰するなら私だけでなく一族皆にお願いします!」

 

「あっ、汚い! お父様汚いですよぉ! 一人でお仕置きされるのが怖いからって、道連れなんてぇ!」

 

「族長! 私達まで巻き込まないで下さい!」

 

「バカモン! 道中の、ハジメ殿の容赦のなさを見ていただろう! 一人でバツを受けるなんて絶対に嫌だ!」

 

「あんた、それでも族長ですか!」

 

 

 亜人族の中でも情の深さは随一の種族といわれる兎人族。彼等は、ぎゃあぎゃあと騒ぎながら互いに責任を擦り付け合っていた。情の深さは何処に行ったのか……。

 

 

裂那が青筋を浮かび上がらせながらシアのウサミミを掴んだ。

 

「おい亜人ども。オレは連帯責任って言葉が嫌いだ。元凶たるこの森を焼き払うが、文句はないな?」

 

「裂那、火なら任せて」

 

今にも燃え出しそうな裂那に、ノリノリなユエ。

 

アルフレリックを含む周囲の亜人族がブンブンと首を横に振った。

 

 

 

 

006

 

 

 

濃霧の中を虎の亜人ギルの先導で進む。

 

行き先はフェアベルゲンだ。ハジメや裂那達、ハウリア族、そしてアルフレリックを中心に周囲を亜人達で固めて既に一時間ほど歩いている。どうやら、先のザムと呼ばれていた伝令は相当な駿足だったようだ。

 

しばらく歩いていると、突如、霧が晴れた場所に出た。晴れたといっても全ての霧が無くなったのではなく、一本真っ直ぐな道が出来ているだけで、まるで霧のトンネルのような場所だ。よく見れば、道の端に誘導灯のように青い光を放つ拳大の結晶が地面に半分埋められている。そこを境界線に霧の侵入を防いでいるようだ。

 

ハジメが、青い結晶に注目していることに気が付いたのかアルフレリックが解説を買って出てくれた。

 

「あれは、フェアドレン水晶というものだ。あれの周囲には、何故か霧や魔物が寄り付かない。フェアベルゲンも近辺の集落も、この水晶で囲んでいる。まぁ、魔物の方は比較的という程度だが」

 

「なるほど。そりゃあ、四六時中霧の中じゃあ気も滅入るだろうしな。住んでる場所くらい霧は晴らしたいよな」

 

どうやら樹海の中であっても街の中は霧がないようだ。十日は樹海の中にいなければならなかったので朗報である。ユエやリサは嬉しそうだが、霧に包まれた町を思い出の地とする裂那はどこか残念そうだ。

 

そうこうしている内に、眼前に巨大な門が見えてきた。太い樹と樹が絡み合ってアーチを作っており、其処に木製の十メートルはある両開きの扉が鎮座していた。天然の樹で作られた防壁は高さが最低でも三十メートルはありそうだ。亜人の国というに相応しい威容を感じる。

 

ギルが門番と思しき亜人に合図を送ると、ゴゴゴと重そうな音を立てて門が僅かに開いた。周囲の樹の上から、ハジメ達に視線が突き刺さっているのがわかる。人間が招かれているという事実に動揺を隠せないようだ。アルフレリックがいなければ、ギルがいても一悶着あったかもしれない。おそらく、その辺りも予測して長老自ら出てきたのだろう。

 

門をくぐると、そこは別世界だった。直径数十メートル級の巨大な樹が乱立しており、その樹の中に住居があるようで、ランプの明かりが樹の幹に空いた窓と思しき場所から溢れている。人が優に数十人規模で渡れるであろう極太の樹の枝が絡み合い空中回廊を形成している。樹の蔓と重なり、滑車を利用したエレベーターのような物や樹と樹の間を縫う様に設置された木製の巨大な空中水路まであるようだ。樹の高さはどれも二十階くらいありそうである。

 

ハジメとユエがポカンと口を開け、その美しい街並みに見蕩れている。リサはすぐにでも飛び出しそうだ。

 

街並みに見蕩れていると、ゴホンッと咳払いが聞こえた。どうやら、気がつかない内に立ち止まっていたらしくアルフレリックが正気に戻してくれたようだ。

 

「ふふ、どうやら我らの故郷、フェアベルゲンを気に入ってくれたようだな」

 

アルフレリックの表情が嬉しげに緩んでいる。周囲の亜人達やハウリア族の者達も、どこか得意げな表情だ。

 

「うん!! はじめて見るのがいっぱい! 楽しそう!」

 

服の中に隠していたことを忘れて尻尾をブンブンと振り回すリサ。新種の亜人族か! と注目が集まる。

 

故郷が褒められたのが嬉しいのか、リサにつられたのか、皆ケモミミや尻尾を勢いよくふりふりしている。

 

 

 

 

007

 

 

 

「……なるほど。試練に神代魔法、それに神の盤上か……」

 

現在、ハジメとユエは、アルフレリックと向かい合って話をしていた。内容は、ハジメがオスカー・オルクスに聞いた〝解放者〟のことや神代魔法のこと、自分が異世界の人間であり七大迷宮を攻略すれば故郷へ帰るための神代魔法が手に入るかもしれないこと等だ。

 

アルフレリックは、この世界の神の話を聞いても顔色を変えたりはしなかった。不思議に思ってハジメが尋ねると、「この世界は亜人族に優しくはない、今更だ」という答えが返ってきた。神が狂っていようがいまいが、亜人族の現状は変わらないということらしい。聖教教会の権威もないこの場所では信仰心もないようだ。あるとすれば自然への感謝の念だという。

 

ハジメ達の話を聞いたアルフレリックは、フェアベルゲンの長老の座に就いた者に伝えられる掟を話した。それは、この樹海の地に七大迷宮を示す紋章を持つ者が現れたらそれがどのような者であれ敵対しないこと、そして、その者を気に入ったのなら望む場所に連れて行くことという何とも抽象的な口伝だった。

 

【ハルツィナ樹海】の大迷宮の創始者リューティリス・ハルツィナが、自分が〝解放者〟という存在である事(解放者が何者かは伝えなかった)と、仲間の名前と共に伝えたものなのだという。フェアベルゲンという国ができる前からこの地に住んでいた一族が延々と伝えてきたのだとか。最初の敵対せずというのは、大迷宮の試練を越えた者の実力が途轍もないことを知っているからこその忠告だ。

 

そして、オルクスの指輪の紋章にアルフレリックが反応したのは、大樹の根元に七つの紋章が刻まれた石碑があり、その内の一つと同じだったからだそうだ。

 

「それで、俺は資格を持っているというわけか……」

 

アルフレリックの説明により、人間を亜人族の本拠地に招き入れた理由がわかった。しかし、全ての亜人族がそんな事情を知っているわけではないはずなので、今後の話をする必要がある。

 

ハジメとアルフレリックが、話を詰めようとしたその時、何やら階下が騒がしくなった。ハジメ達のいる場所は、最上階にあたり、階下にはシア達ハウリア族と裂那、リサが待機している。

リサが疲れて眠そうだからと、裂那はアルフレリックとの会話を辞退したのだ。

 

どうやら、彼女達が誰かと争っているようだ。ハジメとアルフレリックは顔を見合わせ、同時に立ち上がった。

 

階下では、大柄な熊の亜人族や虎の亜人族、狐の亜人族、背中から羽を生やした亜人族、小さく毛むくじゃらのドワーフらしき亜人族が剣呑な眼差しで、ハウリア族と裂那を睨みつけていた。ハウリア族は部屋の隅で縮こまり、カムが必死にシアを庇っている。

 

シアもカムも頬を腫らしており、裂那は熊の亜人族の拳を両手で抑えていることから、すでに殴られたようだ。

 

ハジメとユエが階段から降りてくると、彼等は一斉に鋭い視線を送った。熊の亜人が剣呑さを声に乗せて発言する。

 

「アルフレリック……貴様、どういうつもりだ。なぜ人間を招き入れた? こいつら兎人族もだ。忌み子にこの地を踏ませるなど……返答によっては、長老会議にて貴様に処分を下すことになるぞ」

 

必死に激情を抑えているのだろう。裂那を振り払い、いまにも裂那を殴り殺さんばかりの殺気だ。

 

やはり、亜人族にとって人間族は不倶戴天の敵なのだ。しかも、忌み子と彼女を匿った罪があるハウリア族まで招き入れた。熊の亜人だけでなく他の亜人達もアルフレリックを睨んでいる。

 

しかし、アルフレリックはどこ吹く風といった様子だ。

 

「なに、口伝に従ったまでだ。お前達も各種族の長老の座にあるのだ。事情は理解できるはずだが?」

 

「何が口伝だ! そんなもの眉唾物ではないか! フェアベルゲン建国以来一度も実行されたことなどないではないか!」

 

「だから、今回が最初になるのだろう。それだけのことだ。お前達も長老なら口伝には従え。それが掟だ。我ら長老の座にあるものが掟を軽視してどうする」

 

「なら、こんな人間族の小娘どもが資格者だとでも言うのか! 敵対してはならない強者だと!」

 

「そうだ」

 

あくまで淡々と返すアルフレリック。熊の亜人は信じられないという表情でアルフレリックを、そして裂那とハジメを睨む。

 

どうやら、リサは眼中にない、または亜人族と思われているのか。

 

騒ぎに目を覚ましたリサは、振り払われ地面に倒れる裂那を見た。

 

「……ママ?」

 

「あー、ったく。こんな野蛮人がいるとこに招くなよ、爺さん」

 

傷一つ負っていない裂那は頭をガリガリと掻きながらぼやく。

 

「……すまんな」

 

フェアベルゲンには、種族的に能力の高い幾つかの各種族を代表する者が長老となり、長老会議という合議制の集会で国の方針などを決めるらしい。裁判的な判断も長老衆が行う。今、この場に集まっている亜人達が、どうやら当代の長老達らしい。だが、口伝に対する認識には差があるようだ。

 

 

 

 アルフレリックは、口伝を含む掟を重要視するタイプのようだが、他の長老達は少し違うのだろう。アルフレリックは森人族であり、亜人族の中でも特に長命種だ。二百年くらいが平均寿命だったとハジメは記憶している。だとすると、眼前の長老達とアルフレリックでは年齢が大分異なり、その分、価値観にも差があるのかもしれない。ちなみに、亜人族の平均寿命は百年くらいだ。

 

そんなわけで、アルフレリック以外の長老衆は、この場に人間族や罪人がいることに我慢ならないようだ。

 

「……ならば、今、この場で試してやろう!」

 

いきり立った熊の亜人が突如、裂那に向かって突進した。あまりに突然のことで周囲は反応できていない。アルフレリックも、まさかいきなり襲いかかるとは思っていなかったのか、驚愕に目を見開いている。

 

そして、一瞬で間合いを詰め、身長二メートル半はある脂肪と筋肉の塊の様な男の豪腕が、裂那に向かって振り下ろされなかった。

 

「ママを、いじめるな」

 

リサがとっさに立ち向かった。手には筋肉の塊が握られている。断面は溶解液で溶かし固められていて、血は一滴も垂れていない。

 

亜人の中でも、熊人族は特に耐久力と腕力に優れた種族だ。その豪腕は、一撃で野太い樹をへし折る程で、種族代表ともなれば他と一線を画す破壊力を持っている。

 

しかし、元はオルクス大迷宮の試練の一角であるリサには足元にも及ばない。

 

痛覚すら反応しなかった事象に、誰よりも熊の亜人が驚く。

 

 

 

「テメェら、人の話を聞くって発想はないのか?」

 

裂那はリサの頭を撫でながら言う。

 

「何をしたんだ!!」

 

熊の亜人は残ったもう片方の腕でリサに殴りかかるが、今度はそれを裂那が抑える。裂那の腕には血管が所々浮き出ていて、万力の如く動かない。

 

「オレの娘に手ぇ出したんだ。覚悟はいいな?」

 

「ぐっう! 離せ!」

 

必死に腕を引き戻そうとするが、片腕を失ったことによりバランスを上手くとれず、力が入らない。

 

「あくまでも、話を聞く気はないってのか?」

 

「ひっ、ひぃっ!!!」

 

裂那の微笑みに恐怖を抱き逃げ出そうとするが、裂那の手は離さない。

 

「望みは絶滅か? それとも繁栄か?」

 

「あ……、が……」

 

恐怖がキャパオーバーし、熊の亜人は泡を吹いて倒れた。

 

裂那は手を離し、警戒する亜人達をせせら笑いながら尋ねる。

 

「もう一度聞こうか。絶滅がお望みか?」

 

その言葉に、頷けるものはいなかった。

 

 

 

008

 

 

 

熊の亜人を吹き飛ばした後、アルフレリックが何とか執り成し、絶滅は回避された。熊の亜人は片腕を損失した以外に怪我はなく、命に別状は無いらしい。

 

現在、当代の長老衆である虎人族のゼル、翼人族のマオ、狐人族のルア、土人族(俗に言うドワーフ)のグゼ、そして森人族のアルフレリックが、裂那と向かい合って座っていた。裂那の上にはリサが居て、傍らにはハジメとユエ、カム、シアが座り、その後ろにはハウリア族が固まって座っている。

 

長老衆の表情は、アルフレリックを除いて緊張感で強ばっていた。戦闘力では一,二を争う程の手練だった熊の亜人(名前はジン)が、文字通り手も足も出し瞬殺されたのであるから無理もない。

 

「で? テメェらはオレらをどうしたいんだ? つーかどうする気だったんだ? オレは言ったよな? 迷宮までの不可侵さえ約束してくれればそれでいいと。ここまで招くのは破格が過ぎると。そしたらなんだ、亜人族ですら意思の統一が為されていない。テメェら何がしたいんだ?」

 

裂那の発言に身を強ばらせる長老衆。

 

「こちらの仲間を再起不能にしておいて、第一声がそれか……それで友好的になれるとでも?」

 

グゼが苦虫を噛み潰したような表情で呻くように呟いた。

 

「はっ! 友好だと? テメェらにはオレらが一度でも友達百人作りに来たなんて言ったか?」

 

「き、貴様! ジンはな! ジンは、いつも国のことを思って!」

 

「ここまでに来る道中、国のためにウサギどもを奴隷にしようと襲いかかってきた帝国兵は死体の山になったぞ。片腕ですんで良かったな」

 

「なっ!?」

 

「なに被害者面してんだ、気持ち悪い。殴られたオレらが被害者だ。いちいち損害賠償なんて要求できるほど文化出来てるとも思えねぇからどうでもいいが」

 

おそらくグゼはジンと仲が良かったのではないだろうか。だからこそ、どれだけ裂那が自身の正当性を語ったところでグゼの中では裂那たちが加害者に、ジンが被害者となる。

 

「グゼ、気持ちはわかるが、そのくらいにしておけ。彼女の言い分は正論だ」

 

アルフレリックの諌めの言葉に、立ち上がりかけたグゼは表情を歪めてドスンッと音を立てながら座り込んだ。そのまま、むっつりと黙り込む。

 

「確かに、この少年は、紋章の一つを所持しているし、その実力も大迷宮を突破したと言うだけのことはあるね。僕は、彼を口伝の資格者と認めるよ」

 

そう言ったのは狐人族の長老ルアだ。糸のように細めた目でハジメを見た後、他の長老はどうするのかと周囲を見渡す。

 

その視線を受けて、翼人族のマオ、虎人族のゼルも相当思うところはあるようだが、同意を示した。代表して、アルフレリックがハジメに伝える。

 

「神刺裂那、南雲ハジメ。我らフェアベルゲンの長老衆は、お前さんらを口伝の資格者として認める。故に、敵対はしないというのが総意だ……可能な限り、末端の者にも手を出さないように伝える。しかし……」

 

「しかしなんだ、襲ってくるやつは歓迎しろとでも?」

 

「ああ。……いや、そこまでは言わない。……知っての通り、亜人族は人間族をよく思っていない。憎んでいるとすら言える。血気盛んな者達は、長老会議の通達を無視する可能性を否定できない。特に、今回再起不能にされたジンの種族、熊人族の怒りは抑えきれない可能性が高い。アイツは人望があったからな……」

 

「ならどこまでしてやればいい。絶滅か繁栄か。テメェらの行先は二つに一つだ」

 

アルフレリックは、裂那等の意志を理解した上で、長老として同じく意志の宿った瞳を向ける。

 

「お前さんを襲った者達を殺さないで欲しい」

 

「いいぜ。全員達磨(だるま)で帰してやるよ。種馬としてなら使えるだろ」

 

達磨の意味を理解出来てはいないだろうが、種馬としてならと言う言葉に、ロクでも無い状態なのは全員が理解した。

 

虎人族のゼルが口を挟んだ。

 

「ならば、我々は、大樹の下への案内を拒否させてもらう。口伝にも気に入らない相手を案内する必要はないとあるからな」

 

その言葉に、裂那はため息をついた。

 

もとより、案内はハウリア族に任せるつもりで、フェアベルゲンの者の手を借りるつもりはなかった。そのことは、彼等も知っているはずである。だが、ゼルの次の言葉で彼の真意が明らかになった。

 

「ハウリア族に案内してもらえるとは思わないことだ。そいつらは罪人。フェアベルゲンの掟に基づいて裁きを与える。何があって同道していたのか知らんが、ここでお別れだ。忌まわしき魔物の性質を持つ子とそれを匿った罪。フェアベルゲンを危険に晒したも同然なのだ。既に長老会議で処刑処分が下っている」

 

ゼルの言葉に、シアは泣きそうな表情で震え、カム達は一様に諦めたような表情をしている。この期に及んで、誰もシアを責めないのだから情の深さは折紙付きだ。

 

「ふざけるな。全員、この場で理解しろ。ハウリアの死は亜人族の絶滅と同義だ。奴隷になってる奴含めて殺すぞ」

 

裂那は顔色を変えずに、全亜人族を脅した。

 

「既に決定したことだ。ハウリア族は全員処刑する。フェアベルゲンを謀らなければ忌み子の追放だけで済んだかもしれんのにな」

 

ワッと泣き出すシア。それをカム達は優しく慰めた。長老会議で決定したというのは本当なのだろう。他の長老達も何も言わなかった。

 

おそらく、忌み子であるということよりも、そのような危険因子をフェアベルゲンの傍に隠し続けたという事実が罪を重くしたのだろう。ハウリア族の家族を想う気持ちが事態の悪化を招いたとも言える。何とも皮肉な話だ。

 

「そういうわけだ。これで、貴様が大樹に行く方法は途絶えたわけだが? どうする? 運良くたどり着く可能性に賭けてみるか?」

 

「……別に、ウサギどもが死のうとどうでもいいんだけどよ、オレはこいつ等を助けると言ったんだ。亜人を滅ぼしてでも。……いま決断しろ。絶滅か、繁栄か。どっちにしてもこの森には平和が訪れる。良かったな、オレが平和主義で。できれば話し合いだけで解決したいもんだ」

 

一切物怖じしない裂那。その目に宿る心情は誰にも読み取れない。

 

しばらく、静寂が辺りを包み、やがてアルフレリックがどこか疲れた表情で決断した。

 

「わかった。……お前さんの奴隷ということにでもしておこう。フェアベルゲンの掟では、樹海の外に出て帰ってこなかった者、奴隷として捕まったことが確定した者は、死んだものとして扱う。樹海の深い霧の中なら我らにも勝機はあるが、外では魔法を扱う者に勝機はほぼない。故に、無闇に後を追って被害が拡大せぬように死亡と見なして後追いを禁じているのだ。……既に死亡と見なしたものを処刑はできまい」

 

「アルフレリック! それでは!」

 

完全に屁理屈である。当然、他の長老衆がギョッとした表情を向ける。ゼルに到っては思わず身を乗り出して抗議の声を上げた。

 

「ゼル。わかっているだろう。この少女に嘘はない。ハウリア族を処刑すれば、確実に敵対することになる。その場合、どれだけの犠牲が出るか……長老の一人として、そのような危険は断じて犯せん」

 

「しかし、それでは示しがつかん! 力に屈して、化物の子やそれに与するものを野放しにしたと噂が広まれば、長老会議の威信は地に落ちるぞ!」

 

「だが……」

 

ゼルとアルフレリックが議論を交わし、他の長老衆も加わって、場は喧々囂々の有様となった。やはり、危険因子とそれに与するものを見逃すということが、既になされた処断と相まって簡単にはできないようだ。悪しき前例の成立や長老会議の威信失墜など様々な思惑があるのだろう。

 

そんな中、発言する者がいた。

 

「なら、森の外から訪れた亜人族と不可侵条約を結んだということにすればいい」

 

青子だ。いつの間にかいなくなっていた全身真っ青の少女が、並んで座る長老衆に混ざって座っていた。

 

「ホッ、失われた青図(ホワイトブルー)!! 一体どこから入ってきたんだ!!」

 

アルフレリックが驚愕を隠さず叫んだ。

 

「今の我は青子。汝等もそう呼ぶといい」

 

アオコ……?

 

長老衆全員がその名に疑問符を浮かべたが、この場の数名は青子と顔見知りらしく、即座に要らぬ思考を放棄した。

 

「そ、それでどういうことかね? 冗談で言ったわけでは、無いようだが」

 

「この者、神刺裂那は人間ではなく《金色なる種》である。いずれ神話に至る者。今のうちに関係を持っていても損はない」

 

しばらく硬直していた長老衆だが、やがて顔を見合わせヒソヒソと話し始めた。そして、結論が出たのか、代表してアルフレリックが、それはもう深々と溜息を吐きながら長老会議の決定を告げる。

 

「はぁ~、ハウリア族は忌み子シア・ハウリアを筆頭に、新人類《金色なる種》の眷属とみなす。資格者南雲ハジメに対しては、敵対はしないが、フェアベルゲンや周辺の集落への立ち入りを禁ずる。以降、南雲ハジメの一族に手を出した場合は全て自己責任とする……以上だ。何かあるか?」

 

黙って動向を見守っていたハジメが口を開いた。

 

「問題ない」

 

「……そうか。ならば、早々に立ち去ってくれるか。ようやく現れた口伝の資格者を歓迎できないのは心苦しいが……」

 

「……あぁ、そうだ。会っておきたい奴がいるんだ。オレと青子だけでいいから、立ち入らせてくれ」

 

「あぁ、構わない。神刺裂那は好きに出入りしてくれ。……我々に神話での敵対は荷が重過ぎる」

 

「そうか。青子は?」

 

「神出鬼没すぎて諦めたと言い伝えられているし、こればかりは全亜人族の総意だ」

 

長老衆一同、間違いなく今日一番の諦め顔だった。

 

恨み辛みというより、さっさとどっか行ってくれ! という雰囲気である。その様子に肩を竦めるハジメはユエやシア達を促して立ち上がった。裂那もいつの間にか寝ていたリサを抱き抱えながら立ち上がる。

 

ユエは終始ボーとしていたが、話は聞いていたのか特に意見を口にすることもなくハジメに合わせて立ち上がった。

 

しかし、シア達ハウリア族は、未だ現実を認識しきれていないのか呆然としたまま立ち上がる気配がない。ついさっきまで死を覚悟していたのに、気がつけば追放で済んでいるという不思議。「えっ、このまま本当に行っちゃっていいの?」という感じで内心動揺しまくっていた。

 

「オイ、話は終わったぞ」

 

裂那の言葉に、ようやく我を取り戻したのかあたふたと立ち上がり、さっさと出て行く裂那の後を追うシア達。アルフレリック達も、裂那達を門まで送るようだ。

 

シアが、オロオロしながら尋ねた。

 

「あ、あの、私達……死ななくていいんですか?」

 

「死にたいならリサかユエに頼め。痛みもなく一瞬だぞ」

 

「い、いえ、……。その、何だかトントン拍子で窮地を脱してしまったので実感が湧かないといいますか……信じられない状況といいますか……」

 

周りのハウリア族も同様なのか困惑したような表情だ。それだけ、長老会議の決定というのは亜人にとって絶対的なものなのだろう。どう処理していいのか分からず困惑するシアにユエが呟くように話しかけた。

 

「……素直に喜べばいい」

 

「ユエさん?」

 

「……裂那に救われた。それが事実。受け入れて喜べばいい」

 

「……」

 

ユエの言葉に、リサの尻尾の位置に四苦八苦している裂那に視線をやった。ゆっくり揺れる尻尾に上手く抱き抱えられないようだ。

 

「……オレは一度も嘘をついたことがない。それでも嘘なら、それは世界の嘘だ。テメェらごときがそんな大層なもんなわけあるかよ」

 

シアは、肩を震わせる。

 

裂那の言葉の重みに。意思の強さに。言葉と意志に込められた自信に。

 

顔が熱を持ち、居ても立ってもいられない正体不明の衝動が込み上げてくる。それは家族が生き残った事への喜びか、それとも……

 

「裂那さ~ん! ありがどうございまずぅ~!」

 

裂那に、全力で抱きついた。

 

「ちょっ、バッカあぶ、キャッ!!」

 

シアが背後から抱きついたことによりバランスを崩し、リサを巻き込んで思いっきり転んだ。

 

「今、キャって、言ったよな」

 

「ん。……裂那が、キャって言った」

 

泣きべそを掻きながら絶対に離しません! とでも言う様にヒシッとしがみつき顔をグリグリと裂那の首筋に押し付けるシア。

 

それを見たユエが不機嫌そうに唸るものの、ハジメの手を取るだけで何もしなかった。

 

喜びを爆発させ裂那にじゃれつくシアの姿に、ハウリア族の皆もようやく命拾いしたことを実感したのか、隣同士で喜びを分かち合っている。

 

それを何とも複雑そうな表情で見つめているのは長老衆だ。そして、更に遠巻きには、また消えた青子に疑問を浮かべる者が多くいる。

 

ハジメはその全てを把握しながら、ここを出てもしばらくは面倒事に巻き込まれそうだと苦笑いするのだった。

 

 

 

 

第十一話、END.

 




長い……。

感想宜くぅ!! ユラさんはそろそろ供給がないと干からびるぞ!!
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